かくれんぼの魔女

部屋を出たファインとレインはブライトに追いかけられていた。
しかしそこにシェイドの姿はなく、嫌な予感がして反対側の廊下に逃げ込もうとしたらその廊下の先から回り込んでいたシェイドがこちらに向かって走って来ていた。
このままでは挟み撃ちにされてしまう。
二人は顔を合わせて慌てた。

「どうする!?」
「どうする!?」
「どうしよう!?」
「どうしよう!?」

「レイン!」
「ファイン!」

「「とりあえず逃げ込もう!!」」

二人は目の前にあった一つの部屋に逃げ込んだ。
そこは簡単で手狭な寝室で簡易ベッドと机と椅子があるだけだった。

「「せーの!!」」

二人は力を合わせると扉のすぐ横にあった机を押してバリケードにした。

「ファイン!レイン!」
「ここを開けてくれ!!」

どんどんどん!とシェイドとブライトが強く扉を叩く音が部屋の中に木霊する。
机は大きくはないがそれなりの重厚感があり、ちょっとやそっとでは破られる事はないだろう。
とはいえ、今の二人は袋のネズミ状態。
籠城した所で頭の良いシェイドとブライトの事だ、バリケードを破って突入してくる策を弄してくるのは時間の問題だった。
二人は腕を組んで部屋の中をウロウロしながら突破口はないかと頭を悩ます。

「何か方法はないかな!?」
「きっとある筈よ!探しましょう!この部屋には何がある?」
「簡易ベッドと机と椅子と窓とカーテン!」
「簡易ベッド・・・マットは持ち上げられる?」
「うん!」
「フカフカ?」
「それなりに!」
「じゃあそれで決まりね!」
「え?どうするの?」
「窓の下に落としてそれをクッションにして飛び降りるのよ!」
「え~!?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、今までだって色んな所から落ちたりしたけど無事だったじゃない!クッションもあるから平気よ!それに窓の向こうは丁度裏庭だからブライト様とシェイドを撒けるかもしれないわ!」
「裏庭!最後の砦だね!」
「そうよ!」
「じゃあやろっか!」
「やりましょうか!」
「「えいえいおー!!」」

「・・・なぁ、嫌な予感がするんだが」
「奇遇だね、僕も感じていた所だよ・・・」

扉の向こうから無駄に威勢の良い声が聞こえてシェイドもブライトも青ざめる。
しかしそんな二人の様子など露知らずファインとレインはせっせと窓を開けて簡易ベッドのマットを窓の下に放り投げる。

「「せーの!!」」

耳を澄ませていたシェイドは僅かにボフン、という柔らかいながらも重量感のある衝撃音を聞いて驚きに目を見開く。

「まさかアイツら!!」
「あ、待ってくれシェイド!!」

慌てて隣の部屋に駆け込むシェイドをブライトが追いかける。
扉を蹴破るようにして部屋に入り、窓を開け放ってファインとレインが立て籠っていた方の部屋を向いてシェイドが身を乗り出すようにして顔を出す。
そこに遅れてやってきたブライトが同じように顔を出して隣の部屋の窓を見た。
すると―――

「「それ―!!」」

ファインとレインはそれはそれは何とも可愛らしく楽しそうに無邪気にはしゃぎながら窓から飛び降りていった。

「「っ!!?」」

いくらふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくなプリンセスとはいえ、お転婆が過ぎるにも程がある。
これを見て衝撃を受けない者などいるだろうか。
ふたご姫とは長い付き合いではあるものの、流石のシェイドとブライトも青ざめながら大きく口を開けて言葉を失う他なかった。
プーモがいたら固まって地面に墜落していただろうし、教育係のキャメロットが見たら泡を吹いて倒れていただろう。
それ程までにふたご姫のお転婆パワーは度を超えていた。

「ふぅ!なんとか無事に着地出来たね!」
「そうね!さ、早く逃げましょう!」

能天気な二人の会話で漸く我を取り戻したシェイドとブライトは急いで部屋を出て行った。

「全く!!あの二人はお転婆にも程がある!!」
「元気なのが良い所なんだけど今回はちょっと度が過ぎたね!!」

怒り心頭のシェイドとやんわりとフォローしつつもやはり心配からくる怒りを抑えられないブライト。
本当は二人も同じようにマットを下に放り投げてに窓から飛び出したかったのだが、後でお説教する時に指摘されては都合が悪いのでやらない事にした。
それに裏庭に逃げて行ったのは確実なので危険を冒さずとも一階の裏庭に続く扉から出ればいいだけの話だ。
二人は走るようにして階段を駆け下りると裏庭に続く大きな扉を開け放った。
ミントグリーンを混ぜたような白く幻想的な霧が二人を出迎える。
霧は濃く、先はまるで見通せない。

「今度こそ終わりにするぞ」
「ああ、勿論だよ」

語気を強くして二人は裏庭に力強く足を踏み入れる。
途端、霧が二人を包んだ。

「霧が・・・!?」
「何だ!?」

突然視界を奪われて二人は周りが見えなくなってしまい、お互いの気配さえも見失う。

「ブライト!どこだ!?」

「シェイド?シェイド!」

互いに名前を呼び合うが返事はない。
手を伸ばして探ってみてもつい先程まで隣に居た互いはそこにはいなかった。
だが頭の良い二人はすぐにこれもきっとかくれんぼの魔女の魔法なのだと気付くと落ち着いた。
そして同時に「心配せずとも大丈夫だろう」と互いの事を信じて探すのやめた。
それよりも気掛かりなのは二人を振り回すふたご姫だ。
立ち止まっていても仕方ないのでシェイドとブライトはファインとレインを探してそれぞれに歩き始めた。

「ファイン!どこだ、ファイン!」

怒りを露わにしては怯えて逃げられてしまうのでシェイドはなるべくそれらの感情を抑えてファインの名を呼ぶ。
しかし返事はなく、シェイドは霧の中を赤い髪の少女を探し求めて彷徨い歩く。
その時だった。

『ここま・・・っと・・・ね』
『ええ・・・ょうぶ・・・よ』

(ファインとレインの声?)

霧の中から途切れ途切れではあるがファインとレインの話す声が聞こえてきてシェイドは僅かに声のした方に足を向ける。

『そういえば・・・いつまで・・・いいんだろうね?』
『言われてみれば・・・に聞いて・・・わね』

先程よりも会話の内容がハッキリと聞こえてくるようになった。
どうやら声のする方に向かえば向かうほどファインとレインに近付けているようだ。
二人の声を頼りにシェイドは歩みを進める。

『あーあ、バナナムーンケーキ食べたかったなぁ』
『元気出して、ファイン。ロイヤルワンダープラネットに戻ったら喫茶店に行って一緒にケーキを食べましょう?』
『シェイドの作ったバナナムーンケーキがいいんだもん』

「っ!!」

ピタッとシェイドの足が止まる。

『シェイドは料理が上手なんだよ。お菓子作りも上手で特にバナナムーンケーキがとっても美味しいんだ。食べると凄くハッピーな気持ちになれてさぁ。アタシ、あれだけは特別だなぁ』

「・・・」

シェイドは赤くなっているであろう自分の顔を片手で抑えて沈黙する。
恐らく、というか絶対にファインは自分の話している内容がシェイドに聞かれているとは知らないだろう。
もしも後で全部聞こえていたと話したら耳まで顔を真っ赤にして撃沈するだろう姿が目に浮かんだ。

「・・・ったく」

早く顔の熱が引くのを願いながらシェイドは再びファインの声がする方に向けて歩き出すのだった。




その頃、ブライトも同じようにファインとレインの話す声の方に向けて歩みを進めていた。
最初は朧げにしか聞こえなかった声も今ではハッキリと聴きとれるようになっている。

『私はもう一度ブライト様のピアノの演奏を聴きたいわ』
『そういえばブライトってピアノも弾けるんだね』
『前にアルテッサがブライト様はピアノの演奏も得意って自慢気に話してたわ。前々から聴いてみたかったんだけど今日それが聴けるなんて思ってもみなかったわ~!』

「レイン・・・!」

レインのうっとりとするような声にブライトの心は弾む。

『でも途中からだったのが残念ね。また最初から聴きたいわ』

「キミの為なら何度だって弾くよ」

レインの残念そうな声音に対してブライトは立ち止まり、明るく返す。
きっとこの声は届いていないだろう。
けれども口にせずにはいられなかった。
それ程までにブライトの中でレインへの想いが溢れていた。

『早く後半戦に勝利してシンディーさんから『とっておきのご褒美』を貰って帰りましょう』

「悪いけど負けっぱなしでいる訳にはいかないよ」

ブライトは少し意地悪な笑みを浮かべると青い花が紡ぐ愛らしい声を頼りに再び歩き出した。





「それにしても霧濃いね」
「そうねぇ。こうやって手を繋いで歩いてなかったらすぐにでも逸れている所だったわ」
「でもさ、これだけ濃ければシェイドもブライトもきっと追ってこれないよね!」
「ええ!私達の勝利は確定したも同然よ!」

「それは」
「どうかな」

「「きゃっ!?」」

突然目の前に現れた男性の胸板に二人はぶつかり、そして手を繋いでいない方の手首をガシッと強く掴まれた。

「シェイド!?」
「ブライト様!?」

ファインは不機嫌そうな顔のシェイドに、レインは苦笑交じりの表情のブライトに手首を掴まれていた。
次の瞬間、ボンッという破裂音と共に二人が纏っていた白いドレスは元の学生服に戻り、白いベールも消えてしまう。
これにより二人は敗北を悟って大きな嘆きの声を上げた。

「「つ、捕まっちゃった~~~!!!」」









「で?何か言う事はないのか?」

まさかの敗北にイヤイヤダンスをひとしきり踊った後にガックリと肩を落として芝生の上にへたりこんだ二人にシェイドが厳しい声で尋ねる。
項垂れて涙声になりながらもファインが聞き返す。

「言う事ってぇ?」
「知らない奴について行った事、ずっと逃げ隠れしていた事、壁を走ったりバルコニーを飛び越えたり二階の窓から飛び降りた事だ」
「僕達凄く心配したんだよ?また何か事件に巻き込まれたんじゃないかとか、無茶をした時なんか怪我をするんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
「「ごめんなさ~い」」
「いや、許さん。特にファイン」
「ええっ!?」
「僕も特にレインは許せないかな」
「そんなぁっ!?」
「「イヤイヤイヤ~ン!イヤイヤ~ン!」」

悲しみのイヤイヤダンスを踊るふたご姫にシェイドは呆れの表情をこれでもかと露骨に浮かべ、ブライトは苦笑を漏らす。
そんな時、四人を囲んでいた霧がまるで糸を引かれたように四人から離れて行った。
完全には晴れていないがそれでも四人を取り囲まなくなったのは確かだ。
これにはファインとレインもイヤイヤダンスを中断して辺りを見回す。

「あれ?霧が・・・」
「突然晴れたわ」
「あれを見てくれないか?」

何かに気付いたブライトが指差す方向に目を向けると、その先には庭に設置された白いベンチに座るシンディーとその前に佇むアッドの姿があった。
霧が完全に晴れていないせいでややぼんやりとしているがそれでも二人の姿を認知する事が出来てファインとレインは首を傾げる。

「あの男の人、誰だろう?」
「さぁ?」
「あれはこのミラード国のプリンスアッドだ。あのかくれんぼの魔女を探してロイヤルワンダープラネットまで来ていたんだ」
「ああ、あの人が!」
「追いかけて来ていた人ね!」

合点がいってファインとレインはポンと手を叩く。
そして何やら神妙な雰囲気の二人が気になって四人は口を閉じて静かに耳を澄ました。

「・・・もう知っているかもしれないけれど僕はミラード国のプリンスアッド。貴女は・・・かくれんぼの魔女、ですよね?」
「ええ、そうよ」

まるでガラス玉のように透き通るような声にアッドの胸は高鳴る。
初めて言葉を交わしたあの夜のままの声だった。

「やっぱり・・・!僕はあの日の夜からずっと貴女を探していた」
「知ってるわ。王子様ときたら全然見当違いの方向を探してて何度も笑わせてもらったわ」
「あはは、貴女は本当に意地悪な人だ。名前を教えてくれなかったし、今日みたいに靴すらも残さないで突然消えてしまうのだから」
「だって簡単に見つかったらつまらないじゃない。私はいつだって楽しいのが好きだわ」
「だったら今日の遊びも楽しめたんじゃないかい?」
「それは貴方次第よ、王子様。私の名前は分かったの?」
「勿論さ。かくれんぼの魔女―――シンディーさん」

アッドの口から己の名前を聞いてシンディーはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
それと同時に辺りを囲んでいた霧が一斉に晴れて美しい庭がその正体を現す。
空は白んでおり、夜明けの光が差し込んでアッドとシンディーを照らした。

「はい、私の負けです!」

シンディーがパンッと手を叩くと裏庭一面に花が咲き乱れた。

「花が!?」
「咲いた!?」

驚いたファインとレインは立ち上がるとすぐにシンディーの元に駆け寄った。
その後にシェイドとブライトも続く。

「「シンディーさん!!」」
「ファイン、レイン、お疲れ様」
「あの、シンディーさん」
「実は私達・・・」
「捕まったのよね?知ってるわ。この屋敷は私が作ったんだもの。何が起こったかなんて手に取るように分かるわ。この霧の中で何を話してたかも」

一瞬、シンディーが意味深にシェイドとブライトに目線を送ると二人は居心地悪そうに視線を逸らした。
どうやら二人が霧の中でファインとレインの会話聞いて照れていた事すらも知っているらしい。
何の事か分からずファインとレインが首を傾げているのがせめてもの救いだった。

「そんな訳で『とっておきのご褒美』はお預けでーす」
「「そんな~!!」」
「でもね、それでいいのよ。だって貴女たちにはそんなものは必要ないって証明されたんだから」
「え?」
「どういう事ですか?」
「試合に負けて勝負に勝ったってことよ」
「「??」」
「フフ、二人共可愛いから特別に答えを書いた手紙をあげるわ。帰りの馬車の中で読んでね」

シンディーは涼やかに笑うとステッキを小さく振ってファインとレインの前に一通の手紙を魔法で出現させた。
それをレインが受け止めてファインと共に手紙を眺める。
そしてシンディーはアッドを見上げると言った。

「それで?アッド様は私に何の御用かしら?」

呼び方が『王子様』から『アッド様』に変わった事にアッドは内心舞い上がりながら嬉しそうに告げる。

「あ、あの!シンディーさん!一目見た時から貴女に決めてました!どうか僕と結婚を前提にお付き合いいただけますでしょうか!?」
「いいですよ」
「本当ですか!?」
「ええ、次のかくれんぼで私を見つける事が出来たら、ですけど」
「・・・え?」

一瞬、シンディーの言っている事が理解出来なくてアッドは目を点にする。
対するシンディーはニコニコとした微笑みを崩さぬまま続ける。

「今回のかくれんぼゲームのお題は私を見つけて私の名前を言い当てること、ですから。そしてその勝利報酬が『魔法に惑わされる事なく私の姿が見えるようになる』なんです。結婚を前提としたお付き合いは次のかくれんぼゲームの勝利報酬という事で」
「な・・・」

口をあんぐりと開けて固まるアッド。
そこにシェイドがトドメの一撃を加える。

「それ、結婚を申し込む時もかくれんぼゲームをする必要があるんじゃないか?」
「当然です。結婚は更に次のかくれんぼゲームの勝利報酬になります」
「・・・!」
「ちなみにお付き合いを飛ばして結婚っていう方向転換はもうダメですよ。通用しませんから。ご自分の発言にはしっかり責任をもって下さいね?アッド様」
「・・・」

アッドはその場にがっくりと崩れて膝を付き、そして両手を地面について項垂れ、無言で涙の滝を流した。
彼の恋の道のりはまだまだ険しいようである。

((((シンディーさんって鬼畜だなぁ))))

ファイン・レイン・シェイド・ブライトは同時にを心の中で呟くのだった。
けれど―――

「でもシンディーさん、なんだか嬉しそうだね」
「当然よ、見つけてもらえたんだもの。意地悪な条件を出したのもきっと照れ隠しなんだわ」

他人の恋に敏感なファインとレインはひそひそと話すとアッドとシンディーの恋路を密かに応援するのであった。
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