ピースフルパーティーと虹の蜜 第六章~しずくの国~

ベストアートプリンセスを決めるプリンセスパーティーでしずくの国は屋内でパーティーを開いた。
しかし今回は趣向を変えて屋外でのパーティーとなった。
更にもう一つ変わっている点がプリンス・プリンセス一同はいつもの礼装ではなく、汚れても良い動きやすい作業服に身を包んでいるという点だ。
とは言え王族なので作業服でも大勢の人間の前に出ても恥ずかしくないようなデザインである。

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。ただいまよりピースフル『アート』パーティーの開催を宣言します」

屋外に設置した檀上にヤームルが立って開会宣言をすると青く晴れ渡ったしずくの国の空に拍手の音が鳴り響いた。

「本パーティーではプリンス・プリンセス一同による共同作業を披露致します。塗料を使った作業となり、飛び跳ねてしまう可能性がありますので恐れながら作業スペースには立ち入らぬようお願い致します。また、出来上がった作品は後日、このしずくの国にありますウォーターアスレチックパークに飾られますのでお時間のある際に見に来て楽しんでいただければと思います」

ヤームルの説明を背の低い小さな木の柵の内側である作業スペースで聞いていたファインは驚くとミルロの方を見た。

「え?そうなの?」
「ええ。ウォーターアスレチックパークの老朽化が話題になってたんだけどエストヴァンのお父様がそちらの建て直しにも是非出資させてほしいと名乗り出てくれたの。そこで折角だからリニューアル記念モニュメントとアスレチック内にある休憩所に私達プリンセスとプリンスのみんなで描いた絵を飾る事にしたの」
「そうだったんだ~」
「黙っててごめんなさい。でもみんなを驚かせたかったの」

悪戯っぽく微笑むミルロに一同は表情を綻ばせる。
ウォーターアスレチックパークとはしずくの国最大のアスレチックにして定番のレジャースポットである。
しかしミルロの説明した通り、近年では老朽化が問題となっており、利用者も減ってきていた。
国を管理する王家として対応をしたいのはやまやまだったがしずくの国の財政では少々厳しいものがあった。
おひさまの恵みが元に戻った事で雲を作る装置も安定してきたとはいえ、それまでに疲弊した財政を立て直すのはそう簡単なものではない。
しかしそこで、以前ミルロとの結婚が持ち上がった金持ちのエストヴァンの父親がアスレチックパークの建て直しについてまたもや出資すると名乗り出てくれたのだ。
元々お金に対して執着がないのと、何より大切な息子であるエストヴァンもよく利用して友達と遊んでいるアスレチックパークに綺麗で安全になって欲しかったという願いがあったのはここだけの話である。
しかしここでアルテッサがある事実に気付いて慄く。

「ま、待ってミルロ!私達で絵を描くって・・・絵はあらかじめ描かれていないんですの?」
「ええ。みんなで自由に描こうと思って」
「いや~~~!!そんな~~~!!」

アルテッサは背後に横たえられている四つの真っ白なパネルとモニュメント用の石壁を見渡して絶望の悲鳴を上げる。
アートが苦手な彼女にとっては苦行以外の何者でもなかった。
それをファインとレインとソフィーが笑顔で慰める。

「まぁまぁアルテッサ、そんなに悲しまなくても大丈夫だよ。アタシもレインも絵はあんまり得意じゃないしさ」
「そうそう。下手くそでも一生懸命描けば誰も笑ったりしないわ」
「それにアルテッサの芸術センスはふしぎ星を突き抜ける程ずば抜けてるわ!だから自信をもって!」
「揃いも揃って人の心を殴り殺しにかかってこないでちょうだい!!」

グサグサと刺さってくる慰めになってない言葉の刃にアルテッサが怒りを爆発させるがそれももはやおなじみの光景。
それらのやり取りに他のプリンスやプリンセス達は笑い、その中には勿論ミルロとナルロの姿もある。
愛する娘と息子が笑顔でいる事に心を和ませながらヤームルが作業開始の命を下す。

「それではプリンス・プリンセスの皆さん、早速作業に入って下さい。何か困った事があったらいつでも申し出て下さいね」
『はい』
「とは言ったものの」
「どうしましょうかしら」

皆で返事をした後にリオーネとイシェルが困ったように首を傾げてパネルや石壁を見やる。
自由に描いていいとは言われたものの、いざ作業に取り掛かろうとしても何からどう手を付ければいいか悩む上に迷う。
それは他の者もそうであったが唯一違ったのがやはりファインとレインの二人だった。

「ねぇねぇ、どんな風に描く?」
「そりゃあもう可愛くて派手でキラキラしたものよ!」
「じゃあアタシはケーキのお城を描く~!」
「だったら私はお花を描くわ~!」
「いやいやお二人共、ウォーターアスレチックパークと全く関係ないものを描くのは如何なものでプモか」
「別に関係なくていいの。だって自由がテーマなんだから」

ファインとレインを諫めるプーモの隣にミルロが立ち、ニコリと微笑む。
改めて許可を得られた事にファインとレインは喜びを隠さず弾んだ声で音頭を取った。

「よぉ~し!じゃあみんなで好きなの描いちゃお~!」
「みんなの好きな物を描けばきっと素敵なパネルになる筈だわ!」
「まぁ、この二人の絵が大きく描かれていれば私の絵も多少は目立たなくなりますわね」
「何言ってるのアルテッサ!アルテッサの描く絵こそ大きく描いて訪れる人達にアルテッサの摩訶不思議な絵の才能を知らしめなきゃ!」
「摩訶不思議ってそれ褒めてませんわよね!!?」

アルテッサとソフィーは今日も通常運転だった。

「ハーニィ達は何を描くの?」
「私達は蝶を描くわ。リオーネは何を描くの?」
「私はそうねぇ・・・音符を描こうかしら。絵の中にリズムを乗せたいわ。ミルロは何を描くの?」
「私は鳥を描くわ。街にね、アーダとイーダっていう双子の姉妹がいて、鳥のお世話をしてくれてるの。私も時々一緒にお世話してるのだけど可愛い鳥が沢山いるからその子たちを描こうと思って」

和気藹々と描くものを決めていくタネタネプリンセスとリオーネとミルロ。

「ガビーン!」
「バブバブ、バブブバブー!」
「へー、ナルロは風船を描いてミルキーは星を描くんだって」
「あら、そうなのね。どっちも可愛いからもっといい絵が完成しそうね!」

ナルロの言葉をミルキーを通して通訳したファインのセリフにレインがワクワクとした風に返す。
そうしてプリンセス達がワイワイと描くものを決めているとブライトがある提案をしてきた。

「みんな、ちょっといいかい?」
「ブライト様?」

レインが最初に反応するとブライトは笑みを崩さぬまま続ける。

「折角だから分担して描かないかい?四枚のパネルのうち二枚はプリンセスのみんなで描いて残りの二枚は僕達プリンスが描く。そして最後のモニュメントはみんなで描くんだ。どうかな?」
「賛成です!!」
「アタシもー!」
「みんなもいいわよね?」

レインが他のプリンセス達の方を振り返って確認すると皆は快く頷く。
意見はすぐにまとまり、プリンスとプリンセスはそれぞれのパネルに別れると早速作業を開始した。
プリンセスサイドの方はやはりというか何というか、とても賑やかで楽しそうで華やかだった。

「ケーキのお城ケーキのお城~♪屋根はイチゴで窓は飴で窓枠はチョコで壁はホワイトチョコクランチなの~!」
「バブブ~イ!」
「もう、ファインもミルキーも涎が出てるわよ。でも夢があってとっても可愛いお城だわ。そんなお城の周りには綺麗なお花や四葉のクローバーが沢山咲いてるっていうのはどうかしら?」
「うんうん!凄く良いと思う!」
「じゃあ描くわね」
「バァブ、バブバブバブバブ!」
「色ごとに味の違うお星さまのゼリー!?最高じゃないミルキー!どんどん描こう!」
「バブー!」

ファインが描き始めたお菓子の城の周りにレインが色とりどりの花や四葉のクローバーを描き、城の上にミルキーがカラフルな星を描いていく。
三人共、絵はあまり上手な方ではないが夢に溢れていた。
そのワクワクやキラキラとした雰囲気がリオーネにインスピレーションを与え、とある事を閃かせる。

「そうだわ!私、音符は音符でもお花の音符を描くわ!」
「素敵!とっても良いアディアね、リオーネ!」
「ありがとう、レイン!レインも一緒に描いてくれないかしら?」
「ええ、喜んで!」
「私達も一緒に描いて良いかしら?」
「リオーネとレインが描くお花の音符の周りに蝶が飛んだり止まってるのを描きたいわ」
「勿論よ、イシェル、ゴーチェル!」
「みんなで一緒に描きましょう!」

合作を思いついて意気投合し、レインとリオーネとタネタネプリンセスは音符の花と可憐だったり美しい羽の蝶を描き始める。
一方で絵を描くのが苦手なアルテッサは恥を晒したくないが為に動物や建物という本人的には無謀な挑戦はしなかった。
花だってレインやリオーネ達ほど可愛くてセンスのある物を描ける自信がない。
かと言って何も描かない訳にもいかず、とりあえず絵の下手な自分でもなんとかまともに描ける三角と丸と四角を横に並べて描いた。
しかしそこから先はどうしたものかと悩み、また筆が止まってしまう。

「むぅ・・・」
「アルテッサ、もしかしてそれっておでんを描いてるの?」
「えっ!?べ、別にそういう訳じゃ・・・!」
「渋いわね!流石アルテッサ!三度笠とマントを付けたらより渋くなると思うわ!」

無邪気で天然なソフィーは筆を取るとアルテッサに許可をもらう事なくサラサラと三角と丸と四角に三度笠と色違いの縦縞マントを描き込んでいく。
それによって言葉からくるイメージでおでんに見えて渋かったそれは更に渋味を増し、そこだけ渋い空間になりあがってしまった。

「ちょ、ちょっとソフィー!渋くなってるじゃないのよ!」
「え?渋いのがいいんじゃないの?」
「良くないわよ!私は他のみんなのように可愛いのが描きたいの!」
「だったらこうするのはどうかしら?」

アルテッサが怒っている横でミルロの筆が伸びてくる。
筆の先には黒のインクが付いており、それは軽やかに踊るとおでん達に顔を与えた。
渋かったおでん達は可愛らしい顔を与えられた事で渋味がありつつもキュートポップなキャラクターへと昇華された。
その見事な軌道修正にアルテッサもソフィーも感嘆の声を漏らす。

「まぁ・・・!」
「可愛い!流石ミルロね!」
「私達も合作を描きましょう」
「ええ!じゃあ次はお団子にしてその次は卵にしましょう!」
「ソフィー、簡単な記号を提案してくれるのは嬉しいけど別に食べ物縛りにしなくてもいいんですのよ」
「三角形のスイカも宜しくー!」
「バブバブー!」
「ミルキーはアイスがいいって!」
「あーもう、はいはい分かりましたわ。食いしん坊達の為にも食べ物のキャラクターを描きましょう」

呆れたように言い放ちながらもアルテッサは筆を取ると気持ち軽く丸や三角を描き始めた。
絵心は全くないけれど、こうして友人達と協力して一つのキャラクターの絵を生み出すのはとても楽しい。
そうしてプリンセス達が思い思いに絵を描く反対側でプリンス達も相応に盛り上がっていた。

「ガビーン」
「どうしたナルロ?こっちで絵を描きたいのか?」
「ガビーン!」
「そうか。じゃあホラ、思う存分描け」

赤のインクを付けた筆を握って傍に寄って来たナルロをシェイドが抱っこしてパネルの真ん中の辺りに置いてやる。
するとナルロはご機嫌そうにしながら筆を滑らせた。
ミルキーとファインの会話から風船を描くと言っていたが描けているのは歪な丸の群。
しかし赤ん坊となればこのくらいの画力も仕方ないし、むしろ微笑ましいのでシェイドも他のプリンス達も温かくナルロのお絵描きを見守る。
その間、腕を組んで何を描くか考えていたブライトはあるものを閃くと筆を取った。

「そうだ。僕、空飛ぶ列車を描くね。上のスペース貰っていいかい?」
「いいけど反対向きで描けるのか?ブライト」
「平気だよ」

アウラーが心配するもブライトは流れるような動きでサラサラと列車を描き始めて行く。
簡易的ではあったが列車の設計は見事な物で、流石は技術の宝石の国のプリンスだと皆は感心する。
着々と描き上がっていく列車にナルロがはしゃいだ。

「ガビ~ン!ガビ~ン!」
「ナルロは列車は好きかい?」
「ガビーン!」
「そっか。じゃあこの列車の車掌さんはナルロに決まりだね」
「ガビーン!」

ナルロは嬉しそうに頷くと鼻歌を歌いながらブライトの制作過程を見て楽しむのだった。
そんな二人の様子をぼんやりと眺めていたシェイドだったが、隣に座るティオが生き物のようなものを描いているのに気付いてそれを覗き込む。

「ティオは何を描いてるんだ?」
「ボードラゴンを描いておりまする!」
「・・・そうか、上手いな」

(襟巻きトカゲかと思った)

シェイドは心の中でひっそりと呟くのだった。

「皆さん夢があっていいですね。僕も見習って不死鳥・フェニックスを描こうと思います」
「待てソロ。どこを見習って斜め方向に突き進もうとしてるんだ」
「あ、じゃあ僕は麒麟を描くね!」
「アウラー、対抗して渋いものをチョイスするな」
「折角だからもう一枚のパネルの方にフェニックスとか麒麟とかを描かないか?怪獣とそれを倒す正義のヒーローの絵も夢があってワクワクすると思うんだ!」
「ブライト、仮にも伝説の生き物を怪獣扱いするな」
「では、こちらの壁ではロボットを描きますね」
「なら僕はロケットにしようかな」
「何故先にそっちをチョイスしなかった」
「ほらほら、シェイドもツッコミを入れてないで描かないとダメだろう?」
「お前らがボケまくるからだろ」

はぁ、と疲れたように溜息を吐いてシェイドは筆を取る。
だが描きたい物が思い浮かばない。
現実主義な性格もあり、こういった夢のあるものには疎かった。
何かヒントになるものはないかぼんやりと思考を巡らせているとファインとミルキーの会話が耳に届く。

「出来た!ウサギさんの形の雲のわたあめ!」
「バブバブイ!」
「ラムネ味の雨?美味しそう〜!」

(相変わらずだな)

食べ物の話で盛り上がるファインとミルキーの姿に頬が緩む。
自分達で考えた想像上の食べ物にあんなにはしゃいで楽しそうにしている。

(所詮は空想なのにな)

そんな考えだから夢のある絵が思い浮かばないのだと内心で自嘲する。
けれど聞けば聞くほどシェイドにはない斬新でキラキラとした発想にこっちまでもが浮かれた気分になってきて何だか夢を分けて貰えたような気になる。
段々と頭の中で夢が形になるのと同時にナルロがシェイドに声を掛けた。

「ガビーン」
「ん?もういいのか?」
「ガビーン!」
「そうか」

頷くナルロに穏やかな表情を向けながらパネルの上から降ろしてやる。
するとナルロは気ままにハイハイをしてミルロの横に着いた。
ナルロの存在に気付いたミルロは「あら、どうしたのナルロ?」と尋ねがら慣れた手つきでナルロを抱っこし、自分達の絵を見せた。
可愛らしく夢の溢れる絵に「ガビーン!」とはしゃぐ声が心地良く耳に届く。
少し前まで国の乗っ取りを企む大臣やら星の危機やら強盗団の退治に追われていた事もあり、平和な空間に響く友人達の声がシェイドの心を癒す。
そうやって温かで平穏な空気にシェイドが浸っているのをアウラーは気付いてそっとしてあげたかったが、一緒に絵を描く楽しみも味わって欲しくて躊躇いなく声をかけた。

「シェイドは描く絵、決まった?」
「・・・ん?ああ、そうだな・・・俺は船を描くとしよう」

食いしん坊な二人のプリンセスが友人達と一緒にお菓子の国に行く為の船を。
そう心の中で付け足してシェイドは緩やかに船を描き始めるのだった。







「次はいよいよお待ちかね!」
「みんなでモニュメントに絵を描くタ~イム!」

拳を振り上げてにこやかな笑顔で声を上げるレインとファインにプリンスとプリンセス達は軽い拍手を送る。
先程までプリンス・プリンセス一同が描いて完成させたパネルは乾かす事も兼ねて招待客たちに向けて立てかけるようにして展示されていた。
プリンセス一同が描いたパネルの一枚目は花や食べ物や可愛らしいキャラクターなどが中心で、二枚目はおとぎ話をテーマにした幻想的で優しい絵であった。
対するプリンス一同が描いたパネルの一枚目は乗り物や動物が中心で、二枚目はブライトの宣言通り怪獣やヒーローが中心の少年心をくすぐる絵が出来上がっていた。
これらは招待客の関心を集め、大きく賑わせている。
招待客の反応の良さに気を良くしながらもアウラーは腕を組んで何からどう描くかを皆に問いかける。

「早速だけど何を描く?」
「とりあえず虹描きたいよね」
「そうね。こういうのって大きな虹があると遊びに来たーって感じがするものね」
「記念のモニュメントだというのに『とりあえず』という発言は如何なものかと思うでプモ」
「でも良いんじゃないでしょうか?大きな虹を描いてその周りにそれぞれの国のシンボルを描くなんてのはどうでしょうか?」
「とても良い案だと思うわ、プリンスソロ。平和を記念したパーティーだし、私達みんなの繋がりや絆を表せると思うの。みんなはどうかしら?」

ミルロがソロの意見に賛同して一同の顔を見回すと皆は頷き、ファインとレインは元気よく「さんせー!」と声を揃える。
こうしてファインとレイン、そしてソロの提案の下、モニュメントに虹とそれぞれの国のシンボルを描き込む作業が開始された。
虹は一国につき一本塗る事にした。
少し線が歪だったり大きさがバラバラであったりしたが誰も気にしなかった。

「ねぇ、太陽に顔を描くのはどうかしら?」
「それいいねレイン!描こう描こう!」
「バブバブバー!」
「ああ、いいぞ。俺達も真似をして月と星に顔を描こう」
「お兄様、宝石の絵を描いてくれませんこと?私、絵はあまり得意じゃなくて・・・」
「いいよ。じゃあアルテッサには色塗りをお願いするね」
「ねぇソフィー、バーバードーのかざぐるまの周りにお花を描くのはどうかな?」
「名案ですわ、お兄様!じゃあお花は私が描きますね」
「タネタネの国と言えば」
「やっぱりマザーツリーよね」
「ソロ、インクの用意を手伝ってくれるかしら?」
「はい、姉上!」
「メラメラの国と言えばめぐみの炎とボードラゴン!」
「欲張って両方描きましょう」
「ガビーン!」
「あ、水色のインク。手伝ってくれてありがとう、ナルロ」

各国それぞれ兄妹仲良くシンボルを描き、色を塗っていく。
打ち合わせも話し合いもなく進められるその作業は一見すると不調和な絵が出来上がると思われたがそれがどうだろう、自然で違和感のない調和のとれた絵が出来上がってきていた。
その様子に招待客もヤームルとパンプも関心したのは言うまでもなかった。

「バブッ」
「ん?どうした、ミル―――」
「ブゥ!」

肩を叩かれて振り返った矢先、むにっと藍色のインクを付けた小さな指先がシェイドの頬に当たる。
妹の可愛らしい悪戯に一瞬呆気にとられ、それからフッとおかしそうに息を吐くと―――

「シェイド」
「ん?どうした、ファ―――」
「ぶぅ!」

同じようにファインに肩を叩かれて振り返れば赤のインクを付けたファインの指がシェイドの頬に当たった。
こちらに対してシェイドは心底呆れたように息を吐く。

「ファイン・・・お前、赤ん坊のミルキーと同レベルの事をしてどうする・・・」
「だって面白そうだったんだもん!それよりシェイドってば変な顔ー!」
「バブー!」
「全く・・・」

シェイドは藍色のインクに自身の人差し指を浸すとそれをミルキーとファインの両頬に当てて渦巻きを描いた。

「くくっ・・・!お前達の方が変な顔だ」
「ホントだー!ミルキーってば変な顔ー!」
「バァブバブバブブー!」
「ははははっ!」

ファインとミルキーはお互いの顔を指差して笑い合い、シェイドも心の底からおかしそうに笑い声を上げた。
そんな三人の様子をレインが羨ましそうに横で眺める。

(私もブライト様に・・・!)

ファインやミルキーのようにさりげなく自然に肩を叩いてインクの付いた指を当てるのだ、とレインは己を奮い立たせる。
手始めに青のインクに人差し指を付け、それからブライトを振り返る。
しかしその先のブライトの横顔を見てレインは「あ・・・」と声を漏らした。

「・・・」

とても真剣な表情のブライト。
宝石の国のシンボルである宝石を大きく描き、その周りに輝きのようなエフェクトを付け足している。
アルテッサがメインの宝石を塗っている間にブライトはその付け足したエフェクトや背景の色塗りを丁寧にこなしていたがその表情はどんどん険しくなっていく。
記念モニュメントの絵を描く前にミルロが言い放った『みんなとの繋がりと絆』、そして『平和』という言葉が彼にそんな表情をさせているのだとレインはすぐに分かった。
闇に堕ちていた頃、彼は非道な行いを繰り返していながらもその根底には『ふしぎ星を救いたい』という強い願いがあった。
加えてアルテッサが悟ったブライトが闇に堕ちた一因である『他人が信じられず、何でも一人で抱え込もうとしている』という他人を信じられない気持ち。
他人を信じられないというのは即ちファインやレイン、その他のプリンスやプリンセス達も信じられていなかったという事にも繋がる。
それは気球レースを通して友情を育み、親友となったアウラーや実の妹であるアルテッサに対しても同義とも言えよう。
闇から解放されて元に戻った後は今まで通りであったもののそれでもブライトは友人や妹を信じられなかった事や非道な過去を悔やんで何度か塞ぎ込む事があり、アルテッサに呼ばれる事もあれば自らファインを伴って様子見も兼ねて励ましに行った事があった。
ピースフルパーティーが始まる頃にはもう塞ぎ込む事はなくなったとアルテッサから聞いた時は心から安心したのだが、どうやらまだ無意識に罪の意識を背負い込んでいるようである。
レインは緊張する自身の心を解すように深呼吸すると自然な動作でトントンとブライトの肩を叩いた。

「ブライト様、眉間に皺が寄ってるわ」
「・・・え?そう?」
「ええ。平和を記念するパーティーでそんな顔はいけないわ。だからバツです」

母性本能にも似た気持ちでもって柔らかく微笑みながらレインはブライトの頬にバツ印を付ける。
無意識の内に力が入っていた事、それを指摘されて悪戯のように頬にバツを描かれてブライトは呆ける。
それからしばしの沈黙の後、ブライトはフッと噴き出すと大きく笑った。

「あははは!バツを付けられてしまったね!」
「フフ、ブライト様ってば変な顔!」
「じゃあ教えてくれたレインには丸を付けてあげるよ」

ブライトは持っていた黄色のインクに人差し指を付けるとそれをレインの頬に当てて綺麗な丸を描いた。

「レインもおかしな顔だよ」
「丸付けられちゃいましたもんね!」

言って、また二人で大きく笑い合う。
楽しそうに笑うブライトの肩から力は抜けているのであった。
そんな二組のやり取りをアルテッサとアウラーは呆然と眺めていたが自分達もやりたいという気持ちが偶然にも一致していた。
アルテッサは水色のインクに、アウラーはピンクのインクに人差し指を付けるとお互いを見やった。

「「あの・・・」」

偶然重なった言葉にお互いに顔を赤くして慌てて黙り込む。

「・・・あ、アウラー、先にいいわよ!」
「じゃ、じゃあその・・・お言葉に甘えて・・・」

アウラーは緊張しながらもアルテッサの頬に指を這わす。
指を軽く押し当てて丸を作った後はその丸を中心にまた丸を五個作って簡易的な花を描いた。

「出来た。その・・・綺麗だよ、アルテッサ」
「あ、ありがとう・・・じゃあ次は私の番ですわね」

絵心はなくとも真心を込めて。
緊張で震える指先に想いを乗せて指を二回押し当てる。
元となる中心の位置はそのまま、指先の方向をそれぞれ外向きにする事で簡易的なハートマークが出来上がる。
しかしあまりにも直接的過ぎるそのマークにアルテッサは猛烈な羞恥心に駆られてすぐにインクを伸ばして四角に修正した。

「で、出来ましたわ!」
「ありがとう、アルテッサ」
「その・・・す、素敵よ、アウラー・・・!」
「・・・!」
「ズルいわお兄様!!」

甘い空気が漂いそうになったその瞬間、頬を膨らませてヤキモチを焼いたソフィーが割って入ってくる。

「そ、ソフィー!?」
「ズルいって何が?」
「私もアルテッサに落書きしたいしされたいわ!」
「そっかそっか。どうする?アルテッサ」
「もう・・・仕方ないですわね」

口では渋々呟きつつもアルテッサは穏やかに微笑みながらもう一度水色のインクに指先を浸した。
何のマークにしようかと少し悩んだが折角だから兄妹お揃いにしてやろうという事で四角を描いてあげる。

「出来ましたわよ」
「ありがとう、アルテッサ!次は私の番ね!えい!」

ソフィーはオレンジのインクに人差し指を浸すとアルテッサの頬に三角を描いてはしゃいだ。

「やったわお兄様!私もアルテッサに落書きしたしされちゃったわ!」
「良かったね、ソフィー」
「毎度毎度何でこんなに嬉しそうなのか謎ですわ」
「それはアルテッサの事が大好きだからよ」
「ガビーン!」

二本の指がむにっと頬を突く。
振り返ればミルロとミルロに抱っこされたナルロが指先に水色と青のインクを付けて悪戯っ子のような顔をして笑っていた。
あの大人しいミルロがナルロと一緒にこんな事をするなんて、と呆然としていたアルテッサだったがクスッと笑うと指に十分なインクを付けてやり返した。

「やりましたわね?お返しですわよ!」
「ウフフ!」
「ガビーン!」
「もう、いつになったらガビーンを卒業してくれますの」
「さぁ、いつかしらね」
「ガビーン!」

ガックリと肩を落とすアルテッサとおかしそうに笑うミルロとナルロ。
そんな時だった。

「アルテッサ、ミルロ」

トントン、とリオーネに肩を叩かれて二人は振り返る。
すると―――

「ウフフ!引っかかったわね!」

リオーネの指が二人の頬に当たり、リオーネは悪戯が成功した子供のように喜ぶ。
その姿にミルロはまたおかしそうに笑い声を漏らし、アルテッサは苦笑する。

「引っかかっちゃったわね、アルテッサ」
「もう、リオーネったら。あそこの赤ん坊組と同レベルの事をしてどうしますの?」
「えー?アルテッサ、赤ん坊組ってどういうことー!?アタシ赤ん坊じゃないよー!」
「赤ん坊と同じ事してるんじゃ赤ん坊組の括りに入れられても仕方ありませんわ」
「せめて食いしん坊組にしてよー!」
「バブー!」
「自ら食いしん坊組を名乗るっていっそ潔いですわね」
「フフフ、三人共面白いわ」
「本当にね」
「ガビーン!」
「ぬぉっ!?ナ、ナルロ殿!どうか手加減してくだされ〜!」

リオーネとミルロの二人で笑っているとナルロの楽しそうな声とティオの慌てるような悲鳴が聞こえた。
見ればナルロはミルロの腕の中から脱出して青のインクが付いている筆をティオの顔に遠慮なく塗りたくっていた。
それに気付いてすぐにミルロはナルロを抱っこしてティオから引き離す。

「ダメよナルロ、やり過ぎよ。ごめんなさい、プリンスティオ」
「いえ、なんのこれしき!」
「フフ、ティオったら凄い事になってるわよ!」
「盛大にやられてしまいましたわね」
「本当にナルロが・・・フフッ・・・ごめんなさい・・・!」
「プリンセスミルロ、それはどっちの意味のごめんなさいでありますか?」

ティオのツッコミも兼ねた問いかけに三人のプリンセスは同時に笑い声を上げ、ナルロも楽しそうに笑い始める。
四人の笑いにつられてティオもなんだかおかしくなって同じように笑った。

「みんな、今よ!」

突然イシェルの号令が耳に届き、タネタネプリンセス一人一人が皆の肩の上に乗り、シェイドの肩にはソロが乗って来た。

『せーの!えい!』

タネタネプリンセスとソロは声を揃えると指先に付けたインクをそれぞれの肩の上に乗ったプリンスやプリンセスの頬に走らせる。
皆一瞬呆気に取られたものの、すぐにまた笑いが巻き起こった。

「あははは!レインがもっと変な顔になったー!」
「ファインももっと変な顔よー!」
「「あははは!!」」

お互いの顔を指差して笑うファインとレイン。

「ソロ、お前気配消すの上手いな・・・」
「いえ、プリンスシェイドが油断してただけですよ」
「そう・・・かもな。ああ、そうだな」

いつもだったらすぐに気付いていたかもしれないが、今は警戒するものがなくて笑う事に夢中になっていた。
少し前の自分が見ていたら気を抜くなと言って殴っていただろう。
けれど自分が油断してしまう程今のふしぎ星は平和である。
その事実がシェイドは素直に嬉しかった。

「それじゃあみんなで!」
「タネタネプリンセスとソロにお返ししましょう!」

ファインとレインの号令の下、皆はインクを指に付けると肩に乗って来ていたタネタネプリンセスとソロの頬に落書きを施した。
そして全員で顔を見回して「変な顔」と言い合ってまた笑った。
晴れ渡るしずくの国の青い空にプリンセスとプリンス一同の笑い声が高らかに響く。
その姿はまさにふしぎ星の平和を象徴しているように誰の目にも映るのであった。







「パーティーは大成功だな」
「ええ、そうですね」
「ミルロもナルロもあんなに楽しそうにしている」
「本当に・・・ミルロが今回のパーティーを提案したのも驚きでしたね」
「そうだな」

年相応に楽しそうに笑い合うプリンセスとプリンスの輪の中で同じように声を上げて笑うミルロとナルロを見てヤームルとパンプは微笑む。
今回のパーティーの絵の共同制作の提案をしたのはミルロだった。
最初、ヤームルとパンプは各国のプリンスとプリンセスに平和を願う絵を描いてきてもらい、それを展示する方向にしようとしていた。
それと同時並行でウォーターアスレチックパークのリニューアル政策を推し進めていたのだが、その時にミルロが宣伝も兼ねてウォーターアスレチックパークに飾る記念のモニュメントと休憩場に展示する絵をパーティーで共同制作するのはどうかと提案してきたのだ。
それだけでなく、折角の平和を記念するパーティーなのだからみんなで仲良く何か一つのものに取り組みたいと強く主張してきたのである。
あの大人しくて控え目で自分の意見はあまり言わないミルロが珍しく強く意見を主張してきた事にヤームルもパンプも最初は驚き、それからミルロの提案を素直に喜んで受け入れた。
エストヴァンとの結婚の断りやヤームルにもっとナルロと一緒に居て欲しいという懇願に続き、ここ最近はミルロが意思表示や意見を言うようになって二人は嬉しく思っていた。
ミルロの変化に関わっているのはやはりあのふたご姫で、ヤームルは最初はふたご姫をあまり快く思っていなかったがミルロが良き方向に変化したの見て悪影響を与えている訳ではないと知った。
今もああして友人の顔に落書きし合うなど少し前までのミルロでは考えられなかった行動で、けれどあんな風に思いっきり笑う姿も幼少期以来あまりなかった光景である。

「ですがもう少ししたらあの子も学園に入学してしばらくはあのような姿も見られなくなってしまうのですね・・・」
「うむ、そうだな」
「学園でもミルロは上手くやっていけるでしょうか」
「心配する事はない。ああやって他の国のプリンスやプリンセス達と仲良くしているんだ。あの子なら絶対に大丈夫だ」
「そうですよね。なんてったって私達の娘なんですから」

ヤームルは安心したように微笑むとパンプと共に愛娘と愛息子の涼やかながらも元気に笑う姿を目に焼き付けるのだった。







続く
4/6ページ
スキ