ピースフルパーティーと虹の蜜 後日談

「お前とプーモだけという事はブライトが来たんだな?」
「あったり〜!」

ロイヤルワンダー学園入学の三ヶ月前。
丁度王宮にいたシェイドの元にファイン訪問の報せが入り、顔を出してみたところファインとプーモしかいなかった。
レインを気遣ってやって来たのだとすぐに察したシェイドは丁度時間もあったのでファインのもてなしをする事にした。
とはいえ、気心知れた仲なのでもてなしというよりは以前宣言した通り『暇潰しに付き合う』くらいの大雑把で適当な対応であるが、堅苦しいのが苦手なファインからしてみればそのくらいの対応が丁度良かった。
現在は三人揃って外の廊下を歩き、王宮の裏手へと向かっている。

「ブライトがね、デザインのアイディアが欲しくておひさまの国の城下町にあるフラワーパークを見てみたいって言って来たんだ」
「それでお前がレインに二人で行ってこいって言ってこっちに来た訳か」
「そーいうこと!」
「ですがファイン様、レイン様はファイン様とも一緒に行きたそうにしていましたでプモ」
「アタシとならいつでも行けるから今度でいいんだよ。それよりブライトと一緒に行けるチャンスなんてそうあるもんじゃないんだから最大限に活かさないと!」
「プモ・・・」

ファインの意見にプーモは肯定する事が出来ず物を言いたげな表情をしつつもそれ以上口を開く事はしなかった。
事実、おひさまの国を出発する時に気球から見たレインの表情は少し寂し気だった。
それだけでなく、さっさと月の国に出掛けようとするファインを呼び止めようともしていた。
プーモとしてはレインをブライトと二人きりにさせたいし、何よりファインの気遣いを無駄にしたくなくて後ろ髪を引かれる思いで気球を操作したが、やはりレインの気持ちも汲むべきだっただろうと小さく後悔した。
二人の会話から大体を察したシェイドは、しかし姉妹の問題に余計な口は挟むまいとこの話題に関しては敢えてスルーを決め込む事に。
そうとは知らずにファインはこれから向かう場所についてシェイドに尋ねる。

「そういえばどこに向かってるの?」
「砂トカゲを飼育している小屋だ。そこにレジーナもいる」
「本当!?」
「ほら、あそこにいるぞ」

丁度見えて来た飼育小屋の放牧スペースにレジーナがいるのを見つけるとファインは大はしゃぎで駆け寄る。

「お~い!レジーナ~!!」

ファインが声を掛けるとレジーナは顔を向け、それから柵の所まで寄ってきた。
そんなレジーナの頭や顎を優しく撫でながらファインは言葉をかける。

「久しぶり、レジーナ!元気にしてた?」

ファインの言葉に応えるようにしてレジーナは頬擦りをしてくる。
相変わらず賢い子だと思いながらファインはより一層レジーナを可愛いがる。

「普段はここでお世話してるの?」
「ああ。結構前に戻したんだ」
「ん?戻した?」
「それまでは放し飼いにしてたんだ」
「え~っ!?そうなの~!?」
「砂トカゲは砂漠でも生きていける動物でプモから問題はないと思いますが何故放し飼いにしていらしたのでプモ?」
「大臣が怪しい動きを見せるようになった頃、俺が身分を隠してあちこちの国を周っている事を周囲に知られない為にワザと脱走させたフリをして城の外に待機させてたんだ。そうすれば『エクリプス』が出没したタイミングとレジーナがいなくなるタイミングが重なる事はなくなって俺への疑いの目が向けられなくなるだろ」
「なるほど、そういう事だったんでプモね」
「それにレジーナが殺される心配もなくなる」
「殺されるって・・・?」
「大臣の嫌がらせで殺される可能性も少なくはなかった。事実、アイツはレジーナに何かしようとして盛大に蹴られてたからな」
「そうなんだ・・・危なかったね、レジーナ」

悲しそうにしながらファインは気遣うようにしてレジーナの顎を撫でる。
レジーナはただ瞳を閉じて気持ち良さそうにする。
少し沈んだ空気に内心苦笑いしながらシェイドはそれを持ち上げる為の話題を続けた。

「だが、大臣が逃亡するのと同時に俺の正体が明かされた事でその心配もなくなったからまたこうやって小屋で飼えるようになったんだ」
「へ~、そうなんだ。じゃあ一緒に旅をしていた時は小屋から連れて出してたんだ?」
「ああ、そうだ。もっとも、小屋から連れ出さなくても俺が指笛を拭けば柵を乗り越えて走って来るがな」
「本当!?やってみて!」

瞳を輝かせながらリクエストするファインに「仕方ないな」なんて言いながらもシェイドは満更でもないようで、小屋から十メートル程の距離を取った。
それから乾いた空気を震わせるように指笛を響かせるとレジーナは弾かれたように顔を上げ、指笛のした方に視線を向ける。
そして大きな黒の瞳にシェイドを映すと数歩後ろに下がってから勢いをつけて嘶きながら柵を飛び越えた。

「「おお~っ!!」」

迫力のある光景にファインとプーモは大興奮して拍手を送る。
一方でシェイドは自分の下まで走って来たレジーナを褒めてやりながら頭を撫でてやる。
その表情は家族に向けるのと同じ優しいものであった。

「凄い凄~い!カッコいい~!!」
「飼い主に似てとても賢くてクールでプモ!」
「仕込むのに結構苦労したけどな」

興奮気味に駆け寄って来たファインとプーモに苦笑いしながらシェイドは呟く。
しかしそれは彼なりの照れ隠しでもあった。

「それでも一生懸命覚えさせたんでしょ?レジーナも凄いけどシェイドも凄いね!」
「だが、もうすぐ学園に入学する事になるから徐々に忘れていくかもな。この芸も、俺の事も・・・」

諦めを含んだ微笑みと少し悲しそうな横顔をファインは見逃さなかった。
あと三ヵ月でロイヤルワンダー学園への入学を控えたファインとシェイド。
家族と離れるのは寂しいがこれも立派なクイーン・キングになる為。
それに長期休暇になれば帰省が適う。
とはいえ、学園にいる期間に比べれば帰省の期間など遥かに少ない。
人はともかく動物の記憶力となると覚えてくれているかどうかは危うい所である。
でも、それでも、ファインはシェイドを元気付けたかった。

「大丈夫だよ。そんなに落ち込まなくたって平気だって!飼い主に似てレジーナはお利口さんだから忘れる筈がないよ。ね?レジーナ?」

尋ねながらファインはレジーナの頭と顎を優しく撫でる。
飼い主に似て、という照れ臭いセリフを除けば根拠のない励ましではあったが、しかしそれだけでもシェイドの心は不思議と明るくなった。
「大丈夫」の魔法の言葉はレインだけが使えるファインの為のものだと思っていたが、どうやらファインも「大丈夫」の魔法を持っていたらしい。
そしてそれは多分自分に対して有効なのだと思うとなんだか嬉しい反面、少しだけ悔しさもあった。

(俺よりも年下で臆病でそそっかしい癖に)

ちょっとした悪戯心が芽生えてシェイドはレジーナに向けて人差し指をクイッと上向ける。
それを視界の端に捉えたファインが「シェイド?」と呟いて振り返るのと同時にレジーナがファインの帽子を咥えた。

「あっ!?アタシの帽子!返してよ〜!」
「よし、この芸もちゃんと覚えているようだ」
「も〜シェイド〜!何でこんな意地悪するの〜!?」
「意地悪じゃないぞ、芸を確かめていただけだ」
「絶対嘘だ〜!!」

ファインが帽子を取り返そうと手を伸ばすもレジーナは反対方向を向いてしまう。
ならばと反対方向に慌てて移動してもレジーナはまた反対方向を向く。
それを数回素早く繰り返した後、レジーナはファインの帽子をポーンと遠くに投げ出した。

「あぁっ!?投げられた!!」
「今のは俺の指示じゃないからな。レジーナが自分でやった事だ」
「も〜!飼い主に似て意地悪なんだから〜!」

怒りながら慌てて帽子を拾いに行くファインの姿にシェイドとプーモは笑い声を漏らすのだった。








それからしばらくして、お昼寝から目覚めたミルキーも交えて遊んでいたファインだったが夕方となり、おひさまの国へ帰る事にした。
帰り際のファインをシェイドとミルキーが見送る。

「バブバブバブ~!」
「うん、楽しかったねミルキー!また遊びに来るからね!」
「バブバブバブブ!」
「全然いいよ!アタシもレインもいつでも待ってるから!でも多分、アタシが行く方が早いかな」
「何か用事でもあるのか?」
「全然大した事じゃないんだけどね・・・今の内にレジーナとも遊んでおきたいなーって。アタシの事を覚えてくれてるうちにもっと仲良くしておこうかなって」

頬を掻きながらポツポツと語るファインにシェイドは数回瞬きすると優しく微笑んで口を開く。

「心配しなくてもレジーナはお前の事もちゃんと覚えてる。飼い主に似て記憶力がいいからな」
「えへへ、そっか・・・!」
「バ〜ブブ?」
「も、も~!からかわないでよ~!」

ミルキーがニヤニヤしながら耳元で囁いた言葉にファインは顔を真っ赤にして慌てる。
そもそものミルキーの話している言葉が分からないプーモや、話している内容が聞こえなかったシェイドはファインが何を言われたのか分からず首を傾げる。

「どうした?ミルキーに何を言われたんだ?」
「な、何でもない!!帰ろうプーモ!!」

追及を逃れようとファインはプーモを急かして気球を浮かせる。
それを半ば呆然と見上げながらシェイドはミルキーに何を言ったか尋ねたが「内緒」と言われて結局教えてもらえないのであった。








「はぁ・・・も~ミルキーってば・・・」

気球の中で椅子に座りながらファインは溜息を吐く。
顔は未だに熱く、しばらくは引いてくれないだろう。

「一体何を言われたでプモか?」
「べ、別に大した事じゃないって!」
「大した事じゃないのなら言えるでプモ?」
「内緒だよ内緒!!」
「プモ・・・まぁ別にいいでプモが・・・」
「それよりレインは楽しめたかな?」
「きっと楽しめた事には楽しめたと思いますでプモが・・・」
「あ、レインだ!」

気球を操縦してしばらく、そろそろ着く頃だと思ってファインが窓の外を覗くと、おひさまの国の気球発着所にレインが立っているのが見えた。
きっと出迎えに来てくれたのだろう。
最初は遠くからでは見えなかった表情は、しかし段々近付くにつれて少し怒っているのが分かってファインは戸惑う。

「あ、あれ?レイン、怒ってる・・・?」
「やはりでプモか」
「やはりって?」
「それはファイン様が直接レイン様からお聞きになった方が宜しいでプモ」

言いながらプーモは着陸準備に入り、速度を落として丁寧に気球を降ろしていく。
気球と石畳がぶつかる鈍い音が響いた後、プーモがスイッチを押した事で気球の乗降口が開く。
いつもならスキップする勢いで降りていくのだが窓の外から見たレインの怒った顔を見たらそれは出来ない。
何か気に障るような事でもしただろうか、と疑問符を浮かべながらもファインは恐る恐るといった様子で石畳の上に降りてレインの前に立った。

「た、ただいま、レイ―――」
「ファイン!!」
「わぁっ!?」

開幕早々、レインの怒った声にファインは驚きに飛び上がる。

「ど、どーしたのレイン!?何で怒ってるの!?」
「どうしたもこうしたもないわよ!私の話も聞かないでさっさと月の国に行っちゃうんだから!!」
「え?レインも行きたかったの?」
「違うわよ!気を遣ってくれるのは嬉しいけどファインはどこにも行かなくていいの!!」
「へ?」
「デート以外でブライト様が来てもファインは私の傍から離れなくていいの!!」

怒った瞳で責めるように捲し立てるレイン。
ファインは数度瞬きした後、半分ポカンとしながらも小さく首を傾げる。

「・・・一緒にいていいの?」
「私がファインを邪魔だなんて言った事あった?」
「・・・ううん、ない!」

ファインが嬉しそうに首を横に振ると漸くレインも笑顔になり、「でしょ?」と言ってファインの腕に絡んだ。

「今日は罰として夕食もデザートも私の好きな物にしてもらったから!」
「レインの好きな物は大体アタシも好きだからへーきへーき!」
「それから今日、シェイドとどれくらいイチャイチャしてきたか全部話してもらうわよ」
「い、イチャイチャなんかしてないよ!?ね、プーモ!?」
「帰り際のあれを考えると一概にそうとは言い切れませんでプモ」
「何々?帰り際に何かあったの?もしかしてさようならのキスをしたとか!?」
「ちちちち違うってば~!!!」

冷やかされながらもファインもレインの腕にしっかり絡みつき、レインとプーモと共に城の中へと入って行く。



後日、ブライトがおひさまの国を訪れた話を聞いてもファインが月の国に来なかった事に大体を察したシェイドは「それでいい」と一人穏やかに呟くのだった。








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