ポンチと踊るダンスホール

それは部活のない日に友達と帰っていた時の事だった。

「あ、隊長!」

進行方向から吸対のドラルク隊長とミカエラ副隊長が歩いて来るのが見えてヒナイチは声を上げる。
すると相手の方も気付いたのか、ドラルクは穏やかな笑みを浮かべた。

「おやヒナイチくん。部活は?」
「今日は休みなんだ。隊長と副隊長はパトロールか?」
「そうだよ。最近下等吸血鬼の動きが活発になってるからねぇ。ヒナイチくん達も気をつけてね」
「分かった!」
「隊長、そろそろ・・・」
「うむ。じゃあね、寄り道しちゃダメだよ」
「隊長も意地を張らないで副隊長や他の隊員を頼るんだぞ」
「うぅっ、痛いとこをダイレクトに殴られた・・・」
「ヌシヌシ」

ガックリと項垂れるドラルクの頭を肩に乗っている彼の永遠のパートナーであるジョンが慰めるように撫でる。
横にいたミカエラはやれやれといった風に肩を竦めるとドラルクを促してそのままヒナイチ達が辿って来た道を行くのだった。
自分よりも華奢で細い背中をずっと見つめながらヒナイチは「そして、いつかは私が隊長を守る」と強い決意を胸に誓う。
小さい頃からの知り合いで、いつも美味しいクッキーやお菓子を作って持って来てくれるドラルクにヒナイチはいつからか恋心を寄せるようになっていた。
自身が将来目指すのは退治人だが、それでも退治人としてドラルクの隣に立ってドラルクを支える事が出来る筈だ。
いや、絶対にやってみせる。

「今の人達って吸対だよね?ヒナちゃん知り合い?」
「わっ!?」

隣に居た友人がひょっこり顔を覗いてきて少し驚いてしまったがすぐに取り繕って説明をする。

「そ、そうだ。ホラ、ウチはギルドをやってるからその関係で昔からの知り合いなんだ」
「あ~なるほどね~。ねね、隊長さんって人の隣に居た人カッコいいね!名前なんて言うの?」
「ミカエラ副隊長だ」
「へ~ミカエラさんって言うんだ~?カッコいいから推しになっちゃいそう!」

友達は所謂面食いで、イケメンなら実在のアイドルから二次元のキャラまで何でも好きだった。
なのでミカエラにはしゃぐのも然もありなんと言った所である。

「あ、でも既にヒナちゃんの推し?ていうか好きな人?」
「違うから存分に推していいぞ」
「やった!でもやっぱりそうかー」
「ん?何がだ?」
「ヒナちゃんって隊長さんの事が好きなんだろうなーって」
「なななななな何を言ってるんだ急に!!!」

突然爆弾を全力投球されてヒナイチは盛大に吃る。
そんなヒナイチの様子を見た途端、友達はニタリと笑い、ヒナイチは嵌められた事に気付く。
今の鎌掛けで、自分は見事に引っかかったのだと。

「やっぱり好きなんだ!?」
「そそそ、それはその・・・!」
「へ~?ヒナちゃんって年上がタイプなんだ~?まぁ隊長さんって背が高くてスラッとしてて如何にも上品な紳士のおじさまって感じだもんね」
「おじさまって言っても隊長とは9歳差しかないぞ」
「嘘ぉ!!?あの、隊長さんって・・・」
「貧弱で痩せ気味だから割と老け顔だがあれでもまだ20代なんだ」
「それでしかもダンピールだよね?なのに老け顔・・・まぁでもギャップとしてならワンチャン?」
「何がワンチャンなんだ?」
「さぁ?」
「さぁって・・・」
「それよりもヒナちゃんの好きな人が分かったお祝いにスナバ行こう!根掘り葉掘り地球の反対側まで掘りまくるよ!」
「勘弁してくれ!」

友達に手を引っ張られてヒナイチはスナバで30%ほどドラルクの事について根掘り葉掘り聞かれるのだった。
残りの70%は友達にとって死角だった吸対のイケメンについての質問だった。










それから数日が経ったある日のこと。
昼休みの時間となり、弁当を取り出して友達を誘おうとしたヒナイチだったがそれよりも早く友達の方がヒナイチの机の前にやって来た。
しかし顔は俯き気味で様子もなんだかおかしい。

「ど、どうしたんだ?」
「・・・ヒナちゃん、ちょっと来てくれる?話があるの」
「ああ・・・?」

いつも明るくてテンションの高い友達がやけに静かで抑揚のない声で喋るものだからヒナイチはやや構えながらも友達の後をついて行く。
何か悩みでもあるのだろうか?
しかし昨日まではいつもと変わらず普段通りだった。
いや、そうは見えても実は大きな悩みを一人で抱えていたのかもしれない。
ならば相談に乗って支えるのが友の努め。
ヒナイチは気を引き締めると連れてこられた人気のない校舎裏で立ち止まり、背を向けたままの友達に尋ねた。

「それで?話って何だ?私で良ければなんでも聞くぞ」
「・・・本当?」
「ああ。むしろこっちが聞いてなくてもそっちから色んな事を話すじゃないか」
「そうだね・・・ヒナちゃんは私の話をよく聞いてくれてるもんね」
「ああ、だから遠慮なく話してくれ」
「じゃあ・・・―――ドラルクさんってとっっってもカッコいいね!!!!」

振り返った友達の顔はそれはそれはとても光り輝いていた。
さながらイケメン店員に接客された時のトキメキ瞬間風速が持続しているような、そんな感じ。
肩透かしを喰らい、加えて想い寄せる人物の名前を突然出されてヒナイチは呆気に取られる。

「・・・は?」
「あのねあのね!!昨日の夜にアイス食べたくなって近くのコンビニ行ったの!そしたら下等吸血鬼に襲われそうになったんだけど駆け付けてくれたドラルクさんが助けてくれたの!!」
「下等吸血鬼に襲われたのか!?怪我は?大丈夫なのか?」
「もー全然平気!!だってドラルクさんがその身を挺して庇ってくれたんだもん!!」
「身を挺して?」
「そう!こう、ガーッて下等吸血鬼が噛み付いて来ようとした所にダーッて走って来たドラルクさんが危ない!って叫んでバッて私を抱き締めながら地面に転がったのね!それで肩にいるジョン君にジョン!ってドラルクさんが言ったらジョン君が丸まって下等吸血鬼にぶつかっていったの!!その後にミカエラさんが来て拳銃で下等吸血鬼をやっつけてもう超カッコ良かったの!!映画のヒロインになった気分だった!!」
「そ、そう、だったのか・・・」
「それでね!それでね!ドラルクさんが―――」

大はしゃぎで身振り手振り説明する友達の勢いに圧されながらヒナイチは頭の中を整理する。
つまり昨夜コンビニに行く途中でドラルクに助けられたと。
それも抱き締められながら地面に転がって。

(抱き締められて・・・)

勝手ながら頭の中で友達と自分を挿げ替えてドラルクに抱き締められながら地面に転がる場面を想像する。
あぁ、隊長、か弱いんだからそんな無茶をしないでくれ。
私なら大丈夫・・・なんて言ってもきっと守ってくれるんだろうな。
だって隊長は紳士で優しくて、そういう所が―――

「でね!!!」
「うあっ!?何だ!!?」

友達とは別次元の自分の世界に浸りそうになってヒナイチは驚きから我に帰る。
友達の方は未だに瞳がキラキラと光っていた。

「私、ドラルクさん推しになるけどいいよね!!?」
「いいってのは?」
「ヒナちゃん同担拒否する方?」
「同担拒否?」
「簡単に言うと他の人と推しが被るのが嫌ってこと」
「別に嫌ではないが・・・」
「じゃあ推すね!あ、心配しなくても取ったりしないから安心してね?」
「ななな何を言ってるんだ!!」

クスクス笑って冷やかす友達にヒナイチは顔を盛大に赤くしながら慌てる。
そんな訳でその日から友達はドラルク推しとなった。
帰り道などで見かければ友達も積極的に話しかけに行ったし、有難い事にさりげなくヒナイチの事を立ててアピールしてくれた。
学校での活躍や休みの日に下等吸血鬼に出くわした友人を助けたりなどのエピソードを大袈裟ながらもドラルクに語り、その度にヒナイチは照れながらもドラルクの反応を伺った。
ヒナイチのエピソードに耳を傾けるドラルクの表情はとても真面目で、それでいてとても興味深そうにしてくれていた。
オマケに「将来一緒に仕事をする時は頼りにさせてもらおうかな」なんて言ってくれたものだから嬉しさが天元突破してしまうというもの。
しかし友達に立ててもらってばかりではダメだ。
受け身にならずちゃんと自分からも積極的に距離を縮めていかねば。
だがどうしたものかと内心頭を捻っている時にパトロール中のドラルクと遭遇した。

「あ、ドラルクさん!」
「おや、また会ったね。帰り道かい?」
「ハイ!ドラルクさんは今日も素敵ですね!」
「ハハハ、よしてくれたまへ。こんなおじさん褒めても何も出やしないよ」
「おじさんだなんてまたまた~!ねぇ、ヒナちゃん?」
「あ、ああ、うん?」

(私も今みたいな感じで言えば或いは・・・?)

友達の何気ない会話からヒントを得たヒナイチ。

「パトロールですか?」
「そんな所だよ。でも署員から呼び出しがあったからすぐに戻らなければいけないんだ。悪いけど今日はこれで。二人共気を付けるんだよ」
「ハーイ!行こう、ヒナちゃん」
「ああ」

今すぐ実行に移せなかったのは残念だったが仕方ない。
それにチャンスはいくらでもある。
例えば今日の夜とか―――。











「帰ったぞー」
「お帰り、兄さん、みんな」

今日は吸対と退治人合同の見回りパトロールの日。
カズサも参加するのでお留守番担当は必然的にヒナイチとなる。
規模の大きいパトロールだったので当然退治の依頼が来る事もなく、また客もあまり来なかったのでのんびり出来た。みんなの為に用意していたお茶やコーヒーを出してあげながらチラリと一緒に入って来たドラルクを見やる。
ドラルクはカズサと何事かを話しているがいつもの情報交換だろう。
カズサはどうせ自分で用意して飲むからいいとして問題はドラルクだ、コーヒーを出すついでに作戦は早速使えなくなってしまった。
だがこれで終わりではない。
まだ最後の作戦がある・・・かなり勇気がいるが。

「では私は署に戻る」
「おう。じゃーな隊長さん」

話が終わってドラルクが店を出たのでヒナイチはすぐに白く細い背中を追いかけた。

「ヒナイチ、俺の分のコーヒーは?」
「そこにあるから勝手に飲んでくれ!」

大きな音を立てて閉まった店の扉を見つめながらカズサは退治人キッスに一言。

「恋する乙女は猪突猛進だな」
「そのくらいの勢いでないと好きな相手のハートは掴めんからな」
「俺も同じくらいの勢いでガチャしてんのに推しが引き当てられないんだけどどう思う?」
「時には諦める事も肝要だ」
「ヌイッターで俺の推しを引き当てた報告を眺めるだけなのはもう沢山だ」

そんな訳でカズサはめげずに推しの新衣装を求めてガチャを回した。
結局出なくて唇を噛みながらヌイッターを眺めるのだった。



話は戻してギルドの外ではヒナイチがドラルクを引き止めていた。

「隊長!」
「おやヒナイチくん、どうしたんだい?」
「あ、えっと・・・き、今日もお疲れ様!コーヒーはいらないか?」
「本当はいただきたい所だけど仕事が残ってるからまた今度淹れてもらおうかな」
「分かった。是非ともまた来てくれ!」
「ああ、約束するよ」

(頑張れ、私!)

ヒナイチは内心で己を叱咤激励すると引き止めているのを悪いと思いつつも話を続けた。

「そういえばパトロールで下等吸血鬼に襲われなかったか?」
「ミカエラくんが活躍してくれたから大丈夫だよ。それに超精密探知機である私にかかれば襲われる前に位置を把握して隊員や退治人に指示を出すから問題ない」
「流石!カッコ、いい・・・・・・・・・・・・私の・・・たい、ちょう・・・!」
「・・・・・・え?」
「それじゃ気を付けて!!!!」

まるで突風が吹き抜けたのかと思うくらい勢い良く扉を開けてヒナイチは中に入って行った。
後に残されたドラルクは呆然と固まっていたがしばらくすると腕をぎこちなく動かして肩にいたジョンを両手で抱き上げるとお腹に顔を埋めて思いっきり吸い始めた。

「ジョン、ジョン・・・今の幻聴?私働き過ぎ?ここもう天国?」
「ヌーヌン。ヌヒヒ」
「あ、ジョンが笑ってる。これ現実だ・・・」

しばらく頭の中は大混乱、顔は耳まで赤かったのでジョンを吸いながらドラルクは署に戻るのだった。









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