かくれんぼの魔女

さて、一足早く魔法の屋敷に足を踏み入れていたファインとレインはシェイドとブライトが来るまでの間、屋敷の最上階である三階を探検していた。

「このお屋敷素敵ね~。家具も飾りも拘り抜かれていてセンスを感じるわ」
「確かシンディーさんが魔法で造ったお屋敷なんだよね?シンディーさんってオシャレさんなのかも」
「魔法で素敵なドレスアップが出来るくらいだもの、オシャレさんなのも頷けるわ」
「それにしてもちょっとお腹空いたな~。シンディーさん、何をしてもいいって言ってたしちょっとキッチンに行っちゃおうかな~」
「あらダメよ。キッチンなんて逃げ場が殆どないからすぐに捕まるわよ」
「でも~・・・ん?」

粘ろうとするファインだが、そこへきて甘い香りが彼女の鼻腔をくすぐった。

「ねぇねぇレイン、何だか甘い匂いがしない?」
「そういえばそうねぇ」
「シンディーさんがおやつを用意してくれたのかな!?」
「そんな筈ないわ。シンディーさんは裏庭でお茶してるからって言ってたじゃない」
「でもでも!気が変わって用意したのかもしれないよ!」
「あ、待ってファイン!!」

匂いにつられて部屋を飛び出して行くファインをレインが慌てて追いかける。
食べ物が絡んだ時のファインは普段の二倍の機動力を発揮し、文字通り目にも止まらぬ早さで匂いの根源まで走って行ってしまう。
しかもそんな時に限っていつもの鋭い勘は鈍ってしまい、代わりにレインの方が勘が鋭くなる。
特に嫌な予感の方の勘が。

(絶対おかしいわ、こんなの・・・罠に決まってるわ!)

シンディーは裏庭に行ったっきり屋敷の中に戻って来た様子も気配もない。
それに二人が屋敷に到着して探検を始めてからそれなりの時間が経過している。
そう、それこそブライトやシェイドが到着してもおかしくないくらいの時間が―――。

(ブライト様とシェイドが来てる・・・!?)

レインはそう直感すると足音を立てるのをやめ、大きな声でファインの名を呼びそうになった己の口を咄嗟に塞いだ。
そしてすぐに辺りを見回すが誰かが近付いてくるような様子はなかった。
それでも警戒するに越した事はなく、レインは慎重にファインが向かったであろう二階の厨房に赴き、離れた所から厨房の入り口を窺う。
厨房では丁度ファインが匂いにつられて奥に入り込もうとしている所だった。

「ふぁ~!良い匂~い!」

フラフラと甘い匂いに誘われて厨房の奥へと足を運んでしまうファイン。
己の食欲に忠実なファインは厨房の隣にある手狭なスペースにある、幅の小さいテーブルの上に置かれた月の国名物・バナナムーンケーキの前に到着する。
美しく完璧な見た目とふんわりと幸せになる香りにファインは両手を組んで瞳を輝かせる。

「わぁ!バナナムーンケーキだ!美味しそ~!!・・・あれ?でも何でバナナムーンケーキ?これって月の国の名物じゃ・・・まぁいっか!」

深く考えるのをやめてファインはご丁寧にもケーキの隣に置かれていたフォークを手に取る。

「いっただきま―――ハッ!!?」

フォークでケーキを切り分けようとした瞬間、背後にただならぬ気配を察知してファインは咄嗟に身を翻して小部屋の角に逃げた。
気配の正体は―――シェイドだった。

「チッ、後少しだったんだがな・・・」

眉を顰めて舌打ちをするシェイドの姿にファインは漸く身の危険を感じて震え上がった。

「ししししししシェ、シェイド!!?」
「追い詰めたぞ、ファイン」
「あわわわわわ・・・!!」

ファインは慌てて部屋を見回すが小部屋に窓や扉はなく、厨房に繋がる入り口がたった一つだけ。
しかもその入り口にはシェイドが立ち塞がっている。
小部屋はあまりにも狭く、シェイドが一歩か二歩詰め寄ればファインが簡単に捕まってしまう程の距離しかなかった。
まさに絶体絶命のピンチである。

「遊びはおしまいだ」
「や、やだ!絶対にアタシたちが勝って『とっておきのご褒美』を貰うんだもん!」
「お前・・・物に釣られてこんな事してるのか・・・」

シェイドは呆れて片手を額に当てると盛大に溜息を吐いた。
遠くの星まで追いかけてその先の舞踏会で翻弄された自分が何だかアホらしく思えて来た。

「だってもしかしたらと~っても美味しいお菓子かもしれないんだよ!?貰ったらシェイドにも分けてあげるから見逃して!!」
「いや、いらん」
「え~っ!?」
「絶叫する意味が分からん」
「じゃ、じゃあどうしたら見逃してもらえる!?」
「何を言われようが見逃すつもりはないぞ」
「そんな~!!」

そう、シェイドとしても絶対に見逃す訳にはいなかった。
『捕まえられなかったらご主人様のお情けでプリンセスを返してもらったという不名誉が胸に残る』という老婆の言葉が脳裏に蘇る。
かくれんぼの魔女はファインとレインにゲームを持ち掛けると同時にシェイドたちにゲームを仕掛けて来たと言える。
魔女側が勝ったら『とっておきのご褒美』とやらがファインとレインに与えられるらしいがそれがどんなものかは未知数だ、危険な物の可能性だってある。
その上、自動的に『大切なプリンセスを捕まえられなかった情けないプリンス』の称号が自分とブライトに与えられてしまう。
色々な意味で魔女が仕掛けて来たこのゲームには何が何でも負ける訳にはいかなかった。

「いい加減大人しくしろ」

コツ、と凄みながらシェイドが一歩を踏み出す。

「うぅ~・・・」

ファインが呻いて赤い瞳いっぱいに涙を溜める。

「・・・っ」

そんな顔をされてしまってはシェイドの伸ばした手も動きを止めてしまう。
しかしその一瞬の隙が命取りとなってしまった。

バンバンバンッ!!

「何だ!?」

大きく壁を叩く音にシェイドは気を取られる。

(レインだ!!)

この壁を叩く音は間違いなくレインの助け舟だと直感したファインはそれを無駄にする事なく逆転の一手に活かす。
まずは素早くしゃがみながらケーキの置かれたテーブルの前に躍り出る。

「なっ、待て!」

慌ててシェイドがファインに手を伸ばそうとするがその時には既にファインは足に力を入れていた。

「それっ!」

掛け声と共にファインは風のようにテーブルの下を通り抜け、見事小部屋から脱出して厨房からの逃亡に成功した。

「クソッ!!」

シェイドは悪態を吐くと慌てて追いかけようとする。

「ファイン!」
「レイン!ありがとう!!」
「もう!こんな事だろうと思ったわよ!」
「ごめ~ん!」

廊下をふたごの姉妹が騒々しく走り抜けて行く。
シェイドが厨房から出る頃には二人は長い廊下の奥を右に曲がった所だった。








「シェイドが来てるって事はブライトも来てるって事だよね!?」
「ええ、間違いないわ!でもまだ姿は見えてなくて・・・」

二人はシェイドが追いかけてきているのを見越して廊下を走り、厨房があった通路とは反対側の通路を走ってそこから三階か一階のどちらかに逃げようと画策していた。
ところがとある部屋の前を通り抜けようとした瞬間、美しいピアノのメロディが二人の耳に入って来て足を止めさせた。

「あれ?ピアノの音?」
「もしかして・・・」
「あ、待ってレイン!」

今度はレインがピアノの音色に釣られて部屋の中に入って行く。
部屋の中は演奏室となっており、広々とした部屋に対面するように置かれた大きくて柔らかそうなソファとその近くにグランドピアノが置かれており、それでブライトは演奏をしていた。
窓からはミントグリーンを僅かに混ぜたような白い光が差し込んでおり、音楽と合わさってより幻想的な雰囲気を作り出している。

(ブライト様が演奏してる!!)

入り口の影から様子を窺っていたレインは目をハートにすると素早くソファの影に隠れて演奏に聞き入った。
その後に遅れてファインがレインの隣にしゃがみこみ、レインの手を引っ張る。

「レインマズイよ!ブライトすぐそこにいるじゃん!」
「もう少しだけ!ね?」

声を潜めてファインが逃亡を促すがレインは両手を合わせて粘ってくる。
先程助けてもらった手前、ファインは強くは言えず仕方なくレインのお願いを聞き入れた。

(はぁ、ブライト様ってピアノも弾けるのね。益々好きになっちゃうわ~!)

止む事なく奏でられるピアノの演奏にレインはうっとりと聞き入る。
これがかくれんぼの最中でなかったらどれだけ良かったか。
理想を語るならば可愛いクッキーと美味しいコーヒーを用意してソファで姿勢を正して聞き入りたいものである。
しかし今はそんな事が出来る状況でもないのでレインは仕方なくそれを妄想で留める事にした。
そしてどんなものにも終わりはあるもので、ブライトによるピアノの演奏は恙なく美しく幕を閉じた。
拍手を送りたいレインだったが何とかそれをぐっと堪える。
鍵盤に乗せていた手をそっと下ろすとブライトは穏やかな笑みを口元に称えたまま静かに瞳を閉じて言い放つ。

「最後までご清聴いただきありがとうございます。プリンセスレイン」

「え・・・?」

「キミなら最後まで聴いてくれると信じていたよ」

ドキリ、とレインの胸が高鳴る。

「だから・・・隠れてないで出ておいで」

ブライトが椅子から立ち上がる音がして今度は別の意味でレインの胸がドキドキと煩くなる。
隣で食べ損ねたバナナムーンケーキを思い出して落ち込んでいたファインも危機を察知するとすぐに入り口の方を向いて逃げる準備をしようとする。
が、そこには当然追い付いていたシェイドが立ち塞がっており、またしても絶対絶命のピンチに陥る。

「もう逃げられないぞ」
「二人共、そろそろ観念してくれないかな?」

少々怒り口調のシェイドと優しいながらも譲らないといった感じの口調のブライト。
ファインの方からはシェイドが、レインの方からはブライトがじりじりと確実に迫ってくる。

「ど、どーする?」
「ど、どーする?」
「逃げる?」
「逃げる?」
「「全力で逃げちゃお!!」」

ファインはレインの手をぐっと握り、レインはファインの重荷にならないように体の力を抜く。
それを確認したファインは真正面の壁に向かって走り出した。

「おりゃりゃりゃりゃりゃー!!!」

火事場のバカ力とでも言おうか、ファインは地面を蹴って壁を走り、一直線にバルコニーに向かった。

「なっ!?アイツ壁を!?」

これには流石のシェイドも驚く。
いくら運動神経が良いとはいえ、ここまで出来るのかと。
ブライトの方も面食らったのか言葉を失って壁を走るファインとそれに身を任せるレインを目で追うのが精一杯だった。
無事にバルコニーに逃走する事に成功したファインは次なる逃走経路を探して右を向く。
しかし右側には何もなく、逃げれそうな道はなかった。

「ファインあっち!」

レインが声で示す方向に顔を向けると二つ隣の部屋のバルコニーがそこに存在していた。
そこそこ距離はあるがファインにとっては大した障害ではなかった。

「しっかり掴まっててね、レイン!!」
「ええ!任せたわよファイン!!」

「まさかアイツ!?」
「待て!待つんだファイン!!」

ファインのやろうとしている事を察知したシェイドとブライトは慌ててバルコニーに向けて走り出す。
だがやはり、ファインの方がいつだって早かった。

「とりゃーーーーーーーーーーーー!!!!」

レインの手をしっかりと握り、ファインは助走をつけて走ると手すりを蹴って思いっきり飛び上がった。
その跳躍力たるやシェイドとブライトを呆気に取らせるには十分なもので、また、余裕で二つ隣のバルコニーに着地出来る程だった。

「着地!」
「流石ファイン!」

「・・・そういえばアイツ、あの運動神経とジャンプ力を見込まれてダンスコンテストに誘われた事があるって言ってたな」
「まさに鳥だねぇ・・・」

「「それ!逃げろ!!」」

「って、呆気に取られてる場合じゃない!追いかけるぞ!」
「そ、そうだね!」

二人が二つ隣のバルコニーの出入り口に駆け込んだのを見てシェイドはブライトに促すと慌てて演奏室を飛び出した。
一方のファインとレインはバルコニーから部屋の中に入ると本棚の前で本を調べていたアッドの前を慌ただしく駆け抜けた。

「「ごめんなさーい!!」」
「うわぁっ!?」

二つの風の塊が駆け抜けるような勢いに押されてアッドは思わず本棚に激突する。
すると本棚が大きく揺れてアッドの頭上にある一番上の段の古びた紺色の本が本棚から飛び出した。
その本は落ちるのと同時に僅かにページが捲れ、偶然挟まっていた古びた写真を吐き出しながらアッドの頭上に角から直撃する。

「いでっ!!」

本の角というものは大きな攻撃力を有しているもので。
目が飛び出すのではないかという痛みと衝撃にアッドは半分涙目になりながら落ちた本を睨み、そしてヒラリと舞い降りた写真を目にした。

「ん?写真?」

気になって拾ってみると写真にはアッドが探していたかくれんぼの魔女の幼少期と思われる少女が写っていた。

「これは・・・!」

何か手掛かりはないかと写真を裏返すとそこにはインクで『シンディー 8歳』と記されていた。

「シン、ディー・・・」

追い求めていた魔女の名前をアッドは静かに大切に呟くのだった。
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