スーパーリア充シェイドさん
「ミルキー!ファイン!出て来い!いい加減にしないと怒るぞ!」
「やー!絶対開けないもん!」
「ていうかもう怒ってるじゃん!」
ここは月の国の廊下。
シェイドは執務室の扉を何度も叩きながら部屋の中で籠城する最愛の妹と恋人に出て来るようにと怒りの交渉をしていた。
しかし敵は手強く、どれだけ言っても出て来る気配がしない。
ちなみにこの攻防は始まってから既に三十分が経過している。
「どうしましたか?王子」
「ああ、騒がしくしてすまない。ミルキーとプリンセスファインが部屋に立て篭もって仕事が出来ないんだ」
「まぁ、それは大変ですね。王子もプリンセス様方も頑張って下さいね」
それでは、とにこやかに微笑みながら立ち去るメイドの背中をシェイドは何とも言えない瞳で見つめる。
先程の「頑張ってくださいね」は主にミルキーとファインに向けられたもので、シェイドについては殆どオマケ、なんなら礼儀として言ったに過ぎない。
普通であれば立て篭もるプリンセスの説得に参加するものだが、そうはせず逆に味方をしてしまうのには大きな心当たりがあってシェイドは何も言えないのであった。
こうなっては仕方ない、奥の手を使うかと溜息を吐くとシェイドは厨房に足を運んだ。
料理長に確認をして使っていいフルーツを切ってフルーツポンチを三人分作る。
そしてそれをトレーに乗せると再び執務室の前にやってきて扉をノックした。
「ミルキー、ファイン、フルーツポンチを作った。おやつにしよう」
「ふーんだ!その手には乗らないよーだ!」
「作ったって言っても別の部屋に置いてあるんでしょう?お兄様の常套手段だわ!」
「随分信用がないな・・・仕方ない、俺一人で全部食べるか」
シェイドは行儀が悪いと思いながらも現状打破の為だと自分に言い聞かせて片手でスプーンを持ち、自分の分の器にそれを差し入れた。
フルーツを掬う時に浸している炭酸水が水面に零れ落ちる音が僅かにしたが食いしん坊なプリンセス達は食べ物の音には鋭く、部屋の中でガタガタと動揺する音が聞こえた。
それから僅かに扉が開き、隙間から瞳を覗かせたファインとミルキーがフルーツポンチを目撃して驚きに目を見開く。
「あ!本当にフルーツポンチだ!」
「お兄様、一人で食べようとするなんてズルいわ!」
「お前らが出てこないのが悪いんだろ。ホラ、早く出て来い」
「やー!」
「今日はもう仕事しないって約束してくれまで出て来てあげないから!」
「あのなぁ・・・」
バンッ!と僅かに開いていた扉は再び閉ざされてしまい、シェイドは呆れを含んだ大きな溜息を吐く。
だが、フルーツポンチという必殺アイテムを手に持っているシェイドに不可能などなかった。
もう一度スプーンでフルーツを掬って食べ始める。
炭酸水がスプーンから溢れて水面に落ちる音、僅かにスプーンが器に当たる音、どれも本当に微かにしか聞こえない音なのに食いしん坊たちの耳にはしっかり届いているようで、部屋の向こうで理性と本能が激闘を繰り広げる騒がしい音が聞こえて来る。
あともう一押し。
「残念だ、フルーツポンチは俺が全部食べるとしよう」
「「ダメーーー!!!」」
ボソリと呟いた言葉にミルキーとファインは敏感に反応して盛大に扉を開いた。
その隙を逃さずシェイドは素早く部屋の中に足を踏み入れる。
「あぁっ!?シェイドが部屋の中に入ってきちゃった!大変大変!!」
「ファイン!今すぐ椅子に座って!」
「うん!!」
ミルキーの指示でファインは目にも止まらぬ速さで執務用の椅子に座る。
机の前には書類が積み上がっており、シェイドが最後に仕事を中断した時のままだったので何も手は出してないようである。
その事実に内心で小さく安心しながらフルーツポンチの乗ったトレーを机横のサイドテーブルの上に置くとファインの傍まで歩いて見下ろす。
「観念してそこをどけ」
「や~だよっ」
「子供みたいな事を言うな」
「普段ミルキーとひとまとめにして子供扱いする癖に」
「事実、子供みたいな事をしてるからだろ」
「ふーんだ、どいてあげないもーん」
「ミルキーが見てる前でキスをすると言ってもか?」
「うぇっ!?」
驚いて目を白黒させながらシェイドを見上げると本気の瞳とぶつかった。
それからハッとなって正面を向けば、机に両手をついて背伸びをし、明らかな好奇心と期待から瞳をキラキラと輝かせるミルキーの瞳とぶつかる。
本来の目的を忘れていそうなそれにツッコミを入れたかったがそれをぐっと堪え、ファインは椅子のひじ掛けを両手でギュッと掴むと腹を括る。
「ど、どーぞ?好きなだけすれば?」
「言ったな?手加減はしてやらないからな」
くいっと強引に顎を自分の方に上向けて宣言通り唇を重ねる。
突然の口づけにファインの顔は瞬く間に赤く染まり、瞳は大きく見開かれたものの羞恥心からすぐに閉じられた。
いつもであればミルキーが見ているからと光の速さで逃げる真っ赤なプリンセスは気丈にも逃げずにひじ掛けを強く握ってその場に留まる。
(本気だな・・・)
チラリと机の前に視線を流せば興奮気味に見上げるミルキーの姿が目に入る。
時々覗き見しているとはいえ、だからと言って堂々とこうしたやり取りはあまり見せたくはないのだがそうも言ってられない。
シェイドにもシェイドなりの事情がある為、何としてでもファインにどいてもらおうと行為を続行した。
「ん・・・」
チロリ、と唇を舐められてファインは唇を震わせながらも小さく開いてシェイドの舌を迎え入れる。
まだまだ意思は固いらしい。
ならばその意思ごと心まで蕩かすまで。
シェイドはファインに深く口付けると蹂躙を始めた。
「ふ・・・んっ・・・むぅ~・・・!」
歯列をなぞり、上顎をくすぐり、執拗に追いかけて絡めて舌を吸い上げる。
うっすらと開かれた赤い瞳は許しを請うように切実で美しく濡れていたが素知らぬフリをする。
もうどちらのものかも分からない程交わった唾液がファインの口の端から流れそうになったので、はしたないぞ、と伝えるようにそれを防いで飲み込ませた。
そうしてとことんまで追い詰めてやるとファインの瞳はとろりと甘く蕩け、ひじ掛けを握っていた手は力を失ってファインの膝の上に落ちた。
「ぷはっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・うぅ~・・・」
解放してやるとファインは何度か肩で息をし、それから恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「お兄様もファインも素敵!とってもラブラブだったわ!」
「ミルキー・・・やめてくれ・・・頼むからやめてくれ・・・」
無邪気にパチパチと拍手を送るミルキーに同じく恥ずかしさから背中を向けて片手で顔を覆うシェイド。
意地になっていたとはいえ、年端も行かぬ妹の前で何をやっているのだ自分は。
((穴があったら入りたい))
シェイドとファインの心の声がシンクロした瞬間だった。
「お兄様、ファイン、続きはするの?アレだったら私は扉の隙間から覗いてましょうか?」
「ミルキー、後でお説教だからな・・・それより」
チラリとファインを見やるとファインは未だに茹蛸のように沸騰した顔を両手で覆って撃沈していた。
その隙を逃さずシェイドは素早くファインを抱き上げる。
「確保、と」
「わぁっ!?大変大変!!?」
急に抱き上げられてファインは顔を赤くしたままわたわたと慌てる。
「ファイン!お兄様にしっかり抱き付くのよ!そうすれば少なくとも作業は出来ないわ!」
「わ、分かった!!」
ミルキーの指示に従ってファインはシェイドの首に腕を回してしっかりと抱き付く。
それこそ『密着』という言葉が似合う程にしっかりと。
だが、そこまできてファインはある事に思い当ってミルキーを見やる。
「・・・アタシこれ、嵌められてない?」
「そんな事ないわ!」
「そうだ、しっかり掴まっていろ」
「嘘だ絶対嘘だ!二人共即答してるもん!!」
「ファインがお兄様に密着するチャンスが私達にとって偶然舞い込んできただけよ!」
「だからって上手に活かさないでよ~!」
「騒ぐな、大人しくしていろ。ミルキー、フルーツポンチは持ってこれるかい?」
「うん!」
「よし、じゃあお兄様の部屋でみんなで食べよう」
「あぁあのシェイド!?あ、アタシは自分の足で歩けるから―――」
「静かにしないと城の人間が見に来るぞ」
ボソリと呟かれた言葉にファインは「ひぇっ・・・」と羞恥心から竦み上がると両手で口を覆った。
執務室からシェイドの部屋までそう遠くはなかったが、ファインからしてみればとてもとても長い距離のように感じられた。
部屋に到着するまでの間、誰ともすれ違わなかったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。
ソファの端っこに降ろされてファインは安堵から大きな息を吐く。
「ファイン」
名前を呼ばれて顔を横に向ければシェイドがファインの分のフルーツポンチを手に持ち、スプーンで果物を掬っていた。
まるで宝石のような輝きを放つそれにファインはそれまでの羞恥心を忘れて瞳を輝かせるとパクリと口に含んだ。
「ん~!美味しい~!」
「ほら、次」
「あ~ん!」
「ファインズルい!お兄様、私も!」
「待て、順番だ」
シェイドはもう一度ファインにフルーツを食べさせると器とスプーンを持たせ、今度はミルキーの器とスプーンを持ってフルーツを食べさせた。
食べさせてもらったミルキーはそれはそれは美味しそうに食べて幸せそうに頬を包む。
それを三回程してあげた所でシェイドは器とスプーンをミルキーに返し、自分の分の器とスプーンを手に持って食べ始めた。
「これを食べ終わったら俺は仕事に戻るからな」
「「ダメ!!!」」
「駄目じゃない。お前達が何と言おうとするからな」
「ぜ~ったいにやらせないから!」
「お兄様、今日は休んで下さい!城のみんなもお母様も心配していましたよ!」
「この通り元気だ、問題ない」
「三徹してる癖に何が問題ないんですか!?」
「目の下に酷い隈作ってて説得力ないよ!!」
徹夜×三日=三徹。
おかしな数式もどきが頭に浮かんでシェイドはすぐにそれを打ち消す。
一瞬だけぼんやりしたのは落ち着いて少し気が抜けたからだ。
気合いを入れれば何て事はない。
「シェイド、今ぼんやりと変な事考えたでしょ?」
「しかも気合いで乗り切ろうとしてますよね?」
「気の所為だ」
「シェイド!」
「お兄様!」
本気の瞳で二人に怒られる。
これ以上粘ってしまえば怒りを通り越して嫌われてしまうだろう。
シェイドは降参の溜息を吐くと仕事に執着する訳を話し始めた。
「・・・早く仕事を片付けて時間を作りたかったんだ」
「時間って何の時間?」
「お前達と一緒にバカンスに行く時間だ」
訪れる沈黙。
ファインとミルキーは目をぱちぱちと瞬かせると次の瞬間には顔を輝かせた。
「バカンス~!?」
「どこどこお兄様!?どこに連れて行ってくれるの!!?」
「今のところの予定はコーラルビーチだ。それかリゾパラタウンでもいいぞ」
「やった~!バカンスバカンス~!」
「楽しみね、ファイン!」
「うん!・・・でも、だからって無茶は良くないよ、シェイド」
怒った顔から嬉しそうな顔へ、そして気遣うように心配する顔にコロコロと表情が変わるファイン。
ふと視線を感じて目を向ければ同じように心配そうに見上げるミルキーがそこにいた。
「ファインの言う通りです、お兄様。私達の為に頑張って時間を作ってくださるのは嬉しいですけどだからって無理をされて体を壊したり倒れられたら悲しいです。それでは本末転倒です」
「分かっている。だが、早くお前達とバカンスに行きたくて仕方ないんだ」
「そりゃアタシ達も早くシェイドと遊びに行きたいけど・・・」
「でもお兄様が無理をするのは嫌ですし・・・」
早く一緒に遊びに行きたい、けれどシェイドには無理をして欲しくない。
二つの想いのジレンマにファインとミルキーはモヤモヤと頭を悩ませる。
シェイドはシェイドで二人が自分を休ませる為に執務室に立て篭もって仕事の妨害をしていた事はとても嬉しかった。
だからその気持ちに報いる為にも優しく二人の肩を抱き寄せる。
「ありがとう。お前達がそうやって俺の事を心配して想ってくれるのはとても嬉しいよ。だが、これは俺のワガママなんだ。少し付き合ってくれないか?」
「む~・・・どうする?ミルキー」
「う~ん・・・ならお兄様、私達と約束して下さい。少しでも調子が悪いと思ったらすぐに休んで下さい。それか私やお城の人達から見て明らかに都合が悪く見えたらその時も休んで下さい。それが守れなかったら私もファインもバカンスには行きませんから。いいわよね、ファイン?」
「うん、さんせー!」
「そういう事です。守れますか?お兄様」
「ああ、分かった。約束しよう」
「絶対だよ?」
「絶対ですからね?」
ファインとミルキーから小指を差し出されてシェイドは両手の小指でそれぞれの指を絡め合う。
やれやれ、こんな風に約束されては守らない訳にはいかない。
可愛い妹と恋人の為にもシェイドは体調には十分気を付けて仕事に臨むのだった。
オマケ
「じゃあ、お仕事の邪魔になるといけないからアタシはもう帰るね」
「何を言っているんだ、お前も仕事部屋に来い」
「ファインにもやってもらわなきゃいけないお仕事があるんだから!」
「え?いやあのちょっと!?」
シェイドに手を引っ張られ、ミルキーに背中を押されてファインはシェイドの執務室に連行されてしまう。
そしてあれよあれよの内に椅子に座ったシェイドの足の間に座らされ、後ろから片腕でがっしりと抱き締められる。
「えっと・・・あの・・・シェイド?仕事しづらくない・・・?」
「問題ない」
「ひゃっ!?」
必然的に耳元で囁かれ、吹きかかる吐息にファインは顔を赤くして小さく飛び上がる。
しかしそんな事は全く気に留めずシェイドは空いている方の片手で書類に目を通してサインをしていく。
「み、ミルキー・・・」
「あ、そういえばソフィーにお届け物をする用事があったの忘れてた」
「ええっ!?このタイミングで都合良過ぎない!?」
「そんな訳でお兄様、ちょっとかざぐるまの国に行ってきますね」
「ああ、気を付けてな」
「それじゃあファイン、後は宜しくね!」
「うぁ~!ミルキ~!!」
「ファイン、少し静かにしてくれ」
「うひゃぁっ!?」
突然、肩口にシェイドの顔が圧し掛かってファインはまたしても飛び上がる。
そして気付けば両腕でがっちりと抱きすくめられていた。
「シェ、シェイド!?」
「少し仮眠を取る」
「か、仮眠って・・・へ、部屋で取ろうよ!?」
「いちいち移動するのが面倒だ。お休み」
「だからって―――」
「お休み」
「・・っ!・・・あぅ・・・」
耳元で直接囁かれてとうとうファインは本日二度目の撃沈をしてしまう。
その日のシェイドの仕事効率は格段に良く、また、ファインを抱き締めたまま短時間の仮眠を取ってくれる事からミルキーや城の人間によってしばらくファインは呼び出されるのであった。
END
「やー!絶対開けないもん!」
「ていうかもう怒ってるじゃん!」
ここは月の国の廊下。
シェイドは執務室の扉を何度も叩きながら部屋の中で籠城する最愛の妹と恋人に出て来るようにと怒りの交渉をしていた。
しかし敵は手強く、どれだけ言っても出て来る気配がしない。
ちなみにこの攻防は始まってから既に三十分が経過している。
「どうしましたか?王子」
「ああ、騒がしくしてすまない。ミルキーとプリンセスファインが部屋に立て篭もって仕事が出来ないんだ」
「まぁ、それは大変ですね。王子もプリンセス様方も頑張って下さいね」
それでは、とにこやかに微笑みながら立ち去るメイドの背中をシェイドは何とも言えない瞳で見つめる。
先程の「頑張ってくださいね」は主にミルキーとファインに向けられたもので、シェイドについては殆どオマケ、なんなら礼儀として言ったに過ぎない。
普通であれば立て篭もるプリンセスの説得に参加するものだが、そうはせず逆に味方をしてしまうのには大きな心当たりがあってシェイドは何も言えないのであった。
こうなっては仕方ない、奥の手を使うかと溜息を吐くとシェイドは厨房に足を運んだ。
料理長に確認をして使っていいフルーツを切ってフルーツポンチを三人分作る。
そしてそれをトレーに乗せると再び執務室の前にやってきて扉をノックした。
「ミルキー、ファイン、フルーツポンチを作った。おやつにしよう」
「ふーんだ!その手には乗らないよーだ!」
「作ったって言っても別の部屋に置いてあるんでしょう?お兄様の常套手段だわ!」
「随分信用がないな・・・仕方ない、俺一人で全部食べるか」
シェイドは行儀が悪いと思いながらも現状打破の為だと自分に言い聞かせて片手でスプーンを持ち、自分の分の器にそれを差し入れた。
フルーツを掬う時に浸している炭酸水が水面に零れ落ちる音が僅かにしたが食いしん坊なプリンセス達は食べ物の音には鋭く、部屋の中でガタガタと動揺する音が聞こえた。
それから僅かに扉が開き、隙間から瞳を覗かせたファインとミルキーがフルーツポンチを目撃して驚きに目を見開く。
「あ!本当にフルーツポンチだ!」
「お兄様、一人で食べようとするなんてズルいわ!」
「お前らが出てこないのが悪いんだろ。ホラ、早く出て来い」
「やー!」
「今日はもう仕事しないって約束してくれまで出て来てあげないから!」
「あのなぁ・・・」
バンッ!と僅かに開いていた扉は再び閉ざされてしまい、シェイドは呆れを含んだ大きな溜息を吐く。
だが、フルーツポンチという必殺アイテムを手に持っているシェイドに不可能などなかった。
もう一度スプーンでフルーツを掬って食べ始める。
炭酸水がスプーンから溢れて水面に落ちる音、僅かにスプーンが器に当たる音、どれも本当に微かにしか聞こえない音なのに食いしん坊たちの耳にはしっかり届いているようで、部屋の向こうで理性と本能が激闘を繰り広げる騒がしい音が聞こえて来る。
あともう一押し。
「残念だ、フルーツポンチは俺が全部食べるとしよう」
「「ダメーーー!!!」」
ボソリと呟いた言葉にミルキーとファインは敏感に反応して盛大に扉を開いた。
その隙を逃さずシェイドは素早く部屋の中に足を踏み入れる。
「あぁっ!?シェイドが部屋の中に入ってきちゃった!大変大変!!」
「ファイン!今すぐ椅子に座って!」
「うん!!」
ミルキーの指示でファインは目にも止まらぬ速さで執務用の椅子に座る。
机の前には書類が積み上がっており、シェイドが最後に仕事を中断した時のままだったので何も手は出してないようである。
その事実に内心で小さく安心しながらフルーツポンチの乗ったトレーを机横のサイドテーブルの上に置くとファインの傍まで歩いて見下ろす。
「観念してそこをどけ」
「や~だよっ」
「子供みたいな事を言うな」
「普段ミルキーとひとまとめにして子供扱いする癖に」
「事実、子供みたいな事をしてるからだろ」
「ふーんだ、どいてあげないもーん」
「ミルキーが見てる前でキスをすると言ってもか?」
「うぇっ!?」
驚いて目を白黒させながらシェイドを見上げると本気の瞳とぶつかった。
それからハッとなって正面を向けば、机に両手をついて背伸びをし、明らかな好奇心と期待から瞳をキラキラと輝かせるミルキーの瞳とぶつかる。
本来の目的を忘れていそうなそれにツッコミを入れたかったがそれをぐっと堪え、ファインは椅子のひじ掛けを両手でギュッと掴むと腹を括る。
「ど、どーぞ?好きなだけすれば?」
「言ったな?手加減はしてやらないからな」
くいっと強引に顎を自分の方に上向けて宣言通り唇を重ねる。
突然の口づけにファインの顔は瞬く間に赤く染まり、瞳は大きく見開かれたものの羞恥心からすぐに閉じられた。
いつもであればミルキーが見ているからと光の速さで逃げる真っ赤なプリンセスは気丈にも逃げずにひじ掛けを強く握ってその場に留まる。
(本気だな・・・)
チラリと机の前に視線を流せば興奮気味に見上げるミルキーの姿が目に入る。
時々覗き見しているとはいえ、だからと言って堂々とこうしたやり取りはあまり見せたくはないのだがそうも言ってられない。
シェイドにもシェイドなりの事情がある為、何としてでもファインにどいてもらおうと行為を続行した。
「ん・・・」
チロリ、と唇を舐められてファインは唇を震わせながらも小さく開いてシェイドの舌を迎え入れる。
まだまだ意思は固いらしい。
ならばその意思ごと心まで蕩かすまで。
シェイドはファインに深く口付けると蹂躙を始めた。
「ふ・・・んっ・・・むぅ~・・・!」
歯列をなぞり、上顎をくすぐり、執拗に追いかけて絡めて舌を吸い上げる。
うっすらと開かれた赤い瞳は許しを請うように切実で美しく濡れていたが素知らぬフリをする。
もうどちらのものかも分からない程交わった唾液がファインの口の端から流れそうになったので、はしたないぞ、と伝えるようにそれを防いで飲み込ませた。
そうしてとことんまで追い詰めてやるとファインの瞳はとろりと甘く蕩け、ひじ掛けを握っていた手は力を失ってファインの膝の上に落ちた。
「ぷはっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・うぅ~・・・」
解放してやるとファインは何度か肩で息をし、それから恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「お兄様もファインも素敵!とってもラブラブだったわ!」
「ミルキー・・・やめてくれ・・・頼むからやめてくれ・・・」
無邪気にパチパチと拍手を送るミルキーに同じく恥ずかしさから背中を向けて片手で顔を覆うシェイド。
意地になっていたとはいえ、年端も行かぬ妹の前で何をやっているのだ自分は。
((穴があったら入りたい))
シェイドとファインの心の声がシンクロした瞬間だった。
「お兄様、ファイン、続きはするの?アレだったら私は扉の隙間から覗いてましょうか?」
「ミルキー、後でお説教だからな・・・それより」
チラリとファインを見やるとファインは未だに茹蛸のように沸騰した顔を両手で覆って撃沈していた。
その隙を逃さずシェイドは素早くファインを抱き上げる。
「確保、と」
「わぁっ!?大変大変!!?」
急に抱き上げられてファインは顔を赤くしたままわたわたと慌てる。
「ファイン!お兄様にしっかり抱き付くのよ!そうすれば少なくとも作業は出来ないわ!」
「わ、分かった!!」
ミルキーの指示に従ってファインはシェイドの首に腕を回してしっかりと抱き付く。
それこそ『密着』という言葉が似合う程にしっかりと。
だが、そこまできてファインはある事に思い当ってミルキーを見やる。
「・・・アタシこれ、嵌められてない?」
「そんな事ないわ!」
「そうだ、しっかり掴まっていろ」
「嘘だ絶対嘘だ!二人共即答してるもん!!」
「ファインがお兄様に密着するチャンスが私達にとって偶然舞い込んできただけよ!」
「だからって上手に活かさないでよ~!」
「騒ぐな、大人しくしていろ。ミルキー、フルーツポンチは持ってこれるかい?」
「うん!」
「よし、じゃあお兄様の部屋でみんなで食べよう」
「あぁあのシェイド!?あ、アタシは自分の足で歩けるから―――」
「静かにしないと城の人間が見に来るぞ」
ボソリと呟かれた言葉にファインは「ひぇっ・・・」と羞恥心から竦み上がると両手で口を覆った。
執務室からシェイドの部屋までそう遠くはなかったが、ファインからしてみればとてもとても長い距離のように感じられた。
部屋に到着するまでの間、誰ともすれ違わなかったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。
ソファの端っこに降ろされてファインは安堵から大きな息を吐く。
「ファイン」
名前を呼ばれて顔を横に向ければシェイドがファインの分のフルーツポンチを手に持ち、スプーンで果物を掬っていた。
まるで宝石のような輝きを放つそれにファインはそれまでの羞恥心を忘れて瞳を輝かせるとパクリと口に含んだ。
「ん~!美味しい~!」
「ほら、次」
「あ~ん!」
「ファインズルい!お兄様、私も!」
「待て、順番だ」
シェイドはもう一度ファインにフルーツを食べさせると器とスプーンを持たせ、今度はミルキーの器とスプーンを持ってフルーツを食べさせた。
食べさせてもらったミルキーはそれはそれは美味しそうに食べて幸せそうに頬を包む。
それを三回程してあげた所でシェイドは器とスプーンをミルキーに返し、自分の分の器とスプーンを手に持って食べ始めた。
「これを食べ終わったら俺は仕事に戻るからな」
「「ダメ!!!」」
「駄目じゃない。お前達が何と言おうとするからな」
「ぜ~ったいにやらせないから!」
「お兄様、今日は休んで下さい!城のみんなもお母様も心配していましたよ!」
「この通り元気だ、問題ない」
「三徹してる癖に何が問題ないんですか!?」
「目の下に酷い隈作ってて説得力ないよ!!」
徹夜×三日=三徹。
おかしな数式もどきが頭に浮かんでシェイドはすぐにそれを打ち消す。
一瞬だけぼんやりしたのは落ち着いて少し気が抜けたからだ。
気合いを入れれば何て事はない。
「シェイド、今ぼんやりと変な事考えたでしょ?」
「しかも気合いで乗り切ろうとしてますよね?」
「気の所為だ」
「シェイド!」
「お兄様!」
本気の瞳で二人に怒られる。
これ以上粘ってしまえば怒りを通り越して嫌われてしまうだろう。
シェイドは降参の溜息を吐くと仕事に執着する訳を話し始めた。
「・・・早く仕事を片付けて時間を作りたかったんだ」
「時間って何の時間?」
「お前達と一緒にバカンスに行く時間だ」
訪れる沈黙。
ファインとミルキーは目をぱちぱちと瞬かせると次の瞬間には顔を輝かせた。
「バカンス~!?」
「どこどこお兄様!?どこに連れて行ってくれるの!!?」
「今のところの予定はコーラルビーチだ。それかリゾパラタウンでもいいぞ」
「やった~!バカンスバカンス~!」
「楽しみね、ファイン!」
「うん!・・・でも、だからって無茶は良くないよ、シェイド」
怒った顔から嬉しそうな顔へ、そして気遣うように心配する顔にコロコロと表情が変わるファイン。
ふと視線を感じて目を向ければ同じように心配そうに見上げるミルキーがそこにいた。
「ファインの言う通りです、お兄様。私達の為に頑張って時間を作ってくださるのは嬉しいですけどだからって無理をされて体を壊したり倒れられたら悲しいです。それでは本末転倒です」
「分かっている。だが、早くお前達とバカンスに行きたくて仕方ないんだ」
「そりゃアタシ達も早くシェイドと遊びに行きたいけど・・・」
「でもお兄様が無理をするのは嫌ですし・・・」
早く一緒に遊びに行きたい、けれどシェイドには無理をして欲しくない。
二つの想いのジレンマにファインとミルキーはモヤモヤと頭を悩ませる。
シェイドはシェイドで二人が自分を休ませる為に執務室に立て篭もって仕事の妨害をしていた事はとても嬉しかった。
だからその気持ちに報いる為にも優しく二人の肩を抱き寄せる。
「ありがとう。お前達がそうやって俺の事を心配して想ってくれるのはとても嬉しいよ。だが、これは俺のワガママなんだ。少し付き合ってくれないか?」
「む~・・・どうする?ミルキー」
「う~ん・・・ならお兄様、私達と約束して下さい。少しでも調子が悪いと思ったらすぐに休んで下さい。それか私やお城の人達から見て明らかに都合が悪く見えたらその時も休んで下さい。それが守れなかったら私もファインもバカンスには行きませんから。いいわよね、ファイン?」
「うん、さんせー!」
「そういう事です。守れますか?お兄様」
「ああ、分かった。約束しよう」
「絶対だよ?」
「絶対ですからね?」
ファインとミルキーから小指を差し出されてシェイドは両手の小指でそれぞれの指を絡め合う。
やれやれ、こんな風に約束されては守らない訳にはいかない。
可愛い妹と恋人の為にもシェイドは体調には十分気を付けて仕事に臨むのだった。
オマケ
「じゃあ、お仕事の邪魔になるといけないからアタシはもう帰るね」
「何を言っているんだ、お前も仕事部屋に来い」
「ファインにもやってもらわなきゃいけないお仕事があるんだから!」
「え?いやあのちょっと!?」
シェイドに手を引っ張られ、ミルキーに背中を押されてファインはシェイドの執務室に連行されてしまう。
そしてあれよあれよの内に椅子に座ったシェイドの足の間に座らされ、後ろから片腕でがっしりと抱き締められる。
「えっと・・・あの・・・シェイド?仕事しづらくない・・・?」
「問題ない」
「ひゃっ!?」
必然的に耳元で囁かれ、吹きかかる吐息にファインは顔を赤くして小さく飛び上がる。
しかしそんな事は全く気に留めずシェイドは空いている方の片手で書類に目を通してサインをしていく。
「み、ミルキー・・・」
「あ、そういえばソフィーにお届け物をする用事があったの忘れてた」
「ええっ!?このタイミングで都合良過ぎない!?」
「そんな訳でお兄様、ちょっとかざぐるまの国に行ってきますね」
「ああ、気を付けてな」
「それじゃあファイン、後は宜しくね!」
「うぁ~!ミルキ~!!」
「ファイン、少し静かにしてくれ」
「うひゃぁっ!?」
突然、肩口にシェイドの顔が圧し掛かってファインはまたしても飛び上がる。
そして気付けば両腕でがっちりと抱きすくめられていた。
「シェ、シェイド!?」
「少し仮眠を取る」
「か、仮眠って・・・へ、部屋で取ろうよ!?」
「いちいち移動するのが面倒だ。お休み」
「だからって―――」
「お休み」
「・・っ!・・・あぅ・・・」
耳元で直接囁かれてとうとうファインは本日二度目の撃沈をしてしまう。
その日のシェイドの仕事効率は格段に良く、また、ファインを抱き締めたまま短時間の仮眠を取ってくれる事からミルキーや城の人間によってしばらくファインは呼び出されるのであった。
END