ピースフルパーティーと虹の蜜 第七章~かざぐるまの国~
ピースフルパーティー開催の一時間前。
桐の箱を持ったファインとレインとプーモ、そしてソフィーを筆頭としたプリンセス達はバーバードーのかざぐるまの後ろにそびえ立つかざぐるまの塔の最後尾と言って差し支えないとある塔の前に来ていた。
バーバードーのかざぐるまの羽が五枚、その他のかざぐるまの羽が四枚なのに対してその塔の羽は七枚だった。
それこそがまさにファインが臨まねばならない最後の育成工程に必要な七枚羽のかざぐるまである。
見た所七枚羽のかざぐるまは異常なく動いているようで、風の勢いも穏やかで問題なく虹の花に風を浴びせられそうだ。
「これが七枚羽のかざぐるまよ。どうしてこれだけ羽が七枚なのか誰も知らないの」
「書物などによる記録はありませんの?」
「いいえ、ないわ。でも月の国で発掘される遺跡とかなら何かしらの情報があるかもしれないって噂がありますわ」
「だったら今度ファインに調べて来てもらうのはどうかしら?調査と称してシェイドとデートに行くの!」
「名案ね、レイン!この七枚羽のかざぐるまの歴史も解明されるかもしれないし、ファインもシェイド様と長い時間一緒にいられて一石二鳥ね!」
「も~!レインもリオーネも変な事言わないでよ~!!」
早速茶化されてファインは顔を真っ赤にして慌てる。
その姿に一同はクスクスと笑い、それからナルロを抱っこしているミルロが箱から植木鉢を取り出すように促す。
「ほらファイン、虹の花に風を浴びせましょう?」
「う、うん!」
ファインは頷くと箱を開けて植木鉢を取り出し、それを風の当たる地面の上に置いた。
大きな蕾を宿す虹の花は風に吹かれてゆらゆらと揺れる。
その姿はまるで泳いでいるようにも踊っているようにも見えて楽しそうだった。
しかしそうして揺れている最中に蕾がぐぐっと強く萎まったのを一同は見逃さなかった。
『あ』
風を遮らないように気を付けながらみんなで寄り集まって蕾に注目する。
蕾は強く萎まってから一回、二回、三回と風に揺らされ、そして四回目の揺れと同時にふわりと力を解き放つようにして虹色の花弁を開かせた。
『わぁ・・・!』
全員で声を揃えて開花の瞬間に魅入る。
開花の瞬間など早々に見れるものではない。
けれどその瞬間を、しかもあの虹の花の開花を目の前で見れた事に皆は言葉を失うほかなかった。
しばらく全員で見惚れていたが、最初にファインが握った拳を震わせ、それから広げるのと同時に天に向かって両手を突き上げた。
「やった~~~!!花が開いた~~~!!」
「おめでとう、ファイン!」
「バブバブ~!」
「ガビ~ン!!」
喜ぶファインをゴーチェルとミルキーとナルロが祝福する。
続いてプーモとレインが自分の事のように虹の花が咲いた事を喜ぶ。
「おめでとうございますでプモ、ファイン様!!」
「ここまで長かったわね。でも放り投げずに最後まで頑張って育ててとっても偉いわ!」
「えへへ、みんなが応援してくれたお陰だよ~!本当にありがとう!何かお礼が出来たらいいんだけど・・・」
「あ〜ら?でしたらケーキをプレゼントした後の惚気を聞かせてもらおうかしら?」
「えっ」
ニヤリと口角を上げたアルテッサにファインは、しまった、と言わんばかりに固まる。
そこにハーニィやリオーネ、ソフィーが続いて先程の延長線上でからかいを再開する。
「惚気るからにはやっぱりイチャイチャしてもらわないと!」
「それこそさっきの続きでデートの約束を取り付けるのなんてどう?」
「勿論、勢い余ってキスしてもいいのよ!」
「うぇぁっ!?き、キスぅ!!?むむ、無理無理無理無理!!!」
顔を耳まで赤く染め上げたファインはバッとレインの後ろに隠れる。
「ききききキスなんて出来るわけないじゃん!て、手だって―――」
「繋いだでしょ?」
『え?』
「れ、レイン!!!」
「あ、言っちゃった」
「え?え?ファイン、シェイド様と手を繋いだの!?」
「いつ?何がキッカケで?」
「そそそそれは・・・!」
「話すまで許しませんわよ〜?」
「うぅ・・・」
リオーネ、ミルロ、アルテッサを始め友人全員にジリジリとにじり寄られてファインはたじろぐ。
それから意を決したのか、それともヤケクソになったのか、レインの肩を掴んでずずいとみんなの前に押し出す。
「レイン・・・後はお願い・・・」
「いいの?話して?」
「うん・・・」
「ファインがいいなら話すわ。あのね―――」
ファインに代わってレインはお祭りの時にファインがシェイドと手を繋いだ事、そしてその手を繋いだ写真をシェイドに見せる事なく密かに保管している事を包み隠さず、ややはしゃいだように話し始める。
それを聞いてリオーネ達は頷いたり黄色い声を上げたりニヤニヤ笑ったりと忙しない。
その間ファインは少しでも注目を浴びるのを防ぎたくて虹の花の前にしゃがんだ。
とても甘い香りが花から放たれており、くらくらと酔いしれそうになる。
これだけ甘い香りを漂わせているのだからきっと蜜もこの世のものとは思えない美味しさと甘さで溢れているだろう。
収穫する日を想像してファインが笑みを溢しているとミルキーが隣にやってきた。
「あ、ミルキー」
「バブ!」
なんだかデジャヴを感じる、と思ってすぐにファインはみんなでドリームシードを育てた時の事を思い出す。
あの時もみんなに冷やかされて一人だけ芝生エリアに逃げて、でもその後にミルキーが嬉しそうに追いかけて来た。
唯一の違いはプーモがすぐ傍にいる事だろう。
ファインは照れ臭そうに笑いながら口を開く。
「あのね、虹の蜜を混ぜたバナナパウンドケーキを作る事にしたんだ。大きめのものを作るからシェイドと一緒に仲良く食べてね」
「アーブ!バァブバブバブバーブバブブバブバブイ」
「あはは、そっか。シェイドに責任持って全部食べてもらうか~。ならアタシも気合を入れて美味しいのを作れるように頑張らないとね」
「そういえばケーキ作りは上手くいってますの?」
レインの話を聞き終えたアルテッサが思い出したようにケーキ作りについて尋ねる。
それに対してはプーモが一言。
「進捗率60%といった所でプモ」
「大丈夫なんですの?それ」
「三回に一回は成功するようになったから大丈夫だよ!」
「ちっとも大丈夫なようには思えないけど・・・」
「仮に成功しても味だけが不味いままでプモ」
「一体どんな味付けをしたらそうなりますの」
「アタシが知りたいくらいだよ〜!アルテッサ後で教えて〜!」
「私も私も!どうしても上手くいかないの!」
「味見はちゃんとしてますの?」
「「怖いからしてない!!」」
「だから良くならないんでしょうが!!」
アルテッサが目を釣り上げて怒るとファインとレインは縮こまりながら「ごめんなさ〜い」と反省するのだった。
それから散々お説教されて味見もちゃんと自分達ですると約束したので残りの日にちは少ないものの、なんとかマシになるだろう。
プーモが毒見もとい味見から解放される日が漸く訪れるようだ。
「そうだわ、今から少しだけシェイド様にプレゼントを渡す練習をしない?」
「素晴らしい案だわ、リオーネ!今から練習しておけば本番で盛大にやらかさなくて済むものね!」
リオーネの提案にソフィーが賛同する。
そこにミルロとハーニィが続く。
「シェイド様の役はミルキーにやってもらうのはどうかしら?」
「妹だものね。いいわよね、ミルキー?」
「バブ!」
あれよあれよの内に練習する流れになり、ファインはレインに促されてミルキーをシェイドに見たてて対面する事になる。
流石は兄妹と言うべきか、瞳の色が似ているというだけでシェイドの影が浮かんだ。
たったそれだけでファインの心臓は忙しなく騒ぎ始めるのだが、そんな事も露知らずアルテッサが進行を始める。
「じゃあ、プリンスシェイドにプレゼントを渡す所からいきますわよ。3、2、1、始め!」
「え、えっと・・・シェイ、ド・・・誕生日・・・おめでとう・・・」
「バブバブゥ、バァブバ」
緊張で固まってる所為か、それとも元々演技が下手なだけか、ファインの紡ぐ言葉は途切れ途切れで時々声が裏返ったりしていた。
透明な箱を持つ手なんかはガタガタと震えている。
対するミルキーはシェイドになりきって目を細め、キリッとした顔つきで声まで低くするという徹底ぶり。
しかし伸ばされたミルキーの手は透明な箱を掴まずに意図してファインの手に重ねられる。
「っ!!?」
どひゅんっ!という風の音と残像を残してファインは七枚羽のかざぐるまの後ろに隠れた。
「無理~~~!!」
照れと恥ずかしさで今にも泣きそうな弱々しい声。
呆気に取られていた一同だったが、アルテッサが一番最初に溜息を吐いて呆れた。
「仲直りする時に手を重ねて、お祭りで手を繋いだのに無理だなんて意味が分かりませんわ」
「だってぇ・・・」
「やれやれ、先が思いやられるでプモ・・・」
「しょうがないわねぇ」
照れるファインをレインが強引に引っ張って連れ戻す事によって練習は再開されるのであった。
それからしばらくしてパーティーの始まる時間が近くなり、シェイドへプレゼントを渡す練習は中止されてプリンセス一同はおひさまの国の気球に乗って王宮に戻る事にした。
操縦するのは勿論プーモ。
ファインやレインに任せては墜落する可能性が高いからである。
虹の花が咲いた記念に創作ダンスを踊りそうな勢いであったが、墜落して花が台無しになっても知らないとアルテッサとプーモが釘を刺したお陰で二人はとても大人しかった。
「プモ?プリンスの皆様方がいますでプモ」
前方を見据えていたプーモはかざぐるまの国の気球発着所にプリンス一同が並んで手を振っているのを見つけた。
それを聞いてプリンセス達は「えっ!?」と驚くと慌てた。
「た、大変大変!!」
「これを見られる訳にはいかないわ!!」
「早くここに入れるのよ!!」
オロオロするファインとレインにアルテッサが座席の一部を開けてその中の収納スペースに入れるように促す。
ブライトを元に戻す為に二人と旅をしていたアルテッサは気球のどこに収納スペースがあるかなどを熟知していた。
ファインは持っていた箱をしまうと座席を閉じて冷や汗を拭う。
しかしこれで一安心という訳にはいかない。
「皆様、何を聞かれてもシラを切り通すでプモ!」
『うん!!』
プリンセス達は一致団結して頷く。
ここまで来て作戦がバレる訳にはいかない。
ファインとレインが分かり易くガチガチに緊張していたが、そこは全員でフォローしようと目で話し合う一同。
やがて気球はプーモの丁寧な操縦によって地上に着陸し、エンジンが切られる。
再度、目でプリンセス達と覚悟の確認をしたプーモはゴクリと生唾を飲みながらボタンを押して気球の扉を開いた。
「どこ行ってたのみんな?もうすぐパーティーが始まるよ」
気球の扉が開くとアウラーが最初に前に出て声をかけてきた。
いつもと変わらない明るい口調なのだが、それが探りを入れているのかどうか判断しかねるものがあった。
そんなアウラーには天然で実の妹であるソフィーをぶつける事で乗り切る。
「ごめんなさい、お兄様。すぐに準備しますわ」
「もしかしてまた『女の子の秘密』でどこかに行ってたの?」
間を開けずしてブライトがすかさず追及してくる。
なんとも賢い聞き方だ。
ブライトのこの問に対して否定をした所で相当上手く返さないとどう足掻いてもその裏返しである肯定と捉えられてしまう。
下手をすれば墓穴を掘っていらない事まで口にしてしまう恐れもある。
ならばどう乗り切るか。
開き直って堂々と認めるだけである。
勿論、内容は話さないで。
「ええ。何か問題でもあったかしら?」
「私達、ちゃんと時間までには戻って来たわ」
「べ、別に問題がある訳じゃないけど・・・」
やや強気に、けれど不自然にならないようにミルロとリオーネがそう述べる。
まさか強気になって返されるとは思わず、ブライトがたじろいでいるとソロがフォローするように続いた。
「急にいなくなったので心配していたんです」
「心配をかけてごめんなさい」
「でもお城の人には少し出掛けて来るって言い残した筈よ」
「まさか聞いてないなんて事はないわよね?」
「え、いや、その・・・」
イシェル、ゴーチェル、ハーニィをはじめとした11人の姉達に迫られては流石のソロも言い返す事は出来なかった。
「で、ですが!プリンセス方だけでは何かと危険な事もありましょう!ですから次回は我々も―――」
「必要ありませんわ」
ぴしゃりとティオの発言をねじ伏せるようにしてアルテッサは厳しい声と眼差しでティオを睨む。
蛇に睨まれた蛙が如くティオは「ひぇっ!?」と竦み上がった。
やはり遠回し戦法でははぐらかされてしまうかと悟ったシェイドはダメ元でストレートに質問をぶつけた。
「そろそろ『女の子の秘密』とやらを教えてくれてもいいんじゃないか?」
「だ、ダメだよ!」
「そうよ!大体何でシェイド達に言わなきゃいけないのよ!?」
「俺達にだって知る権利はある」
「私達には言わない権利があるわ!」
「まぁまぁ」
シェイドに反論したのはファインとレインだったが、いつものレインとシェイドの言葉の応酬合戦が勃発しそうになってプーモが間に入って止めようとする。
そこにすかさずミルキーが入ってきてシェイドに向かって拗ねたように唇を尖らせる。
「バブブゥ」
「少しくらいは教えてくれてもいいだろう?」
「ブーブー」
どうやら教えてくれる気は毛ほどもないらしい。
チラリとナルロに視線を送っても「ガビッ!」と手でバッテンを作られてしまった。
ナルロの口は堅いようである。
と、そこでレインがある事を閃いてパッと顔を明るくさせながら一つの提案をした。
「そうだわ!そんなに知りたいならファインとミルキーのペアと勝負するのはどうかしら?五分以内にホールケーキを完食出来たら全部話してあげてもいいわ!」
「出来る訳ないだろ」
「じゃあダメね」
「あのなぁ・・・」
「えー?ダメなの~?」
「バブィ・・・」
「お前達二人はただ食べたいだけだろ」
涙目になってガックリと肩を落とすファインとミルキーにシェイドは呆れた眼差しを送る。
しかし五分以内にケーキを完食せねばならないという条件を前に一切動揺を見せない辺りこの二人には訳ない話なのだろう。
色んな意味で勝負にならない。
それを見越してそんな勝負を持ち込んでくるレインも中々侮れなかった。
しかし、もっと侮れなかったのはソフィーだった。
「あ、ケーキは用意出来ないけどパンなら用意出来るわよ!」
「本当!?」
「バブ!?」
「ええ!ファイン達は覚えてるかしら?かざぐるまの国で一番美味しいパン屋のフーチーさん!最後のパーティーを祝って是非皆さんで食べて下さいって事で出来立てのパンをパーティーが終わる頃にいっぱい届けてくれるそうよ!」
「やった~!!フーチーさんのパンだ~!!」
「またあの美味しいパンが食べられるなんて最高ね!」
「そのパンって美味しいの?」
「ええ!それはもうとっても美味しいのよ!」
フーチーパンと聞いて感激に飛び上がるファインとレイン。
その隣ではアルテッサがリオーネ達にフーチーパンの美味しさについて語った。
美味しいパンの話題で盛り上がるプリンセス達を前にプリンス一同は顔を見合わせると同時に苦笑いを溢した。
「結局今回も煙に巻かれてしまったね」
「あはは、ですね」
「ソフィーのフーチーパンが決め手になっちゃったね」
「しかしこれではもう『女の子の秘密』について聞ける機会はなくなってしまいましたぞ」
「もう放っておけ。また睨まれても知らないぞ」
「それもそうだね。でもみんな、本当にそろそろパーティーが始まるから中に戻ろうか」
『うん!』
ブライトの呼びかけにプリンセス達はパン談義を中断して前を歩くプリンス達の後ろについて行く。
けれどそんなプリンス達から少し距離を空けてプリンセス達は小さな声で一言。
「ありがとう、ソフィー」
「お陰で助かったわ」
「ナイスフォローですわ」
「ちょっと空気が悪くなりかけたけどソフィーのお陰で丸く収まったわ」
「それに上手く話も逸らせたわ」
「諦めてくれたみたいだしこれでまた聞かれる事もなさそうね」
「ブブイ」
ファイン、レイン、アルテッサ、リオーネ、ミルロ、ゴーチェル、ミルキーの順で口々に礼を述べる。
それを受けてソフィーはニッコリを笑みを浮かべると皆を鼓舞した。
「気にしないで。それよりもみんなで頑張って計画を最後まで成功させましょう!」
『おー!』
プリンス達に気付かれないようにしてプリンセス達は小さく腕を上げ、意志を固め合うのであった。
続く
桐の箱を持ったファインとレインとプーモ、そしてソフィーを筆頭としたプリンセス達はバーバードーのかざぐるまの後ろにそびえ立つかざぐるまの塔の最後尾と言って差し支えないとある塔の前に来ていた。
バーバードーのかざぐるまの羽が五枚、その他のかざぐるまの羽が四枚なのに対してその塔の羽は七枚だった。
それこそがまさにファインが臨まねばならない最後の育成工程に必要な七枚羽のかざぐるまである。
見た所七枚羽のかざぐるまは異常なく動いているようで、風の勢いも穏やかで問題なく虹の花に風を浴びせられそうだ。
「これが七枚羽のかざぐるまよ。どうしてこれだけ羽が七枚なのか誰も知らないの」
「書物などによる記録はありませんの?」
「いいえ、ないわ。でも月の国で発掘される遺跡とかなら何かしらの情報があるかもしれないって噂がありますわ」
「だったら今度ファインに調べて来てもらうのはどうかしら?調査と称してシェイドとデートに行くの!」
「名案ね、レイン!この七枚羽のかざぐるまの歴史も解明されるかもしれないし、ファインもシェイド様と長い時間一緒にいられて一石二鳥ね!」
「も~!レインもリオーネも変な事言わないでよ~!!」
早速茶化されてファインは顔を真っ赤にして慌てる。
その姿に一同はクスクスと笑い、それからナルロを抱っこしているミルロが箱から植木鉢を取り出すように促す。
「ほらファイン、虹の花に風を浴びせましょう?」
「う、うん!」
ファインは頷くと箱を開けて植木鉢を取り出し、それを風の当たる地面の上に置いた。
大きな蕾を宿す虹の花は風に吹かれてゆらゆらと揺れる。
その姿はまるで泳いでいるようにも踊っているようにも見えて楽しそうだった。
しかしそうして揺れている最中に蕾がぐぐっと強く萎まったのを一同は見逃さなかった。
『あ』
風を遮らないように気を付けながらみんなで寄り集まって蕾に注目する。
蕾は強く萎まってから一回、二回、三回と風に揺らされ、そして四回目の揺れと同時にふわりと力を解き放つようにして虹色の花弁を開かせた。
『わぁ・・・!』
全員で声を揃えて開花の瞬間に魅入る。
開花の瞬間など早々に見れるものではない。
けれどその瞬間を、しかもあの虹の花の開花を目の前で見れた事に皆は言葉を失うほかなかった。
しばらく全員で見惚れていたが、最初にファインが握った拳を震わせ、それから広げるのと同時に天に向かって両手を突き上げた。
「やった~~~!!花が開いた~~~!!」
「おめでとう、ファイン!」
「バブバブ~!」
「ガビ~ン!!」
喜ぶファインをゴーチェルとミルキーとナルロが祝福する。
続いてプーモとレインが自分の事のように虹の花が咲いた事を喜ぶ。
「おめでとうございますでプモ、ファイン様!!」
「ここまで長かったわね。でも放り投げずに最後まで頑張って育ててとっても偉いわ!」
「えへへ、みんなが応援してくれたお陰だよ~!本当にありがとう!何かお礼が出来たらいいんだけど・・・」
「あ〜ら?でしたらケーキをプレゼントした後の惚気を聞かせてもらおうかしら?」
「えっ」
ニヤリと口角を上げたアルテッサにファインは、しまった、と言わんばかりに固まる。
そこにハーニィやリオーネ、ソフィーが続いて先程の延長線上でからかいを再開する。
「惚気るからにはやっぱりイチャイチャしてもらわないと!」
「それこそさっきの続きでデートの約束を取り付けるのなんてどう?」
「勿論、勢い余ってキスしてもいいのよ!」
「うぇぁっ!?き、キスぅ!!?むむ、無理無理無理無理!!!」
顔を耳まで赤く染め上げたファインはバッとレインの後ろに隠れる。
「ききききキスなんて出来るわけないじゃん!て、手だって―――」
「繋いだでしょ?」
『え?』
「れ、レイン!!!」
「あ、言っちゃった」
「え?え?ファイン、シェイド様と手を繋いだの!?」
「いつ?何がキッカケで?」
「そそそそれは・・・!」
「話すまで許しませんわよ〜?」
「うぅ・・・」
リオーネ、ミルロ、アルテッサを始め友人全員にジリジリとにじり寄られてファインはたじろぐ。
それから意を決したのか、それともヤケクソになったのか、レインの肩を掴んでずずいとみんなの前に押し出す。
「レイン・・・後はお願い・・・」
「いいの?話して?」
「うん・・・」
「ファインがいいなら話すわ。あのね―――」
ファインに代わってレインはお祭りの時にファインがシェイドと手を繋いだ事、そしてその手を繋いだ写真をシェイドに見せる事なく密かに保管している事を包み隠さず、ややはしゃいだように話し始める。
それを聞いてリオーネ達は頷いたり黄色い声を上げたりニヤニヤ笑ったりと忙しない。
その間ファインは少しでも注目を浴びるのを防ぎたくて虹の花の前にしゃがんだ。
とても甘い香りが花から放たれており、くらくらと酔いしれそうになる。
これだけ甘い香りを漂わせているのだからきっと蜜もこの世のものとは思えない美味しさと甘さで溢れているだろう。
収穫する日を想像してファインが笑みを溢しているとミルキーが隣にやってきた。
「あ、ミルキー」
「バブ!」
なんだかデジャヴを感じる、と思ってすぐにファインはみんなでドリームシードを育てた時の事を思い出す。
あの時もみんなに冷やかされて一人だけ芝生エリアに逃げて、でもその後にミルキーが嬉しそうに追いかけて来た。
唯一の違いはプーモがすぐ傍にいる事だろう。
ファインは照れ臭そうに笑いながら口を開く。
「あのね、虹の蜜を混ぜたバナナパウンドケーキを作る事にしたんだ。大きめのものを作るからシェイドと一緒に仲良く食べてね」
「アーブ!バァブバブバブバーブバブブバブバブイ」
「あはは、そっか。シェイドに責任持って全部食べてもらうか~。ならアタシも気合を入れて美味しいのを作れるように頑張らないとね」
「そういえばケーキ作りは上手くいってますの?」
レインの話を聞き終えたアルテッサが思い出したようにケーキ作りについて尋ねる。
それに対してはプーモが一言。
「進捗率60%といった所でプモ」
「大丈夫なんですの?それ」
「三回に一回は成功するようになったから大丈夫だよ!」
「ちっとも大丈夫なようには思えないけど・・・」
「仮に成功しても味だけが不味いままでプモ」
「一体どんな味付けをしたらそうなりますの」
「アタシが知りたいくらいだよ〜!アルテッサ後で教えて〜!」
「私も私も!どうしても上手くいかないの!」
「味見はちゃんとしてますの?」
「「怖いからしてない!!」」
「だから良くならないんでしょうが!!」
アルテッサが目を釣り上げて怒るとファインとレインは縮こまりながら「ごめんなさ〜い」と反省するのだった。
それから散々お説教されて味見もちゃんと自分達ですると約束したので残りの日にちは少ないものの、なんとかマシになるだろう。
プーモが毒見もとい味見から解放される日が漸く訪れるようだ。
「そうだわ、今から少しだけシェイド様にプレゼントを渡す練習をしない?」
「素晴らしい案だわ、リオーネ!今から練習しておけば本番で盛大にやらかさなくて済むものね!」
リオーネの提案にソフィーが賛同する。
そこにミルロとハーニィが続く。
「シェイド様の役はミルキーにやってもらうのはどうかしら?」
「妹だものね。いいわよね、ミルキー?」
「バブ!」
あれよあれよの内に練習する流れになり、ファインはレインに促されてミルキーをシェイドに見たてて対面する事になる。
流石は兄妹と言うべきか、瞳の色が似ているというだけでシェイドの影が浮かんだ。
たったそれだけでファインの心臓は忙しなく騒ぎ始めるのだが、そんな事も露知らずアルテッサが進行を始める。
「じゃあ、プリンスシェイドにプレゼントを渡す所からいきますわよ。3、2、1、始め!」
「え、えっと・・・シェイ、ド・・・誕生日・・・おめでとう・・・」
「バブバブゥ、バァブバ」
緊張で固まってる所為か、それとも元々演技が下手なだけか、ファインの紡ぐ言葉は途切れ途切れで時々声が裏返ったりしていた。
透明な箱を持つ手なんかはガタガタと震えている。
対するミルキーはシェイドになりきって目を細め、キリッとした顔つきで声まで低くするという徹底ぶり。
しかし伸ばされたミルキーの手は透明な箱を掴まずに意図してファインの手に重ねられる。
「っ!!?」
どひゅんっ!という風の音と残像を残してファインは七枚羽のかざぐるまの後ろに隠れた。
「無理~~~!!」
照れと恥ずかしさで今にも泣きそうな弱々しい声。
呆気に取られていた一同だったが、アルテッサが一番最初に溜息を吐いて呆れた。
「仲直りする時に手を重ねて、お祭りで手を繋いだのに無理だなんて意味が分かりませんわ」
「だってぇ・・・」
「やれやれ、先が思いやられるでプモ・・・」
「しょうがないわねぇ」
照れるファインをレインが強引に引っ張って連れ戻す事によって練習は再開されるのであった。
それからしばらくしてパーティーの始まる時間が近くなり、シェイドへプレゼントを渡す練習は中止されてプリンセス一同はおひさまの国の気球に乗って王宮に戻る事にした。
操縦するのは勿論プーモ。
ファインやレインに任せては墜落する可能性が高いからである。
虹の花が咲いた記念に創作ダンスを踊りそうな勢いであったが、墜落して花が台無しになっても知らないとアルテッサとプーモが釘を刺したお陰で二人はとても大人しかった。
「プモ?プリンスの皆様方がいますでプモ」
前方を見据えていたプーモはかざぐるまの国の気球発着所にプリンス一同が並んで手を振っているのを見つけた。
それを聞いてプリンセス達は「えっ!?」と驚くと慌てた。
「た、大変大変!!」
「これを見られる訳にはいかないわ!!」
「早くここに入れるのよ!!」
オロオロするファインとレインにアルテッサが座席の一部を開けてその中の収納スペースに入れるように促す。
ブライトを元に戻す為に二人と旅をしていたアルテッサは気球のどこに収納スペースがあるかなどを熟知していた。
ファインは持っていた箱をしまうと座席を閉じて冷や汗を拭う。
しかしこれで一安心という訳にはいかない。
「皆様、何を聞かれてもシラを切り通すでプモ!」
『うん!!』
プリンセス達は一致団結して頷く。
ここまで来て作戦がバレる訳にはいかない。
ファインとレインが分かり易くガチガチに緊張していたが、そこは全員でフォローしようと目で話し合う一同。
やがて気球はプーモの丁寧な操縦によって地上に着陸し、エンジンが切られる。
再度、目でプリンセス達と覚悟の確認をしたプーモはゴクリと生唾を飲みながらボタンを押して気球の扉を開いた。
「どこ行ってたのみんな?もうすぐパーティーが始まるよ」
気球の扉が開くとアウラーが最初に前に出て声をかけてきた。
いつもと変わらない明るい口調なのだが、それが探りを入れているのかどうか判断しかねるものがあった。
そんなアウラーには天然で実の妹であるソフィーをぶつける事で乗り切る。
「ごめんなさい、お兄様。すぐに準備しますわ」
「もしかしてまた『女の子の秘密』でどこかに行ってたの?」
間を開けずしてブライトがすかさず追及してくる。
なんとも賢い聞き方だ。
ブライトのこの問に対して否定をした所で相当上手く返さないとどう足掻いてもその裏返しである肯定と捉えられてしまう。
下手をすれば墓穴を掘っていらない事まで口にしてしまう恐れもある。
ならばどう乗り切るか。
開き直って堂々と認めるだけである。
勿論、内容は話さないで。
「ええ。何か問題でもあったかしら?」
「私達、ちゃんと時間までには戻って来たわ」
「べ、別に問題がある訳じゃないけど・・・」
やや強気に、けれど不自然にならないようにミルロとリオーネがそう述べる。
まさか強気になって返されるとは思わず、ブライトがたじろいでいるとソロがフォローするように続いた。
「急にいなくなったので心配していたんです」
「心配をかけてごめんなさい」
「でもお城の人には少し出掛けて来るって言い残した筈よ」
「まさか聞いてないなんて事はないわよね?」
「え、いや、その・・・」
イシェル、ゴーチェル、ハーニィをはじめとした11人の姉達に迫られては流石のソロも言い返す事は出来なかった。
「で、ですが!プリンセス方だけでは何かと危険な事もありましょう!ですから次回は我々も―――」
「必要ありませんわ」
ぴしゃりとティオの発言をねじ伏せるようにしてアルテッサは厳しい声と眼差しでティオを睨む。
蛇に睨まれた蛙が如くティオは「ひぇっ!?」と竦み上がった。
やはり遠回し戦法でははぐらかされてしまうかと悟ったシェイドはダメ元でストレートに質問をぶつけた。
「そろそろ『女の子の秘密』とやらを教えてくれてもいいんじゃないか?」
「だ、ダメだよ!」
「そうよ!大体何でシェイド達に言わなきゃいけないのよ!?」
「俺達にだって知る権利はある」
「私達には言わない権利があるわ!」
「まぁまぁ」
シェイドに反論したのはファインとレインだったが、いつものレインとシェイドの言葉の応酬合戦が勃発しそうになってプーモが間に入って止めようとする。
そこにすかさずミルキーが入ってきてシェイドに向かって拗ねたように唇を尖らせる。
「バブブゥ」
「少しくらいは教えてくれてもいいだろう?」
「ブーブー」
どうやら教えてくれる気は毛ほどもないらしい。
チラリとナルロに視線を送っても「ガビッ!」と手でバッテンを作られてしまった。
ナルロの口は堅いようである。
と、そこでレインがある事を閃いてパッと顔を明るくさせながら一つの提案をした。
「そうだわ!そんなに知りたいならファインとミルキーのペアと勝負するのはどうかしら?五分以内にホールケーキを完食出来たら全部話してあげてもいいわ!」
「出来る訳ないだろ」
「じゃあダメね」
「あのなぁ・・・」
「えー?ダメなの~?」
「バブィ・・・」
「お前達二人はただ食べたいだけだろ」
涙目になってガックリと肩を落とすファインとミルキーにシェイドは呆れた眼差しを送る。
しかし五分以内にケーキを完食せねばならないという条件を前に一切動揺を見せない辺りこの二人には訳ない話なのだろう。
色んな意味で勝負にならない。
それを見越してそんな勝負を持ち込んでくるレインも中々侮れなかった。
しかし、もっと侮れなかったのはソフィーだった。
「あ、ケーキは用意出来ないけどパンなら用意出来るわよ!」
「本当!?」
「バブ!?」
「ええ!ファイン達は覚えてるかしら?かざぐるまの国で一番美味しいパン屋のフーチーさん!最後のパーティーを祝って是非皆さんで食べて下さいって事で出来立てのパンをパーティーが終わる頃にいっぱい届けてくれるそうよ!」
「やった~!!フーチーさんのパンだ~!!」
「またあの美味しいパンが食べられるなんて最高ね!」
「そのパンって美味しいの?」
「ええ!それはもうとっても美味しいのよ!」
フーチーパンと聞いて感激に飛び上がるファインとレイン。
その隣ではアルテッサがリオーネ達にフーチーパンの美味しさについて語った。
美味しいパンの話題で盛り上がるプリンセス達を前にプリンス一同は顔を見合わせると同時に苦笑いを溢した。
「結局今回も煙に巻かれてしまったね」
「あはは、ですね」
「ソフィーのフーチーパンが決め手になっちゃったね」
「しかしこれではもう『女の子の秘密』について聞ける機会はなくなってしまいましたぞ」
「もう放っておけ。また睨まれても知らないぞ」
「それもそうだね。でもみんな、本当にそろそろパーティーが始まるから中に戻ろうか」
『うん!』
ブライトの呼びかけにプリンセス達はパン談義を中断して前を歩くプリンス達の後ろについて行く。
けれどそんなプリンス達から少し距離を空けてプリンセス達は小さな声で一言。
「ありがとう、ソフィー」
「お陰で助かったわ」
「ナイスフォローですわ」
「ちょっと空気が悪くなりかけたけどソフィーのお陰で丸く収まったわ」
「それに上手く話も逸らせたわ」
「諦めてくれたみたいだしこれでまた聞かれる事もなさそうね」
「ブブイ」
ファイン、レイン、アルテッサ、リオーネ、ミルロ、ゴーチェル、ミルキーの順で口々に礼を述べる。
それを受けてソフィーはニッコリを笑みを浮かべると皆を鼓舞した。
「気にしないで。それよりもみんなで頑張って計画を最後まで成功させましょう!」
『おー!』
プリンス達に気付かれないようにしてプリンセス達は小さく腕を上げ、意志を固め合うのであった。
続く