ポンチと踊るダンスホール

ポンチ舞う魔都シンヨコ。
今宵も賑やかなこの町を一人の吸血鬼が歩く。
吸血鬼の名はノースディン。
人々からは『氷笑卿』、弟子からは『ケツホバ卿』と呼ばれている氷と魅了を操る古の吸血鬼。
最近、色々な事からシンヨコに頻繁に訪れる彼が必ず足を運ぶのがロナルド吸血鬼退治事務所の下。
何故下なのかというと、この事務所に居候をしている弟子の前に現れると物凄く嫌な顔をしてギャーギャー騒ぐからだ。
慣れているので別にそれでも構わないのだが、変に勘繰られては面倒なのでしないと決めている。
いつもは窓越しからでも同居人の退治人と騒いでいる声が聞こえるのだが今日は事務所の明かりは落ちていて声も音も全くしない。
恐らく今日は吸血鬼退治に出掛けているのだろう。
でなければ或いはどこかに遊びに行っているか。

(次に行くか)

長居は無用。
弟子に会いに初めてシンヨコに来た時の騒動が原因で吸対にはいい顔をされていない。
鉢合わせようものなら警戒されるし、なんなら任意同行などを求められる可能性もある。
考えただけでも眉間に皺が寄り、ノースディンは早々に事務所を立ち去って次の場所に足を運んだ。






ノースディンが次に足を運んだのはネコカフェだった。
人間では有り得ない善性を持ち、血族として迎えたクラージィが働く店だ。
最初の頃は警戒して逃げていた店のネコ達も最近は慣れて来てくれたのか、逃げる事はしなくなった。
かと言って近寄る事もないがネコのそういった所を好んでいるのであまり気にしない。
いつもの席に座ると店の制服とも言えるエプロンを着たクラージィが傍までやって来た。

「今日は店の方に来たのだな」
「まぁ、な」

最近片言ではあるが日本語を習得したクラージィはノースディンと話す時は昔の母国語で話してくる。
曰く、その方が喋るのが楽らしい。

「今日は立ち寄ったついでだ」
「そうか。吸血鬼用のドリンクやフードメニューもあるがどうする?」
「普通のコーヒーでいい」
「分かった、待っていろ」

クラージィは一旦店の奥に引っ込むと数分してから淹れたてのコーヒーを持ってきた。
出て来る際に店長から「お客さんいないからゆっくり話して来ていいよ」という会話が聞こえたので話が出来そうで何より。
もっとも、それが目的でこの時間帯に来た訳だが。

「持ってきたぞ」
「ああ、悪いな。仕事の方は大分慣れてきたようだな」
「お陰様でな。日本語はまだまだ勉強中だが日常生活に支障がない所まで話せるようになった。これも三木さんや吉田さんの指導の賜物だ」
「・・・前から気になっていたがその二人が一からお前に日本語を教えたのか?」
「いや、簡単な挨拶や自己紹介はあの子から教わった」
「あの子・・・ドラルクか」

ドラルクはノースディンの弟子にして親友ドラウスの息子、そしてクラージィが現在に至るまでに関わった重要なクソ雑魚吸血鬼である。
ちょっとした事ですぐに死ぬ体質からノースディンは内心ドラウスレベルでドラルクの事を心配していた。
それを口にするとドラルクが調子に乗るので絶対に言わないが。
なのにドラルクは面白そうだからという理由で退治人ロナルドの所に居候し、毎夜面倒ごとに首を突っ込んで引っ掻き回したり振り回されたりしているのだとか。
いつか昔の時代のように人間に迫害される事なく楽しくやっているようだが、それでも気になってノースディンはこうして時折様子を見に来ているのである。
ドラルクはヌーチューブをやっているので投稿動画からその近況を伺えるがあくまでヌーチューバーとして表向きの情報くらいしか分からない。
実情を知るにはこうして足を運んで情報収集する事も大切だ。
クラージィには血を分けた血族として様子を見に来たりする事もあるが今回のようにドラルクの事についてそれとなく話を聞きに訪れる事もある。
勿論、ドラウスからもドラルクの近況を聞く事は度々あり、それを信用していない訳ではないが色んな角度から見てこその情報なのだ。

「何をするにも言葉が分からない事には何も始まらないからな。吸血鬼となった私自身の検査という名目でしばらくVRCで世話になっている間、周りへの通訳をしたり簡単な日本語を教えてくれていたのはあの子だ」
「そこからなんとかして最低限の生活基盤を築いた訳か」
「ああ。役所への届出やそういったものは彼の相棒のロナルド君がしてくれた」
「・・・」
「それで住む所をどうしようかとなった時にあの子が吉田さんを紹介してくれたんだ」
「ほう」
「害がなく、変態でもない、面倒見が良さそうな知り合いは吉田さんしかいなかったらしい」
「まともな奴がいないこの町では奇跡にような巡り合わせだな」
「吉田さん経由で三木さんとも仲良くなれたし、あの子には凄く感謝している」
「・・・そうか」
「この間ゲームも貸してくれたしな」
「ゲームを?」
「ああ。クソゲーという精神修行が出来るゲームを貸してくれたんだがこれが中々どうして・・・あのようなゲームを何本も出来るあの子の精神は並大抵ではない。私も見習わなければ」
「クソゲーへの耐久値を上げようとするな。途中で精神が崩壊しても知らんぞ」

ドラルクのヌーチューブを欠かさず視聴しているノースディンはクソゲーの何たるかを熟知してしまっていた。
見ている分には笑えて面白いが、いざ自分がやるとただの苦行でしかないというのも身をもって知ってしまっている。
御真祖様との鬼ごっこの際にドラルクにやらされたクソゲーのトラウマは今もノースディンの心に深く刻まれていた。

「ところで、生活が安定した今もドラルクに会っているのか?」
「たまにだがな。私でもどうしようもない善良な吸血鬼の相談を解決してもらう為に話をしに行く事がある」
「実際に解決は出来ているのか?」
「ああ。ロナルド君と一緒に解決してくれているらしく、悩みが解決した吸血鬼から礼を言われている」
「・・・」
「そういうお前は会っているのか?」
「私が顔を見せると嫌な顔をするから会ってはいない」
「相変わらずのようだな。良ければ私が仲を取り持つぞ?」
「余計な事はするな。私とドラルクは今くらいが丁度良い」
「変わっているな、お前達は」
「フン。それよりも長居をしたな。今日はこれで失礼させてもらおう」
「またいつでも来ると良い」

コーヒー代をサービスしてくれようとするクラージィの申し出を断り、ノースディンは料金を払うと店を出た。
外では大きく儚げで美しい月が柔らかな光でもってノースディンを見下ろしていた。
今日は満月だ、空を飛ぶのがさぞ楽しくなるだろう。
ノースディンはその身を無数の蝙蝠に変身させると月を背景に帰途を辿った。








「ただいま」

到着した屋敷の玄関を開けると、玄関脇の棚の上で使い魔の黒猫が丸まっていた。
猫はノースディンを一瞥すると大きく欠伸をし、屋敷のどこかの部屋へと去って行った。
ノースディンがどこかへ出掛けて帰って来るといつもしている行動なのでノースディンはそれをあまり気にせず自室に足を運んだ。
机の上のパソコンを起動してヌーヌルプラウザを開くと同時にヌーチューブのアラートが鳴る。
見ればドラルクが新しい動画を投稿したという報せだった。
クリックをして投稿時間を確認するとついさっきの投稿のようである。
きっと用事が終わって帰ってきてすぐ投稿したのだろう。

「入れ違いだったか」

自嘲気味に笑って、壁を覆っているカーテンを開く。
開け放たれたカーテンの下にはいつかドラルクが描いたノースディンの似顔絵が額縁に大切に収めて飾られていた。
しかし似顔絵と言ってもそんな微笑ましいものではなく、ノースディンへの子供染みた悪口を添えたいたずら書きのようなものだ。
最初見た時は呆れたものだが、それでも何だろうと『ドラルクが描いた似顔絵』に違いはなく、ノースディンは大切に飾っていた。
それをひとしきり眺めた後はカーテンを閉めて机に向かう。

「さて、今日はどんなクソゲーをやっているのやら」

いつものように『めっちゃ高評価』ボタンを押してからノースディンはドラルクの新作動画を再生した。







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