ポンチと踊るダンスホール
通報を受けた場所に急行したら沢山の人だかりを見つけた。
シンヨコなので人も吸血鬼も混ざり合って大勢集まっている。
みんなそれぞれに困惑しながらも踊っていて、また変な能力を持った吸血鬼が現れたのだと思いながら人混みの合間を縫って騒ぎの中心地に近付いてみるとドラルクが楽しそうに踊っていた。
ドラルクの肩の上では同じようにジョンがポーズを真似して踊っており、その隣ではロナルドが青筋を立ててコサックダンスをしていた。
「ハッハッハッ!!愉快愉快!歌って踊って騒ぐのは楽しいねぇ!!」
「楽しくねぇわアホ!!」
「スナァ!!」
「ヌ~~~!!」
お決まりのやり取りでロナルドのパンチが飛んできてドラルクが砂になり、ジョンが嘆く。
その姿がおかしくてつい笑っているとドラルクがこちらの存在に気付いて砂から再生し、手を伸ばして来た。
「おやヒナイチくん、丁度良い所に!こちらに来て一緒に踊ろうじゃないか!」
「なっ、お、おい!?」
手を引かれ、こちらの話も聞かずにドラルクは片方の手を腰に添えて来る。
それが所謂社交ダンスを想起させるもので、そんなものが初めてのヒナイチは当然慌てる。
「ま、待て!私は社交ダンスなんて踊った事はないぞ!」
「へーきへーき!ホラ、私の動きやリズムに合わせて?」
なんて陽気に言い放ってドラルクはやや強引に踊り始める。
相変わらずの読経だがリズムは分からなくはないもので、動きも最初はゆっくり合わせやすようにしてくれた。
元々運動神経が良くて覚えの早いヒナイチはすぐにその動きに合わせられるようになり、それでもややぎこちないながらもドラルクと共にそれらしい社交ダンスを踊れるようになるのだった。
「流石ヒナイチくん!とても上手だよ!」
「フフ、そうか?」
「そうだとも!さぁ、もっと自信をもってステップを踏んで?」
空を覆っていた雲が流れ、月明かりが差し込む。
人も吸血鬼もそれぞれ種類やリズムの違った踊りを踊る中、その輪の真ん中でドラルクとヒナイチは優雅な社交ダンスを踊っていた。
距離が近くてお互いの顔を見つめ合いながらの社交ダンスは普段であれば恥ずかしくて思わずドラルクを殺して逃げたくなるヒナイチだったが今日はそれをしなかった。
むしろこのままずっと踊っていたいとさえ思っていた。
周りに人は沢山いるけれど今は確実にドラルクと二人だけの世界にいて、見下ろしてくる小さな赤い瞳はとても穏やかで、ダンスと共に心も浮つく。
その一瞬一瞬がとても心地良い。
ずっと続けばいいのに、なんて思ってしまった事に照れに近い恥ずかしさを感じて少しだけ目を伏せた。
すると―――
「おクソ砂さんがヒナイチさんと踊られましたわ!私も踊りを披露しないと・・・でもダメ!私一人じゃ踊れない!」
何故か地面でお嬢様座りをしながらお嬢様語でよよよ・・・とロナルドが泣き始めた。
何かしらのツッコミを入れるべきか、はたまた交代して手を差し伸べるか、ドラルクにロナルドと踊るように言い含めるか悩み、とりあえず手を放そうとしたがドラルクがぎゅっと手を掴んできてそれを阻む。
「・・・!」
驚いて見上げたドラルクの表情は真剣そのもので「そのまま集中してて」と目で伝えて来る。
肩に乗っているジョンも「しー」と言わんばかりに自分の口元に小さな指を立てている。
どういう事だろうと瞬きをしてアンテナをハテナマークに変形させ、首を傾げると見慣れぬ吸血鬼がロナルドに向かって手を差し伸べていた。
「大丈夫ですよ、お嬢さん。さぁ、私の手を握って」
「まぁ・・・!」
「今だロナルド君!!」
「ゴルァアアア!!!!」
「ブヘーーーーーーーーーー!!!」
ドラルクの叫びを合図にロナルドのゴリラパンチが炸裂して見慣れぬ吸血鬼は殴り飛ばされた。
すると、少し遅れて踊っていた人たちの動きが止まり、それぞれ口々に「は~やれやれ」「おお、催眠が解けたぞ」などと呟き始めた。
何が何だか分からずダンスを中断して足を止めたヒナイチはドラルクを見上げて尋ねる。
「ドラルク、あの吸血鬼は何だ?何が起こっていたんだ?」
「あれは『吸血鬼みんなでカーニバル』と言って催眠術でみんなを躍らせて夜通しはしゃぐという吸血鬼だ」
「またそんな訳の分からない奴が現れたのか・・・」
「近付く者全てに催眠術をかけるから皆踊り始めてしまって手が付けられなくてね。私は催眠術は効かないけど知っての通り攻撃手段はないし」
「そうだな」
「嫌々渋々仕方なく若造と踊りながら奴に近付いて若造に退治させようとしたんだけど力加減の知らんゴリラにすぐに死なせられて困っていたのだよ」
「一番困っていたのはロナルドだと思うぞ」
「そこにヒナイチくんが現れて勝利の決め手に繋がったという訳だ!」
「どう繋がったんだ?」
「あのポンチの催眠術にはペアで躍らせるとかいう細かい調整の催眠術も出来てね。踊る相手がいない者はさっきのロナルド君みたいになるのだ」
「そ、そうだったのか・・・」
ならばお嬢様になるのも仕様なのだろうかと困惑しながらロナルドの方を振り返る。
ロナルドはすっかりいつものロナルドに戻っていて、件の吸血鬼に説教をしている所だった。
吸対として厳重注意に加わってそれからVRCに連行せねばとヒナイチが一歩を踏み出そうとした時―――
「ところで―――お嬢さん」
気取ったような低い声。
振り返れば風にマントを優雅にたなびかせ、満月を背に穏やかに微笑むドラルクがこちらを見下ろしていた。
「先程は一曲踊っていただきありがとうございました。このドラルク、光栄の極みにございます」
「ハハ、お前はまたそんなキザなセリフを言う」
「次回も機会がありましたら、また私と踊っていただけますかな?」
自然な流れで手を取られ、ちゅ、とリップ音を立てて口付けられる。
あの日と同じところに―――。
「っ!!ななななな何をするんだお前は!!!人前だぞ!!!」
慌てて自分の手を取り返して怒鳴る。
けれどもそれは逆効果で、先程の瞬間を見てざわついていた周囲が更に騒ぎ始め、ただでさえ熱くなっている顔が益々熱くなってどうしようもなくなる。
それなのに目の前の吸血鬼は涼やかに微笑むばかり。
いつものようにからかってきたり冗談を飛ばしてくれたら殴って砂にするのに、そんな笑い方をされてはそれすらも出来なくなる。
「ええい!私は仕事がある!!帰ったら説教だから首を洗って待っていろ!!!」
ちん!!と忙しなくアンテナを揺らしてヒナイチは背を向けるとズンズンという擬音が似合う足取りでロナルドとポンチ吸血鬼の方へ歩いて行くのだった。
対するドラルクは赤毛の髪から覗く真っ赤な耳を満足気に眺めると緩やかに背を向け、事務所に向かって歩き始める。
「帰ろうか、ジョン。今日のパトロールはこれで終わりだ。お姫様のご機嫌取りの為にも事務所でクッキーを焼くとしよう」
「ヌンヌヌヌヌヌヌヌヌ ヌンヌヌヌッヌヌヌ(あんな事しなくてもみんな分かってるヌ)」
「分からない奴だっているだろう?だから出来る時にしておかないとね」
やれやれ、と言いたげにヌフーとジョンは溜息を吐くと、独占欲の強い主人の肩の上で「おやつ楽しみ」の鼻歌を歌うのだった。
END
シンヨコなので人も吸血鬼も混ざり合って大勢集まっている。
みんなそれぞれに困惑しながらも踊っていて、また変な能力を持った吸血鬼が現れたのだと思いながら人混みの合間を縫って騒ぎの中心地に近付いてみるとドラルクが楽しそうに踊っていた。
ドラルクの肩の上では同じようにジョンがポーズを真似して踊っており、その隣ではロナルドが青筋を立ててコサックダンスをしていた。
「ハッハッハッ!!愉快愉快!歌って踊って騒ぐのは楽しいねぇ!!」
「楽しくねぇわアホ!!」
「スナァ!!」
「ヌ~~~!!」
お決まりのやり取りでロナルドのパンチが飛んできてドラルクが砂になり、ジョンが嘆く。
その姿がおかしくてつい笑っているとドラルクがこちらの存在に気付いて砂から再生し、手を伸ばして来た。
「おやヒナイチくん、丁度良い所に!こちらに来て一緒に踊ろうじゃないか!」
「なっ、お、おい!?」
手を引かれ、こちらの話も聞かずにドラルクは片方の手を腰に添えて来る。
それが所謂社交ダンスを想起させるもので、そんなものが初めてのヒナイチは当然慌てる。
「ま、待て!私は社交ダンスなんて踊った事はないぞ!」
「へーきへーき!ホラ、私の動きやリズムに合わせて?」
なんて陽気に言い放ってドラルクはやや強引に踊り始める。
相変わらずの読経だがリズムは分からなくはないもので、動きも最初はゆっくり合わせやすようにしてくれた。
元々運動神経が良くて覚えの早いヒナイチはすぐにその動きに合わせられるようになり、それでもややぎこちないながらもドラルクと共にそれらしい社交ダンスを踊れるようになるのだった。
「流石ヒナイチくん!とても上手だよ!」
「フフ、そうか?」
「そうだとも!さぁ、もっと自信をもってステップを踏んで?」
空を覆っていた雲が流れ、月明かりが差し込む。
人も吸血鬼もそれぞれ種類やリズムの違った踊りを踊る中、その輪の真ん中でドラルクとヒナイチは優雅な社交ダンスを踊っていた。
距離が近くてお互いの顔を見つめ合いながらの社交ダンスは普段であれば恥ずかしくて思わずドラルクを殺して逃げたくなるヒナイチだったが今日はそれをしなかった。
むしろこのままずっと踊っていたいとさえ思っていた。
周りに人は沢山いるけれど今は確実にドラルクと二人だけの世界にいて、見下ろしてくる小さな赤い瞳はとても穏やかで、ダンスと共に心も浮つく。
その一瞬一瞬がとても心地良い。
ずっと続けばいいのに、なんて思ってしまった事に照れに近い恥ずかしさを感じて少しだけ目を伏せた。
すると―――
「おクソ砂さんがヒナイチさんと踊られましたわ!私も踊りを披露しないと・・・でもダメ!私一人じゃ踊れない!」
何故か地面でお嬢様座りをしながらお嬢様語でよよよ・・・とロナルドが泣き始めた。
何かしらのツッコミを入れるべきか、はたまた交代して手を差し伸べるか、ドラルクにロナルドと踊るように言い含めるか悩み、とりあえず手を放そうとしたがドラルクがぎゅっと手を掴んできてそれを阻む。
「・・・!」
驚いて見上げたドラルクの表情は真剣そのもので「そのまま集中してて」と目で伝えて来る。
肩に乗っているジョンも「しー」と言わんばかりに自分の口元に小さな指を立てている。
どういう事だろうと瞬きをしてアンテナをハテナマークに変形させ、首を傾げると見慣れぬ吸血鬼がロナルドに向かって手を差し伸べていた。
「大丈夫ですよ、お嬢さん。さぁ、私の手を握って」
「まぁ・・・!」
「今だロナルド君!!」
「ゴルァアアア!!!!」
「ブヘーーーーーーーーーー!!!」
ドラルクの叫びを合図にロナルドのゴリラパンチが炸裂して見慣れぬ吸血鬼は殴り飛ばされた。
すると、少し遅れて踊っていた人たちの動きが止まり、それぞれ口々に「は~やれやれ」「おお、催眠が解けたぞ」などと呟き始めた。
何が何だか分からずダンスを中断して足を止めたヒナイチはドラルクを見上げて尋ねる。
「ドラルク、あの吸血鬼は何だ?何が起こっていたんだ?」
「あれは『吸血鬼みんなでカーニバル』と言って催眠術でみんなを躍らせて夜通しはしゃぐという吸血鬼だ」
「またそんな訳の分からない奴が現れたのか・・・」
「近付く者全てに催眠術をかけるから皆踊り始めてしまって手が付けられなくてね。私は催眠術は効かないけど知っての通り攻撃手段はないし」
「そうだな」
「嫌々渋々仕方なく若造と踊りながら奴に近付いて若造に退治させようとしたんだけど力加減の知らんゴリラにすぐに死なせられて困っていたのだよ」
「一番困っていたのはロナルドだと思うぞ」
「そこにヒナイチくんが現れて勝利の決め手に繋がったという訳だ!」
「どう繋がったんだ?」
「あのポンチの催眠術にはペアで躍らせるとかいう細かい調整の催眠術も出来てね。踊る相手がいない者はさっきのロナルド君みたいになるのだ」
「そ、そうだったのか・・・」
ならばお嬢様になるのも仕様なのだろうかと困惑しながらロナルドの方を振り返る。
ロナルドはすっかりいつものロナルドに戻っていて、件の吸血鬼に説教をしている所だった。
吸対として厳重注意に加わってそれからVRCに連行せねばとヒナイチが一歩を踏み出そうとした時―――
「ところで―――お嬢さん」
気取ったような低い声。
振り返れば風にマントを優雅にたなびかせ、満月を背に穏やかに微笑むドラルクがこちらを見下ろしていた。
「先程は一曲踊っていただきありがとうございました。このドラルク、光栄の極みにございます」
「ハハ、お前はまたそんなキザなセリフを言う」
「次回も機会がありましたら、また私と踊っていただけますかな?」
自然な流れで手を取られ、ちゅ、とリップ音を立てて口付けられる。
あの日と同じところに―――。
「っ!!ななななな何をするんだお前は!!!人前だぞ!!!」
慌てて自分の手を取り返して怒鳴る。
けれどもそれは逆効果で、先程の瞬間を見てざわついていた周囲が更に騒ぎ始め、ただでさえ熱くなっている顔が益々熱くなってどうしようもなくなる。
それなのに目の前の吸血鬼は涼やかに微笑むばかり。
いつものようにからかってきたり冗談を飛ばしてくれたら殴って砂にするのに、そんな笑い方をされてはそれすらも出来なくなる。
「ええい!私は仕事がある!!帰ったら説教だから首を洗って待っていろ!!!」
ちん!!と忙しなくアンテナを揺らしてヒナイチは背を向けるとズンズンという擬音が似合う足取りでロナルドとポンチ吸血鬼の方へ歩いて行くのだった。
対するドラルクは赤毛の髪から覗く真っ赤な耳を満足気に眺めると緩やかに背を向け、事務所に向かって歩き始める。
「帰ろうか、ジョン。今日のパトロールはこれで終わりだ。お姫様のご機嫌取りの為にも事務所でクッキーを焼くとしよう」
「ヌンヌヌヌヌヌヌヌヌ ヌンヌヌヌッヌヌヌ(あんな事しなくてもみんな分かってるヌ)」
「分からない奴だっているだろう?だから出来る時にしておかないとね」
やれやれ、と言いたげにヌフーとジョンは溜息を吐くと、独占欲の強い主人の肩の上で「おやつ楽しみ」の鼻歌を歌うのだった。
END