ポンチと踊るダンスホール
泳ぎ慣れた岩間を縫い、深い海の底の洞窟へ。
地上の太陽の光は届かないけれどチョウチンアンコウやその他不思議な海の生き物達の光が代わりに深海を照らしている。
まさに天然の宝石とも呼べるその光景がヒナイチは好きだった。
深海限定の美しいイルミネーションを十分堪能しつつ『蛸ドラちゃんハウスはこちら』という文字と矢印が刻まれた石板の案内に沿って泳ぎ進む。
ヒナイチは人魚の中でも特に泳ぎが速いのであっという間に目当ての人物の住処に辿り着いた。
「ドラルクー!」
「おやヒナイチ姫、いらっしゃい」
「ヌー」
ヒナイチを迎えるは蛸の魔女ドラルクとシャコガイのジョン。
ドラルクは海の住人でありながら地上の事も知り尽くす魔女で、魔法の薬や海・地上のお菓子を作って商売をしている。
そしてシャコガイのジョンはドラルクの使い魔で店の看板マスコットでもある。
一見ヒナイチにとっては縁のない一人と一匹だが、ヒナイチが地上に住まう王子を助けた事でそれは出来た。
船が難破して地上の国の王子を助けた時にヒナイチは偶然、地上のお祭りのチラシが浜辺に転がっているのを見つけた。
チラシに掲載されている食べ物がとても美味しそうで、これがどんな物なのかを教えてもらうべく蛸の魔女ドラルクを訪れたのがキッカケだった。
噂通りドラルクは何でも知っていて、チラシに載っていた食べ物はクッキーとケーキというデザートなのだとか。
『お姫様に人間になれる薬を差し上げよう。今なら割引だ。王子と結ばれて妃になればこのデザートは毎日食べられる。ただし結ばれなければ泡になる。さぁどうする?』
ルビーのように美しく妖しく光る液体の入った小瓶を見せつけながらドラルクは囁いて来た。
しかしヒナイチは―――
『いらん!』
と、太陽もびっくりな程清々しい笑顔でキッパリとそれを断った。
さしもの魔女も呆気に取られるというもの。
『・・・え?いらないの?』
『まだ味もわからないのに食べに行って口に合わなかったら損だろう?』
『まぁ確かに』
『それにその手の商売トークには引っかからないからな!』
『うーむ、流石にガードが硬かったか。じゃあ今から私がクッキーとケーキを作るからそれを食べて考えてみるのはどう?今回は大サービス、デザートはタダだよ』
『本当か!?是非頼む!!』
そうしてドラルクが用意したクッキーとケーキをペロリと平らげたヒナイチは大変満足して。
『ご馳走様!地上にはこんなにも美味しいデザートがあるなんて知らなかった!』
『地上への興味が湧いたかな?なら、今こそこの薬を―――』
『いらん!』
『でも地上にはクッキーやケーキ以外のデザートが―――』
『お前は知ってるのか?』
『そりゃ勿論。全知全能の海神ドラドラちゃんとは私の事だ』
『それらも作れるのか?』
『作れるよ』
『なら地上に行く意味はないな。お前に作ってもらえばいいんだからな!』
『そうきたか・・・でもタダって訳にもいかないし、契約って事でどう?毎日日替わりでオヤツを食べられるコース。ちょっとお値段張るけど』
『交渉成立だ!!』
一も二もなくヒナイチは頷き、めでたく毎日日替わりオヤツコースの契約を結んだ。
ドラルクの作る物はどれも絶品で飽きるどころか本当に一生食べたいくらい美味しかった。
そうして通う内にヒナイチはドラルクと親交を深め、ドラルクからヒナイチも知らない海の事や地上に纏わる話を聞いた。
それだけでなく、薬の作り方なんかも教えてもらって怪我や病気に罹った民を救うのに役立てた。
多くの民に感謝されたが、それもこれもドラルクのお陰。
料理が上手で博識で、お調子者だが愉快なドラルクにヒナイチはいつしか惹かれていた。
けれど初めての恋なのでどうすればいいか分からず、今も胸にそっと秘めて今日のおやつのプリンを食べながら悶々としている。
「今日のオヤツはクリームや果物を乗せたプリンアラモードだよ」
「美味しい!美味しい!」
「ヌー♡」
「さてと、ジョンとヒナイチ姫がオヤツを食べている間に薬でも作ろうかね」
「私も手伝うぞ!」
「ヌー!」
「いいよ、二人はゆっくり食べてて。すぐに終わる奴だから」
ドラルクはジョンとヒナイチを軽く手で制すると二本の腕と八本の足を器用に動かしてちゃっちゃかと薬を作り始める。
その背中をもどかしそうに見つめるヒナイチに気付いてジョンが声を上げる。
「ヌヌヌヌヌヌ ヌッヌーヌ ヌンヌヌヌヌリヌイヌ(ドラルク様、クッキーをみんなで作りたいヌ)」
「型抜きとか楽しいものね。いいよ、みんなで作ろうか」
「ヌーイ!ヌンヌヌヌヌ、ヌヌイヌヌヌ(わーい!頑張ろうね、ヒナイチ姫)」
「ああ!―――ありがとう、ジョン」
小さな耳元に小さな声で礼を告げれば「ヌンッ!」と力強く親指を立てられた。
本当に賢くて気の利くシャコガイだ。
今度お礼に美味しいウニを贈ろう。
そう心に決めてプリンアラモードを平らげるとヒナイチはドラルクの傍まで泳いでクッキー作りを手伝った。
ジョンは型抜きを手伝いつつも極力ドラルクの頭の上に乗って二人の仲睦まじいやり取りを眺めていた。
その最中でヒナイチの尾鰭が自らドラルクの蛸足に緩く絡んでいくのを見ては一匹「ヌフッ」と笑みを溢すのだった。
それからクッキーは出来上がり、お土産としてラッピングしてもらったそれを持ってヒナイチは城に帰還した。
本日のドラルクお手製お菓子を食べ、一緒にクッキーを作ってヒナイチはとてもご機嫌だった。
それを城の奥から泳いで現れた兄のカズサが迎える。
「ご機嫌だな、ヒナイチ。今日も魔女の所に行ってたのか?」
「兄さん!た、確かに行っていたがちゃんと仕事を済ませてから行ったぞ!」
「別に責めてる訳じゃないから心配すんな。それよりそのクッキーは何だ?愛するお兄様へのお土産か?」
「人のおやつを勝手に食べてしまう兄を私は愛した覚えはない」
「俺は王家の人間としてお前が様々な重圧や苦難に耐えらるようにと敢えて厳しくイテッ!イテッ!悪かったって!尾鰭で叩くなって!」
「これは私が私の為に作ったクッキーだから兄さんにはあげないぞ」
「へいへい。ちなみにそれは魔女と作ったのか?」
「そうだ」
「ほー」
「な、何だ」
「いや?魔女の作る菓子は美味いし、城から住処まで遠いよな?」
「そうだな」
「折角の手作りクッキーも城に着く頃には冷めてしまう。そこでどうだ、魔女を城の専属料理人兼薬師として迎えるのは?」
「そ、それは!・・・ダメだ」
一瞬だけヒナイチの頬が赤くなって期待を見せたがすぐに声のトーンと共にそれらは小さく沈んだ。
「何でだ?」
「ドラルクは自由を好む。縛られるのは嫌う筈だ」
「なら、夫として迎えるのはどうだ?結婚なら話は別だろ」
「おおおお夫!!?結婚!!?」
途端に顔を真っ赤にして狼狽えるヒナイチにカズサは内心「分かりやすいな」と小さくほくそ笑む。
「王家の姫君と結婚出来るんだからアイツにとっても悪い話じゃないだろ。今度打診してみたらどうだ?なんなら俺が直々に―――」
「ちん!!」
ビターン!とヒナイチの尾鰭アタックがカズサの顔面に決まった。
「よよよ余計な事をしないでくれ!私達はまだそんなんじゃない!!」
自身の赤毛に負けぬ程顔を赤くして叫びながらヒナイチは目にも止まらぬ速さで自室に戻った。
それに対して顔面ダイレクトアタックを決められて顔を赤く腫らしているカズサは片手で顔を覆いながらもニヤリと口の角を釣り上げる。
「いつつ・・・クリティカルかましてくる事ないだろ。だが『まだ』か・・・こりゃ魔女の一族とご懇意になる日もそう遠くはないな」
そのまま何事もなく蛸の魔女ドラルクと恋を育んでくれと祈るカズサだった。
「おぉっ」
「ヌー?」
「いや、何だか寒気がしてね・・・それよりもジョン、ヒナイチ姫の事なんだけど」
「ヌ?」
「彼女、私の事好きなんじゃないかな?今日だってやたら尾鰭が絡んできたし」
「ヌンヌ ヌーヌヌ オヌヌ」
「やっぱり?ジョンもそう思う?そうだよねぇ!ハンサムドラドラちゃんは魔性の魅力を有しているからお姫様の一人や二人、メロメロになっても仕方のないことだ!」
「ヌー・・・」
ダメだこれ気付いてるようで気付いてない。
ジョンは心の中でヒナイチに全力エールを送るのであった。
END
地上の太陽の光は届かないけれどチョウチンアンコウやその他不思議な海の生き物達の光が代わりに深海を照らしている。
まさに天然の宝石とも呼べるその光景がヒナイチは好きだった。
深海限定の美しいイルミネーションを十分堪能しつつ『蛸ドラちゃんハウスはこちら』という文字と矢印が刻まれた石板の案内に沿って泳ぎ進む。
ヒナイチは人魚の中でも特に泳ぎが速いのであっという間に目当ての人物の住処に辿り着いた。
「ドラルクー!」
「おやヒナイチ姫、いらっしゃい」
「ヌー」
ヒナイチを迎えるは蛸の魔女ドラルクとシャコガイのジョン。
ドラルクは海の住人でありながら地上の事も知り尽くす魔女で、魔法の薬や海・地上のお菓子を作って商売をしている。
そしてシャコガイのジョンはドラルクの使い魔で店の看板マスコットでもある。
一見ヒナイチにとっては縁のない一人と一匹だが、ヒナイチが地上に住まう王子を助けた事でそれは出来た。
船が難破して地上の国の王子を助けた時にヒナイチは偶然、地上のお祭りのチラシが浜辺に転がっているのを見つけた。
チラシに掲載されている食べ物がとても美味しそうで、これがどんな物なのかを教えてもらうべく蛸の魔女ドラルクを訪れたのがキッカケだった。
噂通りドラルクは何でも知っていて、チラシに載っていた食べ物はクッキーとケーキというデザートなのだとか。
『お姫様に人間になれる薬を差し上げよう。今なら割引だ。王子と結ばれて妃になればこのデザートは毎日食べられる。ただし結ばれなければ泡になる。さぁどうする?』
ルビーのように美しく妖しく光る液体の入った小瓶を見せつけながらドラルクは囁いて来た。
しかしヒナイチは―――
『いらん!』
と、太陽もびっくりな程清々しい笑顔でキッパリとそれを断った。
さしもの魔女も呆気に取られるというもの。
『・・・え?いらないの?』
『まだ味もわからないのに食べに行って口に合わなかったら損だろう?』
『まぁ確かに』
『それにその手の商売トークには引っかからないからな!』
『うーむ、流石にガードが硬かったか。じゃあ今から私がクッキーとケーキを作るからそれを食べて考えてみるのはどう?今回は大サービス、デザートはタダだよ』
『本当か!?是非頼む!!』
そうしてドラルクが用意したクッキーとケーキをペロリと平らげたヒナイチは大変満足して。
『ご馳走様!地上にはこんなにも美味しいデザートがあるなんて知らなかった!』
『地上への興味が湧いたかな?なら、今こそこの薬を―――』
『いらん!』
『でも地上にはクッキーやケーキ以外のデザートが―――』
『お前は知ってるのか?』
『そりゃ勿論。全知全能の海神ドラドラちゃんとは私の事だ』
『それらも作れるのか?』
『作れるよ』
『なら地上に行く意味はないな。お前に作ってもらえばいいんだからな!』
『そうきたか・・・でもタダって訳にもいかないし、契約って事でどう?毎日日替わりでオヤツを食べられるコース。ちょっとお値段張るけど』
『交渉成立だ!!』
一も二もなくヒナイチは頷き、めでたく毎日日替わりオヤツコースの契約を結んだ。
ドラルクの作る物はどれも絶品で飽きるどころか本当に一生食べたいくらい美味しかった。
そうして通う内にヒナイチはドラルクと親交を深め、ドラルクからヒナイチも知らない海の事や地上に纏わる話を聞いた。
それだけでなく、薬の作り方なんかも教えてもらって怪我や病気に罹った民を救うのに役立てた。
多くの民に感謝されたが、それもこれもドラルクのお陰。
料理が上手で博識で、お調子者だが愉快なドラルクにヒナイチはいつしか惹かれていた。
けれど初めての恋なのでどうすればいいか分からず、今も胸にそっと秘めて今日のおやつのプリンを食べながら悶々としている。
「今日のオヤツはクリームや果物を乗せたプリンアラモードだよ」
「美味しい!美味しい!」
「ヌー♡」
「さてと、ジョンとヒナイチ姫がオヤツを食べている間に薬でも作ろうかね」
「私も手伝うぞ!」
「ヌー!」
「いいよ、二人はゆっくり食べてて。すぐに終わる奴だから」
ドラルクはジョンとヒナイチを軽く手で制すると二本の腕と八本の足を器用に動かしてちゃっちゃかと薬を作り始める。
その背中をもどかしそうに見つめるヒナイチに気付いてジョンが声を上げる。
「ヌヌヌヌヌヌ ヌッヌーヌ ヌンヌヌヌヌリヌイヌ(ドラルク様、クッキーをみんなで作りたいヌ)」
「型抜きとか楽しいものね。いいよ、みんなで作ろうか」
「ヌーイ!ヌンヌヌヌヌ、ヌヌイヌヌヌ(わーい!頑張ろうね、ヒナイチ姫)」
「ああ!―――ありがとう、ジョン」
小さな耳元に小さな声で礼を告げれば「ヌンッ!」と力強く親指を立てられた。
本当に賢くて気の利くシャコガイだ。
今度お礼に美味しいウニを贈ろう。
そう心に決めてプリンアラモードを平らげるとヒナイチはドラルクの傍まで泳いでクッキー作りを手伝った。
ジョンは型抜きを手伝いつつも極力ドラルクの頭の上に乗って二人の仲睦まじいやり取りを眺めていた。
その最中でヒナイチの尾鰭が自らドラルクの蛸足に緩く絡んでいくのを見ては一匹「ヌフッ」と笑みを溢すのだった。
それからクッキーは出来上がり、お土産としてラッピングしてもらったそれを持ってヒナイチは城に帰還した。
本日のドラルクお手製お菓子を食べ、一緒にクッキーを作ってヒナイチはとてもご機嫌だった。
それを城の奥から泳いで現れた兄のカズサが迎える。
「ご機嫌だな、ヒナイチ。今日も魔女の所に行ってたのか?」
「兄さん!た、確かに行っていたがちゃんと仕事を済ませてから行ったぞ!」
「別に責めてる訳じゃないから心配すんな。それよりそのクッキーは何だ?愛するお兄様へのお土産か?」
「人のおやつを勝手に食べてしまう兄を私は愛した覚えはない」
「俺は王家の人間としてお前が様々な重圧や苦難に耐えらるようにと敢えて厳しくイテッ!イテッ!悪かったって!尾鰭で叩くなって!」
「これは私が私の為に作ったクッキーだから兄さんにはあげないぞ」
「へいへい。ちなみにそれは魔女と作ったのか?」
「そうだ」
「ほー」
「な、何だ」
「いや?魔女の作る菓子は美味いし、城から住処まで遠いよな?」
「そうだな」
「折角の手作りクッキーも城に着く頃には冷めてしまう。そこでどうだ、魔女を城の専属料理人兼薬師として迎えるのは?」
「そ、それは!・・・ダメだ」
一瞬だけヒナイチの頬が赤くなって期待を見せたがすぐに声のトーンと共にそれらは小さく沈んだ。
「何でだ?」
「ドラルクは自由を好む。縛られるのは嫌う筈だ」
「なら、夫として迎えるのはどうだ?結婚なら話は別だろ」
「おおおお夫!!?結婚!!?」
途端に顔を真っ赤にして狼狽えるヒナイチにカズサは内心「分かりやすいな」と小さくほくそ笑む。
「王家の姫君と結婚出来るんだからアイツにとっても悪い話じゃないだろ。今度打診してみたらどうだ?なんなら俺が直々に―――」
「ちん!!」
ビターン!とヒナイチの尾鰭アタックがカズサの顔面に決まった。
「よよよ余計な事をしないでくれ!私達はまだそんなんじゃない!!」
自身の赤毛に負けぬ程顔を赤くして叫びながらヒナイチは目にも止まらぬ速さで自室に戻った。
それに対して顔面ダイレクトアタックを決められて顔を赤く腫らしているカズサは片手で顔を覆いながらもニヤリと口の角を釣り上げる。
「いつつ・・・クリティカルかましてくる事ないだろ。だが『まだ』か・・・こりゃ魔女の一族とご懇意になる日もそう遠くはないな」
そのまま何事もなく蛸の魔女ドラルクと恋を育んでくれと祈るカズサだった。
「おぉっ」
「ヌー?」
「いや、何だか寒気がしてね・・・それよりもジョン、ヒナイチ姫の事なんだけど」
「ヌ?」
「彼女、私の事好きなんじゃないかな?今日だってやたら尾鰭が絡んできたし」
「ヌンヌ ヌーヌヌ オヌヌ」
「やっぱり?ジョンもそう思う?そうだよねぇ!ハンサムドラドラちゃんは魔性の魅力を有しているからお姫様の一人や二人、メロメロになっても仕方のないことだ!」
「ヌー・・・」
ダメだこれ気付いてるようで気付いてない。
ジョンは心の中でヒナイチに全力エールを送るのであった。
END