かくれんぼの魔女
「ねぇあれ、ブライト様とシェイドじゃないかしら?」
「え?」
豪華な料理を頬張るファインの隣で会場を眺めて雰囲気を楽しんでいたレインは女性の人だかりを見つけ、ファインにそう言った。
声をかけられたファインは食べていたケーキを咀嚼して飲み込むとレインが指差した人だかりに目を向けた。
沢山の女性が黄色い声を上げる中、その隙間からチラチラと見え隠れする紫色の髪。
誰かを探すように彷徨う夜の色の瞳はしかし次の瞬間、ファインの瞳を見た。
「っ!?」
驚いてファインは思わず一歩下がる。
「ファイン?どうしたの?」
「今・・・目、合ったかも・・・」
「嘘!?」
今度はレインが人だかりに目を向けるがシェイドの姿は既に沢山の女性の影で完全に隠れてしまっていた。
それよりも同じように沢山の女性に囲まれているブライトが気になった。
レインだって恋する乙女だ、最近はブライトとの距離が縮まってきているとはいえ、やはり女性に囲まれているのは面白くない。
ヤキモチを焼いて今すぐにでも駆け寄りたいがシンディーの『とっておきのご褒美』という魔法の言葉がレインをその場に縫い留める。
もしかしたら素敵なドレスやデコールが貰えるかもしれない。
そしたらそれを着てブライトとデートするのだ。
その想いがレインを冷静にさせ、特攻を思い止まらせる。
せめて顔だけでも、とブライトがいるであろう女性の人だかりを注意深く見つめている時だった。
「っ!?」
不意にルビー色の瞳と視線がかち合ってレインも思わず一歩下がってしまう。
「レイン?どうしたの?」
「私も・・・目、合っちゃったかも・・・ブライト様と・・・」
「嘘!?」
「本当よ」
「マズイよね」
「マズイわね」
「逃げる?」
「逃げる?」
「「逃げよう!!」」
ファインは持っていた皿とフォークをテーブルの上に置くとレインと共にその場を離れた。
(あら、始まったみたいね)
少し離れたテーブルでミートローフを食べていたシンディーは二人の異変を察知すると口元を緩めた。
どうやら二人の王子に気付かれたようだ。
対するこちらの王子はというと、寄って来る招待客の女性を苦労しながらあしらいつつこちらのテーブルに足を向けようとしている所だった。
(ケーキを食べてからでも遅くないわね)
本当はもっと食べていたかったが仕方ない。
シンディーは切り分けられたケーキを一つ皿に乗せるとそれを心行くまで味わうのであった。
「今、ファインと目が合った・・・気がした」
「偶然だね。僕もレインと目が合った気がしたよ」
女性陣に囲まれながらシェイドとブライトはそう溢し合った。
目立つ赤い髪を探して人だかりの中から料理テーブルに視線を送っていたら一瞬だけ赤い瞳と目が合った気がした。
気がした、というのは瞬きをした瞬間にそれは他の招待客の影に隠れて見えなくなってしまったからだ。
ブライトの方もそれは同じで、レインの事だからきっとファインの近くにいるだろうと当たりをつけて料理テーブルの周りに注意深く視線を送っていた。
するとエメラルドグリーンの瞳と視線がかち合った気がしたのだ。
次の瞬間には見失ってしまったけれどきっと間違いではない筈。
「レインもファインももう逃げちゃったかな?」
「恐らくな。だが俺に作戦がある」
「どんなの?」
「単純なあの二人の事だ。俺達と目が合ったと気付いた後は二人してそのまま真っ直ぐ出入口の扉の方へ一旦行く筈だ」
「うんうん、それで?」
「その後は二人一緒に行動するか二手に別れるかは分からないがどちらにしてもここや料理が置かれてる中央には戻ってこないだろう。そうなると外周を人混みに紛れながら移動する筈だ。そこで俺とお前で同じように二人の経路を辿り、その後は二手に別れて外周を歩いて二人を追い詰めるんだ」
「なるほど、挟み撃ちって訳だね。分かったよ、それでいこう」
「よし、作戦開始だ」
ブライトは頷くとシェイドと共に女性陣たちを上手くあしらいながらホールの中央から出入り口の扉に向かって歩き始めた。
出入口付近まで逃げて来たファインとレインは作戦を立てていた。
「流石に出る訳には行かないよね」
「そうね。シンディーさんに黙って外に出る訳にはいかないわ。このまま二人一緒にいたらいっぺんに捕まえる可能性があるから二手に別れましょう」
「分かった!気を付けてね、レイン!」
「ファインもね!」
「「それじゃ!!」」
二人はハイタッチをするとファインは出入口を正面に向かって左側を、レインは向かって右側の外周を人混みに紛れながら移動する事にした。
(うぅ・・・ケーキもっと食べたかったぁ・・・)
何段も積み重なっているイチゴのケーキは今も尚料理テーブルの上にそびえたっており、ファインの空腹を誘う。
でも近付いてしまえばきっとシェイドに捕まってしまうだろう。
自分の行動パターンは把握されているから流石のファインも涙を呑んでなんとか自制をする。
これもシンディー曰く『とっておきのご褒美』の為。
そこに―――
(シェイド、そこまで来てる・・・!)
勘の鋭いファインはシェイドの気配を察知するとまた別の集団の影へと移動を開始した。
チラリと様子を窺ってみるとシェイドは自分を探して注意深く視線をあちらこちらに送っているようだった。
こちらの位置は正確には把握出来ていないのだろうがそれでも着実に歩を進めてきている。
このまま集団の影に身を潜めてやり過ごすという考えが頭を過ったがシェイドもシェイドで勘が良い、きっと誤魔化される事なく見つけてくるだろう。
そう考えると留まるのではなく移動を続けた方がまだマシだと判断し、ファインは再び次の集団の影へと移動を開始した。
(これがかくれんぼの魔女の力って奴か)
辺りを注意深く見回しながらシェイドはアッドの言葉を思い出す。
ミラード国へ移動している最中にアッドが言ったのはファインとレインはかくれんぼの魔女に魔法をかけられて見つかりにくくなっているかもしれないとの事だった。
なんとなく予想は出来ていたし、実際そうであった事もあってシェイドは特別驚きはしなかった。
しかしそれとは別に何と厄介な魔法なのだろうと軽く溜息を吐く。
何となくファインの気配がする。
チラチラと白いドレスを着た少女が見え隠れしている。
一瞬だけ白いベールに覆われた赤い髪が見える。
しかしどれもこれも一瞬の出来事で錯覚なのではないかと己を疑ってしまいそうになるほど朧げだった。
試しに周りの招待客に尋ねてみても「見なかったよ?」「見たような見なかったような・・・」などという要領を得ない回答が返ってきてやはり目撃証言など当てにならないと判断した。
ならば自分の勘を頼りにするしかない。
そう思ってシェイドは歩みを止めないままファインを探し続けた。
ファインは運動神経が良く、勘も鋭い。
恐らくこちらの動きをいち早く察知して素早く移動して逃げている事だろう。
(面白い)
シェイドは心の中でニヤリと笑うとファインとの鬼ごっこを楽しみ始めた。
(ファイン、大丈夫かしら?)
離れた所からレインはファインがちゃんと逃げられているか気にしていた。
幸いシンディーの魔法は魔法がかかっている者同士には効かないようで、レインは遠くからでもファインの姿が視認出来ていた。
今現在、ファインは料理テーブルに熱視線を送っているようだった。
(我慢よファイン!そうよ、我慢よ!!)
心の中でファインを叱咤激励するレイン。
しかし―――
「失礼、今人を探していまして」
(ブライト様!!)
爽やかで透き通るような声を近くに聴いてレインは肩を跳ね上がらせると慌ててその場を離れて次の集団の影に隠れた。
ファインの事も心配だが自分の心配もしなくては。
レインは影から僅かに顔を出すとブライトの動向を窺った。
ブライトはまだレインの正確な位置は捉えられていないようで、あちこちに視線を彷徨わせて探していた。
しかし足は止めておらず、じりじりと距離を詰められているのも確かだった。
大好きな明るいあの声で「レイン」なんて呼ばれてしまってはきっと自分は足を止めて振り返り、同じようにブライトの名を呼んでしまうだろう。
それを危惧してレインは耳を塞ぎ、次の集団の影へと移動を開始した。
これもシンディー曰く『とっておきのご褒美』の為。
花だったら飾ってお茶会に誘いたい。
ドレスやデコールだったらそれを着てパーティーに参加して踊りたい。
そう、他の誰でもないブライトと。
その為にもレインは心を鬼にするのだった。
(いる気配はするんだけどなぁ)
レインを探してホールの外周を彷徨い歩きながらブライトは心の中でぼやく。
先程からレインの気配はしていて、視界にチラチラと白いドレスと白いベールに覆われた青くて美しい髪を見かける。
しかしそれは一瞬の出来事で自分は幻でも見ているのではないかと思わずにはいられなかった。
けれど自分の中のもう一人の自分が告げていた、これは幻ではないと。
根拠はないがそれでも幻ではないと言い切れるのは一重にレインへの想いからだった。
嘘偽りのないこの想いが自分をレインへと導いてくれる。
ブライトはそう信じて歩みを止めなかった。
(どこに行ったって必ず捕まえてみせるよ、レイン)
強い決意を胸にブライトはレインの影を追いかけるのだった。
「レイン!」
「ファイン!」
シェイドとブライトの追跡から逃げていた二人はとうとう出入口とは正反対の地点で合流してしまう。
「どうする?」
「どうする?」
「どうしよう?」
「どうしよう?」
ファインの背後からはシェイドが、レインの背後からはブライトが迫ってくるのを二人は背中から感じ取る。
そこでレインが知恵を振り絞って苦肉の策を提案した。
「ファイン、心苦しいけれどあの集団に紛れ込むわよ!」
そう言ってレインが指差したのは複数人の女性が歓談している集団の輪だった。
「ええっ!?あそこに!!?」
「そうよ!ブライト様とシェイドを撒くにはあそこに飛び込むしかないわ!」
「でもでもレイン!胸が凄くチクチクってするよ!?」
「私だって痛いわ!でもこれもシンディーさんの言ってた『とっておきのご褒美』の為よ!ほら、私の手を握って!痛いのも辛いのも分け合えば少しは楽になるわ!」
瞳に辛そうに涙を称えながらもレインは気丈にもファインに手を差し出す。
それがとても心強くて頼もしくて、ファインは「うん!」と頷いて力強くその手を握った。
「行くわよ、ファイン!」
「行くよ、レイン!」
お互いの名前を呼びながらレインとファインは複数の女性の集団の輪に飛び込むのだった。
「―――ファイン!」
ブライトの耳にレインの凛とした声が届く。
「―――レイン!」
シェイドの耳にファインの強い声が届く。
「レイン!?」
「ファイン!?」
二人はハッとするとそれぞれにふたご姫の声がした方に駆け寄る。
そして目を向けると白いドレスと白いベールを被って手を繋ぐふたご姫の姿をハッキリと捉えた。
「待ってくれ!」
「待て!」
逃げるふたご姫を追いかけようとした途端、ブライトとシェイドの存在に気付いた女性の集団が二人を瞬く間に取り囲んだ。
またしても行く道を黄色い声に阻まれてシェイドはげんなりとする。
「やられたな・・・」
「恐らくレインの作戦だろうね。レインは頭がいいから」
ブライトが苦笑を浮かべる。
さて、この集団をどうやり過ごしたものか。
「うぅ・・・胸が痛いよぅ・・・」
「痛いわ・・・とっても痛いわ・・・」
背中に聞こえてくるシェイドとブライトへの黄色い声、ダンスの申し出、お誘い。
二人は涙目になりながら自分の胸を片手で抑える。
けれどダメージはそれだけに留める事が出来た。
それもこれも全部―――
「でも・・・ありがとう、レイン。レインが手を繋いでくれてたお陰で胸が強く痛まなかったよ」
「私の方こそ手を離さないでいてくれてありがとう、ファイン。ファインがいてくれたお陰で泣かなくて済んだわ」
二人一緒にいたから。
一緒だったからこそヤキモチや嫉妬からくる胸の痛みに耐えられる事が出来た。
ファインとレインはお互いの手を強く握り合うと笑顔を向け合った。
「3、2、1、0!」
姉妹の絆を実感している所にシンディーが現れ、カウントダウンを始める。
すると0になったタイミングでお城の鐘が大きく鳴り響いた。
その音に二人はハッとなってシンディーを見上げ、シンディーはニッコリと微笑みを返した。
「ファイン、レイン、お疲れ様。前半戦は貴女たちの勝ちよ」
「「本当ですか!?」」
「ええ。さぁ、私の家に帰って後半戦の開始よ」
「「はーい!!」」
二人は元気よく返事をするとシンディーの後について行ってダンスホールを後にした。
「ご歓談中の所申し訳ございません。彼らと打ち合わせをしなければならないのでこれにて失礼させていただきます」
シェイドとブライトが女性の集団に手を焼いているとアッドが気を利かせて二人を強引に集団の輪から連れ出した。
「すまない、助かった」
「いや、いいんだ。それよりその様子だと知り合いの子は捕まえられなかったみたいだね」
「後もう少しの所だったんだけどレディたちに阻まれてしまって・・・」
「そうか。僕も魔女さんを探してたんだけど見つけられなかったんだ・・・だが、それよりも0時になった。何となくだけど魔女さんが帰ろうとしていると思うんだ。これからホールを出て外に行くけど勿論キミたちも行くだろう?」
「ああ」
「何となくだけど僕達も二人がここを離れる気がしているんだ」
「よし、じゃあ早速向かうとしよう」
シェイドとブライトは頷くとアッドと共にダンスホールを後にした。
そして出入り口を抜けてすぐのこと。
「ウフフ!」
「「わーいわーい!!」
涼やかな女性の声と元気な二人の少女の声がエントランスホールに響き渡る。
パーティー中という事もあり、エントランスホールに人影は殆どなく、遮るものは何もなかった。
だからだろう、三人は美しい女性と可愛らしいふたごのプリンセスをその目に捉える事が出来た。
白のドレスやベールのせいで光を受けてぼんやりとしていたがその後ろ姿は間違いなく三人の求める女性そのもので。
「魔女さん!」
「ファイン!」
「レイン!」
アッドたちが呼び止めるも三人は振り向かずにそのままエントランスホールを出て行ってしまった。
「追いかけるぞ!」
「うん!」
「待って魔女さん!」
一斉に駆け出して行く三人。
しかし階段を駆け降りてエントランスホールを出て行く頃には既にカボチャの馬車が出発した後でその姿は遠くの闇に消え入りそうだった。
「馬車が行ってしまう・・・!」
「馬を用意した!追いかけよう!」
アッドの用意した馬にシェイドとブライトは素早く跨る。
アッドは栗毛、シェイドは黒、ブライトは白の馬だ。
三人は馬を嘶かせると闇世の中を馬車を追いかけて走らせた。
梟の金色の瞳が浮かび上がる程の暗闇の中、けたたましく馬の蹄の音を鳴らして三人はカボチャの馬車の薄ぼんやりとした儚い光を目指す。
馬車は街の外れを走行しているようで、辺りの景色は真っ暗な森しかなかった。
「わ、追いかけて来てる!」
馬車の窓から僅かに顔を出したファインが遠くから聞こえる馬の蹄の音と小さな三つの粒を見て驚く。
同じようにレインも窓から顔を出して確認すると「本当だわ!」と慌てた。
これらに対してシンディーは至極落ち着き払った態度で言い放つ。
「心配しなくても平気よ。あっちもやっとの思いで追いかけているだろうから。それよりも後半戦の補足説明をするわね」
「「補足説明?」」
「私の家では何をしてもいいわ。物を動かしてもいいし使ってもいいし棚でも何でも開けて隠れられそうな所には入っていいし走り回ってもいい。散らかしてくれても全然構わないわ。でも、どうしても逃げられないと思ったら一階の裏庭に来なさい。そこが最後の砦になるわ」
「最後の・・・?」
「砦・・・?」
「なるべくならギリギリまで粘ってから来てね。その方が面白いから」
ニッコリ微笑んで告げるシンディーにファインとレインはまたしても心の中で『シンディーさんってやっぱりドSだな』と呟くのだった。
だが、そこで二人はある事を思い出して顔を見合わせる。
「でもシンディーさんのお家って・・・」
「一階建てよね?」
シンディーの住処は森の奥にある一階建ての古い小屋だ。
しかし先程のシンディーの口ぶりだとまるで他にも階層があるような言い方だった。
地下があるという意味でもなさそうで、二人は首を傾げるばかり。
それに対してシンディーは笑顔で一言。
「着いたら教えてあげるわね」
「馬車の光が!」
「消えた・・・?」
馬車を追いかけ続けていた三人だったが途中で目印にしていた馬車の光がポッと立ち消えてしまう。
「車輪の跡はまだ続いている!とにかく終点まで走るぞ!」
アッドとブライトが狼狽えているとシェイドが叱咤するように力強く言い放った。
その言葉に二人は強く頷くと暗闇に慣れてきた目で注意深く馬車の車輪の跡に気を配った。
それからどれだけか走った頃。
車輪の終点と共に三人は一軒の古びた小屋の前に到着した。
小屋からは人が住んでいるような気配はなく、如何にも廃屋といった雰囲気を醸し出していた。
アッドは馬から降りると小屋の扉を叩いた。
「夜分遅くに申し訳ない。どなたかいるだろうか?」
すると小屋の扉が開いて中から一人の老婆が姿を現した。
「おやおや、これはプリンスアッド様ではありませぬか。このような辺鄙な土地に住まう老婆に何用でございましょうか?」
「ご婦人、夜分遅くに申し訳ない。こちらに女性とふたごのプリンセスが来なかっただろうか?」
「さぁどうだろうねぇ。来たかもしれないし、来なかったかもしれない。好きなように探してくれて構わないよ」
どうぞ、と言って老婆は扉の横に立つとアッドたちを中に通した。
まるで全てを見透かしたような老婆の態度に三人は警戒しながらも老婆の言葉に甘えて小屋の中の捜索を始める。
小屋の中は見た目の通り狭くスペースはそれ程広くはなかった。
まさに老婆一人で住むには十分の大きさと言えるだろう。
そんな中、ブライトがキッチンである物を見つけてシェイドを呼ぶ。
「シェイド、こっちに来てくれないか」
「何かあったか?」
「このカボチャ、レインとファインが乗っていた馬車と似てないか?大きさは違うけど形が似てると思うんだ」
キッチンに置かれていたカボチャを指してブライトが尋ねる。
シェイドもそのカボチャを注意深く観察すると「そうだな」と同意をした。
大きさこそ違えど形状はロイヤルワンダープラネットで見たそれと同じだった。
「だがかくれんぼの魔女は若い女性だっただろ?ここに住んでるのは老婆が一人だ」
「どこかに隠れてるとか?」
「こんな小さな家にか?」
「二人共、こっちに来てくれ!」
アッドの驚くような声を聞いてブライトとシェイドはすぐに近くに駆け寄った。
「どうした、アッド」
「何かあったのかい?」
「見てくれ、この扉の向こう側が・・・!」
そう言ってアッドが扉を開け放つと一瞬眩い光が差し込み、ブライトとシェイドは目を細める。
そしてすぐに光が弱まって扉の向こうに目を凝らすと、そこには今の小屋とは比べ物にならないくらい豪華で広くて掃除が隅々まで行き届いている屋敷が広がっていた。
その光景に流石のブライトもシェイドも呆気に取られる。
「屋敷が・・・!」
「これも魔法なのか?」
「左様でございます」
驚いていると先程の老婆が真後ろに立っていた。
三人が振り返ると老婆は口元を緩めて語り始める。
「この先に広がるお屋敷はご主人様がお造りになった空間。この空間にご主人様と可愛らしいふたごのプリンセス様はいらっしゃいます」
「魔女さんたちが?」
「ですがご存知の通り、ご主人様もプリンセス様たちもお隠れになっております。見つけてお捕まえにならない限り夜明けになるまでずっとお逃げになられるでしょうね。屋敷の中の物は何を使っても構いませんし、散らかしていただいても構いません。お好きなようにお使いいただきご主人様とプリンセス様をお捕まえになって下さい」
「夜明けまでに捕まえられなかったらどうなるんだ?」
「ホッホッホッ、それまでのお話でございます。見つけられず捕まえられずご主人様のお情けでプリンセス様をお返しいただいたという不名誉が貴方がたの胸に残るだけでございます」
シェイドの問いに愉快そうにしわがれた声で答える老婆にシェイドとブライトの片眉がピクリと動く。
口調は丁寧なものの、明確に煽られた事に変わりはない。
二人のただならぬオーラにアッドは気圧されて慌てて老婆を諫める。
「こ、こら!この二人は私の友人だぞ!」
「木偶人形であるこの老婆めには関係ありませぬ。私めの主はいつの時もご主人様ただ一人。さぁ、無駄話はここまでにして追いかけたら如何ですかな?プリンセス様方とご主人様がお待ちかねですよ」
「言われなくてもこれから行くつもりだ」
「絶対に捕まえるよ」
「ホッホッホッ、左様でございますか。では最後にアッド様。一つお伝えせねばならぬ事があります」
「な、何だ?」
「アッド様はご主人様のお名前を探し当てる必要があります。このお屋敷のどこかにいるご主人様を見つけ、ご主人様のお名前をお呼びする事でアッド様はご主人様を捕まえた事になります」
「魔女さんの名前を・・・?」
「ふたごのプリンセス様はもう知っておられますがそちらの二人のプリンスに追いかけられて聞き出すどころではなくなるでしょう。なので地道にご主人様のお名前を探す事をお勧め致します」
「・・・分かった。進言、感謝する」
「では、プリンスの皆様方。ご健闘を祈っておりますよ」
老婆は微笑むと突然ボンッという破裂音と共に煙に包まれ、小さな木の人形に姿を変えた。
驚く三人だったが、先に冷静さを取り戻したシェイドがそれを見下ろして呟く。
「木偶人形と言っていたがそういう意味だったのか」
「魔法をかけられた人形だったんだね」
「それよりも早く屋敷の中を探そう!夜明けまでまだ時間があるとはいえ、悠長にしてはいられない!行こう!」
アッドの言葉にシェイドもブライトも頷き、悪戯好きなふたごのプリンセスを探し求めて魔法の空間に足を踏み入れるのだった。
「え?」
豪華な料理を頬張るファインの隣で会場を眺めて雰囲気を楽しんでいたレインは女性の人だかりを見つけ、ファインにそう言った。
声をかけられたファインは食べていたケーキを咀嚼して飲み込むとレインが指差した人だかりに目を向けた。
沢山の女性が黄色い声を上げる中、その隙間からチラチラと見え隠れする紫色の髪。
誰かを探すように彷徨う夜の色の瞳はしかし次の瞬間、ファインの瞳を見た。
「っ!?」
驚いてファインは思わず一歩下がる。
「ファイン?どうしたの?」
「今・・・目、合ったかも・・・」
「嘘!?」
今度はレインが人だかりに目を向けるがシェイドの姿は既に沢山の女性の影で完全に隠れてしまっていた。
それよりも同じように沢山の女性に囲まれているブライトが気になった。
レインだって恋する乙女だ、最近はブライトとの距離が縮まってきているとはいえ、やはり女性に囲まれているのは面白くない。
ヤキモチを焼いて今すぐにでも駆け寄りたいがシンディーの『とっておきのご褒美』という魔法の言葉がレインをその場に縫い留める。
もしかしたら素敵なドレスやデコールが貰えるかもしれない。
そしたらそれを着てブライトとデートするのだ。
その想いがレインを冷静にさせ、特攻を思い止まらせる。
せめて顔だけでも、とブライトがいるであろう女性の人だかりを注意深く見つめている時だった。
「っ!?」
不意にルビー色の瞳と視線がかち合ってレインも思わず一歩下がってしまう。
「レイン?どうしたの?」
「私も・・・目、合っちゃったかも・・・ブライト様と・・・」
「嘘!?」
「本当よ」
「マズイよね」
「マズイわね」
「逃げる?」
「逃げる?」
「「逃げよう!!」」
ファインは持っていた皿とフォークをテーブルの上に置くとレインと共にその場を離れた。
(あら、始まったみたいね)
少し離れたテーブルでミートローフを食べていたシンディーは二人の異変を察知すると口元を緩めた。
どうやら二人の王子に気付かれたようだ。
対するこちらの王子はというと、寄って来る招待客の女性を苦労しながらあしらいつつこちらのテーブルに足を向けようとしている所だった。
(ケーキを食べてからでも遅くないわね)
本当はもっと食べていたかったが仕方ない。
シンディーは切り分けられたケーキを一つ皿に乗せるとそれを心行くまで味わうのであった。
「今、ファインと目が合った・・・気がした」
「偶然だね。僕もレインと目が合った気がしたよ」
女性陣に囲まれながらシェイドとブライトはそう溢し合った。
目立つ赤い髪を探して人だかりの中から料理テーブルに視線を送っていたら一瞬だけ赤い瞳と目が合った気がした。
気がした、というのは瞬きをした瞬間にそれは他の招待客の影に隠れて見えなくなってしまったからだ。
ブライトの方もそれは同じで、レインの事だからきっとファインの近くにいるだろうと当たりをつけて料理テーブルの周りに注意深く視線を送っていた。
するとエメラルドグリーンの瞳と視線がかち合った気がしたのだ。
次の瞬間には見失ってしまったけれどきっと間違いではない筈。
「レインもファインももう逃げちゃったかな?」
「恐らくな。だが俺に作戦がある」
「どんなの?」
「単純なあの二人の事だ。俺達と目が合ったと気付いた後は二人してそのまま真っ直ぐ出入口の扉の方へ一旦行く筈だ」
「うんうん、それで?」
「その後は二人一緒に行動するか二手に別れるかは分からないがどちらにしてもここや料理が置かれてる中央には戻ってこないだろう。そうなると外周を人混みに紛れながら移動する筈だ。そこで俺とお前で同じように二人の経路を辿り、その後は二手に別れて外周を歩いて二人を追い詰めるんだ」
「なるほど、挟み撃ちって訳だね。分かったよ、それでいこう」
「よし、作戦開始だ」
ブライトは頷くとシェイドと共に女性陣たちを上手くあしらいながらホールの中央から出入り口の扉に向かって歩き始めた。
出入口付近まで逃げて来たファインとレインは作戦を立てていた。
「流石に出る訳には行かないよね」
「そうね。シンディーさんに黙って外に出る訳にはいかないわ。このまま二人一緒にいたらいっぺんに捕まえる可能性があるから二手に別れましょう」
「分かった!気を付けてね、レイン!」
「ファインもね!」
「「それじゃ!!」」
二人はハイタッチをするとファインは出入口を正面に向かって左側を、レインは向かって右側の外周を人混みに紛れながら移動する事にした。
(うぅ・・・ケーキもっと食べたかったぁ・・・)
何段も積み重なっているイチゴのケーキは今も尚料理テーブルの上にそびえたっており、ファインの空腹を誘う。
でも近付いてしまえばきっとシェイドに捕まってしまうだろう。
自分の行動パターンは把握されているから流石のファインも涙を呑んでなんとか自制をする。
これもシンディー曰く『とっておきのご褒美』の為。
そこに―――
(シェイド、そこまで来てる・・・!)
勘の鋭いファインはシェイドの気配を察知するとまた別の集団の影へと移動を開始した。
チラリと様子を窺ってみるとシェイドは自分を探して注意深く視線をあちらこちらに送っているようだった。
こちらの位置は正確には把握出来ていないのだろうがそれでも着実に歩を進めてきている。
このまま集団の影に身を潜めてやり過ごすという考えが頭を過ったがシェイドもシェイドで勘が良い、きっと誤魔化される事なく見つけてくるだろう。
そう考えると留まるのではなく移動を続けた方がまだマシだと判断し、ファインは再び次の集団の影へと移動を開始した。
(これがかくれんぼの魔女の力って奴か)
辺りを注意深く見回しながらシェイドはアッドの言葉を思い出す。
ミラード国へ移動している最中にアッドが言ったのはファインとレインはかくれんぼの魔女に魔法をかけられて見つかりにくくなっているかもしれないとの事だった。
なんとなく予想は出来ていたし、実際そうであった事もあってシェイドは特別驚きはしなかった。
しかしそれとは別に何と厄介な魔法なのだろうと軽く溜息を吐く。
何となくファインの気配がする。
チラチラと白いドレスを着た少女が見え隠れしている。
一瞬だけ白いベールに覆われた赤い髪が見える。
しかしどれもこれも一瞬の出来事で錯覚なのではないかと己を疑ってしまいそうになるほど朧げだった。
試しに周りの招待客に尋ねてみても「見なかったよ?」「見たような見なかったような・・・」などという要領を得ない回答が返ってきてやはり目撃証言など当てにならないと判断した。
ならば自分の勘を頼りにするしかない。
そう思ってシェイドは歩みを止めないままファインを探し続けた。
ファインは運動神経が良く、勘も鋭い。
恐らくこちらの動きをいち早く察知して素早く移動して逃げている事だろう。
(面白い)
シェイドは心の中でニヤリと笑うとファインとの鬼ごっこを楽しみ始めた。
(ファイン、大丈夫かしら?)
離れた所からレインはファインがちゃんと逃げられているか気にしていた。
幸いシンディーの魔法は魔法がかかっている者同士には効かないようで、レインは遠くからでもファインの姿が視認出来ていた。
今現在、ファインは料理テーブルに熱視線を送っているようだった。
(我慢よファイン!そうよ、我慢よ!!)
心の中でファインを叱咤激励するレイン。
しかし―――
「失礼、今人を探していまして」
(ブライト様!!)
爽やかで透き通るような声を近くに聴いてレインは肩を跳ね上がらせると慌ててその場を離れて次の集団の影に隠れた。
ファインの事も心配だが自分の心配もしなくては。
レインは影から僅かに顔を出すとブライトの動向を窺った。
ブライトはまだレインの正確な位置は捉えられていないようで、あちこちに視線を彷徨わせて探していた。
しかし足は止めておらず、じりじりと距離を詰められているのも確かだった。
大好きな明るいあの声で「レイン」なんて呼ばれてしまってはきっと自分は足を止めて振り返り、同じようにブライトの名を呼んでしまうだろう。
それを危惧してレインは耳を塞ぎ、次の集団の影へと移動を開始した。
これもシンディー曰く『とっておきのご褒美』の為。
花だったら飾ってお茶会に誘いたい。
ドレスやデコールだったらそれを着てパーティーに参加して踊りたい。
そう、他の誰でもないブライトと。
その為にもレインは心を鬼にするのだった。
(いる気配はするんだけどなぁ)
レインを探してホールの外周を彷徨い歩きながらブライトは心の中でぼやく。
先程からレインの気配はしていて、視界にチラチラと白いドレスと白いベールに覆われた青くて美しい髪を見かける。
しかしそれは一瞬の出来事で自分は幻でも見ているのではないかと思わずにはいられなかった。
けれど自分の中のもう一人の自分が告げていた、これは幻ではないと。
根拠はないがそれでも幻ではないと言い切れるのは一重にレインへの想いからだった。
嘘偽りのないこの想いが自分をレインへと導いてくれる。
ブライトはそう信じて歩みを止めなかった。
(どこに行ったって必ず捕まえてみせるよ、レイン)
強い決意を胸にブライトはレインの影を追いかけるのだった。
「レイン!」
「ファイン!」
シェイドとブライトの追跡から逃げていた二人はとうとう出入口とは正反対の地点で合流してしまう。
「どうする?」
「どうする?」
「どうしよう?」
「どうしよう?」
ファインの背後からはシェイドが、レインの背後からはブライトが迫ってくるのを二人は背中から感じ取る。
そこでレインが知恵を振り絞って苦肉の策を提案した。
「ファイン、心苦しいけれどあの集団に紛れ込むわよ!」
そう言ってレインが指差したのは複数人の女性が歓談している集団の輪だった。
「ええっ!?あそこに!!?」
「そうよ!ブライト様とシェイドを撒くにはあそこに飛び込むしかないわ!」
「でもでもレイン!胸が凄くチクチクってするよ!?」
「私だって痛いわ!でもこれもシンディーさんの言ってた『とっておきのご褒美』の為よ!ほら、私の手を握って!痛いのも辛いのも分け合えば少しは楽になるわ!」
瞳に辛そうに涙を称えながらもレインは気丈にもファインに手を差し出す。
それがとても心強くて頼もしくて、ファインは「うん!」と頷いて力強くその手を握った。
「行くわよ、ファイン!」
「行くよ、レイン!」
お互いの名前を呼びながらレインとファインは複数の女性の集団の輪に飛び込むのだった。
「―――ファイン!」
ブライトの耳にレインの凛とした声が届く。
「―――レイン!」
シェイドの耳にファインの強い声が届く。
「レイン!?」
「ファイン!?」
二人はハッとするとそれぞれにふたご姫の声がした方に駆け寄る。
そして目を向けると白いドレスと白いベールを被って手を繋ぐふたご姫の姿をハッキリと捉えた。
「待ってくれ!」
「待て!」
逃げるふたご姫を追いかけようとした途端、ブライトとシェイドの存在に気付いた女性の集団が二人を瞬く間に取り囲んだ。
またしても行く道を黄色い声に阻まれてシェイドはげんなりとする。
「やられたな・・・」
「恐らくレインの作戦だろうね。レインは頭がいいから」
ブライトが苦笑を浮かべる。
さて、この集団をどうやり過ごしたものか。
「うぅ・・・胸が痛いよぅ・・・」
「痛いわ・・・とっても痛いわ・・・」
背中に聞こえてくるシェイドとブライトへの黄色い声、ダンスの申し出、お誘い。
二人は涙目になりながら自分の胸を片手で抑える。
けれどダメージはそれだけに留める事が出来た。
それもこれも全部―――
「でも・・・ありがとう、レイン。レインが手を繋いでくれてたお陰で胸が強く痛まなかったよ」
「私の方こそ手を離さないでいてくれてありがとう、ファイン。ファインがいてくれたお陰で泣かなくて済んだわ」
二人一緒にいたから。
一緒だったからこそヤキモチや嫉妬からくる胸の痛みに耐えられる事が出来た。
ファインとレインはお互いの手を強く握り合うと笑顔を向け合った。
「3、2、1、0!」
姉妹の絆を実感している所にシンディーが現れ、カウントダウンを始める。
すると0になったタイミングでお城の鐘が大きく鳴り響いた。
その音に二人はハッとなってシンディーを見上げ、シンディーはニッコリと微笑みを返した。
「ファイン、レイン、お疲れ様。前半戦は貴女たちの勝ちよ」
「「本当ですか!?」」
「ええ。さぁ、私の家に帰って後半戦の開始よ」
「「はーい!!」」
二人は元気よく返事をするとシンディーの後について行ってダンスホールを後にした。
「ご歓談中の所申し訳ございません。彼らと打ち合わせをしなければならないのでこれにて失礼させていただきます」
シェイドとブライトが女性の集団に手を焼いているとアッドが気を利かせて二人を強引に集団の輪から連れ出した。
「すまない、助かった」
「いや、いいんだ。それよりその様子だと知り合いの子は捕まえられなかったみたいだね」
「後もう少しの所だったんだけどレディたちに阻まれてしまって・・・」
「そうか。僕も魔女さんを探してたんだけど見つけられなかったんだ・・・だが、それよりも0時になった。何となくだけど魔女さんが帰ろうとしていると思うんだ。これからホールを出て外に行くけど勿論キミたちも行くだろう?」
「ああ」
「何となくだけど僕達も二人がここを離れる気がしているんだ」
「よし、じゃあ早速向かうとしよう」
シェイドとブライトは頷くとアッドと共にダンスホールを後にした。
そして出入り口を抜けてすぐのこと。
「ウフフ!」
「「わーいわーい!!」
涼やかな女性の声と元気な二人の少女の声がエントランスホールに響き渡る。
パーティー中という事もあり、エントランスホールに人影は殆どなく、遮るものは何もなかった。
だからだろう、三人は美しい女性と可愛らしいふたごのプリンセスをその目に捉える事が出来た。
白のドレスやベールのせいで光を受けてぼんやりとしていたがその後ろ姿は間違いなく三人の求める女性そのもので。
「魔女さん!」
「ファイン!」
「レイン!」
アッドたちが呼び止めるも三人は振り向かずにそのままエントランスホールを出て行ってしまった。
「追いかけるぞ!」
「うん!」
「待って魔女さん!」
一斉に駆け出して行く三人。
しかし階段を駆け降りてエントランスホールを出て行く頃には既にカボチャの馬車が出発した後でその姿は遠くの闇に消え入りそうだった。
「馬車が行ってしまう・・・!」
「馬を用意した!追いかけよう!」
アッドの用意した馬にシェイドとブライトは素早く跨る。
アッドは栗毛、シェイドは黒、ブライトは白の馬だ。
三人は馬を嘶かせると闇世の中を馬車を追いかけて走らせた。
梟の金色の瞳が浮かび上がる程の暗闇の中、けたたましく馬の蹄の音を鳴らして三人はカボチャの馬車の薄ぼんやりとした儚い光を目指す。
馬車は街の外れを走行しているようで、辺りの景色は真っ暗な森しかなかった。
「わ、追いかけて来てる!」
馬車の窓から僅かに顔を出したファインが遠くから聞こえる馬の蹄の音と小さな三つの粒を見て驚く。
同じようにレインも窓から顔を出して確認すると「本当だわ!」と慌てた。
これらに対してシンディーは至極落ち着き払った態度で言い放つ。
「心配しなくても平気よ。あっちもやっとの思いで追いかけているだろうから。それよりも後半戦の補足説明をするわね」
「「補足説明?」」
「私の家では何をしてもいいわ。物を動かしてもいいし使ってもいいし棚でも何でも開けて隠れられそうな所には入っていいし走り回ってもいい。散らかしてくれても全然構わないわ。でも、どうしても逃げられないと思ったら一階の裏庭に来なさい。そこが最後の砦になるわ」
「最後の・・・?」
「砦・・・?」
「なるべくならギリギリまで粘ってから来てね。その方が面白いから」
ニッコリ微笑んで告げるシンディーにファインとレインはまたしても心の中で『シンディーさんってやっぱりドSだな』と呟くのだった。
だが、そこで二人はある事を思い出して顔を見合わせる。
「でもシンディーさんのお家って・・・」
「一階建てよね?」
シンディーの住処は森の奥にある一階建ての古い小屋だ。
しかし先程のシンディーの口ぶりだとまるで他にも階層があるような言い方だった。
地下があるという意味でもなさそうで、二人は首を傾げるばかり。
それに対してシンディーは笑顔で一言。
「着いたら教えてあげるわね」
「馬車の光が!」
「消えた・・・?」
馬車を追いかけ続けていた三人だったが途中で目印にしていた馬車の光がポッと立ち消えてしまう。
「車輪の跡はまだ続いている!とにかく終点まで走るぞ!」
アッドとブライトが狼狽えているとシェイドが叱咤するように力強く言い放った。
その言葉に二人は強く頷くと暗闇に慣れてきた目で注意深く馬車の車輪の跡に気を配った。
それからどれだけか走った頃。
車輪の終点と共に三人は一軒の古びた小屋の前に到着した。
小屋からは人が住んでいるような気配はなく、如何にも廃屋といった雰囲気を醸し出していた。
アッドは馬から降りると小屋の扉を叩いた。
「夜分遅くに申し訳ない。どなたかいるだろうか?」
すると小屋の扉が開いて中から一人の老婆が姿を現した。
「おやおや、これはプリンスアッド様ではありませぬか。このような辺鄙な土地に住まう老婆に何用でございましょうか?」
「ご婦人、夜分遅くに申し訳ない。こちらに女性とふたごのプリンセスが来なかっただろうか?」
「さぁどうだろうねぇ。来たかもしれないし、来なかったかもしれない。好きなように探してくれて構わないよ」
どうぞ、と言って老婆は扉の横に立つとアッドたちを中に通した。
まるで全てを見透かしたような老婆の態度に三人は警戒しながらも老婆の言葉に甘えて小屋の中の捜索を始める。
小屋の中は見た目の通り狭くスペースはそれ程広くはなかった。
まさに老婆一人で住むには十分の大きさと言えるだろう。
そんな中、ブライトがキッチンである物を見つけてシェイドを呼ぶ。
「シェイド、こっちに来てくれないか」
「何かあったか?」
「このカボチャ、レインとファインが乗っていた馬車と似てないか?大きさは違うけど形が似てると思うんだ」
キッチンに置かれていたカボチャを指してブライトが尋ねる。
シェイドもそのカボチャを注意深く観察すると「そうだな」と同意をした。
大きさこそ違えど形状はロイヤルワンダープラネットで見たそれと同じだった。
「だがかくれんぼの魔女は若い女性だっただろ?ここに住んでるのは老婆が一人だ」
「どこかに隠れてるとか?」
「こんな小さな家にか?」
「二人共、こっちに来てくれ!」
アッドの驚くような声を聞いてブライトとシェイドはすぐに近くに駆け寄った。
「どうした、アッド」
「何かあったのかい?」
「見てくれ、この扉の向こう側が・・・!」
そう言ってアッドが扉を開け放つと一瞬眩い光が差し込み、ブライトとシェイドは目を細める。
そしてすぐに光が弱まって扉の向こうに目を凝らすと、そこには今の小屋とは比べ物にならないくらい豪華で広くて掃除が隅々まで行き届いている屋敷が広がっていた。
その光景に流石のブライトもシェイドも呆気に取られる。
「屋敷が・・・!」
「これも魔法なのか?」
「左様でございます」
驚いていると先程の老婆が真後ろに立っていた。
三人が振り返ると老婆は口元を緩めて語り始める。
「この先に広がるお屋敷はご主人様がお造りになった空間。この空間にご主人様と可愛らしいふたごのプリンセス様はいらっしゃいます」
「魔女さんたちが?」
「ですがご存知の通り、ご主人様もプリンセス様たちもお隠れになっております。見つけてお捕まえにならない限り夜明けになるまでずっとお逃げになられるでしょうね。屋敷の中の物は何を使っても構いませんし、散らかしていただいても構いません。お好きなようにお使いいただきご主人様とプリンセス様をお捕まえになって下さい」
「夜明けまでに捕まえられなかったらどうなるんだ?」
「ホッホッホッ、それまでのお話でございます。見つけられず捕まえられずご主人様のお情けでプリンセス様をお返しいただいたという不名誉が貴方がたの胸に残るだけでございます」
シェイドの問いに愉快そうにしわがれた声で答える老婆にシェイドとブライトの片眉がピクリと動く。
口調は丁寧なものの、明確に煽られた事に変わりはない。
二人のただならぬオーラにアッドは気圧されて慌てて老婆を諫める。
「こ、こら!この二人は私の友人だぞ!」
「木偶人形であるこの老婆めには関係ありませぬ。私めの主はいつの時もご主人様ただ一人。さぁ、無駄話はここまでにして追いかけたら如何ですかな?プリンセス様方とご主人様がお待ちかねですよ」
「言われなくてもこれから行くつもりだ」
「絶対に捕まえるよ」
「ホッホッホッ、左様でございますか。では最後にアッド様。一つお伝えせねばならぬ事があります」
「な、何だ?」
「アッド様はご主人様のお名前を探し当てる必要があります。このお屋敷のどこかにいるご主人様を見つけ、ご主人様のお名前をお呼びする事でアッド様はご主人様を捕まえた事になります」
「魔女さんの名前を・・・?」
「ふたごのプリンセス様はもう知っておられますがそちらの二人のプリンスに追いかけられて聞き出すどころではなくなるでしょう。なので地道にご主人様のお名前を探す事をお勧め致します」
「・・・分かった。進言、感謝する」
「では、プリンスの皆様方。ご健闘を祈っておりますよ」
老婆は微笑むと突然ボンッという破裂音と共に煙に包まれ、小さな木の人形に姿を変えた。
驚く三人だったが、先に冷静さを取り戻したシェイドがそれを見下ろして呟く。
「木偶人形と言っていたがそういう意味だったのか」
「魔法をかけられた人形だったんだね」
「それよりも早く屋敷の中を探そう!夜明けまでまだ時間があるとはいえ、悠長にしてはいられない!行こう!」
アッドの言葉にシェイドもブライトも頷き、悪戯好きなふたごのプリンセスを探し求めて魔法の空間に足を踏み入れるのだった。