飾り立てるもの

プラチナチャペルでの撮影を終えた四人は昼食を兼ねたケーキ入刀の撮影に臨んでいた。
太陽の光が差し込む明るくて美しい披露宴会場での撮影だ。
上品な花の刺繍が施された真っ白なテーブルクロスが敷かれた長テーブルの上に置かれた二つの大きな長方形のウェディングケーキ。
花畑を思わせるようなカットが様々なフルーツに施されており、ケーキの真ん中に置かれたシェイドとファイン、ブライトとレインを象る人形を囲んでいた。
いつものレインならその美しいデコレーションに目を奪われ、いつものファインならその美味しそうなケーキに目を奪われている所だが今は状況が違う。
ケーキ入刀をした後に食べさせ合わなければならないのだ。
レインはブライトと、ファインはシェイドと。
午前に散々慌てたり焦ったり甘い想いをしたとはいえ、やはりそれとこれとは別で緊張するものは緊張してしまう。
今だってケーキナイフを一緒に持って入刀のポーズを取っているが心臓バクバクだ。

「はい、良いお写真が撮れました!次は席に座ってケーキの食べさせ合いをお願いします」

((き、きたーーーー!!))

とうとうやってきてしまったこの時を前にファインとレインは赤い顔を俯かせて椅子に座る。
座っている順番はブライト、レイン、ファイン、シェイドの順だ。
スタッフがやってくるとサクサクとケーキの一部を切り分けて皿に乗せ、フォークと共にファインとレインに渡す。
最初はファインとレインから食べさせ合うようだ。

「こ、このくらいの大きさでいいかしら?」
「うん、それくらいが丁度良いね」
「このくらい、かな?」
「いや大きいだろ」

レインもファインも震える手で切り分ける大きさを調整してそっとフォークを差し入れる。
そしてしっかりと切り分けたケーキにフォークを刺して持ち上げた。

「それでは、あーんってしてあげて下さい!」

「「あ、あーん!?」」

ハーミィの悪意なき純粋な冷やかしがファインとレインを暴走させ、二人のフォークを差し出す腕の勢いを強くさせる。

「うわっ!?」
「あぶなっ!?」

ヒュッ、と空を切る音と共に王子二人はフォークの一閃を寸での所で避ける。
掠めた髪の毛が一本、ハラリと舞い落ちた。

「あの、あまり煽らないで下さい・・・」
「命の危険があるので・・・」

「も、申し訳ございません・・・」

ファインとレインが対になるようなポーズで鋭くフォークを突き出しているのを見てハーミィは顔を引きつらせながら謝罪する。
ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスでかなりのお転婆姫と聞いていたがハーミィにとってその由来が分かった瞬間であった。

「で、では気を取り直してもう一度撮り直しましょう」

「「ごめんなさ~い」」
「レ、レイン、あまり行儀は良くないけど僕の方から食べに行くからレインはフォークを持って動かないでいてくれるかな?」
「うぅ、分かりましたぁ・・・」
「お前も絶対に動かすなよ」
「うぅ、分かったぁ・・・」

しかしせめて写真写り良く、そして食べやすいようにと二人は角度調整などをして今度はゆっくりとケーキを刺したフォークを差し出す。
そのまま二人に暴走する気配がないのを確認するとシェイドとブライトはケーキを食べた。
その瞬間にシャッターが何回も降ろされる音が四人の耳に届く。

「ありがとうございます。一発で綺麗なお写真が撮れました」

「「何よりです」」

王子二人の心の底からの言葉にファインとレインは気まずさから顔を俯かせる。

「ささ、気を取り直して今度はシェイド様とブライト様がファイン様とレイン様に食べさせてあげて下さい」

ハーミィの指示に従い、シェイドとブライトはファインとレインからフォークとケーキを乗せた皿を受け取ると一口サイズにケーキをフォークで切り分けた。

「このくらいの大きさで大丈夫かい?」
「はい!流石ブライト様!」
「ほら、顔を上げないと食べられないだろ」
「う、うん」

「準備はいいですね?それでは、あーんって食べて下さい」

「「あーん!!」」

二人は口元に運ばれたケーキをパクリと食べるとその甘さと美味しさに顔を蕩けさせて頬を抑えた。

「「美味しい~!」」

素直な感想を素直に表現する二人にシェイドもブライトも自然と穏やかな表情になる。
同時にカシャカシャとシャッターの切る音が忙しなく鳴り、これは一発で撮れただろうと思った矢先。

「あ、申し訳ございません!上手く撮れなかったようですのでもう一度お願いします~!」

((嘘だな))

ハーミィのわざとらしいリテイクにシェイドもブライトも一発でその心内を見抜いた。
この女性、シェイドとブライトがファインとレインとイチャイチャしている姿をとことん楽しんでいる。
分かっていないのは本当にやり直しだと思ってまた緊張しながらリテイクに臨む目の前のふたごのプリンセスくらいだ。

「ではもう一度!」

「「あ~ん!!」」

けれどまぁ、この幸せそうな顔がまた見れるならいいか、とシェイドもブライトもリテイクを受け入れるのだった。

「はい、ありがとうございます!午前の撮影お疲れ様でした!一時間の休憩に入らせていただきますのでどうぞケーキを食べながらお寛ぎ下さい。宜しければコーヒーやお紅茶などご用意しますが如何致しましょう?」

「じゃあ私は紅茶でお願いします」
「アタシもー!」
「僕はコーヒーでお願いします」
「俺もコーヒーで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

ハーミィがスタッフに向けて午前の撮影の終了を伝えるとそれまで漂っていた撮影特有の緊張した雰囲気は緩み、和やかなムードが流れる。
撮影担当の者たちは機材の運搬や片付けを始め、他のスタッフはシェイドとブライト用の皿とフォークを用意したりケーキの残りを全て綺麗に切り分けてくれる。
そうこうしている間に紅茶とコーヒーも用意され、最後にハーミィが「では、ごゆっくりどうぞ」と言って退室すると披露宴会場には四人だけが残された。
広い披露宴会場に四人だけというのは寂しさと侘しさがあったが長かった撮影の午前の部が一旦終わった事で四人の緊張の糸も切れて同時に大きく息を吐いた。

「とりあえず午前の撮影は終わったわね~」
「そうだね~」
「色々疲れたな」
「ケーキでも食べながらゆっくり休もうか」
「そうだった!ケーキケーキ!シェイドはどれくらい食べる?」
「この一ピースで十分だ」
「ブライト様はどうしますか?」
「僕もこの一ピースで十分だよ。残りはレインが食べていいよ」
「ありがとうございます!」
「いっただっきまーす!」

ファインとレインはそれぞれにケーキを皿に乗せるとパクパクと食べ始めた。
甘い物があまり得意ではないシェイドも、シェイドよりは甘い物は好きではあるがそんなに多くは食べられないブライトもケーキの一ピースが丁度良かった。
それに対してふたご姫はまるで胸焼けとは無縁だと言わんばかりにどんどんとケーキを平らげて行く。
いつかどこかで女は甘い物で出来ていると聞いた事があるがそれがこれなのだろうか、なんてシェイドとブライトはぼんやりと考えるのだった。

「あ、お人形さん、砂糖じゃなくてプラスチックなんだね」
「そうみたいね。ハーミィさんに相談して貰えないか後で聞いてみましょう」

二人は笑い合うとそれぞれの人形をウェディングケーキを乗せてるトレーの比較的に汚れていないスペースに置いた。

((持って帰るのか))

王子二人は心の中で少し照れる。
持って帰ってきっと寮の自室に飾るのだろう。
その光景を思い浮かべてなんともむずがゆい気持ちになり、それを誤魔化す為に二人はコーヒーを同時に口に含む。
しかしブラックコーヒーはこの甘い気持ちを中和してくれそうにはなかった。
それから程なくして休憩タイムは終わり、午後の撮影に突入する。
その際にファインとレインがウェディングケーキに乗っていた人形を貰えないかどうかハーミィに相談した所、ハーミィは「生クリームを拭き取ってお渡ししますね」と言って人形を回収するとスタッフに小声で何かを伝えてからそれを渡すのだった。

「お次は『黄昏の箱庭』でお撮影になります」
「『黄昏の箱庭』?」
「そこも教会なんですか?」
「はい。ハザマ星という一年中黄昏時の星があり、そこで採取したガラス素材を使った教会になります。いついかなる時も太陽や月の光を黄昏の光に変えて会場を黄昏時に彩るのです」

長い廊下を歩いた先に待ち受ける大きな扉をハーミィが開き、それに続いて中に入る。
開かれた会場の中は真っ暗で何も見えなかったが、ハーミィが手元に持っていたリモコンのボタンを押すと途端に会場の外周を覆っていた板がパタパタと綺麗に折りたたまれていき、会場に光を通した。

「「すご~い!!」」

目の前に広がる光景にファインとレインが感嘆の声を上げる。
今はまだお昼を過ぎたばかりで外は青空の筈が会場はハーミィの説明通り黄昏時に彩られていた。
朝と夜の間、オレンジと黄色と白が世界を染める時間。
会場を飾る花々は蕾から一気に開花していき、白と淡いオレンジ色の花を咲かせる。
そしてその花からは光の粒で構成された美しき蝶が現れて会場を優雅に飛び交う。

「この会場に飾られている植物も全てハザマ星から入荷したもので黄昏時にしか花を咲かせないのです。また、その花から誕生する蝶も黄昏時にしか見えない蝶なのです」

会場に魅入る四人にハーミィが淀みなく説明をする。
と、そこで鳥の鳴き声を聞きつけたファインがそちらに目を向け、四匹の小鳥を見つけて指をさす。

「あ、見て見て!鳥さんがいるよ!」
「本当だわ!二匹ずつ寄り添ってるわね。カップルかしら?」

四匹の小鳥は祭壇の上でそれぞれ二組になってピッタリと寄り添っている。
そして互いに毛繕いしたり体を摺り寄せるその姿はレインの言う通りカップルのように見えた。
その小鳥のカップルを見てハーミィが驚きの声を上げる。

「まぁ!あれはトワイライトバード!黄昏時にしか姿を見る事が出来ない上に滅多に人前に現れないと言われる幻の鳥です!それがしかも四匹でカップルとして姿を現すだなんて・・・!」
「そんな凄い鳥さんなの!?」
「じゃあそれを見れた私達って超ラッキーなんじゃないかしら?」
「ラッキーだなんてものではありません、もはや奇跡です!カップルとして現れたトワイライトバードは恐らくファイン様とシェイド様、レイン様とブライト様が結婚するのだと思ってお祝いに来たのだと思います!そんな奇跡の塊であるトワイライトバードに祝福されるなんて本当にお似合いのカップルなんです・・・ね?」

最後に疑問符が付いたのは四人が沈黙していたから。
ファインとレインは耳まで顔を赤くして湯気を出しており、ブライトは上を、シェイドは横を向いて顔を逸らしていたから。
そんな四人の様子にハーミィは目をぱちぱちと瞬かせると僅かに首を傾げて一言。

「もしてかして・・・付き合ってらっしゃらない?」
「俺達全員・・・」
「今の肩書は『友達』です・・・」
「ええっ!!?」

ハーミィはまるでこの世のものではないものを見るような驚愕の表情で大きな声を出した。

「あ、あんなにそれぞれ二人だけの世界を作ってさりげなく将来の話をしていたのにですか!!?」
「「「「はい・・・」」」」
「ど、どうりで・・・!いつになったら撮影の最中にどさくさに紛れてキスをするのかと思ってたら!」
「ご、ご期待に沿えずすいません・・・?」
「スタッフと示し合わせて強引にキスさせようと画策してたから危ない所だった・・・」
「気を付けろ、この人油断ならないぞ」
「もうこの際だからここで本当の結婚式を挙げるのは如何でしょうか?」
「ハーミィさん落ち着いて下さい」
「もしかしてハーミィさんもハーミィさんでパニックになってるのか?」
「あ、あのハーミィさん!このままだと収拾がつかないと思うので!」
「撮影しませんか!?」
「そ、そうですね、そうしましょう!この会場ではダブル挙式をコンセプトに撮影をさせていただきますのでどうぞ祭壇の前までお越し下さい!」

ハーミィに促されて最初にレインとブライトが手を取りながら祭壇前まで移動し、次にファインとシェイドが移動する。
が、先程の出来事で両者共にぎこちなくなっており、微妙な距離が出来ていた。
祭壇の前に並んでもファインとレインはやはり俯いており、シェイドとブライトも忙しなく視線を彷徨わせている。
ピィピィとトワイライトバードが奏でる無垢な鳴き声が四人の気恥ずかしさを助長した。

「そ、それでは向き合って下さい!」

ハーミィの指示に従ってとりあえずは向き合う四人だがとちらも恥ずかしそうに俯いたり顔を背けたりしていて中々視線を合わせようとしない。

「えーっと・・・そ、そうです!深呼吸しましょう!深呼吸して一旦落ち着きましょう!」

ハーミィが提案して四人は深呼吸するもやっぱり顔を合わせられなかった。
その後、およそ十分もの時間をかけて漸く四人はそれぞれ顔を合わせる事は出来なかったが表情がぎこちなくて何度もリテイクとなった。
黄昏の箱庭での撮影が終わったのはそこから一時間半もしてからだったとか。









続く
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