毎日がプリンセスパーティー

白夜なので夜も更けてる訳ではないが時間帯としては夜も更ける頃。
元よりワーカホリックな気質のあるシェイドは今日も遅くまで仕事をしていた。
とはいえ、いつも遅くまで仕事をしている訳ではない。
彼なりの理由があって遅くまで少しでも多く仕事を片付けているのだ。

(結婚記念日は何としてでも休みにしたい)

あともう少しで訪れる結婚記念日。
自分とファインが結婚してから一年が経つ日。
このようにめでたい日はファインと一緒にどこかへ出掛けてのんびり過ごしたい。
そんな思いからシェイドは必死に仕事を片付けていた。
その為の徹夜などなんて事はない。
書類に目を通してサインを書いていると不意に扉を叩く音が室内に響く。

「どうぞ」

「シェイド」

耳に届く仕事の動機たる渦中の人物にして昨年シェイドの妻となり、王妃となったファインが部屋の中に入ってくる。
シェイドはペンを置くと顔を上げてファインを迎えた。

「ファインか」
「お仕事お疲れ様」

トレーに湯気の立ったピンクのマグカップを持ったファインが傍に歩み寄って来る。
香りからして飲み物はココアのようだ。

「悪いな、飲み物を用意してくれて」
「何言ってるの?これはアタシのだよ」
「は?」
「ホラ、座ったまま椅子引いて」

言われるままに座ったまま椅子を引いて机との間に距離を作る。
それからファインが膝の内側をトントンと外に向けて叩いてくるので足を開けと言っているのだと察知し、素直に開く。
するとファインは「ありがとう」と柔かにお礼を述べるとその足の間に座ってトレーを机の上に置き、マグカップを手に取ってココアを飲み始めた。

「はぁ〜美味しい〜!」
「・・・お前は何しに来たんだ?」
「ココア飲みに来ただけだけど?」
「見てわからないの?みたいに言うな。ココアを飲むだけなら部屋で飲んで来い」
「駄目だよ。メイドさん達としっかりシェイドのお仕事の邪魔をして来るって約束したんだから」
「・・・」

どうやらメイドぐるみの犯行らしい。
そしてその犯行理由が何かについてシェイドはすぐに思い当たり、同時にファインがそれを口にする。

「シェイド最近また休まず仕事してるんだもん。ちゃんと休まないと駄目じゃない」
「合間に休憩は挟んでるぞ」
「合間とかじゃなくて!ちゃんとしっかり休憩しなきゃ!」
「そう言われてもだな・・・」

シェイドは後ろからファインが持つマグカップを取り上げると同じように自分もココアを一口飲む。
熱くて甘い味が疲れた体に染み渡る。
それから何事もなかったようにファインに返すとファインは頬を赤く染めていた。
間接キスに照れ臭さや羞恥心を覚えているのだろう。
もう結婚して一年、ましてやキスやそれ以上の行為にまで既に及んでいるというのに、こうした小さな事でさえ未だに恥ずかしそうにするファインはとても可愛らしくて。
そんな姿がもっと見たくてシェイドはファインの体に腕を回して肩口に顔を埋める。

「結婚記念日は必ず予定を空けておきたいんだ」
「そ、そう・・・気持ちは嬉しいけど無理しちゃ駄目だってば。それにホラ、今時は少しくらいズレても祝う気持ちがあれば大丈夫な風潮でしょ?アタシも少しくらいズレても怒らないよ」
「お前は良くても俺が嫌なんだ。お前と結婚した大切な日なんだからな」
「シェイド・・・」
「そういう訳だから今回は見逃してくれないか?」
「駄目だよ!今回ばっかりは譲らないよ!少なくともココアを飲み終わるまではこうしてるから!」

交渉失敗。
しかし新たな情報は得られた。
ココアを飲み終わるまでこうしているという事は逆を言えばココアを飲み終わってしまえば立ち去るという事。
チラリと覗き見たマグカップの中のココアはまだ半分近くまでしか減っていない。
このままマグカップを奪って飲み干そうと企むが疲労と寝不足、そしてファインの髪から香るシャンプーの匂いがシェイドの思考回路を狂わす。

「・・・ココアを飲み終わるまでここに居座るんだな?」
「そ、そうだけど?」
「なら―――」

ファインの手から素早くマグカップを取り上げてトレーの上に置き、ギリギリまで椅子を後ろに引いて距離を作る。
野生の勘からこの後に起きる事を予測したファインは「待って!」と止めようとしたものの、それよりも早くシェイドの両の掌がファインの胸元の豊かな果実を鷲掴む。

「んぅっ・・・!」

下着をつけているとはいえ、感じるものは感じる。
羞恥からファインは一気に顔を赤くするも咄嗟に肘掛を掴んで耐えた。
シェイドはそれを抵抗の意と捉える。

「ココアが飲み終わるまで付き合ってもらおうか」
「シェ、シェイド、待って・・・こんな所で・・・!」
「静かにしないと誰か来るぞ」
「・・・!」

少し余裕のない低い声。
首筋を下から上にすっ・・・と舐められて背筋をゾクゾクとしたものが駆け上がる。
声は押し殺したものの、ガタガタと椅子や机が軋んだり揺れ動く音が僅かに扉の外に漏れたが誰も通らなかったのが幸いだった。








そして明け方近く。
執務室で一度致したものの、入ったスイッチをOFFに戻すのは難しく、場所を寝室に移して気の済むまで求め合った。
廊下を移動している際、服を着ているものの一回達した状態を見られたくなくて縮こまっていたファインが可愛らしくてわざとゆっくり歩いていたのはここだけの話。
気怠さが全身を支配するがその分だけ充実感と満足感がシェイドに新たなエネルギーを与える。
愛する妻との結婚記念日を確実なものにする為に起き上がって浴場に向かおうとする。
するのだが・・・

「―――シェイド」

か細い声と共に温かい手が重ねられる。
それだけで体が魔法にかけられたように動かなくなり、代わりに視線を声の主に向ける。

「・・・行かないで・・・」

赤い瞳を潤ませて切なげな声音にシェイドの強い意思が揺らぎそうになる。

「・・・行っちゃやだ・・・」

呆気なく崩れる砂の城が如く強い意思が崩壊していく。
最早風前の灯火。

「・・・寂しいよぅ・・・」

完全崩壊。
子犬のような顔でそんなセリフを言われては抗えない。
シェイドはベッドの中に戻ると優しくファインを抱き寄せた。

「朝までまだ時間があるから寝るぞ」
「アタシが寝てる間にどこにも行かない?」
「ああ、傍にいる。だから安心してくれて大丈夫だ」
「うん・・・!」

体を寄せて来るファインを愛しく想いながらシェイドはより一層強くその体を抱き締める。



翌日、すっかり冷めたココアはシェイドが責任もって全て飲み干すのであった。







END
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