毎日がプリンセスパーティー

「い~~~や~~~だ~~~!!」
「ぜったいにイヤ~~~!!」

バン・ジョー先生の時計事件の直後、予防注射という名の死の宣告を前にファインとレインは悪足掻きをしていた。
レインはアルテッサに、ファインはシェイドに手を引っ張られるも全力で反対方向に逃げようとする。
普段レインはあまり力がない癖にこんな時ばっかりは全力で引っ張ってくるアルテッサを引っ張り返して引き摺り、ファインも男のシェイドを徐々に引き摺る程の力を発揮していた。

「観念なさい!!」
「そうよレイン!アルテッサだって全力で怯えた顔で注射を受けたんだから貴女も受けないと!」
「怯えた顔でなんか受けてませんわ!!」
「い~~~や~~~!!」
「悪足掻きもそこまでにしろ!」
「予防注射は自分の体を守る為にするのよ?かのウンチーク様も言っていたわ。注射の痛みはタンスの角に小指をぶつける痛みに及ばずって」
「や~~~だ~~~!!」

ソフィーやアルテッサ、シフォンやシェイドがどれだけ説得しようと悪足掻きをやめないファインとレイン。
傍で見ているプーモは呆れ果て、ピュピュとキュキュはお祭り騒ぎではしゃいでいる。
しかしそこでシェイドがある事を閃いてソフィーに話を持ち掛ける。

「ソフィー、ブライトを連れて来い。レインはそれで何とかなる筈だ」
「はーい」

ソフィーは楽しそうに頷くと走ってブライトを呼びに行く。
ブライトはものの一分でやってきた。

「レイン、どうしたんだい?」
「ブライト様!!」

ブライトの存在を捉えると途端にレインは目をハートにする。
力が僅かに緩んだのを見逃さず、そしてこの好機を逃すまいとアルテッサが流れに乗じる。

「丁度良い所に来ましたわ、お兄様!レインを保健室に連れて行くのを手伝ってくれないかしら?」
「保健室に?どうしてだい?」
「レインはまだ予防注射を受けていませんの。でも注射を怖がっていて」
「ちゅ、注射はイヤ~!」
「でもお兄様が傍に片時も離れずついて下さればレインも勇気が出て受けられると思いますの。そうでしょう?レイン?」

『傍に』『片時も離れず』というワードを強調してニヤリと微笑みながら尋ねるとレインの動きがピタリと止まる。
背を向けたまま無言でいるがアルテッサには分かった。
今、レインが先程のワードを元にブライトとのあれやそれやの妄想をしているのを。
伊達に長い付き合いはしていない。
レインの扱いもその思考も手に取る様に分かる。
そしてレインはアルテッサの予想通り、目をハートにしてあれやそれやを妄想して浮かれていた。

「あぁ〜ブライト様が私の傍に片時も離れず一生を添い遂げて下さるなんて〜!」
「都合の良い言葉がレイン様の中で付け足されましたでプモ・・・」
「でも好都合よ。お兄様、レインをエスコートしていただけないかしら?」
「ああ、勿論だよ。レイン、お手をどうぞ」
「ふぁ〜い!」

ブライトに手を引かれ、夢見心地の中レインは保健室へと連行される。
アルテッサ・ソフィー・プーモと天使達はレインの夢が醒めない為に傍で甘言を囁く係として同行した。
あっさりと連れて行かれたレインに顔を引き攣らせながらもファインは抵抗を続ける。

「レインは行ったぞ。後はお前だけだ!」
「レインは自分から行ったんじゃないもん!シェイドの罠に嵌められたんだもん!」
「そうだわ!ファイン、注射頑張ったら放課後にみんなで美味しい物を食べにいきましょう?」
「バカ!シフォン!」
「だったら注射から逃げ切ってから行く〜!」
「何でも食べ物を絡めばいいってもんじゃない!別方向に思考が働いて尚更悪足掻きするだけだ!!」
「ふ、ふしぎふしぎ・・・あ、じゃあファインもシェイドに傍にいてもらうのはどう?」

ピタッとファインの動きが止まる。
抵抗の力も僅かに緩まり、シェイドはそのチャンスを逃さず引き摺り始める。

「注射が怖いのよね?だったらシェイドに傍にいてもらいましょうよ。怖くなったらいつもレインにしてるみたいにしがみ付けばいいじゃない」
「っ!?」

ボンッという破裂音と共にファインの顔が湯気を出して耳まで赤く染まる。
それと同時に抵抗する力は弱まり、力一杯引き摺る必要がなくなったと察知したシェイドはそれでも油断せずにファインを徐々に保健室に引っ張って行く。
シフォンはシフォンで、ファインの抵抗を緩めつつも乙女心を刺激し過ぎてファインが恥ずかしがって逃げない様に慎重に言葉を選びながら語りかける。

「それか手を握ってもらうとか。いいわよね?シェイド」
「別にそれくらいならいいぞ」
「ですって。良かったわね」
「・・・」
「でもブライトみたいな優しさは求めない方がいいわよ?シェイドって厳しいから」
「甘やかすといつまで経っても同じ事の繰り返しになるからな」
「言ってる傍からこれよ。どうする?ファイン」
「・・・えっと・・・あの、その・・・」

もじもじと答えに詰まるファインは見ていてとても甘酸っぱい。
乙女心を利用するのは申し訳ないがこれもファインの為。
シフォンはシェイドと目で会話するとすぐさまファインを保健室に連行するのだった。
保健室ではレインが注射を打った後だったらしく、腕を捲ったまま目をハートにしてブライトの事を見つめていた。
お陰で折角やって来たファインに注射が打てないとメディカール先生が困り果てている。

「どうしたものかしらね・・・」
「メディカール先生、お手数ですがこちらに移動して注射をしてくれませんか?」
「おや、気が利きますね。流石生徒会長シフォン」

シフォンが代わりの場所に椅子などを用意してメディカールに移動を促す。
その間にファインの袖を捲ってアルコール消毒をしようとするが僅かに正気に戻ったファインが最後の抵抗を試みる。

「や、やだやだ〜!注射イヤ〜!」
「暴れないでファイン!アルコール消毒が出来ないわ!」
「私に任せてちょうだい、シフォン」
「アルテッサ?どうするの?」

シフォンの問いには答えずアルテッサはファインの耳元でボソリと一言。

「左上を見上げると良いものが見れますわよ」

「良いもの?」と呟いてファインは素直に左上を見上げる。
ファインの左側には同じく椅子に座っているシェイドがいた。
見上げればシェイドの夜空色の瞳と視線がぶつかる。

「・・・っ!」

美しい夜空の色の瞳。
初めて見つめたのはふしぎ星のおそろしの森で迷った時。
あの時も綺麗だと思ったし胸の鼓動が今と同じで止まらなかった。
昔と比べて優しさを称える瞳は更にファインの胸をかき乱し―――ショートを引き起こした。

「ぷしゅ~・・・」
「あ、ショートしたわ」
「けれど同時に注射も終わりましたからこれで十分ですわ」
「なぁ、ファインはどうしたんだ?」
「ごめんなさい、プリンスシェイド。こればっかりは貴方が時間をかけて理解しなければならない事ですから教えらませんわ」
「?」

こうしてふたご姫の注射騒動は幕を閉じるのだった。









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