ピースフルパーティーと虹の蜜 第六章~しずくの国~

「ねぇ、花火大会までまだ少し時間があるし、お化け屋敷に行くのはどうかしら?」

写真撮影が終わって近くに設置されていた時計を確認したリオーネが提案をする。

(き、きたーーー!!)

シェイドとお祭りデート、ブライトとお化け屋敷デートの到来にファインとレインの心臓はバクバクと緊張で高鳴る。
この音が他のみんな、とりわけシェイドとブライトに聞かれない事を祈るばかりである。
さて、そんな二人に代わってミルロがリオーネに続いて追加の提案をする。

「お化け屋敷の雰囲気を楽しむ為にもなるべく少ない人数で行くのはどうかしら?例えば二人一組とか」
「さ、賛成!!アルテッサ、僕と一緒に行こう!」
「ええ、いいですわよ。その代わり、私を置いて行ったら承知しませんわよ」
「勿論だよ。アルテッサを置いて行ったりしないよ」

まだ少し素直になれないアルテッサは頬を赤くしながら強気な口調で言い放つものの、アウラーは慣れたのか気にした様子はなく、ウキウキと浮かれていた。
だが、最初に組んでくれたのがこの二人で良かった。
この流れならいけるとレインは確信してブライトの方を向く。

「あ、あの!ブライト様!!」
「なんだい?レイン」
「あぁのあの!わた、わたわた・・・私、と!ぺ・・・ペアになってくれませんかっ!?」
「うん、いいよ」
「・・・!もう思い残す事はないわ~・・・」
「あぁ!?レインが昇天しちゃう!!」
「レイ~ン!逝くにはまだ早いよ~!!」

レインの体から手を組んで涙を流しながら昇天するレインの魂をリオーネとファインが慌てて引き戻そうとする。
浴衣を褒められただけで卒倒し、ペアの申し出を受け入れられたら昇天とはなんとも忙しい姫君である。
その光景を呆れた様子で眺めつつシェイドはミルキーの方を振り返る。
見ればミルキーはナルロを歩行器に乗せてあげている所であった。

「ミルキーはナルロと一緒に行くのか?」
「バブ!」
「ガビーン!」
「そうか。だが赤ん坊だけで行くのは流石に危険だ。俺も―――」
「いいえ、私が行きます」

ミルロがシェイドの言葉を遮って申し出て来たことに少し驚きながらシェイドは聞き返す。

「いいのか?」
「ええ。ナルロもいるし」
「でも一人で大変じゃないか?」
「だったら私が行くわ!ていうか行かせて!」

次に名乗り出たのはソフィーだった。
彼女は少し怯えたようにそわそわしながらミルロの傍に寄って行く。

「ねぇミルロ、怖いのは平気?私苦手で・・・」
「私もあまり得意じゃないけどソフィーと一緒ならきっと大丈夫だと思うわ」
「ありがとうミルロ!じゃあ一緒に行きましょう!」

感激したようにソフィーが礼を述べる。
何とも微笑ましい光景である。
そんな二人のやり取りに影響されたのか、リオーネとタネタネプリンセスは顔を見合わせると互いにペアを申し出た。

「リオーネ、私達と一緒に入りましょう?」
「ええ、いいわよゴーチェル」
「プリンセス様達だけでは心配でプモ。このプーモもお供させて下さいませでプモ」

紳士らしく頭を下げながらプーモがリオーネとタネタネプリンセス達に同行を申し出るがその後に「ファイン様とレイン様のお邪魔は出来ませぬので」と続いた言葉にそれぞれは納得して小さく笑って了承した。
次々と決まっていくペアを見渡しながらシェイドがファインの方を見て尋ねる。

「お前はどうするんだ?」
「アタシ?アタシは入らないよ?」
「外で待ってるのか?」
「うん。でも時間かかるだろうから屋台のご飯食べるついでにみんなの欲しい物を買って待つつもりだよ」
「要は買い食いしつつお使いって所か」
「そ!・・・その・・・シェイドも一緒に・・・どう、かな?」

ファインも勇気を出してシェイドに同行の誘いをかける。
けれど乙女心が働いてもじもじとしてしまい、段々とその声は小さくなっていく。
顔は今にも湯気が出そうな程赤くなり、見られないようにという為なのかどんどん俯き気味になる。

(ファイン、頑張って!)

魂が肉体に戻って来たレインは心の中でファインを応援する。
それは他のプリンセス達も同じで二人の様子を静かに見守っていた。
もしもシェイドもお化け屋敷に入ると言いだしたら全力で阻止するつもりだ。
だからいつでもどんな回答でも来い、という気持ちからプリンセス達からは言葉では表せぬ強いオーラが出ており、ブライト達プリンスはそれが見えてたじろいだとか。

「も、勿論他の人とお化け屋敷に行ってきてもいいよ!アタシに付き合ってたら疲れるだろうし荷物持ちも大変だしさ!」

恥ずかしさを誤魔化すように両手を振りながらファインは逃げを打つ。
その乙女心は痛すぎる程分かるがそれでも逃げないで、とプリンセス達は願う。
そうした想いが飛び交っているのを露知らずシェイドはお化け屋敷にチラリと目をやってから一言。

「付き合ってやってもいいぞ」
「え・・・いいの・・・?」
「お化け屋敷にあまり興味はない。それにみんなのリクエストした物を誰かさんが我慢出来ずに食べないか見張らないといけないしな」
「そ、そんな事しないよ~!」

ニヤリと意地悪そうに口角を上げるシェイドにファインは顔を上げてむくれて見せるがその表情からは嬉しさが隠しきれていなかった。
思った通りの方向に事が運び、また、援護はいらないようだとレインやプリンセス達はホッと胸を撫で降ろす。
一方でシェイドとの同行が叶ったファインは巾着の中からメモとペンを取り出すと足取り軽く皆に買ってきてほしい物を聞き出していった。
さて、そんな中残されたプリンス二人であるソロとティオは目をぱちぱちと瞬かせて互いに顔を見合わせる。

「僕達二人だけになっちゃいましたね」
「ですな」
「けれど姉上やプリンセスリオーネが女性同士で行くように僕達も男同士で行ってもいいかもしれませんね」
「おお!名案ですなソロ殿!共に参りましょうぞ!」

しかしこの後、最初のお化けに驚いたティオが一目散に走ってソロを置いて行ってしまったのは言うまでもない。









「多少は遠慮してくれたとはいえ、嵩張る物ばかりだな」
「だね〜。まぁなんとかなるよ!へーきへーき!」

お化け屋敷組と別れたシェイドとファインは早速祭りの屋台の並ぶ通りに戻って来ていた。
通りの賑わいは相変わらずで軽快で大きな祭囃子の音はまだまだ続くようである。
たこ焼きやわたあめ、鈴カステラなどみんなのリクエストを書き留めたメモをしっかり手に持ちながらファインは得意気に言い放つ。

「アタシがいっぱい持つからシェイドは安心してよ!」
「すぐにドジ踏む奴に任せられる訳がないだろ」
「うぐっ・・・」
「それに俺の事を舐めてもらっちゃ困るな。今までどれだけの重い物を鞭で引き上げて来たと思ってる」
「シェイドって力持ちだよね〜」
「言っておくがモンモン遺跡で穴に落ちかけたお前を引き上げてやったアレも重い物のカウントに入ってるからな」
「んなっ!?失礼だなぁもう!!」

頬を膨らませて怒ってみせるもシェイドにはどこ吹く風。
涼しげな顔で「グダグダ言ってないで行くぞ」と言い放って前を歩く姿はいつも通り意地悪で。
それでも許してしまうのはきっと惚れた弱味なのだろうと思うとファインは心の中で白旗を上げるほかなかった。
それから小走りにシェイドの隣に駆け寄って祭りに興じる。

「あ〜どれ食べようかな〜」
「時間はまだまだあるから好きなだけ食べるといい。それとも勝負でもするか?」
「勝負?」
「アレなんてどうだ?」

そう言ってシェイドが指差したのは『黒髭危機一髪』と書かれた屋台だった。
屋台の中には大きな樽の中に入った黒髭の人形が置いてあり、樽が大きい分だけ差し込み口の穴や剣も大きかった。
黒髭を飛び出させた方が負けという単純なルールと絡んでくる運。
ファインは運動が大得意でシェイドにも負けない自信があったがシェイドは機転が効くのでそれを含めると負ける可能性が高くなる。
加えて浴衣という少々動きづらい格好では更に勝率は下がる。
それを考えれば黒髭危機一髪は運要素が強く、勝率も五分五分なのでファインが勝つ可能性は十分にあった。
なのでファインはシェイドからの勝負に乗る事にした。
何より屋台の景品の、勝者に贈られるお菓子の詰め合わせミニバスケットが魅力的だった。

「いいよ!やろうやろう!」
「よし。すいません、一回お願いします」
「はいですニャ」

店主のニャムル族の男はシェイドから料金を受け取るとオモチャの剣の束が入った箱を二人の前に置いて簡単なルール説明をした。

「一回刺す毎に交代して黒髭を飛び出させた方の負けですニャ。買ったら景品にこちらのお菓子の詰め合わせをプレゼントしますニャ」
「お菓子お菓子~!アタシが最初でいい!?」
「ああ、いいぞ」

食べ物が絡んだファインを止めるのは無理な話である、というのは共に旅をしていた時に学んだ事であり、同じ食いしん坊である妹のミルキーを見ていたらそれは自ずと分かる事なのでシェイドは潔く一番手を譲った。
ファインは剣を一本手に取ると刺す穴を見定め、それから思いきり剣を「えいっ!」と刺した。
しかしこれといった変化はなく、ファインは安心したように胸を撫で降ろす。

「次はシェイドの番だよ」
「ああ」

同じようにしてシェイドも剣を一本取るといくつかの穴を見定めるように眺めてから樽の真ん中の穴に躊躇いなく剣を刺した。
こちらも何かしらの仕掛けが動く事はなく、静かなままだった。

「次はお前の番だ」
「うん!」

再び自分の番が回ってきてファインは樽に剣を刺してその次にシェイドが刺していく。
この行為は何回か繰り返され、樽の穴はどんどん剣で埋め尽くされていった。
穴が埋め尽くされれば埋め尽くされる程、ファインとシェイドの刺す穴を見極める時間は長くなっていき、また、剣を刺す様も慎重なものになる。
真剣になって集中する二人の姿は店主や周りの客の目を引き、いつの間にやら大きな注目を集めてのゲームとなっていた。
しかし二人はそれに気付かないままゲームを続行する。
ファインの番が回ってくるが残りの穴は二つ。
剣を握る手が緊張で僅かに震え、周りの者も手に汗を握って静かにその様子を見守る。
そして―――

「やぁっ!!」

ファインは勇ましく穴に剣を突き刺した。
しかし祭囃子の喧騒が響く中、カチッという仕掛けの動く音が見ていた者たちの耳に確かに届く。
次の瞬間、派手な音を立てて黒髭は飛び出し、音と飛び出した勢いで集中力を強制的に切らされたファインは驚いて尻餅をついた。

「わぁっ!!?」
「ざぁんねんですニャ~!!プリンスシェイド様の勝利ですニャ~!!」

店主の腹の底からの勝敗宣言に観客は沸き立つ。
シェイドのファンの女性達は黄色い声を上げてシェイドの勝利を称え、他の者はファインの努力を労ったり二人の勝負に称賛と拍手を送った。
仕掛けが発動した衝撃と突然集中力が切れた事に心臓がバクバクと忙しなく鳴り、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔で呆然と尻餅をついたままのファインにシェイドが優しく手を差し伸べる。

「大丈夫か?」
「あ・・・うん。ありがと」

差し出されたシェイドの手を両手でしっかりと握って立ち上がる。
少しよろめいたがすぐにバランスを取り戻したファインはお尻の辺りの土を軽く払って深呼吸した。
心臓の鼓動は段々と落ち着きを取り戻して静かになっていき、漸く現状の理解が追い付いたファインはにへらと気が抜けたように笑う。

「あーあ、負けちゃった」
「だが、まさかここまで長引くとはな。俺の予想ではお前が早くに当たりを刺して終わると思っていたんだがこれもお菓子パワーか?」
「えへへ、かもね!」
「おめでとうございますニャ、シェイド様!こちら、景品のお菓子の詰め合わせになりますニャ」
「どうも」

掌サイズのミニバスケットには個包装されたクッキーが四枚入っていた。
ゲームの料金を考えると釣り合わないような気もしたが存分に楽しめたので良しとする。
さてこれをどうしようか、なんて考えの結論は隣からの熱視線を受けるまでもなく既に決まっている。

「半分食べるか?」
「本当!?」
「ああ、だが後でな。それより次に行くぞ」
「うん!!」

シェイドの後について行ってファインは黒髭危機一髪の屋台を後にする。
ちなみにこの後、店主のニャムル族の男は『あのプリンセスファイン様とプリンスシェイド様が勝負をしたゲーム!』と宣伝して客を集めていた。
何とも商売上手な店主である。
しかし店から離れたシェイドとファインには既に関係のない事で、今は行き交う人々を避けながら次に寄る屋台を選んでいた。

「次はどうする?また勝負をするか、それとも何か―――」
「フランクフルトー!」
「聞くまでもなかったな・・・」
「シェイドは食べる!?」
「いや、俺はいい」
「じゃあアタシ買ってくる!」

断るシェイドの言葉に被せるようにして言い放つとファインは風のように人の隙間をすり抜けてフランクフルトの屋台へと駆けだして行った。

「あ、おい!待て!」

慌ててシェイドが追いかけようとするも視界を遮る人の波によってそれは叶わなくなる。
それから人混みをかき分けてなんとかフランクフルトの屋台に到着したものの、ファインの姿がない事にシェイドは深く溜息を吐くのだった。






「ん~!かき氷美味しい~!」

空腹でフランクフルトをあっという間に平らげたファインは屋台が放つ香りにつられてあちこちの屋台に足を向けており、現在五軒目のかき氷の屋台に訪れていた。
食いしん坊プリンセスの胃袋は底なしで、まだまだ色んな食べ物が入る余裕があった。
しかしご飯を食べた事である程度の考える余裕が出来たファインはふと、シェイドの存在を思い出す。

「あれ?そう言えばシェイドは?」

キョロキョロと周りを見回すがあの夜空の色の髪の少年の姿はどこにも見当たらない。
というよりもよくよく思い出せば、フランクフルトの屋台に行くと言い残してそのまま一人フラフラと色んな屋台を食べ歩いて来たではないか。
シェイドの姿が見当たらないのも当然で、また、自分から無意識のうちに逸れてしまった。
その事に思い至ってファインは漸く慌て始める。

「たた、大変大変!シェイドと逸れちゃった!!」

食べ終わったかき氷の容器とスプーンをゴミ箱に捨てるとファインは急いでシェイドを探しに祭りの通りを走った。
行き交う人々やニャムル族は多く、それらしい姿を見つけても回り込んで顔を見てみれば全くの別人であった。
念の為に食べて来た屋台に戻ってみてもその姿は確認出来ず、ファインの中で段々と焦りが募っていく。
こんな時ばかりは働かない自分の野生の勘が恨めしい。
もう一度最後に離れた場所に戻ろうとファインが足を踏み出したその時、おっちょこちょいな彼女は地面に躓いて転倒しそうになる。

「わわっ!?」

倒れる先には誰かが落としたであろうたこ焼きが転がっている、勿体ない。
なんて考えている場合ではなく、このままたこ焼きを潰してしまっては折角の浴衣が汚れてしまう。
しかし踏ん張る暇もなくファインの体は重力に従って倒れて行く。

「わぁああ―――」

絶叫しそうになった瞬間、後ろから丁寧に抱きかかえられて素早く引き戻される。
少し懐かしい感覚、デジャヴ。
そこで漸く直感が働いてファインは心を躍らせながら振り返る。

「シェイド!」
「全く・・・」

少し怒ったような、呆れたような表情で見下ろしてくるシェイドに、それでも漸く姿を見つけられてファインは嬉しくなる。
そんな様子のファインにシェイドはこれ見よがしに大きな溜息を吐くと小言を始めた。

「買いに行く時は一言声を掛けろと言ったが梯子していいとは言ってないぞ」
「は、はい・・・」
「お前の行きたい屋台は寄ってやるから勝手に一人で行くな」
「ごめんなさ~い・・・」
「分かったなら行くぞ」

シェイドはファインの手を握ると背を向けて一歩前をずんずんと歩き始めた。
少し引っ張られる形ではあるが、宝石の国のピースフルパーティーの時に喧嘩して手首を引っ張られたあの時と比べてその引っ張り方は優しく、怒って引っ張っているというよりも照れ隠しでそうしているように見えた。

(シェイド、照れてる?ていうか、手・・・繋いでる・・・)

想いを寄せているシェイドと手を繋いでいる。
その事実によって別の種類のドキドキという胸の鼓動に襲われてファインの顔は途端に沸騰し、嬉しさと羞恥心が綯い交ぜになって赤くなった顔を慌てて伏せた。
お祭りは相変わらず賑わっているというのに自分の胸の鼓動の方が煩く、まるで空間が切り取られたかのようにシェイドと自分の周りを沈黙が支配していて静かで耳に痛かった。

「よ・・・よく・・・アタシの事見つけられたね・・・」

沈黙に耐えられなくて独り言のようにポツリと呟く。
届かないだろうと思われたそれは意外にもシェイドの耳に届いたらしく、驚いた事に言葉のボールが返って来た。

「・・・言っただろ・・・馬子にも衣裳だと。この祭りの会場でその言葉がピッタリ合う奴なんてお前しかいない」
「そっ・・・かぁ・・・」

皮肉を言われている筈なのに嬉しさが込み上げてくるのは何故だろう。
いつものように軽く不満を漏らしていいのに口の端が持ち上がってニヤけてしまうのは何故だろう。
この胸を満たす気持ちが何のかは直感で分かっていても言葉に表す事が出来ない。
けれど行動で表す事なら出来るからファインはそっ・・・と、僅かにシェイドの手を握り返した。
本当にほんの僅か力を込めただけなのに前を歩くシェイドの足が一瞬だけ止まったような気がしたが気のせいだと思う事にした。
でないと本気でしばらく顔が見れなくなる。
そのまま二人はしばらく無言でいてぎこちなくしていたが、屋台を巡るうちに徐々に緊張は解かれていき、気付けば互いに手を放していたが揃って少し安心したのはここだけの話である。
時は流れ、そろそろ集合場所に向かおうと二人は祭りの会場から少し離れた公園に足を運ぶ。
公園は静かで人の数も少なく、容易にベンチを確保する事が出来た。

「いっぱい歩いたね~!」

わたあめやたこ焼き、から揚げなどの入った袋をベンチの空いてるスペースに置いてファインが苦笑しながら言い放つ。
色々な意味で疲れたのは言うまでもない。
シェイドも同じようにしてベンチの空いてるスペースに買ってきた物を置くと軽く息を吐いて背もたれに寄りかかった。

「流石に疲れたな」
「だね~。みんなが来るまでここでゆっくり待ってよっか」

のんびりと言い放った直後、空腹を訴えるファインのお腹の音が静かな公園に木霊してファインは「あ・・・」と声を漏らした後に引き攣った笑顔を浮かべる。

「あはは~お腹空いちゃった」
「全く・・・ここで待ってろ」

シェイドは仕方ないといった風に溜息を一つ吐くと立ち上がって祭りの通りに向けて歩いて行ってしまった。
追いかけようかと思ったが足が棒になっていて動けなかったのと「待ってろ」と言われたのでその指示に従う事にした。
また迷子になって怒られるのは御免だ。
それから数分も経たない内にシェイドは両手にチョコバナナを持って戻ってきて、ファインは瞳を輝かせた。

「あ~!チョコバナナ!!」
「食べるだろ?」
「うん!ありがとう!!」

元気よく頷いてチョコバナナを受け取るとファインは早速それを頬張り始めた。
シェイドもベンチに座ると人工的な夜空を見上げて静かにチョコバナナを食べ始める。
いつもは難しい事を考えてる彼の思考も今日ばかりはぼんやりと「楽しい」という単純で子供染みた言葉しか浮かんでこなかった。

「・・・こうなるなんて思ってなかったな」

ポツリ、と口からついて出た言葉。
祭りの熱に中てられて一時的に思考放棄した為に思わず飛び出た本音のようなもの。
けれどたまにはこうやって思ったままに言葉を口にするのも悪くないかと思い、シェイドは訂正も言葉の取りやめもする事はしなかった。
珍しくぼんやりしているシェイドを新鮮に思いつつファインはすかさずシェイドの言葉を拾う。

「え?何が?」
「俺がまだ一人で活動してた頃、全部終わってもお前達との関係は薄いままだと思ってた。それで良いと思ってたし興味もなかった」
「・・・全部終わってってのはシェイドが一人で全部片づけたらって事?」
「そういう意味になるな」
「だったらそういう考えになるのも仕方ないよ。だって一人なんだもん」
「だがお前達とブライトや星を救う為に力を合わせて関係を深めてもこうやって祭りに興じるなんて想像もつかなかった。良くてパーティーやお茶会で友好的に話が出来る程度だと思っていた」
「シェイドはやっぱりこういう賑やかなのは嫌い?」
「嫌いだったらこうして来てない」
「それもそうだね。シェイドってその辺ハッキリしてるし」
「嫌味か?」
「日頃の仕返しだよ~だ」
「生意気だ」

ビシッと軽くデコピンをお見舞いすれば「いだっ」とファインは呻いて額を抑えてシェイドを軽く睨む。
けれど次の瞬間にはおかしそうに笑い、シェイドもつられて笑顔を溢した。

「アタシ、こうやってシェイドと楽しい事して笑えるの嬉しいよ」
「そうなのか?」
「だってシェイドってばずっと難しい顔してたもん。そりゃあ大変な状況だったってのもあるけどさ。でもだからこそ、仲良く笑顔でいられるのが嬉しいんだ。シェイドとも友達になれたんだって」
「・・・フッ、そうか」
「学園に行っても楽しくやろうね!」
「ああ」

太陽のようにファインは笑い、月のようにシェイドは静かに笑みを浮かべて約束し合うのだった。







一方その頃、お化け屋敷の方ではレインとブライトが二人で中を歩いていた。
レインは最初の方こそしおらしく慎ましやかに振る舞って雰囲気を楽しんでいたものの、やはり好奇心の方が勝って瞳を輝かせながらどんどん前に進んで恐怖演出を楽しんでいた。

「見てブライト様!吸血鬼の棺桶よ!」
「あ、レイン!」

ブライトの制止を聞く事なくレインは小さな十字架が刻まれた黒い棺桶を開く。
中から無数の蝙蝠のロボットが飛び出して来るがレインはそれを見てもおかしそうに笑うだけ。

「うらめしや~」
「凄~い!首が長いわ~!どうしてどうして!?」

ろくろ首に遭遇しても興奮気味のレイン。

「カカカカカカッ!」
「見て見てブライト様!元気に踊る骸骨よ!」
「あ、うん・・・そう、だね?」

驚かそうとレインの周りを骸骨がうろつくが当の本人は演劇を見るような気持ちで楽しんでいる様子。
ブライトは恐怖というものの感覚が麻痺してきており、怖がればいいのかいつものようにプリンススマイルを浮かべればいいのか分からなくなっていた。

「お皿が一枚・・・二枚・・・・・・やっぱり一枚足りない・・・!」
「まぁ大変!でも大丈夫大丈夫!私が一緒に探してあげるわ!」
「あ、いえ、あの・・・」
「遠慮しないで!どこで落としちゃったか覚えてる?」
「ま、待つんだレイン!」

井戸から現れて皿の数を数えていた白い着物の女性に臆する事なく手を差し伸べるレイン。
しかし流石に見過ごす事が出来ずブライトは女性とレインの間に入ってレインを止めた。

「レイン、この人は本当にお皿がなくなって困っている訳ではないんだ」
「え?そうなんですか?」
「とある星で館の主人の大切なお皿を一枚失くしてしまい、その事に責任を感じて井戸に身を投げた女性の怪談があるんだ。これはそのお話をモチーフにした演出なんだよ」
「そうなんですか!?私ってばてっきりお仕事で使うお皿を本当に失くして困ってるのかと思って勘違いしちゃいました・・・」
「あはは、レインは優しいね」
「あ、あの・・・」
「すいません、お仕事のお邪魔をして。僕達はもう行きますのでこれで失礼させていただきます」
「お仕事頑張って下さいね」

和やかな笑顔で立ち去るプリンスとプリンセスを前に女性キャストはなんと言葉を返していいか分からず、ただ無言で佇むのであった。
場面はレインとブライトに戻り、先程まで興奮していたレインはある程度落ち着いたのか、ふとお化け屋敷に入ってからの自分の振る舞いを思い返して意気消沈していた。
予定では女の子らしく怖いと言ってブライトに抱き付き、優しくエスコートしてもらってお化け屋敷を楽しむはずが現実はどうだ。
ついつい好奇心がうずいてブライトそっちのけで恐怖演出にはしゃぎ、挙句の果てには怪談の一つだという事を知らなくて本気でキャストの人が困っているのだと手を差し伸べようとする始末。
普段はロマンティックなシチュエーションを夢見ているのにこれでは雰囲気もへったくれもない。
何よりも恐怖を楽しむお化け屋敷の醍醐味をブライトから奪っている事にレインは申し訳が立たなくて落ち込んだように息を吐いた。

「ごめんなさい、ブライト様」
「え?何が?」
「私ってば怖がるのそっちのけではしゃいでばっかりで・・・雰囲気台無しですよね・・・」
「別にそんな事はないよ。むしろ恐怖耐性が上がってラッキーかなって思ってるくらいだよ」
「本当にそうですか?」
「うん。僕の目を見て?嘘を付いてるかい?」

ブライトは立ち止まるとレインの方を向き、レインも同じように止まってブライトの瞳と向き合った。
宝石の国のプリンスの名に違わぬルビーのような美しい瞳。
少し前の彼の瞳は自信の無さを隠そうとする偽りの輝きが放たれていたが今はそれもなく、ありのままの輝きと確かな意思を宿していてその価値は無限のものだった。
紳士らしい優しい目線も健在で、レインが恋した瞳は以前よりも魅力が増していた。
そんな瞳に見つめ続けられる羞恥心と緊張感とときめきからレインは上手く言葉を発する事が出来ず、静かに首を横に振る。

「でしょ?」
「でも・・・」
「あのね、レイン。ここだけの秘密なんだけど・・・実は僕、怖いのが少し苦手なんだ」

秘密だよ、という風に自分の口元に人差し指を立てて苦笑いを浮かべるブライトにレインは驚いたように瞳を見開く。

「え?そうなんですか?」
「うん。その中でも驚かせてくる方のホラーが苦手でね。すぐに驚いちゃうんだ」
「それはブライト様がちゃんと雰囲気に浸れているからですよ」
「でも浸り過ぎてカッコ悪い姿は見せたくないんだ」
「そんな、ブライト様はいつだってカッコいいです!」
「それでもこれは男の意地って奴だよ。もしも何かでプリンスのみんなでお化け屋敷に入った時に情けない姿を見せたら真っ先にシェイドが弄ってくると思うんだ。そうなったら流石に悔しいからさ」
「シェイドなら有り得ますね。とことん意地悪な人ですから!」
「だろう?だからそうならない為にも特訓しなきゃいけないし、お化け屋敷を楽しんでるレインを見てたらそういう角度の見方があるんだって参考になってるんだ」
「参考って例えばどんなのですか?」
「どうしてろくろ首の首は長いのかとか、襲ってくる骸骨は単にダンスを踊ってるだけなのかもしれないとか。流石にさっきのキャストの人が本当にお皿を失くしてしまったと勘違いしたのは笑っちゃったけどね」
「うぅ・・・何も知らない自分が恥ずかしいです・・・」

レインは今度は別の種類の羞恥心で顔を赤らめて顔を俯かせる。
無知な自分が恥ずかしい。
けれどもブライトは首を横に振ってそんなレインの言葉を否定した。

「ううん、そんな事はないよ。心配して躊躇いなく手を差し伸べるレインはとても素敵だったよ。それに人は未知を恐れるものだけどレインはその逆で分からないからこそ何が待ち受けてるか楽しそうにワクワクしながら未知に飛び込む姿はとても勇敢でカッコいいよ」
「最後のは私としてはあんまり嬉しくない誉め言葉です・・・」
「あはは、ごめんよ。でもこれが僕の素直な感想なんだ」
「知ってます。ブライト様はいつだって素直ですから」

少しだけ顔を上げてチラリとブライトに目線を送ってもじもじと言葉を紡ぐ。
いつも自分を見てくれているのだというのが分かる言葉に少し照れてブライトは緩くはにかむ。

「色々長くなったけどまとめると僕はレインとお化け屋敷を歩くの楽しいよ。新しい楽しみ方も見つけられて新鮮な気持ちだし」
「本当ですか?」
「ああ」
「なら・・・私も嬉しいです」

漸く顔を上げて夜明けの陽が昇る時のようなおひさまの笑顔を見せたレインに安心してブライトは宝石にような輝く微笑みでもって優雅に手を差し伸べる。

「でも一人であちこち歩き回ったら危険だ。だから―――お手をどうぞ、プリンセスレイン」
「はい・・・!」

そっとプリンセスらしく静かに手を重ねて握り合う。
出口までもう少しの距離しかなかったがそれでもレインが幸せであった事に違いはなかった。






それからしばらくしてお化け屋敷組は集合場所の公園に続々と集まって行った。
ファインとシェイド、レインとブライトが中々に良い雰囲気に包まれていたのにプリンセス達は密かに作戦成功と喜んでいるのであった。
その後はファインとシェイドが買ってきてくれたわたあめやたこ焼きを食べつつみんなで花火大会を満喫した。
人工的な夜空を彩る多種多様の花火は中々に見応えがあり、全員が見惚れたのは言うまでもない。
やがて花火大会は恙なく幕を閉じ、胸を満たす余韻に皆が浸ると同時に解散の雰囲気が漂い始める。
しかし終わるには些か名残惜しい。
誰もが「帰ろう」の一言を言うのを躊躇っている中、ミルキーが無邪気にファインに何事かを話しかけた。

「バブバァブブ、バブバブバーブ!」
「あ、そうだね。花火大会も終わったし買いに行こっか!」
「どうしたの、ファイン?」
「ほら、お祭りが始まる前にアタシとミルキーでいろんなお店のご飯を食べてたでしょ?その時に王宮御用達のお菓子屋さんに行ってサニードロップを買おうとしたけど荷物になるからお祭りが終わってからって事になったじゃない?それでミルキーが今から行きたいって言ってるんだ」
「そういえばそうだったわね。今から行きましょうか」
「王宮御用達のサニードロップってファインがいつも食べてるあのサニードロップの事ですの?」

サニードロップと聞いて一番にアルテッサが反応して聞き返すとファインは頷いて答えた。

「うん。サニードロップ以外にもクッキーとかドーナッツとか色んなおやつを仕入れさせてもらってるお店ですっごく美味しいんだよ!」
「ファインが色んなお店のお菓子を味比べして決めたのよね」
「えへへ~」
「それなら私も行っていいかしら?久々におひさまの国のサニードロップを食べたいですわ」
「あ、なら私も行きたい!」
「私も」
「私達も一緒に行きたいわ」
「私も一緒に行かせて」

アルテッサの後にリオーネ、ミルロ、ゴーチェル、ソフィーも続く。
プリンス一同は何も言わなかったが断る空気はなく、同行する雰囲気がありありと出ていた。
それを察してファインとレインは元気よく拳を高く振り上げた。

「それじゃ!」
「みんなで!」
「「レッツゴー!!」」

そうしてやってきたのが王宮御用達というよりはファイン御用達のお菓子専門ショップ『スイーツソーサー』。
店は大きく、中も広々としていて様々な種類のお菓子が置いてあり、甘い匂いが鼻腔を満たして皆の心を弾ませる。
お菓子が大好きなファインとミルキーは心が弾むのを通り越して破顔していた。

「あぁ~良い匂い!」
「バブ~!」
「ファイン、今日はもう遅いからサニードロップだけにするのよ」
「ミルキーもだぞ」
「は~い」
「バァブ」

すかさずレインとシェイドに釘を刺されてファインとミルキーは少ししょげてみせる。
あのまま釘を刺しておかなかったらサニードロップ以外のお菓子も買っていた所だろう。
気を取り直してファインは皆をサニードロップが置かれているコーナーに誘導した。
そのコーナーには様々な形のサニードロップが透明な袋に詰められており、袋ごとに違う色のリボンで口を縛られていた。

「これが通年販売の形のやつでー、こっちが期間限定の形のやつだよ!」
「あら、団扇にかき氷にラムネの瓶の形だなんて風流ですこと」

期間限定と言われたサニードロップの袋を手に取ってアルテッサは小さく微笑む。
どうやら気に入ったようである。

「アタシは期間限定バージョンにする~!」
「私はお花の形のにするわ。ねぇファイン、後で半分こしましょう?」
「うん!」

レインの提案に快く頷くファイン。
この二人はいつだって仲良しだ。

「そうだわアルテッサ!私達も今度のお茶会でこのサニードロップを持ち寄って半分こしましょう!」
「ええ、いいですわよ」
「あ、お茶会する事になったんですか?」
「うん。この間アウラーが勇気を出して誘いに来たんだ」
「頑張りましたね、プリンスアウラー」
「いや~えへへ」

同じように半分こしようと約束するソフィーとアルテッサ。
そしてお茶会と聞いていつかのメラメラの国でみんなでやった石切りの事を思い出して尋ねたソロとそれに答えるブライト。
アウラーは照れたようにはにかんでいる。
ちなみにアルテッサからOKを貰った時のアウラーの喜び様はそれは凄いものであったという。

「あら?リオーネ、その缶は?」
「さっきそこの棚で見つけたの。クッキーが入ってるみたいなんだけど缶が可愛いから買おうかと思って」
「確かに可愛いわね。私も買っちゃおうかしら」
「お揃いを買いましょう!」
「ええ!ナルロには赤ちゃん用のジュースを買ってあげるわね」
「ガビーン!」

友人のリオーネとお揃いの物を買う事に喜びを隠せないミルロとベビーカーの中で嬉しそうに返事をするナルロ。

「バブッ・・・」

言葉で語らず敢えて目で訴えかけてくるミルキー。
兄のシェイドはそれが何を意味するかを誰よりも知っていた。
サニードロップだけにしろとは言ったがサニードロップ一つだけにしろとは言っていない。
シェイドは苦笑交じりに息を吐くと柔らかく微笑んで言った。

「俺の分という事でもう一つ買っていいぞ」
「バブバブバブ!バァブバブ!!」

「ありがとうお兄様!大好き!!」とミルキーは全身で喜びを表す。
今日もシェイドはミルキーに甘いのであった。

「これと―――はっ!」
「これと―――よっ!」
「これにしましょう―――そいやっさ!」
「どうしたのでありますか?プリンセスイシェル、ゴーチェル、ハーニィ」
「あそこでファインとレインの教育係さんが撮影してるからポーズ取ってるの」
「おぉ・・・」

サニードロップを選びながらビシッと決め顔やポーズをとるイシェル達にティオが首を傾げながら尋ねるとイシェルが天井を指差した。
それを辿って天井を見上げればキャメロットとルルが天井に張り付きながらカメラのシャッターを切っていた。
あまりに熱心なその姿にティオは感服したとか。
心配も愛情の裏返し、可愛いふたごの姫の為にと老体に鞭打って何度もお助けキャメと称して手助けしてくれていたのがキャメロットとルルだと見抜いていたシェイドもここまでくるといっそ尊敬に値すると思うのであった。
特に写真捌きが見事なもので、あの腕ならさぞや良い写真が撮れている事だろう。
ならば最後にとっておきの一枚を撮ってもらおうではないか。
自分と一緒に楽しい事をして笑顔でいられるのが嬉しいと言ってくれたファインへの密かなお礼を込めて。

「ミルキー、どれにするか決まったか?」
「バブィ!」
「その二つでいいんだな?分かった、買って来るよ」

期間限定の形とネコの形のサニードロップが入った袋を一つずつ受け取るとシェイドは最後に星の形をしたサニードロップの袋を一つ手に取って会計を済ませた。
予想外のその行動にミルキーは目を丸くしながら疑問を口にする。

「バブバブバーブバブ?」
「これか?これはな・・・まぁ見てれば分かる」
「バブ?」

店を出て行くシェイドの後ろをミルキーは大人しくついて行く。
二人の一連のやり取り、特にシェイドの行動を偶然見ていたブライトはその行動の意味する事を把握すると「僕も真似しちゃおうかな」と小さく呟いてリボンの形のサニードロップが入った袋を一つ手に取るのだった。
シェイドとミルキーが店の外に出るとファインとレインがプーモも交えて店の壁を背に楽しくお喋りをしている所であった。
それを邪魔するのは少し気が引けたが他の友人達がまだ出て来ていない今しかチャンスがない。
躊躇いなくシェイドはファインの名を呼んだ。

「ファイン」
「ん?なーにシェイド?」
「渡したい物がある」
「渡したい物?」

軽く手招きをすればファインは首を傾げながらもトコトコと傍に寄って来た。

「なーに?渡したい物って?」
「これだ。受け取ってくれるか?」

言いながら先程購入した星の形をしたサニードロップが入った袋を差し出す。
柄にもないと笑われるのではないかと一瞬思ったが食べ物が大好きなファインの事だからからかうよりも先に感激するだろうと思った。
そしてその予想は見事に的中するのであった。

「えっ!?本当にいいの!!?」
「ああ。ミルキーの面倒を見てくれたお礼だ」

本当は建前でしかないが。
そしてそれはミルキーも見抜いていて横でニヤニヤと笑っていたがシェイドは気付かないフリをする事でやり過ごした。
ファインはシェイドから両手で袋を受け取るとそれを大切そうに抱えて花のような笑顔を浮かべてみせる。

「ありがとうシェイド!大切に食べるね!!」
「・・・ああ」

頬を赤く染めて喜ぶファインの姿を見てシェイドもつられて嬉しくなる。
パシャッと僅かに耳に届いたシャッターを切る音に、腕の良い教育係だとシェイドは密かに称賛を贈るのであった。

「フフ、ファインったらあんなに嬉しそうにしちゃって」
「夏祭りの最後に素敵な思い出が出来たようで良かったでプモ」
「レイン」

微笑ましそうにファインを見守っていた二人だったが不意にブライトがレインの名を呼んだ事で二人の意識はそちらに向く。

「ブライト様?どうしたんですか?」
「実は僕からもサニードロップのプレゼントがあるんだ」
「ほ、本当ですか!?私に!!?ブライト様が!!?」
「ああ。受け取ってくれるかな?」
「ももも勿論です!ありがとうございます!ブライト様!!」

コクコクと何度も頷いてレインも同じようにして両手でブライトからのサニードロップの入った袋を受け取る。
ブライトから貰うサニードロップはレインの瞳には輝く宝石のように映るのだった。
喜んでくれたのはとても嬉しいが、それでもブライトは頬を掻きながら苦笑いを浮かべて口を開く。

「と言ってもシェイドの真似だけどね。僕のはお化け屋敷の新しい楽しみ方を教えてくれたお礼という事で」

それから今日のパーティーで肩に力入り過ぎていたのを指摘してくれた事、自分を励ましてくれた事、というのは少し照れ臭くて喉の奥に引っ込めた。
いくら素直なブライトと言えど照れて口に出来ないものもある。
けれどもレインは緩く首を横に振ると頬を染めて蕩けるような笑顔でもって礼を述べた。

「いいえ、たとえ真似だとしてもそうしようと思ったブライト様の気持ちがとっても嬉しいです。ありがとうございます、ブライト様」
「喜んでくれたようで僕も嬉しいよ」

言葉通り嬉しそうにブライトは微笑み、レインもより一層笑みを深くする。
そんな二人の様子をキャメロットとルルがすかさず撮影していたのを知っているのはプーモだけであった。
空気を読んでプーモはスススッとレインとブライトから離れるとキャメロットとルルの傍に寄って様子を窺った。

「お写真の撮影は如何でプモか?」
「バッチリでございますわ」
「きっと皆様もご満足いただける筈です」
「プモ!それは楽しみでプモ!」

素敵な写真とそれをアルバムに飾る楽しみにプーモは胸を躍らせるのであった。








第六章~しずくの国~ END
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