ピースフルパーティーと虹の蜜 第六章~しずくの国~

「皆様、本日はお越しいただき誠にありがとうございました。これにてピースフル『アート』パーティーを閉会致します」

ヤームルの閉会宣言と共にピースフルパーティーは恙なく幕を閉じる。
パーティーは大盛況で招待客は大変満足しており、それはミルロも同じであった。
自分の提案を両親が受け入れ、そしてパーティーでは大成功を収める。
しかも友人達と共同制作をして素敵なパネルや絵を描き上げた。
こんなにも嬉しい事はない。
元々争いや競い合いを好まない性格だった事もあって今回の共同制作は嬉しさに拍車がかかる。
また一つ、素敵な思い出が出来たと思った矢先の事。

「バブ、バブバブバブバ~!」
「え?これから一緒におひさまの国に行きたいの?」
「バブ!」

招待客が帰って行き、他の国のプリンセスやプリンス達が帰宅の準備をしている時にミルキーとファインの会話が耳に入ってミルロはそちらを振り返った。
するとそこに困ったように柔らかく苦笑しながらシェイドが会話に加わる。

「祭りが始まる前におひさまの国の城下町で美味しい物を食べたいそうなんだ。入浴や浴衣の着付けを押し付ける事になるが頼んでもいいか?」
「勿論だよ!」
「一緒に行きましょう、ミルキー!」
「バブー!」
「すまない、助かる。この袋の中に浴衣が入っている。それからインクで汚れた姿のまま挨拶する事を許してほしいとトゥルース王とエルザ王妃に伝えてくれ」

言いながらシェイドは浴衣の入った袋をファインに渡して手際良く濡れたタオルでミルキーの顔や手に着いたインクを拭き取った。
しかし完全には拭いきれず、僅かにインクの跡が残ってしまう。
それらに対してファインとレインは首を横に振るとあっけらかんと言い放つ。

「お父様もお母様も気にしないからへーきへーき!」
「そうそう!大丈夫大丈夫!」
「そう言ってくれると助かる。ミルキー、ちゃんと良い子にするんだぞ」
「バブー!」

(いいなぁ・・・)

四人のやり取りを見てミルロは純粋に羨ましがった。
自分も一緒に行って浴衣に着替えてみんなを待ちながらおひさまの国の城下町を散策したい。
けれど自分までもがそんな事を突然言いだしては迷惑かもしれない、困らせてしまうかもしれない。
そんな迷いが少なからずあったがそれでも一緒に行きたいという気持ちの方が強かった。
もっとも、断られる事なんかないというファインとレインへの信頼がミルロの中にはあった。
ミルロは腕の中のナルロを見下ろして微笑みかける。

「私達も行きましょうか」
「ガビーン」

ミルロの言わんとする事を察したように頷くナルロの笑顔に勇気を分けてもらってミルロはファインとレインに話しかけた。

「ファイン、レイン」
「あ、ミルロ」
「どうしたの?」
「その・・・私達も一緒に行っていいかしら?」
「え?ミルロ達も?」
「一緒に?」
「・・・やっぱり・・・ダメ・・・?」

やはり迷惑だったかとミルロの表情に影が差す。

「そんな事ないよ!」
「一緒に行きましょう!」

しかしその影に光を差し込むが如くファインとレインは笑顔で快く迎えてくれた。
俯きそうになったミルロの顔が持ち上がり、同じように笑顔になる。

「ありがとう!」
「ガビーン!」
「そんな、いけませんよミルロ」

直後にヤームルの諫める声が挟まって四人は振り返る。
見ればそこには申し訳なさそうに眉を下げるヤームルの姿があった。
女王としての側面がありながらも母親としての側面を併せ持ったような表情をしながらヤームルは続ける。

「いきなり押しかけては迷惑でしょう?」
「でも・・・」
「ガビーン・・・」
「大丈夫ですよ、ヤームル様!」
「私達迷惑だなんて思ってませんから!」
「ですが・・・」
「いいんですいいんです!」
「むしろ大歓迎です!」
「・・・分かりました。ミルロとナルロの事、宜しくお願いします」
「「はい!!」」
「ミルロ、せめて顔と手に着いたインクを落として着替えてからお行きなさい。いいですね?」
「はい、お母様!」
「ガビーン!」
「「やったーやったーやったったっ!ミルロとナルロも来るー!!」」

ミルロとナルロの参加にファインとレインはまた独特な創作ダンスを踊って喜びを表現する。
相変わらずプリンセスらしくない言動をするがそれでもその心は温かく、ミルロの突然の申し出を嫌がる事なくむしろ歓迎してくれる態度はとても嬉しいものであり、ヤームルの表情も綻んだ。

「ミルキーもミルロもズルい!」
「私達も一緒に行きたいけど浴衣持って来てないものね」
「これは一本取られたわね!」

リオーネとゴーチェルは羨ましそうに唇を尖らせ、ソフィーは満面の笑みで言い放つ。
そこにアルテッサが加わって釘を刺す。

「もう!先におひさまの国に行ってもいいですけどお祭りの抜け駆けは許しませんからね!」
「「分かってるってば!!」」
「でもでも!ケーキの美味しい喫茶店とかアイスクリームのお店は行っていいでしょ?待ってる間お腹空いて死んじゃうよぉ~」
「ブゥブゥ~」
「はいはい、それは好きなだけ行ってきなさい。でもお祭りの屋台はダメですからね」
「はーい!」
「バブ~!」

許可を貰えて両手を挙げて喜ぶファインとミルキー。
こうしてミルキーはおひさまの国の気球に、ミルロとナルロは自国の気球に乗り込んでおひさまの国へと向かうのだった。








「今日は急に押しかけてごめんなさい。でも、ありがとう」
「気にしないで。私もファインも本当に嬉しかったもの」

おひさまの国に到着したミルキーとミルロはトゥルースとエルザへの謁見を済ませた後にシャワーを浴びてインクを洗い流し、浴衣に身を包んで早速城下町に繰り出していた。
ミルキーとミルロはある程度インクを落としてからやってきたのに対してファインとレインは顔や手にインクを着けたまま帰還の報告をした為、トゥルースとエルザを驚かせ、それから笑いを買ったのは言うまでもない。
そして現在一行は静かな公園のベンチに腰を下ろして涼んでいた。
ファインとミルキーとプーモはアイスを買いに行っており、レインとミルロとベビーカーに乗せられたナルロはそれを待っている形だ。

「でも驚いたわ。ミルロも一緒に行くって言いだすなんて」
「うん、自分でも少し驚いてる。でもミルキーが一緒に行くって言いだしたのを見て私も一緒に行きたいなって思ったの。こうやってのんびり他のみんなが来るのを待ちながら友達と一緒に城下町を散策するのも良い思い出になるかもって思って」
「思い出?」
「まだ少し先だけど私達はもうすぐ学園に入学するでしょう?寮生活だし、夏と冬にしか戻ってこれないから・・・」
「あ・・・」

ベビーカーの中で宙を舞う蝶々を両手を動かして捕まえようとする無邪気なナルロを寂しそうに見やるミルロの姿にレインは言葉の意味を理解して小さく声を漏らす。
日に日に近付く学園生活。
トゥルースとエルザの話ではとても素敵な学園で宇宙から沢山のプリンスやプリンセスがやって来ると言う話でファインとレインは沢山の友達が作れると浮足立っていた。
勿論、学園に行くのは二人だけではなくミルロやシェイドやアルテッサやブライトなどのふしぎ星のプリンスとプリンセス達も一緒だ。
しかし唯一違うのはナルロとミルキーの赤ん坊組だった。
二人は就学年齢を満たしておらず、その時が来るまでふしぎ星でお留守番という事になる。
年に二回、夏と冬に帰省するとはいえ、それ以外基本は全員学園の寮で生活する事になるのでナルロが寂しがるだろうとミルロは心配していた。
同じ赤ん坊であるミルキーがいるとしても国は別なのでそう頻繁に会う事は適わないだろう。
加えて大好きな姉やその友人達もいないふしぎ星はナルロにしてもミルキーにしても静かで物足りなくて寂しいとレインは立場を置き換えて考えてみて思った。

「ナルロ、ミルロがいなくなったら寂しがっちゃうわね」
「ええ。だから寂しくないように入学するまでの間にいっぱい思い出を作ろうって。寂しくなっても思い出が慰めてくれる筈だから」
「素敵な考えね、ミルロ。それだったら尚更今日は一緒にきて正解よ。こうやってお祭り前に街でのんびり遊ぶのも立派な思い出だもの」
「ありがとう、レイン。今日はみんなでいっぱい思い出を作りましょうね」
「ええ!思い出したらキリがないくらい沢山の思い出を作りましょう!」

「おーい!アイス買ってきたよー!」
「バブー!」

丁度話がまとまったタイミングでファインとミルキーとプーモが戻ってくる。
ファインの両手にはコーンに入ったバニラアイスが、ミルキーの片手には同じくコーンに入ったバニラアイスが握られており、もう片方の手にはカップに入ったバニラアイスが握られていた。

「はい、レイン!」
「ありがとう、ファイン」
「バブバブー!」
「ありがとう、ミルキー」

レインはファインからコーンアイスを受け取り、ミルロはミルキーからカップアイスを受け取る。
カップアイスにはスプーンが刺さっており、それを掴むとミルロはナルロの口元にそれを運んであげた。
ナルロが美味しそうにそれを口の中で溶かしている間にミルロはスプーンで自分の分を掬うと同じように口の中でそれを溶かした。
口の中で広がるバニラの甘さと冷たさが風呂上りで火照った体を癒して涼しくさせてくれる。
プーモは遠慮してアイスは注文しなかったらしく、皆がアイスを食べる姿を傍で静かに見守っている。
そんな中、レインがアイスを食べながら先程ミルロとした話をファインに持ち掛けた。

「ねぇ、ファイン」
「なーに?レイン」
「私達、今度学園に入学するでしょ?」
「うん?」
「でもナルロとミルキーはまだ赤ちゃんだからふしぎ星でお留守番する事になるから寂しくなりそうようねってさっきミルロと話してたの」
「あ・・・そっか。ミルキー達は行けないもんね」
「ゥゥ・・・」

美味しそうにアイスを舐めていたミルキーだったがその話を聞くと寂しそうに眉を下げた。
それはファインも同じで寂しそうな表情でミルキーを見上げる。

「シェイドもアタシ達もみんな学園に行っちゃってふしぎ星にはミルキーとナルロしか残らないんだね」
「ミルキー様もナルロ様もまだ赤ん坊でプモから仕方のない事でプモ」
「うん・・・」
「だからね、さっきミルロと話して今日はいっぱい思い出を作ろうって事になったの。毎日思い出さないとキリがないくらい沢山の思い出をみんなで作りましょうって」
「それいいね!名案だよ!」
「バブバブ~!」
「あ、そーだ!ついでに写真も撮っておくのはどうかな?そしたらいつでも見返せていいんじゃないかな?」
「名案ね!写真も沢山撮りましょう!」
「でしたら写真係は僕が―――」
「いいえ!私達が引き受けましょう!」

思わず背筋が真っ直ぐになりそうな声がプーモの言葉を遮って名乗りでる。
声のする方を一斉に見やればそこにはカメラを首に下げたキャメロットとルルの姿があった。

「キャメロット、ルル!」
「二人共どうしたの?」
「ファイン様とレイン様がはしゃぎ過ぎて浴衣が着崩れしないか陰ながら見守りに来た次第でございます」
「お二人はよくはしゃいでは着崩れを起こすと聞いております」
「「うっ・・・」」

顔を赤くして俯く二人にプーモが「苦労をかけますでプモ」と呆れたようにポツリと呟く。

「お話は全て聞かせていただきました!プリンスナルロ様とプリンセスミルキー様の為にもこのキャメロットとルルが皆様のお邪魔にならない距離からお写真を撮らせていただきます!ルル、写真撮影も教育係の立派な務めです!自然な一枚が撮れるように我々は気配を消して皆様が気にならないよう心掛けるように!」
「はい、キャメロット様!写真撮影のコツは気配を消す事っと」
「それでは早速皆様で笑顔のお写真を撮りましょう!皆様集まっていただけますでしょうか?」

キャメロットの指示の下、ファインとレインとミルロはベンチに並んで座った。
それからナルロはミルロに抱っこされ、ミルキーはファインの膝の上に浮遊し、プーモはレインの作った掌の台の上に降り立つ。

「それでは撮りますよ!はい、チーズ!!」

カシャッという音と共に降ろされたシャッターは記念すべき最高の一枚目を焼き付けるのだった。









それから夕方になって街の大通りに屋台が出始め、ポツポツと提灯に灯りが点き始めた頃。
準備を終えて浴衣や甚平に着替えた各国のプリンス・プリンセス達が到着して早速全員でお祭りに繰り出す事となった。
その際にナルロとミルキーの為に沢山の思い出を作る事、キャメロットとルルがどこかから写真撮影をしてくれている事を伝え、みんなで思いっきり楽しもうと決めた。
そしてそれとは別にミルロ発案のファインとレインの為に後半でお化け屋敷に行こうという話がプリンセス達の間で密かに共有されるのであった。

「それにしても大規模なお祭りだね。色んな屋台が沢山あってどれから行くか迷っちゃうよ」
「迷う事なんかないよ!まずは美味しい屋台からってね~!」
「バブブ~!」
「早っ!?もう食べてる!!」

沢山の人で賑わう屋台を見回して感心しているアウラーの横でファインとミルキーはいつの間にやらたこ焼きを購入しており、それを頬張っていた。
流石は食いしん坊プリンセス、お祭りが始まる少し前に散々美味しいお店を食べ回っていたのにその胃袋は底知らずで食べ物系屋台を制覇する勢いだ。
どこまでも通常運転な二人にシェイドは呆れながらティッシュでミルキーの口の端に付いたソースを拭ってやる。

「ミルキーもファインも食べるのはいいが買いに行く時は一言声を掛けろ。迷子になっても知らないぞ」
「はーい」
「バーブ」
「でも今日のファインはとっても可愛いから人混みに紛れてもすぐに見つかるんじゃないかしら?プリンスシェイド」

ここですかさずミルロがファインの援護射撃に入り、ファインはドキリと固まる。
それを受けてシェイドが無言でファインを下から上までじっくりと観察を始めた。
黄色の向日葵が咲く浴衣、普段は二つに結ばれているが本日はキャメロットによって綺麗にまとめ上げられた赤い髪とそれを飾る金色の簪。
返ってくる言葉の予想がつきながらもドキドキとファインが緊張しながら待っているとシェイドはフッと息を吐いて一言。

「馬子にも衣裳だな」
「やっぱり言ったー!ひどーい!!」
「正直な感想を言ったまでだ」

腕を組みながら涼しく笑うシェイドに腹を立ててファインはぷうっと頬を膨らませる。
予想は的中したもののやっぱり頭に来て「意地悪!」と抗議してもシェイドにはどこ吹く風。
そんな二人の様子をミルキーは残りのタコ焼きを食べながら楽しそうに眺めるのだった。
さて、ミルロの援護射撃に気付いたアルテッサは同じようにしてブライトに対してレインのアピールを開始する。

「捻くれ者のプリンスシェイドに期待するだけ無駄ですわ。それよりもお兄様、レインも今日は気合いを入れておめかししたらしいんですのよ」
「へぇ、そうなのかい?」

話を振られてブライトがレインに視線を移すと途端にレインも緊張で固まった。
ブライトの視線が下から上へと移動していくのが分かって益々胸の鼓動が速まる。
浴衣に咲く青いアサガオ、いつもは一つに結ばれている髪はこちらもキャメロットによって美しく結い上げられており、ファインとお揃いの簪がキラリと光を反射する。
全てを眺め終えてブライトはニコリと微笑みを浮かべると一言。

「凄く可愛いよ、プリンセスレイン」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、アサガオの浴衣がよく似合ってるよ」
「・・・!」

爽やかに微笑まれてレインは一瞬にして顔を赤らめて倒れかける。
それをリオーネが慌てて背中を支えて意識の確認をするがレインの意識は半ば天国へ飛びかけているのであった。

「全く、プリンスシェイドもこのくらいの事は言えないのかしら?」
「俺はブライトみたいに恥ずかしい人間じゃないんでな。それに花より団子の奴に何言ったってすぐに忘れるだろ」

シェイドが視線で示す方を追えばファインはミルキーと一緒になってイカ焼きと焼きそばを買っている所であった。
そんな事をしているからシェイドに皮肉を言われてからかわれるのでは、とアルテッサは呆れたように盛大に溜息を吐く。
すぐに食べ物に釣られてしまうファインとブライトに褒められるだけで卒倒するレインもその恋が無事に成就するのはまだまだ先になりそうである。
それはそれとして、ファインとミルキーが屋台の料理を食べ始めたのを見習って一同もそれぞれ好きな食べ物を買って食べながら大通りを練り歩き始めた。
王族なので食べ歩きなどはしたないかもしれないが今日は祭り、無礼講といこうではないかと皆は考えて気にしない事にしていた。

「ねぇ、みんなでアレをやりましょうよ」

群衆を避けている内に逸れてしまわないようにと敢えてプリンスとプリンセス達が作った行列の間を歩いていたタネタネプリンセス達の中でハーニィが『星引き』と書かれた屋台を指差した。
大きな箱の一部に長方形の穴が空いており、そこからは先端に星の飾りが着いた紐が沢山垂れていた。
紐を引っ張ればその先に吊るしてある物を手に入れられるという仕組みだ。
ちなみに何が吊るしてあるかは宇宙を模した台紙によって隠されており、分からない状態となっている。
一種の運試しにみんなは乗り気になる。

「よぉーし!引くぞー!おじさん、一回お願いしまーす!」
「おぉ、これはファイン様レイン様!このような屋台にお立ち寄りいただけるとは至極恐悦にございますニャ!ささ、どうぞお楽しみ下さいませニャ!」

屋台の店主のニャムル族の男はニコニコと上機嫌にファインからお代を受け取ると紐を引くように促す。

「お菓子ありますか!?」
「勿論ですニャ!お菓子以外にもオモチャや色々な物がはいっていますニャ!」
「やったー!お菓子出ないかな~?」

赤色の星の飾りが着いた紐をスルスルとリズム良くファインは引っ張って行く。
吊るされていた物は然程重くはなく、穴のすぐそこまで出てこようとしているのが分かる。

「何かな何かな?おせんべい?チョコレート?それとも―――」

中から出て来たのは高クオリティの女のお化けの人形だった。

「わぁーーーーーー!!!!??」

怖い物が苦手なファインは途端に悲鳴を上げると思わずそれを投げ出してしまう。
人形は宙を舞うとナルロのベビーカーの中に落ちた。
それに気付いたファインは怪我がないかと慌てる。

「わわっ!?ご、ごめんねナルロ!だいじょう―――」
「ガッビーン!ガビーン!」
「あら、ナルロ。もしかしてこのお人形が気に入ったの?」
「ガビーン!」
「そう。ファイン、悪いんだけどこのお人形、ナルロにあげてくれないかしら?」
「い、いいけど・・・ナルロ、そんなのがいいの?」
「ガビーン!」

キャッキャとはしゃぎながらナルロはお化けの人形で遊び始める。
このお化けの人形をどんな風に認識しているかは分からないが引き取り手も見つかったしナルロも喜んでいるしで悲しむ者はいないので良しとする。
いたいけない赤子が恐ろしい人形で無邪気にはしゃぐという珍妙なギャップにファインが顔を引き攣らせている間にミルロが紐を引っ張った。
箱の中から出てきたのは六個入りのキャラメルの箱だった。

「あ、キャラメル。ファイン好きよね?ナルロにお人形をくれたお礼にあげるわ」
「本当!?ありがとうミルロ~!」

お菓子を貰えるという感激からファインはミルロに抱き付き、ミルロはくすぐったそうに笑みを溢す。
その隣では今度はレインが挑戦していた。

「えいっ!」

怖いものなど知らぬレインは躊躇う事なく大胆に思いっきり紐を引っ張る。
出来れば人形やおもちゃのアクセサリーでもいいからそういった可愛い物が出て来てほしい。
次点でお菓子がいい、ファインと半分こ出来る。
そう願いながら箱の中から出て来たのは可愛い物でも怖い物でもなく、面白い物のカテゴリーに入る鼻眼鏡だった。

「あ、らら・・・はぁ・・・」
「大当たりね!レイン!!」

肩を落としているとソフィーが興奮気味に迫ってくる。

「大当たり?この鼻眼鏡が?」
「そうよ!だってこれをかければ誰もが面白い顔になるんですもの!!レインはファインと一緒で面白いの好きでしょう?」
「好きは好きだけどこういうのはちょっと・・・」
「あらそうなの?だったら私が取ったこのうっとりウグイスの人形と交換しない?私、鼻眼鏡が欲しいわ!」
「ええ、いいわよ。ソフィーがいいなら」
「ありがとうレイン!大好きよ!!」

鼻眼鏡を貰えた感激からソフィーもレインに感謝のハグをする。
突然の事でビックリしたレインだったが、ソフィーが嬉しそうだったのでレインも嬉しくなり、同じようにハグを返した。
そうして二人で景品の交換をすると早速ソフィーが暴走を始めた。

「みてみて!レインに鼻眼鏡を交換してもらったの!似合ってる?面白い!?」
「え、ええ・・・いいと思うわ、ソフィー・・・」

感想を求められたリオーネはたじろぎながらも当たり障りのない感想を口にする。
いつだって他人の発言を好意的に受け取るソフィーはその感想に大はしゃぎ。

「ありがとうリオーネ!見てお兄様!素敵でしょう!?」
「はいはい。良かったね、ソフィー」
「次はお兄様がかける番よ!」
「えっ!?僕!?」
「はい、どうぞ!」
「もう・・・仕方ないなぁ・・・」

シェイドやブライト同様、妹に甘いアウラーは仕方なくといった様子で鼻眼鏡をかけてあげる。
一同は最初は笑いを堪えていたものの抑える事が出来ず一斉に噴き出した。

「あははっ!似合ってる似合ってる~!」
「アウラーったら変な顔~!」

ファインとレインがお腹を抱えて笑う。
他の全員も同じようにして大笑いしているがソフィーの暴走によってそうした笑い物にされるのに慣れているアウラーは苦笑いすると静かにそれを外してソフィーに返した。
そしてソフィーは次なるターゲットにその鼻眼鏡を装備させようとする。

「はい、次はアルテッサの番よ!」
「えぇっ!?私!!?」
「ほらほらかけて!絶対に似合うから!」
「お断りですわ!!何で私がそんな物をかけなくちゃいけないの!?」
「だって私やお兄様よりもこれが似合う人間と言えばアルテッサしかいないじゃない!」
「冗談じゃありませんわ!!」
「ほらアルテッサ!遠慮しないで!」
「いや~!こっちに持ってこないで~!」

天然ソフィーに迫られてアルテッサは逃げ出す。
それをソフィーがどこまでも追いかけて行くが誰も止める事はしないのであった。
その間にタネタネプリンセスとソロが一斉に紐を引っ張って景品を取り出す。
タネタネプリンセスは皆、お菓子やオモチャなどを獲得してそれぞれ満足そうに笑顔を浮かべる。

「みて!可愛い人形よ!」
「私はオモチャのアクセサリー!」
「私はお菓子!」
「いいな~」
「バブ~」
「後でファインとミルキーに少し分けてあげるわね」
「ありがとう、イシェル!」
「バブバブ~!」
「ソロは何が取れた?」
「・・・」
「ソロ?」

報告も返事もなく、ただただ無言でいるソロを訝しんでゴーチェルがソロの方を見やる。

「あら?」
「どうしましたの?」

あと一歩の所でアルテッサに鼻眼鏡をかけようとしていたソフィーは黙りこくるソロの異変に気付き、涙目になっていたアルテッサも不思議に思ってソロを覗き込む。
ソロは薄緑色から中央に向かうにつれオレンジ色、紫色の順に代わって最終的に黒になるガラス玉の前で呆然と佇んでいた。
ガラス玉の中には真っ赤な『宇』の文字と真っ青な『宙』の文字が浮かんでいて異質且つ異様としか言いようのない造りだった。
そしてそれを見つめるソロの目はどこか虚ろでぼんやりとしている。
明らかに様子のおかしいソロにゴーチェルはハーニィ達と顔を合わせてから恐る恐るもう一度名前を呼んだ。

「・・・ソロ?大丈夫?」
「・・・姉上・・・宇宙とは何でしょうか・・・」
「え?」
「星は・・・宇宙は・・・神の創った水槽・・・」
「ソロ・・・?」
「視える・・・あまねく宇宙を笑う紫色の猫のような化け物が・・・うぅ、うああぁ・・・」
「だ、誰かソロからあのガラス玉を取り上げて!!」

頭を抱えて腹の底から唸り始めたソロに危機感を覚えてゴーチェルが悲鳴にも似た声で助けを求める。
それを近くにいたティオがハンカチで隠す事で事なきを得る。

「ソロ殿、気を確かに!」
「ハッ!?僕は一体・・・確か『宇宙』と書かれたガラス玉を見ていたら意識が・・・」
「それ以上は思い出してはなりませぬ!」

意識を取り戻して息を乱すソロに記憶の再生をさせまいとティオが遮る。
そんな恐ろしいものの一部始終を見たブライトとアウラー。

「・・・ちょっと引くの怖いね」
「う、うん・・・でもまぁ、流れ的に引かなきゃだよね・・.」

戦々恐々としながらブライトとアウラーは紐を引っ張る。
願わくばソロのような意識がおかしくなりそうな物は出てこないで欲しいと祈りながらアウラーは景品を引き上げる。
そうして中から出て来た折り紙セットにホッと一息吐くのだった。

「良かったぁ、折り紙かぁ。ブライトは何だった?」
「えっ!?あぁえっと・・・は、ハズレだったよ!」
「そっか、残念だね」
「ま、まぁこういう事もあるよね!」

ははは、と空笑いしながらブライトはアウラーに尋ねられる前に素早くポケットにしまった封筒をさりげなさを装って確認する。
危険物はちゃんとポケットの中に存在していた。
ハズレを引いたと嘘をついたがこれも仕方のない事。
紐を引いてブライトが引き当てた物はブライトサンバを踊っていた時のブロマイド写真十枚入りセットであった。
封筒の表には『プリンスブライト様ブロマイドセット』と書かれていて最初は照れ臭さと自分で自分のブロマイドを引き当てるという微妙な気持ちに苦笑いを浮かべた。
しかし中身を確認すればブライトサンバを踊っていた時の写真が出て来たものだからその絶望感たるや筆舌に尽くし難い。
シェイドにブライトサンバの話を突っつかれるだけでも大ダメージなのにこうして油断していた所に予想もしていなかった所から斬りかかられるのはそれはそれでとんでもないダメージがあった。
更に気がかりなのはこのブライトサンバのブロマイドセットは他にもこの箱の中に入っているのか、或いは他の屋台でも景品として出してるのか分からない事だ。
王族権限として確認したい所だがここはおひさまの国。
変に事を荒立てる訳にもいかず、下手をすればブライトサンバを知られる恐れもある。
願わくばブライトサンバのブロマイドセットがこの一つだけである事を祈るばかりであった。
さて、己の過去に打ち震えるブライトを他所に今度はミルキーとリオーネとアルテッサが紐を引っ張った。

「あ、クッキーだわ!」
「バーブー・・・」

いーなー、と言いたげにクッキーに熱視線を送ってくるミルキーに気付いたリオーネは苦笑しながらクッキーを差し出す。

「はい、どうぞ。ミルキー」
「バブッ!?」
「遠慮しないで受け取って」
「ババブー!ブブイ!」
「もしかしてミルキーが取った押し花をくれるの?」
「バブ!」
「フフ、どうもありがとう。アルテッサはどうだった―――」
「視えますわ・・・人のような何かが宇宙に星をばら撒く姿が・・・」

アルテッサはソロが獲得したガラス玉と全く同じ物を掌の上に乗せて何事かを呟いていた。
先程までソフィーに鼻眼鏡をかけられそうになって悲鳴を上げながら逃げ回っていたのに今はかけられても全くの無反応である。

「大変!!アルテッサが『宇宙』しちゃってるわ!!」
「そして俺も『宇宙』になる・・・」
「あぁ!?シェイドまで『宇宙』しちゃった!?」
「バブバブ!?」

リオーネ達のすぐ後に紐を引いたシェイドは見事に例のガラス玉を引き上げ、瞳が虚になっていくのであった。
アルテッサのガラス玉にはリオーネが、シェイドのガラス玉にはファインがハンカチを掛けて隠す。
そのすぐ後にどこからかビニール袋を調達して来たプーモが「今すぐこの袋に入れるでプモ!」と叫んでリオーネもファインもガラス玉を袋の中に放り込んだ。
ちなみにこの袋の中にはティオがソロから隠したガラス玉も入っている。
危険物を処理出来た所でリオーネはアルテッサに、ファインとミルキーはシェイドの意識に呼びかけた。

「しっかりしてアルテッサ!気を確かに!!」
「はっ!?私は何を・・・って、何で鼻眼鏡なんかかけてますのぉ!!?」
「やっぱり私の予想通りよく似合ってるわよ、アルテッサ!」
「ソフィー!!!」
「シェイドしっかりして!シェイド!!」
「バブー!!」
「はっ!?俺は何を・・・」
「良かった、元に戻った・・・」
「バブィ・・・」
「おのれパンドラの箱め!このティオがソロ殿とプリンセスアルテッサと師匠の仇を討って進ぜよう!!」

「せやぁっ!!」と勢いよく一本の紐を引き上げるティオ。
その先に待っているのは希望か絶望か。

「・・・視えますぞ・・・宇宙の外で這いつくばる人の顔をした蜘蛛の怪物が・・・」

絶望だった。

「回収!!」
「ア~ンド封印でプモ!!」

ガラス玉を見ないようにしながらファインがガラス玉を掴んで袋の中に入れ、プーモが袋の口を縛る。
その後、大変危険な物である為、代金はいらないので店主の方で必ず処分するようにとプーモが交渉してガラス玉は皆の手から離れる事となった。
店主もソロ達のただならぬ様子にある種の危険と恐怖を感じ取っていた為にプーモの交渉に快く応じて早々にガラス玉を処分するのであった。

「なんだかよく分からんが・・・悪い夢を見ていたような気がするな・・・」
「僕もです・・・」
「このティオ、何かを思い出しそうではありますが思い出してはいけないともう一人の自分が叫んできているであります・・・」
「それ絶対思い出しちゃいけない事だと思うんだ!ね、ブライト!!」
「うんそうだよ絶対そうだよ!!それよりもホラ、射的やろうよ射的!射的勝負で気分転換しよう!ねっ!?」

顔色悪く額を抑えるシェイドとソロ、そして再び虚ろな瞳になりそうになったティオをアウラーとブライトが全力でフォローする。
またあんな虚ろな瞳で訳の分からない事を呟かれるのはごめんだった。
何とかして空気を切り替え、そしてブライト、シェイド、ティオ、ソロ、アウラーの順に射的屋台の前に並ぶとそれぞれは気分を切り替えて準備を始める。
ちなみにソロはタネタネ人用の鉄砲を用意してもらった。

「シェイドは鉄砲とか使った事ある?」

コルクを詰めながらブライトがシェイドに尋ねる。
同じようにしてコルクを詰めて構えやすい体勢を探りながらシェイドは一言。

「鉄砲じゃないが大臣に向けて大砲を何発かお見舞いしてやった事ならある」
「キミ・・・何やってるんだい・・・」
「アイツ、俺をワザと砂漠のど真ん中に置き去りにした事があってな・・・その仕返しに女王サソリ退治と称して女王サソリに追いかけられるアイツを大砲で何度か狙ってやった」
「うわぁ・・・」
「最終的に女王サソリに当たって女王サソリが逃げ帰ったから的当てはそこで終わったがあの時は惜しかったな」
「本当にキミは容赦ないね・・・」

タネタネ人に次いでこの星で敵に回してはいけない人物はシェイドだとブライトの中でランクが決まるのであった。
物騒な過去の話をするシェイドの横でティオが瞳を輝かせながら手際の良くコルクを詰めて構えるソロを褒め称える。

「おお!ソロ殿、とても手際が良くて構えも様になっておりますなぁ!」
「大きな獲物に遭遇する事の方が圧倒的に多いのでタネタネの国の戦士は鉄砲の扱い方は必修科目なんです」
「なるほど!アウラー殿は鉄砲の経験はいかがですかな?」
「うーん、弓矢とかアーチェリーなら何回かやった事はあるけど鉄砲はないかなぁ。だから使い方とか構え方とか教えてくれると嬉しいな」
「いいですよ、教えますよ」
「ありがとう、ソロ!」
「それじゃあみんなで何を狙おうか?」
「あのブライト様人形でいいんじゃないか」

そう言ってシェイドが指差したのは闇に堕ちていた頃のブラックブライト四分の一スケール人形だった。

「何あれっ!?」

死角の方向からロケットパンチされたような衝撃を受けてブライトは目玉が飛び出しそうになる。
屋台の景品の癖にクオリティが高いのがまた腹が立つ。
ブライトは慌てて屋台の店主のニャムル族に景品について尋ねた。

「ちょっ、あの!何で僕の人形黒い奴なんですか!?普段の礼装の僕の人形はないんですか!?」
「それならついさっきファンの女の子達がゲットしていきましたニャ。なので次の目玉商品としてこちらの人形を飾らせていただきましたニャ」
「悪いんですけど今すぐ取り下げてもらえませんか!?」
「そうは言ってもウチも商売ですし・・・ニャ」
「自分の手で落とせばいいだろ。よし、俺は額を狙おう」
「でしたら私は右目を!」
「僕は左目を狙いますね」
「じゃあ僕は鼻で」
「ちょっと待って!何でみんなそんな乗り気なの!?ていうか凄い悪意を感じるんだけど僕ってやっぱりまだ許されてないの!!?」

あたふたと慌てながらツッコミを入れるブライトを他所にシェイド達は次々と構えていく。
許していないのではなく、許しているからこそ全力で弄りにきているのだが自身の無駄にクオリティの高い人形を目玉商品として展示されて混乱してるブライトの頭ではそれを理解するのは難しかった。

「ブライト達だけで盛り上がり始めちゃったね」
「私達は私達で楽しみましょう」
「うん!」

盛り上がるプリンス達をそのままにファインとレインがそう決めると他のプリンセス達もそれに賛同して各々好きな屋台を巡り始めた。

「あ!ボール投げだ!しかも景品にお菓子セットがある〜!」
「バブイ〜!!」
「アルテッサ、私達もやりましょう!そして二人で金と銀の付け髭をゲットしましょう!」
「いりませんわ!!」

景品のお菓子に釣られてボール投げの屋台に吸い込まれるようにして飛び込むファインとミルキー。
その後をソフィーがアルテッサの腕を引っ張りながら続く。

「ミルロ、一緒に摑み取りをしましょう。オモチャの宝石や可愛い飾りが貰えるみたいよ」
「ええ」

レインはミルロを誘って摑み取りの屋台へ。

「ねぇリオーネ、一緒に輪投げで遊びましょう?」
「いいわよ。私達も沢山景品を取りましょう!」

タネタネプリンセスと共に輪投げに興じるリオーネ。
各々思い思いの楽しい祭りの時間を満喫していく。
祭囃子と人混みの喧騒に溶け込んでいくプリンセスとプリンスのはしゃぐ声。
一つの屋台で遊び終わったら次の屋台へ。
一つの屋台で美味しい物を食べたら次の屋台へ。
時間を忘れて遊んでいた一同だったが、誰が声を上げた訳でもなく自然と祭りから少し離れた静かな場所に集合した。

「はぁ〜!お祭り最高!」
「バブバブバー!」
「貴女達、後半はもう食べてしかいませんでしたわね」
「もう屋台が食べられてるって感じだったわよね!」

満腹と言わんばかりにお腹をさするファインとミルキーにやや呆れ顔に景品のクマの人形を抱くアルテッサとネコの人形を抱くソフィー。

「型抜き、上手く出来なかったけど楽しかったわ!」
「リオーネが凄く上手だったわよね」
「前にプリンセスパーティーでボードラゴンの彫刻を作って来てたし、やっぱりああいうのは得意なの?」
「そうね、彫ったり削ったりっていう作業は得意な方ね」

集合する少し前に楽しんだ型抜きについて盛り上がるレインとゴーチェルとミルロとリオーネ。
ちなみに戦績はレインは惨敗、ミルロは三回のうち一回だけ成功し、タネタネプリンセスとリオーネは一度も失敗しなかった。

「みんな集まってるみたいだな」
「あ!シェイド!・・・って、うわっ」

シェイドの声が聞こえて嬉しそうに振り返るファイン。
しかしその先で戦利品を片手に上機嫌なシェイド達とは反対に頭も肩もガックリと下げてトボトボと歩くブライトの姿があった。
声を潜めながらファインは何事かを尋ねる。

「ブライト、どうしたの?」
「行く先々の屋台の景品にアイツが闇に落ちてた頃の物があってな」
「あー・・・」
「闇に落ちてたアイツの行いを知ってるのなんて俺達王族だけで一般民衆は殆ど知らないだろ?だからちょいワルブライト様つってそっち方面の人気も出てるらしい」
「それでそっちの景品が出回ってるんだ?」
「一つだけならまだいいが複数ってなるとアイツ一人じゃ大変だからな。仕方なく回収を手伝ってやってた」
「へー、シェイドも他のみんな優しいね」
「別に他に欲しい物がなかっただけだ」
「あはは、そーいう事にしてあげるよ」

ふいっと顔を逸らしたシェイドのその態度は紛れもなく照れ隠しで。
今日はその優しさに免じてファインは追及はしないであげた。
その横でレインがブライトの顔を覗き込みながら励まそうとする。

「大丈夫ですか、ブライト様?」
「うん・・・ありがとう、レイン」
「過ぎた事なんかいつまでも引きずっちゃダメですよ!ね?」
「そうだね。過去の事は気にしない、だよね」

塞ぎ込む事があった時にレインが何度もかけてくれた言葉『過去の事は気にしない』。
そうは言っても気にしてしまうものはどうしても気にしてしまって、それでもレインはめげずにファインと共に何度も励ましてくれた。
己の過去の悪行を思えば一番責める権利のあるレインとファインは「過ぎた事だから」とあっさり水に流してそんな事よりもブライトが心配だと言って元気にしてくれようとしていたのをブライトは忘れていない。
そして最初は混乱したものの、段々とシェイド達が屋台でワザと闇に落ちたブライトの景品を狙うのは回収を手伝ってくれている事、全力で弄ってくるのは彼らも過去の事は気にしていないという意味だと知って嬉しくなった。
本当にこの温かい輪の中に戻ってこれて良かったとブライトは心の底から思う。

「もう僕の暗い話はこのくらいにして楽しい話をしようか。レインは何か良い物は手に入ったかい?」
「はい!水の中にあるガラスのコップの中にコインを落とすゲームがあってコインを入れる事に成功したんです!それでペンギンの人形を貰ったんです!」

嬉しそうにしながらレインは赤いリボンの着いた小さなペンギンの人形をブライトの前に出して見せる。
ゲームが成功した事、可愛い人形が貰えた事、それらによって幸せな笑顔を見せるレインにブライトは知らずの内に癒される。
同時に闇に堕ちていた頃の自分のグッズを入れてる袋が軽くなった気がした。
いつまでも気にしたってしょうがない、過ぎた事はどうしようもない。
それよりもしてきた事の分だけ自分が出来る最大限の事をするのだ。
それが償いになり、一生懸命励ましてくれたみんなやアルテッサ、レイン、ファインが教えてくれた大切な事。
とりあえず今はこの空気を壊さず楽しむ時は楽しんで真面目になる時は真面目になろう。
改めて心に決めてブライトが気持ちを切り替えている間にレインがアルテッサに話を振る。

「アルテッサもゲームでクマの人形を手に入れたんですよ」
「へぇ、凄いじゃないかアルテッサ」
「私にかかればこのくらい楽勝ですわ!」
「意地になって五回くらい挑戦したのはここだけの秘密にしてあげるわね!」
「言ってる傍から暴露してるじゃありませんの!!」

ソフィーの悪意無き暴露に怒りながらツッコミを入れるアルテッサ。
そこに―――

「ガビ~ン!!」

はしゃぎ疲れて寝ていたナルロが起きたようで、瞳を輝かせて興奮したように手をバタバタとばたつかせた。
それの意味するものが分からずにアルテッサは首を傾げる。

「あら、ナルロ?どうしましたの?」
「ナルロ、クマの人形が好きなの。アルテッサ、差支えがなければ少し触らせてあげてくれないかしら」

興奮するナルロの頭を優しく撫でながらミルロが説明する。
男の子とはいえまだ赤ん坊、納得のいく話だ。
アルテッサは少し考えてクスッと小さく笑うとナルロの目の前にクマの人形を優しく置いた。

「少しだけと言わず存分に触りなさい。良かったら差し上げますわよ」
「ガビーン!」
「え?いいの?」
「ええ。私ももうお人形って歳ではないですし。本当に好きな人が可愛がってあげる方がこのクマの人形も喜びますわ」
「アルテッサ・・・!ありがとう!」
「その代わり、私の事は覚えていてもガビーンは忘れるのよ」
「ガビーン!」
「も~言ってる傍から・・・」

ガビーンを忘れる気配のないナルロにアルテッサが唇を尖らせてミルロ達がクスクスと笑い声を漏らす。
そんな中、ソフィーは持っていたネコの人形に力が加わるのを感じた。
見ればミルキーが好きな物を見る目で優しくネコの人形を撫でているではないか。

「ミルキーはネコの人形が好きなの?」
「バブ!」
「じゃあ私もこの人形をミルキーにあげるわ」
「バブッ!?バブブ!?」
「その代わり、私の事も忘れないでね」
「バブー・・・バブイ!」

ありがとう、と礼を述べるようにミルキーは感激した様子でネコの人形をぎゅっと抱き締めてシェイドの傍に寄る。
とても嬉しそうな妹の姿にシェイドは柔らかく微笑んで「良かったな、ミルキー」と言うとソフィーに礼を述べた。

「悪いな、ソフィー。感謝する」
「気にしないで、私もお人形っていう歳じゃないから。それに私の今の夢中はアルテッサだから!」
「それは喜んでいいんですの?貶してないですわよね?」
「勿論よ!」

笑顔で肯定されても何だか釈然としないアルテッサであった。

「あ、じゃあ私はミルキーのネコの人形にこのリボンのピンを着けてあげる!」
「アタシは赤の蝶ネクタイをナルロのクマの人形に着けてあげる!」
「私達からはミルキーのネコにこのオモチャのネックレスをあげるわ」
「じゃあ私はこのオモチャの腕時計をナルロのクマさんにプレゼントするわ」

レインはリボンのピンを、タネタネプリンセスはオモチャのネックレスをミルキーが貰ったネコの人形の耳や首に付ける。
そしてファインは赤の蝶ネクタイを、リオーネはオモチャの青の腕時計を付ける。
プリンセス達のドレスコードによってミルキーのネコとナルロのクマは素敵にドレスアップを果たす。
しかしドレスアップするのは人形だけではなかった。

「じゃあ次は僕達から」
「ミルキーとナルロにプレゼントだよ」

言ってアウラー達は隠し持っていたお面とロケットペンダントを出すとそれぞれミルキーとナルロの傍に歩み寄る。

「どうぞ、プリンセスミルキー」
「ペンダントの写真は後でプリンスシェイドの写真を入れてもらって下さい」

ミルキーの頭に可愛いお面を優しく付けてあげるブライトと、ブライトの肩に乗って金色のペンダントを差し出すソロ。

「はい、どうぞ。ナルロ」
「こちらのペンダントも後程プリンセスミルロの写真を入れてもらってくだされ」

アウラーがナルロの頭にカッコいいお面を付け、ティオが同じ金色のペンダントを差し出す。
まさかのプリンス達からのサプライズプレゼントにシェイドは目を見開いて驚く。

「みんな、いつの間に・・・」
「シェイド、何度か僕達の中の誰かと一騎打ちしてる事があっただろ?」
「その隙にこっそり打ち合わせして買いに行ってたんだ。ミルキーとナルロの思い出と二人がいつでもシェイドやミルロを思い出せるような物を用意しようって」
「それからタイミングを見計らってプレゼントしようと思っていたのですが」
「プリンセスの皆様方に先を越されてしまいました」
「・・・!」

思ってもみなかった友人達の粋な計らいにシェイドは思わず言葉を失う。
これにはミルロも涙ぐみ、けれどもとびきりの笑顔を浮かべて深く感謝の言葉を述べた。

「みんな、ありがとう・・・本当にありがとう・・・!」
「ガビ~ン!!」
「ブブイブイ!!」

ナルロもミルキーも友人達の優しさと気遣に瞳に感動の涙を溜めながら感謝の言葉を述べた。
赤ん坊言葉ではあるが「ありがとう」と言っているのが皆には分かった。
温かな空気に包まれる中、ファインとレインがそれらを締めくくるようにある提案をする。

「そうだ!折角みんな集まったんだし写真撮ろうよ!」
「そうね!今日一番の思い出を撮りましょう!キャメロット、ルル、お願い!」
「お任せ下さい!ルル、大事な一枚ですよ!」
「はい、キャメロット様!」

叢からカメラを構えながら素早く現れたキャメロットとルル。
どうやら本当に少し離れた所から撮影してくれていたようである。
ある意味凄い教育係だと内心苦笑と共に尊敬しながら一同は二人の指示に従いながら配置に着く。
そして―――

「良いですか皆様、撮りますよ。はい、チーズ!」

祭りの夜空にプリンセスとプリンス達の最高の一枚を切り取るシャッターの音が鳴り響くのだった。







続く
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