ピースフルパーティーと虹の蜜 第七章~かざぐるまの国~
「アタシのパートナーはレインで決まり!」
「私のパートナーはファインで決まりよ!」
『え?』
おひさまの国のとある一室では各国のプリンスとプリンセスが集まって今度のピースフルパーティーの打ち合わせと先日のお祭りの写真の現像アンケートが行われていた。
一冊の分厚いアルバムにキャメロットとルルが撮影した写真が全て納められており、番号が振ってあるので欲しい写真を紙に書いて現像してもらい、後日郵便で送ってもらうという方式だ。
さて、今度のピースフル『ロマンティック』パーティーについてだが、こちらは各国のプリンス・プリンセス一同による演奏とダンスが披露される事が決まった。
演奏曲は大昔に各国の音楽家達が集まって作り上げたという楽譜を使用する事になっている。
平和を記念するパーティーに相応しい楽曲と言えよう。
次にその音楽に合わせてダンスを披露するのだがその役目はファインとレインに決まった。
二人は最初こそ遠慮し、前回のプリンセスパーティー同様アウラーとアルテッサのペアでロマンティックなダンスを披露すべきだと主張したが、平和を掴んだ本人達がその象徴として踊る事に意味があるのだと説得されて照れ臭いながらも二人はダンスを受け入れる事にした。
問題はそこからだった。
ファインとレインが躍るようにと強く推したのは主に他のプリンセス達であった。
というのも、折角だからシェイドやブライトとペアを組ませて躍らせて後で冷やかしてやろうという思惑があったからである。
ところが予想外な事に二人は冒頭のセリフを元気よく純粋に高らかに宣言したのだ。
それも「ダンスのパートナーはシェイド様とブライト様にお願いしましょう」と言いかけたリオーネの言葉を遮って。
何となくパートナーに抜擢されそうだと予想していたシェイドとブライトもまさかファインとレインがそう宣言するとは思わず、みんなと揃って「え?」と呆気にとられながら二人を見返すのだった。
「で、でも、平和を記念するんだから他の国のプリンスと踊った方がより平和を表現出来るっていうか―――」
「前回のプリンセスパーティーでアタシはレインと踊ったもん」
「ファイン以外のパートナーなんてあり得ないって分かったの」
慌ててリオーネが軌道修正するもまたもやそのセリフを遮って二人はニコニコと言い放つ。
そこに援護と言わんばかりにアルテッサが口を挟む。
「でもふしぎ星の平和を祝うパーティーでお兄様やプリンスシェイドと踊ったじゃない。あれはどうなの?」
「それはそれ」
「これはこれ」
「はぁ・・・?」
呆れて物も言えないとはこの事か。
折角のチャンスだというのにそれを不意にするとは何事か。
特にレインなんかはブライトの事が好きでこういう機会は絶対に逃がさない筈なのに珍しい限りである。
「そ、そう言えば二人は前回のパーティーではプリンスシェイドと踊る予定だったのよね?あの時は横取りしてごめんなさい」
ナルロと一緒に現像する写真の選定を終えたミルロはそれをリオーネに回して申し訳なさそうに眉を下げる。
ダンスの練習をしていたあの時、パートナーを慌てて探していたミルロだったが闇の力に襲われて高く投げ出された。
そこをシェイドに助けられ、ダメ元でパートナーの申し込みをしたら了承を得られたので安心したのを覚えている。
しかし後になって了承を得る前にシェイドがポツリと呟いた「お払い箱になった」という言葉の意味が、実はファインとレインと既にパートナーを組んでいたという事なのだと知った時は慌てた。
すぐにペアを解消しようかと思ったがパーティーは目前で間に合わなかったのと、シェイドが「今更何言ったってあの二人はもう変えないと思うぞ」と呆れ交じりに笑っていたのでそのままシェイドとのダンスを続行する事になったのである。
ふしぎ星の平和を祝うパーティーで念願叶ってそれぞれと踊れたとはいえ、それとは別で前回のパーティーのリベンジをしたらどうかと暗にミルロが促すもレインがそれを一刀両断する。
「気にしないで、ミルロ。急に用事が出来たから他を探せって言って放り出したシェイドが悪いのよ」
「おい、捏造するな。確かに用事が出来たとは言ったが他を探せとは言ってないぞ」
「でもいきなり用事が出来たって言って放り出したのはつまりそういう事でしょう?面倒になったから適当に断ったとかそういうのなんじゃないの?」
「そうやって勝手な解釈で人の言葉を捏造するな。聞いたぞ、恐ろしの森の件で俺がファインを誘拐したってブライトに言ったらしいな」
「それが何よ?」
「明らかに事実と違うだろ。勝手についてきたファインがレジーナを驚かせて暴走させただけで誘拐の意図はどこにもないだろ」
「あの時のシェイドはエクリプスを名乗ってた怪しい人じゃない。何だろうと誘拐と殆ど一緒よ」
「全然違うだろ」
「まぁまぁ、過ぎた事は気にしない気にしない」
「ファイン、俺は過去の事で腹を立ててるんじゃない。レインの勝手な物言いに腹を立ててるんだ」
「そうは言うけどでもそのお陰で私はファインというパートナーに気付けたんだからあの時断ってくれたのは感謝してるわよ」
「あのなぁ・・・」
まるで取りつく島もない。
チラリとファインに視線を送ってみてもレインと仲良く「ねー!」とニコニコ笑い合うだけ。
いつもの勘の良さはどこへ行ったのやら。
忌々し気に重たく溜息を吐くシェイドを気遣って今度はゴーチェルが説得を試みる。
「逆にどうして二人で踊る事に拘るの?」
「だってアタシ達は平和の象徴なんでしょ?」
「だったら私達だけで踊る以外にないじゃない。あ、プーモも一緒に踊る?」
「平和を取り戻す為にあの時一番頑張ってくれたのはプーモだもんね」
「い、いえ!僕は皆様の演奏やお二人のダンスを拝見させていただきますでプモ!」
「遠慮しない遠慮しない」
「誰も気にしないし平気よ」
「僕が気にしますでプモ!」
首を横に振って全力で申し出を断るプーモ。
元より参加せずに見ているだけのつもりであったし、何よりもファインとレイン以外のみんなの視線が痛くてとてもではないが申し出を受け入れるなど出来なかった。
そこに見兼ねたアウラーがやや冗談めかしながら二人の説得に挑む。
「もしかして二人はいつものあのイヤイヤダンスを披露してみんなを驚かせようとしてる?でもまさかそんな事は―――」
「ええっ!?アウラー何で分かったの!?」
「もしかしてエスパー!?」
「えぇっ!?本当にするつもりだったの!!?」
「ダメに決まってるでしょあんなヘンテコダンスなんか!!」
心底驚くアウラーに続いてアルテッサが目を釣り上げながらダンッ!と机を叩く。
しかしファインとレインは眉を下げながら尚も食い下がる。
「でもアタシ達と言えばイヤイヤダンスでしょ?」
「しかも今度のは更にグレードアップしたスーパーウルトライヤイヤダンスよ?」
「グレードの問題じゃないの!そもそも平和を記念したパーティーで何を嫌がるの!?平和と真逆じゃない!!」
「あ、そっか」
「そう言えばそうね」
アルテッサの渾身のツッコミで軌道修正しつつある事に安心する一同。
だが、あの二人がそう簡単に修正される筈もなく。
「じゃあ『嬉しい嬉しいダンス』で!」
「やるっきゃないわね!」
「イヤイヤダンスと変わらないでしょうが!!」
最早漫才のようなやり取りに満面の笑顔のソフィー以外は苦笑いだった。
その間にリオーネとティオが写真の選定を終えてシェイドにアルバムを渡してきた.
だが渡してくる際に二人は必死に笑いを堪えようとしていた。
ファイン達のやり取りに笑った訳でもなく、シェイドや他の人間の何かを見て笑ったようでもなさそうである。
一体何なんだろうと疑問に思いながら表紙を捲るとアルバムに気付いたミルキーが歩行器を操作して横から覗いてきた。
「欲しい写真があったら遠慮なく言うんだぞ」
「バブ!」
ミルキーの為にもゆっくりアルバムを捲りながらシェイドは写真を眺める。
その間にも漫才は続いていたが写真に集中している為にシェイドの耳には入らなかった。
(本当によく撮れてるな)
手ブレや発光した物は予め取り除かれているだろうが、それにしたってどの写真もくっきりハッキリとよく撮れており、シェイドはキャメロットとルルの写真の腕に改めて感心した。
わたあめを持ったソフィーとリンゴ飴を持ったリオーネとかき氷を持ったミルロ達三人が笑顔で写ってる写真、プリンス一同で射的で遊んでいた写真、大口を開けてトウモロコシを食べようとするプーモの写真など楽しい時間を綺麗に切り取ったようなものが盛り沢山だった。
その中でシェイドは自分が写っているものを選出し、時々ミルキーが見落としたミルキーの写ってる写真を教えてあげた。
ミルキーの写っている写真はやはりというか、殆どがファインや他の友人達と食べ物を食べているものばかりだ。
けれどそれとは別にミルキーは同じようにシェイドが写っている写真と自分が写っていない友人だけの写真も選んでいた。
きっとシェイドやみんなの顔を忘れない為なのだろう。
そんな風に思える友人をミルキーが作れた事をシェイドは嬉しく思いながら写真を眺めては捲っていく。
しかしその中である写真を見てシェイドの動きがピタリと止まる。
(うおっ・・・)
ファインと二人行動していた時の写真がズラリと貼られたページ。
こうして写真として客観視すると照れ臭さにも似た羞恥心が込み上げてくる。
これを前者のミルロやリオーネ達も見たのだろうかと思うと穴があったら入りたい気分に駆られた。
しかしそこでふとある事に思い至り、パラパラと先のページを捲ったら同じようにお化け屋敷でペア行動をしていたブライトとレイン、アルテッサとアウラーのカップル同然な写真が貼られていた。
つまりこの顔を覆いたくなるような照れ臭い写真は他も平等に載せられている訳で、シェイドだけがからかわれる事態は避けられそうである。
それにしたってこのファインとのツーショットばかりの写真を選ぶのは些か抵抗がある。
後でファインが用紙を回収した時に見られる事を考えるとペンを動かす手はどうしても止まるのであった。
やはりここは見なかった事にしてさっさと次のページを捲ろうかと思った矢先にミルキーがシェイドの手を掴んで強引に番号を書き込もうとする。
「お、おい!ミルキー!」
「アブブ」
「いや、俺は別に・・・」
「バブバブアブブバブバブバブバッ」
「・・・分かったよ、書くよ。書けばいいんだろ。その代わりにこれらの写真は一枚しか注文しないし保管もお兄様がするからな。後でからかわれたら適わん」
「ブブイ!」
いつもはミルキーに甘いシェイドも今回ばかりはこれみよがしに溜息を吐いて不満を露わにする。
しかしニヤニヤと笑みを浮かべているミルキーにはどこ吹く風。
早くその視線から逃れたくてさっさと数字を書き込んでページを捲っていく。
その最中に気付いたのが、シェイドがファインと手を繋いでいた写真が不自然に一枚もなかった事。
一枚くらいあってもおかしくないのに見落としがなければ手を繋いでる瞬間のものは一つとして見当たらなかった。
(・・・上手く撮れなかったと解釈しておこう)
残念なような、ホッとしたような。
一枚くらいはあってもいいと思う反面、盛大にからかわれそうなのでなくて良かったとも思う、そんな複雑な気持ち。
後でファインに聞いてみようか、やめようか、なんて悩んでいるシェイドは最後のページを捲るとミルキーと共に一瞬動きが止まり、それから噴き出すのを必死に堪えながら最後のページに載せられていた写真の番号を書き込んでアルバムを閉じるのだった。
「ほら、ソロ、タネタネプリンセス・・・くくっ・・・!」
「ど、どうも・・・?」
笑いを堪える月の国の兄妹を訝し気に見上げながらソロは姉達と共にアルバムを捲って選定を始める。
その後しばらくして最後のページで月の国の兄妹が笑っていた理由を知って同じように笑いを堪えながらアウラーとソフィーに回すのであった。
「全く、そんなヘンテコなダンスばかり踊ってるからプリンセスらしくないと言われますのよ!もっとまともなダンスはないの?」
「まともなダンス・・・」
「まともなダンス・・・」
「「あっ!!」」
閃いたと言わんばかりにファインとレインはパッと表情を明るくさせてお互いに人差し指を指し合うと椅子から降りて椅子と壁の間の空いているスペースに並んで立った。
「まともなダンスならあるよ!」
「お父様もお母様も笑顔にしてあのキャメロットにも褒められたダンスよ!」
自信満々にそう言い放つとファインとレインは静かに向きあって仰々しくお辞儀をした。
それから顔を上げると互いに両手を出して掴み合い、リズムよく踊り始めた。
繋いだ両手を左右にゆらゆらと揺らし、一度立ち止まって手を繋いだままお互いの立ち位置を変えるとまた両手を揺らして今度は片手を離して大きく開いてみせて、そしてまた両手を繋ぐ。
それら一連の流れを繰り返すだけの簡単で少し幼くて、けれどとても可愛らしいダンス。
これには先程まで怒鳴っていたアルテッサも思わず魅入ってしまい、他のプリンセスやプリンス達も静かに二人のダンスを見続けた。
やがて二人の中で音楽が終わったのか、片方の手は繋いだまま、もう片方の手は離して大きく反対側に広げてポーズを取るととびきりの笑顔を皆に見せた。
「「イェーイ!終わり!!」」
「どうだったどうだった!?」
「とってもよく踊れていたでしょう!?」
「え?あ、まぁまぁ・・・そうですわねぇ」
「とても素晴らしかったですぞ!」
「ガビーン!」
感想を求められたアルテッサはしばし呆けていたが、しょうがないという風に微笑み、そこにティオとナルロが続いて興奮したように褒め称えた。
「認めるしかないようだな・・・」
まともなダンスと聞いてもそんなもの本当にあるのかと疑わし気だったシェイドはその『まともなダンス』とやらを目の当たりにして観念したように呟く。
そこに―――
「元気を出して、シェイド様。仕方ないからここはブライト様と一緒に踊るのはどうかしら?」
「何が悲しくてコイツと踊らねばならんのだ」
「仕方ないね。踊ろうか、シェイド」
「お前一人でブライトサンバでも踊ってろ」
「ぐはぁっ!!」
満面の笑みで変な提案をしてくるソフィーと爽やかな笑顔で悪乗りしてきたブライト。
前者に厳しいツッコミを入れ、後者に容赦ない言葉のブロウをお見舞いする事でシェイドは処理を終えるのだった。
そんな三人のやり取りを苦笑いしながら眺めていたアウラーはタイミングを見計らってソフィーに写真についての最終確認をする。
「ほらほらソフィー、写真はもういいのかい?」
「あ、ごめんなさいお兄様。えーっと・・・最後のこの写真を十枚注文してくださらないかしら?」
「えっ・・・あー・・・」
アウラーは顔を引き攣らせてチラリとアルテッサを見やる。
視線を受けてアルテッサは首を傾げるがアウラーは何も言わず静かにソフィーに視線を戻す。
大切な女性と可愛い妹、天秤にかけてもどちらかが大きく傾く事なく均等に釣り合っている。
そのくらいアウラーにとってアルテッサとソフィーは差なんかつける事が出来ないくらい大切な存在だった。
しかし真横で期待の眼差しで見つめられては『妹に甘い優しいお兄様』にならざる得なかった。
「・・・怒られても知らないよ?」
「大丈夫よ!アルテッサならきっと分かってくれる筈だわ!」
「何の話をしてますの?」
「えぇっと・・・まぁ、見れば分かるよ・・・」
リクエストに応えてアウラーはアルバムの最後のページに載せてあった写真を十枚注文する旨を書き込むとそれを閉じて未だ顔を引き攣らせたままブライトとアルテッサに回した。
首を傾げながらも宝石の国の兄妹はページを捲って写真の選定を始める。
「あ、お兄様、私これが欲しいですわ」
「うん、分かったよ。僕はこれとこれと・・・」
「あら、これはいいんですの?」
「あ、アルテッサ!あんまり大きな声で言わないでくれないか?」
「ウフフ!」
お化け屋敷でレインと手を繋いでいる写真を指差してアルテッサが悪戯っぽく尋ねるとブライトは慌てた。
こうして写真で見ると些か照れ臭い。
でもしっかり注文する辺りブライトはやっぱり素直だった。
この他にも友人達と写った写真、レインがファインや他のプリンセス達と写っている写真もさりげなく紙に書き込んでいく。
勿論アルテッサも友人達と写っている写真を選んでいたが、恥ずかし気にアウラーとのツーショットを選ぶ姿はとても可愛らしく、優しいブライトは仕返しをする事はしなかった。
しかし最後のページに差し掛かった所でブライトは「あ・・・」と声を漏らし、アルテッサは顔面蒼白となって震えだす。
「な・・・な・・・な・・・何ですのこれはぁ~~~!!!??」
「どうしたの?」
「何々?」
絶叫するアルテッサを不思議に思ってファインとレインは二人の後ろに立ってアルバムを覗き込む。
そして開かれていたページに一枚だけ貼られていた写真を見て「あ~これ~!」と声を揃えた。
「載せようかどうか迷ったんだけど」
「勝手に弾くのは良くないわよねって話し合って載せる事にしたの」
「弾いていいものよこれは!!!しかもよりにもよって何で最後のページのど真ん中に一枚だけ載せるの!!?」
「いや~最後に悩みに悩んだ一枚だからさ~」
「他のページに載せる余裕がなくて~」
「他の写真と交換すれば良かったでしょ!!!」
「「ああ!!」」
「『ああ!!』じゃなくて!!」
涙目になって怒り狂うアルテッサにしかしファインもレインも悪気なく笑顔であれこれと言い返す。
アルテッサが何に対して怒っているのか分かっている他一同は笑いを堪え切る事が出来ず、それぞれに小さく笑い声を漏らす。
見本のアルバムの最後のページに載せられていた写真、それはアルテッサが『宇宙』をして意識が遠のいていた隙にソフィーが鼻眼鏡をかけた直後のワンショットであった。
虚ろな表情に鼻眼鏡はかなりのインパクトがあり、これを見て笑うなという方が無理な話である。
部屋いっぱいに響くほどの声で喚き散らしていたアルテッサはつい先程のソフィーの言葉を思い出してファインとレインに詰め寄るのをやめると急いでソフィーの下に駆け寄った。
「ちょっとソフィー!!貴女がさっき十枚欲しいって言った写真ってまさか・・・!?」
「ええっ!鼻眼鏡をかけたアルテッサの写真よ!」
「そんなもの十枚もいらないでしょ!!」
「いいえ必要よ!飾る用と保存する用と見せびらかす用と配る用とそれから・・・あら?十枚じゃな足りないわ。お兄様、あと四十枚追加でお願いしますわ」
「追加しなくていいの!!って、それだけじゃないわ!!」
ハッとある事に気付いてアルテッサは他の面々を見渡しながら声を震わせる。
「もしかして・・・みんなも注文したの・・・?」
一同は一斉に顔を逸らして体を震わせた。
「まさか・・・そんな訳・・・ない、じゃない・・・!」
「リオーネ、こっちを見なさいよ?ねぇ?」
「信じて、アルテッサ・・・!」
「ミルロ?顔を逸らして言われても信じられないわよ・・・?」
「あの、アルテッサ・・・大丈夫よ、他の人には見せないから・・・!」
「信じて大丈夫なのハーニィ?ねぇ?」
「バブバブバブブ~!」
「プリンスシェイド、プリンセスミルキーは何て言ってるのかしら・・・?」
「お前聞かない方がいいぞ・・・!」
珍しく笑いを堪えるのに必死なシェイドにアルテッサはそれ以上の追及をやめた。
聞いてしまっては心が折れるのを通り越して砕け散る気がしたからだ。
それよりもとんでもない事態になっていると気付いたアルテッサは怒りで顔を真っ赤にしたり非常事態に顔を青くさせたりと忙しなく顔色を変えながら注文用紙の強奪を図る。
「いいいいい今すぐみんなの用紙を寄越しなさい!!今すぐ!!!」
「よしみんな、俺がまとめてファインとレインに渡すから今すぐ紙を回してくれ」
「どういうつもりですのプリンスシェイド!!?」
「悪いな、俺は捻くれ者だからこういう嫌がらせが好きなんだ」
「お祭りの時に言った嫌味を覚えてましたの貴方!!?」
「まぁまぁアルテッサ落ち着いて。これも良い思い出じゃないか」
「何をさりげなく注文しようとしてますのお兄様!!?」
サラサラッと自然を装って最後の写真の番号を書き込むブライトの行いを目撃してアルテッサはそちらの阻止にかかる。
その間に他のみんなの分の用紙は回収されてファインとレインの手に渡るのであった。
その後、細かい打ち合わせをしてその日の話し合いは終わった。
打ち合わせの内容は誰がどの楽器を担当するか、ファインとレインのダンスの細かいアレンジ、そしてアルテッサの鼻眼鏡の写真は絶対に他の人間には見せないという約束を通り越した契りだった。
約束を破ったらどうなるか、と凄むアルテッサの迫力と怒りは相当のもので流石の一同も黙り込んだがソフィーだけは通常運転で天然ボケを炸裂してアルテッサを怒らせていたがもはやお約束の光景である。
そうして打ち合わせを終えた面々は気球に乗ると自国に向けて帰還していき、ファインとレインとプーモは外に出て手を振りながらそれを見送っていた。
各国の気球が小さくなっていき、ファインとレインが手を降ろしたタイミングでプーモが口を開く。
「本当に宜しかったのでプモ?折角ブライト様やシェイド様とロマンティックに踊れるチャンスでしたのに」
「ううん、いいのよ」
「アタシ達はアタシ達だけで踊りたかったんだ」
ダンスの担当がファインとレインに決まった時、二人はどちらからともなく顔を見合わせると視線だけで全てを語り、悟り、そして快諾した。
生まれた時からずっと一緒でお互いの事が大好きで大切な二人にとって言葉で語るよりも目で語って意思を疎通する事も簡単だった。
「確かにね、本音を言うとブライト様と踊らないのは惜しくないと言えば嘘になるわ」
「アタシもシェイドと踊りたいなって気持ちはあったよ」
「でも」
「やっぱり」
「「最後のパーティーだし!!」」
「私達がずっと一緒だったからファイナルプロミネンスに挑めたのよ!」
「二人一緒だったから何も怖くなかったんだよ!」
「平和を記念するパーティーで」
「アタシ達がその象徴として踊るなら」
「「二人だけで踊りたいの!!」」
「プモ・・・」
純粋でどこまでも真っ直ぐなファインとレインの姉妹としての絆、お互いへの愛情。
ブライトの事で些細な喧嘩をした事もあった二人だが、それ以降は喧嘩する事なくどんな時も二人一緒に様々な苦難を乗り越えてきた。
それらの経験が二人の絆を強固なものに、そして愛情を深いものにしたのだろう。
ふしぎ星を救うという旅はプーモが思っている以上に二人に沢山のものをもたらしたようである。
そうした二人の精神的成長に改めてプーモが感心して言葉を失っているとそれまでの凛々しい笑顔とは打って変わってレインとファインは表情を緩めると頬を掻きながら照れたように言う。
「でももう一つ本音を言っちゃうと」
「パーティーで二人で踊ったっていう思い出を作りたかったんだよね〜」
「思い出でプモか?」
「これから先、パーティーで一緒に踊るなんて事は少なくなっていくだろうから」
「だから作れる時に作っておこうと思って」
「でもやっぱり勝手だったかしら?」
「みんな聞いたら怒るかな?」
悪戯がバレた子供のような瞳で見上げて来る二人。
しかしプーモは緩く首を横に振ると慈愛に満ちた笑顔で諭すように言った。
「そんな事はないでプモ。プロミネンスはお二人が揃っていなければ使えなかった力。そのお二人の仲がとても良好であると示すのも大切な事でプモ」
「だよねだよね!」
「プーモならそう言ってくれると思ってたわ!」
「ですが!ちゃんと最後を綺麗に飾れるようにダンスの練習をしっかりするでプモ!」
「「はーい!!」」
「あ、そういえばファイン。本当にあの写真はシェイドに見せなくて良かったの?」
「えっ!?だ、だって・・・」
ファインは顔を赤らめて俯くと両方の人差し指をつんつんと突っつき合わせた。
「こんなの他のみんなに見せられないよ〜・・・」
ファインとレインの部屋にてファインは本棚から取り出したピンク色のアルバムを取り出すとあるページを開く。
そのページにはファインが予め抜き取ったお祭りでのシェイドと手を繋いだ写真が残さず貼られていた。
現像した時にこの手を繋いだ写真だけはやっぱりどうしても他のみんなには恥ずかしくて見られたくないと涙ながらに懇願してきた為、レインはファインの乙女心を尊重して抜き取る事を許可した。
シェイドが言及してきたらそれなりのフォローをしてあげようかと思っていたがそんな事もなかったのが幸いである。
「みんなに見せなくてもシェイド様だけに見せれば良かったでプモ?」
「でもそれはそれでシェイドにどれか選んでって催促してる感じがしない?」
「確かに圧があるかもしれないでプモが・・・」
「だったら送りつけちゃうのはどう?」
「ダメダメ絶対ダメ!!」
「ウフフ、冗談よ〜」
とても冗談には見えない。
直感でなくともレインの顔を見れば分かる事実だった。
「でもまぁファインがそこまで恥ずかしがるなら仕方ないわね。いつか恋人同士になってそういうのを見せるのが平気になってきたら見せるといいんじゃないかしら」
「うん。でも、いつになるやら」
「案外早く来るかもしれないわよ?今度のシェイドの誕生日とか!」
「いやいやないって〜!」
照れながら否定するも、それでもやっぱりそうだといいなとファインは願わずにはいられないのであった。
続く
「私のパートナーはファインで決まりよ!」
『え?』
おひさまの国のとある一室では各国のプリンスとプリンセスが集まって今度のピースフルパーティーの打ち合わせと先日のお祭りの写真の現像アンケートが行われていた。
一冊の分厚いアルバムにキャメロットとルルが撮影した写真が全て納められており、番号が振ってあるので欲しい写真を紙に書いて現像してもらい、後日郵便で送ってもらうという方式だ。
さて、今度のピースフル『ロマンティック』パーティーについてだが、こちらは各国のプリンス・プリンセス一同による演奏とダンスが披露される事が決まった。
演奏曲は大昔に各国の音楽家達が集まって作り上げたという楽譜を使用する事になっている。
平和を記念するパーティーに相応しい楽曲と言えよう。
次にその音楽に合わせてダンスを披露するのだがその役目はファインとレインに決まった。
二人は最初こそ遠慮し、前回のプリンセスパーティー同様アウラーとアルテッサのペアでロマンティックなダンスを披露すべきだと主張したが、平和を掴んだ本人達がその象徴として踊る事に意味があるのだと説得されて照れ臭いながらも二人はダンスを受け入れる事にした。
問題はそこからだった。
ファインとレインが躍るようにと強く推したのは主に他のプリンセス達であった。
というのも、折角だからシェイドやブライトとペアを組ませて躍らせて後で冷やかしてやろうという思惑があったからである。
ところが予想外な事に二人は冒頭のセリフを元気よく純粋に高らかに宣言したのだ。
それも「ダンスのパートナーはシェイド様とブライト様にお願いしましょう」と言いかけたリオーネの言葉を遮って。
何となくパートナーに抜擢されそうだと予想していたシェイドとブライトもまさかファインとレインがそう宣言するとは思わず、みんなと揃って「え?」と呆気にとられながら二人を見返すのだった。
「で、でも、平和を記念するんだから他の国のプリンスと踊った方がより平和を表現出来るっていうか―――」
「前回のプリンセスパーティーでアタシはレインと踊ったもん」
「ファイン以外のパートナーなんてあり得ないって分かったの」
慌ててリオーネが軌道修正するもまたもやそのセリフを遮って二人はニコニコと言い放つ。
そこに援護と言わんばかりにアルテッサが口を挟む。
「でもふしぎ星の平和を祝うパーティーでお兄様やプリンスシェイドと踊ったじゃない。あれはどうなの?」
「それはそれ」
「これはこれ」
「はぁ・・・?」
呆れて物も言えないとはこの事か。
折角のチャンスだというのにそれを不意にするとは何事か。
特にレインなんかはブライトの事が好きでこういう機会は絶対に逃がさない筈なのに珍しい限りである。
「そ、そう言えば二人は前回のパーティーではプリンスシェイドと踊る予定だったのよね?あの時は横取りしてごめんなさい」
ナルロと一緒に現像する写真の選定を終えたミルロはそれをリオーネに回して申し訳なさそうに眉を下げる。
ダンスの練習をしていたあの時、パートナーを慌てて探していたミルロだったが闇の力に襲われて高く投げ出された。
そこをシェイドに助けられ、ダメ元でパートナーの申し込みをしたら了承を得られたので安心したのを覚えている。
しかし後になって了承を得る前にシェイドがポツリと呟いた「お払い箱になった」という言葉の意味が、実はファインとレインと既にパートナーを組んでいたという事なのだと知った時は慌てた。
すぐにペアを解消しようかと思ったがパーティーは目前で間に合わなかったのと、シェイドが「今更何言ったってあの二人はもう変えないと思うぞ」と呆れ交じりに笑っていたのでそのままシェイドとのダンスを続行する事になったのである。
ふしぎ星の平和を祝うパーティーで念願叶ってそれぞれと踊れたとはいえ、それとは別で前回のパーティーのリベンジをしたらどうかと暗にミルロが促すもレインがそれを一刀両断する。
「気にしないで、ミルロ。急に用事が出来たから他を探せって言って放り出したシェイドが悪いのよ」
「おい、捏造するな。確かに用事が出来たとは言ったが他を探せとは言ってないぞ」
「でもいきなり用事が出来たって言って放り出したのはつまりそういう事でしょう?面倒になったから適当に断ったとかそういうのなんじゃないの?」
「そうやって勝手な解釈で人の言葉を捏造するな。聞いたぞ、恐ろしの森の件で俺がファインを誘拐したってブライトに言ったらしいな」
「それが何よ?」
「明らかに事実と違うだろ。勝手についてきたファインがレジーナを驚かせて暴走させただけで誘拐の意図はどこにもないだろ」
「あの時のシェイドはエクリプスを名乗ってた怪しい人じゃない。何だろうと誘拐と殆ど一緒よ」
「全然違うだろ」
「まぁまぁ、過ぎた事は気にしない気にしない」
「ファイン、俺は過去の事で腹を立ててるんじゃない。レインの勝手な物言いに腹を立ててるんだ」
「そうは言うけどでもそのお陰で私はファインというパートナーに気付けたんだからあの時断ってくれたのは感謝してるわよ」
「あのなぁ・・・」
まるで取りつく島もない。
チラリとファインに視線を送ってみてもレインと仲良く「ねー!」とニコニコ笑い合うだけ。
いつもの勘の良さはどこへ行ったのやら。
忌々し気に重たく溜息を吐くシェイドを気遣って今度はゴーチェルが説得を試みる。
「逆にどうして二人で踊る事に拘るの?」
「だってアタシ達は平和の象徴なんでしょ?」
「だったら私達だけで踊る以外にないじゃない。あ、プーモも一緒に踊る?」
「平和を取り戻す為にあの時一番頑張ってくれたのはプーモだもんね」
「い、いえ!僕は皆様の演奏やお二人のダンスを拝見させていただきますでプモ!」
「遠慮しない遠慮しない」
「誰も気にしないし平気よ」
「僕が気にしますでプモ!」
首を横に振って全力で申し出を断るプーモ。
元より参加せずに見ているだけのつもりであったし、何よりもファインとレイン以外のみんなの視線が痛くてとてもではないが申し出を受け入れるなど出来なかった。
そこに見兼ねたアウラーがやや冗談めかしながら二人の説得に挑む。
「もしかして二人はいつものあのイヤイヤダンスを披露してみんなを驚かせようとしてる?でもまさかそんな事は―――」
「ええっ!?アウラー何で分かったの!?」
「もしかしてエスパー!?」
「えぇっ!?本当にするつもりだったの!!?」
「ダメに決まってるでしょあんなヘンテコダンスなんか!!」
心底驚くアウラーに続いてアルテッサが目を釣り上げながらダンッ!と机を叩く。
しかしファインとレインは眉を下げながら尚も食い下がる。
「でもアタシ達と言えばイヤイヤダンスでしょ?」
「しかも今度のは更にグレードアップしたスーパーウルトライヤイヤダンスよ?」
「グレードの問題じゃないの!そもそも平和を記念したパーティーで何を嫌がるの!?平和と真逆じゃない!!」
「あ、そっか」
「そう言えばそうね」
アルテッサの渾身のツッコミで軌道修正しつつある事に安心する一同。
だが、あの二人がそう簡単に修正される筈もなく。
「じゃあ『嬉しい嬉しいダンス』で!」
「やるっきゃないわね!」
「イヤイヤダンスと変わらないでしょうが!!」
最早漫才のようなやり取りに満面の笑顔のソフィー以外は苦笑いだった。
その間にリオーネとティオが写真の選定を終えてシェイドにアルバムを渡してきた.
だが渡してくる際に二人は必死に笑いを堪えようとしていた。
ファイン達のやり取りに笑った訳でもなく、シェイドや他の人間の何かを見て笑ったようでもなさそうである。
一体何なんだろうと疑問に思いながら表紙を捲るとアルバムに気付いたミルキーが歩行器を操作して横から覗いてきた。
「欲しい写真があったら遠慮なく言うんだぞ」
「バブ!」
ミルキーの為にもゆっくりアルバムを捲りながらシェイドは写真を眺める。
その間にも漫才は続いていたが写真に集中している為にシェイドの耳には入らなかった。
(本当によく撮れてるな)
手ブレや発光した物は予め取り除かれているだろうが、それにしたってどの写真もくっきりハッキリとよく撮れており、シェイドはキャメロットとルルの写真の腕に改めて感心した。
わたあめを持ったソフィーとリンゴ飴を持ったリオーネとかき氷を持ったミルロ達三人が笑顔で写ってる写真、プリンス一同で射的で遊んでいた写真、大口を開けてトウモロコシを食べようとするプーモの写真など楽しい時間を綺麗に切り取ったようなものが盛り沢山だった。
その中でシェイドは自分が写っているものを選出し、時々ミルキーが見落としたミルキーの写ってる写真を教えてあげた。
ミルキーの写っている写真はやはりというか、殆どがファインや他の友人達と食べ物を食べているものばかりだ。
けれどそれとは別にミルキーは同じようにシェイドが写っている写真と自分が写っていない友人だけの写真も選んでいた。
きっとシェイドやみんなの顔を忘れない為なのだろう。
そんな風に思える友人をミルキーが作れた事をシェイドは嬉しく思いながら写真を眺めては捲っていく。
しかしその中である写真を見てシェイドの動きがピタリと止まる。
(うおっ・・・)
ファインと二人行動していた時の写真がズラリと貼られたページ。
こうして写真として客観視すると照れ臭さにも似た羞恥心が込み上げてくる。
これを前者のミルロやリオーネ達も見たのだろうかと思うと穴があったら入りたい気分に駆られた。
しかしそこでふとある事に思い至り、パラパラと先のページを捲ったら同じようにお化け屋敷でペア行動をしていたブライトとレイン、アルテッサとアウラーのカップル同然な写真が貼られていた。
つまりこの顔を覆いたくなるような照れ臭い写真は他も平等に載せられている訳で、シェイドだけがからかわれる事態は避けられそうである。
それにしたってこのファインとのツーショットばかりの写真を選ぶのは些か抵抗がある。
後でファインが用紙を回収した時に見られる事を考えるとペンを動かす手はどうしても止まるのであった。
やはりここは見なかった事にしてさっさと次のページを捲ろうかと思った矢先にミルキーがシェイドの手を掴んで強引に番号を書き込もうとする。
「お、おい!ミルキー!」
「アブブ」
「いや、俺は別に・・・」
「バブバブアブブバブバブバブバッ」
「・・・分かったよ、書くよ。書けばいいんだろ。その代わりにこれらの写真は一枚しか注文しないし保管もお兄様がするからな。後でからかわれたら適わん」
「ブブイ!」
いつもはミルキーに甘いシェイドも今回ばかりはこれみよがしに溜息を吐いて不満を露わにする。
しかしニヤニヤと笑みを浮かべているミルキーにはどこ吹く風。
早くその視線から逃れたくてさっさと数字を書き込んでページを捲っていく。
その最中に気付いたのが、シェイドがファインと手を繋いでいた写真が不自然に一枚もなかった事。
一枚くらいあってもおかしくないのに見落としがなければ手を繋いでる瞬間のものは一つとして見当たらなかった。
(・・・上手く撮れなかったと解釈しておこう)
残念なような、ホッとしたような。
一枚くらいはあってもいいと思う反面、盛大にからかわれそうなのでなくて良かったとも思う、そんな複雑な気持ち。
後でファインに聞いてみようか、やめようか、なんて悩んでいるシェイドは最後のページを捲るとミルキーと共に一瞬動きが止まり、それから噴き出すのを必死に堪えながら最後のページに載せられていた写真の番号を書き込んでアルバムを閉じるのだった。
「ほら、ソロ、タネタネプリンセス・・・くくっ・・・!」
「ど、どうも・・・?」
笑いを堪える月の国の兄妹を訝し気に見上げながらソロは姉達と共にアルバムを捲って選定を始める。
その後しばらくして最後のページで月の国の兄妹が笑っていた理由を知って同じように笑いを堪えながらアウラーとソフィーに回すのであった。
「全く、そんなヘンテコなダンスばかり踊ってるからプリンセスらしくないと言われますのよ!もっとまともなダンスはないの?」
「まともなダンス・・・」
「まともなダンス・・・」
「「あっ!!」」
閃いたと言わんばかりにファインとレインはパッと表情を明るくさせてお互いに人差し指を指し合うと椅子から降りて椅子と壁の間の空いているスペースに並んで立った。
「まともなダンスならあるよ!」
「お父様もお母様も笑顔にしてあのキャメロットにも褒められたダンスよ!」
自信満々にそう言い放つとファインとレインは静かに向きあって仰々しくお辞儀をした。
それから顔を上げると互いに両手を出して掴み合い、リズムよく踊り始めた。
繋いだ両手を左右にゆらゆらと揺らし、一度立ち止まって手を繋いだままお互いの立ち位置を変えるとまた両手を揺らして今度は片手を離して大きく開いてみせて、そしてまた両手を繋ぐ。
それら一連の流れを繰り返すだけの簡単で少し幼くて、けれどとても可愛らしいダンス。
これには先程まで怒鳴っていたアルテッサも思わず魅入ってしまい、他のプリンセスやプリンス達も静かに二人のダンスを見続けた。
やがて二人の中で音楽が終わったのか、片方の手は繋いだまま、もう片方の手は離して大きく反対側に広げてポーズを取るととびきりの笑顔を皆に見せた。
「「イェーイ!終わり!!」」
「どうだったどうだった!?」
「とってもよく踊れていたでしょう!?」
「え?あ、まぁまぁ・・・そうですわねぇ」
「とても素晴らしかったですぞ!」
「ガビーン!」
感想を求められたアルテッサはしばし呆けていたが、しょうがないという風に微笑み、そこにティオとナルロが続いて興奮したように褒め称えた。
「認めるしかないようだな・・・」
まともなダンスと聞いてもそんなもの本当にあるのかと疑わし気だったシェイドはその『まともなダンス』とやらを目の当たりにして観念したように呟く。
そこに―――
「元気を出して、シェイド様。仕方ないからここはブライト様と一緒に踊るのはどうかしら?」
「何が悲しくてコイツと踊らねばならんのだ」
「仕方ないね。踊ろうか、シェイド」
「お前一人でブライトサンバでも踊ってろ」
「ぐはぁっ!!」
満面の笑みで変な提案をしてくるソフィーと爽やかな笑顔で悪乗りしてきたブライト。
前者に厳しいツッコミを入れ、後者に容赦ない言葉のブロウをお見舞いする事でシェイドは処理を終えるのだった。
そんな三人のやり取りを苦笑いしながら眺めていたアウラーはタイミングを見計らってソフィーに写真についての最終確認をする。
「ほらほらソフィー、写真はもういいのかい?」
「あ、ごめんなさいお兄様。えーっと・・・最後のこの写真を十枚注文してくださらないかしら?」
「えっ・・・あー・・・」
アウラーは顔を引き攣らせてチラリとアルテッサを見やる。
視線を受けてアルテッサは首を傾げるがアウラーは何も言わず静かにソフィーに視線を戻す。
大切な女性と可愛い妹、天秤にかけてもどちらかが大きく傾く事なく均等に釣り合っている。
そのくらいアウラーにとってアルテッサとソフィーは差なんかつける事が出来ないくらい大切な存在だった。
しかし真横で期待の眼差しで見つめられては『妹に甘い優しいお兄様』にならざる得なかった。
「・・・怒られても知らないよ?」
「大丈夫よ!アルテッサならきっと分かってくれる筈だわ!」
「何の話をしてますの?」
「えぇっと・・・まぁ、見れば分かるよ・・・」
リクエストに応えてアウラーはアルバムの最後のページに載せてあった写真を十枚注文する旨を書き込むとそれを閉じて未だ顔を引き攣らせたままブライトとアルテッサに回した。
首を傾げながらも宝石の国の兄妹はページを捲って写真の選定を始める。
「あ、お兄様、私これが欲しいですわ」
「うん、分かったよ。僕はこれとこれと・・・」
「あら、これはいいんですの?」
「あ、アルテッサ!あんまり大きな声で言わないでくれないか?」
「ウフフ!」
お化け屋敷でレインと手を繋いでいる写真を指差してアルテッサが悪戯っぽく尋ねるとブライトは慌てた。
こうして写真で見ると些か照れ臭い。
でもしっかり注文する辺りブライトはやっぱり素直だった。
この他にも友人達と写った写真、レインがファインや他のプリンセス達と写っている写真もさりげなく紙に書き込んでいく。
勿論アルテッサも友人達と写っている写真を選んでいたが、恥ずかし気にアウラーとのツーショットを選ぶ姿はとても可愛らしく、優しいブライトは仕返しをする事はしなかった。
しかし最後のページに差し掛かった所でブライトは「あ・・・」と声を漏らし、アルテッサは顔面蒼白となって震えだす。
「な・・・な・・・な・・・何ですのこれはぁ~~~!!!??」
「どうしたの?」
「何々?」
絶叫するアルテッサを不思議に思ってファインとレインは二人の後ろに立ってアルバムを覗き込む。
そして開かれていたページに一枚だけ貼られていた写真を見て「あ~これ~!」と声を揃えた。
「載せようかどうか迷ったんだけど」
「勝手に弾くのは良くないわよねって話し合って載せる事にしたの」
「弾いていいものよこれは!!!しかもよりにもよって何で最後のページのど真ん中に一枚だけ載せるの!!?」
「いや~最後に悩みに悩んだ一枚だからさ~」
「他のページに載せる余裕がなくて~」
「他の写真と交換すれば良かったでしょ!!!」
「「ああ!!」」
「『ああ!!』じゃなくて!!」
涙目になって怒り狂うアルテッサにしかしファインもレインも悪気なく笑顔であれこれと言い返す。
アルテッサが何に対して怒っているのか分かっている他一同は笑いを堪え切る事が出来ず、それぞれに小さく笑い声を漏らす。
見本のアルバムの最後のページに載せられていた写真、それはアルテッサが『宇宙』をして意識が遠のいていた隙にソフィーが鼻眼鏡をかけた直後のワンショットであった。
虚ろな表情に鼻眼鏡はかなりのインパクトがあり、これを見て笑うなという方が無理な話である。
部屋いっぱいに響くほどの声で喚き散らしていたアルテッサはつい先程のソフィーの言葉を思い出してファインとレインに詰め寄るのをやめると急いでソフィーの下に駆け寄った。
「ちょっとソフィー!!貴女がさっき十枚欲しいって言った写真ってまさか・・・!?」
「ええっ!鼻眼鏡をかけたアルテッサの写真よ!」
「そんなもの十枚もいらないでしょ!!」
「いいえ必要よ!飾る用と保存する用と見せびらかす用と配る用とそれから・・・あら?十枚じゃな足りないわ。お兄様、あと四十枚追加でお願いしますわ」
「追加しなくていいの!!って、それだけじゃないわ!!」
ハッとある事に気付いてアルテッサは他の面々を見渡しながら声を震わせる。
「もしかして・・・みんなも注文したの・・・?」
一同は一斉に顔を逸らして体を震わせた。
「まさか・・・そんな訳・・・ない、じゃない・・・!」
「リオーネ、こっちを見なさいよ?ねぇ?」
「信じて、アルテッサ・・・!」
「ミルロ?顔を逸らして言われても信じられないわよ・・・?」
「あの、アルテッサ・・・大丈夫よ、他の人には見せないから・・・!」
「信じて大丈夫なのハーニィ?ねぇ?」
「バブバブバブブ~!」
「プリンスシェイド、プリンセスミルキーは何て言ってるのかしら・・・?」
「お前聞かない方がいいぞ・・・!」
珍しく笑いを堪えるのに必死なシェイドにアルテッサはそれ以上の追及をやめた。
聞いてしまっては心が折れるのを通り越して砕け散る気がしたからだ。
それよりもとんでもない事態になっていると気付いたアルテッサは怒りで顔を真っ赤にしたり非常事態に顔を青くさせたりと忙しなく顔色を変えながら注文用紙の強奪を図る。
「いいいいい今すぐみんなの用紙を寄越しなさい!!今すぐ!!!」
「よしみんな、俺がまとめてファインとレインに渡すから今すぐ紙を回してくれ」
「どういうつもりですのプリンスシェイド!!?」
「悪いな、俺は捻くれ者だからこういう嫌がらせが好きなんだ」
「お祭りの時に言った嫌味を覚えてましたの貴方!!?」
「まぁまぁアルテッサ落ち着いて。これも良い思い出じゃないか」
「何をさりげなく注文しようとしてますのお兄様!!?」
サラサラッと自然を装って最後の写真の番号を書き込むブライトの行いを目撃してアルテッサはそちらの阻止にかかる。
その間に他のみんなの分の用紙は回収されてファインとレインの手に渡るのであった。
その後、細かい打ち合わせをしてその日の話し合いは終わった。
打ち合わせの内容は誰がどの楽器を担当するか、ファインとレインのダンスの細かいアレンジ、そしてアルテッサの鼻眼鏡の写真は絶対に他の人間には見せないという約束を通り越した契りだった。
約束を破ったらどうなるか、と凄むアルテッサの迫力と怒りは相当のもので流石の一同も黙り込んだがソフィーだけは通常運転で天然ボケを炸裂してアルテッサを怒らせていたがもはやお約束の光景である。
そうして打ち合わせを終えた面々は気球に乗ると自国に向けて帰還していき、ファインとレインとプーモは外に出て手を振りながらそれを見送っていた。
各国の気球が小さくなっていき、ファインとレインが手を降ろしたタイミングでプーモが口を開く。
「本当に宜しかったのでプモ?折角ブライト様やシェイド様とロマンティックに踊れるチャンスでしたのに」
「ううん、いいのよ」
「アタシ達はアタシ達だけで踊りたかったんだ」
ダンスの担当がファインとレインに決まった時、二人はどちらからともなく顔を見合わせると視線だけで全てを語り、悟り、そして快諾した。
生まれた時からずっと一緒でお互いの事が大好きで大切な二人にとって言葉で語るよりも目で語って意思を疎通する事も簡単だった。
「確かにね、本音を言うとブライト様と踊らないのは惜しくないと言えば嘘になるわ」
「アタシもシェイドと踊りたいなって気持ちはあったよ」
「でも」
「やっぱり」
「「最後のパーティーだし!!」」
「私達がずっと一緒だったからファイナルプロミネンスに挑めたのよ!」
「二人一緒だったから何も怖くなかったんだよ!」
「平和を記念するパーティーで」
「アタシ達がその象徴として踊るなら」
「「二人だけで踊りたいの!!」」
「プモ・・・」
純粋でどこまでも真っ直ぐなファインとレインの姉妹としての絆、お互いへの愛情。
ブライトの事で些細な喧嘩をした事もあった二人だが、それ以降は喧嘩する事なくどんな時も二人一緒に様々な苦難を乗り越えてきた。
それらの経験が二人の絆を強固なものに、そして愛情を深いものにしたのだろう。
ふしぎ星を救うという旅はプーモが思っている以上に二人に沢山のものをもたらしたようである。
そうした二人の精神的成長に改めてプーモが感心して言葉を失っているとそれまでの凛々しい笑顔とは打って変わってレインとファインは表情を緩めると頬を掻きながら照れたように言う。
「でももう一つ本音を言っちゃうと」
「パーティーで二人で踊ったっていう思い出を作りたかったんだよね〜」
「思い出でプモか?」
「これから先、パーティーで一緒に踊るなんて事は少なくなっていくだろうから」
「だから作れる時に作っておこうと思って」
「でもやっぱり勝手だったかしら?」
「みんな聞いたら怒るかな?」
悪戯がバレた子供のような瞳で見上げて来る二人。
しかしプーモは緩く首を横に振ると慈愛に満ちた笑顔で諭すように言った。
「そんな事はないでプモ。プロミネンスはお二人が揃っていなければ使えなかった力。そのお二人の仲がとても良好であると示すのも大切な事でプモ」
「だよねだよね!」
「プーモならそう言ってくれると思ってたわ!」
「ですが!ちゃんと最後を綺麗に飾れるようにダンスの練習をしっかりするでプモ!」
「「はーい!!」」
「あ、そういえばファイン。本当にあの写真はシェイドに見せなくて良かったの?」
「えっ!?だ、だって・・・」
ファインは顔を赤らめて俯くと両方の人差し指をつんつんと突っつき合わせた。
「こんなの他のみんなに見せられないよ〜・・・」
ファインとレインの部屋にてファインは本棚から取り出したピンク色のアルバムを取り出すとあるページを開く。
そのページにはファインが予め抜き取ったお祭りでのシェイドと手を繋いだ写真が残さず貼られていた。
現像した時にこの手を繋いだ写真だけはやっぱりどうしても他のみんなには恥ずかしくて見られたくないと涙ながらに懇願してきた為、レインはファインの乙女心を尊重して抜き取る事を許可した。
シェイドが言及してきたらそれなりのフォローをしてあげようかと思っていたがそんな事もなかったのが幸いである。
「みんなに見せなくてもシェイド様だけに見せれば良かったでプモ?」
「でもそれはそれでシェイドにどれか選んでって催促してる感じがしない?」
「確かに圧があるかもしれないでプモが・・・」
「だったら送りつけちゃうのはどう?」
「ダメダメ絶対ダメ!!」
「ウフフ、冗談よ〜」
とても冗談には見えない。
直感でなくともレインの顔を見れば分かる事実だった。
「でもまぁファインがそこまで恥ずかしがるなら仕方ないわね。いつか恋人同士になってそういうのを見せるのが平気になってきたら見せるといいんじゃないかしら」
「うん。でも、いつになるやら」
「案外早く来るかもしれないわよ?今度のシェイドの誕生日とか!」
「いやいやないって〜!」
照れながら否定するも、それでもやっぱりそうだといいなとファインは願わずにはいられないのであった。
続く