ピースフルパーティーと虹の蜜 第六章~しずくの国~

「お前が助けた親子、凄く喜んでたな」
「うん!」

城に戻る道すがら、病院に立ち寄ったファイン達。
そこでファインは医者とラビラビ族の母親に深く感謝をされ、苦しんでいた娘の方はファインが取ってきた花を使った薬ですっかり元気になり、笑顔で「ありがとう!」と礼を述べた。
母親の方に是非お礼に何かさせてほしいと言われたが当然の事をしたまでだと言ってファインは申し出を丁重に断り、現在はこうして月の国の植物園のテーブルでシェイドが淹れてくれたハーブティーを飲んでまったりとしていた。
上品でどこかホッとするような柔らかな香りはファインの疲れと遺跡で味わった恐怖を瞬く間に癒していく。

「良い事をした後のハーブティーは美味しいね~」
「クッキーも持ってきたから食べて良いぞ」
「本当!?いっただっきまーす!!」

ファインは瞳を輝かせると大喜びでクッキーに飛びついた。
相変わらずの食いしん坊ぶりと、遺跡で見たような恐怖に震える姿はもうない事に安心感を覚えながらシェイドも同じようにティーカップに口をつける。

「そういえば今日は一人なんだな。レインはどうしたんだ?」
「ブライトとピクニックに行ってるよ」
「ほう、一歩前進したな。どっちから誘ったんだ?」
「アタシだよ」
「は?」
「レイン、本当は先週ブライトとおひさまの国の街にあるチェリーグレイスロードっていうチェリーグレイスが咲いてる時期に恋愛成就の噂のある公園に行きたかったんだけどブライトが忙しくてダメになっちゃったんだよね。それでガッカリしてたからアタシがブライトに空いてる日を聞いてピクニックに行こうって誘ったの」
「そしてレイン様には二人でピクニックに行こうと誘い、当日である今日、ファイン様は用事があると言い残して僕を連れてこの月の国にお邪魔させていただいた次第でプモ」
「なるほどな。ブライトに直接レインとピクニックに行ってくれと言うのではなくまずは三人で行こうと誘い、その後に自分が抜ける事で変な気を遣わせる事もなく二人きりにさせた訳か。お前にしてはよく考えたな」
「まーね。レインには幸せになってほしいからさ」

柔らかく微笑みながら紅茶を一口含むファインはどこか少し大人びている。
だが、その表情に切なさが含まれているのをシェイドは見逃さなかった。

「ブライトが闇に染まってた時に一番辛かったのは勿論アルテッサだったけど、同じくらいレインも辛かったと思うんだ」
「レインはブライトの事が好きだからな」
「うん。だから今まで辛かった分だけブライトと楽しい時間を過ごしてほしいんだよね」
「お前は本当にレインが大好きだな」
「そりゃあね。今までず~っと一緒に過ごしてきたんだもん」
「だからってあまり無茶し過ぎるなよ。レインの為だって言ってあの時みたいな事をまたやってもレインが不安になるだけだからな」
「うぅ、分かってるよ。ていうかレインと似たような事言われちゃったよ・・・」
「似たような事?」
「あぁううん!何でもない!こっちの話!!」

宝石の国で虹の花を成長させていた時にレインに、ファインが無茶をしてもシェイドは笑顔にならない、と言われた事を思い出してつい口に出してしまったのをファインは慌てて誤魔化す。
それに対して首を傾げるシェイドだったがさりげなくプーモが話に加わって空気を流してくれた。

「仲が良いのはとても良い事でプモ。お二人が喧嘩した時はそりゃあもう大変だったでプモ」
「あの時は心配かけてごめんね、プーモ」
「お前達でも喧嘩する事なんてあるのか?」
「あるよ?極々たま~~~にだけど。まぁ大体はキャメロットやお母様達に仲直りしなさいって言われてその日にお互いに謝ってすぐに仲直りするけどあの時のは流石に長引いたっけなぁ」
「それはいつで何が原因だったんだ?」
「シェイドがまだエクリプスを名乗ってた頃にアタシとレインとシェイドとブライトで恐ろしの森に迷った事があったでしょ?あの時にレインがブライトの事でアタシに嫉妬して怒っちゃったみたいなんだよね」
「あー・・・あの時か・・・」

忘れもしないあの日の出来事。
いつものようにファインとレインの見張りを終えてレジーナに乗って去ろうとしたシェイドをファインが追いかけてレジーナに掴まり、驚かせて暴走させたのだ。
その所為でファインとシェイドは恐ろしの森に迷い込む事になり、それを追いかけてレインとプーモも森の中に入って行ってそこで森の調査に来ていたブライトと出会い、紆余曲折ありながらも全員で合流を果たした。
しかしそこでスノーウィーという夢を見せるバクに夢を見せられたりと散々な目に遭わせられ、終いにはブライトに面倒な因縁をつけられ、疲れていた事もあって怒りが爆発したのを覚えている。
そしてその一連の流れの中でレインがブライトにアピールするもブライトはそれに気付かずファインばかり気に掛けているのを見てレインに同情したのも覚えている。
あれから数日間、ファインとレインに動きがない事を不審に思ったものの、自国で大臣の牽制が出来たので逆に助かっていたのだがまさか喧嘩していたとはシェイドも知らない事実であった。
しかもその原因がブライトの事となると納得しかなかった。

「あれからしばらくファイン様とレイン様は口も利かず顔も合わせずピリピリしていて手に負えなかったでプモ」
「それでプーモが自分が不甲斐ない所為だって言って修業の旅に出て行ったのをアタシとレインが追いかけたんだよ。そこでピンチに陥ったプーモをアタシが見つけたんだけどアタシ一人じゃ何も出来なくて・・・でも同じタイミングでレインが来てくれて二人でプロミネンスを使って助けたんだ」
「正確には落下を阻止しただけで真に助けてくれたのはバン・ブー様だったでプモ」
「落下を阻止しただけでもいーじゃん。むしろアタシ達が阻止したからこそあのお爺さんが来るのが間に合ったとも言えるでしょー?」
「物は言いようでプモ・・・何はともあれ、それがキッカケで仲直りが出来て良かったでプモ」
「仲が悪いままじゃ星も救えないからな」
「その通りでプモ」
「でもさぁ、アタシ今でも何がレインの地雷を踏んじゃったのか分からないんだよねぇ。恐ろしの森でブライトと一緒にいたのってアタシよりもレインの方が長かったじゃん?それなのに原因が思い当たらないんだよね~」
「一番はブライトがお前の事で俺に喧嘩売ってきた所だと思うぞ」
「え?ブライトなんか言ってたっけ?」

瞬間、何とも言えない沈黙が走る。
何の事?と言いたげに首を傾げるファインを見てシェイドはプーモとチラリと視線を交わすと再びファインの方を見て口を開く。

「・・・覚えてないのか?アイツ、お前の事で俺に思いっきり啖呵切ってただろ」
「え?そうだっけ?」
「聞いてなかったのか?」
「レジーナが突進してきてビックリしたのとシェイドが怒って帰っちゃったから残念だなぁって思ってて。だからブライトが何言ってたかあんまり覚えてないんだよねぇ」
「お前、そんな事考えてたのか・・・」
「それなのにレイン様と喧嘩したのでプモか?」
「だってレインが喧嘩腰だったんだもん。それでカチンときちゃってさ」

シェイドとプーモは再度無言で顔を合わせ、そしてまたファインの方を向く。

「・・・話は変わるが最後のプリンセスパーティーでブライトがベストプリンセスにお前を指名したがあの時どう思った?」
「どう思ったも何もあの時言った事そのままだよ。あれは誰がどう見たってアルテッサが優勝だよ」
「なら、どうしてブライトはお前を指名したと思う?」
「同情してくれたんじゃないかな?アタシもレインも一回もベストプリンセス取れてなかったし。でもちゃんとレインも指名してくれなきゃ困るなぁ。そりゃ確かにレインはアタシのダンスのパートナーだったけど同じおひさまの国のプリンセスなんだからさぁ」
「・・・」
「・・・」

シェイドとプーモはまた無言でチラリと顔を見合わせる。
その時のシェイドの瞳は「冗談だろ?」という風に語っており、プーモの瞳も「にわかには信じがたいでプモ」と語っていた。
三度シェイドはファインの方を見ると今度は別の質問をした。

「・・・お前が一人で行ったブライトのふしぎ星の王就任パーティーで用意されてたご馳走の中に特大のケーキがあったと思うが―――」
「あったね、そういえば。あんな時じゃなかったら食べたかったな~」
「あのケーキの一番上に人形が置いてあったの、知ってるか?」
「え?うーん・・・あったような、なかったような?色々それどころじゃなかったからなぁ。何の人形が置いてあったの?」
「お前とブライトの人形だ」
「へぇ。何でアタシなんだろう?他の人の人形は間に合わなかったのかな?」

鈍感とはこんなにも恐ろしいものなのか。
ブライトからのアプローチに引き気味であったのを見るにブライトの好意に気付いて距離を取っているものだと思っていたが、そうではなく本能的に逃げていたのではないかとシェイドもプーモも思い至る。
その本能による逃避が無意識にレインの嫉妬心を煽らない為のものであったのか、或いは異性として距離を一気に縮めてこようとするブライトに驚いて危険信号が働いたからなのかは分からない。
どちらにせよ、ファインがブライトからの好意に気付いていなかったのは確かである。
それなのにそんな状態で闇に落ちたブライトに単身会いに行くなど今更ながらにとんでもない事だったと二人は気付く。
勿論当時でも一大事であったがそれに輪をかけて物凄く危険であったのだと思い知ってシェイドもプーモもあの時以上に肝が凍りつく思いがするのだった。

「・・・プーモ、本当にあの時はよく頑張ってくれた。思えばブライトに一番近付いてはならなかったのはコイツだったな」
「ファイン様が全く振り向いていなかったが故に僕達もあまり気にしていなかったでプモが確かにそうでしたでプモ・・・」
「どうしたの、二人共?そんな怖い顔しちゃって」
「・・・お前、さっきの話ブライトにするなよ。絶対だからな」
「あはは、しないって。ブライトも昔の事は蒸し返されたくないだろうしさぁ」
「色んな意味で蒸し返されたくないと思うぞ」
「哀しい真実は僕達の胸の中にだけしまっておくでプモ」
「?」

遠い目で空を見上げるシェイドとプーモを不思議に思いながらもファインもつられて空を見上げる。
本日も月の国は白夜で空は青い。
青と言えばレイン。
レインの笑顔を思い出して、ふぅと息を吐くとファインは両肘を立ててそこに顔を置き、おひさまの国でブライトとピクニックに行っているであろうレインに思いを馳せる。

「レイン、今頃どうしてるかな・・・」
「ファイン様が一肌脱いでくれたお陰できっと楽しくブライト様と過ごしているに違いないでプモ」
「だよね・・・」
「何だ、寂しいのか?」
「えへへ、まぁね。レインに会いたくなっちゃった」
「夕方になったら帰るんだろ?ほんの数時間だから大した事じゃない」
「そうなんだけどさぁ・・・やっぱり寂しいや」

ペタン、と付いていた肘をテーブルに寝かせて突っ伏すとファインは苦笑した。
いつか前、ピースフル『デコール』パーティーの材料を採りに行った時にシェイドはレインとブライトが二人だけの時間を過ごすようになった時にファインはどうするのだろうと考えた事がある。
その答えが今まさに目の前にあって、ファインはこうして気を遣って当てもなく出掛けてレインの事を恋しそうにしている。
気遣いの出来る子なのでこれからもきっと同じようにしてレインの為にブライトと二人だけの時間を作ってこうしてどこかでレインを恋しく想うのだろうなというのがシェイドには容易に想像出来た。
今回はたまたま自分の予定が早く終わってこうして顔を合わせられたが、そうでなかったらファインはきっと今頃も街で一人時間を潰していただろう。
それはきっと他の国に行ってもそうで、その国のプリンセス達も自分みたいに用事で留守にしている可能性は普通にある。
そんな時に先刻のような事故や何かしらの事件に巻き込まれでもしたら、と考えるとシェイドはファインを放っておく事が出来なくなった。
今日みたいに自分やレインの知らない所で誰かの為に無茶をして危険な目に遭ってほしくないという気持ちが自然とシェイドの中に芽生えていた。

「・・・レインの存在の穴埋めは出来ないが」
「ん?」
「また今日みたいにレインを気遣って一人になる事があったら月の国に来るといい。暇潰しに付き合ってやるぞ」
「でもシェイド、忙しいでしょ?」
「少しくらい時間を作るくらい訳ない。それに今日は偶然ミルキーは昼寝の時間だったがそうじゃなかったら遊び相手になってやってほしい。ミルキーも喜ぶ」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」

レインに会えない寂しさを誤魔化す苦笑から、いつでも会いに来ていいという許可を貰えた喜びの笑顔へ。
ファインを笑顔に出来てシェイドは嬉しかった。

「そういえば今日はどうして月の国に来ようと思ったんだ?やはり思いつきか?」
「それも少しはあるけど今度のピースフルパーティーの夜におひさまの国でお祭りがあるんだ。それにミルキーを招待しようと思って伝えに来たの。この前のピースフルパーティーの時にアタシとシェイド、喧嘩したでしょ?そのお詫びに一番に招待してあげるって約束してたんだ」
「そうだったのか。ミルキーには俺から伝えておくから今度改めて招待状を送ってくれ」
「うん!あと、月の国に来たのはね」
「ん?」
「・・・シェイドと仲直り出来て嬉しかったからかも」

頬を淡く染めてにへら、と笑うファインにシェイドは言葉を詰まらせてすぐに顔を逸らした。
顔が熱いのは気の所為だ。
胸の鼓動がドクンと大きく鳴ったのはあのファインでも可愛らしく笑うのだと驚いたからだ。
というよりも可愛らしいとは何だ、可愛らしいとは。
訳の分からない焦りと照れを無理矢理収めようとシェイドはワザと皮肉を口にする。

「そんな事言いながらレインの事で寂しがってたら世話ないな」
「まーねぇ」
「お前も今の内にレインから離れる練習をしておいたらどうだ。でないと学園に入学した後に毎日そうやって寂しがる事になるかもしれないぞ」
「え?どうして?」
「いくらふたごの姉妹と言えどクラス分けでレインと離れ離れになる可能性だってあるだろ?」
「え・・・・・・えぇーーーーーーーーーーーーーー!!!??」

驚いたようにバッと起き上がってファインは植物園中に絶叫を響かせる。
その絶叫と勢いに押されながらも、まさかと思ってシェイドも少し驚きながら尋ねる。

「お前まさか・・・入学してもレインと同じクラスになると思ってたのか?」
「むしろ別のクラスになるなんてちっとも考えてなかったよ!!」
「その揺るぎない自信はどこから来るんだ・・・」
「ですが入学してもファイン様もレイン様も同じクラスのような気がするでプモ」
「自分で言った手前なんだが、俺もそんな気がしてきた・・・」
「でもでも!可能性としてはなくはないんだよね!?」
「まぁな」
「そんなぁ~!レインとクラスが別々だなんて・・・イヤイヤイヤ~ン」

嘆きながらファインはまたバタッと机に突っ伏す。
よっぽどショックらしい。
同情を禁じ得ないその姿に流石に見兼ねたシェイドは励ましの言葉を送る。

「まだ別々のクラスになると決まった訳じゃないだろ?あくまでも可能性の話だ。それにクラスが別になっても休み時間に会えばいい。他にも寮で生活する事になるから同室にしてもらうように申請すればいい」
「そうは言ってもやっぱり同じクラスがいいよぉ・・・」
「お前は他人と仲良くなるのは得意だろ?レインと別のクラスになってもそのクラスで友達を作って過ごせばいい」
「でも・・・レインも別の友達を作ってその人達と遊ぶようになって距離が出来たら寂しいよ・・・」
「これは重症だな」
「ですがファイン様、ファイン様がそうやってレイン様を深く想っているようにレイン様もファイン様の事をとても大切に想っているでプモ。そんな事でファイン様とレイン様の間に距離が出来る筈がないでプモ」
「うん・・・でもシェイド達ともクラスが別々になる可能性もあるんだよね?」
「そうだな」
「うぅ・・・アタシだけみんなと別のクラスになったらどうしよぉ~・・・」
「コイツ、こんなに後ろ向きな奴だったか?」
「レイン様と離れてる寂しさでスイッチが入ってドツボに嵌っているのだと思いますでプモ」

(あとは考え過ぎてるだけだな)

ファインは考えるよりも即行動な面が大きく、能天気で何も考えていない部分が少なからず見受けられる。
しかしこう見えて本人は色々考えているのだという事を様々な経験を通じてシェイドは知るようになった。
直近でそれを強く実感させられたのがやはり喧嘩の原因となったファインがシェイドを助けようとしたあの事件であろう。
確かにシェイドは怪我をする事が多いがそれも何かを守る為、成し遂げる為なので目的が達成されるならば自身の犠牲は厭わない覚悟でいた。
けれどそんな考えは悲しいとファインに諭された時はまさかそんな風に考えて心配してくれていたのかと驚き、それからそういった覚悟は改めようと思ったくらいだ。
だからファインが今こうしてあれこれ考えて落ち込む姿も頷けるものがあるし、それを毎回レインが安心させようとして「大丈夫大丈夫」が口癖になったのだろうと思った。
だがロジックさえ分かればファインを励ますのは簡単だ。
勿論レインの真似をして「大丈夫大丈夫」と言う訳ではない。
アレはレインだけが使える魔法の言葉でレインだけしかその効力を発揮出来ない。
シェイドはシェイドなりのやり方で臨むまでだ。

「心配しなくても俺だけは同じクラスになってやれるぞ」
「へ?どうして?」
「とっておきの方法があるからだ」
「とっておきの方法?」

顔を上げたファインが首をかしげるとシェイドはガタリと椅子から立ち上がった。







「何これ?すっごーい!」

嘆くファインを連れてシェイドが訪れたのは城下町の中心から少し離れた所にある一風変わった広場のような場所だった。
広場の中央にはファインの胸元くらいまでの高さと広場の3分の2の面積を占める大きな大理石の台があり、台の中には縁のギリギリまで砂が埋められていた。
なんだか楽しそうな気配がしてファインは先程までの嘆きはどこへやら、はしゃいだ声を上げるとシェイドの方を見て台について尋ねた。

「これ何!?新しいタイプの砂場!?」
「その発想はなかったな。この台の中にはビー玉が入っている」
「ビー玉?」
「普通のビー玉と星の砂を使って作ったビー玉の二種類だ。星の砂を使って作ったビー玉の中には星が浮かんでいて、それを見つけてあの水瓶の中に願いを込めて入れるんだ」

シェイドが指差す先を追うとそこには円形の浅い溝の真ん中に青い水瓶が置かれていた。
水は循環しているのだろう、水瓶から絶えず水が溢れ流れ出ているが溝に溜まっている様子はない。

「ここのおまじないは良く当たると評判なんだ。城の人間の何人かがここで星の浮かんだビー玉を探して願い事をしたら叶ったと言っていた」
「へぇ、そうなんだ?よぉ~し!じゃあ気合い入れて探すぞ~!」
「僕も手伝いますでプモ!」
「ちなみに星が七つ浮かんでいる奴はレアで確実に願いが叶うらしい」
「本当!?じゃあ七つ浮かんでるビー玉を探そう!」
「そう簡単には見つからないぞ」
「それでも!レインとシェイドと同じクラスになるんだから!!」

元気よく言い放ってファインは懸命に砂をかき分けてビー玉を探し始める。
そうまでして同じクラスになりたいのかと思うと嬉しくなり、自然とシェイドも七つの星が浮かぶビー玉を必ず見つけようという気持ちになった。
ファインはとにかく自分の手を届く範囲を、シェイドは当たりを着けてじっくりと、プーモは浮遊してあちこち行けるのを活かして二人の手の届かないような台の中央を中心にビー玉を探していく。
その最中に手を止めないままファインがシェイドに尋ねる。

「シェイドはここでビー玉探した事あるの?」
「母上がミルキーを生む少し前に来て、今のお前みたいに七つの星が浮かんでいるビー玉を探した。母上は体があまり強くないからミルキーを生むのは危険だと言われていたんだが母上は必ず生むと言って出産に臨んだんだ」
「そうだったんだ・・・ビー玉は見つかったの?」
「遅くまで時間がかかったがなんとかな」
「七つの星が浮かんでるビー玉?」
「そうだ」
「じゃあ、今のムーンマリア様とミルキーが元気でいるのはシェイドが頑張ってビー玉を探してお願いしたお陰なんだね!」
「一番は母上が頑張った事に尽きるが・・・そうだといいな」
「絶対そうだよ!」

満面の笑みで肯定してくれるファインにつられてシェイドの口元も緩む。
当時の自分は所詮はただの願掛け、気休め程度と思いながらもそれでもムーンマリアや生れて来る妹の事を考えたら縋れるものには縋りたい気分で無我夢中で七つの星の浮かぶビー玉を探した。
遅い時間になるまで探して漸く見つけて願いを込めながら水瓶に入れて・・・けれどそんな事をしている暇があったらムーンマリアの為に他に出来る事があったんじゃないかと思い直してその日の自分の行動を馬鹿らしく思ったし、貴重な時間を無駄にしたと悔しくなった。
けれど今、こうして時を越えてそんな事はないとファインが肯定してくれてその当時のシェイドの気持ちと苦労、そして時間が報われたような気がした。
少しだけなら過去の自分を褒めて慰めてやっても良いかもしれないと思った。

「ご利益はあるってシェイドが過去に実証済みだし何が何でも七つの星が浮かぶビー玉を見つけないとね!プーモ、そっちあった?」
「こちらにはないでプモ」
「深い所に潜り込んでる可能性もあるから注意しろよ」
「任せて!こうみえてもコーラルビーチで七色―――」
「ファイン様!」
「あっ!!」
「ん?コーラルビーチで七色が何だ?」
「え、えっと、えっと・・・!」
「い、以前コーラルビーチにバカンスで訪れた時に僕が鞄に付けてた七色のキーホルダーを落としてしまったのでプモ!それをファイン様が見つけてくれたのでプモ!」
「プーモが付けるくらいだから結構小さかったんじゃないか?」
「そりゃあもう小さかったでプモ!ですがファイン様の野生の勘で何とか見つけられましたでプモ!!」
「そうか。なら、ここのビー玉も野生の勘で見つけられるかもな」
「だ、だといいな~!」

あはは、と空笑いをしながらシェイドが七色貝やそれにまつわるものに気付いた様子はなく、ファインとプーモはひっそりと安堵の息を吐いた。
ファインはプーモにしか聞こえないように小さな声で礼を述べる。

「ありがとう、プーモ。助かったよ」
「ファイン様は調子に乗るとすぐこれでプモ。自分で自分の計画を潰そうとしてどうするでプモか」
「ごめんなさ~い」
「以後気を付けるでプモ」

「は~い」と返事をしてファインは再びビー玉探しに戻り、プーモもビー玉を探し始める。
三人共無言でいたがそれ程までにビー玉探しに集中していたという事である。
砂を掘る中で指に硬質の物がぶつかって拾い上げても普通のビー玉であったり、星が二個か三個浮かんでいるだけのビー玉であったりなど七つの星が浮かぶビー玉探しは困難を極めたがそれでも三人は諦めなかった。
それから二時間くらい経過した頃、三人は見事に成果を上げた。

「あった!七つ星のビー玉!!」
「こっちにもありましたでプモ!!」
「俺も見つけたぞ」
「三人同時に見つけるなんて何だか縁起がいいね~!ご利益抜群かも!」
「見つけただけじゃご利益に与れないぞ。水瓶に入れるから来い」
「うん!」

シェイドに手招きされてファインとプーモは水瓶の前に足を運ぶ。
そして三人同時に水瓶の上にビー玉を持つと願いを口にしながらそれを落とした。

「ファインと同じクラスになれますように」
「レインとシェイドと同じクラスになれますように」
「ファイン様とレイン様とシェイド様が同じクラスになれますように、でプモ」

ポチャン、と鈍く飛沫を上げて小さな願いと共に水瓶の水底に沈んでいく七つの星が浮かぶビー玉。
それは他の願いを込めたビー玉の上に重なり、清らかな水の中を揺蕩うのだった。

「これでアタシ達、同じクラスになれるね!」
「そうだな」

喜ぶファインの顔にはもう、植物園で見せていたような嘆きや悲しみはない。
心の底から安心したような様子にシェイドは内心満足する。
これがシェイドなりのファインの励ましだった。
ファインの気が紛れて且つ気分を持ち上げられそうな場所に行ってファインの心に寄り添う。
レインのように「大丈夫大丈夫」の魔法の言葉一発で立ち直らせられたらそれに越した事はないがあれは長い時間を共に過ごしてきたレインだからこそなせる業。
自分は時間をかけて寄り添う事で精一杯だが、それでファインが元気になるならそれでもいいだろうと思った。

「良かったでプモね、ファイン様」
「うん!ところでシェイド、月の国っておまじないとかも盛んだって聞いた事あるんだけど恋のおまじないが出来る場所とかあったりする?」
「あるにはあるが何をするんだ?」
「レインとブライトが上手くいきますようにってお願いするの!」
「そんな事をしたらレインがお前から離れていく時間が早くなるぞ」
「そうだけどやっぱりレインには幸せになってほしいもん。それに・・・」
「それに何だ?」
「行く当ても出来たしね。宜しくね、シェイド!」

信頼、期待、喜び、幸せ、安心・・・そういったポジティブな感情全てを乗せたおひさまの笑顔を向けられて「ああ」と素直に頷く。
頼りにされて、ファインの一つの拠り所になれてシェイドは満たされるような気持ちになるのだった。







それからファインのリクエストでやってきた恋愛のおまじない効果があるパワースポットでレインの恋愛成就を願った後は二人で街のあちこちを巡った。
とは言っても殆どが食べ物系の店に立ち寄ったのだがファインは楽しそうだったし、シェイドも城下の美味しい店を知れる事が出来て今度誰かを案内するのに役立つと思って記憶するようにしていた。
そうして今度はレインへのお土産にという事で以前ファインがレインと共に月の国に訪れた時に見つけた一押しのクッキーのお店の前にやって来た時の事。

「ここのクッキーすっごく美味しいんだよ!形も可愛くてアタシとレインのお気に入りなんだ~」
「お前のお墨付きならまず間違いないだろうな。ミルキーにも買っていくとするか」
「バブバブバブー」
「ああ、分かってる。ちゃんと沢山入ってるやつを・・・って、ミルキー!?」

自然な流れで会話に入って来たミルキーに最初は何の違和感もなく言葉を返していたシェイドだったが、すぐに突然のミルキーの登場に驚いて声のした方を振り返る。
するとそこには衛兵を伴ったミルキーが不満全開で頬を膨らませてシェイドとファインを睨んでいた。

「どうしたんだミルキー?何故ここに?」
「お昼寝からお目覚めになった後にムーンマリア様からシェイド様とプリンセスファイン様が城下にお出掛けになったと聞いて追いかけてこられたのです」

苦笑いを浮かべながら衛兵が説明する。
するとそれに続くようにしてミルキーは右へ左へ歩行器で空中回転しながら怒りを口にした。

「バブバブバブバァブバブブバブ!ブーブーブブイ!!」
「別に置いて行った訳じゃない。ミルキーはお昼寝の時間だったからファインは気を遣って声を掛けなかったし俺も寝かせておいてやろうと思ってそっとしておいたんだ」
「バブバブ!バブイブブイ!」
「まぁまぁミルキー、そう怒らないで?遊びに誘ってあげなくてごめんね。お詫びにこのお店でクッキー買うから一緒に食べよう?」
「バブブバブ!!」
「うん、いいよ!まだ時間はあるからクッキー食べたら一緒に遊ぼっか!」
「バブ!」
「キミ、ミルキーを連れて来てくれて感謝する。ミルキーは僕とプリンセスファインが見ておくからキミは城に戻ってくれて構わない。他の仕事がある筈なのに手間をかけさせてすまなかった」
「いえ、とんでもございません。プリンセス様の護衛も我々の務めであり誉れでございます。お言葉に甘えて私は城に戻らせていただきます。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」

衛兵は一礼をすると真っ直ぐに王宮へと戻って行った。
それを見送ってからファインとミルキーはクッキーの店を振り返る。

「それじゃ、クッキー買おっか!」
「バブー!」
「ファイン様、買って食べるのはいいでプモが御夕飯時も近いので程々にするでプモよ」
「ミルキーも少しだけに留めておけよ」
「わかってるわかってる~」
「バブ~」
「あぁダメでプモ、これは絶対に半分は食べるでプモ」
「焼石に水だったな」

プーモとシェイドは苦笑の溜息を吐くと食いしん坊な二人のプリンセスの後に続いて店の中に入っていった。
店内を満たすクッキーの甘い香りと可愛らしい見た目にファインとミルキーは心を奪われながらもクッキーの他にクランチやチョコも入っている詰め合わせBOXにハートを射止められてそれを購入する事にした。
ちなみにレインへのお土産は月と星とウサギの形を模ったクッキーがそれぞれ三枚ずつ入った箱にした。
現在は静かな公園のベンチに座って早速クッキーを食べている所である。
ミルキーは歩行器から降りてシェイドの膝の上でクッキーを食べており、プーモはファインの傍を浮遊してクッキーを食べていた。

「ん~!クッキー美味しい~!」
「バブ~!」
「そうだ、ミルキー。今度のピースフルパーティーの夜におひさまの国でお祭りがあるらしいんだが行くよな?」
「バブ!」
「今度ちゃんとした招待状送るからね」
「バブバブ!」
「そんな訳ではい!約束のサニードロップ~!」
「バブィ~!」

ファインは懐から携帯用おやつの袋を取り出して中を開けて見せるとミルキーが宝物を見るようにして瞳を輝かせた。
突如として現れたサニードロップに密かにシェイドの視線も釘付けになる。
いつも食べる事の叶わなかったファインの持つサニードロップ。
最初は満月亀に気を取られて食べ損ね、次はミルキーの無言の訴えに負けて譲った。
でも今回なら食べられるかもしれない。
ファインから貰うサニードロップを。

「あむっ!むぐむぐ・・・ブブ~イ!」
「沢山食べていいからね。プーモも食べる?」
「いただきますでプモ!」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございますでプモ」
「・・・ファイン」
「ん?なぁに?シェイド」
「俺にも一つくれないか?」

自然な流れでさりげなく掌を差し出す。
そうすればファインはこの手の上にサニードロップを置いてくれる、そう予想して。

「うん、いいよ!」

快く頷いてファインはサニードロップを一つ摘むとシェイドの目論見通りそれを手の上に置いてくれた。
「ありがとう」と礼を述べて受け取ったサニードロップを食べる。
口の中に優しい甘さとどこか懐かしいような温かい味が広がる。
宝石の国のピースフルパーティーの後にアルテッサが作ってくれたサニードロップと同じくらい良く出来ているそれは、けれどアルテッサが作った物とはどこか違った味わいがあった。
それはきっとアルテッサが言っていた『おひさまの国で作られた味には敵わない』というのと同じだと思う。
アルテッサ自身が言っていた意味とは違うだろうがそれでも似たようなものだろう。
このファインから貰ったサニードロップの感想を単純で月並みな言葉でしか表現出来ないのは悔しいがそれでもシェイドはそれを口にする事を止められなかった。

「美味しいな」

初めてファインから貰って食べるサニードロップは特別な味がした。









時刻は夕方となり、ミルキーと色々な事をして遊んだファインは帰る時間となってシェイドとミルキーに見送られながら月の国を後にした。
プーモが操作する気球は徐々におひさまの国へ近付いて行く。

「お城が見えて来たでプモ」
「宝石の国の気球はないからブライトはもう帰ったのかな?」
「もしかしたら入れ違いで帰ったのかもしれないでプモね」
「レイン、ブライトとのピクニック楽しめたかなー?」
「絶対に楽しめた筈でプモ。僕が保証しますでプモ」
「ありがとう、プーモ」

そんな会話を交わしている間に気球は発着場に到着した。
無事に着陸すると城の中からキャメロットが出て来て出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、ファイン様」
「ただいま、キャメロット!レインはいる?」
「ええ、レイン様でしたら今ルルが呼びに―――」
「ファイーーーーーン!!!」

キャメロットの言葉を掻き消す絶叫が城の中から飛び出して次いでレインが全速力で駆けてくる。

「あ、レイ―――」
「ファイン!!!」

ファインの声すらも掻き消してレインは勢いよくファインに飛びつく。
流石のファインでも突然の飛びつきには対応出来ず「わぁっ!?」と驚きの声を上げて尻餅をついた。

「れ、レイン?」
「お帰りなさいファイン!!待ってたわよ!!月の国は楽しかった!?」

強く抱き付いてきていたレインの肩を優しく押して距離を空ければレインは今までに見た事がないくらい瞳を輝かせて幸せオーラを全開に放っていた。
その様子から全てを察したファインは満面の笑みを浮かべると元気よく頷いた。

「うん!シェイドとミルキーと遊んで来たんだ!あと、レインにお土産のクッキー買ってきたよ!」
「本当!?ありがとうファイン!後で一緒に食べましょう!」
「レインはブライトとのピクニックはどうだった?楽しかった?」
「とっっっても最高だったわ!!ファインのお陰よ、ありがとう!!それで聞いて!ブライト様とピクニックをしてた時にね―――」
「レイン様、興奮なさるお気持ちも分かりますがここでは風邪を引いてしまいますわ。お夕飯までに時間はまだありますからお話はお部屋でなさるといいですわ」
「はーい!行きましょう、ファイン!」
「うん!」

レインはファインに手を差し出すとファインはその手を取って立ち上がり、互いにぎゅっと手を握って笑い合った。

「プーモも行くわよ!」
「はいでプモ!」
「あのね、コックさんにお願いして今日はファインの大好きなハンバーグを作ってもらう事にしたの!」
「やったー!ハンバーグだー!」
「それからデザートにイチゴのシャーベットも用意してもらうようにお願いしたわ!」
「本当!?わーいわーい!!」

ご機嫌なレインと嬉しそうなファインの後ろをプーモもニコニコと笑顔を浮かべながらついていく。
いつも以上に仲が良くて幸せに満ち溢れたふたごのプリンセスの姿にキャメロットも、後から追い付いたルルも微笑みを溢すのだった。







続く
2/6ページ
スキ