ポンチと踊るダンスホール

『吸血鬼ギブミーチョコレート』という全ての者に対して自分にバレンタインチョコをあげたくなる催眠術をかける恐るべき吸血鬼が現れた。
その恐ろしさたるやロナルドやショット、武々夫を始めとした男どもが「俺だって欲しいわ!!」と逆切れするくらい涙を禁じ得ない虚しく哀れな程だった。
しかも無駄な事に催眠術をかけられた相手はバレンタインをイメージした服装になってしまう。
男ならタキシード、女ならメイド服といった割とありがちなものだ。
しかしそのデザインは中々いいもので、その催眠術を受けたヒナイチのメイド服姿はとても可愛らしく、ドラルクがすぐに撮影したくらいだ。
・・・そう、ヒナイチも催眠術を受けたのだ。

『ヒナイチくん!ティラミスホールケーキを作ってあげるよ!』
『ちん!?』

ポンチ吸血鬼の催眠術で自分用に買って来たらしい市販の板チョコを渡しそうになったヒナイチをどうにかする為にそう叫んだらヒナイチはすぐさま振り返ってアンテナを忙しなくぶんぶん左右に揺らしながらドラルクの元に来た。
ドラルクも催眠術は受けたものの催眠耐性がある為にチョコを渡すような行動に出る事はなく自由に動けたのでヒナイチの行動を阻止出来たのだが、ヒナイチはヒナイチはY談おじさんの催眠術の後遺症と『ドラルクの作るティラミスホールケーキ』とうい魅惑のワードに催眠術を振り切れたと言えよう。
ちなみに騒動を引き起こしたポンチ吸血鬼は催眠術をかけた時に周囲にはヒナイチを除いてロナルドや半田を始めとした退治人と吸対の男ども、そしてオータム書店の若き精鋭編集・フクマしかおらず、男どもに囲まれたバレンタインチョコを受け取るハメになった。
ポンチ吸血鬼としては主に若い女性からチョコを貰って知り合いやその辺の男どもに自慢してマウントを取りたかったらしいのだが、因果応報とはこの事を言うのだろう。
どうせワヤワヤしてる間にロナルド達が殴って終わらせるだろうからとドラルクはティラミスホールケーキという魔法の言葉でヒナイチを誘導しながら事務所に戻った。
その際にジョンが―――

『ヌンはあの吸血鬼さんやロナルド君たちにヌンの気持ちを込めた風船をあげるヌ。終わったら帰ってくるからその時にヌン達にもティラミスホールケーキを用意してて欲しいヌ』

と、言い残してその場に留まった。
持つべきは優しく賢い使い魔のマジロである。
ドラルクがどういうつもりでヒナイチを誘導しているか分かった上での気配りに主人として、何より永遠のパートナーとしてこちらも涙を禁じ得なかった。
約束通りジョン達の分のティラミスホールケーキは用意するし、翌日の夕飯やおやつはジョンの好きな物ばかりを作ろうと約束してドラルクはヒナイチと共にその場を立ち去るのだった。
そして現在。

「はい、お待たせ。ティラミスホールケーキだよ」
「待ってたぞ!ティラミスホールケーキ!」

まるで子供のようにはしゃぎながらヒナイチはテーブル席に座って瞳を輝かせながら出来立てのティラミスホールケーキの登場に喜びの声を上げた。
まだポンチ吸血鬼の催眠術がかかっているのかは分からないがそれでもドラルクがケーキを作っている間、ヒナイチはずっとワクワクした様子で作業工程を覗いており、完成した今なんかはもうポンチ吸血鬼の事は頭にもない様子だ。
作戦の成功にドラルクは内心「流石ドラちゃん!諸葛孔明に並ぶ策士ぶりよ!」と自分を褒め称えながらヒナイチの為のコーヒーを淹れて向かい側の席に座った。
しかしヒナイチ用の取り皿はなく、フォークなんかはドラルクの手に握られていて、これはどういう事かとアンテナをハテナマークにしながらヒナイチは僅かに首を傾げる。

「そのフォークはケーキを切る為の物か?」
「いいや、ヒナイチくんに食べさせる為のフォークだよ」
「食べ・・・させる?私にか!?」

予想通りの赤みのある驚きの顔にドラルクはくつくつと笑いながら頷く。

「だってヒナイチくん、すぐに全部食べちゃうでしょ?しっかり味わって食べてもらう為にも私が食べさせてあげる」
「え、遠慮する!自分で食べる!」
「はい、あーん」
「はむっ」

恥ずかしさよりも食欲が勝って反論そっちのけでヒナイチは反射的にケーキを掬ったフォークを口に含んだ。
途端に照れや恥ずかしさで雷マークになってたアンテナはハートの形になり、顔はチョコのように甘い表情になる。
その様子に満足しながら、それでもドラルクは尋ねる。

「美味しい?」
「美味しい♡」
「私が作ったケーキだから当然だとも。はい、二口目」
「あむっ」

喜んで二口目も咀嚼し、一度コーヒーを飲んで一息吐くとヒナイチは小さく口を開けて三口目を待った。
先程までの威勢はどこへやら、すっかりティラミスケーキの虜のようである。
だが、これでいい。

「はい」
「ん~♡・・・ん!」

子供のように小さな口を開けて四口目を待つヒナイチ。
その口の中の赤い舌を眺めるようにしながらワザと少しゆっくりしたスピードでケーキを食べさせるドラルク。
ティラミスをそれもホールケーキサイズを独り占め出来る事に幸せいっぱいのヒナイチに対してドラルクは真っ黒い独占欲でいっぱいになる。

(この赤い舌を見れるのも・・・ケーキを食べさせるのも私だけ・・・)

自分用のチョコだけをいくつか買っていたのを見るに今年もドラルクへのチョコは期待出来ないだろう。
しかし言い換えれば他の男へのチョコも用意していない事になる。
それはとても喜ばしい事だ。
自分以外の誰かへの義理チョコですら面白くないのに、自分以外への本命なんて以ての外。
催眠術を使ってヒナイチから気持ちがこもってなくともチョコをもらうなんざ言語道断、あんなポンチ吸血鬼なんぞゴリラどもにタコ殴りにされればいいのだ。
それにこうやってヤキモキするくらいならこれからもヒナイチは自分用のチョコだけを用意すればいい。
その代わりにその自分用のチョコを使ってヒナイチの好きなチョコ系のお菓子をいくらでも作って食べさせてあげよう。
少なくとも食べさせている間、ヒナイチはドラルクの作ったお菓子に夢中になる。
だから毎年とびっきりのチョコを作ろう。
自分の真っ黒な独占欲を一緒に溶かしたチョコを―――。

「ねぇヒナイチくん、来年もヒナイチくんの為に沢山バレンタインのお菓子を作ってあげるね」
「本当か!?」
「約束するよ」

誰かにチョコを渡しに行く暇も思考もなくなるくらいのお菓子を―――。







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