ピースフルパーティーと虹の蜜 最終章~虹の蜜~

かざぐるまの国で花を開かせてから一週間で花びらは全て枯れ落ち、代わりに茶色の小さな実が出来た。
突いてみた時に殻のような硬さを感じてクルミのようだとレインとプーモと一緒に笑った。
この殻の中にブウモも絶賛のあの虹の蜜が詰まっているのかと思うと涎が出そうになったがそれは堪えた。
これはシェイドの為のもの、自分が食べる訳にはいかない。
強く自制をかけて実の成長を見守りつつケーキ作りに励んだ。
きちんと味見をするとアルテッサと約束したのもあって最初は自分でも顔を顰めるくらい不味かったケーキの味も段々まともになってきて、この調子ならアルテッサにアシストしてもらいつつ自分の手でなんとか最後まで作れそうだと自信がついてきた。
その間にも実は成長を続けており、段々茎が重たそうにしなだれかかってきていよいよ収穫の日を迎えた。

「レイン!プーモ!早く早く!!」

エレベータの前で待ちきれないといった様子でファインが二人を急かす。

「大丈夫大丈夫、そんなに慌てなくても虹の蜜は逃げたりしないわよ」
「でも今日はお茶会だしもうすぐみんな来ちゃうじゃん!」
「お茶は広間の方でしますし、いざとう時の応対はキャメロット様がして下さりますから心配しなくても大丈夫でプモ。それより慌て過ぎて実を落とさないように気を付けるでプモ」
「分かってるって!」

チーン、という音と共に到着したエレベーターに乗り込んで三人一緒に空中庭園へ。
その最中、ファインはとても上機嫌に鼻歌を歌っており、その姿にレインもプーモも笑みを溢す。
コーラルビーチで七色貝を見つけてそこから始まった虹の蜜採取の為の育成。
ここまでくるのにシェイドと喧嘩したりと色々あったが漸くその苦労と努力が実を結ぶ。
シェイドのハートを射止められるかどうかまではまだ分からないがそれでも特別な関係として前進はする筈。
いや、間違いなくするだろう。
これで一切何もなければ本気でシェイドはやめておけとレインは言うつもりだ。
しかしそうなる未来が視えないのは最近シェイドとファインの仲が良いからか、それともそうは言ってもファインの幸せを願っているからか。
きっと後者だろう。
レインはいつだってファインの幸せを願っているのだ。

「ねぇねぇ、蜜はどうしたらいいかな?一旦瓶とかに出した方がいいかな?」
「それがいいかもしれないでプモ。瓶の中に出してしっかり密閉して冷蔵庫の中に―――」
「あら?ねぇ、あの人・・・」

レインが指差す先をファインとプーモは追う。
そこにはファインが虹の花の植木鉢を置いている花壇エリアから出て来る黒い服に黒いマスクを被ったいかにも怪しい男が佇んでいた。
この男はかざぐるまの国で遠くからファイン達の様子を窺っていた新生マッカロンの誕生を目論むあの男である。
男はかざぐるまの国で吹き飛ばされた後、どうにかこうにかして何とかおひさまの国までやってきて本日漸く空中庭園への侵入に成功した所であった。
そして男はファインが育てていた虹の実を見つけてしまったのである。
男の掌の上に乗っている虹の実をファインが見逃す筈はなかった。

「あっ!!虹の実が!!?」

「やべぇ!見つかった!!」

男は慌てると走り出し、ファインも「待て~!!」と叫んで追いかけ始めた。

「あぁっ!?ファイン様!!」
「私達も追いかけましょう!」

レインに提案にプーモは頷いて急いでファインの後を追う。
男は庭園の隅まで走ると草むらに囲まれた木の前に飛び込んだ。
するとどうだろう、木だと思っていたそれは木のデザインをした気球で、フワフワと空に飛び始めた。

「ええっ!?木の形の気球!?」
「そんなのってアリ!?」

反則技のような気球のデザインにファインとレインが驚いていると男は二人を振り返って高らかに言い放つ。

「フハハハハ!この虹の蜜は新生マッカロンがいただいた!!」
「新生マッカロン・・・?」
「でもマッカロンはこの間私達で捕まえた筈よね?」
「新生と名が付くのできっとあの男が新しいマッカロンとして活動しようとしているのでプモ!」
「まだあの人一人だけなのかな?」
「そうであってほしい所でプモが・・・」
「それよりも虹の実を取り返さなきゃ!!あの人、窓から出て行くわよ!!」
「そうだった!!大変大変!!」

一番大切な事を思い出すとファインは大急ぎでエレベーターに向かい、レインとプーモもそれに続いた。






ファインとレインが使う気球が置いてある気球発着場ではお茶会にやってきた各国の気球が全て降り立っていた。
気球の中から降りて来た各プリンセスとプリンス達をキャメロットとルルが応対する。

「皆様、ようこそお越し下さいました。ファイン様とレイン様は今は席を外されおりますがすぐに参ります」
「それまでお部屋でお待ちを―――」

「大変大変!!」

ルルの言葉を騒々しい音と共にファインが掻き消し、皆がそちらを振り返る。
しかしファインは皆には目もくれず自国の気球に乗り込んでしまう。
その様子にリオーネが驚いて後から走って来たレインに訳を聞き出す。

「ファ、ファイン!?レイン、どうしたの!?」
「大変なの!新生マッカロンって名乗る怪しい男の人がファインの虹の実を盗んだの!!」
『ええっ!!?』
「レイン!プーモ!早く早く!!」
「今行くわ!!」
「これで失礼しますでプモ!!」

驚愕するプリンセス一同をそのままにレインとプーモは急いで気球に乗り込み、猛スピードで飛び上がる。
勿論それをほっとける筈もなく、ソフィーがプリンセス達に呼びかける。

「大変!みんな、急いでかざぐるまの国の気球に乗って!二人を追いかけましょう!」
『ええ!』
「ソ、ソフィー!一体何が―――」

事態が呑み込めず混乱しつつも話を聞こうとするアウラーを無視してソフィーは乗車口の扉をバンッと強く閉めて早々に気球を飛び上がらせる。
勿論そこに悪意はない。
遠くなっていくおひさまの国の気球を追いかけるかざぐるまの国の気球をアウラー達プリンス一同は呆然と見上げていたが最初に動き始めたのはシェイドだった。

「俺達も追いかけるぞ!月の国の気球に乗れ!」
「あ、ああ!」

ブライトが頷き、プリンス一同は月の国の気球に乗って同じようにおひさまの国の気球を追いかけた。
残されたキャメロットとルルはしばし呆然としていたが、キャメロットはハッと我に返るとルルに指示を出す。

「き、緊急事態のようですよ、ルル!怪しい人物がいるという事で私達も兵士の方をお連れして追いかけますよ!」
「はい、キャメロット様!怪しい人間を追いかける時は兵士を連れて行く事、と」

どんな時でもルルはやっぱりマイペースだった。








ふしぎ星の空を木のデザインの気球が全速力で駆け抜け、それをおひさまの国のプリンセス御用達の気球が同じように全速力で追いかける。
ファインの操縦は全速力且つ荒々しいものであったがそんな事を言っている場合もなく、レインとプーモは険しい顔つきで窓から男の乗る気球を睨みつける。
最初は距離があったものの、やはり王族の使う気球の動力は一般と違うのか、その距離はみるみる内に縮まっていった。
男の方も焦っているようでチラチラとおひさまの国の気球を振り返りながらどうにかこうにか逃げ切る策を頭の中で思い浮かべる。
しかし距離を詰められているという焦りと燃料が著しく減ってきているという苦しい状況を前にしては良策が思いつく筈もなく、気付けばおひさまの国の気球はすぐ隣を並走していた。

「プーモ!操縦お願い!」
「プモッ!?ファイン様!!?」

ファインがハンドルを投げ出すとプーモは慌てながらも反射的にそれを掴んで気球の操縦を引き継ぐ。
その間にファインは扉を開けると助走をつけて男の乗っている気球目掛けてジャンプした。

「でやぁああああ!!」
「あ、ファイン!!」

レインが声をかける頃にはファインは既に男の乗る気球の中に着地しており、男が虹の実を握っている方の腕に掴みかかった。

「返して!これはシェイドへのプレゼントなんだよ!!」
「なっ!?こ、この!放せ!!」
「そっちが放してよ~!!」

ファインが乱暴に男の腕を揺らすが男も負けずにファインを振り回そうとする。
そうした攻防を繰り広げているが為に二人の乗る気球はぐらぐらと揺れてレインとプーモは不安そうに眺めるしか出来なかったがそれでもファインは気にする事なく男から虹の実の奪取を試みる。
ところが―――

「くっ!この―――って!!?」
「あぁっ!!?」

攻防する中で男は手を離してしまい、虹の実は宙を舞いながら地上へと落下してしまった。

「た、大変大変!!」
「ファイン!早く乗って!!」
「レイン!!」

縁を蹴るとファインは懸命に手を伸ばしてきているレインの手を掴んで再び自国の気球の中へと戻った。
安全の為に扉を閉めるとレインは叫んだ。

「プーモ!ファインは乗ったわ!!無事よ!!」
「お願い!今すぐ着陸して!!」
「了解しましたでプモ!!」

ファインの懇願に応えてプーモはすぐに着陸の為の操縦を開始する。
いきなり速度を最低限にしては大きな反動が起きて危険なので緩やかなカーブを描きつつプーモは虹の実が落ちた場所を目指して降下していく。
急いでいながらも流石はプーモというべきか、着陸の瞬間は大きな反動も揺れもなく安全に地上に降り立つ事が出来た。
地上に到着したのを確認すると扉を開けてファインは大慌てで虹の実を探しに行く。

「虹の実・・・虹の実・・・!!」
「確かこの辺で落ちた筈よ!!」
「探すでプモ!!」

広い草原を三人で手分けをしてあちこち見回しながら虹の実を探す。
不安や焦りが募る中、それでもと祈るような気持ちで踏みつけないように注意しながら歩く。
だが―――

「あぁっ!?」

草原に響いたファインの悲痛な叫び声。
レインとプーモは弾かれたように振り返ると傍に駆け寄った。

「どうしたのファイン!?」
「見つかったのでプモか!?」

僅かに体を震わせるファインの隣に立ったレインとプーモは目の前の光景に驚きに目を見開いて同じように声を上げる。

「「ああっ!!?」」

小さな岩の上に飛び散っている虹色に光る液体とその近くで無惨に砕け散っている虹の実。
実からは僅かな虹色の液体が零れているので、この岩の上に飛び散っている液体は虹の実が落ちた衝撃で中から溢れ出た虹の蜜で間違いないだろう。
悲惨なその光景にレインもプーモも衝撃と悲しみから声を震わせる。

「ひ、ひどい・・・!」
「虹の蜜が・・・!」
「そん・・・・・・な・・・・・・」

ドサリ、とファインが崩れ落ちる音にレインはハッと振り返るとすぐにファインに駆け寄った。

「ファイン!!」

ぺたりと座り込み、目を見開いたまま呆然とするファインの両肩を強く掴んで呼びかけるようにレインが叫ぶ。

「しっかりしてファイン!ファイン!!」
「・・・・・レイン・・・・・・プーモ・・・・・・折角手伝ってくれたのに・・・・・・ごめんね・・・・・・」
「な、何言ってるのよ!私もプーモも全然気にしてないわ!そうよね!?プーモ!!?」
「勿論でプモ!!僕もレイン様も全く全然ち~っとも気にしてないでプモ!!ファイン様が謝る必要なんてどこにもないでプモ!!」
「ほらファイン!大丈夫よ!大丈夫、大丈夫よ!これでファインの恋が終わった訳じゃないでしょう!?七色貝ならまた一緒に探してあげる!パールちゃんやブウモにも一緒にお願いしてあげる!他のみんなにもまた一緒にお願いしましょう!シェイドだって事情を話せば分かってくれるわ!!だから・・・お願い・・・泣かないで・・・!」

ただ無言で涙を流すファインを前にレインの最後の言葉は涙交じりで発音が歪んだ。
慰めるようにぎゅっと抱き締めてもファインの体は悲しみで震えるばかり。
どれだけ「大丈夫大丈夫」とレインの魔法の言葉を紡いでもファインの涙が止まる事はなかった。
そのうち、弱々しくファインがレインの背中に手を回して肩口に顔を押し付けてきたが泣き止む気配はなく、レインの心は一層締め付けられて、その反動で沢山の悲しい涙が溢れて来た。
レインはファインとはふたごで、いつでもどんな時でも様々な物や感情を分かち合ってきた。
だから今は声を上げる事すら忘れて泣き崩れるファインの心の傷が深く伝わってきて自分の事のように辛いのだ。
隣で虹の蜜を収穫する日を待ち遠しくする姿を見て来たからそれは尚更だ。
それにこの虹の蜜はとても特別なものだ。
シェイドの為にというファインの深くて真っ直ぐな愛情を注がれた蜜。
そんなファインの初めての恋が実るようにと友人であるプリンセス達が願いと祈りを込めて育成に協力してくれた友情の証でもある蜜。
しかしそれはファインの手で摘み取られる事なく、悪者によって奪われた挙句に最も最悪な形で砕け散った。

「ファイン・・・ファイン・・・!」

レインには夢があった。
それは虹の蜜を使ったケーキをファインがシェイドに贈って笑顔で受け取ってもらった時に「良かったわね、ファイン」と心から祝福してあげる事。
やっぱり今でもシェイドにファインを取られるのは癪だが、それよりも何よりもファインを祝福したいという気持ちの方が勝った。
とびきりの笑顔で祝福してあげて、ファインもとびきりの笑顔で「うん!」と頷くその光景を何度も想像したし、夢にまで見た。
それからは二人で色んなコイバナをして一緒に好きな人の心を掴む為に作戦を立てたりアイディアを出し合ったりするのだと密かに楽しみにしていた。
けれど、その夢も砕け散ってしまった。
目の前の岩に直撃して砕け散ったであろう虹の蜜と共に。

「ファイン様・・・レイン様・・・」
「ファイン!レイン!」

あまりにも悲しすぎる結末に打ちひしがれる二人になんと声をかけていいか分からず、プーモも瞳に涙を溜めていると追いついたリオーネ達プリンセス一同がこちらに向かって走って来ていた。
しかし悲壮感漂う二人の様子にリオーネ達は狼狽える。

「二人共、どうしたの・・・?」
「実は・・・」

プーモがふよふよと浮遊して虹の蜜が飛び散る岩の前に浮く。
それが意味するものが一瞬にして分かったリオーネは目を見開いて同じように悲しみに顔を歪めながら二人に駆け寄った。

「ファイン!!レイン!!」

他のプリンセス達も悲しみの表情を称えて二人を囲む。

「ファイン!しかっりして、ファイン!」

瞳に涙を溜めてリオーネは懸命にファインの背中を擦る。

「泣かないでファイン!貴女が悲しいとレインも悲しいのよ!」

悲しみに負けず気丈に振る舞いながらソフィーはファインを泣き止ませようとする。

「レイン、大丈夫?」
「ガビ~ン・・・」
「・・・私は・・・大丈夫・・・でも、ファインが・・・」

ミルロとナルロがレインを気遣うがやはりレインの涙は止まらない。

「・・・・・・みんな・・・ごめんね・・・・・・折角・・・手伝ってくれたのに・・・・・・」
「謝らないで、ファイン!」
「私達は全然気にしてないから!」
「また頑張って育てましょう?次も協力するって絶対に約束するから泣かないで!」

顔を上げないまま涙の滲む声で謝るファインをイシェル、ゴーチェル、ハーニィが一生懸命に励ます。
それでもファインの涙は止まらなかった。

「バァブバ、バブバブ・・・・?」
「ミルキー・・・ごめんね・・・シェイドへのプレゼント・・・・・・ダメになっちゃった・・・」
「バ、ブ・・・ゥ・・・ウァ~~~ン!!」

赤ん坊ながらに聡明であるが故に、ファインの受けた心の傷と悲しみが分かり過ぎてしまったミルキーは耐えきれずに大声で泣きだしてしまう。

「・・・・・・アルテッサ・・・」
「ファイン・・・?」
「・・・折角・・・予定作ってくれたのに・・・・・・無駄になっちゃった・・・ごめんね・・・・・・」
「なっ!?何を謝ってるのよ貴女は!!そんな事はどうだっていいのよ!!それよりも・・・ファイン・・・貴女は自分の事を気遣ってあげて?一番辛いのは・・・貴女の筈よ・・・」

レインの服を握るファインの手を優しく両手で包んで労わるようにアルテッサが言い聞かせる。
しかしファインが泣き止む気配はなく、悲しみはより一層深くなるばかりだった。

「おーい!!」

遠くからアウラーの声が届いて漸くプリンス一同が追い付く。
彼らは新生マッカロンを名乗る男を捕縛した後、兵士を連れて追いかけてきていたキャメロットとルルに連行を任せてファイン達の元にやって来たのだ。
しかし悲しみに打ちひしがれるプリンセス達を前にプリンス一同はたじろぎ、ティオが困惑の声を上げる。

「な、何があったのでございますか!?」
「これをご覧くださいでプモ・・・」

プーモの声にプリンス達は振り返り、岩の上に飛び散った虹色の液体を見てブライトが首を傾げる。

「プーモ、その虹色の液体は・・・?」
「あれ?もしかしてそれって虹の蜜?」
「虹の蜜?」
「かざぐるまの国のコーラルビーチで極稀に採れる七色貝っていうのがあって、それを育てると虹の蜜っていう凄く美味しい蜜が採取出来るんだ」

自国の領地で取れる物に詳しかったアウラーが簡単に説明する。
それに続いてプーモは静かに頷くと、眉を下げたままずっと伏せていた『女の子の秘密』について全てを明かした。

「・・・ファイン様はこの虹の蜜を使ったケーキをシェイド様の誕生日にプレゼントしたくてずっと育てていましたでプモ」
「俺の・・・?」
「一体いつから育てていたんですか?」
「おひさまの国で開かれた最初のピースフルパーティーが始まる少し前からでプモ」
「そんな前からですか!?」
「な、なんと!?」

予想以上に長い間育てていた事にソロとティオは大きく驚く。
それはシェイドも同じで、驚きで言葉を失っていた。
岩の上で徐々に乾き始める虹の蜜をチラリと見やりながらプーモは続ける。

「育て始めたあの日からずっとファイン様はお世話し続けていましたでプモ。たとえ喧嘩をしていた時期であっても毎日欠かさずちゃんとお水をあげて・・・あの三日坊主のファイン様がこうして続けてこられたのは偏にシェイド様に美味しいケーキを食べてもらいたいが為・・・」
「あ、だから・・・『女の子の秘密』?」
「それは確かに僕達には話せないね・・・」

プーモの言わんとする事、そしてファインがシェイドに向けている気持ちに気付いたアウラーとそれを知っていたブライトはポツリと呟く。
恋の話というのは甘酸っぱくも繊細で、誰だって簡単に話せるものではない。
それはたとえ紳士で口の堅いブライト達のようなプリンスが相手でもだ。
けれど同性であればそのハードルは低くなるし、相談もしやすくなる。
逆のパターンも然りであり、だからこそブライト達はファイン達プリンセス一同がずっと隠していた『女の子の秘密』の理由に納得がいった。
自分達も同様の立場であればプリンス同士の秘密にして隠していただろう。
それがサプライズを含んでいれば尚の事、である。

「ですが・・・その努力の結晶である虹の蜜がこんな事になってしまって・・・」

虹の蜜からレインの肩で泣き崩れるファインに視線を戻してプーモは涙を滲ませる。
プーモもずっとレインと一緒にファインと虹の花を見守ってきた。
あの三日坊主のファインが誰かの為に何かを育てて頑張る姿はとても立派なもので感心もしたし、また一つ成長したと心から喜んだ事もあった。
これでレインと共に少しずつ想い人への恋心を育んでいつか必ず幸せになって欲しいと願っていた。
それなのにその恋心を形にしたものが無惨にも砕け散ってしまった。
勿論これでファインの恋が終わった訳ではないと頭では理解しているのだが、それでも悲しいのはやはりその恋心を踏みにじられたから。
自分の手で虹の実を摘む事も叶わず、無常にも岩に叩きつけられて飛び散ってしまった想い詰まる虹の蜜。
予想もしていなかったあんまりな結末にプーモは力なく浮遊してファインとレインの傍に寄る。
どうする事も出来ない悲しみではあるが、それでも二人を泣き止ませるのもプーモの使命だった。

「・・・」

シェイドはただ無言で岩の上で乾きつつある虹の蜜を見つめる。
前に一度本で読んだ事があり、十分な量を採取するには一つ一つの育成工程の期間を一ヵ月も空けなければいけないと書かれていたのを思い出す。
それだけならまだしも、各国を巡って育成しなければならないのでかなりの労力と手間がかかる為、幻と言われるのも頷けるとそういった感想を抱いた。
しかしそれを上手にピースフルパーティーのスケジュールと合わせて根気良く育てて来たのだから中々のものである。
しかもそれを、あのファインが―――。

「・・・ファイン」

シェイドが歩み寄るとファインとレインを囲んでいたプリンセス達は不安そうに彼を見上げながら場所を空けてあげた。
対するファインはビクリと肩を揺らしたものの、レインの肩から顔は上げずにそのまま埋めていた。

「俺の為に頑張ってくれていたんだってな・・・ありがとう」

とても穏やかで柔らかいシェイドの声。
それでもファインの声は涙が滲んで震える。

「・・・シェイド・・・・・・ごめんね・・・」
「どうしてお前が謝るんだ?俺は嬉しかった」
「でも・・・プレゼント・・・・・・あげられない・・・ごめんね・・・・・・」

搾り出すような悲しい声。
驚かせたかった、喜んでもらいたかった、笑顔になってほしかった。
様々な願いを込めた虹の蜜が一瞬にして台無しになってファインの中で全てが呆気なく崩れ去り、もう何をどう考えればいいか分からず謝る事しか出来なかった。
誕生日というとてもめでたい日を目前にこんな騒動に立ち会わせてしまった事への罪悪感がファインを苛む。
それだけでなく、傍で支えて励ましてくれたレインやプーモ、温かく応援してくれていた友人達への申し訳なさと悲しさで押し潰されそうになる。
最後の心の支えであるレインに泣き縋っているが、そのレインを悲しみの道連れにしてしまっている事実にもそろそろ耐えられそうにもない。
繊細な部分があるが故にファインにとって今回の出来事はあまりにもショックが大き過ぎた。
傷付くファインの心を、しかしシェイドの声が優しく包む。

「―――ファイン、今度は二人で育てよう」
「・・・・・・え?」

思ってもみなかった言葉にファインは顔を上げて振り返る。
その先には同じようにして座っているシェイドの視線とぶつかってファインはぱちぱちと瞬きをする。
一方のシェイドは涙でぐちゃぐちゃになったファインの顔を見て「酷い顔をしている」と内心苦笑するとハンカチを取り出して優しく拭ってあげた。

「二人で育てて、二人でケーキを作って、そしてお茶会を開いてみんなで食べよう。そうすれば俺もお前も食べれるし、協力してくれたみんなにもお礼が出来る。お前から俺への誕生日プレゼントはそれがいい」
「・・・でも・・・七色貝は見つけるの大変なんだよ・・・?」

レインから離れ、体ごとシェイドと向き合ってファインは俯く。
また赤い瞳から涙が零れ落ちそうなのを察してシェイドはファインの両手を優しく握る。

「だったらみんなにお願いしよう。みんなで探せばきっと見つかる筈だ。そういう訳だからみんな、手伝ってくれないか?」
「ああ、勿論だよ!」
「みんなで探しましょう!」

シェイドの願いにブライトとリオーネが快く返事をし、他のプリンスや悲しみに暮れていたプリンセス達も頼もしい顔つきで強く頷く。
ファインは後ろから肩をぎゅっと抱かれ、顔を横に向けると涙の跡を残しながらも慈愛に満ちた眼差しのレインと温かく見守るような瞳のプーモが微笑みながら頷いていた。
それらを見てシェイドも微笑んで言った。

「そういう事だ。宜しくな、ファイン」
「・・・うん!」

雨のような泣き顔から太陽のような笑顔へ。
心から嬉しそうに頷いてファインはシェイドの手を握り返すのだった。







最終章~虹の蜜~ END
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