ピースフルパーティーと虹の蜜 第六章~しずくの国~

今日のおひさまの国は一人のプリンセスが準備で走り回っていて賑やかだった。

「大変大変!寝坊しちゃった~!」

顔を洗ったり着替えたり朝ご飯を食べたりと慌ただしく部屋という部屋を駆け回るファイン。

「大丈夫大丈夫。今日は私とプーモと行くだけなんだからそんなに慌てなくても平気よ」

ファインの支度が終わるのを部屋でのんびり立って待つレイン。
本日は約束していたファインとレインとプーモの三人でピクニックに行く日。
遅刻した所でレインもプーモも気にしないので落ち着いて準備をしてくれていいのだがファインは止まらない。
きっとそうは言っても遅刻したのが申し訳ないからこれだけ急いでくれているのだろう。
だからレインはファインの支度が終わるのをゆっくり待つ事にした。
ところが―――

「ごめんレイン!アタシこれから月の国に行くから!」
「え!?月の国に?」

走り回ってる中で飛び落ちそうになった帽子を押さえながらファインが部屋の入口に立ってレインにそう告げる。
まさか思ってもみなかったセリフにレインは驚きを隠せない。

「今日はミルキーと約束があったんだ!だから今すぐ行かないといけないの!」
「だったら私も一緒に行くわよ?」
「あ、えっと・・・とにかくアタシ一人じゃないとダメなの!だから悪いけどピクニックはレインだけで行って!」
「待ってファイン!私一人でピクニックって―――」
「プーモも行くよ!」
「えっ!?僕も行くでプモか!?」
「そーだよ!気球の操作お願いね!じゃあねレイン!夕方になったら帰るから!!」

ファインはプーモを引っ掴むと二人の話を聞かず風のように気球発着所へ走り去ってしまった。
先程までの慌ただしさとは打って変わって嵐が過ぎていったような突然の静けさが訪れてレインはしばし呆然とする。
それからたっぷり三十秒経過して大きく溜息を吐いた。

「私一人で行ってもしょうがないじゃない・・・もう」

レインは今日というこの日を楽しみにしていた。
ファインとプーモと一緒に行くピクニック。
温かな陽気に包まれながら公園を歩き、柔らかな芝生の上にレジャーシートを敷いて新緑の香りに包まれながらサンドイッチを食べて立てるブライトとのデート作戦。
きっと素敵な一日になるだろうと楽しみにして昨日の夜は寝たというのにこれではあんまりである。

(それにしてもミルキーとの約束なんていつしたのかしら?)

レインもファインもお互いには言えない秘密は多少あれど、大体の事は共有している。
従ってよっぽどの内容でなければファインはミルキーとの約束についてすぐに話す筈だ。
忘れていたならそれまでだがなんとなくそういった風でもない気がする。
そうなるときっと何か考えていてそれを隠しているのかもしれないが何だか考えるのに疲れてレインはボスッとベッドの上に座り込んだ。
一人で行ってきてくれと言われたが一人で行ったって何も楽しくない。
しかしやる事もなくて暇だ、どうしよう。

(私もブライト様の所に行って今度のお祭りのお誘いに・・・でも気球はファインが乗ってっちゃったし・・・)

どこにも行けない事、一人で城下町に行っても楽しくない事に思い至ってレインはまた大きな溜息を吐く。
いつもファインと一緒にいて一人になる事など殆どなかったからこんな時はどうすればいいか分からなくなる。
やはり無理矢理にでもついて行けば良かった。
ファインがいないと寂しい。
二人一緒なら何をしてもどこに行っても楽しいのに。
寂しさからどんどん気分が落ち込んでいくレインの元に部屋の扉をノックする音が届く。
その後に扉が開いて蓋付きのバスケットを持ったキャメロットが入って来た。

「ファイン様レイン様、ピクニック用のサンドイッチが・・・あら?レイン様、ファイン様は一体どこへ?」
「用事があるって言って月の国に行っちゃったわ」
「まぁ、それはまた唐突に・・・」
「だからピクニックは今日はナシになっちゃったの。でもサンドイッチ作ってくれてありがとう。責任持って私が全部食べるわ。ファインの分も食べるの大変だけど何とかするわ。ファインってば沢山注文したでしょう?」
「いえ、それがファイン様がリクエストしたのがミックスサンドとベーコンと卵とチーズのサンド、チェリーサンドだけでして」
「嘘っ!?あのファインがたったの三種類だけ!?いつもだったら七種類くらいはリクエストしてデザート系のサンドイッチは必ず苺のサンドイッチをリクエストするのに!?」
「私も注文を聞いた時は驚いて聞き返したのですがこの三種類でいいと仰ってまして・・・一体どうしたのかしら~」
「姫様、失礼致します」

キャメロットと一緒に首を傾げているとルルがペコリとお辞儀をして部屋に入って来た。

「ルル、どうしたの?」
「姫様にお客様がお見えになっております」
「お客様?誰かしら?」
「宝石の国のプリンスブライト様です」
「ブライト様!?」
「応接室の方にお通ししてますのでご挨拶を―――」
「ブライト様~!!!」

レインは途端に目をハートにすると光の速さで応接室へと向かった。

「あぁレイン様!廊下を走ってはなりませんよ~!」
「運動が苦手でも好きな人が現れると光速で走る、と」

ルルのズレたメモがまた一つ手帳に埋まるのであった。





応接室の前に到着したレインは前回シェイドに言われた嫌味から学んで一度身なりを整えて深呼吸すると静かに扉を叩いて挨拶をした。

「失礼致します」

ドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えつつゆっくりと扉を押し開くと大好きなブライトの姿がそこにいた。
ソファに座っている姿も優雅でそこだけ別の世界のように見える。
レインは裾を摘まむと小さく頭を下げた。

「レインです。ようこそお越しいただきました、ブライト様」
「やぁ、ご機嫌用、レイン。今日はピクニックに誘ってくれてありがとう」
「え?誘うって?」
「あれ?ファインから聞いてないのかい?この間の月の国のピースフルパーティーの時に三人で行こうって誘われたんだけど・・・もしかして日にちを間違えたかな?」
「・・・」

小さく驚いて困惑するブライトだったがレインは一瞬で全てを理解した。
ファインがプーモも連れて急いで出て行った事、サンドイッチの種類が少なくて且つファインの好みとは少し違ったものであった事、今日という日にピクニックに行こうと提案した事。
今思えば持って行く飲み物にダージリンを選んだのも変な話である。
ファインは紅茶は勿論飲めるがこういった気楽なピクニックの時はジュースを選ぶ。
雰囲気を好むレインの為に紅茶にしてくれたのだと思ったがレインはどちらかというとアールグレイの方が好きだ。
それがダージリンという事はこの好みに該当する人物はもう一人しかいない。

(ファイン、もしかして・・・!)

全てのパズルのピースが合わさり、それまでの寂しさから一転、レインの胸を喜びと幸福、そしてファインへの愛しさが満たす。
口の端が自然と吊り上がってレインはとびきりの笑顔を浮かべた。

「いいえ、間違ってないわ!今日は来てくれてありがとうございます、ブライト様!ただ、ファインは急に用事が入って一緒に行けなくなって・・・」
「そうなのかい?それは残念だね」
「それでその・・・きょ、今日は私と二人だけで行きませんか・・・?」

賭けにも近い相談。
ブライトは優しいので嫌とは言わないだろうがそれでも何となくドキドキしてしまう。
今ではもうファインの事を追いかけていないとはいえ、それでもという不安もある。
少し残念そうな表情をされたらどうしよう。
緊張から無意識に唇を噛んでレインは一生懸命にブライトを見つめると、ブライトは残念な色も落胆の色も一切浮かべる事なく心から嬉しそうに優しく微笑んで頷いた。

「勿論だよ。今日は宜しくね、レイン」
「・・・!は、はい!!」

舞い上がる心を抑えられずレインは弾むように返事をする。
ファインがセッティングしてくれた今日という日を無駄にしない為にもレインはブライトとの二人きりの時間を全力で満喫する事を決めるのだった。







一方その頃、月の国の謁見の間では・・・。

「ようこそいらっしゃいました、プリンセスファイン。今日はどうしましたか?」

レインに宣言した通りファインは月の国に訪れており、ムーンマリアに挨拶をしていた。

「急に押しかけてすいません。ちょっと城下町を見学したくて来ちゃいました」
「いいえ、気にしなくていいのですよ。ただミルキーは今お昼寝の時間で寝ていてシェイドは用事で出掛けていて今はいないの。あまりお構いが出来なくてごめんなさい」
「いいんですいいんです!連絡も無しに来たアタシが悪いんですから。それに見学が終わったらそのまま帰りますので」
「分かりました。ゆっくりして行って下さいね」
「はい、ありがとうございます」

ファインは一礼するとプーモと共に月の国の城を後にした。
そして城下町に足を運ぶが行く当てもなくブラブラと町の中を歩いて行く。

「あーあ、何しよっかな~」
「折角なのでムーンマリア様に言ったように町を見学して月の国の文化や人々の傾向を学んだらどうでプモか?」
「え~?勉強とかヤダよ.~。一人でなんかもっと嫌だし」
「ですがレイン様の為に一人で来たのはファイン様でプモ」
「そうだけどさ~」

月の国に向かう途中の気球の中でプーモはファインから事情を聞かされていた。
ブライトが忙しい為にチェリーグレイスロードを一緒に歩く事が出来なかった事、落ち込むレインが少しでも元気になるようにブライトにピクニックを提案した事、そしてファインは用事を理由にピクニックを欠席にしてレインとブライトを二人っきりにさせるという事。
それらを聞かされたプーモはファインの優しさとレインに対する愛情に感動して急ではあったものの、喜んで月の国へ同行する事にしたのだ。
しかしやる事がないと暇そうにするファインに教育係として勉強を勧めたものの、やはり勉強に対するやる気は皆無である。
一人でなんか、と言っている辺りやはりレインと一緒ではないと納得がいかないようだがレインがいた所で二人揃って勉強を嫌がる姿が目に浮かぶ。
二人の勉強嫌いを克服するにはどうしたらいいものかと溜息を吐きながら悩んでいると焦ったような大人の女性のラビ族の声が前方から聞こえて来た。

「先生!先生!助けて下さいラビラビ!」

女性のラビ族は背中に女の子をおんぶしていて必死に病院の扉を叩いている。
すると程なくして中から白衣を着た老齢の男性のラビ族が出て来て姿を現した。

「どうしましたかラビラビ?」
「娘がビリビリサボテンに触れてしまったんですラビラビ!」
「おや、それは大変ですねラビラビ。いますぐ解毒薬を・・・あぁ!」
「先生?どうしたんですかラビラビ?」
「申し訳ない、解毒薬に使う材料が一つ足りないのですラビラビ。今から採りに行きたいのは山々なのですが他の患者さんの問診が控えておりましてラビラビ」
「そんな・・・!ですが頼れるのは先生しかいないんですラビラビ!どうか娘を助けて下さいラビラビ!」
「勿論助けたいのですが材料をどなたに頼めばいいか―――」
「アタシが行きます!」

強く活発な声が二人のラビ族の間に挟んで飛んでくる。
振り返ると真剣な顔付きのファインがすぐそこに佇んでいた。
医者が驚きながら尋ねる。

「あ、貴女は・・・?」
「アタシ、おひさまの国のファイン!」
「えぇっ!?」
「あのプリンセスファイン様ですかラビラビ!?」
「アタシが材料を採ってく来るからどこに行けばいいか教えて下さい!」
「そ、そんな!プリンセス様にそんな事をお頼みするなど―――」
「でもそっちの女の子、苦しんでるじゃない!早く助けないと可哀想だよ!他に頼める当てがないならアタシが行くからどこでどんな材料を採ってくればいいか早く教えて下さい!!」
「ファイン様・・・分かりましたラビラビ」

ファインの真剣な眼差しと訴えに医者は頷くと建物の奥から一枚の紙を持って来た。
紙にはオレンジ色の花の絵とそれに関する説明が書かれており、医者はそれをファインに渡した。

「これはサラリンフラワーと言って星の泉からずっと東に歩いた所に三角岩があります。その周辺にこの花が咲いておりますので一輪だけ持ってきていただけないでしょうかラビラビ」
「星の泉からずっと東にある三角岩だね」
「星の泉まではバスで行ったほうが良さそうでプモ」
「そうだね!すぐに持って来るので待ってて下さい!」
「お願い致しますラビラビ」
「娘の為にありがとうございます、プリンセス様。どうかお願いしますラビラビ」

母親のラビ族が深々と頭を下げると背中に背負っている子供のラビ族の顔がチラリと見えた。
呼吸が浅く、顔色も悪くてとても苦しそうだ。
その姿にファインは胸を締め付けられ、プーモと共に急いでバス停に走った。
乗り込んだ後は席に座ったものの早く着かないかとソワソワしてプーモに何度か諌められた。
自分でもバスの中で急いでも早く着く訳ではないと頭では分かっているのにどうしても大人しくする事が出来なかった。
そして―――

「次は星の泉に停車します」

車内アナウンスが流れて膝の上で握っていた拳を見つめていたファインはバッと勢い良く顔を上げる。
それから緩やかにバスが停車すると降りる人達の流れに乗って自身もバスから降りるとそこからは全速力で走り始めた。

「プーモ!方角はこっちで合ってるよね!?」
「間違いありませんでプモ!」

プーモの確認が取れてファインは更に走るスピードを上げる。
砂漠には何度か足を踏み入れた事があるので走るコツは心得ている。

「サンドヨットを借りてくれば良かったのではないでプモか!?」
「前みたいにまた壊しちゃうよ!それに万が一花を傷付けたらいけないじゃん!」
「それもそうでプモ!」

道中、そんな短いやり取りをしながら砂漠を直走る二人。
それからどれくらい走っただろうか。
流石の体力自慢のファインにも限界が訪れたその時、三角形の岩が徐々に見えてきた。
ファインはその岩を指差しながら叫ぶ。

「プーモ!あれ!」
「三角岩でプモ!」

目的地の到着という一つの安心感を得てファインの予備体力タンクが稼働する。
そのままタンクを使い切る勢いで三角岩の元まで走り、周辺を捜索した。

「サラリンフラワー!サラリンフラワー!!」
「この三角岩の周辺にあると言ってたでプモ!よく探すでプモ!」

二人で三角岩の周りやそこから少し離れた周辺を探す。
乾いた空気と高い温度に体力がどんどん削られて二人の顔に汗が浮かび上がってくるがそれすらも拭う事を忘れて二人は懸命に目を凝らした。
想像としてはポツポツとそれなりに咲いていてすぐに見つかるものだと思っていたがどうやら甘い考えだったようだ。
過酷な砂漠とだけあって花もそう簡単には咲いていないらしい。
それでもファインとプーモは諦めなかったし諦める訳にはいかなかった。
母親の背中で苦しそうに呼吸するラビ族の少女の顔が頭から離れない。

(待っててね・・・!)

少女を想いながらファインは三角岩を視界に捉えられる程度の距離まで離れてサラリンフラワーを探しに行く。
すると―――

「あ!あった!!」

医者から貰った紙に描かれたイラストそのままのサラリンフラワーが咲いているのをファインが見つける。
一人のラビ族の少女の為に必死になる二人の努力を神は見放さなかったようだ。
ファインの発見する声にプーモは急いで駆け付けるとパッと表情を明るくさせた。

「サラリンフラワーでプモ!」
「これだよね!?これで間違いないよね!?」
「間違いないでプモ!」
「よぉーし!それじゃあ今すぐ戻ろう!!」
「でプモ!」

見つけたサラリンフラワーを根本から引き抜いてファインは再び星の泉に向かって走り始める。
ところが走り始めて数秒後、突然ファインの足元がボコッという音を立てて崩れ落ちて大きな空洞が出来上がった。

「うわっ!?あわわわわぁっ!!」

空中で手足をバタつかせ、平泳ぎをするも努力虚しくファインは盛大に穴の中に落下する。

「ファイン様!!」

ドシン!という音に驚きながらプーモは慌てて穴の中に飛び込む。
薄暗闇の中でファインはひっくり返っており、体を叩きつけた衝撃でピクピクと震えていた。

「ファイン様、大丈夫でプモか!?」
「な、なんとか・・・」

本当は体のあちこちが痛いがこんなのは日常茶飯事なのであまり気にしない。
むくりと起き上がって帽子を被り直し、手に握っていた花を確かめる。
幸運な事に花は無事だった。
ファインはそれを確認して安堵の息を吐くと薄暗闇の中を見回した。
最初は落とし穴かと思ったが円形の狭い空間ではなく、部屋のような大きくしっかりとした空間が広がっているのが分かる。
暗くて見えづらいものの、隣の空間に続くと思われる入り口があるが土砂や瓦礫で塞がっていて通過する事は適わない。

「ここ、なんだろう?」
「ふ~む、もしかしたら遺跡かもしれないでプモ」
「遺跡?」
「月の国の砂漠には砂に埋もれた遺跡が多数存在すると言われていますでプモ。もしかしたらここはその一つかもしれないでプモ」
「ふーん。後でシェイドに言っておかないとね。他の人が落ちたら危ないし。じゃないとアタシみたいに戻れない・・・って!?」

言いかけて自分の置かれてる状況に気付いたファインは慌てて上を見上げる。
ファインが落ちて来た天井には人一人分の穴が空いており、高さもそれなりにあってジャンプしても到底届きそうにない。

「どうしよう!?出られな~い!!」
「落ち着くでプモ!星の泉の塔の管理人の方に助けをお願いしてきますでプモからファイン様はここでお待ちになるでプモ!」
「助けを呼ぶよりも先にこれを届けて来て!!」

そう言ってファインはサラリンフラワーをプーモの前に突き出す。
それが意味する事を知ってプーモは慌てる。

「そ、そんな!そしたらファイン様は長い時間ここにいる事になってしまうでプモ!」
「ここから星の泉まで結構距離あるでしょ?星の泉の塔の管理人さんたちを呼んで誘導してたら時間かかるじゃん。アタシの事はいいからプーモは早くその花を届けて来て!女の子、苦しそうだったでしょ?」
「ファイン様は大丈夫でプモか?」
「アタシならへーき!ほら、穴から光が差してるから怖くないよ!だから行ってきて!」

笑顔で言い放つファインのなんと頼もしき事か。
自分よりも他人を優先する姿はまさにプリンセスそのもの。
プーモはファインから花を受け取るとしっかり頷いて言った。

「わかりましたでプモ!サラリンフラワーを届けたらお城の人にお願いしてすぐに助けに行きますでプモ!それまで辛抱下さいでプモ!」
「うん!待ってるからね!!」

穴から出て行くプーモを見送ってファインは光の近くの壁に寄りかかる。
真下に座ったりしなかったのは流石に直射日光がキツイからだ。
暗い場所は苦手だがこうして光が差していれば怖いものなんてない。
そう、思っていた矢先のこと。

「うぇ?あ、あれ!?うわぁっ!!?」

壁に寄りかかって手が一部のレンガに触れた途端、そこがガコッという音を立ててレンガが僅かに凹んだ。
その瞬間、壁の一部が傾いてぐるりと回転し、ファインはバランスを崩して壁の後ろの空間に派手な音を立てて転がってしまう。
同時に回転してた壁がパタン、と静かに閉じた。

「うぅ~、一体なんなの~」

ツイてない事の連続でファインは涙目になりながらも起き上がる。
だがそこで気付いてしまう。
周りは壁に囲まれた狭い空間で通路や光は一切ない暗闇である事に。
ファインは暗闇が苦手だ、一瞬にして恐怖が沸き上がって慌てて回転した壁に縋りついた。

「うわぁ~~~!!出して出して出して~~~!!!」

ドンドンと壁をひたすらに叩いてみるがうんともすんとも動かない。
手で触った時に凹んだ辺りのレンガを押したり叩いたりしてみても反応は全くない。
パニックになりながらも出来る事を全て尽くしてみたがまるで効果はなく。
成す術がなくなり、ずるずるとへたりこむとファインはとうとう泣き出してしまった。

「うぅ・・・レイン・・・」

一番最初に頭に思い浮かんで口にする名は大好きなレイン。
レインならこんな時、一緒に慌てたりするがそれでもこうして暗闇への恐怖から泣き出すファインに「大丈夫大丈夫」と魔法の言葉を呟いて励ましてくれる。
ても今日はそのレインはいない。
ブライトとデートしてもらう為に自分が置いてきたのだ。
だからどれだけレインの名前を口にしようがレインは来ないし、ファインがこんな状況になっている事も知らないだろう。
それでもファインはレインの名前を呟くのをやめなかった。
ひょっとしたらという僅かな望みと希望、そして何よりも心の支えがレインだからだ。

「・・・レイン・・・レイン・・・」

背中をガラ空きにしたくなくて壁にペッタリとくっつけて膝を抱える。
暗闇の中、ずっとレインの名前を呼び続けた。

「ぐすっ・・・レイン・・・レイン・・・」

長い時間、膝に顔を埋めてひたすらにレインの顔を思い浮かべては自分を慰めた。
けれどどれだけレインの名を口にしてもレインの事を考えても恐怖は紛れない。
やはり傍であの笑顔で優しく「大丈夫大丈夫」と魔法の言葉を言ってくれなければダメだ。
それから寄り添うようにして自分を安心させるように―――

「ファイン」

低い声で名前を呼んで欲しい。

「え?」

頭の中のレインの声とは正反対な低い声に驚いてファインは顔を上げる。
目の前には思い描いていた青い靴に青いスカートの少女の姿はそこになく、代わりに黄色の靴と黄色のローブを着た少年がそこに佇んでいた。
ゆっくり辿って見上げた先にある顔にファインは瞳を見開く。

「シェイド・・・?」

仕掛けの扉を開いてこちらを見下ろしていたのは礼服を着たシェイドだった。
彼の表情は柔らかく、安心したような色が伺える。

「大丈夫か?遅くなってすまなか―――」
「シェイドぉ!!」
「うぉっ!?」

シェイドの言葉を遮ってファインはぶつかるようにしてシェイドに飛びつく。
思ってもみなかった軽いタックルにシェイドはよろめいたがバランスを崩す事なくファインを何とか抱き留める。

「おい、危ない―――」
「うぅっ・・・ぐすっ・・・うっ・・・」
「ファイン?」
「・・・シェイドぉ・・・怖かったよぉ・・・」

己の胸に顔を埋めて素直に怖かったと伝えるファインの肩は震えており、ブラッククリスタルの浄化に挑んだ時のような勇敢で頼もしい姿はそこにない。
小さく震える体に、そうは言ってもファインも一人の人間で暗闇を怖がる女の子なのだと実感するとシェイドの中で庇護欲にも似た暖かい気持ちが溢れてきた。
そっとファインの体を抱きしめてあやすように背中を撫でながらシェイドは囁く。

「大丈夫だ、ファイン。もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
「うっ・・・うん・・・っ・・・」
「外に出るぞ。プーモが待ってる」
「うん・・・」

未だに震える体を支えるように肩を抱いて光の下に誘導してやる。
ファインが落ちて来た穴からは光だけでなく縄梯子までも降りて来ていた。
きっとシェイドがここに入る時に用意したのだろう。
光の下に来れた事と出られるという安心感から恐怖の波は一気に引き下がり、ファインの涙も止まる。
目の端に残った雫を拭って縄梯子に手をかけ、ゆっくり登っていく。
暗闇から光の世界への生還。
大袈裟な表現かもしれないがファインにとってはそのくらい精神的安心感が大きかった。

「ファイン様!!」

縄梯子を登り切ると外で待っていたプーモが瞳に涙を溜めて飛びついてきた。

「プーモ!!」
「ご無事で良かったでプモ!お怪我はなかったでプモか!?」
「うん、大丈夫だよ。シェイドを呼んできてくれてありがとう、プーモ!ところでこの人達は?」

飛びついてきたプーモの後ろには数十人の作業服を着た大人がいた。
ファインを救出するには大袈裟過ぎる人数だし、なんならヘルメットを被っていたり大きな機械がいくつか置かれていたりする。
もしや、と思った矢先に後ろから続いてシェイドが出て来て説明をしてくれた。

「そこにいるみんなは遺跡の発掘隊だ」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
「ああ。みんな、プリンセスファインはこの通り無事だ。彼女は僕が責任を持って王宮まで送り届けるからその間に発掘作業を頼む。この遺跡にも仕掛けがあるから十分に注意してくれ」
『はっ!』

発掘隊は声を揃えるとぞろぞろと作業に取り掛かり始めた。
それを呆然と眺めていたファインだったがシェイドに「行くぞ」と促されてサンドヨットに乗り込み、月の国の王宮を目指した。

「そういえば出掛けてたんじゃなかったの?」

サンドヨットを操作するシェイドにファインがふと頭に浮かんだ疑問を投げかける。

「早くに終わって帰って来たんだ。そしたらプーモからお前が遺跡に落ちたと聞いてすぐに発掘隊を編成して助けに来たんだ」
「そうだったんだ。助けに来てくれてありがとう。迷惑掛けてごめんね」
「迷惑な要素なんて一つもないだろ。お前は月の国の民の為に危険を顧みずこんな遠い砂漠まで薬の材料を採りに来てくれたんだ。母上に代わって礼を言う、感謝する」
「あはは、そんな改まって言われる程のものじゃないよ。アタシ達の使命は果たされたけど、それでもまたブラッククリスタルや闇の力に襲われないようにこれからもみんなを笑顔にしていこうってレインと決めたんだから」
「そうか」

単純でありながらも大変で立派な志に感心してシェイドは微笑む。
ふしぎ星を救う旅、そしてファイナルプロミネンスに挑んでブラッククリスタルを浄化したファインとレインはある事を学んだ。
それは希望と笑顔は二つ一緒にあって成り立つものなのだと。
希望があるからこそ人は笑顔になり、笑顔があるからこそ、それを見た者はそこから希望を見出す。
だからこそ友であるプリンセスとプリンス一同は自分達の笑顔に希望を見出してそれを最後まで信じて祈ってくれたし、自分達も友人達が希望を捨てていない事を知って笑顔になり、ファイナルプロミネンスに挑んで星が救えたのだと。
これからもふしぎ星を笑顔で満たせばきっと同じような事があっても乗り越えられる。
そう信じてファインとレインはこれからも人々を笑顔にする事をプリンセスの務めとして生涯果たして行こうと誓ったのだ。
だからあの親子が困っているのを放っておけなかったし、プーモが花を届けてくれたからきっと今頃は笑顔になってくれている事だろう。
それに災難があったとはいえ、もう一つ笑顔が作れたのでファインはサンドヨットを操縦するシェイドの横顔を見つめた。

「ところでシェイドは新しい遺跡が見つかって嬉しい?」
「ああ。遺跡の発掘によって月の国だけではなくふしぎ星の歴史がまた一つ分かるかもしれないからな」
「そっか、なら良かったよ。シェイドは歴史とかそういうのも好きだもんね」
「・・・お前が辛い思いをしたのに喜んでしまって悪い」
「なーに言ってんの!それこそ気にしなくていいよ!偶然閉じ込められてパニックになっただけでそうじゃなかったら普通にのんびり待ってただけなんだからさ!それにアタシ・・・遺跡を見つけてシェイドのお手伝いが出来て嬉しいよ」

僅かに瞳を逸らして頬赤らめながらファインはポツリと呟く。
不覚にもその様子をチラリと見てしまったシェイドはすぐに前を向くと「そ、そうか・・・」と呟いてそれっきり黙ってしまった。
照れ臭い沈黙が流れてお互いどうしていいか分からず、内心慌てる。
自分で言っておきながら猛烈に恥ずかしくなったファインはプーモの方を向くとやや強引に話題転換を図った。

「そ、そーいえばプーモ!女の子は大丈夫かな!?」
「勿論でプモ。お医者様がファイン様のお陰で後遺症が残る心配もないと仰っておりましたでプモ」
「そっか。良かったぁ」
「あと、お医者様とあの親子の方が是非お礼を言いたいと仰ってましたでプモ。王宮に戻る道すがらお顔を見せにいくといいでプモ。上手く誤魔化しましたがファイン様の姿が見られなくて心配していましたでプモ」
「うん、分かった。シェイド、悪いけど途中で寄ってっていい?」
「ああ、いいぞ」

照れ臭い空気がなんとか風と共に流れてホッと一安心するファインとシェイド。
一連のやりとりを見てプーモはやれやれと苦笑の息を吐くのだった。







続く
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