飾り立てるもの

いよいよやってきたパンフレット撮影会の日。
四人はロイヤルブライダル社所有のハピウェイ星にやってきていた。
雰囲気を出す為というスタッフの粋な計らいでファインとレイン、シェイドとブライトは撮影用の着替え室ではなく本物の控え室で準備をする事となった。
現在、準備を終えたファインとレインは控室で椅子に座ってシェイドとブライトが来るのを待っている。

「お二人共、とても綺麗でプモ!」
「ピュ~ピュ!」
「キュ~キュ!」
「「あ、ありがとう・・・!」」

ファインとレインを交互に見やりながらプーモが賛辞を述べ、ピュピュとキュキュが体全体を使ってそれに賛同する。
褒められた二人は照れ臭そうに小さく俯くとお礼を述べた。
ファインのドレスはうっすらと赤みがかっており、身に付けているデコールも赤やピンクを基調としている。
対するレインのドレスはうっすらと青みがかっており、身に付けているデコールは青や黄色が基調となっている。
どちらも化粧は薄く添える程度のものだが二人の魅力を引き出すには十分だった。

「ただの撮影会なのになんか緊張するね」
「そうね。ドレスやデコールが本格的だからかしら?」
「アタシたちが結婚する時もこうやって一緒だといいね」
「ダブル挙式ってやつね?素敵ね、ロマンチックだわ~!」
「ケーキはどうなるかな?二つ用意されるのかな?」
「そりゃそうよ、二組で一つは納得いかないわ。ヴァージンロードを歩く時は二人でお父様の腕を取って歩く事になるのかしら?」
「もしもそうだったらお父様大変だね」
「ウフフ、そうね」
「お料理を食べた後は記念撮影をして」
「みんなにいっぱいおめでとうって言われて」
「二次会を開いて」
「みんなでいっぱい騒いで」
「それで全部終わったら・・・」
「次の日が来て・・・」
「アタシ達は・・・」
「離れ離れになるわね・・・」

先程までの緊張した雰囲気から一転、暗くどんよりとした空気になって二人は悲しそうに俯く。
そんな二人の様子に呆れてプーモは溜息を吐いた。

「結婚なんてまだまだ先の話なのに何を暗くなっているでプモか」
「だってアタシ達離れ離れになっちゃうんだよ?」
「ずっと一緒だったのに・・・」
「だからそれはまだずっと先の話でプモ。その頃にはお二人の心の整理もついているでプモ」
「そんな事言われたって・・・」
「寂しいものは寂しいわよ・・・」

はぁ、と重く溜息を吐く二人を見てプーモは「姉妹の絆が深過ぎるのも考えものでプモ」と内心呟くのだった。
今にも泣きだしそうな二人を気遣ってピュピュとキュキュが心配そうにそれぞれの頭を髪型が崩れないように気遣いながら撫でた時、コンコンコンと控え目な二つのノックが鳴った。





「どうだいシェイド?似合うかい?」
「・・・何故それを俺に聞くんだ?」

シェイドは腕を組んで浮足立つブライトを冷ややかな目で見た。
別室でタキシードに着替え、スタッフによって髪型を相応しいものにセットしてもらった二人。
ブライトは白のタキシードでシェイドは黒のタキシードというシンプルに対のデザインとなっている。
ふたご姫の準備が整うまでこの別室で待機するようにと言われていたのだが、その間に鏡であらゆる角度から自分を眺めながらブライトが発したのが先程のセリフだった。

「どこか乱れていたりおかしな所があったら大変だろう?レインに恥をかかせたくないんだ」
「安心しろ、言動以外どこも変じゃないぞ」
「本当かい?」
「強いて言うならその無駄に決めたポーズを取りながら鏡を確認するのをやめろ。腹が立つ」
「何を言っているんだ、ちゃんとしっかり色んな角度からおかしな所がないか確認しているんだぞ!」
「そうか、俺にはふざけているようにしか見えなかったもんでな」

シェイドが呆れて溜息を吐くとブライトは朗らかに笑った。

「あはは!シェイドとこんな風に楽しくお喋りが出来るなら本番になってもきっと緊張は和らぐだろうね」
「本番?」
「やだなぁ、本当に結婚式を挙げる時の話だよ。その時はお互い頑張ろうね」
「ま、待て!色々ツッコミ所はあるがこれだけは言わせろ!同時に式を挙げるのか!?」
「え?うん?そうだけど?その方がロマンチックで素敵だろう?」
「・・・お前なぁ・・・いや、もういい・・・」
「?」

このまま追及しては自分が火傷すると悟ったシェイドはそこで話題を打ち切った。
いつか本当に式を挙げる時の話をするとは何とも気の早い話である。
王族である自分達が今の年齢から結婚をするなんてのは珍しいケースではないが、あくまでも政略結婚などが絡んだ場合に限る。
だが今の所はそんな話はこちらもふたご姫も浮上していないので心配する必要はないと思っている。
それよりもこのまま腰を据えてじっくり時間をかけて互いの気持ちを深めるべきだ、とそこまで考えてシェイドは急に気恥ずかしくなり、思考を打ち切った。

(何を考えてるんだ俺は)

しかしファインの顔が後から後から浮かんできて頭の中を埋め尽くしていく。
鏡を見なくても今の自分の顔が赤くなっているのが分かった。

「あれ?シェイド顔赤くない?」
「気の所為だ!」
「そうかな?」
「そうだ!」

「失礼します。プリンセス様達の準備が整いました。どうぞ花嫁控え室へ移動願います」

ブライトに追及されそうになった時、スタッフが入ってきてそう告げた。
助かった、と内心胸を撫で下ろしながらシェイドはブライトと共に花嫁控え室へ足を運ぶ。
そうして辿り着いた花嫁控え室の大きな扉を前に二人は立ち尽くした。

「これは冗談じゃないんだけどさ・・・本番じゃないのになんだかドキドキするね」
「そう、だな・・・」

これにはシェイドも同意する。
ただの撮影会なのにこうも緊張してしまうのは一重にスタッフの計らいによる本番に即した準備の所為だろう。
撮影用の簡易着替え室ではなく、本物の会場の本物の控え室で準備をしたのだ、嫌でも本物の空気や雰囲気に当てられてしまう。
二人は同時に深呼吸すると顔を見合わせて頷き合い、そして同時に大きな木製の扉をノックした。

「「どうぞ・・・」」

「「ん?」」

緊張した声を想定していたらそれとは真逆の暗く沈んだような声が返ってきてブライトもシェイドも首を傾げる。
何事だろうと目で会話をして同時に扉を開け放った。
するとーーー

「れ、レイン!?」
「一体何があったんだ?」

今にも泣き出しそうなレインと瞳いっぱいに涙を溜めて俯くファインがそれぞれの目に飛び込んだ。
ブライトは慌ててレインに、シェイドは心配そうにファインの傍に駆けつけて気遣う。
そこにプーモが二組の中間距離にフワフワと浮遊してきて呆れたように説明をする。

「将来結婚したら離れ離れになる事を憂いて悲しんでいるでプモ」
「呆れたな。今からそれでどうするんだ」
「だってぇ・・・」

同じように呆れて溜息を吐くシェイドに涙混じりに呟くファイン。

「でも同じふしぎ星にいるならいつでも会えるだろう?」
「毎日会えないのが辛いんです・・・」

苦笑を浮かべるブライトと更に俯いてしまうレイン。
ブライトもシェイドもまた、プーモと同じようにふたご姫の姉妹としての絆の深さに内心頭を抱えるのであった。

「よしよし、レインはファインとずっと一緒だったからね。寂しくなるのも仕方ないさ」
「うぅ・・・」
「でもね、ファインの心はずっとレインと共にあるよ。それに二人が作ってきた楽しい思い出がレインを慰めてくれる筈さ。それでも辛かったら僕に相談して欲しい。僕がレインの涙を拭くハンカチになるよ」
「ブライト様・・・!」
「さぁプリンセスレイン、もう涙はしまおう?レインにとって一番の化粧である笑顔が台無しだよ」
「はい、ありがとうございます・・・!」

(俺達は一体何を見せられているのか・・・)

ブライトの通常運転ぶりにシェイドはげんなりとした表情を浮かべ、プーモは胸焼けを起こしたような顔で沈んでいく。
天使達は顔を赤らめて騒いでおり、どうやらブライトの言動が胸に刺さったらしい。
シェイドは軽く息を吐くと改めて俯くファインを見下ろして言った。

「先の話をしても仕方ないだろ」
「でもいつか絶対に来るじゃん」
「なら、その時に備えてお前はレインから離れる練習でもするんだな」
「やだ・・・レインと離れたくない」
「着いて行くつもりか?」
「・・・それいいかも」
「はぁ、何を馬鹿な事を―――」
「シェイドも一緒にどう?きっと楽しいよ」

瞳を潤ませながら小さく笑うファインにシェイドは面喰らう。
不意打ちでこれはやめて欲しい、心臓に悪い。
動揺を悟られまいと軽く咳払いするとシェイドは僅かに視線を逸らしつつ続けた。

「言っておくが俺は宝石の国に行くつもりはないからな」
「あはは、冗談だよ」
「お前の行き先を宝石の国にさせるつもりもないからな」
「えっと・・・それって・・・?」
「分からないならいい」

わざと素っ気なく顔を背ける。
するとシェイドの思惑通りファインが慌てた。

「わー!ウソウソ!分かる!分かる、か、ら・・・」

意味を理解してしまい、そしてそれを「分かる」と大きな声で言ってしまった事の意味に気付いてファインはボンッと一瞬にして顔を沸騰させた。
お陰で瞳に溜っていた涙は引っ込んで零れる心配はなくなった。
代わりに顔を上げられなくなったが。

「ファイン、私は意味が分からなかったから教えてくれる?」
「あ、僕も教えて欲しいなぁ」
「へぇっ!?」
「だそうだ、教えてやったらどうだ?」
「ななななな何でみんなして意地悪するの~!?」

涙目になってファインが叫ぶとファイン以外の全員が笑った。
沈むような空気から和やかな空気に変わったタイミングで再び扉を叩くノック音がする。
今度は一つだ。
ブライトが「どうぞ」と入室を促すと扉が開いてハーミィが顔を出した。

「失礼致します、プリンセス様、プリンス様。撮影の時間になりましたのでご準備を・・・まぁ!」

控え室に入るなりハーミィは驚きの声を上げて瞳を輝かせる。
それはまるでこの世の楽園を見つけたかのような表情だった。

「とてもよく似合っていらっしゃいます!まさにベストカップルという感じで・・・!」
「「かか、カップル〜!?」」

まだ付き合ってすらいないというのにとんでもない爆弾発言をされてファインもレインも慌てる。
対するブライトは照れたように頬を掻き、シェイドは無言で顔を逸らした。
しかしそんな四人に構わずハーミィはまるで夢を見ているかのように言葉を続ける。

「あぁ、もう見ているだけで幸せが伝わって来ます・・・!こんな結婚式を迎えたい、こんな風に幸せな空気に包まれたい、そう思える雰囲気が凄く出ています!」
「なんか暴走し始めたぞ」
「レイン様に通ずるものがあるでプモ」
「これをパンフレットで終わらせるのは勿体ないです!あの、図々しいのは承知しております、どうかカタログの撮影にも協力していただけませんか?」
「カタログの撮影をした場合、今とどう違ってくるんですか?」
「パンフレットの撮影だったら半日で終わる予定だったんですがカタログだと一日お時間をいただく事になります。その代わり、相応の御礼もしますのでどうかお願いします!」

説明を求めたブライトにハーミィが答えると共に最後に頭を下げてきた。
半日も一日も大した差じゃない、そんな風に四人は顔を見合わせると頷き、ブライトが代表して返答をする。

「分かりました、喜んで引き受けさせていただきます」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
「ちなみにお昼ご飯はどうなりますかー?」

食いしん坊なファインらしい質問にシェイドは呆れて溜息を吐く。

「お前はどこまでいってもそれだな・・・」
「だってお昼はみんなでどっか適当なお店で食べるって話してたじゃない。それが一日になるんだから用意してもらえるのかなーって」
「申し訳ないのですがご昼食はケーキになります」
「ケーキ!?やったー!!」
「でも何でケーキなんですか?」

喜ぶファインの横でレインが尋ねる。

「それは勿論、カタログ撮影でケーキ入刀の様子も撮影するからです。それに流石にウェディングドレスを着たままお料理をお召し上がりなってはドレスが汚れてしまいます。お着替えしていただくにも時間がかかってしまいますので何卒ご了承下さい」
「アタシは全然大丈夫でーす!」
「お前はな」
「ちなみにお互いにケーキを食べさせ合うシーンも撮影させていただきますので」
「「「「え・・・?」」」」

ハーミィの次なるナチュラル爆弾に四人は目が点になる。
それから四人の思考は完全に停止し、理解するのをやめた。
いや、理解してしまっては負けだと思って理解するのを拒否しているのだ。
更に言えばこの先の撮影でどんな爆弾が待ち受けているか分からない事を察した。
恐らくこの他にも様々なリクエストや撮影協力を求められるであろう。
その内容を想像して四人が沈黙する中、ハーミィはまるで何でもない風に最終確認をしてきた。

「他に何かご質問などありますでしょうか?」
「あの、お昼ご飯には僕達にもケーキを用意していただけないでプモか?出来れば生クリームたっぷりのホールケーキでお願いしますプモ」
「かしこまりました。出来上がり次第、この控え室にお持ち致しますね」
「感謝しますでプモ」

プーモはペコリとお辞儀をすると天使達の元に浮遊した。

「さぁさぁ、ファイン様とレイン様達は撮影のお時間でプモ。僕達はここで大人しく遊んでるでプモ」
「ピュピュ〜!」
「キュキュ〜?」
「ああ、大丈夫でプモ。今ファイン様達は思考回路がショートしてるだけでプモ。すぐに立ち直るから心配する必要はないでプモ」

多分、という言葉を心の中で付け足してプーモは天使達とお絵描きを始める。
プーモはこれ以上カップル未満の四人による砂糖飽和レベルの空気には付き合いきれなくて若干投げやりになっているのだった。








続く
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