ポンチと踊るダンスホール
人々で賑わう城下町の広場。
服は着た事がないのでいまいちピンとこないのだが、仮装がテーマのこの祭りの会場では人魚を彷彿とさせるような衣装のヒナイチの姿を見ても誰も何も違和感を持つ事はなかった。
まぁ彷彿とさせるも何も本場の人魚なのだが。
そんな事よりも今日は国を治めるロナルド王子の招待でお祭り会場に遊びに来ていた。
勿論一人ではなく、深海の魔女・蛸のドラルクとその使い魔であるシャコガイのジョンも一緒だ。
夜明けまで人間になれる薬で足を手に入れ、ロナルドやドラルクに支えてもらいながらなんとか自由に動き回るようになれたまでは良かった。
問題はその後。
お祭りの運営責任のあるロナルドは途中で城に戻り、その後はドラルクとジョンと一緒に会場を巡っていたのだが、はしゃいで一人で歩き回って色々な所を周っているうちに逸れてしまったのだ。
そんな訳で現在ヒナイチは一人でドラルクとジョンを探している。
「ドラルクもジョンも一体どこにいるんだ?」
広場の中央にある噴水に戻って二人を探す。
黒いローブや白い被り物、カボチャという陸地の食べ物に類似した被り物やとんがった帽子を被っている人間が沢山行き交う中であの特徴的なメンダコを思わせる紫色の被り物と文字通り全身を覆っている紫色のドレスのようなものを着た男は見つからない。
ジョンが入っているシャコガイを抱えている筈なので尚更分かり易い出で立ちなのにどこにも見当たらない。
その場で見回しつつドラルク達に会えないかと待ってみたがただ時間が過ぎるばかり。
仕方ないのでまた歩き出して捜索を再開する。
自分を置いて帰ったりお祭りの会場から外れた方に行く筈もないので噴水からお祭りのメインストリートをもう一度歩く。
すると―――
「ん?何だアレは?」
家と家の隙間、所謂路地の奥から僅かに光が漏れているのに気付いて足を止める。
少しだけぼんやりとした明かりに導かれるようにしてヒナイチはそちらの方へフラフラと足を向ける。
「あっちでも祭りがあるのか?」
ロナルドに見せてもらった祭りの会場の地図には広場とメインストリートしかなかった筈だが見落としをしてしまったのかもしれない。
もしかしたらドラルクとジョンはそちらの方に行って自分を探しているかもしれない。
一人路地に向かうヒナイチを止める者は誰もいなかった。
薄暗い路地は人一人が通れるくらいの余裕があり、進めば進む程メインストリートの雑踏による賑わいは遠くなって周囲はより暗くなっていく。
しかし光は未だ遠い。
けれど一瞬、声が聞こえたような気がした。
『おいで』という自分を誘うような声が。
「ドラルク?いるのか?」
首を傾げつつより一層影が濃くなっている路地裏の石畳にヒナイチが足を踏み出そうとしたその時―――
「見つけた、ヒナイチ姫」
静かで落ち着き払った聞き慣れた声と共に後ろから枯れ木の枝のような細い腕にふわりと抱き締められる。
驚いたヒナイチはすぐさま振り返ると探し人の顔を見て声を上げる。
「あ!ドラルク!」
そこにいたのはずっと探していた蛸の魔女・ドラルク。
彼はとても穏やかで優しげな笑みを浮かべながらヒナイチを見下ろしている。
「探していたんだよ。ダメじゃないか、勝手に歩き回って離れちゃ」
「すまない・・・」
「今日初めて歩いて地上を動き回れて楽しいのはいいけど逸れてしまうのは良くないなぁ。地上ではヒナイチ姫のような可愛らしい女の子が誘拐される事なんて珍しくないんだから」
「うぅ、反省している・・・」
「さ、そろそろ海に帰ろうか。お祭りももうすぐ終わるみたいだし」
「祭りと言えばこの先にも祭りの会場があるみたいだぞ」
「この先に?」
「ほら、そこ―――」
そう言ってヒナイチは前方を指差して目を向けるが、そこには薄汚れた壁しかなかった。
信じられない光景に目をパチパチさせて頭のアンテナをハテナマークにするとヒナイチは首を傾げる。
「あれ?」
「何もないよ」
「でも、確かにこの先に灯りが―――」
「『何もないよ』。きっと見間違いをしたんだろう」
「うーん・・・」
「それよりも帰ろうじゃないか。お祭りで食べた物を私が海底で作ってあげるよ」
「本当か!?作って欲しい物が沢山あるんだ!」
食べ物と聞いてヒナイチは瞳を輝かせるとドラルクと共に踵を返してお祭りで未だ賑わうメインストリートに引き返した。
その際にドラルクは一瞬だけ路地裏を冷たく一瞥するとヒナイチと共に雑踏に紛れて行くのだった。
迷子にならないように手を繋ぎ、メインストリートを抜けた二人は海岸でロナルドとの待ち合わせに使う人気の少ない場所まで移動した。
この辺りは人が来ないので待ち合わせに使うにはもってこいの場所だった。
「少し疲れたね。そこの岩に座ろうか」
「ああ」
都合良く腰掛けるのに丁度良い形の岩を指してドラルクが提案するとヒナイチは頷く。
座ろうとする直前にドラルクが懐からハンカチと呼ばれる布を広げて「どうぞ」と言ってくれた。
スカートやズボンが汚れないようにする為の地上の紳士がよくやる親切であり嗜みらしい。
綺麗なハンカチに座ったり汚してしまうのは躊躇われたが、折角のドラルクの親切心を無駄にするのも良くないのでヒナイチは素直にそのハンカチの上に腰を下ろす。
「疲れた・・・足が痛い。棒になったみたいだ」
「初めてであれだけ走り回ればそりゃそうなるよ」
「そういえばジョンはどうしたんだ?それにロナルドにも何も言わないで来てしまったが・・・」
「お祭りの次の日に自身の武勇伝執筆の締め切りなのを思い出して絶望したからジョンのお腹を吸わせてくれって泣き縋られたんだよ。見ててあまりにも哀れだったから私もジョンも仕方なくお腹を吸わせてあげる事にしたんだ」
「また締め切りを忘れていたのか・・・」
「でも夜明け前にはジョンを届けに来てくれるってさ。まだもう少しかかりそうだから二人でここで待っていようか。その間に足をマッサージしてあげるよ」
「いいのか?是非頼む!」
お任せを、とドラルクは執事のように応えるとヒナイチの前に跪いてサンダルをそれぞれ丁寧に脱がせた。
解放的な造りの履物だったが、脱がされた事で更なる解放感を得られた気がする。
コレを履かなければ地上を歩くのが困難だとは地上に住む人間も大概不便だと思う。
けれど―――
「ふぁ・・・ドラルクは人間の足のマッサージも上手なんだなぁ」
「天才魔女ドラドラちゃんだもの、当然だとも!」
足を揉んでもらうこの感覚は尾ひれのマッサージとはまた違った心地良さと気持ち良さがあって悪くなかった。
よくドラルクのタコ足にぎゅうぎゅうと緩急つけて尾ひれにマッサージしてもらっているのだが、それに並ぶくらい気持ちが良い。
何よりもゴツゴツの手の感触を堪能出来る部位が増えるのは非常に好ましい。
これは癖になりそうだ。
「また地上を散歩した後はこうしてマッサージをしてあげるよ」
「本当か?助かる!」
「ところでヒナイチ姫は初めての地上のお散歩はどうだった?」
「楽しかったぞ!海底にないものが沢山あって見る物全てが新鮮だった!」
「そう。ずっといたいって思った?」
「いや、それはないな。多分ずっといたら飽きていると思う。そう考えるとお前が作る一日だけ人間になれる薬の方が便利だな」
「夜明けを迎えるとその場で変身が解けちゃうからそれまでに海に戻らないといけないっていう点ではちょっと不便だけどね」
「ちゃんとそれを気にして行動すれば問題ない。それに地上にいたらお前の作るお菓子を毎日食べられない。私は―――お前の作るお菓子を一生食べていたいんだ」
「・・・フフフ、そう。とっても嬉しいよ、ヒナイチ姫。とっても・・・ね」
心の底から満たされたというような声音で言い放ち、ドラルクはヒナイチの右足の甲に口付けを落とす。
何だかその仕草が恥ずかしいような照れ臭いような気がしてヒナイチは頬を赤らめ、視線を泳がせながら足を揺らして振り解こうとする。
けれども足は開放されず、代わりにドラルクの長い舌が足の親指に這わされる。
「ひゃっ!?ど、ドラルク!?なに、を・・・!!」
「記念、かな。ヒナイチ姫が初めて人間の足を手に入れた日の。もうすぐ元に戻っちゃうから堪能しておこうと思って」
「ま、またいつか薬を飲むんだから何もこんなこと・・・っ!」
「だーめ。初めての日っていうのが重要なんだから」
「ふぁっ!!」
まるで生き物のように蠢いて這い回るドラルクの長い舌。
輪郭や形を記憶するように何度も舐め回し、爪の間も丁寧に舌先を滑らせて文字通り余すことなく堪能されてしまう。
一本一本の指にじっくり時間をかけ、指の間はくすぐるように滑り、片方の足が終わったらもう片方の足へ。
ぴちゃぴちゃ、ちゅっ、とわざと立てられる音と足の指に与えられる刺激とくすぐったさに羞恥心を煽られてヒナイチの顔は耳まで赤くなる。
(うぅ・・・恥ずかしい・・・!)
地上に生きる人間の生態に疎いヒナイチでもこれだけは分かる、人間はこういった事はあまりやらないと。
そして人によるだろうが少なくともヒナイチが感じているような羞恥心や恥ずかしさなどは一般的にあるものだと。
それに時折見上げて来る小さいな赤い瞳はギラギラとしていて明らかな劣情を隠そうともしなかった。
その劣情に充てられてヒナイチの背中をゾクゾクとしたものが駆け上がる。
「ひぅっ」
もう片方の足の指も満遍なく舐められ、これで終わるかと思ったがドラルクの舌は今度は足の甲の真ん中を滑り始めた。
一箇所にはとどまらず、そのまま真っ直ぐ滑って上昇していく。
そして到着した膝にリップ音を立ててまた舌を滑らせる。
ヒナイチの尾ひれを連想させる鮮やかなエメラルドグリーンのドレスを徐々に捲りながらどんどん進んでいく。
内股まで来た所で進行は止まったものの、今度は強く何度も吸い上げられ始めた。
「あっ!やっ!ど、ドラルク!」
「いいじゃない。人魚に戻ったらどうせ消えるんだから」
「だからって・・・ち~ん!」
両方の内股に花を咲かせる頭を押しのけようとするが、ねっとりとまた舌を這わされて体から力が抜ける。
それからまたぴちゃぴちゃと音を立てて舐められて耳を犯される。
「・・・ねぇ、ヒナイチ姫」
「ぅ、ぁ・・・・?」
「このまま―――人間のままシてみる?」
「・・・」
甘い誘惑の言葉にヒナイチは唇をきゅっと噛み締めた。
「や~~~~っと来たか追い詰められゴリラ!常に原稿ギリギリ王子!締め切り破り第一継承者!」
「うっせ!今一番聞きたくねーワードを連発すんじゃねー!たこ焼き屋台に突き出すぞ!!」
「あ~らお野蛮ですこと!怖いから海底でジョンとヒナイチ姫と一緒に宝探し遊びでもしましょうかしらねぇ?目玉のお宝を見つけた人は豪華なお菓子が食べられましてよ!」
「何だよそれ!?私をお仲間外れにするんじゃありませんことよ!お城の一部解放出来るから今度私のお城でやりやがれですわ!!」
夜明けの時間より少し前の頃、漸くロナルドはジョンを連れて海岸にやってきた。
開幕早々の不毛なやり取りはいつもの事だが、そこにヒナイチの姿はなかった。
「あれ?そーいやヒナイチは?」
「流石にお城の人達が心配するかもしれないからって先に帰ったよ」
「おーそうか。待たせて悪かったって伝えておいてくれ」
「今度得意のゴリラダンスを披露するのを約束するって言ってたも追加で言っておくよ」
「いらん追加すんじゃねぇ!!」
「ヒョ~ホッホッホッ!!」
拳を振り上げるロナルドからジョンをスルリと受け取るとドラルクはそそくさと海の中へ潜って行った。
明るくなり始めていた海面から遠く離れ、暗い深海へ。
けれど深海の生き物で暗闇も見渡せるドラルクとジョンには全く問題はなかった。
美しいサンゴ礁を眺めたり、深海の仲間を横目に見ながら二人の住処の洞窟を目指す。
「ねぇ、ジョン」
「ヌー?」
「実はヒナイチ姫はお城には戻ってなくて私達の家にいるんだよ」
「ヌッ?」
「そもそもヒナイチ姫は帰りは遅くなるってお城の人達に伝えてあるしね」
「ヌ〜」
「それで悪いんだけど・・・」
「ヌヒヒ」
「ありがとう、ジョン。おやつ沢山用意しておくからね」
「ヌー!」
蛸の魔女一人とシャコガイ一匹、互いに密やかに笑いながら深海の棲家で待つ姫の下に流れるように向かうのだった。
END
服は着た事がないのでいまいちピンとこないのだが、仮装がテーマのこの祭りの会場では人魚を彷彿とさせるような衣装のヒナイチの姿を見ても誰も何も違和感を持つ事はなかった。
まぁ彷彿とさせるも何も本場の人魚なのだが。
そんな事よりも今日は国を治めるロナルド王子の招待でお祭り会場に遊びに来ていた。
勿論一人ではなく、深海の魔女・蛸のドラルクとその使い魔であるシャコガイのジョンも一緒だ。
夜明けまで人間になれる薬で足を手に入れ、ロナルドやドラルクに支えてもらいながらなんとか自由に動き回るようになれたまでは良かった。
問題はその後。
お祭りの運営責任のあるロナルドは途中で城に戻り、その後はドラルクとジョンと一緒に会場を巡っていたのだが、はしゃいで一人で歩き回って色々な所を周っているうちに逸れてしまったのだ。
そんな訳で現在ヒナイチは一人でドラルクとジョンを探している。
「ドラルクもジョンも一体どこにいるんだ?」
広場の中央にある噴水に戻って二人を探す。
黒いローブや白い被り物、カボチャという陸地の食べ物に類似した被り物やとんがった帽子を被っている人間が沢山行き交う中であの特徴的なメンダコを思わせる紫色の被り物と文字通り全身を覆っている紫色のドレスのようなものを着た男は見つからない。
ジョンが入っているシャコガイを抱えている筈なので尚更分かり易い出で立ちなのにどこにも見当たらない。
その場で見回しつつドラルク達に会えないかと待ってみたがただ時間が過ぎるばかり。
仕方ないのでまた歩き出して捜索を再開する。
自分を置いて帰ったりお祭りの会場から外れた方に行く筈もないので噴水からお祭りのメインストリートをもう一度歩く。
すると―――
「ん?何だアレは?」
家と家の隙間、所謂路地の奥から僅かに光が漏れているのに気付いて足を止める。
少しだけぼんやりとした明かりに導かれるようにしてヒナイチはそちらの方へフラフラと足を向ける。
「あっちでも祭りがあるのか?」
ロナルドに見せてもらった祭りの会場の地図には広場とメインストリートしかなかった筈だが見落としをしてしまったのかもしれない。
もしかしたらドラルクとジョンはそちらの方に行って自分を探しているかもしれない。
一人路地に向かうヒナイチを止める者は誰もいなかった。
薄暗い路地は人一人が通れるくらいの余裕があり、進めば進む程メインストリートの雑踏による賑わいは遠くなって周囲はより暗くなっていく。
しかし光は未だ遠い。
けれど一瞬、声が聞こえたような気がした。
『おいで』という自分を誘うような声が。
「ドラルク?いるのか?」
首を傾げつつより一層影が濃くなっている路地裏の石畳にヒナイチが足を踏み出そうとしたその時―――
「見つけた、ヒナイチ姫」
静かで落ち着き払った聞き慣れた声と共に後ろから枯れ木の枝のような細い腕にふわりと抱き締められる。
驚いたヒナイチはすぐさま振り返ると探し人の顔を見て声を上げる。
「あ!ドラルク!」
そこにいたのはずっと探していた蛸の魔女・ドラルク。
彼はとても穏やかで優しげな笑みを浮かべながらヒナイチを見下ろしている。
「探していたんだよ。ダメじゃないか、勝手に歩き回って離れちゃ」
「すまない・・・」
「今日初めて歩いて地上を動き回れて楽しいのはいいけど逸れてしまうのは良くないなぁ。地上ではヒナイチ姫のような可愛らしい女の子が誘拐される事なんて珍しくないんだから」
「うぅ、反省している・・・」
「さ、そろそろ海に帰ろうか。お祭りももうすぐ終わるみたいだし」
「祭りと言えばこの先にも祭りの会場があるみたいだぞ」
「この先に?」
「ほら、そこ―――」
そう言ってヒナイチは前方を指差して目を向けるが、そこには薄汚れた壁しかなかった。
信じられない光景に目をパチパチさせて頭のアンテナをハテナマークにするとヒナイチは首を傾げる。
「あれ?」
「何もないよ」
「でも、確かにこの先に灯りが―――」
「『何もないよ』。きっと見間違いをしたんだろう」
「うーん・・・」
「それよりも帰ろうじゃないか。お祭りで食べた物を私が海底で作ってあげるよ」
「本当か!?作って欲しい物が沢山あるんだ!」
食べ物と聞いてヒナイチは瞳を輝かせるとドラルクと共に踵を返してお祭りで未だ賑わうメインストリートに引き返した。
その際にドラルクは一瞬だけ路地裏を冷たく一瞥するとヒナイチと共に雑踏に紛れて行くのだった。
迷子にならないように手を繋ぎ、メインストリートを抜けた二人は海岸でロナルドとの待ち合わせに使う人気の少ない場所まで移動した。
この辺りは人が来ないので待ち合わせに使うにはもってこいの場所だった。
「少し疲れたね。そこの岩に座ろうか」
「ああ」
都合良く腰掛けるのに丁度良い形の岩を指してドラルクが提案するとヒナイチは頷く。
座ろうとする直前にドラルクが懐からハンカチと呼ばれる布を広げて「どうぞ」と言ってくれた。
スカートやズボンが汚れないようにする為の地上の紳士がよくやる親切であり嗜みらしい。
綺麗なハンカチに座ったり汚してしまうのは躊躇われたが、折角のドラルクの親切心を無駄にするのも良くないのでヒナイチは素直にそのハンカチの上に腰を下ろす。
「疲れた・・・足が痛い。棒になったみたいだ」
「初めてであれだけ走り回ればそりゃそうなるよ」
「そういえばジョンはどうしたんだ?それにロナルドにも何も言わないで来てしまったが・・・」
「お祭りの次の日に自身の武勇伝執筆の締め切りなのを思い出して絶望したからジョンのお腹を吸わせてくれって泣き縋られたんだよ。見ててあまりにも哀れだったから私もジョンも仕方なくお腹を吸わせてあげる事にしたんだ」
「また締め切りを忘れていたのか・・・」
「でも夜明け前にはジョンを届けに来てくれるってさ。まだもう少しかかりそうだから二人でここで待っていようか。その間に足をマッサージしてあげるよ」
「いいのか?是非頼む!」
お任せを、とドラルクは執事のように応えるとヒナイチの前に跪いてサンダルをそれぞれ丁寧に脱がせた。
解放的な造りの履物だったが、脱がされた事で更なる解放感を得られた気がする。
コレを履かなければ地上を歩くのが困難だとは地上に住む人間も大概不便だと思う。
けれど―――
「ふぁ・・・ドラルクは人間の足のマッサージも上手なんだなぁ」
「天才魔女ドラドラちゃんだもの、当然だとも!」
足を揉んでもらうこの感覚は尾ひれのマッサージとはまた違った心地良さと気持ち良さがあって悪くなかった。
よくドラルクのタコ足にぎゅうぎゅうと緩急つけて尾ひれにマッサージしてもらっているのだが、それに並ぶくらい気持ちが良い。
何よりもゴツゴツの手の感触を堪能出来る部位が増えるのは非常に好ましい。
これは癖になりそうだ。
「また地上を散歩した後はこうしてマッサージをしてあげるよ」
「本当か?助かる!」
「ところでヒナイチ姫は初めての地上のお散歩はどうだった?」
「楽しかったぞ!海底にないものが沢山あって見る物全てが新鮮だった!」
「そう。ずっといたいって思った?」
「いや、それはないな。多分ずっといたら飽きていると思う。そう考えるとお前が作る一日だけ人間になれる薬の方が便利だな」
「夜明けを迎えるとその場で変身が解けちゃうからそれまでに海に戻らないといけないっていう点ではちょっと不便だけどね」
「ちゃんとそれを気にして行動すれば問題ない。それに地上にいたらお前の作るお菓子を毎日食べられない。私は―――お前の作るお菓子を一生食べていたいんだ」
「・・・フフフ、そう。とっても嬉しいよ、ヒナイチ姫。とっても・・・ね」
心の底から満たされたというような声音で言い放ち、ドラルクはヒナイチの右足の甲に口付けを落とす。
何だかその仕草が恥ずかしいような照れ臭いような気がしてヒナイチは頬を赤らめ、視線を泳がせながら足を揺らして振り解こうとする。
けれども足は開放されず、代わりにドラルクの長い舌が足の親指に這わされる。
「ひゃっ!?ど、ドラルク!?なに、を・・・!!」
「記念、かな。ヒナイチ姫が初めて人間の足を手に入れた日の。もうすぐ元に戻っちゃうから堪能しておこうと思って」
「ま、またいつか薬を飲むんだから何もこんなこと・・・っ!」
「だーめ。初めての日っていうのが重要なんだから」
「ふぁっ!!」
まるで生き物のように蠢いて這い回るドラルクの長い舌。
輪郭や形を記憶するように何度も舐め回し、爪の間も丁寧に舌先を滑らせて文字通り余すことなく堪能されてしまう。
一本一本の指にじっくり時間をかけ、指の間はくすぐるように滑り、片方の足が終わったらもう片方の足へ。
ぴちゃぴちゃ、ちゅっ、とわざと立てられる音と足の指に与えられる刺激とくすぐったさに羞恥心を煽られてヒナイチの顔は耳まで赤くなる。
(うぅ・・・恥ずかしい・・・!)
地上に生きる人間の生態に疎いヒナイチでもこれだけは分かる、人間はこういった事はあまりやらないと。
そして人によるだろうが少なくともヒナイチが感じているような羞恥心や恥ずかしさなどは一般的にあるものだと。
それに時折見上げて来る小さいな赤い瞳はギラギラとしていて明らかな劣情を隠そうともしなかった。
その劣情に充てられてヒナイチの背中をゾクゾクとしたものが駆け上がる。
「ひぅっ」
もう片方の足の指も満遍なく舐められ、これで終わるかと思ったがドラルクの舌は今度は足の甲の真ん中を滑り始めた。
一箇所にはとどまらず、そのまま真っ直ぐ滑って上昇していく。
そして到着した膝にリップ音を立ててまた舌を滑らせる。
ヒナイチの尾ひれを連想させる鮮やかなエメラルドグリーンのドレスを徐々に捲りながらどんどん進んでいく。
内股まで来た所で進行は止まったものの、今度は強く何度も吸い上げられ始めた。
「あっ!やっ!ど、ドラルク!」
「いいじゃない。人魚に戻ったらどうせ消えるんだから」
「だからって・・・ち~ん!」
両方の内股に花を咲かせる頭を押しのけようとするが、ねっとりとまた舌を這わされて体から力が抜ける。
それからまたぴちゃぴちゃと音を立てて舐められて耳を犯される。
「・・・ねぇ、ヒナイチ姫」
「ぅ、ぁ・・・・?」
「このまま―――人間のままシてみる?」
「・・・」
甘い誘惑の言葉にヒナイチは唇をきゅっと噛み締めた。
「や~~~~っと来たか追い詰められゴリラ!常に原稿ギリギリ王子!締め切り破り第一継承者!」
「うっせ!今一番聞きたくねーワードを連発すんじゃねー!たこ焼き屋台に突き出すぞ!!」
「あ~らお野蛮ですこと!怖いから海底でジョンとヒナイチ姫と一緒に宝探し遊びでもしましょうかしらねぇ?目玉のお宝を見つけた人は豪華なお菓子が食べられましてよ!」
「何だよそれ!?私をお仲間外れにするんじゃありませんことよ!お城の一部解放出来るから今度私のお城でやりやがれですわ!!」
夜明けの時間より少し前の頃、漸くロナルドはジョンを連れて海岸にやってきた。
開幕早々の不毛なやり取りはいつもの事だが、そこにヒナイチの姿はなかった。
「あれ?そーいやヒナイチは?」
「流石にお城の人達が心配するかもしれないからって先に帰ったよ」
「おーそうか。待たせて悪かったって伝えておいてくれ」
「今度得意のゴリラダンスを披露するのを約束するって言ってたも追加で言っておくよ」
「いらん追加すんじゃねぇ!!」
「ヒョ~ホッホッホッ!!」
拳を振り上げるロナルドからジョンをスルリと受け取るとドラルクはそそくさと海の中へ潜って行った。
明るくなり始めていた海面から遠く離れ、暗い深海へ。
けれど深海の生き物で暗闇も見渡せるドラルクとジョンには全く問題はなかった。
美しいサンゴ礁を眺めたり、深海の仲間を横目に見ながら二人の住処の洞窟を目指す。
「ねぇ、ジョン」
「ヌー?」
「実はヒナイチ姫はお城には戻ってなくて私達の家にいるんだよ」
「ヌッ?」
「そもそもヒナイチ姫は帰りは遅くなるってお城の人達に伝えてあるしね」
「ヌ〜」
「それで悪いんだけど・・・」
「ヌヒヒ」
「ありがとう、ジョン。おやつ沢山用意しておくからね」
「ヌー!」
蛸の魔女一人とシャコガイ一匹、互いに密やかに笑いながら深海の棲家で待つ姫の下に流れるように向かうのだった。
END