ピースフルパーティーと虹の蜜 第五章~月の国~

『パーティーが終わったら会場の正面扉横のバルコニーで待ってろ』

マッカロンを退治してレイン達と共に月の国の城に帰還した時の事。
サンドヨットから降りる時にレインに手を貸して降りるのを手伝ったのはブライトだった。
目をハートにするレインは相変わらずであったが幸せそうだったので後で冷やかしてやろうと思った矢先の事、シェイドが無言で手を出して来て降りるのを手伝ってくれた。
こちらの方に顔を向けていなかったが向けられた所でどんな顔をすれば良いか分からなかったのである意味都合が良かった。
それから小さな声でお礼を述べて降りた時に冒頭のセリフをさりげなく言われたのである。
え?と聞き返そうとしたもののシェイドはさっさと行ってしまった為にそれは叶わなかった。
しかしシェイドの言葉をしっかりと記憶に刻み付けたファインはパーティーの最中何度も指定されたバルコニーの方を見ては心臓が早まるのを感じた。
もしかしたら絶縁宣言の可能性もあるのに浮かれてしまうのはいつもの直感が働いているからか、それともシェイドは優しい人だと信じているからか。

「皆様、本日は当パーティーにお越しいただきありがとうございました。これにてピースフル『フラワー』パーティーを閉会致します。どうぞお気を付けになってお帰り下さい」

ムーンマリアの閉会宣言にファインは心拍数が早まるのを感じる。
とうとうこの時が来た。
待ち侘びていた反面、緊張から何となく来てほしくなかったようなジレンマに苛まれていたがこうなったら覚悟を決めなければなるまい。
ファインは深呼吸を数回するとぐっと拳を握った。

「ファイン、私達も―――」
「ごめんレイン。ちょっと待ってて」
「え?ファイン?」
「ファイン様?」

こちらを振り返らず招待客の波に紛れて消えて行ったファインの背中を見てレインとプーモは互いに顔を見合わせると首を傾げるのだった。











深い青のサテン生地のカーテンを潜った先のフルムーンの光が降り注ぐ明るいバルコニー。
月の国は一日中白夜なので外は明るい。
一日中明るくては寝る時間を忘れてしまうのではと思ったがレインと一緒に月の国にお泊りしたあの日、ちゃんと体内時計が働いて眠気がやってきたのでいらぬ心配だったと分かった時は二人で笑い合った。
それに城内も消灯するのでそれが夜の雰囲気を演出してくれていたお陰もある。
そんな随分前の事をつらつらと思い出していると不意に風が頬を撫でて来た。
何か忘れてない?と問いかけてくるような優しい撫でつけにファインは忘れてないよ、と答えるように深く息を吸い込む。
シェイドに謝る。
そして仲直りする。
それから今日助けてくれた事のお礼を言う。
余裕と隙があれば前にレインと約束した、シェイドを大切に想っている事、自分自身を大切にして欲しいという事を伝える。
話さなければいけない事が沢山あって困る。
でも、白夜に包まれたこの国でなら都合よく時間を気にしないで話したいだけ話してもいいだろうか。

「待たせたな」

背中に投げかけられた声に緊張でビクリと小さく跳ねる。
自分を落ち着けるようにもう一度深呼吸をして、それから横に並んだシェイドの方をぎこちなく振り返る。
シェイドは両手を後ろに回していて何かを隠しているように見えた。
顔も少し逸らしていたが気まずさだとか喧嘩の空気を引き摺っていて、というよりは同じように緊張して、というのが何となく雰囲気から読み取れた。
それはファインも同じでシェイドとは別方向に目を逸らしながら小さく口を開く。

「べ、別に・・・アタシも今来たとこだから・・・」
「そうか・・・」

何とも言えない空気が走ってお互いに沈黙する。
今朝は酷い言い争いをし、先刻は何のしこりもなくお互いの目を見て自然な会話を交わせていたのに一体どうしたというのか。
心の中で必死に頑張れ頑張れダンスを踊ってファインは己を叱咤激励すると息を吸って言葉を紡ごうとする。
しかしそれを遮るようにしてシェイドがこちらに目線を真っ直ぐ向けて背中に隠していた物を前に出した。

「これを・・・お前に・・・」
「え・・・?」

ハイビスカスのように鮮やかで美しい赤色の小さな花々を包んだブーケ。
ファインはポカンとした表情でそれを見つめながら首を傾ける。

「お花?」
「・・・やる」
「アタシに?」
「仲直りの印だ」
「・・・!」

瞬間、ファインの心の中で荒野となっていた土地に緑が芽吹き、一面に花が開く。
シェイドと喧嘩して以来その心の一部の土地はずっと荒野で寒くて悲しかった。
けれどたった今、そこに春の陽気が訪れて再びファインの心を豊かにする。
そんなファインの心内が表面に雰囲気としてありありと現れ、相変わらず分かり易い奴だと思いながらも本当は内心でそれを嬉しく思うシェイドだった。

「宝石の国のピースフルパーティーの時はすまなかった。ついカッとなって言い過ぎた。お前は・・・俺を守ってくれたのにな」
「・・・ううん、アタシの方こそごめん。シェイドは心配して怒ってくれたのにアタシってばカチンと来て言い返しちゃって・・・あの後ね、レインにも言われたんだ。どれだけ危険な事をしたか分かってるの?って」
「本当に危険だったんだぞ」
「うん、分かってる。でも、でもね・・・アタシ、シェイドに怪我して欲しくなかったんだ」

意を決して話す。
レインと約束した、ファインがシェイドに伝えなければならない大切なこと。
ファインはブーケを持つシェイドの手に自分の手を重ねて真っ直ぐに夜空の瞳を見返した。
早鐘のように鳴り響く心臓の音が煩かったがファインは負けなかった。

「シェイドは・・・鍛えてるからとか、慣れてるからとかで怪我をするのは何て事はないって言ってたけどアタシからしてみればそうじゃなくて怪我自体をして欲しくないの。シェイドが怪我をして悲しむ人、沢山いるよ?アタシもレインもプーモも他のみんなも・・・ムーンマリア様やミルキーだって凄く悲しむよ」
「・・・」
「シェイド、もっと自分の事、大切にして?少しくらい怪我をしてもいいなんて思わないで?そんなので喜ぶ人なんていないよ」
「ファイン・・・」
「シェイドはさ、今までアタシ達を守る為に体張ってきてくれてたからそれが当たり前になっちゃったのかもしれないけど・・・でも、そんなの良くないよ。プリンスとして人として大切なものを守る為に頑張って体張らなきゃいけない時があるのは分かるよ。それでも自分を大切にしてないような言い方はしないで。聞いてると・・・悲しくなっちゃうから・・・」
「・・・」
「勿論、アタシ達が頼りなかったり色々やっちゃうから体を張らざるを得ない事も多かったと思う。それは本当にごめんね。でも―――」
「もう、十分だ」

語る内に段々と俯いていっていたファインの顔は、しかしシェイドの穏やかな声音によって持ち上がり、再びシェイドと視線を交わす。
見上げた先のシェイドの表情は柔らかだった。

「お前の言いたい事は十分伝わった」
「本当に?」
「ああ。お前がそんなにも大切に思ってくれてたとは思わなかった。ありがとうな」
「う、うん・・・!」

別の意味に捉えられていないだろうか、という焦りと微笑むシェイドの顔が綺麗で思わず視線を下に向けてしまう。
ところが「だがな・・・」という言葉と共に重ねていたシェイドの手が潜り出てきてファインの手にやんわりと重ねられた事でファインは弾かれたように顔を上げる。
見上げた先のシェイドの顔は先程とは打って変わって真剣な表情で、でもやっぱり綺麗でファインは自分の顔が赤くなるのを抑えられなかった。
白夜なら都合よく時間を気にしなくていいなんて思ったが今はそれが恨めしい。

「俺は同じ事をお前に対して思ってるぞ」
「同じ事・・・?」
「忘れたとは言わせないからな。俺が初めて怒ったのはいつで何が原因だったと思ってる?」
「うっ・・・あははは、ごめんなさ〜い」

まだブライトが闇に堕ちていた頃、招待状が届いて一人で様子を見に行った時の事を言っているのだと気付いてファインは苦笑いを溢す。
しかしシェイドはそれを許さずに咎めるように目を細めると追及した。

「笑って誤魔化すな。あの時どれだけ危険だったか分かってるのか?」
「アタシとしては本当に様子を見て帰るつもりだったから・・・」
「だとしてもだ。いくらお前がレインを大切に思っていようと周りを放っておけなかったとしても結果的に心配をかけさせてたら意味がないだろ」
「うん・・・ごめんなさい」
「お前が俺に言った言葉をそのまま返すぞ。無意識かもしれないが運動が出来て勘が良いからってそれを頼りにし過ぎるな。プリンセスとして人としてお前も体を張らなければならない時がある。だがお前に何かあれば沢山の人間が悲しむ。レインもプーモもトゥルース王もエルザ王妃もあの教育係も他のみんなも・・・俺も―――悲しい」
「っ!」

ドクン、とファインの胸が一際大きく高鳴る。
シェイドが心配してくれている。
こんなにも嬉しい事はない。
そして心の底から思う。
やっぱりシェイドの事が好きだと。
心配してくれるだけでこんなにも心が弾んで舞い上がるような気持ちにさせてくれる男の人は今までシェイド以外に存在しなかった。
改めてシェイドは自分の中で特別なのだと自覚する。
ファインは込み上げる嬉しさを抑えられず、幸せに満ちた笑顔で言った。

「うん、分かった。アタシ、これからは気を付けるね。シェイドやレインを悲しませたくないから」
「俺もなるべく気を付ける。ファインやミルキーや母上に心配をかけさせる訳にはいかないからな」
「約束だよ」
「約束だ」

お互いに微笑みあってそれを約束の証にする。
同時に喧嘩してから今日までの間に抱えていた重荷がなくなってファインの心は羽が生えたように軽くなる。
それはシェイドも同じで、喧嘩によって生まれていた溝が緩やかに埋まっていくのを感じた。

「ファイン」
「うん?」
「今朝は酷い事を言ってすまなかった。言い訳に聞こえるかもしれないがあれは俺の本心じゃない」
「アタシが強盗団の件に気付きそうだったから言ったんだよね?」
「そうだ」
「なら、いいよ。シェイドは守ろうとしてくれたんだもん。アタシの方こそ冷たいって言ったり手を強く振り払ってごめんね」
「悪いのは全部俺だ。宝石の国のピースフルパーティーで強く手首を握ってすまなかった。あの後異常はなかったか?」
「しばらく痕が残ったかな」
「・・・すまない」
「いいよ、済んだ事は気にしない気にしない」

ね?と笑うファインにつられてシェイドも小さく笑みを浮かべる。
ファインの事を子供っぽいと思う事は何度かあったが、たまにこうして笑って過去の事をあっさり水に流す所は大人だと思う時がある。
自分もそこは見習おうと思う反面、まさかファインから学ぶ事があるなんて、と内心でシェイドは小さく笑った。

「手首、触っても平気か?」
「うん、いいよ」

許可を貰ってファインの右手に重ねていた左手を慎重に滑らせる。
そして金色のブレスレットを乗り越えて手首へ。
サラリと撫でた時にピクリと反応したが直後にクスクスと笑いを堪える声が聞こえたのでくすぐったかったのだろう。
それに安心して今度は優しく何度も撫でつけた。
謝るように、癒すように。

「シェイド、今日は強盗団や女王サソリから守ってくれてありがとう。凄く・・・嬉しかった」
「ああなった経緯は聞かないでやるがお前は無茶をし過ぎだ、全く・・・」
「えへへ・・・―――アタシ達、これで仲直りだね」
「ああ」

また二人で笑い合う。
少し前までは顔を合わせても睨み合ったり露骨に逸らしたりする事しか出来なかったからこうして笑い合えるのがお互いに嬉しかった。
ところが―――

「来るわよ!キスが!」

レインの声を潜めながらも抑えきれないはしゃいだ声が和やかな空気を醸していた二人の元に届く。

「「ん?」」

二人同時に横を向くとカーテンに分かりやすく浮かんでいる人影がそこにあった。
それも一人や二人ではない。
カーテンの下には大人数の足が見え、カーテンの隙間からは興味津々という色を隠そうとしない友人達の顔がチラホラと見えていた。

「えー?流石にここでキスは脈絡がないんじゃなくて?」
「そんな事ないわよ!仲直りのキスっていうのがあるじゃない!」
「こういうのは雰囲気と勢いだものね」
「ウフフ、ファインが一足早く大人の階段を登っちゃうのね」
「きっとファインもシェイド様も照れて報告しないだろうから二人に代わって私達がムーンマリア様とトゥルース様達に報告しなきゃね!」
「ムーンマリア様はともかくトゥルース様の反応がちょっとどうなるか怖いわね」
「バブ〜」
「トゥルース様になんと説明すれば良いやら・・・」

カーテンの隙間から漏れ聞こえるアルテッサ、レイン、ゴーチェル、リオーネ、ソフィー、ミルロ、ミルキーの楽しそうな声とプーモの頭を抱えたような声。

「ブライト、シェイドはキスすると思う?」
「どうだろう?シェイドってムッツリな気配がするし、やりそうな気もするけど今回は見送りそうな気がするなぁ」
「何を言いますか!師匠はやる時はやるお方です!」
「あ、じゃあ僕もキスする方に賭けますね」
「ガビーン!」

カーテン越しに聞こえるアウラー、ブライト、ティオ、ソロ、ナルロのはしゃぐような声。
それが意味するものを知ってファインは大量の冷や汗をかき、シェイドは半目になると手を離してツカツカとカーテンに歩み寄って思いっきり開いてやった。

『あ』
「何やってるんだ、お前ら」

思ってた通りの光景にシェイドは全力で呆れた視線を送る。
プリンセス並びにプリンス一同が立ち聞きとは何事か。
しかし誰一人として詫びるようなセリフは言わず、むしろ開き直って冷やかしてくる。
その第一人者がレインだった。

「また喧嘩になるんじゃないかと思って様子を見守ってたのよ〜!」
「百歩譲ってそれが真実だとして、途中で察してそっとしておこうと思わなかったのか」
「だって〜」
「まぁ、そんな殊勝な性格してたら姉妹揃ってもっともプリンセスらしくないプリンセスと呼ばれてないな」
「どういう意味よ!?」
「ほらほらレイン、皮肉屋の嫌味なプリンスシェイドなんかほっといてファインを冷やかしますわよ」
「あああああのちょっと!!?」

アルテッサがレインを手招きし、それに続いてプリンセス一同がファインを囲む。
絶体絶命のピンチに陥るファイン。

「み、みんなまさか・・・最初から見てたの?」
「見てたわよ。私は本当にファインがまたシェイドと喧嘩しないか心配してたんだけどそうこうしてる内にみんな集まって来ちゃったの」
「う・・・うわぁーーーーーん!!!」

脳内処理が追いつかずオーバーヒートを起こしたファインは本能に従って昼間の時と同じように手摺りに足をかけてバルコニーから飛び降りようとする。
が、そんなファインの片手をすかさずレインが掴んで素早く腕を絡ませる。

「ソフィー!ファインのそっちの腕を掴んで!」
「分かったわ!」
「ええー!?」

レインにお願いされてソフィーはノリノリでがっしりとファインの腕に自分の腕を絡ませる。
その力は思っていたよりも強く、容易に抜け出す事は適わない。
捕らえられた犯人宜しく、ファインは涙目になりながら命乞いのようなものをする。

「あ・・・や、優しく・・・して・・・?」
「さぁて、どうしましょうかしらねぇ?」
「私達、長い事ヒヤヒヤさせられたものね」
「タダで許すのは難しいわね」
「洗いざらい全部答えてくれないと割りに合わないわ」
「覚悟してね?ファイン」
「手加減はしないわよ!」

ニヤリと笑うアルテッサ、笑顔が逆に怖いミルロとリオーネ、さらっと容赦ない一言を放つハーニィ、珍しく味方してくれないレイン、全力で来る気満々のソフィー。
孤立無援、四面楚歌、意味は半分わかってないがそんな言葉がファインの頭に浮かぶ。

「い、イヤイヤイヤ〜ン!」

ファインの虚しい叫び声が白夜の空に響くのだった。

「バブ〜!」

一方、ナルロを乗せたミルキーは嬉しそうにシェイドの近くに飛んできた。

「ミルキー」
「バブバブ、バブ〜!バブブバァババブイバブバブ、バブバ〜!」
「そうか。今まで心配かけてすまなかったな」
「バブブイ。バブ、バブ〜!」
「程々にな」
「バブ〜!」
「ガビーン!」

ファインをからかってくると言い残してミルキーはナルロと共にプリンセスの輪に加わりに行く。
新たな増援が増えてファインが更に悲鳴を上げた気がしたがシェイドも忙しいので敢えてスルーを決め込む事にした。

「ねぇシェイド、僕達が邪魔しちゃったからアレだけどキスはするつもりだったのかい?」
「は?」
「あとファインにあげた花ってドリームシードで育てたやつだよね?どんな気持ちで育てたの?」
「ブライトサンバの詳細とそれに対する俺の感想を話してから語ってやるから待ってろ」
「ごはぁっ!!」

途端、ブライトは血を吐いて膝から崩れ落ちた。

「ま、またサンバネタを・・・!」
「覚えておけ、俺をからかう時はお前の黒歴史に風穴が空く時だ」

ブライトを見下ろすシェイドの瞳は氷よりも冷たかったという。
これによりブライトは、やはり不用意にシェイドをからかうべきではないと学ぶ。
シェイドをからかう事で与えられる精神的ダメージは僅かであり、その倍以上の精神的ダメージが自分に跳ね返ってくると。
つくづく容赦も隙もない友人だ。
しかし跳ね返しの余波はまだまだ続く。

「僕、正直ファインとのアレコレよりもブライトサンバの方が凄く気になるから是非とも教えてくれないか?」
「いいぞ」
「聞くなアウラー!!」
「ティオ、ブライトサンバの歌詞は覚えてるか?」
「勿論ですとも!このティオ、僭越ながら師匠とデュエットさせていただきますぞ!」
「シェイドのサポートしないでティオ!」
「今からティオと歌うからしっかり聴いておけよ」
「メモに取るのでどうぞ遠慮なく歌って下さい」
「メモに取らないでソロ!」

友人達に質問攻めにあうファインと、自分に向けられた照準を上手くブライトにスライドさせたシェイド。
そんなプリンセスとプリンスの輪でバルコニーはしばらく賑わうのだった。








「うぅ・・・みんな大嫌いだぁ・・・」

帰りの気球の中でファインは涙目になりながら膝を抱えてレインから離れた所に座っていた。
あの後散々質問攻めにされたり冷やかされたりして羞恥心だけで死ねると思った。
シェイドはブライトの黒歴史を容赦なく蒸し返すのに忙しくてこちらの様子に気付いていないのが幸いだったと言えようか。
もしも聞かれでもしたら星の泉に飛び込むのも辞さないつもりでいた。

「悪かったわよ、ファイン。ほら、こっちに来て?一緒に虹の花の蕾を見ましょう」

プリンセス総出の冷やかしタイムが終わった後、ファインは泣きながらミルキーとレインと共に月光宮に虹の花を迎えに行った。
流石に虐め過ぎたと反省したプリンセス達はシェイドの気がそちらに向かないようにとさりげなく注意を逸らす事に全力を注いでくれたのでそこは感謝するファインであった。
ファインは未だ目尻に涙を溜めながらも、すすす、とレインの隣に移動して同じように蕾を眺める。
蕾は小さく、閉じている花弁の外側の色は白い。
確か本では蕾が出来た段階では花弁の色は白く、次の工程で蕾を大きく膨らませると綺麗な虹色に色付いた写真が載せてあったと思う。
それを思い出して先程までの涙目から一転して花弁の色が虹色に染まる日を想像してファインは笑顔になる。
優しく、つん、と指で突っつけばファインの今の心と同じように期待や希望に弾んで蕾は小さくゆらゆらと揺れた。

「順調に育ってるわね」
「それもこれもレインやプーモやみんなが協力してくれてるお陰だよ!」
「ですが一番はシェイド様と喧嘩している間もずっとお世話をしていたファイン様の努力と愛情があってこそでプモ。投げ出さずにお世話し続けたのはとっても偉いでプモ」
「しかも今日やっとシェイドと仲直り出来たのよね。良かったわね、ファイン」
「うん!」
「あーあ、後は私がブライト様とのデートを取り付けられれば完璧だったのになぁ」
「レイン・・・」

溜息を吐くレインはパーティー会場で見せたような心の底から落胆したような様子はない。
だが残念な気持ちであるのに違いなかった。
それを感じ取ってファインも眉を下げるが、すぐにニッコリと笑顔を浮かべるとレインの手に自分の手を重ねた。

「あのさぁ、レイン。来週アタシとピクニックに行こう?」
「来週?今週も二人でチェリーグレイスを見に行くのに?」
「今週はチェリーグレイスを見て来週は散った後の木を見ようよ。ほら、新緑って綺麗だしワクワクするでしょ?」
「そうねぇ。本格的に春が来たっていう気持ちになるわね」
「でさ、レインとアタシとプーモでブライトをデートに誘う作戦を考えようよ!三人集まればもんじゃの知恵って言うでしょ?」
「それを言うなら文殊の知恵でプモ」
「あれ?そうだっけ?まぁいいや!だからさ、レイン。行こうよ?」
「ええ、行きましょう!」
「キャメロットにはアタシからサンドイッチを作ってくれるようにお願いするね。レインは何が食べたい?」
「うーん、やっぱりタマゴサンドは外せないわね。あと海老カツサンドとフルーツサンドかしら」
「タマゴと海老カツとフルーツサンドね。紅茶はダージリンでいい?」
「いいわよ」
「プーモは?何か食べたいものある?」
「僕もタマゴサンドが食べたいでプモ。2個ご用意していただければそれで十分でプモ」
「はーい」
「ウフフ、ピクニックが楽しみね!」
「うん!」

想いを寄せる人と仲直り出来たファインと、デートは叶わなくてもファインとピクニックの約束をしたレインの幸せそうな笑顔にプーモもつられて笑顔を浮かべる。
宝石の国のピースフルパーティーからの帰りの時と違ってプーモの気球を操作する手はとても軽いものであった。







第五章~月の国~ END
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