ポンチと踊るダンスホール

「協力ありがとう、勇敢な退治人さん」

そう言ってヒナイチの頭を撫でてくれたのが一年前。
ヒナイチは幼くして一回り年上の男性に恋をした。
男性の名前はドラルク。
名家の出身で、飛び級で吸対に入って副隊長になった優秀で貧弱なダンピール、と兄のカズサが教えてくれた。
休みの日に虫取りをしていた時に下等吸血鬼と出会い、その時偶然パトロールで居合わせていたドラルクと一緒に退治したのだ。
後から教えてもらった通り貧弱さを惜しみなく発揮していたドラルクだったがそれでもヒナイチを守ろうとしてくれたし、何よりも退治人と呼んでくれた。
将来退治人を目指しているヒナイチとしてはこの上ない誉れであり、心を鷲掴まれるには十分なセリフだった。

あれから一年経った現在。
ヒナイチはまだまだ小学生ではあるが心は立派なレディとなっていて。
迫る自身の誕生日パーティーにドラルクを招待するべく招待状を作っていた。
毎年ギルドを上げてのお祝いなのだが、今年はドラルクを招待したいとカズサに打診した所、難なく許可を出してくれた。
いらない冷やかし付きだが。

「ふんふ~ん♪」
「ご機嫌だな、ヒナイチ。副隊長さんへのラブレターは出来上がりそうか?」
「に、兄さん!!これはラブレターじゃなくてただの誕生日の招待状だ!!」
「悪い、そうだったな。お気に入りのワンピース着てるからてっきりそうだと思ってたわ」
「こ、これはたまたまだ!今日はこれを着たい気分だったんだ!!」
「学校から帰ってくるなりわざわざ着替えてか?」
「そ、それはその・・・だからあのっ・・・!」
「それより早く行って来たらどうだ?今日は副隊長さん、休みの日なんだろ?早く行かないと今日が終わるぞ」
「分かってる!兄さんが余計な茶々を入れるから遅れそうになってるんだぞ!!」
「はいはいサーセン」

適当な謝罪しかしないカズサに腹が立つ。
後で脛を蹴って仕返しをせねば。
そんな兄への復讐を胸の奥にしまいつつヒナイチは完成した招待状を持つとギルドから出て行った。
太陽は既に降りかけていて、空と町がオレンジ色に照らされる中、ヒナイチはドラルクのマンションを目指して走り出す。
住所や行き方などはカズサに教えてもらっているから迷いなく道を辿る事が出来る。
気を付ける事といえば笑顔。
折角二番目にお気に入りのワンピースを着て渡すのだ、緊張で強張らないように気を付けながら笑顔でドラルクに「誕生日パーティーに来てください」と言うのだ。

(それから一番お気に入りのワンピースを着てパーティーに来てくれた副隊長さんを迎えるんだ!)

我ながら完璧なプランにヒナイチは口角が上がるのを止められない。
夕日の光を浴びながらぐんぐんと走ってゴールを目指す。
そうして人にぶつからないようにブレーキをかけながら角を曲がった時だった。

「あっ!」

白のポロシャツにグレーのスラックスという清潔感溢れる服装、そして肩に可愛らしいアルマジロのジョンを乗せた副隊長ことドラルクその人を見つけてヒナイチの表情は花が咲いたようにぱぁっと明るくなる。

「ふく―――」

嬉しそうに大きな声で呼ぼうとするが―――

「たい、ちょう・・・さん・・・?」

ドラルクはヒナイチに気付いた様子はなく、それよりも別の誰かが来た事に気付いてそちらに手を振った。
目線の先を追えば、長い黒髪の美しい女性がドラルクに駆け寄っていた所だった。
肌の色は青白いので恐らく吸血鬼だろう。
ドラルクよりも背が低く、けれどもヒナイチよりもずっと大人で綺麗な女性。

「ん?」

視線に気付いたのか、ドラルクがこちらを振り返ったがヒナイチは咄嗟に物陰に隠れた。
何で隠れたのかよく分からない。
けれども何となく隠れなければならないと思った。

「どうした、ドラルク?」
「いえ、誰か知り合いがいたような気がしたのですが・・・気の所為かな?それより入りましょう」
「ああ」

深追いされなくて良かった。
しかし―――

(『ドラルク』って・・・呼び捨てにしてた・・・)

先程の女性のドラルクに対する名前呼びがずっと頭の中にこびりついて離れない。
自分だって恥ずかしくてまだ『副隊長さん』としか呼んでいないのに。
それをまるで自分のもののように名前呼びするだなんて。

(ずるい!!)

むくれて物陰から二人の様子を窺う。
すぐ近くの喫茶店の窓際に都合良く座ってくれたお陰で何をしてるのかよく分かる。
ドラルクと女性はコーヒーを注文していて、ジョンはホットケーキを頬張っているようだ。
話に華が咲いているのか、ドラルクはとても楽しそうに話をしているし、女性の方も嬉しそうな表情でドラルクの話に相槌を打ったり言葉を返している。
どんな話をしているのか分からないが、何だろうとヒナイチには羨ましかった。
自分もあんな風に男女の雰囲気を醸してドラルクとお茶が出来たらどれだけいいか。
楽しくお話をして、大人扱いされて、一人の女性として見てくれて・・・。

「・・・帰る・・・」

自分に無いものを考えて、それを欲しがって、けれど今はまだ手に入らないと悟ってトボトボと歩き出す。
再び辿ると思っていた帰路が悲しいものになるなんて思わなかった。
薄暗くなる景色と共にヒナイチの影は本人の心のように寂しく溶けていくのであった。







「・・・ただいまぁ・・・」

カラン、とヒナイチの心に反してドアベルが軽やかな音を鳴らす。
グラスを磨いていたカズサと、そんなカズサにカウンター席で話し込んでいた拳がヒナイチに気付くが、すっかりアンテナがしょげてどんよりと沈むヒナイチにやや驚く。

「どうしたヒナイチ?やけに落ち込んでるじゃねーか」
「・・・こんにちは、拳さん・・・」
「おーヒナイチ、副隊長さんには会えたか?」
「・・・・・・兄さん、今日はカレーがいい」
「は?」
「カレーがいい!!」

それだけを言って階段を駆け上がり、乱暴に扉を開けて自分の部屋のベッドに飛び込む。
階下ではカズサと拳が顔を見合わせて肩を竦めていた。

「うぅぅ・・・」

ボロボロと溢れる悔し涙を枕に吸わせる。
ぎゅっと枕の端を握った時にグシャッと紙がくしゃくしゃになるような音がした。
見ればずっと握ったままの招待状がぐしゃぐしゃになっていた。
折角ドラルクの為に一生懸命作ったのに。
また作り直さなければならない。

「私だって・・・私だってぇ・・・」

悔しさで沢山泣いた。
その後にカレーが出来てカズサに呼ばれたので赤く腫れた目で沢山食べた。
本当に何杯もおかわりした。
でもそれでお腹を壊すとかそういう事は全くなく、翌日も健康的な体のまま学校に行った。











それから数日後。
カズサからヒナイチの誕生日パーティーの招待状を受け取ったドラルクはジョンと共にプレゼントを携えてギルドへ訪れていた。
招待状はヒナイチの手作りらしく、素朴で可愛らしくて大切にファイリングした。
だが、字の筆跡からただならぬオーラを感じたがそれは心の中でカズサの所為にしておく。
何故なら招待状を受け取る時に「アンタ、ヒナイチに何かしたか?」と聞かれてあらぬ疑いの目を向けられたからだ。
少し前にギルドの視察に来て会って以来、顔は合わせていない。
それにあんなに自分に懐いてくれてる女の子に対して酷い態度を取る訳がない。
このジェントルの塊たる自分がまさかそんな。

「・・・ねぇジョン、ジョンから見て私がヒナイチくんに失礼な態度を取った事って最近あった?」
「ヌ?ヌー・・・ヌーヌン」
「だよねぇ。きっとあのエセ昼行灯が何か勘違いしてるんだろう。それよりも今日は誕生日っていう特別な日なんだからとびっきりお祝いしてあげないとね」
「ヌー!」
「そんな訳で―――」

『本日貸切』と掲げられたギルドの扉をドラルクは躊躇いなく開け放つ。

「お誕生日おめでとう!ヒナ―――」

扉を開けたすぐ目の前で可愛らしいワンピースを着たヒナイチが破裂するのではないかというくらい頬を膨らませていた。

「ハムスター!?」
「アンタが来る直前まではニッコニコの笑顔だったぜ」
「何で!!?」

拳に「アンタ何やったんだ?」と目で聞かれるが「知るか!」と返しておいた。
だって本当に何も知らないのだ。
どれだけ思い返しても無礼を働いた記憶や機嫌を損ねたような記憶はない。
いつだってヒナイチはニコニコとした笑顔で自分とお別れしている。
それがこんな限界まで種を詰め込んだハムスターになるまで怒らせた覚えは何もない。
しかし自分が来た途端にここまで怒るとは本当に何事か。
戸惑いながらもドラルクは持って来たクッキーの詰め合わせとミニバームクーヘンを入れたミニバスケットを差し出す。

「えっ・・・と、お誕生日おめでとう。ヒナイチくんの大好きなクッキーの詰め合わせとミニバームクーヘンを作ったんだけど、どう?」
「クッキーとバームクーヘン!?」

お菓子の名前を聞いてヒナイチの表情がパァッと明るく華やぐ。
良かった、プレゼントは喜んでもらえたようだ。
ドラルクは内心で胸を撫で下ろして続ける。

「このバスケットは普通に捨ててくれて大丈夫だからね」
「捨てない」
「またハムスターになった!?」

抜けたはずの空気がまたヒナイチの頬に戻ってドラルクは慌てる。
返す手間を考えてバスケットは心置きなく捨てられるように百均で買った物だ。
そこにリボンや造花を付けて可愛らしく飾ったのだが、何がいけなかったのだろう?
やはり入れ物もちゃんとした物にするべきだったか?
それとも飾りが子供っぽくて気に入らなかったのか?
しかしどちらを取ってもヒナイチの「捨てない」という発言と噛み合わない。
助けを求めるようにジョンと顔を合わせるがジョンも「分からないヌ」といったように首を傾げるばかり。
取り敢えずご機嫌取りも兼ねてジョンを抱っこしてヒナイチの前に差し出す。

「ひ、ヒナイチくん?ジョンからもプレゼントがあるんだ。ジョンお手製のミニブーケだよ」
「ヌー!オヌンヌーヌ、オヌヌヌー!」
「可愛い!ありがとう、ジョン!」

またもやヒナイチの表情が春に咲く花のように綻んで嬉しそうにジョンからミニブーケを受け取る。
その際のジョンの頭を優しく撫でる姿は天使のように可愛らしかった。
それなのに―――

「・・・」

ドラルクに視線を戻すなり頬はまたパンパンに膨らんだ。

「忙しいなキミ!?」
「おらヒナイチ、さっさと席に座らないと俺達でケーキ食べちまうぞ」
「私のケーキだぞ兄さん!!」
「ほ、ほらヒナイチくん、早く座らないと」
「副隊長さんも座るのっ」
「え?」

ガシッと手首を掴まれ、およそ小学生とは思えない強い力―――自分が貧弱だからかもしれないが―――で引っ張られて席に連れて行かれる。
ハムスターみたいに怒ってる割には自分のすぐ隣に座らせようとするとは何事か。
ドラルクにはヒナイチの心情がさっぱり分からなかった。

「おーおー、噂通りめっちゃ気に入られてんなぁ?副隊長さん」
「茶化すなジャンケンハゲ!」
「拳さんは何も間違ってないもん」
「えぇっ!?誕生日だからってヒナイチくん浮かれ過ぎてない!?」
「うるさいぞー副隊長さん。折角付けた火が消えちまうだろ」

ケーキに刺さったカラフルな蝋燭に火を灯し終えたカズサに最もらしい注意をされてドラルクは苦々しそうな表情を浮かべながらも押し黙る。
よりにもよってこのエセ昼行灯に注意されたのが腹立つ。
けれどここはヒナイチの誕生日会場。
ヒナイチを楽しませる為にもドラルクはぐっと堪えて場を盛り上げる役に徹した。

「歌はまだかね?まだならお祝いの歌を歌おうじゃないか!」
「アンタは消音で頼む」
「マスターに同じく」
「はぁん!?私の歌唱力を舐めるなよ!!」
「副隊長さんは小さな声で歌って」
「あ、はい」

頬の空気は抜けたものの、真顔でヒナイチに言われてしまい、ドラルクは諦めて小さな声で歌う事にした。
が、それでも一人だけ音程を外した歌が混じり、ドラルク以外の面子は「相変わらず下手だな」と内心思うのであった。
小さな音痴混じりの盛大な歌の終わりと共にヒナイチがふぅーっと蝋燭を全て消して盛大な拍手やお祝いの言葉が贈られる。
ヒナイチは照れたように笑いながらありがとうと返し、そしてカズサによって切り分けられたケーキを乗せた皿を出されて瞳を輝かせる。
そんな姿を子供らしくて可愛いらしい、なんて思ってたらバッとヒナイチがドラルクの方を突然振り向いて一言。

「副隊長さん、食べさせて」
「えっ!?私が!?」
「誕生日特権!」
「は、はぁ・・・」
「ヌンヌヌンヌー!」
「フフ、分かったよ、ジョン。でも今日はヒナイチくんのお誕生日だからヒナイチくんが最初ね」
「ヌーイ」

お利口さんに返事をするジョンの頭を撫で、それからヒナイチのフォークを手に取ってケーキを一口サイズに切って刺し、ヒナイチに向けて差し出す。

「はい、どうぞ」
「あーんっ・・・美味しい!」
「そう、良かったね。フォーク、ここに置くからね」

静かにフォークを皿の上に置いてドラルクはジョンの方を向いてケーキを食べさせ始める。
ジョンも小さな口を大きく開けて食べさせてもらうと頬を抑えて「ヌ~!」と嬉しそうな声を上げた。
それから同じようにフォークをジョンの皿に置き、さて自分も、と思った所で横から伸びて来た小さな手にフォークを取られてしまう。

「副隊長さんには私が食べさせてあげる」
「えっ?いや、でも―――」
「はい!」
「うっ・・・」

有無を言わせない強い瞳で真っ直ぐにフォークを差し出されてしまっては断る事は出来ない。
しかし周りの目が痛い。
ニヤけ顔率が高いのが腹立つ。
特にカズサが「GO!」と言わんばかりに親指突き立ててウィンクしてるのがめっちゃ腹立つ。
後で脛を蹴ってやろうか。
反動でこっちが足を痛めるだけだが。
散々迷ったドラルクだが、断ってヒナイチをガッカリさせるのは忍びないという気持ちが勝り、要望に応える事にした。

「い・・・イタダキマス・・・」

子供の小さな願いを叶える為であってこれは決して事案とかそういうアレではないと自分に言い聞かせながら口を開けてケーキを迎える姿勢を作る。
その瞬間、キラリとヒナイチの緑の瞳が光ったのは気の所為だろうか。

「んぁ」

ケーキが口の中に入る瞬間、クリームが口の端に付いたのが分かった。
なんだか意図的に付けられたような気がしないでもないがこれはいけない。
食べさせてもらったケーキを咀嚼して飲み込み、口の端に付いたクリームを指で拭おうとしたその時、ヒナイチが席の上に膝立ちになってドラルクの両肩に手を置いて来た。

「あ、ちょっ、ヒナイチく―――」

ちゅっ

「・・・・・・・・・ミ゜!??!?!!!!?!?」

抱っこを強請られるのかと思った。
それか膝の上に乗ってくるのかと思った。
けれど現実には予想を遥かに超えた展開が待っていて。
柔らかい感触が音を立てて口の端に当たった。
ドラルクがおかしな声を上げるのも、周りの時が一瞬止まるのも仕方ないというもの。

「私だってレディなんだからな!」

頬を赤らめ、それでも勝ち誇ったように言い放つヒナイチ。
それから元の位置に戻り、ケーキを食べるのを再開した所でギルドの面々がワッと沸き上がった。

「やるじゃねーかヒナイチ!!」
「ヒューヒュー!!」
「副隊長さん今どんな気持ち~!?」
「や、ややややややかましいわゴブリンども!!えぇい鎮まれ!鎮まれぇ!!」
「副隊長さん、しっかり責任は取ってもらうからな。とりあえず今後、俺の事はお義兄様と呼んでくれ。家族ぐるみの付き合いでヨロ」
「黙っとれエセ昼行燈!誰がお義兄様と呼ぶか!!実の妹を出汁に露骨にお近付きになろうとするな!!」
「ニューニュー!」
「ジョン、煽らないで!凄く恥ずかしいから!!!」

全員に冷やかされ、顔を赤くして慌てるドラルクを盗み見てヒナイチは密かに笑みを浮かべる。
これで自分の事も意識してもらえる。
あの黒髪の女性と並んだか、それ以上の所までいけただろう。
「副隊長さんは自分のものだ!」と心の中で宣言しながらヒナイチは勝利のイチゴを美味しく味わうのだった。




後日、その黒髪の女性がドラルクの実母であると聞かされたヒナイチは、自分が盛大にやらかしたと気付いてしばらくドラルクと顔を合わせられなくなるのであった。





オマケ


「フフフ」

ヒナイチは自室の机で誕生日にドラルクから貰ったクッキーの詰め合わせとバームクーヘンを入れたミニバスケットを眺めて笑顔を溢していた。
紫のリボンとオレンジの造花を使って可愛らしく飾られたミニバスケットは今でもヒナイチのお気に入りだ。
クッキーとバームクーヘンがなくなった今はドラルクから貰った物などを詰めている。
どれも宝物だが、その中でも一番のお気に入りはドラルクが暇潰しに作ったとされる蝙蝠のマスコットで、鼻息丸と名付けている。

「今日は隊長に褒められて嬉しかったなぁ」

つん、と鼻息丸の鼻を突く。
下等吸血鬼の駆除で迅速な対応をドラルクに褒められてヒナイチはとてもご機嫌だった。
ドラルクお手製のお菓子も食べられたのだから尚の事。

「さて、明日も頑張る為に寝ないとな!」

身体をぐっと伸ばして部屋の電気を消してベッドに潜り込む。
その日ヒナイチが見た夢は、今の大人になった自分が小学生の時の誕生日で起こした『生クリームちゅっ事件』をするものだった。
翌日に悶絶してドラルクの顔がまともに見れなかったのは言うまでもない。









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