ポンチと踊るダンスホール

私はノースディンにとって可憐で美しい一凛の花

この世の幸福を象徴する天使だとも

吸対として町を守る為に戦いに明け暮れる私を一人の女性として扱ってくれて甘い言葉を囁いてくれるノースディン

手の甲にキスをされたのだって初めてで胸が高鳴るのを確かに感じた


(初めて・・・?本当に・・・初めてか・・・?)


「う、ぅ・・・」
「おや、どうしたんだい?赤毛の姫君よ」


私がときめいたのは本当にノースディンが初めてだったか?

いや、ノースディンが初めての筈だ

だって思い返してみてもノースディンしか私の手の甲にキスを―――


『お会いできて光栄ですよ。この私に何か御用かな?』


・・・誰だ?

この声は誰だ?

ノースディンじゃない別の男の声がするのは何でなんだ?

この声は・・・そう、確か・・・ドラルク

そうだ、アイツも私の手の甲にキスをしてきたんだ

ノースディン・・・みたいに・・・


(・・・あれ?おかしくないか?ノースディンはついさっきキスをしてくれたが、ドラルクの方が先だった筈・・・なら、この気持ちは・・・)


「ドラ・・・ルク・・・」
「ん?」
「・・・ドラル・・・ク・・・」
「・・・ふむ。私を引き立たせてくれる赤い宝石の君よ。その美しさに私はもう目が離せない。どうかその美しさと輝きを私の為だけに照らしてくれないか?」
「・・・勿論だ、ノースディン」


・・・私は何を考えているんだ

ノースディンが私を必要としてくれているんだ

私の力はノースディンのもの

私はノースディンだけのもの

ノースディンの為なら私はなんだって・・・









「ふぅ、やれやれ。城から出て行ったと聞いて様子を見に来てみたが相手の懐に入る上手さは相変わらずのようだな」

苦笑しながらノースディンは己の虜となって『恋は盲目』状態となったヒナイチを見やる。
いくら自身が古くから生きる吸血鬼と言えど催眠や魅了は繊細な能力で、対象の意志が強いとかかりにくかったり能力の持続時間が短かったりする。
特に心に強く想う相手がいる者は抵抗力が高い。

「だがまさか、その相手があのドラルクとはな」

享楽主義の過ぎるクソ雑魚が吸血鬼の天敵、それもこんなにも血が美味しそうな少女の心に深く入り込んでいたとは。
随分昔に開いたゴルゴナの娘との散々なお見合いから大きく進歩したものである。
しかしこの吸対の少女に魅了をかけようとした時にドラルクが見せた必死の焦りを考えるとドラルクが一方的に深く入り込んでいる訳ではないようだ。

「人間は・・・やめておけ、ドラルク。いくらあのお方の血を引くお前でも一族に迎えるのは容易い事ではない」

脳裏を過ぎるは黒き杭の男。
転化が上手くいかずに死んだように棺で眠る彼を思い出してはノースディンは今も後悔と己の不甲斐なさに打ちひしがれていた。
同じ思いを弟子のドラルクにして欲しくはない。
しかしなんと言って説得したものか。
正面から言った所で反発されるのは目に見えている。
いや、そもそもドラルクが必死になっていたのは事実であったとしてもまだその気持ちがどんなものであるか決まった訳ではない。
仲良くなって情が湧いただけの関係に過ぎないかもしれない。
これはまだ様子を見た方が良いだろう、

「やれやれ、不出来な弟子を持つと苦労するな」

溜息と共に吐かれた言葉とは裏腹にノースディンの表情は穏やかだった。

「うっ・・・私、は・・・」
「おやおや、またか。聞いてくれるかな、赤毛の姫君よ。我々吸血鬼は天上の国とは縁遠い―――」

この少女も面倒な吸血鬼に惚れてしまったな、とノースディンは密かに同情する。
しかし、ヒナイチの催眠のかかりにくさに大嫌いな黄色が一枚噛んでいるとは知る由もないのであった。






END
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