飾り立てるもの

どうにかこうにか黄昏の箱庭での撮影を終えた四人。
そんな四人がいよいよ次に臨むのが『エメラルドの教会』だった。
エメラルドの教会は特別な場所に位置するらしく、乗り物に乗っての移動となった。
全員乗り込んだ所でハーミィがエメラルドの教会についての説明を始める。

「エメラルドの教会は周囲を巨大な滝に囲まれた浮島にあります。いつ誰が建てたのかは明確になってはおりませんがこちらの教会では―――」
「これまでに沢山の王族や貴族たちが式を挙げて永遠の愛を誓って本当に永遠に仲睦まじく結ばれたという言い伝えがあって教会で鳴る鐘は別名『エメラルドの祝福』と呼ばれていて最後まで聴くと来世もまた結ばれるという伝説があるんですよね!!?」
「そ、そうです。流石レイン様、よくご存知で・・・」
「レイン、ハーミィさんが説明してるのを邪魔しちゃダメじゃない・・・」

ハーミィの説明を遮って早口且つ息継ぎする事なくエメラルドの教会について話し切ったレインにハーミィは苦笑しつつも顔を引きつらせ、ファインは恥ずかしさを通り越して気まずいといった雰囲気でレインのドレスの裾を引っ張って諫める。
これには流石のブライトも苦笑しており、シェイドは呆れ顔だ。
さて、そうこうしている内に四人を乗せた乗り物は荘厳な滝の近くを周りつつ浮島へと到着した。
浮島は緑で溢れており、美しい自然の花々は風に揺られ、鳥のさえずりが絶えず聞こえていてまるで楽園のようだった。
そしてその浮島の中央はなだらかな丘となっており、そこには新品の如く真っ白で立派な教会が建っていた。
教会の屋根の上にはハートの形をしたエメラルドを抱く女神の彫像が置かれており、それが『エメラルドの教会』と言われる由縁の一つであった。

「皆様、移動お疲れ様です。エメラルドの教会の中はあまり広くないので一組ずつの撮影とさせていただきます。また、お待ちいただくもう一組様は教会の隣の屋外披露宴会場・エメラルドガーデンで撮影となります。まずはどちらのペアから教会で撮影しましょうか?」
「レイン、先にいいよ」
「ありがとう、ファイン。じゃあお言葉に甘えさせて私とブライト様でお願いします」
「かしこまりました。では、レイン様とブライト様は教会の方へ。ファイン様とシェイド様はエメラルドガーデンの方へ移動をお願いします」

ハーミィの指示に従ってレインとブライトは教会に、ファインとシェイドはエメラルドガーデンに移動する。

(ここがエメラルドの教会の中・・・素敵・・・!)

憧れのエメラルドの教会の中に入れてレインは感動していた。
教会の内部は外と同じく純白で柱にはピンク色の花が慎ましやかに咲く蔦が絡んでおり、部屋の隅には溝があり、そこでは水が涼やかな音を奏でながら循環している。
更に部屋の左奥にはパイプオルガンが、中央奥には教会の屋根の上にあったのと同じハートのエメラルドを抱く女神の大きなステンドグラスが光を受けて輝いている。
これは五年先も予約で埋まっているのも頷けるというもの。
そしてそんな教会のヴァージンロードをブライト共に歩んでいるなんてまるで夢のようだった。
これが本当の結婚式だったらどれだけ良かっただろうか。

「それでは祭壇の前で向き合って下さい。ブライト様はレイン様の両肩を抱き、レイン様はブーケを胸元まで掲げてブライト様を見上げて下さい」

「結構際どい注文だね・・・」
「そ、そうですね・・・」

二人で焦りながらもハーミィの注文に応えようと動く。
レインがブーケを胸元まで掲げてブライトを見上げるのと同時にブライトの両手がレインの両肩に触れた。

「っ!」

途端、レインの肩はビクリと跳ね上がり、ブライトも驚いてレインの肩から手を離した。

「す、すまないレイン。大丈夫かい?もしてかして痛かった?」
「い、いえ!ちょっとびっくりしただけで・・・ごめんなさい」
「いいんだよ、気にしないで。触れても大丈夫かい?」
「はい、今度こそ大丈夫です」

心の中でしっかり身構えるともう一度ブライトに肩に触れられても驚く事はなかった。
代わりに心臓はバクバクだが。

「もう少しだけお互いに顔を近くに寄せられないでしょうか?」

「こ、こうですか?」

ブライトが顔を近付けて来る。
お互いの息遣いがすぐそこで交わる程の近さだ。
レインは恥ずかしくて逃げだしたくなったがブライトの熱のこもった瞳を見つめていたらまるで石になったかのように動けなくなった。

(もしかしてブライト様も緊張して照れてる・・・?)

本日何度目のときめきだろう。
妄想の中でしか起こりえなかった出来事がまた目の前で起きている。
もしかしてこれは幻で神様が仕掛けた悪趣味な悪戯なんじゃないかとレインは一瞬現実を疑ってしまう。
けれど自分の肩を掴むブライトの手に力が込められた事でこれは幻などではないと確信し、神様に感謝した。

(神様ありがとうございます。私はとっても幸せです・・・!)

「ありがとうございます。素敵なお写真が撮れました。最後にこのエメラルドを祭壇の上に置く所を撮って撮影は終了となります」

ハーミィがレインとブライトに小さなエメラルドを渡すとレインは首を傾げた。

「エメラルドをですか?」
「はい。エメラルドの教会では誓いを交わした後にこのステンドグラスの女神様へ祈りを込めてエメラルドを捧げるんです。是非そちらも再現していただけないでしょうか」
「分かりました」
「是非やらせていただきます」
「では、誓いの証に女神様へエメラルドを捧げて下さい」

やや芝居がかった口調でハーミィが告げるとレインとブライトは互いに視線を交わし、小さく頷くと祭壇にエメラルドを並べて置いた。
するとーーー


ガラーン・・・ガラーン・・・ガラーン・・・


まるで二人を祝福するかのようにタイミング良く教会の鐘が鳴り響いた。
これに驚いてレインとブライトは天井を見上げ、ハーミィも呆然と天井を見上げる。
鐘は三十秒間たっぷり美しくも威厳のある音を奏でると緩やかにその音を沈めていくのだった。
鳴り終わって沈黙が十秒程続いた後、ハーミィがポツリと呟く。

「変ね、鐘は鳴らす予定はなかったのに」
「え?鳴らす予定はなかったんですか?」

レインが聞き返すとハーミィは困ったように頷く。

「はい。もしかしたら誤作動の可能性があるかもしれません。確認して参りますので一旦この場でお待ちいただいて宜しいでしょうか?」

ハーミィが尋ねるとレインもブライトも頷き、一時その場で待機となった。
そしてハーミィを除いた優秀なスタッフ達は「一旦休憩だなー」と口々に言いながらぞろぞろと教会の外に出て行き、レインとブライトの二人が残される。
ふと互いに顔を合わせるも起きた出来事が出来事なだけに照れ臭くなって慌てて顔を逸らす。
ブライトが頬を掻きながら少し焦ったように言う。

「そ、そういえばエメラルドの教会の鐘を最後まで聴くと来世も結ばれるんだよね?」
「そ、そうです!そういう言い伝えがあるんです!」
「じゃあ、僕達は来世も一緒だね」
「っ!!」

照れながらも愛おしそうにフワリと微笑むブライトにレインは心に強い衝撃を受けて言葉を詰まらせる。
ブライトの態度は嫌がるでも困るでもなく、嬉しそうにしているものだからレインはこの気持ちをどう表現したら良いか分からず戸惑った。
嬉しいとか感激だとか感動だとかそれらの温かい気持ちを何という言葉でどういうリアクションすればブライトに伝わるだろうか。
『幸せ』などという一言でまとめるにはあまりにも勿体ない気がする。
だが、そんな時だった。

「シェイド、あっち行ってみよう!」

窓ガラス越しに外からファインの声が聞こえてレインはそちらに顔を向ける。
窓の向こうではシェイドがファインをエスコートしており、その様子をスタッフたちが撮影していた。
それを見た途端、レインの頭の中は急に落ち着きを取り戻したように冴えていき、思った事をそのまま口にした。

「私・・・私は・・・来世もファインとふたごの姉妹として生まれたいです」
「うん」
「ファインと一緒にいっぱい遊んで沢山の人と友達になって・・・」
「うん」
「そして―――またブライト様と幸せになりたいです」

ゆっくりと振り返ったレインの表情はとても大人びていて、磨き上げた宝石のように美しく輝いていたものだからブライトは言葉を失う。
今度はブライトが今の気持ちをどう表現すれば良いか分からず戸惑う番だった。
いつもなら頭に浮かんだ言葉を素直に口にするのに今は何も浮かんでこない。
浮かんできたとしてもそれでは不十分で伝わらない気がした。
そうしてブライトが戸惑っているとレインが途端に少し面白くなさそうに唇を尖らせた。

「ま、ファインのついでにシェイドが一緒に来ちゃうかもですけど」
「シェイドは嫌?」
「ファインを幸せに出来るのは悔しいけどシェイドしかいないだろうけどそれでもやっぱり不安なんです。仕事にかまけてほったらかしにしそうで」
「あぁ、彼は仕事人間な所があるからねぇ」
「ファインは優しいから我慢してあげそうなんですけどそれで疲れちゃわないか心配で・・・」
「じゃあ、もしもファインがそういう風になったら僕がレインと一緒にシェイドを怒ってあげるよ」
「本当ですか?」
「勿論だよ。レインにとって大切な人は僕にとっても大切だからね。一緒にガツンと怒ろうか」
「はい!その時が楽しみですね!」
「うん、今の内にどう怒るか考えておこうか」

空気が和やかになり、二人でおかしそうに笑っていると教会の扉が控え目に開いてハーミィが顔を覗かせた。

「・・・お取込み中ですか?」

「い、いえ!大丈夫です!」
「鐘の方は大丈夫ですか?ハーミィさん」

「はい、結局原因はよく分からなかったのですが誤作動という事で片付きました。次はファイン様とシェイド様の撮影になりますのでレイン様とブライト様はエメラルドガーデンへ移動をお願いします」

「はい!」
「分かりました。行こうか、レイン」
「はい、ブライト様!」

どちらからともなく手を繋いでレインとブライトはエメラルドの教会を後にするのだった。
それと入れ替わりで今度はファインとシェイドが教会の中に入ってくる。

「へ~、これがエメラルドの教会か~」
「他と比べてシンプルだな」

二人で軽く内装を眺めながら祭壇の前まで移動する。
そこでハーミィがレインとブライトにしたのと同じ指示を二人に出した。

「それではファイン様、シェイド様、向き合って下さい。ファイン様はブーケを胸元まで持ってシェイド様はファイン様の両肩を掴んで下さい」

「こうか?」
「うひゃっ!?」

やはりと言うべきか、ファインもシェイドに肩を触られてビクリと震える。

「悪い、痛かったか?」
「う、ううん、平気。ちょっとビックリしただけ・・・」

「お二人共、もう少しだけ距離を詰めてお顔を近付けていただいても宜しいでしょうか?」

「・・・本当にその必要はあるんですか?」

「勿論あります。別にそのまま勢いでキスしてくれたらいいのにとかそんな事は微塵も考えてないのであしからず」

「本音が駄々洩れなんですが」

「気の所為ですよ。ささ、顔を合わせて下さい」

シェイドは心底疑わし気な視線をハーミィに向けた後、ファインと目を合わせた。
身長差の所為もあって見上げて来る真っ赤な瞳は緊張の為か熱を帯びて潤んでおり、危険な何かを孕んでいた。
ここで目を逸らしたら負けだ、と自分に言い聞かせてなんとか心を落ち着けようと奮闘する。
その所為で知らずの内にファインの肩を掴む手に力がこもってしまっていた事にシェイドは気付いていなかった。

(シェイドも・・・緊張してるんだ・・・)

他人の機微に聡いファインはシェイドの緊張を悟ると少しだけ嬉しくなって自身の緊張が解れるのを感じた。
その影響でファインの表情が幾分か和らぐと至近距離で見ていたシェイドにもそれが伝染してファインの肩を掴む力が少し緩くなった。
百戦錬磨のカメラマンは二人の表情、雰囲気の変化を肌で感じ取るとすかさずシャッターを切った。
最高の一枚がまた撮れた瞬間である。

「お疲れ様です。最後にこのエメラルドを祭壇に置く所を撮って撮影は終了となります」

「さっきスタッフさんが説明してた、誓いの証として女神様に祈りを込めてエメラルドを捧げるんですよね?」

「その通りです、ファイン様。それがこのエメラルドの教会で必ず行われるしきたりです」

「じゃあ置くか」
「うん!」

二人同時に祭壇にエメラルドを置いたその時―――


ガラーン・・・ガラーン・・・ガラーン・・・


またしても教会の鐘が鳴り響いた。
ファインもシェイドも不思議そうに天井を見上げ、ハーミィもやや驚いたように再度天井を見上げる。
鐘は同じように三十秒間たっぷり美しい音色を奏でるとその音を潜めた。

「おかしいわね、また誤動作かしら?」

「またって事はさっきのレイン達が撮影してた時に鳴った鐘もそうなんですか?」

「はい。また様子を見てきますのでここで少々お待ちください」

ハーミィがパタパタと出て行くとカメラマンたちも「よぉし、撤収だ~」などとやや棒読み気味に言い合いながらセットを素早く片付けて教会から出て行った。
スタッフたちのあからさま過ぎる撤収の仕方にツッコミを入れたいシェイドだったがもう疲れたので軽く溜息を吐く程度に留めた。

「そういえば鐘の音を最後まで聴くと来世も一緒なんだってね」
「らしいな。俺はあんまりそういうのは信じないが」
「来世の事なんて分かんないもんね。でも、もしもそうだったら―――アタシは嬉しいな」

ふわりと花が綻んだような笑顔を浮かべるファインにシェイドは思わず見惚れる。
普段が活発で騒がしい事もあってふとした瞬間にこうした顔をされるとギャップが凄まじい。

「見て、ブライト様!綺麗なお花!」

窓ガラス越しに聞こえたレインの声にファインが振り返る。
すると窓の向こうではレインがブライトと手を繋ぎながらエメラルドガーデンに咲く花を二人で仲良く眺めている所だった。
その光景にファインは宝物を見つめるように目を細め、素直に思った事を口にした。

「アタシはね、来世もレインとふたごの姉妹で生まれたいの」
「それで?」
「レインといっぱい遊んで美味しい物をいっぱい食べて色んな所にいって友達を沢山作るの」
「それから?」
「それから・・・その中から・・・シェイドを見つけるんだ」

赤く染まる頬がいじらしい。
けれど素直な性分ではないシェイドは少し捻くれた言葉を返す。

「いつ見つけられるか見物だな」
「ぜ~ったいに見つけるんだから!」
「お前は無駄に勘が鋭いから隠れるのに苦労しそうだ」
「無駄は余計だよ!」
「だがレインとブライトもついて来るのは面倒だな」
「何で?楽しいじゃん」
「率直に言って疲れる。お前一人でも騒がしいのにあの二人が来たらもっと騒がしいだろ」
「まぁまぁ、楽しくていいじゃない」
「百歩譲ってついて来るのはいいが俺を探して見つけるのはお前だけがやれ。俺は―――待ってるからな」
「うん。絶対にアタシが見つけるから―――待っててね」

ファインはシェイドの右手を両手で握り、その後からシェイドの左手がファインの手に重ねられる。
言葉こそないものの、見つめ合う事でお互いの心を語らう。
愛しいという感情を二人は分かち合った。

「そろそろ行くか」
「うん!」

シェイドとファインは片手を離し合うが残った方の片手は繋いだまま教会を出て行く。
扉の外では鐘の確認を終えたハーミィが教会に入るタイミングを見計らっている所であった。








続く
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