毎日がプリンセスパーティー

放課後の中庭のベンチでシェイドは医学書を読んでいた。
ふしぎ星が救われ、平和がもたらされた事で母親であるムーンマリアの体調も安定したものの、あまり強い体ではない事に変わりはない。
食欲旺盛で元気いっぱいとは言え、ムーンマリアの娘であるミルキーも何があるか分からない。
そんな思いからいつしかシェイドは医学を志すようになった。
自分が医学の知識を身につけておく事で万が一の時にムーンマリアやミルキー、家臣や民など沢山の人を救う事が出来る。
その手始めとして医学書を読み始めているのだが、そこに一人の少女が訪れる。

「シェイド、今大丈夫?」

本から顔を上げれば赤い髪の少女―――同じふしぎ星出身のおひさまの国のプリンセスファインがそこに佇んでいた。
ふしぎ星を巡る騒動で苦楽を共にした友人であり、仲間であり、危なっかしくて目の離せないプリンセス。
最初の頃は何を考えているのか分からなくて苦手だったが旅を共にする内に、そしてその人となりを知っていく事で気の置けない仲となったファインをシェイドが歓迎しない筈はなかった。

「どうした?何かあったのか?」

本を閉じて話を聞く姿勢を見せるとファインは「大した事じゃないんだけど」と前置きしながら隣に座ってきた。
いつもは元気で活発でおひさまの国のプリンセスの名に違わぬ明るさを発揮しているのに珍しく俯き気味で悩みの色を浮かべている。

「ちょっと相談に乗って欲しいんだ」
「相談?珍しいな、お前が相談なんて。いつもならレインに真っ先に相談するかレインと一緒に相談に来るだろ?」
「今回のはレインにはちょっと言いづらくて・・・レインにはあんまり言わないでね?それと出来ればブライトにも」
「内容による。深刻な内容ならそういう訳にもいかないからな。とりあえず話してみろ」
「うん・・・あのね」

ファインは一旦そこで言葉を切ると他に誰もいないか確認してから内緒話をするように小さな声でシェイドに耳打ちする。

「実は・・・―――トーマさん、レインの事が好きかもしれないの」
「・・・・・・・・・・・・は?」

予想の斜め上を大気圏突破する勢いで囁かれた言葉にシェイドは自分でも心底間抜けだと思うくらい変な声を漏らしてしまう。
今自分は冗談を言われたのだろうか?
それとも今日はエイプリルフールだっただろうか?
チラリとファインに目を向ければそれはそれは真剣な表情をしており、とても冗談を言っているようには見えなかった。
シェイドからしてみれば嘘もいい所な冗談みたいな話だが。

「・・・・・・そう思う根拠は何だ?」
「トーマさんがね、レインの話ばっかりするんだよ!レインは綺麗だね、とか、レインの方が凄いんだね、とか、レインは将来のクイーンに相応しいね、とか!とにかくレインの話をいっぱいしてるんだよ!これってさ、やっぱりトーマさんってレインの事が好きなんじゃないかなって思うんだけどシェイドはどう思う?」
「どうって・・・」

能天気ここに極まれり。
いや、この場合は天然とでも言おうか。
どちらにせよ今回ばかりはそれに感謝である。
レインだけがアナウンサーに抜擢されたと聞いた時、シェイドはトーマから不穏なものを感じていた。
大抵の人間はファインとレインの仲の良さを察して平等に扱うのだが、トーマの扱い方は明らかに二人の間に差をつけようとするものであった。
それだけでなく、先程ファインが述べた『トーマがレインの話ばかりする』という内容も受け取り方によってはトーマはレインが好きとも取れそうなものだが、アナウンサーの件を考えると一概にそうとも言えない。
ファインの目の前で露骨にレインと比較する事で二人の間に溝を作ろうとしているようにしかシェイドには受け取れなかった。
しかしその事を口にすればファインがそれを意識してしまい、一気に二人の間に亀裂が走ってしまう。
そうならない為にもシェイドは言葉には注意した。

「・・・仮にそうだったとしてお前は何を悩んでいるんだ?」
「だってホラ、レインはブライトの事が好きでしょ?カッコいい人を前にするとはしゃぐけどそれでもブライト一筋だし。トーマさんが入る隙はないと思うんだよねぇ」
「それで?」
「トーマさんにレインは諦めた方がいいよって言うべきか、それとも応援するべきか悩んでてさぁ・・・でもアタシとしてはレインの恋を応援したいし・・・ねぇシェイド、アタシどうしたらいいかな?」
「何も余計な事をしないでそっと見守ってろ。なるようになる」
「え?即答?」
「こういうのはただ静かに見守って心の中で小さく応援していればいいんだ。勿論お前がレインを強く応援しても誰もそれを責めたりはしない。とにかく余計な事をして引っ掻き回すのだけはやめておけ」
「う、うん・・・分かった」
「あと、絶対にレインには言うなよ。一人で暴走して余計な混乱を招くからな」
「勿論だよ!それはアタシもよく分かってるよ!」
「ならいいが―――」

「おや、ファインじゃないか」

澄ましたような冷たい声が耳に入ってシェイドは目つきを鋭くして振り返る。
噂をすればなんとやら、トーマのご登場だ。

「こんな所で何をしているんだい?シェイドの勉強の邪魔をしちゃ駄目じゃないか」
「ファインは邪魔をしに来たんじゃない、相談に来たんだ。勝手な早とちりはやめろ、迷惑だ」
「シェ、シェイド・・・!」

険悪な雰囲気にファインはオロオロしながらもシェイドを宥めようとする。
明らかに警戒しているシェイドにトーマは冷笑を浮かべて言葉を返す。

「これは失礼。レインがお淑やかなのに対してファインは騒がしいから勘違いしてしまったよ」
「お前の目は節穴か?どっちも等しく騒がしいぞ。嵐なんて表現が生温いくらいな」
「それ褒めてる?貶してる?」
「安心しろ、貶してるぞ」
「ちょっと!!」
「ハハハ!シェイドは面白いね。クールで知的でウィットに富んでいてレインのように才能に溢れている」
「・・・」

シェイドは一層厳しい眼差しをトーマにぶつける。
こういった会話の中で大抵の人間はファインとレインの名前を同時に口にする。
しかしトーマは敢えてレインの名前のみを口にしてファインを外した。
それらに潜む悪意にシェイドは不快でならなかった。
なのに―――

「ほら、トーマさんってばまたレインの話ばっかりしてるよ。これはもう決定的だって!」
「あーそうだな」

ファインはトーマの悪意に気付かず斜め下の方向に関心が向いている。
呆れてシェイドは棒読みで適当に流したが言葉を返しただけマシと思って欲しい。

「今はシフォンが生徒会長を務めているけれど生徒会選挙が開かれればキミが選ばれる可能性だってある。どうだい?君さえ良ければ僕が勉強を教えるよ?才能を伸ばして生徒会長になろうじゃないか。この学園で生徒会長になるのはとても名誉な事だよ」
「断る。俺はそんなものに興味はない。大体副会長の座に甘んじてる奴に勉強を教えてもらったって生徒会長になれる筈がないだろ。精々で同じ副会長止まりが良い所だな」
「何・・・?」
「シェイド、流石にそんな言い方は―――」
「そういう訳だ、行くぞファイン」
「あ、うん・・・じゃあね、トーマさん」

有無を言わさず立ち上がって歩き出すシェイドにファインは戸惑いつつもついて行く。
しかし何歩か歩いた所でファインが「ちょっと待ってて」と言い残すと再びトーマの元に駆け寄ってきた。

「トーマさんごめんなさい。シェイドも悪気があって言ってる訳じゃないと思うから」
「大丈夫だよ、気にしてないから」
「ありがとうございます。それから―――」
「ん?何だい?」
「トーマさんにもきっと良い人が見つかると思うから落ち込まないで下さい!」
「はい・・・?」
「プーモも似たような経験をした事があるからきっと話を聞いてくれますよ!」
「なん、の・・・話かな?」
「それじゃあアタシはこれで!」

何の話をされているのか訳が分からず混乱した瞳でファインの背中を見送るトーマ。
しかしシェイドに何かを耳打ちされたファインが再び戻って来る。

「あの、トーマさん。シェイドがさっきは空気を悪くしてすまなかったって」
「あ、ああ、別に気にしてないよ」
「お詫びに今度愚痴を聞くから盛大に玉砕して来て大丈夫だって」
「玉砕・・・?」
「宇宙には色んなプリンセスが沢山いるから落ち込まないで下さいね!それじゃ!」

明るく言い放ってファインは今度こそシェイドの元に駆け寄って行く。
その際にファインは石に躓いて転びそうになるが寸での所でシェイドが抱き留めて転倒を防ぐ。
気を付けろ、と注意するシェイドと頬を淡く染めながらお礼を述べるファイン、中々に良い雰囲気だ。
それを自覚してか、シェイドがチラリと勝ち誇ったような視線をトーマに送る。
まるでガールフレンドがいる事を見せつけるような、同時にトーマを憐れむような、そんな意味が込められた視線。
そこまで来て頭の良いトーマは先程のファインの言葉やシェイドの視線の真意を知る。

「あ、アイツら・・・!」

良い人が見つかる、玉砕、見せつけるような視線。
まるで自分に片想いする相手がいるもののほぼ玉砕が確定していて憐れんでいるような言い方である。
特にシェイド。

「この学園にそんな同情など必要ない・・・!」

とはいえ、使い魔を召喚してどうこう出来る話ではないので対応策としてトーマは女性の話を控える事にした。
そんな事もあってトーマがワザとレインとファインを比較するような発言をしなくなったのは言うまでもない話であった。









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