毎日がプリンセスパーティー
「「ドリーミードロップ?」」
朝のおひさまの国の朝食の場で二つの可愛らしい声が重なる。
言わずと知れたファインとレインのふたご姫だ。
二人は王妃にして母であるエルザから薄ピンク色の上品なハンカチに包まれた赤と青のドロップを渡されて覗き見ている。
シャンデリアの光を反射してキラキラと輝くドロップはまるで宝石のよう。
ドリーミードロップと呼ばれたそれに魅入る二人にエルザは柔らかな表情を浮かべながら説明をする。
「そのドロップを食べると特別な夢が見れるそうですよ」
「特別な?」
「夢?」
ファインとレインで順番に言葉を繋いで揃って同じ方向に首を傾げる。
その様がなんとも可愛らしくてエルザは笑顔を綻ばせながら「ええ」と頷く。
「貴女達が会いたいと思う人や大好きな物が夢の中に出て来るかもしれないわね」
「それに夢は深層心理を表すとも言うからね。ドリーミードロップで見た夢に出て来る人や物の状況は自分とそれらとの距離や感情であると言われているんだ」
「二人共、素敵な夢が見られるといいですね」
「私は夢の中でブライト様に会いたいわ~!」
「アタシはお菓子の家がいい!」
「お二人共、お食事の席ではしゃぎ過ぎですよ」
「ですよ」
きゃあきゃあとはしゃぎ出した二人だったがキャメロットとルルに嗜められて少し恥ずかしそうに笑いながら「ごめんなさ~い」と反省する。
和やかで明るい朝食はこうして過ぎていくのであった。
そうして時は流れて夜に。
宿題をサボりまくっていた所為で溜まりかねたキャメロットによって今日一日は勉強漬けとなってしまった二人。
けれどおやつの時間に食べたドリーミードロップのお陰で二人はなんとか乗り越える事が出来た。
ついでにドリーミードロップは甘くてとても美味しかったのでそれが二人にとって午後を乗り切るエネルギーとなった。
ヘトヘトのクタクタで就寝準備が出来た状態でベッドに突っ伏しながら二人は同時に疲れた溜息を吐く。
「「やっと終わった・・・」」
「ほらほら、ちゃんとお布団の中に入るでプモよ」
キャメロット宜しくプーモが呆れたように促し、二人はノロノロとベッドの中に入っていく。
けれど切り替えの早い二人はベッドに入ると早速顔を見合わせて互いに夢について想いを馳せる。
「どんな夢が見れるかワクワクするね!」
「ええ!私はブライト様とどんな夢が見れるかしら~!デートする夢?お茶をする夢?それともやっぱり結婚する夢?なんてなんてもうどうしましょう~!!」
「夢から覚める前にお菓子の家のお菓子を全部食べないとね!でも全部食べ終わったらどうしよう?おかわり出来るかな?」
「早く寝て夢の中のブライト様に会わなきゃいけないのに興奮して眠れなくて困っちゃうわ!」
「ホントだよ~!お菓子の家全部食べられなくなっちゃうよ~!」
しかし五分後。
「「スー・・・スー・・・スー・・・」」
二人はあっという間に深い眠りに落ちるのであった。
「やれやれ、寝つきが良くて何よりでプモ」
プーモは肩を竦めると同じように自分用のベッドに潜って眠りに就くのだった。
「わ~い!お菓子の家だ~!」
夢の中で可愛らしい赤のエプロンドレスを着たファインはチョコやクッキー、飴やスポンジなどの様々なお菓子で出来たお菓子の家に駆け寄っていた。
前に夢で見たお菓子の家よりも更に大きくてゴージャスで立派なそれは見ているだけで幸せいっぱいな気持ちになる。
「いただきま~す!」
元気よく食べる前の挨拶をしてクッキーの壁を一枚剥がして食べる。
サクサクでバターの風味が口いっぱいに広がるそれにファインは頬を蕩けさせながら「美味しい~!」と舌鼓を打つ。
その他にも窓枠の飴やチョコの飾り、マカロンのドアノブなど次々に食べて幸せを享受する。
だが、生クリームたっぷりのシフォンケーキに手を伸ばして美味しく食べようとした時のこと。
「あれ?」
不意に視界の端を誰かが横切ったのに気付く。
すぐにその影を追って視線を向ければカラス色のコートを着た少年が森の奥に入って行くのが見えた。
それが誰かなんてすぐに分かった。
最近ファインがお菓子のようにときめく謎に包まれた少年エクリプスだ。
「エクリプス!」
名前を呼んでも聞こえていないのか、或いは聞こえないフリをしているのか、エクリプスは反応する事もせずにそのまま森の奥深くへと足を踏み入れて行く。
「待ってってば!」
食べかけのお菓子の家をそのままにファインもエクリプスを追って森の中に入って行く。
しかしどれだけ走っても名前を呼んでもエクリプスは止まらないし振り返りもしない。
それどころか追いかければ追いかけるほど茂みや蔦、木々の枝や葉がまるで行く手を阻むかのように複雑に絡み、生い茂ってエクリプスの背中を遠ざけてしまう。
しまいにはトゲトゲの葉っぱに囲まれた小窓のような隙間からしかその背中は見えなくなってしまった。
「エクリプス・・・」
気付いてもらえない寂しさはあった。
けれどそれ以上に心配する気持ちが勝った。
小窓のような隙間からはエクリプスの他に太くて鋭い茨の道が見えたからだ。
あんな所を歩いては怪我をして傷付いてしまう。
けれどファインの声はエクリプスには届かず、ファインはただ一人佇んでその背中に心配の眼差しを向ける事しか出来なかった。
そこでキャメロットのモーニングコールが割って入った事でファインの夢は終わりを告げ、レイン共々眠い目を擦って起きる事となった。
「聞いて聞いて!夢の中でブライト様が出てきて私の手を取ってエスコートしてくれたの!」
レインはどうやらお目当ての夢を見れたようでリンゴのように赤く熟れた頬を両手で抑えながら文字通りブライトとの夢のような甘いひと時を語りながらおおはしゃぎする。
というよりも殆どいつものように半ば暴走しているだけだが。
その暴走は起床直後の夢の報告から始まり、朝食が終わって次なる旅の準備を終えた今になっても続いており、凄く幸せな夢を見れた事が窺える。
こうしたブライト関連でのレインの暴走は今に始まった事でもないのでファインもプーモもやや苦笑気味に話を聞いていた。
けれどファインがふとした瞬間に寂しそうな表情を浮かべたのにいち早く気付いたレインは自身の話を打ち切るとベッドの縁に座るファインの隣に移動して心配そうに顔を覗き込んだ。
「ファイン、どうしたの?何かあったの?」
「うん、ちょっとね」
「お菓子の家の夢を見れたんでしょう?それとも怖い夢も見ちゃったの?」
「怖い夢は見てないんだけど・・・多分言ったらレインもプーモも怒るかも」
「じゃあ怒らないって約束するわ。プーモも出来るわよね?」
「勿論でプモ!」
「ほら、これでいいでしょう?話してくれる?」
「う、うん。実はね・・・夢の中にエクリプスも出て来たんだ」
「エクリプスが!?」
「プモ!?」
まさかの人物の登場にレインもプーモも驚きの声を上げ、顔を見合わせる。
同時に父であるトゥルースが昨日の朝に話していた言葉を思い出す。
夢は深層心理を表す。
ドリーミードロップで見た夢に出て来る人物は自分とその人との距離や感情である、と。
エクリプスに関してはレインもプーモも危険人物として警戒しており、それがファインの夢に出て来たというのにはあまり良い感情が持てない。
しかしファインには怒らないと約束したし、ファインの様子から見ても怖がっているというよりも何か心配している感じだったのでそちらを気に掛ける事を優先した。
優しい声音でレインが尋ねる。
「エクリプスが出て来てどうなったの?」
「森の方に行っちゃったんだ。追いかけたんだけど全然追いつけないし森の中も暗くなってって気付いたらトゲトゲの葉っぱに囲まれて追いかけられなくなっちゃって・・・」
「エクリプスは?最後までファインに気付かなかったの?」
「多分・・・でもエクリプス、茨に囲まれた道を歩いてたんだ。アタシ、それが心配で・・・」
「そんな所を歩いてたら怪我しちゃうものね」
「うん・・・」
「茨の道、という事はエクリプスは何か重い覚悟を持っているのかもしれないでプモね。ファイン様が近付けなかったのも逆に近付かせなかっただけかもしれないでプモ」
「だとしても心配だなぁ。ていうか、単にアタシが嫌われてるだけだったりして・・・」
「エクリプスって基本、誰に対しても冷たいじゃない?だからファインだけ特別嫌われてるなんて事はないと思うわ。むしろプーモが言った通り現実はともかくとしても危ない事から遠ざけてるだけって事もあるわ。だから大丈夫大丈夫!」
ニッコリとした温かい笑顔でファインの大好きで安心出来る魔法の呪文「大丈夫大丈夫」を唱えてくれたレインの励ましにファインの心は一瞬にして明るくなり、同時に笑顔も戻って元気よく「うん!」と頷いた。
「ありがとう、レイン!すっかり元気になったよ!」
「どういたしまして。さぁ、今日はメラメラの国に行きましょう!」
「おー!プーモ、宜しくね!」
「任せるでプモ!テレプーモーション!」
元気を取り戻して笑顔になるファインに安心してレインもつられて笑顔になる。
意気揚々とプーモボックスの把手を握った二人だったが今回も無事にワープ先で着地に失敗するのだった。
それから数日後の月の国ではシェイドが王子として帰還していた。
大臣の企みを阻止するのが最重要課題だが国を乗っ取られない為にもこうして内部に目を光らせる必要もある。
分断や混乱を起こさせない為にも臣下やメイド達に気を配り、何か変化がないかを探る。
今のところ宮殿内で大臣に関しておかしな動きや噂は聞かないものの、代わりに耳に入ってくるのは国全体としての異常気象や不穏な変化である。
そしてそれらは突き詰めればおひさまの恵みが弱まってきている事が原因に他ならない。
原因解消の鍵を握るのがふたご姫とプロミネンスの力だが、現状それがおひさまの恵みに力を取り戻すのにどう役立たれるのか未知数だ。
問題解決の為の奇跡が起きているのはこれまでのふたご姫の活動を見ていても分かるが『おひさまの恵みの弱体化』という問題に対して使われる気配は今のところない。
何か他に必要な条件があるのだろうか。
だとしたらそれを探る為にも遺跡の調査に向かって更なる情報収集が必要である。
しかしその前に。
「・・・今日はもう寝るか」
流石に今日は動き過ぎてへとへとだった。
幸いにも明日はふたご姫がこの月の国に来るようなので先回りをする必要がなく、久々に柔らかいベッドで寝られそうだ。
それにシェイドにとって月の国は庭も同然なので大臣の動きが読みやすい。
油断する訳ではないが多少の休息を取らねばいざという時に動けなくて困るのは自分だ。
シェイドは一つ深呼吸をして目を閉じると疲労の所為もあって瞬く間に眠りの世界へと落ちて行った。
次にシェイドが目を覚ました時、シェイドは世を忍ぶ仮の姿である『エクリプス』の恰好をして砂漠のど真ん中に立っていた。
「・・・夢か」
(そういえばミルキーからドリーミードロップを貰って食べたな)
冷静な彼は今自分がいる空間が夢の中であると把握するとそのキッカケとなった物を思い出していた。
妹のミルキーから赤ん坊の言葉で「お兄様にあげる!」と言われてドリーミードロップを渡されたのだ。
それが見せている理想の夢なのだろうと気付いて改めて周囲を眺める。
月の国の象徴であるフルムーンは安定した優しい光を放ち、オーロラも幻想的な輝きを放ち、遠くに見える月の国は絶えず神秘的な空気に包まれている。
どこにも不穏な要素はない。
シェイドが望む愛する祖国の健全な姿だった。
(必ず現実にしてみせる)
決意を胸にシェイドは砂漠の中を歩きだす。
砂漠を歩き慣れているシェイドは砂に足を取られる事なく進む事が出来ていたが徐々に変化が起きていた。
その変化というのは進めば進むほど砂の中から太く棘の鋭い茨が顔を出していく道を険しくさせていること。
月の国の砂漠に生息する兵隊サソリも危険だがこちらの茨も中々危険なもので、気付けばあっという間に茨に取り囲まれてそのトンネルを歩き進んでいた。
引き返そうにも来た道はとっくに茨で塞がれていて後戻りが出来ない。
愛用の鞭もないので仕方なく茨の道を歩き進める。
茨に囲まれるなどおかしな夢だ、と思ったが自身の現状を踏まえればなんらおかしな話ではなかった。
とはいえ、あまり気分の良いものでもないので早く夢から覚めて欲しいところである。
それからどのくらい歩いたかも分からなくなった頃のこと。
(あれは―――オアシス?)
永遠に続くと思われた茨の回廊の先に太陽の光が降り注いでいた。
眩しさに目を細めながら光の下に足を踏み入れるとそこは何本もの茨に包まれているものの開けた空間になっており、隅に砂はあるものの豊富な緑が生えていた。
他にも綺麗で大きな湖があり、傍にはヤシの木ではなく大きな広葉樹がそびえ立っている。
オアシスだ。
少し変わったオアシスだが夢と思えばそれも納得だ。
少し休んで行こうと気の下まで行こうとすると先客がいるのに気付く。
誰だろうかと警戒しながら近付いてみるとその人影はおひさまの国のプリンセスファインだった。
「あ、エクリプス!」
シェイドの存在に気付いたファインがおひさまのような笑顔で嬉しそうに迎える。
一瞬身構えたがすぐにこの空間は自身が見ている夢だと思い出し、ファインの夢と繋がっている訳でもないので肩の力を抜く事にした。
夢の中でくらいなら素のままでいてもいいだろう。
「こんな所で何をしているんだ」
「おやつだよ!エクリプスも一緒に食べようよ!」
自身の隣の地面を叩いて誘ってくるファインの言葉に従い、そこに腰を下ろす。
よく見ればファインの傍ではいくつかの綺麗な青い花と一輪の小さな白い花が咲いていた。
何となくだが青い花はレインを、白い花はプーモを連想させた。
「はい、クッキー!」
「いや、あまり腹は減ってない。お前が食べていいぞ」
「そう?じゃあ、いただきまーす!」
差し出されたクッキーが載った紙皿をやんわりと押し返してクッキーを全て譲る。
夢の中なので空腹を感じていないのもそうだが一番の理由は兄としての習性によるものだ。
妹のミルキーも食いしん坊で、けれど優しい子なので分けてくれようとする。
その度にミルキーに全部譲っていたのでその名残でもある。
けれどそのやり取りをファインとしたお陰でシェイドの警戒心は更に抜けて少し心が和らぐ。
落ち着いた心地になるのはいつぶりだろうか。
「夢の中でもお前はお菓子が好きなんだな」
「うん!お菓子だーいすき!」
「そうか」
「エクリプスは?お菓子嫌い?」
「別にそんな事はないがどちらかというと食べているのを見る方が好きだな」
「食べているのを見るのが?」
「ああ」
「ふーん?」
サクッとクッキーを齧るファインの顔は言っている意味を理解しているようには見えない。
けれどシェイドは気にしなかったし、ファインも深くは言及せず話を続けた。
「食べているのを見るのが好きならさ、エクリプスも今度パーティーに来なよ。美味しいご飯やケーキがいっぱいあってみんなで食べるんだよ!」
「不特定多数の食べているところを見たい訳じゃない。それに俺がパーティーに参加したらみんな嫌がるだろ」
「そんな事ないよ!アタシが説得するから一緒に参加しよう?」
「レインやプーモが一番に反対するだろ」
「それこそ二人はアタシが説得するからだいじょーぶ!ね?一緒に参加しよう?」
「っ・・・」
真っ直ぐにこちらを見上げる純粋な赤い瞳に見つめられ、反射的に否定しようとして言葉を飲み込む。
ここは自分の夢の中なのだから自分の心に正直にいていいだろう。
今目の前にいるファインだって本人ではないのだし。
シェイドは自身の心に改めて問いかけるとその答えをファインの瞳を真っ直ぐに見つめ返して柔らかで自然な笑顔で言い放った。
「ああ、いいぞ」
「やったー!」
飛び跳ねて喜びを体いっぱいに表現するファインの姿に自然とシェイドの頬は緩む。
(本当に変わった奴だ。『エクリプス』の俺と一緒がいいだなんてな)
もしも自分の正体が月の国のプリンスシェイドだと明かしたらファインはどうするだろうか。
いや、どうもしないだろう。
驚きこそすれど今までと変わらず接してくれるだろうし、今のように自分の参加表明に体いっぱいに喜びを表現してくれる、そんな気がした。
「さて、そろそろ行くとするか」
「あれ?もう行っちゃうの?」
「ああ。やるべき事があるからな」
「そっか。じゃあアタシがシェイドを送って行くね」
「お前の付き添いがなくても一人で行ける」
「固い事言わない。ほら、行こう?」
促されて、仕方のない奴だ、と軽く溜息を吐きながらも満更でもない様子でシェイドはファインを伴ってオアシスから離れていく。
気付けばオアシスを取り囲んでいた茨は綺麗になくなっており、シェイドの好きな砂漠の風景が周りに広がっていた。
ファインの方もいつの間にか頭に先程の青と白の花を付けてご機嫌な様子で、そんなファインと一緒に茨のトンネルに踏み出そうとすると茨はサラサラと砂になって次々と崩れ落ちた。
そうして目の前に広がるのは広い砂漠と遠くにそびえ立つ月の国の城。
「あそこでみんなが待ってるよ!」
月の国を指差して笑顔でファインがそう告げたのを皮切りにシェイドの目の前が真っ白に染まり、夢の終わりを迎えた。
「・・・・・・朝か・・・」
起き上がって軽く体を伸ばし、サイドボードの時計を見やる。
いつもと起きる時間とそう変わらない時刻で寝過ごした心配がなく安堵する。
この時間なら母のムーンマリアはまだ眠っているだろう。
先に朝食を済ませて準備をし、城を抜け出して『エクリプス』としての活動を始めなければならない。
ふしぎ星を救う唯一の方法であるプロミネンスを大臣の魔の手から守るのだ。
(それと・・・―――アイツがおかしな事に首を突っ込まないように見張っておかないとな)
脳裏に夢の中の笑顔のファインを思い浮かべ、そそっかしいから、と誰に言うでもないのに言い訳を並べるシェイドだった。
一方その頃、同じように目を覚ましたファインが『エクリプスが笑った夢』を見たという事で顔を真っ赤にし、大変落ち着きがなかったのはここだけの話である。
END
朝のおひさまの国の朝食の場で二つの可愛らしい声が重なる。
言わずと知れたファインとレインのふたご姫だ。
二人は王妃にして母であるエルザから薄ピンク色の上品なハンカチに包まれた赤と青のドロップを渡されて覗き見ている。
シャンデリアの光を反射してキラキラと輝くドロップはまるで宝石のよう。
ドリーミードロップと呼ばれたそれに魅入る二人にエルザは柔らかな表情を浮かべながら説明をする。
「そのドロップを食べると特別な夢が見れるそうですよ」
「特別な?」
「夢?」
ファインとレインで順番に言葉を繋いで揃って同じ方向に首を傾げる。
その様がなんとも可愛らしくてエルザは笑顔を綻ばせながら「ええ」と頷く。
「貴女達が会いたいと思う人や大好きな物が夢の中に出て来るかもしれないわね」
「それに夢は深層心理を表すとも言うからね。ドリーミードロップで見た夢に出て来る人や物の状況は自分とそれらとの距離や感情であると言われているんだ」
「二人共、素敵な夢が見られるといいですね」
「私は夢の中でブライト様に会いたいわ~!」
「アタシはお菓子の家がいい!」
「お二人共、お食事の席ではしゃぎ過ぎですよ」
「ですよ」
きゃあきゃあとはしゃぎ出した二人だったがキャメロットとルルに嗜められて少し恥ずかしそうに笑いながら「ごめんなさ~い」と反省する。
和やかで明るい朝食はこうして過ぎていくのであった。
そうして時は流れて夜に。
宿題をサボりまくっていた所為で溜まりかねたキャメロットによって今日一日は勉強漬けとなってしまった二人。
けれどおやつの時間に食べたドリーミードロップのお陰で二人はなんとか乗り越える事が出来た。
ついでにドリーミードロップは甘くてとても美味しかったのでそれが二人にとって午後を乗り切るエネルギーとなった。
ヘトヘトのクタクタで就寝準備が出来た状態でベッドに突っ伏しながら二人は同時に疲れた溜息を吐く。
「「やっと終わった・・・」」
「ほらほら、ちゃんとお布団の中に入るでプモよ」
キャメロット宜しくプーモが呆れたように促し、二人はノロノロとベッドの中に入っていく。
けれど切り替えの早い二人はベッドに入ると早速顔を見合わせて互いに夢について想いを馳せる。
「どんな夢が見れるかワクワクするね!」
「ええ!私はブライト様とどんな夢が見れるかしら~!デートする夢?お茶をする夢?それともやっぱり結婚する夢?なんてなんてもうどうしましょう~!!」
「夢から覚める前にお菓子の家のお菓子を全部食べないとね!でも全部食べ終わったらどうしよう?おかわり出来るかな?」
「早く寝て夢の中のブライト様に会わなきゃいけないのに興奮して眠れなくて困っちゃうわ!」
「ホントだよ~!お菓子の家全部食べられなくなっちゃうよ~!」
しかし五分後。
「「スー・・・スー・・・スー・・・」」
二人はあっという間に深い眠りに落ちるのであった。
「やれやれ、寝つきが良くて何よりでプモ」
プーモは肩を竦めると同じように自分用のベッドに潜って眠りに就くのだった。
「わ~い!お菓子の家だ~!」
夢の中で可愛らしい赤のエプロンドレスを着たファインはチョコやクッキー、飴やスポンジなどの様々なお菓子で出来たお菓子の家に駆け寄っていた。
前に夢で見たお菓子の家よりも更に大きくてゴージャスで立派なそれは見ているだけで幸せいっぱいな気持ちになる。
「いただきま~す!」
元気よく食べる前の挨拶をしてクッキーの壁を一枚剥がして食べる。
サクサクでバターの風味が口いっぱいに広がるそれにファインは頬を蕩けさせながら「美味しい~!」と舌鼓を打つ。
その他にも窓枠の飴やチョコの飾り、マカロンのドアノブなど次々に食べて幸せを享受する。
だが、生クリームたっぷりのシフォンケーキに手を伸ばして美味しく食べようとした時のこと。
「あれ?」
不意に視界の端を誰かが横切ったのに気付く。
すぐにその影を追って視線を向ければカラス色のコートを着た少年が森の奥に入って行くのが見えた。
それが誰かなんてすぐに分かった。
最近ファインがお菓子のようにときめく謎に包まれた少年エクリプスだ。
「エクリプス!」
名前を呼んでも聞こえていないのか、或いは聞こえないフリをしているのか、エクリプスは反応する事もせずにそのまま森の奥深くへと足を踏み入れて行く。
「待ってってば!」
食べかけのお菓子の家をそのままにファインもエクリプスを追って森の中に入って行く。
しかしどれだけ走っても名前を呼んでもエクリプスは止まらないし振り返りもしない。
それどころか追いかければ追いかけるほど茂みや蔦、木々の枝や葉がまるで行く手を阻むかのように複雑に絡み、生い茂ってエクリプスの背中を遠ざけてしまう。
しまいにはトゲトゲの葉っぱに囲まれた小窓のような隙間からしかその背中は見えなくなってしまった。
「エクリプス・・・」
気付いてもらえない寂しさはあった。
けれどそれ以上に心配する気持ちが勝った。
小窓のような隙間からはエクリプスの他に太くて鋭い茨の道が見えたからだ。
あんな所を歩いては怪我をして傷付いてしまう。
けれどファインの声はエクリプスには届かず、ファインはただ一人佇んでその背中に心配の眼差しを向ける事しか出来なかった。
そこでキャメロットのモーニングコールが割って入った事でファインの夢は終わりを告げ、レイン共々眠い目を擦って起きる事となった。
「聞いて聞いて!夢の中でブライト様が出てきて私の手を取ってエスコートしてくれたの!」
レインはどうやらお目当ての夢を見れたようでリンゴのように赤く熟れた頬を両手で抑えながら文字通りブライトとの夢のような甘いひと時を語りながらおおはしゃぎする。
というよりも殆どいつものように半ば暴走しているだけだが。
その暴走は起床直後の夢の報告から始まり、朝食が終わって次なる旅の準備を終えた今になっても続いており、凄く幸せな夢を見れた事が窺える。
こうしたブライト関連でのレインの暴走は今に始まった事でもないのでファインもプーモもやや苦笑気味に話を聞いていた。
けれどファインがふとした瞬間に寂しそうな表情を浮かべたのにいち早く気付いたレインは自身の話を打ち切るとベッドの縁に座るファインの隣に移動して心配そうに顔を覗き込んだ。
「ファイン、どうしたの?何かあったの?」
「うん、ちょっとね」
「お菓子の家の夢を見れたんでしょう?それとも怖い夢も見ちゃったの?」
「怖い夢は見てないんだけど・・・多分言ったらレインもプーモも怒るかも」
「じゃあ怒らないって約束するわ。プーモも出来るわよね?」
「勿論でプモ!」
「ほら、これでいいでしょう?話してくれる?」
「う、うん。実はね・・・夢の中にエクリプスも出て来たんだ」
「エクリプスが!?」
「プモ!?」
まさかの人物の登場にレインもプーモも驚きの声を上げ、顔を見合わせる。
同時に父であるトゥルースが昨日の朝に話していた言葉を思い出す。
夢は深層心理を表す。
ドリーミードロップで見た夢に出て来る人物は自分とその人との距離や感情である、と。
エクリプスに関してはレインもプーモも危険人物として警戒しており、それがファインの夢に出て来たというのにはあまり良い感情が持てない。
しかしファインには怒らないと約束したし、ファインの様子から見ても怖がっているというよりも何か心配している感じだったのでそちらを気に掛ける事を優先した。
優しい声音でレインが尋ねる。
「エクリプスが出て来てどうなったの?」
「森の方に行っちゃったんだ。追いかけたんだけど全然追いつけないし森の中も暗くなってって気付いたらトゲトゲの葉っぱに囲まれて追いかけられなくなっちゃって・・・」
「エクリプスは?最後までファインに気付かなかったの?」
「多分・・・でもエクリプス、茨に囲まれた道を歩いてたんだ。アタシ、それが心配で・・・」
「そんな所を歩いてたら怪我しちゃうものね」
「うん・・・」
「茨の道、という事はエクリプスは何か重い覚悟を持っているのかもしれないでプモね。ファイン様が近付けなかったのも逆に近付かせなかっただけかもしれないでプモ」
「だとしても心配だなぁ。ていうか、単にアタシが嫌われてるだけだったりして・・・」
「エクリプスって基本、誰に対しても冷たいじゃない?だからファインだけ特別嫌われてるなんて事はないと思うわ。むしろプーモが言った通り現実はともかくとしても危ない事から遠ざけてるだけって事もあるわ。だから大丈夫大丈夫!」
ニッコリとした温かい笑顔でファインの大好きで安心出来る魔法の呪文「大丈夫大丈夫」を唱えてくれたレインの励ましにファインの心は一瞬にして明るくなり、同時に笑顔も戻って元気よく「うん!」と頷いた。
「ありがとう、レイン!すっかり元気になったよ!」
「どういたしまして。さぁ、今日はメラメラの国に行きましょう!」
「おー!プーモ、宜しくね!」
「任せるでプモ!テレプーモーション!」
元気を取り戻して笑顔になるファインに安心してレインもつられて笑顔になる。
意気揚々とプーモボックスの把手を握った二人だったが今回も無事にワープ先で着地に失敗するのだった。
それから数日後の月の国ではシェイドが王子として帰還していた。
大臣の企みを阻止するのが最重要課題だが国を乗っ取られない為にもこうして内部に目を光らせる必要もある。
分断や混乱を起こさせない為にも臣下やメイド達に気を配り、何か変化がないかを探る。
今のところ宮殿内で大臣に関しておかしな動きや噂は聞かないものの、代わりに耳に入ってくるのは国全体としての異常気象や不穏な変化である。
そしてそれらは突き詰めればおひさまの恵みが弱まってきている事が原因に他ならない。
原因解消の鍵を握るのがふたご姫とプロミネンスの力だが、現状それがおひさまの恵みに力を取り戻すのにどう役立たれるのか未知数だ。
問題解決の為の奇跡が起きているのはこれまでのふたご姫の活動を見ていても分かるが『おひさまの恵みの弱体化』という問題に対して使われる気配は今のところない。
何か他に必要な条件があるのだろうか。
だとしたらそれを探る為にも遺跡の調査に向かって更なる情報収集が必要である。
しかしその前に。
「・・・今日はもう寝るか」
流石に今日は動き過ぎてへとへとだった。
幸いにも明日はふたご姫がこの月の国に来るようなので先回りをする必要がなく、久々に柔らかいベッドで寝られそうだ。
それにシェイドにとって月の国は庭も同然なので大臣の動きが読みやすい。
油断する訳ではないが多少の休息を取らねばいざという時に動けなくて困るのは自分だ。
シェイドは一つ深呼吸をして目を閉じると疲労の所為もあって瞬く間に眠りの世界へと落ちて行った。
次にシェイドが目を覚ました時、シェイドは世を忍ぶ仮の姿である『エクリプス』の恰好をして砂漠のど真ん中に立っていた。
「・・・夢か」
(そういえばミルキーからドリーミードロップを貰って食べたな)
冷静な彼は今自分がいる空間が夢の中であると把握するとそのキッカケとなった物を思い出していた。
妹のミルキーから赤ん坊の言葉で「お兄様にあげる!」と言われてドリーミードロップを渡されたのだ。
それが見せている理想の夢なのだろうと気付いて改めて周囲を眺める。
月の国の象徴であるフルムーンは安定した優しい光を放ち、オーロラも幻想的な輝きを放ち、遠くに見える月の国は絶えず神秘的な空気に包まれている。
どこにも不穏な要素はない。
シェイドが望む愛する祖国の健全な姿だった。
(必ず現実にしてみせる)
決意を胸にシェイドは砂漠の中を歩きだす。
砂漠を歩き慣れているシェイドは砂に足を取られる事なく進む事が出来ていたが徐々に変化が起きていた。
その変化というのは進めば進むほど砂の中から太く棘の鋭い茨が顔を出していく道を険しくさせていること。
月の国の砂漠に生息する兵隊サソリも危険だがこちらの茨も中々危険なもので、気付けばあっという間に茨に取り囲まれてそのトンネルを歩き進んでいた。
引き返そうにも来た道はとっくに茨で塞がれていて後戻りが出来ない。
愛用の鞭もないので仕方なく茨の道を歩き進める。
茨に囲まれるなどおかしな夢だ、と思ったが自身の現状を踏まえればなんらおかしな話ではなかった。
とはいえ、あまり気分の良いものでもないので早く夢から覚めて欲しいところである。
それからどのくらい歩いたかも分からなくなった頃のこと。
(あれは―――オアシス?)
永遠に続くと思われた茨の回廊の先に太陽の光が降り注いでいた。
眩しさに目を細めながら光の下に足を踏み入れるとそこは何本もの茨に包まれているものの開けた空間になっており、隅に砂はあるものの豊富な緑が生えていた。
他にも綺麗で大きな湖があり、傍にはヤシの木ではなく大きな広葉樹がそびえ立っている。
オアシスだ。
少し変わったオアシスだが夢と思えばそれも納得だ。
少し休んで行こうと気の下まで行こうとすると先客がいるのに気付く。
誰だろうかと警戒しながら近付いてみるとその人影はおひさまの国のプリンセスファインだった。
「あ、エクリプス!」
シェイドの存在に気付いたファインがおひさまのような笑顔で嬉しそうに迎える。
一瞬身構えたがすぐにこの空間は自身が見ている夢だと思い出し、ファインの夢と繋がっている訳でもないので肩の力を抜く事にした。
夢の中でくらいなら素のままでいてもいいだろう。
「こんな所で何をしているんだ」
「おやつだよ!エクリプスも一緒に食べようよ!」
自身の隣の地面を叩いて誘ってくるファインの言葉に従い、そこに腰を下ろす。
よく見ればファインの傍ではいくつかの綺麗な青い花と一輪の小さな白い花が咲いていた。
何となくだが青い花はレインを、白い花はプーモを連想させた。
「はい、クッキー!」
「いや、あまり腹は減ってない。お前が食べていいぞ」
「そう?じゃあ、いただきまーす!」
差し出されたクッキーが載った紙皿をやんわりと押し返してクッキーを全て譲る。
夢の中なので空腹を感じていないのもそうだが一番の理由は兄としての習性によるものだ。
妹のミルキーも食いしん坊で、けれど優しい子なので分けてくれようとする。
その度にミルキーに全部譲っていたのでその名残でもある。
けれどそのやり取りをファインとしたお陰でシェイドの警戒心は更に抜けて少し心が和らぐ。
落ち着いた心地になるのはいつぶりだろうか。
「夢の中でもお前はお菓子が好きなんだな」
「うん!お菓子だーいすき!」
「そうか」
「エクリプスは?お菓子嫌い?」
「別にそんな事はないがどちらかというと食べているのを見る方が好きだな」
「食べているのを見るのが?」
「ああ」
「ふーん?」
サクッとクッキーを齧るファインの顔は言っている意味を理解しているようには見えない。
けれどシェイドは気にしなかったし、ファインも深くは言及せず話を続けた。
「食べているのを見るのが好きならさ、エクリプスも今度パーティーに来なよ。美味しいご飯やケーキがいっぱいあってみんなで食べるんだよ!」
「不特定多数の食べているところを見たい訳じゃない。それに俺がパーティーに参加したらみんな嫌がるだろ」
「そんな事ないよ!アタシが説得するから一緒に参加しよう?」
「レインやプーモが一番に反対するだろ」
「それこそ二人はアタシが説得するからだいじょーぶ!ね?一緒に参加しよう?」
「っ・・・」
真っ直ぐにこちらを見上げる純粋な赤い瞳に見つめられ、反射的に否定しようとして言葉を飲み込む。
ここは自分の夢の中なのだから自分の心に正直にいていいだろう。
今目の前にいるファインだって本人ではないのだし。
シェイドは自身の心に改めて問いかけるとその答えをファインの瞳を真っ直ぐに見つめ返して柔らかで自然な笑顔で言い放った。
「ああ、いいぞ」
「やったー!」
飛び跳ねて喜びを体いっぱいに表現するファインの姿に自然とシェイドの頬は緩む。
(本当に変わった奴だ。『エクリプス』の俺と一緒がいいだなんてな)
もしも自分の正体が月の国のプリンスシェイドだと明かしたらファインはどうするだろうか。
いや、どうもしないだろう。
驚きこそすれど今までと変わらず接してくれるだろうし、今のように自分の参加表明に体いっぱいに喜びを表現してくれる、そんな気がした。
「さて、そろそろ行くとするか」
「あれ?もう行っちゃうの?」
「ああ。やるべき事があるからな」
「そっか。じゃあアタシがシェイドを送って行くね」
「お前の付き添いがなくても一人で行ける」
「固い事言わない。ほら、行こう?」
促されて、仕方のない奴だ、と軽く溜息を吐きながらも満更でもない様子でシェイドはファインを伴ってオアシスから離れていく。
気付けばオアシスを取り囲んでいた茨は綺麗になくなっており、シェイドの好きな砂漠の風景が周りに広がっていた。
ファインの方もいつの間にか頭に先程の青と白の花を付けてご機嫌な様子で、そんなファインと一緒に茨のトンネルに踏み出そうとすると茨はサラサラと砂になって次々と崩れ落ちた。
そうして目の前に広がるのは広い砂漠と遠くにそびえ立つ月の国の城。
「あそこでみんなが待ってるよ!」
月の国を指差して笑顔でファインがそう告げたのを皮切りにシェイドの目の前が真っ白に染まり、夢の終わりを迎えた。
「・・・・・・朝か・・・」
起き上がって軽く体を伸ばし、サイドボードの時計を見やる。
いつもと起きる時間とそう変わらない時刻で寝過ごした心配がなく安堵する。
この時間なら母のムーンマリアはまだ眠っているだろう。
先に朝食を済ませて準備をし、城を抜け出して『エクリプス』としての活動を始めなければならない。
ふしぎ星を救う唯一の方法であるプロミネンスを大臣の魔の手から守るのだ。
(それと・・・―――アイツがおかしな事に首を突っ込まないように見張っておかないとな)
脳裏に夢の中の笑顔のファインを思い浮かべ、そそっかしいから、と誰に言うでもないのに言い訳を並べるシェイドだった。
一方その頃、同じように目を覚ましたファインが『エクリプスが笑った夢』を見たという事で顔を真っ赤にし、大変落ち着きがなかったのはここだけの話である。
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