ポンチと踊るダンスホール
落ち着こう落ち着こう。
まずは落ち着こう。
うん、まずは深呼吸だ。
「すー・・・はー・・・」
少し気持ちが落ち着いたぞ。
次は状況・・・というよりは気持ちの整理だ。
年若い退治人であるヒナイチと交際を始めて長い時間が流れた。
19だった彼女も今では20を超え、妙齢の女性となった。
そしてそんな彼女と今夜、とうとう一線を越える事を決めた。
現在は記念すべき初夜を迎えるにあたって自宅マンションの一室でその時を待っていた。
ちなみにジョンはロナルドを連れてお泊りに行ってくれている。
今度お礼のパンケーキをチョコケーキを作ってあげなければ。
寝室の灯りはベッドサイドの灯りだけで、ぼんやりとそこを中心に部屋を照らしている。
合意の上ではあるが、光よりも暗闇の方が部屋全体の割合を占めているのがこれから行う行為を仄暗いものにしているかのよう。
自分は先にシャワーを借りて腰にタオルを一枚巻いてベッドに座っている。
その後にヒナイチがシャワー室に入って身を清めている所だが、僅かに浴室の扉が開く音が耳に届く。
(いよいよ・・・ヒナイチくんと・・・!)
ここまで色々長かった。
ヒナイチの兄・カズサを始め、ギルドのメンバーや吸対メンバーに揶揄われながらも後押しされ、関係に一歩踏み出そうとしたら吸血鬼の大侵攻が起きた。
そこからロナルドとかいう無敵の五歳児ゴリラ吸血鬼の面倒を見る事になり、他にも色々な後始末に追われて大変だった。
けれどなんとかして時間と余裕を作る事に成功し、こうしてめでたくヒナイチと結ばれるまでに至ったのだ。
(ゴムの準備よし、血液錠剤の準備よし。ジェントル精神よし、体は・・・うん、うん・・・)
見下ろして思わず溜息を吐く。
吸血鬼対策課の隊長にして自他ともに認める超優秀なダンピールだが如何せん貧弱だ。
体力が全くないから筋肉が付かなくて骨と皮しかないような情けない自分の体。
幻滅されてしまうかもしれない。
最悪、萎えて今夜はお流しなんて事もあり得る。
そうなったら情けないなんてもんじゃない。
もしも自分が吸血鬼だったらショック死して塵になっていただろう。
(ロナルド君の筋肉が羨ましいよ・・・)
あれくらい逞しくて十分な筋肉があればこんなに悩む事もないのに。
ていうか実生活で色々便利かもしれないのに。
無い物ねだりをして溜息を吐こうとした瞬間、後ろから柔らかい肌に抱きすくめられ、鼻腔を甘い香りが満たす。
その瞬間、ネガティブな思考は一気に吹き飛び、緊張と期待がドラルクを支配する。
「待たせたな、ドラルク・・・隊長・・・」
耳元で囁かれる恥ずかしそうな声に口角が上がるのを抑えられない。
「呼び捨てにするの、まだ慣れない?」
「あ、ああ・・・すまない・・・」
「いいよ。これからきっと名前でしか呼べなくなるから」
「隊長のばかっ」
こつ、と肩に額を当てられる。
それがいじらしくて可愛らしくて、しっとりとしている赤毛の頭を撫でてやりながら体ごと後ろを振り向く。
耳まで顔を赤くしているヒナイチの頬に手を添えて上向かせ、唇を重ねる。
最初は軽く、それから啄むように、そして深く・・・。
ヒナイチの体から力が抜け、身を委ねるように寄りかかって来た所でそっとベッドの上に横たわらせて顔の両側に手をつく。
恥ずかしそうにしながらも目を合わせようとしてくれるヒナイチに愛しさを募らせながら紳士として最後の確認をする。
「ヒナイチくん・・・本当に私でいいんだね?」
「隊長じゃないと嫌だ」
「これからする事、本気で嫌だと思ったら突き飛ばしてくれていいからね・・・なるべく私が死なない程度ギリギリに」
「そんな事はしない。隊長はいつだって私に優しいから」
ヒナイチが腕を伸ばして頬に手を添えて来る。
温かくて柔らかいそれにドラルクは自分の手を重ねて優しく押さえつけて微笑む。
「随分と信用してくれてるんだね。嬉しいなぁ」
「大好きな隊長だから」
「こんな貧弱な体でも?」
「そんな事言ったら私の体だって・・・胸は小さいし・・・子供っぽいし・・・」
「そうかな?ちゃんと女性の体だし胸も可愛らしくて良いと思うけど」
「そ、そうか・・・!ま、まぁ、隊長は項フェチだものな」
「えっ!?何でそれ知ってるの!?」
「フフ、さぁ何でだろうな?」
「もしかしてフォン君か!?それともマナブが―――」
「ドラルク・・・隊長」
スッ・・・と唇に人差し指を押し当てられて強制的に言葉を紡ぐのを打ち切られる。
熱を帯びて期待に満ちた緑色の瞳を見てハッとなり、苦笑いをする。
犯人捜しをしている場合ではない。
折角の雰囲気を台無しにするのもジェントル違反だ。
ドラルクは小さく謝罪するとヒナイチの手を取り、それから体を伏せた。
「愛してるよ、ヒナイチくん」
「私もだ、ドラルク―――」
隊長、という言葉は没収した。
END
まずは落ち着こう。
うん、まずは深呼吸だ。
「すー・・・はー・・・」
少し気持ちが落ち着いたぞ。
次は状況・・・というよりは気持ちの整理だ。
年若い退治人であるヒナイチと交際を始めて長い時間が流れた。
19だった彼女も今では20を超え、妙齢の女性となった。
そしてそんな彼女と今夜、とうとう一線を越える事を決めた。
現在は記念すべき初夜を迎えるにあたって自宅マンションの一室でその時を待っていた。
ちなみにジョンはロナルドを連れてお泊りに行ってくれている。
今度お礼のパンケーキをチョコケーキを作ってあげなければ。
寝室の灯りはベッドサイドの灯りだけで、ぼんやりとそこを中心に部屋を照らしている。
合意の上ではあるが、光よりも暗闇の方が部屋全体の割合を占めているのがこれから行う行為を仄暗いものにしているかのよう。
自分は先にシャワーを借りて腰にタオルを一枚巻いてベッドに座っている。
その後にヒナイチがシャワー室に入って身を清めている所だが、僅かに浴室の扉が開く音が耳に届く。
(いよいよ・・・ヒナイチくんと・・・!)
ここまで色々長かった。
ヒナイチの兄・カズサを始め、ギルドのメンバーや吸対メンバーに揶揄われながらも後押しされ、関係に一歩踏み出そうとしたら吸血鬼の大侵攻が起きた。
そこからロナルドとかいう無敵の五歳児ゴリラ吸血鬼の面倒を見る事になり、他にも色々な後始末に追われて大変だった。
けれどなんとかして時間と余裕を作る事に成功し、こうしてめでたくヒナイチと結ばれるまでに至ったのだ。
(ゴムの準備よし、血液錠剤の準備よし。ジェントル精神よし、体は・・・うん、うん・・・)
見下ろして思わず溜息を吐く。
吸血鬼対策課の隊長にして自他ともに認める超優秀なダンピールだが如何せん貧弱だ。
体力が全くないから筋肉が付かなくて骨と皮しかないような情けない自分の体。
幻滅されてしまうかもしれない。
最悪、萎えて今夜はお流しなんて事もあり得る。
そうなったら情けないなんてもんじゃない。
もしも自分が吸血鬼だったらショック死して塵になっていただろう。
(ロナルド君の筋肉が羨ましいよ・・・)
あれくらい逞しくて十分な筋肉があればこんなに悩む事もないのに。
ていうか実生活で色々便利かもしれないのに。
無い物ねだりをして溜息を吐こうとした瞬間、後ろから柔らかい肌に抱きすくめられ、鼻腔を甘い香りが満たす。
その瞬間、ネガティブな思考は一気に吹き飛び、緊張と期待がドラルクを支配する。
「待たせたな、ドラルク・・・隊長・・・」
耳元で囁かれる恥ずかしそうな声に口角が上がるのを抑えられない。
「呼び捨てにするの、まだ慣れない?」
「あ、ああ・・・すまない・・・」
「いいよ。これからきっと名前でしか呼べなくなるから」
「隊長のばかっ」
こつ、と肩に額を当てられる。
それがいじらしくて可愛らしくて、しっとりとしている赤毛の頭を撫でてやりながら体ごと後ろを振り向く。
耳まで顔を赤くしているヒナイチの頬に手を添えて上向かせ、唇を重ねる。
最初は軽く、それから啄むように、そして深く・・・。
ヒナイチの体から力が抜け、身を委ねるように寄りかかって来た所でそっとベッドの上に横たわらせて顔の両側に手をつく。
恥ずかしそうにしながらも目を合わせようとしてくれるヒナイチに愛しさを募らせながら紳士として最後の確認をする。
「ヒナイチくん・・・本当に私でいいんだね?」
「隊長じゃないと嫌だ」
「これからする事、本気で嫌だと思ったら突き飛ばしてくれていいからね・・・なるべく私が死なない程度ギリギリに」
「そんな事はしない。隊長はいつだって私に優しいから」
ヒナイチが腕を伸ばして頬に手を添えて来る。
温かくて柔らかいそれにドラルクは自分の手を重ねて優しく押さえつけて微笑む。
「随分と信用してくれてるんだね。嬉しいなぁ」
「大好きな隊長だから」
「こんな貧弱な体でも?」
「そんな事言ったら私の体だって・・・胸は小さいし・・・子供っぽいし・・・」
「そうかな?ちゃんと女性の体だし胸も可愛らしくて良いと思うけど」
「そ、そうか・・・!ま、まぁ、隊長は項フェチだものな」
「えっ!?何でそれ知ってるの!?」
「フフ、さぁ何でだろうな?」
「もしかしてフォン君か!?それともマナブが―――」
「ドラルク・・・隊長」
スッ・・・と唇に人差し指を押し当てられて強制的に言葉を紡ぐのを打ち切られる。
熱を帯びて期待に満ちた緑色の瞳を見てハッとなり、苦笑いをする。
犯人捜しをしている場合ではない。
折角の雰囲気を台無しにするのもジェントル違反だ。
ドラルクは小さく謝罪するとヒナイチの手を取り、それから体を伏せた。
「愛してるよ、ヒナイチくん」
「私もだ、ドラルク―――」
隊長、という言葉は没収した。
END