ピースフルパーティーと虹の蜜 第七章~かざぐるまの国~

午後のおひさまの国の厨房ではふたごの姫であるファインとレインがエプロンを着て想い人の為のケーキ作りの練習に励んでいた。

「「かんせ~い!!」」

二人で片方の腕を組んでもう片方の拳を天に向けて突き上げてオーブンから取り出したケーキの生地を前に喜びの声をあげる。
しかし―――

「「あ・・・」」
「また萎んだでプモ」

ホカホカの湯気を上げて膨らんでいた生地はプシュ~という音を立ててしなしなと萎んてしまった。
その様子にプーモが呆れたように言葉を漏らし、ファインとレインも力なく拳を降ろすとガックリと項垂れて盛大に溜息を吐いた。

「あ~あ、また失敗しちゃった」
「レシピ通りに作ってるのにどうして上手くいかないのかしら」
「ファイン様もレイン様も力が入り過ぎているでプモ。もう少し肩の力を抜いて優しく作るでプモ」
「でもしっかり力を入れないと混ざらないじゃん」
「もたもたしてるとオーブンの熱も冷めちゃうし」
「確かにそうでプモがそれでももう少し余裕を持ってやるでプモ。お菓子は繊細な食べ物でプモから優しく丁寧に扱わないと失敗するのも当然というものでプモ」
「「むぅ・・・」」

ファインがシェイドと仲直りしてから始めたパウンドケーキ作りの練習。
レインもブライトの為にシャルロットケーキ作りの練習を一緒に始めたのだが数えに間違いがなければこれで通算36回目の失敗である。
二人の調理過程を観察していたプーモはそれぞれの欠点を心のノートに書き留めていた。
まず、ファインは力を入れるのはいいがとにかくやり過ぎなのだ。
他にもいつものそそっかしさが働いて必要な材料を入れ忘れたり何回かに分けて入れる所をうっかり全部入れてしまったりなど枚挙にいとまがない。
次にレインは力が弱い為にあまりよく混ぜられていない。
加えてのんびりマイペースに作っている為にオーブンが温まる時間に間に合わず、結果慌てて材料を放り込んで乱雑にかき混ぜて放り込むのだから失敗しない方がおかしい。
最後に二人に共通するのはとにかく適当で大雑把な所。
量を量り間違えても「気にしない」の一言で済ませ、調理の工程を間違えても「大丈夫」の一言で済ませ、慌ててオーブンに生地を放り込んでも「何とかなる」の一言で済ませ、その結果何度も失敗している。
一応はその失敗を反省して少しずつ作り方を改めているので最初の頃のようなオーブンから取り出しても焦げていたり最初から萎んでいるのに比べたら、今回の一瞬だけ生地が膨らんでいるのはちょっとした進歩なのかもしれない。
本当にほんのちょっとの進歩であるが。

「本番はアルテッサが手伝ってくれるけどこんなんじゃ殆どやってもらう事になっちゃうよ~」
「それだとファインが作ったとは言い難いものになるわねぇ」
「ダメダメダメ!ちゃんとアタシがしっかり作らなきゃ!」
「その通りでプモ!ちゃんとファイン様が作る事にこそ意義があるでプモ!」
「残された時間は少ないけど大丈夫大丈夫!毎日頑張って練習すればきっと何とかなるわ!」
「うん!」

レインに笑顔で励まされた事で力がみなぎり、ファインも同じように笑顔で頷く。
と、そこでエルザが厨房の入り口に立って顔を出して来た。

「精が出ますね」
「「あ、お母様!!」」
「頑張るのはいいですけど少し休憩にするのはどうかしら?美味しいお茶とクッキーを用意してますよ」
「「はーい!!」」
「プーモもいらっしゃい。一緒にお茶にしましょう」
「はいでプモ」

こうしてエルザの提案で三人は一時休憩を挟む事にした。







クッキーと芳しい紅茶の香りが満たすエルザの部屋。
大好きな母親の部屋でソファに腰かけた二人は紅茶を一口飲むとほうっと一息吐いた。
プーモも空中で小さなティーカップに淹れてもらった紅茶を飲んで心をリラックスさせる。

「ケーキ作りの方は順調ですか?」
「えへへ、それが・・・」
「失敗ばかりで・・・」

ケーキ作りの経過を聞かれてファインもレインも苦笑いを浮かべる。
可愛い愛娘達の様子にエルザは小さく笑みを溢すと持っていたティーカップとソーサーを置いて優しく、けれど少しからかうように言った。

「二人共作る時に力が入り過ぎていますよ。好きな人の為なら尚更もう少し肩の力を抜かないと」
「えぇっ!?すすす好きな人!!?」
「やだわぁもう!お母様ったら~!!」

エルザにはプリンセス修業の一環としてという建前の下、ケーキ作りに励んでいた二人。
けれどやはりその実情を知られていた事に驚くと途端に顔を真っ赤にして両手を横に振るファインと自分の両頬を包むレイン。
普段は息ピッタリなのに恋愛に関しては正反対の反応を見せる二人の新たな一面を見てエルザは内心和む。
レインは物心ついた時から愛や恋の楽しさを知っており、ファインはそれまでそういうものに興味がなかったのを考えると納得の反応の違いである。

「好きな人の為なればこそ、穏やかな気持ちで作らないと。例えばレインならプリンスブライトとピクニックに行った時の事を思い出すとか。楽しい事や嬉しい事が沢山あったでしょう?」
「ええ!一緒にお花の冠を作ったりサンドイッチを食べたり散歩したりそれからそれから~!」

ピクニックの時の事を思い出してレインはくねくねと体を揺らす。
傍から見ればはしゃぎ過ぎではあるが、エルザからしてみれば幸せな時間を過ごせたのだろうとうい事が分かってはしゃぐレインの姿はとても可愛らしく映るのだった。

「ファインはどうかしら?プリンスシェイドと何か素敵な思い出はある?」
「えっ!?あ、と・・・て、ていうか何でシェイドなの!?お母さま!!」
「さぁ?何故でしょう?」

耳まで顔を赤くして慌てるファインはどうやら隠せているつもりでいるらしい。
ふしぎ星の平和を祝うパーティーでのシェイドとの親しいやり取り、その他にもシェイドと会った日のファインはとてもご機嫌なので分かりやすいのだが本人は気付いていないようだ。
後はムーンマリアとの文通で互いにその事にそれとなく言及して温かく見守ろうと話していたのだがそれはここだけの秘密。
自身に関係する恋愛に興味のなかったファインが好きな人を見つけて、芽生えた恋心を慎重に大切に育む様もエルザにはとても可愛らしく映るのだった。
愛しい娘達の恋はまだまだ発展途上のようであるがその可能性は如何ほどか。
それを知りたくてエルザは今度はプーモに話の水を向ける。

「プーモから見て二人の恋愛の評価はどうかしら?」
「プモ、まずレイン様は積極的なのはいいでプモが少し度が過ぎるのとすぐに暴走しますでプモ。もう少し控え目になって暴走する癖を治すのが良いかと。ブライト様は女性慣れしています故、押してダメなら引いてみろ戦法が有効だと思われますでプモ」
「でもブライト様にアピールする女性は大勢いるわ!私も積極的にアピールしないと埋もれちゃうじゃない!」
「言ってる傍からこれでプモ」
「じゃあファインの方はどうかしら?」
「ファイン様は控え目なのは良いでプモが慎重になり過ぎでプモ。普段の態度が他の方達と変わらない分、ここぞという時にしおらしさを発揮すればいいものを緊張してすぐに誤魔化してしまって結果惜しい事をしている気がするでプモ」
「だって恥ずかしいんだもん・・・」
「それではいつまで経っても友達の域を出ないでプモ」
「フフ、二人共まだまだ甘酸っぱい距離にいるみたいですね」
「でもお母様、このままじゃ学園で他の女の子にブライト様を取られちゃうわ・・・」
「そうかしら?二人がそれだけ苦労しているのに他のプリンセスがそう簡単にプリンスブライトとプリンスシェイドの恋人になれるかしら?」
「でも宇宙の色んな星のプリンセス達も入ってくるんでしょう?」
「アタシ達よりも素敵なプリンセスが沢山いたんじゃ勝ち目がないよ・・・」
「だったらふしぎ星の他の国のプリンセス達は?プリンスブライトやプリンスシェイドが他のプリンセス達を特別に想っている様子はありましたか?」

聞かれてファインとレインは揃って天井を見上げて「うーん」と唸りながら他のプリンセス達と接していた時のブライトとシェイドの態度を思い出す。
しかしどちらも特別な接し方をしている様子は微塵もなく、友人としての態度に終始していたように思う。
少し前までブライトはファインを追いかけていたし、シェイドもムーンマリアの看病をレインに任せるなどレインを頼りにしている節があったがそれは過去の話だ、今は違うとファインとレインはお互いの存在をカウントから除外する。
それから互いに顔を見合わせて確かめるように言い合う。

「全然・・・普段と変わらない、よね?」
「そうね。そういう噂話も全然聞かないし」
「ふしぎ星の他の国のプリンセスに対してもそうなのですから学園に入ってもきっと同じですよ。逆にファインとレインはどうかしら?」
「え?」
「どうって?」
「学園にはプリンセスだけじゃなくて当然プリンスも入って来るわ。そうなったら他のプリンス達に目移りしてしまうんじゃないかしら?」
「た、確かにカッコいいとか素敵とか思うかもしれないけど私はブライト様以外あり得ないわ!!」
「あ、アタシも!シェイド以外なんて・・・その・・・」

ハッキリ言い切るレインと最初こそは強い口調であったものの、段々と赤い顔を俯かせてもごもごと何事かを呟くファイン。
二人が真っ直ぐで一途な恋を育ませているのが分かってエルザは嬉しくなり、優しく言葉を掛けた。

「諦めなければいつかきっと貴女達の想いは届くわ。だから努力を怠らずに頑張ってね。恋で大事なのは諦めない心とその人の為にどれだけ頑張れるか、ですから。陰ながら応援していますよ」
「「はい!ありがとうございます、お母様!!」」
「気合いも入った事だしケーキ作りの練習を再開しましょう!!」
「うん!!」
「次は肩の力を抜いて頑張るでプモ!」
「「うん!!」」

二人は揃ってお辞儀をしながら「失礼します、お母様」と挨拶すると慌ただしく厨房へと駆けて行った。
プーモも同じように会釈して「失礼しますでプモ」と挨拶するとすぐに二人の後を追いかけた。
好きな人の為にこれだけ頑張って努力し、一途に想い続けている姿こそ素敵なプリンセスそのものだと思うのだがこれは親の欲目だろうか、なんて考えながらエルザは口元を綻ばせる。
さて、お茶の片付けでもしようかとカップや皿に手を伸ばそうとした所でトゥルースが開け放たれた扉を挨拶代わりにノックしながら入室してきた。

「ファインとレインは・・・また厨房に?」

複雑そうに苦笑いを浮かべながら尋ねて来るトゥルースに悪戯っぽく微笑んでから先程まで二人が座っていたソファに座るように促す。

「大切な人の為に頑張って美味しいケーキを作るそうですよ」
「あぁ、そうか・・・」

溜息交じりに言葉を返してトゥルースはソファに座る。
二人が飲んでいたであろう紅茶のカップの中身は空っぽで、クッキーはあまり減っていなかった。
レインは沢山食べないにしてもあのファインですらも大好きなお菓子を食べ忘れる程夢中になって話題にするものがあったのかと思うと苦笑いは深まる一方だった。

「やっぱり相手は・・・いや、やめておこう」
「あらどうして?もう見当はついているんでしょう?」
「口にしたら負けを認めてしまうからだよ」
「勝ち負けの競争じゃありませんよ」
「いいや、これは立派な競争だよ。二人の『結婚したい人』の座のね」
「ファインもレインもトゥルースの事は大好きですよ?父親として」
「意地悪だなぁ、エルザ」
「貴方がいつまでも認めないからでしょう?二人はまだ気付いていないけど、もしも二人の前で認めていない事を口にしたり態度に出したりしたら嫌われてしまいますよ?」
「分かってるさ・・・」

そう、頭では分かっていてもやっぱり心がまだ認めてくれない、認めようとしない。
そんな葛藤があってかトゥルースは煮え切らない態度を取る。
ファインとレインに好きな人が出来た事は薄々分かっていた。
しかしどちらも幼く、恋というよりも憧れに近い感情だと最初は楽観的に考えていた。
それが今はどうだろう、二人の恋は憧れで終わるどころか日に日にその想いは強くなっているではないか。
レインは塞ぎ込むブライトを励ましたり様子を見たりと足蹴く宝石の国に通っていた事もあったし、ファインに至ってはシェイドの誕生日に特別なケーキを贈るのだと奮闘している。
ただの憧れだけでここまでの事が出来るとは思えない。
けれど認めるにはまだ早すぎるしまだもう少し二人の『結婚したい人』の座は自分でいたい。
そんなトゥルースの葛藤を見透かしてエルザは諭すような口調で語り掛ける。

「時期が早まっただけでいつかはあの子達だって親元を離れていくのだから潔く『大好きなお父様』の座に収まりましょう?」
「短い期間だったな・・・『結婚したい人はお父様』の座は・・・」
「相手があのプリンスブライトとプリンスシェイドならそれも仕方ないわ」
「でも驚いたな。レインは本当に憧れから来る好意だと思っていたし、ファインも仲の良い友人のように接していたからまさか好意を寄せているとは思わなかったよ」
「きっと旅をする中でより強く惹かれるものがあったんじゃないかしら。レインはずっとプリンスブライトの身を案じていたし、ファインもプリンスシェイドの事を凄く頼りにしていたわ。そして気付かない内に本物の『好き』になっていたのでしょうね」
「本物の『好き』か・・・学園に入ってもそれがブレないなら認めてもいいかもしれないな」
「だったらもう認めないといけないですわね。さっきあの子達、学園に入ってもそれぞれの好きな人以外あり得ないと言い切ったわ」
「ええっ!?何て事だ・・・」

ガックリと項垂れて重い溜息を吐く夫の姿にエルザはクスクスと笑い声を漏らす。
最後の悪足掻きも虚しく終わり、後は認める道のみ。
子煩悩な優しき夫が立ち直るにはしばらく時間を要する事だろう。
しかしそれを支えるのも妻たる自分の役目。
愛する娘達が想いを寄せるプリンスと幸せになる為にも愛する夫を諭して見守る立場に導かねばならない。
大変かもしれないがそれもまた一つの楽しみだと思うエルザの心はどこまでも広かった。

「「出来た~!!」」

どんな風に慰めの言葉をかけようかと思考を巡らせようとした瞬間、ファインとレインの嬉しそうな声が廊下の奥から聞こえてきてエルザは顔を上げたトゥルースと顔を見合わせる。
それから二人揃って厨房に足を運ぶとそこには甘い香りを漂わせるふっくらと膨らんだパウンドケーキと立派な見た目のシャルロットケーキが台の上に並べられていた。
どちらも一切れずつ切り分けられており、一枚の皿の上に置かれている。
どうやらプーモが試食するようだ。

「どう、プーモ?」
「どっちも生地が焦げたり萎んだりしてないし今度こそ上手に出来ているでしょう?」
「確かに見た目はよく出来ていますでプモ。ですが・・・」
「「うんうん?」」
「不味いでプモ・・・」
「「そんな~」」

涙目になりながらずるずるとへたりこむ愛娘達の姿にエルザは勿論、トゥルースも頭を悩ませていたプリンス達の事を忘れて微笑みを浮かべるのだった。







続く
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