ピースフルパーティーと虹の蜜 第五章~月の国~
マッカロンの一味を全て打ち倒したシェイドは捕縛を家臣に命じて自身はブライトと共にサンドヨットに乗り込んで一足早く城を目指していた。
二人は多少の泥や砂はあいこちに付いていたものの、怪我は一切負っていなかった。
追いかけたアウラー達がマッカロンのメンバーを捕らえている事をひたすらに祈りながらサンドヨットを走らせるシェイドと王宮の方角を見つめるブライト。
そこにこちらに向かって飛んでくる何かが見えた。
最初は鳥かと思ったが近付くにつれ、それは鳥ではなく二人の赤ん坊であると分かった。
空を飛ぶ二人の赤ん坊が誰かなど特定するのは容易かった。
「ミルキー?ナルロ?」
「バブ!!」
「ガビーン!!」
シェイドはサンドヨットを減速させて緩やかに停止すると必死の形相の二人を迎えた。
自分の言葉を理解してくれるシェイドに対してミルキーが身振り手振りを交えて状況を説明する。
「バブバブ!バブブバブ、バブ、バー!バブ、ブブイブイ、バブブー!!」
「何っ!?ファインとレインが!?どの方角に行ったんだ!?」
「バブー!」
「あっちだな?分かった!危険だから二人はすぐに城に戻るんだ!ミルキー、母上への説明は頼んだぞ!」
「バブ!」
「ナルロ、ミルキーを任せたぞ!」
「ガビーン!」
状況を把握したシェイドは急いでサンドヨットを走らせた。
去って行く背中をミルキーが心配そうに見つめているとナルロが手を握ってきた。
「バブブ・・・?」
「ガビーン!」
「・・・バブ!」
ミルキーは嬉しそうに笑うと歩行器を操作してナルロと共に城に戻るのだった。
「シェイド!レインとファインに何があったんだい!?」
猛スピードでサンドヨットが走行する中、風に踊らされる前髪を押さえつけながらブライトが大きな声で尋ねる。
「マッカロンのメンバーがレインを連れ去ってそれをファインが追いかけたらしい。それでファインが危機的状況にあるそうだ」
「何だって!?」
避けたかった最悪の事態の発生にブライトは狼狽える。
しかし状況を語ったシェイドの顔にも焦りの色が浮かんでおり、彼もかなり動揺しているのが窺えてブライトはなんとか自身の心を落ち着けるように努めた。
シェイドはきっと二人の救出の為にサンドヨットを走らせているのだろうから自分も動揺なんかしてないでいつでも動けるように備えておかなければ。
そんな風に思考をクールダウンさせていると月の国の紋章が刻まれたサンドヨットが近くに寄ってきて兵士がシェイドの名を呼んできた。
「シェイド様!もしやおひさまの国のプリンセスファイン様とプリンセスレイン様をお探しですか!?」
「そうだ!君達もそうなのか!?」
「はい!ムーンマリア様のご命令で救出に馳せ参じた次第でございます!」
「分かった!では同行を頼む!」
「ハッ!」
「シェイド、あそこ!」
ブライトが切羽詰まった声と共にある方角を指差す。
その先を追って視線を向ければ一般のサンドヨットの外側に両手で必死に縁に掴まりながら風圧に晒されるファインとその肩に掴まるプーモの姿があった。
「ファイン!!」
ファインの名を叫びながらシェイドは舵を切ってサンドヨットの進路を変える。
シェイド達の乗るサンドヨットが緩やかに離れて行くのを見て兵士達も慌てて同じように舵を切った。
一方でファインは猛スピードによって生じる風に全身を殴られてドレスも結った髪もバタバタとたなびく中、何とかして這い上がろうとしていた。
しかしあまりにも風圧が強くて掴まっているのが精一杯だ。
風が煩くてシェイドの呼ぶ声も耳に届かない。
「うぐっ・・・ぐぐぐ~・・・!」
「待っててファイン!今すぐ助けるわ!」
「大人しくしてろ!」
「きゃっ!!」
ファインを助けに行こうとするレインだったが、思いっきりドレスの裾を踏まれて転んでしまう。
「あ、レイン!レインに何すんのよ!!」
「レイン様!!」
「ちょっと!ドレス踏まないでよ!危ないじゃないのよ!」
「黙れ!大人しくしろって言ってるだろ!!」
臆する事なく強気で抗議しながらレインはドレスの裾を引っ張る。
しかし男の踏みつける力の方が強くて抜き出す事は叶わない。
「こうなれば・・・!」
「プーモ!?」
ある決心をしたプーモがファインの腕を伝ってサンドヨットに乗り込む。
男はレインのドレスの裾を踏んだりサンドヨットを操作するのに忙しくてプーモが乗った事に気付いていない。
プーモはグッと拳を握ると男の足目掛けて突進した。
「プモー!!」
「プーモ!?」
「な、何だ!?」
特攻してきたプーモにレインも男も目を白黒させて驚く。
その隙にプーモは男の足にしがみつき、スーツの裾を捲る。
そして剥き出しになった肌に思いっきり噛みついた。
「いだぁああ!!」
突然走った激痛に男は思わず飛び上がる。
それによってドレスを踏みつけていた足は退かれ、その隙を逃さずレインはドレスを引っ張りながら男と距離を取る。
「クソッ!何しやがる!!」
「プモッ!!?」
男は涙目になりながらプーモを引っ掴み、思いっきり後方に向けて投げ飛ばした。
「ピャアーーー!!」
「「プーモ!!」」
飛んで行くプーモをファインとレインは目で追う。
助けてあげたかったがファインは未だ縁に掴まった状態であり、レインも追おうとしてもプーモが飛んで行く方が早くてそれは出来なかった。
プーモもプーモで投げ飛ばされてる状態では上手く体勢を取る事も出来ず風に流されるまま宙を舞う。
レインを救えたのはいいがそれも一時的なもの。
ファインは未だに縁に掴まったままで、無事に乗り込めても強盗が操作するサンドヨットなど危険極まりない。
早く助けに戻らなければいけないのに流されるままの自分が歯痒い。
悔しく思いながらも叫び続けていると突然、プーモを誰かが強く握って受け止めた。
「大丈夫かい、プーモ!?」
プーモをキャッチしたのはブライトだった。
「プモッ!?ブライト様!!かたじけないでプモ!」
「気にしないで!それよりもレインとファインは無事なのか!?」
「レイン様はドレスの裾を踏まれていて動けなかったのでプモが何とかして来たでプモ!ただ、ファイン様が未だあの状態で・・・」
「クソッ!」
シェイドが悪態を吐いて帆を微調整しながら少しでも早く追いつこうとする。
その間に動けるようになったレインがすぐさまファインに駆け寄って引っ張り上げようと試みる。
「ファイン!今すぐ助けるわ!」
「レイン!」
「うぅ〜!って、あららら〜!!?」
元々レインは運動が苦手で力はあまりない。
その為ファインを引き上げる事は愚か、風に負けてバランスを崩し、自分自身が落ちそうになってしまう。
「レイン!?」
レインの危機に驚いてファインは火事場の馬鹿力で慌ててサンドヨットに乗り込むとレインの腕を引っ張った。
間一髪の所で落下を免れてレインもファインも安堵の息を吐く。
「大丈夫?レイン」
「ええ。ありがとう、ファイン。ファインも大丈夫だった?」
「なんとか。それでさ、どうする?」
「どうする?」
「やっちゃう?」
「やっちゃう?」
「「やっちゃっちゃおう!!」」
二人同時に拳を突き上げて明るく言い放つ。
こうなった時の二人はもう誰にも止められない。
ファインとレインは男を見据えると飛びかかった。
「とりゃーーー!!」
「えーい!!」
「うおっ!?」
二人同時に操作ハンドルを握り、操縦権の奪取を試みる。
「な、何しやがる!?離せっ!!」
ファインとレインにハンドルを持っていかれそうになって男は慌てて力を入れてハンドルを自分の側に引き戻す。
それに対して二人は負けじと再び同時に力を込めて自分達の側にハンドルを持っていき、それをまた男が引き戻す。
そんな綱引きのようなやり取りをしている所為でサンドヨットは右へ左へと蛇行する。
後ろにいるシェイド達は当然驚いたが、またあのふたご姫がやらかしているのだと思ったら妙な納得感しかなかったという。
しかしハンドルの取り合いに夢中になってるファインとレインと男はサンドヨットが大きな岩にぶつかろうとしている事に気付いていなかった。
「あっ!前!前!!」
一足早くファインが気付いて岩を指差しながら叫ぶも時既に遅し。
少し遅れて気付いたレインと男が悲鳴を上げる間も避ける暇もなくサンドヨットは盛大な破壊音と共に岩に衝突するのだった。
「きゃあーーーー!!!」
岩と衝突した強い反動でレインが空高く投げ出される。
スローモーションのように時が流れる中、レインの目に映るのは綺麗な青空と自国が照らす眩しいおひさまの恵みの光。
そして背後に待ち構えるはレインの体格と同じサイズのゴツゴツとした岩のベッド。
しかしレインがその岩に気付いた様子はなく、放物線を描いていた体が落下の曲線を描き始めたその時―――
「レイン!!」
凛とした声と共にブライトがサンドヨットの縁を蹴って飛び上がる。
彼は空中でレインを抱き留めながら素早く体を捻って落下地点をずらす。
ギリギリの所で落下地点は岩の真横となったが直撃しないだけマシだ。
だが勢いを殺す事は出来ず、ドンッと体を打ち付けた後、ブライトはレインを抱きしめたままゴロゴロと砂の上を転がった。
その際に彼はレインを離すまいと腕に力を込めて全力で抱きすくめる。
それから何回か転がった後に漸く勢いは収まり、ブライトは腕の中のレインを気遣った。
「大丈夫かい?レイン」
「は、はい!ありがとうございます、ブライト様・・・!」
「どこか怪我は?」
「ブライト様が守ってくれたから怪我は大丈夫・・・って、それよりファインは!?」
想い人の腕に守られてときめいていたのも束の間、同じく投げ出された筈のファインを思い出してレインは慌てて起き上がってその姿を探す。
ファインは低く投げ出されたのか、全壊したサンドヨットの近くに転がっていた。
「うぅ・・・あいたた・・・」
元々体が頑丈な事もあって投げ出された衝撃以外に大きな怪我をしていなかったファイン。
サラサラと滑る砂の上に起き上がって頭を振り、ドレスに着いた砂を軽く払う。
と、そこで乱暴に左手首を掴まれて無理矢理立たされた。
「オラ、立て!」
「わぁっ!?何すんのよ!?」
「お前を人質にするんだよ!大人しくしやがれ!」
「ふーんだ!人質になんかなってやらないもん!!」
「黙れ!怪我したいのか!?」
男は腰に下げていた警棒を取り出してファインの頭上に翳す。
いつかの宝石の国でシェイドを襲おうとし、自分にも振り下ろされそうになった警棒。
目前に迫る危機的状況にファインは一瞬怯んだものの気丈に振る舞って毅然と立ち向かう。
「そ、そんなもの見せられたって怖くないんだから!」
「あんだと!?」
「それよりこの砂漠には逆立ちサソリっていうもっと怖~いのがいるんだよ!!それに比べたら―――って、ああ!!?」
ファインが男の肩越しに何かを見て驚きの声を上げる。
それは陽動させるでも隙を誘うものでもなく、本気で驚いているようだった。
気になって男も後ろを振り返ると、そこには逆立ちサソリをまとめる女王サソリが立ちはだかっていた。
自分よりも大きい女王サソリの存在に流石の男も驚きに飛び上がる。
「うひゃあああ!!?じょ、女王サソリだぁあああ!!?」
「騒がしくするから怒って出てきちゃったんだ!!」
「お、おおおお前プリンセスだろ!?プリンセスなら民を守る為に体を張ったらどうだ!!」
「わぁっ!?」
動きにくい砂の上で男に無理矢理突き出された事でファインは躓き、べちゃりと転ぶ。
慌てて起き上がるも眼前に迫る女王サソリの威嚇と気迫に圧されて立ち上がる事が出来ない。
「あ、あれ?なんか怒ってない?もしかして前に追い払ったの覚えてる!?」
ファインとレインがプリンセスグレイスから使命を授かったばかりの頃。
月の国に訪れた二人は星の泉の塔を破壊した事とラビラビ族を怒らせた事から強制労働に駆り出され、その時にさせられた発掘工事の音で女王サソリの怒りを買って襲われそうになった。
そこでプロミネンスの力を使い、現れた楽器を使って追い払ったのだがどうやらその時の事を覚えていて且つ根に持っていたらしい。
じりじりと迫り、大きな尻尾を掲げながら睨んでくる女王サソリのターゲットは完全にファインに定められており、それを後ろ目に男は走って逃げようとする。
「へ、へへっ!この隙に・・・!」
「悪事を働く奴が民として扱われると思うなよ」
「なっ!?」
眼前にシェイドが立ちはだかり、彼は愛用の鞭を容赦なく男に向かって繰り出す。
「はぁっ!!」
鞭は男の体にグルグルと巻き付き、シェイドはそれを鋭く引っ張って縛り上げる。
そして力の限り持ち上げるとそれを女王サソリの頭の上に投げ落とした。
「ぐえっ!!」
ゴチン!という固いものと固いものがぶつかり合う音が乾いた砂漠に響く。
男は石頭だったようだ。
これによって男の方は気を失ったものの、女王サソリは更に怒ったようで目を吊り上げて猛毒の宿る尻尾を突き刺そうとしてくる。
「わぁああああ!!?」
慌てるファインの前にシェイドが颯爽と踊り出る。
そして懐から法螺貝を取り出すと息を拭き入れて大きな音を鳴らした。
「~~~~~!!!」
法螺貝独特の音とあまりの大音量に女王サソリは耳を抑えると大急ぎで砂を掘り分けて地中に潜っていった。
迫っていた危機は去り、騒動の連続の中で突如として訪れた静寂と安全にファインは呆然としながらシェイドを見上げて気の抜けたような事を聞く。
「・・・法螺貝?」
「お前達がプロミネンスで出した楽器を使って女王サソリを追い払った事があるだろ。あの教訓から誰でも使えて持ち運びが楽で大きな音を出せる物として法螺貝を採用して全てのサンドヨットに積み込むように義務付けたんだ」
「そうなんだ・・・」
「立てるか?」
女王サソリの気配が完全になくなったのを確認してからシェイドはファインの方を振り返り、手を差し出す。
ファインは未だ呆然としながらも差し出された手を掴んで立ち上がる。
数時間前に酷い喧嘩をしたばかりだというのに何のしこりもなく真っ直ぐシェイドを見つめられる自分が何だか不思議だった。
「怪我は?」
「へーき」
「巻き込んですまなかった」
「え?巻き込んだって?」
「ファイン!」
「ファイン様!」
聞き返した所でレインとプーモの呼ぶ声に弾かれたようにファインは振り向き、駆け寄ってくる二人に自身もすぐに駆け寄った。
「レイン!プーモ!」
スルリと自分の手を抜けて駆けて行く後ろ姿が、いつかのふしぎ星の平和を祝うパーティーの時と重なる。
相変わらずすり抜けるのが上手いし、それを許す自分もなんだかんだ甘いとシェイドは苦笑せずにはいられなかった。
「レイン、プーモ、大丈夫だった?怪我は?」
「私は平気。ブライト様が助けてくれたから」
「僕もでプモ!」
「そっか、良かったぁ」
「それよりファインも大丈夫だった?怪我はしてない?」
「アタシもへーき!その・・・シェイドが助けてくれたから・・・」
そう語るファインからは気まずい空気は感じられず、代わりに頬を赤く染めて乙女な雰囲気を僅かに醸していたのを見てレインは「そう、良かったわ」とニッコリと微笑むのだった。
「二人共、話はサンドヨットでするから急いでパーティーに戻ろう」
「「うん!!」」
ブライトに促され、二人はブライトとシェイドが乗って来たサンドヨットに乗って城へ帰還する事にした。
マッカロンのメンバーは同行していた月の国の兵士に任せて二人はシェイドの操縦するサンドヨットでブライトからこれまでの経緯について説明を受ける。
プリンス達だけでマッカロンを捕まえようとしていた事、『男の子の秘密』はマッカロン討伐作戦であったという事、パーティーを抜けたのはその討伐作戦を実行する為であった事など。
それらを聞かされる度にファインとレインとプーモは驚いたり頷いたりして、見ていて説明するのが少し面白かった。
「じゃあ、ブライト達はあの強盗団を捕まえる為に動いてたんだ?」
「ああ。でも肝心のメンバーの方を取り逃してしまったんだ。それがまさかと言うかやはりと言うか、パーティーに紛れ込むなんてね」
「そうだったんだ・・・」
(じゃあ、さっきの巻き込んですまなかったっていうのはそういう・・・)
呆然と呟きながらファインはサンドヨットを操縦するシェイドの横顔を盗み見る。
最初に言われた時はどういう意味か分からなかったがブライトの説明で合点がいった。
それだけではなく、今日のパーティーの前半で席を外した事、そしてもしかしたら今朝の喧嘩もそういう事だったのではないかと。
思い至りそうになってシェイドが視線に気付いたのか、こちらを振り返りそうになったのでファインは慌てて顔を伏せた。
今は何だか色んな意味で顔を合わせられそうにない。
「でもレイン達はどうして彼らがマッカロンのメンバーだと分かったんだい?」
「ミルロとリオーネとミルキーがフラワーアレンジメントに使う材料を取りに行ったら床下から出て来たって」
「それでミルロが似顔絵を描いてみんなでそれを覚えてやっつける事にしたの」
「そうだっのか」
「・・・あの資材室か。クソッ、大臣め。資料には残してない秘密の抜け道を作ってたのか」
険しい顔つきで怒りを滲ませて呟くシェイドにファインもレインもブライトも苦笑いを溢す。
この件については深くツッコまない方が良さそうだ。
そう判断してブライトは話題転換も兼ねて申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当は裏で全てを片付けるつもりだったんだけどみんなを、そして二人を危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳ない」
「謝らないで、ブライト様」
「アタシ達はプリンセスとしてやるべき事をやったまでだよ」
「だから巻き込まれただなんて思ってないわ」
「レイン、ファイン・・・」
「それにプーモが助けてくれたしね!」
「そうそう!プーモ、あの時は助けてくれてありがとう!とっても助かったわ!」
「お二人を守るナイトとして当然の務めを果たしたまででプモ!」
誇らし気に胸を張るプーモにファインとレインは笑い合う。
巻き込んでしまった事への申し訳なさと己の不甲斐なさから来る悔しさは僅かに残ったものの、大切なふたごのプリンセスが笑顔なのだからいいかとブライトは納得する事にした。
そしてそれはシェイドも同じで、花のように笑う二人を見て密かに笑みをうかべるのだった。
「あ!ファインとレインよ!」
「ブライト様とシェイド様も一緒だわ!」
会場に戻った四人は正面扉からではなく、脇の扉から何事もなかった風を装って入場するとその姿をリオーネとソフィーが見つけた。
他の面々も四人の存在に気付くと急いで駆け寄って四人を囲んだ。
「ファイン!レイン!お帰り!!」
「二人が無事で本当に良かった・・・!」
涙ぐみながらファインとレインの無事を心の底から喜ぶリオーネとミルロ。
「全く、油断するなんて本っ当にお間抜けですこと!」
「そうよ!アルテッサがどれだけ心細そうにしたり泣きそうになった事か!」
「ちょっソフィー!?変な嘘を言わないでちょうだい!!」
「どうしたのアルテッサ?本当の事でしょう?ね、タネタネプリンセス?」
「ええ」
「私達何度も励ましたわ」
「その度にアルテッサは『そうよね』って言って顔を上げてたわ」
「イシェル!ゴーチェル!ハーニィ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアルテッサとニコニコ微笑むソフィーとタネタネプリンセス。
「バブー!バブバブイ!!」
「ガビーン!」
歩行器に乗ったミルキーとナルロがファインとレインの無事を笑顔と身振り手振りで喜ぶ。
「バブバブ!バブブバブバブバッ!ババブイバブイ!」
「え?そうなの?」
「ミルキーはなんて?」
「シェイドとブライトにアタシとレインがピンチなのを伝えてくれたのはミルキーとナルロなんだって。ナルロがシェイド達が帰って来る方向を教えてミルキーがこの歩行器に乗って伝えに行ったって」
「そうだったのね。ありがとう、ミルキー、ナルロ」
「お陰で助かったよ」
「バブ!」
「ガビーン!」
「みんなも心配かけてごめんね」
「この通り私達は無事よ」
「そしてプリンセスの皆様もパーティーも何事もないようで安心しましたでプモ!」
「当然よ!何てったって私達はプリンセスなんですから!」
アルテッサが皆を代表して胸を張って言い放ち、他のプリンセス達もプリンセスとして誇り高い微笑みを浮かべる。
頼もしき友人達とパーティーを守れた事に、そしてプリンセスとしての務めを共に果たせた事にファインとレインは胸がいっぱいになる。
そうやってプリンセス一同が誇りと達成感に包まれている後ろでプリンス達も同じように得意気に報告し合った。
「お帰り!ブライト、シェイド!」
「怪我が無いようで何よりです!」
「しかもプリンセスファインとプリンセスレインをお救いして戻ってくるとは流石です!」
「しっ!ティオ、声が大きいよ」
「見た感じ、招待客には上手い事誤魔化しているんだろう?軽はずみな事は言うな」
「し、失礼しました・・・」
「だがパーティーを守ってくれた事、感謝する」
「プリンスとして当然の役目を果たしたまでであります!」
「ただ、プリンセスの皆様方には全てバレてしまいまして・・・」
「ムーンマリア様への報告の時に説明してって迫られちゃって・・・」
「という事は―――」
もしやと思い、ブライト達がプリンセス達の方を振り返ると―――プリンセス達は半目になってニヤニヤしながらヒソヒソ話をするように寄り集まりながらこちらを見ていた。
「『男の子の秘密』とか言ってさぁ」
「女の子の干渉は禁止だなんて言ってたけど」
「要はカッコつけて悪者退治に行きたかっただけって事ですわね」
「仕方ないわ。男は面子を大事にする生き物だってお父様が仰ってたもの」
「でも取り逃がして私達が捕まえた上に秘密が全部バレたから面子もへったくれもあったものじゃないわね!」
「それを言ったらおしまいよ、ソフィー」
「可哀想だからなるべくそっとしておいてあげましょう」
「バブゥ」
ファイン、レイン、アルテッサ、ミルロ、満面の笑顔のソフィー、イシェル、リオーネ、ミルキーの言葉の刃が容赦なくプリンス達の心にグサグサと突き刺さる。
ちなみにミルキーの隣に座っているナルロも『男の子の秘密』を共有していた側なので気まずそうに冷や汗をかいて目を逸らしていた。
「・・・お前ら、何が言いたい」
「男の子ったら」
『やーねー』
アルテッサの言葉の後にプリンセス一同が重ねた言葉に、勇敢にも前に進み出て尋ねたシェイドは気まずそうに顔を逸らし、他のプリンス一同も顔を下に向ける他なかった。
穴があったら入りたいとはこの事だろうか。
大義の為だ、平和の為だ、冷やかされようとも胸を張ればいい。
と、自分に言い聞かせれば言い聞かせる程込み上げてくるこの羞恥心はなんだろうか。
それもこれもやはり秘密がバレてしまった事に尽きるだろう。
何も反論出来ずただただ羞恥心に耐えるプリンス一同を救うように澄んだ声がプリンス達とプリンセス達の間に差し込む。
「プリンセスファイン、プリンセスレイン」
「「ムーンマリア様!!」」
ムーンマリアに呼ばれてファインとレインはすぐに駆け寄る。
思えば自分達はマッカロンのメンバーに連れて行かれてバルコニーから出て行った身だ。
無事を報告せねばなるまいとファインが最初に口を開き、その後にレインも続く。
「あの、ご心配をお掛けしてすいませんでした!」
「私達の所為でパーティーが混乱しなかったでしょうか?」
「いいえ、プリンセスの皆が機転を利かせてくれたお陰で混乱が起きる事はありませんでした」
「みんなが!?」
「まぁ・・・!」
驚いてファインとレインはプリンセスのみんなを振り返る。
みんなは得意気に微笑んでいた。
ファインとレインが連れ去られてアルテッサが叱咤した後、残ったプリンセス達で何でもない風を装ってパーティーを円滑に進めたのだ。
招待客に何があったのか聞かれる事があっても皆で上手く誤魔化し、フラワーアレンジメントを披露する事で騒動の空気を流していたのである。
友人達の機転にファインとレインは心からの感謝と敬意と称賛の眼差しを送った。
「表向きは貴女達がお客様を星の泉へご案内しようとバルコニーから飛び出して行ったという事になっています」
「ええっ!?」
「そんなので通じたんですか!?」
「ええ。お客様の殆どが『おひさまの国のプリンセスなら納得だ』と口々に言っていました」
「「〜!!」」
「まさか普段の行いがこんな所で役に立つとは良くも悪くも思わなかったでプモ」
恥ずかしさから顔を真っ赤にしてる二人の傍で事の成り行きを見守っていたプーモが肩を落としながら呟く。
喜んでいいのやら悲しんでいいのやら悩む所である。
そんなプーモのコメントに小さく笑いながらムーンマリアは月の如き優しい微笑みでもってファインとレインを気遣った。
「それよりも二人は怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です!」
「ブライト様とシェイドが助けてくれたので平気です!」
「そう、それは良かった。シェイド」
「はい」
「プリンスブライト」
「はい」
「プリンスアウラー」
「はい」
「プリンスソロ」
「はい」
「プリンスティオ」
「はい!」
「プリンスナルロ」
「ガビーン!」
「そしてプリンセスの皆さん」
『はい!』
「皆々、ご苦労様でした。お陰でパーティーの平穏は守られました、どうもありがとうございます。あなた方の働きは必ず各国の王並びに王妃殿達にお伝えします。本当にお疲れ様でした」
ムーンマリアの各国を代表した労いにプリンセスとプリンス一同は誇らしげに胸を張る。
色々ハプニングはあったものの平和を祝うパーティーが守られ、世を乱す強盗団を捕まえる事が出来てみんなは満足だった。
そして何よりも、各国のプリンセスとプリンス一同が手を取り合って平和を守れたのが嬉しく、より一層絆と一体感が深まるのを皆それぞれに感じた。
「さぁ、パーティーはそろそろ後半に入ります。控え室に花束の籠を用意してありますので引き続きおもてなしをお願いしますね」
『はい!』
プリンスとプリンセス一同は頷き、一斉に控室へと足を運ぶ。
「シェイド」
その中でムーンマリアは愛息子の名を呼ぶ。
シェイドは呼ばれるのが分かっていたのか、一同が控え室に向かっている時でもそこで立ち止まっていた為、すぐにムーンマリアの方を振り返った。
「はい、母上」
「お務めご苦労様です。貴方とプリンスの皆が怪我も無く無事に帰ってきて本当に良かった」
「背中を預けられる友人がいたからこそです」
そう語り、穏やかに笑みを浮かべるシェイドにムーンマリアは心からの安堵を覚える。
普通よりも大人びた振る舞いをする事から何でも自分一人で解決しようとする息子が友と呼べる存在を作り、頼りにするようになるなどこれほど嬉しい事はない。
自分が病弱である為に今まで沢山の負担を背負わせてきた。
しかしシェイドはその不満を一切口にする事なく一人で黙々と全てを背負って歩み、これからもそうしようとしていた。
けれど友が出来た事で弱音を吐きたい時や支えて欲しい時に頼りにする事が出来る。
勿論、女王として自分がしっかりしなければならないのだが、それでもまた自分に何かあった時にシェイドは一人で抱え込む事なく周りを頼りにする事が出来るだろう。
あのお転婆なふたご姫を始め、各国の頼もしきプリンセスとプリンス達ならばきっと力になってくれるに違いない。
ムーンマリアはプリンセスとプリンス達の存在に、そしてシェイドと友人になってくれた事に心から感謝した。
「ミルキーからマッカロンがパーティー会場に侵入したと聞いた時に何もしないようにと止めようとしたのですけどプリンセス達はどんどん行動を開始してしまって・・・全力で止めると約束をしたのに守れなくてごめんなさい」
「いえ、母上が謝る必要はありません。元はと言えばメンバーを取り逃した僕達の責任です。それにプリンセス達の行動力を少し見くびっていました。思った以上に皆お転婆でしたね」
「そんな事を口にしてしまってはプリンセス達に怒られてしまいますよ」
「ご心配なく。あしらい方はもう慣れているので。それにおひさまの国のふたごのプリンセスに比べればまだ可愛い方だと言えばいくらか留飲を下げてくれるかと」
「そうしたら今度はプリンセスファインとプリンセスレインが怒りますよ」
「それこそ慣れているので問題ありません。長い付き合いですから」
「フフ、けれど親しき仲にも礼儀ありという言葉があります。喧嘩になったら後が大変ですよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと仲直りしますから」
それとなくファインとの喧嘩についてまた言及してみたが、今度は顔を逸らす事なくシェイドはムーンマリアの意図を汲み取って柔らかく答える。
どうやらいらぬ心配だったようだ。
これで心置きなくパーティーを進められる事にムーンマリアは気持ちが軽くなるのを感じるのであった。
全ての憂いが取り払われて幕を開けたピースフル『フラワー』パーティー後半。
そのスタートはプリンセスとプリンスそれぞれによる完成したフラワーアレンジメント作品の披露だったが色々な意味で招待客を賑わせたのは言うまでもない。
まず、プリンスサイドは城の形のトピアリーにプリンスそれぞれがドリームシードで育てた花を飾り付けるという中々に洒落た趣だった。
しかも城の窓辺や庭や屋根には木製の人形や鳥の置物が飾られているという凝ったデザインであった。
対するプリンセスサイドは圧巻の一言に尽きる。
まず最初にアルテッサの頭を悩ませたファインの巨大ひまわりがとにかく目を引く。
他のプリンセス達が育てた慎ましやかで可憐な花が霞んでしまう程の圧倒的存在感を放つひまわりのインパクトが良くも悪くも強かった。
そこで巨大ひまわりを中心に花を飾り、ミルロの提案でリボンも付けようとなったのだがむしろインパクトを強めるだけになってしまった。
それからファインとレインが連れて行かれてしまった事もあってプリンセス達はあまり集中する事が出来ず、けれどもフラワーアレンジメントをしている態を装わなければならなかったので半分適当な飾り付けをしてしまった結果、美的センスや調和性というものを通り越して一種の未知なるジャンルの芸術に昇華されたのは果たして良い事なのか悪い事なのか。
巨大なひまわりに巻き付く花と色とりどりの大量のリボンは人々を圧倒させ、また隠されたメッセージがあるに違いないと考察する者まで出て来る始末。
勿論そんなメッセージ性など皆無であるが。
どうせなら苦労を汲み取って欲しい所だが、アルテッサ達がなんとか完成させた作品を前にファインとレインが凄い凄いと言ってはしゃいでいたのでアルテッサ達はもうそれでいいという事にするのであった。
さて、作品の披露が終わり、花束の配布と歓談時間は各々思い思いの時間を過ごしていた。
美しい花々とそこから放たれる芳しい香りにレインが癒されていた時の事。
「ブライト様!ブライト様の花束をいただけないでしょうか?」
「私も!」
「私にも下さい!」
数人の貴族の女性がブライトに群がって花束を欲しがった。
これで何回目だろうか。
やはりブライトは人気だ。
勿論他のプリンス達も人気だがブライトは群を抜いていると思うのは自分が惚れているからか、それとも優しく人当たりが良いが故に応対時間が長くてそう見えるだけか。
例えばシェイドなんかは複数人の女性に囲まれてもそういった応対は好まない為、軽く言葉を交わしたら上手い具合に話を切り上げてさっさと次に行ってしまう。
対するブライトの方は話しかけてきた女性達が満足するまで応対するし、なんなら加わったらその分だけ上手に会話を捌いて楽しませようとする。
ブライトのそういう紳士的で優しい所が素敵で益々惚れてしまう反面、やはり嫉妬する気持ちも大きい。
(私だってブライト様といっぱいお話ししたいのに・・・ブライト様の配るお花、欲しいなぁ)
レインは花束を配ったり歓談する中、何度もブライトから手渡される花束を見ては羨ましそうにそれを眺めていた。
花束といっても数本の花をセロファンで包んでリボンで留めただけの簡単なものだがブライトの手から渡されるものであればそれは百本の薔薇の花束にも劣らない素敵な花束だ。
(でもブライト様をデートに誘うんだもの。それを考えたら花束を貰えないくらいチャラになるどころかお釣りが来るわ)
チェリーグレイスロードを共に歩く野望をレインは忘れていなかった。
後で隙を見て誘いをかけるつもりだ。
そうしたらブライトはきっと笑顔で快諾して結婚式のヴァージンロードを歩く練習が出来るねと言ってくれて・・・と、レインが妄想に耽ろうとした時だった。
「ねぇブライト様、今週の予定は空いていまして?おひさまの国のチェリーグレイスが見頃らしいんですの。一緒に観に行きませんこと?」
(っ!!?)
突然のライバル登場にレインは弾かれたようにブライトを囲む女性達を振り返る。
すると誘いかけた女性とはまた別の女性達が我も我もとブライトにお誘いをかけていく。
(わ、私が最初に誘おうとしてたのに・・・!!)
急いで自分も誘いに行かなければという本能と今はおもてなしの最中なのだからとストップをかける理性がレインの中でせめぎ合う。
しかし本能の方がやや優勢で、レインの手がギギギと軋む音を立てそうな動きでもって伸ばされ、口がパクパクと動く。
頑張って音に乗せて言うのだ、私とチェリーグレイスロードを歩きませんか、と。
しかし―――
「申し訳ないのですが今週は用事が立て込んでいてご一緒する事が出来ないんです。本当にすいません」
「あらぁ、そうなのぉ」
「残念ねぇ」
(・・・)
パタリ、と伸ばされたレインの手が力なく下ろされる。
それまで頭の中で繰り広げられていた妄想は静かに消え去り、虚無がレインの思考を支配する。
更にレインの中で渦巻いていた嫉妬や羨望、未来への希望などといった感情は一切消え失せていた。
そうして呆然と立ち尽くすレインの傍にアルテッサがやってくる。
「どうしましたの?レイン」
「・・・ねぇ、アルテッサ。ブライト様、今週は忙しいのって本当?」
「あら、よく知ってますわね。そうなの、お兄様しばらく忙しいのよ」
「そう・・・」
「まぁこの時期はよくある事ですわ。色々な所にお呼ばれされる事が多くて―――」
「ご機嫌よう、プリンセスアルテッサ。少し宜しいかしら?」
「ええ、勿論ですわ。後でね、レイン」
招待客の婦人がアルテッサに声をかけてきた事でアルテッサは会話を切り上げ、レインから離れて行く。
一方のレインは事実の裏付けを受けてエメラルドグリーンの瞳が残念そうに深く沈む。
(・・・悲しい事なんてないわ。断られるよりマシじゃない)
そう自分に言い聞かせるも気持ちはどんどん暗くなって行く。
自分の恋が報われないのは今に始まった事ではない。
空回るのなんていつもの事だ。
なのにこんなにもガッカリしてしまうのはきっと自分でも知らずのうちに大きな期待をかけていたからだろう。
何度も夢に見たブライトと共にチェリーグレイスロードを歩く光景が呆気なく崩れ去ったのはやはり悲しい。
それがよりにもよって貴族の女性達に先を越されて無理だと知ったのだから尚更。
悔しいやら情けないやらでレインはがっくりと項垂れながら足元を見つめていると今度はファインがはしゃぎながら傍に駆け寄ってきた。
「レイン!ブライト達が用意した香水がとっても綺麗で良い香りなんだよ!ただの口実だったのにそれでも後半の準備ちゃんとしてたなんて流石だよね。今から二人で・・・レイン?」
いつもだったら同じようにはしゃいで喜んで見に行こうと言う筈のレインから反応が返ってこないのを不思議に思ってファインはレインの顔を覗き込む。
そこでレインの落ち込んだような表情を見てファインは慌てた。
「レ、レイン!?どうしたの?何か嫌な事でもあったの?」
「・・・ブライト様ね、しばらく予定が立て込んでるんですって」
「え?それって・・・一緒にチェリーグレイス見に行けないって事?」
「そうなの・・・残念だわぁ」
大きく溜息を吐いてレインは自分の中で溜まり込んでいた負の感情を吐き出す。
全て吐き出せた訳では無いが俯いていた顔が持ち上がるくらいには軽くなったように思う。
レインは苦笑いを浮かべると続けた。
「仕方ないから今回は諦める事にするわ。予定が立て込んでちゃ仕方ないものね」
「でも・・・」
「いいのよ、気にしないで。心配してくれてありがとう。ファインが心配してくれたお陰で元気が出たわ。さ、香水を見に行きましょう」
辛さを振り切るようにしてレインは足早に香水の置かれたテーブルへ向かう。
「レイン・・・」
寂しそうな背中を見つめながらファインはレインの名を呟く。
レインはいつもそうだ、辛くても落ち込んでも心配かけさせまいと気丈に振る舞って無理矢理笑顔を見せようとする。
ふたごと言えど姉だからか、それともいつも甘えている自分がそうさせてしまっているからか。
もしも後者だったら申し訳なくて仕方ない。
でも申し訳なく思うだけではダメだ。
レインの為に出来る事をしようとファインは踵を返して真っ直ぐ歩き始める。
望み通りにしてあげられないのは残念だが少しでもレインが喜んでくれる事を願ってファインは口を開く。
「ブライト、ちょっといい?」
続く
二人は多少の泥や砂はあいこちに付いていたものの、怪我は一切負っていなかった。
追いかけたアウラー達がマッカロンのメンバーを捕らえている事をひたすらに祈りながらサンドヨットを走らせるシェイドと王宮の方角を見つめるブライト。
そこにこちらに向かって飛んでくる何かが見えた。
最初は鳥かと思ったが近付くにつれ、それは鳥ではなく二人の赤ん坊であると分かった。
空を飛ぶ二人の赤ん坊が誰かなど特定するのは容易かった。
「ミルキー?ナルロ?」
「バブ!!」
「ガビーン!!」
シェイドはサンドヨットを減速させて緩やかに停止すると必死の形相の二人を迎えた。
自分の言葉を理解してくれるシェイドに対してミルキーが身振り手振りを交えて状況を説明する。
「バブバブ!バブブバブ、バブ、バー!バブ、ブブイブイ、バブブー!!」
「何っ!?ファインとレインが!?どの方角に行ったんだ!?」
「バブー!」
「あっちだな?分かった!危険だから二人はすぐに城に戻るんだ!ミルキー、母上への説明は頼んだぞ!」
「バブ!」
「ナルロ、ミルキーを任せたぞ!」
「ガビーン!」
状況を把握したシェイドは急いでサンドヨットを走らせた。
去って行く背中をミルキーが心配そうに見つめているとナルロが手を握ってきた。
「バブブ・・・?」
「ガビーン!」
「・・・バブ!」
ミルキーは嬉しそうに笑うと歩行器を操作してナルロと共に城に戻るのだった。
「シェイド!レインとファインに何があったんだい!?」
猛スピードでサンドヨットが走行する中、風に踊らされる前髪を押さえつけながらブライトが大きな声で尋ねる。
「マッカロンのメンバーがレインを連れ去ってそれをファインが追いかけたらしい。それでファインが危機的状況にあるそうだ」
「何だって!?」
避けたかった最悪の事態の発生にブライトは狼狽える。
しかし状況を語ったシェイドの顔にも焦りの色が浮かんでおり、彼もかなり動揺しているのが窺えてブライトはなんとか自身の心を落ち着けるように努めた。
シェイドはきっと二人の救出の為にサンドヨットを走らせているのだろうから自分も動揺なんかしてないでいつでも動けるように備えておかなければ。
そんな風に思考をクールダウンさせていると月の国の紋章が刻まれたサンドヨットが近くに寄ってきて兵士がシェイドの名を呼んできた。
「シェイド様!もしやおひさまの国のプリンセスファイン様とプリンセスレイン様をお探しですか!?」
「そうだ!君達もそうなのか!?」
「はい!ムーンマリア様のご命令で救出に馳せ参じた次第でございます!」
「分かった!では同行を頼む!」
「ハッ!」
「シェイド、あそこ!」
ブライトが切羽詰まった声と共にある方角を指差す。
その先を追って視線を向ければ一般のサンドヨットの外側に両手で必死に縁に掴まりながら風圧に晒されるファインとその肩に掴まるプーモの姿があった。
「ファイン!!」
ファインの名を叫びながらシェイドは舵を切ってサンドヨットの進路を変える。
シェイド達の乗るサンドヨットが緩やかに離れて行くのを見て兵士達も慌てて同じように舵を切った。
一方でファインは猛スピードによって生じる風に全身を殴られてドレスも結った髪もバタバタとたなびく中、何とかして這い上がろうとしていた。
しかしあまりにも風圧が強くて掴まっているのが精一杯だ。
風が煩くてシェイドの呼ぶ声も耳に届かない。
「うぐっ・・・ぐぐぐ~・・・!」
「待っててファイン!今すぐ助けるわ!」
「大人しくしてろ!」
「きゃっ!!」
ファインを助けに行こうとするレインだったが、思いっきりドレスの裾を踏まれて転んでしまう。
「あ、レイン!レインに何すんのよ!!」
「レイン様!!」
「ちょっと!ドレス踏まないでよ!危ないじゃないのよ!」
「黙れ!大人しくしろって言ってるだろ!!」
臆する事なく強気で抗議しながらレインはドレスの裾を引っ張る。
しかし男の踏みつける力の方が強くて抜き出す事は叶わない。
「こうなれば・・・!」
「プーモ!?」
ある決心をしたプーモがファインの腕を伝ってサンドヨットに乗り込む。
男はレインのドレスの裾を踏んだりサンドヨットを操作するのに忙しくてプーモが乗った事に気付いていない。
プーモはグッと拳を握ると男の足目掛けて突進した。
「プモー!!」
「プーモ!?」
「な、何だ!?」
特攻してきたプーモにレインも男も目を白黒させて驚く。
その隙にプーモは男の足にしがみつき、スーツの裾を捲る。
そして剥き出しになった肌に思いっきり噛みついた。
「いだぁああ!!」
突然走った激痛に男は思わず飛び上がる。
それによってドレスを踏みつけていた足は退かれ、その隙を逃さずレインはドレスを引っ張りながら男と距離を取る。
「クソッ!何しやがる!!」
「プモッ!!?」
男は涙目になりながらプーモを引っ掴み、思いっきり後方に向けて投げ飛ばした。
「ピャアーーー!!」
「「プーモ!!」」
飛んで行くプーモをファインとレインは目で追う。
助けてあげたかったがファインは未だ縁に掴まった状態であり、レインも追おうとしてもプーモが飛んで行く方が早くてそれは出来なかった。
プーモもプーモで投げ飛ばされてる状態では上手く体勢を取る事も出来ず風に流されるまま宙を舞う。
レインを救えたのはいいがそれも一時的なもの。
ファインは未だに縁に掴まったままで、無事に乗り込めても強盗が操作するサンドヨットなど危険極まりない。
早く助けに戻らなければいけないのに流されるままの自分が歯痒い。
悔しく思いながらも叫び続けていると突然、プーモを誰かが強く握って受け止めた。
「大丈夫かい、プーモ!?」
プーモをキャッチしたのはブライトだった。
「プモッ!?ブライト様!!かたじけないでプモ!」
「気にしないで!それよりもレインとファインは無事なのか!?」
「レイン様はドレスの裾を踏まれていて動けなかったのでプモが何とかして来たでプモ!ただ、ファイン様が未だあの状態で・・・」
「クソッ!」
シェイドが悪態を吐いて帆を微調整しながら少しでも早く追いつこうとする。
その間に動けるようになったレインがすぐさまファインに駆け寄って引っ張り上げようと試みる。
「ファイン!今すぐ助けるわ!」
「レイン!」
「うぅ〜!って、あららら〜!!?」
元々レインは運動が苦手で力はあまりない。
その為ファインを引き上げる事は愚か、風に負けてバランスを崩し、自分自身が落ちそうになってしまう。
「レイン!?」
レインの危機に驚いてファインは火事場の馬鹿力で慌ててサンドヨットに乗り込むとレインの腕を引っ張った。
間一髪の所で落下を免れてレインもファインも安堵の息を吐く。
「大丈夫?レイン」
「ええ。ありがとう、ファイン。ファインも大丈夫だった?」
「なんとか。それでさ、どうする?」
「どうする?」
「やっちゃう?」
「やっちゃう?」
「「やっちゃっちゃおう!!」」
二人同時に拳を突き上げて明るく言い放つ。
こうなった時の二人はもう誰にも止められない。
ファインとレインは男を見据えると飛びかかった。
「とりゃーーー!!」
「えーい!!」
「うおっ!?」
二人同時に操作ハンドルを握り、操縦権の奪取を試みる。
「な、何しやがる!?離せっ!!」
ファインとレインにハンドルを持っていかれそうになって男は慌てて力を入れてハンドルを自分の側に引き戻す。
それに対して二人は負けじと再び同時に力を込めて自分達の側にハンドルを持っていき、それをまた男が引き戻す。
そんな綱引きのようなやり取りをしている所為でサンドヨットは右へ左へと蛇行する。
後ろにいるシェイド達は当然驚いたが、またあのふたご姫がやらかしているのだと思ったら妙な納得感しかなかったという。
しかしハンドルの取り合いに夢中になってるファインとレインと男はサンドヨットが大きな岩にぶつかろうとしている事に気付いていなかった。
「あっ!前!前!!」
一足早くファインが気付いて岩を指差しながら叫ぶも時既に遅し。
少し遅れて気付いたレインと男が悲鳴を上げる間も避ける暇もなくサンドヨットは盛大な破壊音と共に岩に衝突するのだった。
「きゃあーーーー!!!」
岩と衝突した強い反動でレインが空高く投げ出される。
スローモーションのように時が流れる中、レインの目に映るのは綺麗な青空と自国が照らす眩しいおひさまの恵みの光。
そして背後に待ち構えるはレインの体格と同じサイズのゴツゴツとした岩のベッド。
しかしレインがその岩に気付いた様子はなく、放物線を描いていた体が落下の曲線を描き始めたその時―――
「レイン!!」
凛とした声と共にブライトがサンドヨットの縁を蹴って飛び上がる。
彼は空中でレインを抱き留めながら素早く体を捻って落下地点をずらす。
ギリギリの所で落下地点は岩の真横となったが直撃しないだけマシだ。
だが勢いを殺す事は出来ず、ドンッと体を打ち付けた後、ブライトはレインを抱きしめたままゴロゴロと砂の上を転がった。
その際に彼はレインを離すまいと腕に力を込めて全力で抱きすくめる。
それから何回か転がった後に漸く勢いは収まり、ブライトは腕の中のレインを気遣った。
「大丈夫かい?レイン」
「は、はい!ありがとうございます、ブライト様・・・!」
「どこか怪我は?」
「ブライト様が守ってくれたから怪我は大丈夫・・・って、それよりファインは!?」
想い人の腕に守られてときめいていたのも束の間、同じく投げ出された筈のファインを思い出してレインは慌てて起き上がってその姿を探す。
ファインは低く投げ出されたのか、全壊したサンドヨットの近くに転がっていた。
「うぅ・・・あいたた・・・」
元々体が頑丈な事もあって投げ出された衝撃以外に大きな怪我をしていなかったファイン。
サラサラと滑る砂の上に起き上がって頭を振り、ドレスに着いた砂を軽く払う。
と、そこで乱暴に左手首を掴まれて無理矢理立たされた。
「オラ、立て!」
「わぁっ!?何すんのよ!?」
「お前を人質にするんだよ!大人しくしやがれ!」
「ふーんだ!人質になんかなってやらないもん!!」
「黙れ!怪我したいのか!?」
男は腰に下げていた警棒を取り出してファインの頭上に翳す。
いつかの宝石の国でシェイドを襲おうとし、自分にも振り下ろされそうになった警棒。
目前に迫る危機的状況にファインは一瞬怯んだものの気丈に振る舞って毅然と立ち向かう。
「そ、そんなもの見せられたって怖くないんだから!」
「あんだと!?」
「それよりこの砂漠には逆立ちサソリっていうもっと怖~いのがいるんだよ!!それに比べたら―――って、ああ!!?」
ファインが男の肩越しに何かを見て驚きの声を上げる。
それは陽動させるでも隙を誘うものでもなく、本気で驚いているようだった。
気になって男も後ろを振り返ると、そこには逆立ちサソリをまとめる女王サソリが立ちはだかっていた。
自分よりも大きい女王サソリの存在に流石の男も驚きに飛び上がる。
「うひゃあああ!!?じょ、女王サソリだぁあああ!!?」
「騒がしくするから怒って出てきちゃったんだ!!」
「お、おおおお前プリンセスだろ!?プリンセスなら民を守る為に体を張ったらどうだ!!」
「わぁっ!?」
動きにくい砂の上で男に無理矢理突き出された事でファインは躓き、べちゃりと転ぶ。
慌てて起き上がるも眼前に迫る女王サソリの威嚇と気迫に圧されて立ち上がる事が出来ない。
「あ、あれ?なんか怒ってない?もしかして前に追い払ったの覚えてる!?」
ファインとレインがプリンセスグレイスから使命を授かったばかりの頃。
月の国に訪れた二人は星の泉の塔を破壊した事とラビラビ族を怒らせた事から強制労働に駆り出され、その時にさせられた発掘工事の音で女王サソリの怒りを買って襲われそうになった。
そこでプロミネンスの力を使い、現れた楽器を使って追い払ったのだがどうやらその時の事を覚えていて且つ根に持っていたらしい。
じりじりと迫り、大きな尻尾を掲げながら睨んでくる女王サソリのターゲットは完全にファインに定められており、それを後ろ目に男は走って逃げようとする。
「へ、へへっ!この隙に・・・!」
「悪事を働く奴が民として扱われると思うなよ」
「なっ!?」
眼前にシェイドが立ちはだかり、彼は愛用の鞭を容赦なく男に向かって繰り出す。
「はぁっ!!」
鞭は男の体にグルグルと巻き付き、シェイドはそれを鋭く引っ張って縛り上げる。
そして力の限り持ち上げるとそれを女王サソリの頭の上に投げ落とした。
「ぐえっ!!」
ゴチン!という固いものと固いものがぶつかり合う音が乾いた砂漠に響く。
男は石頭だったようだ。
これによって男の方は気を失ったものの、女王サソリは更に怒ったようで目を吊り上げて猛毒の宿る尻尾を突き刺そうとしてくる。
「わぁああああ!!?」
慌てるファインの前にシェイドが颯爽と踊り出る。
そして懐から法螺貝を取り出すと息を拭き入れて大きな音を鳴らした。
「~~~~~!!!」
法螺貝独特の音とあまりの大音量に女王サソリは耳を抑えると大急ぎで砂を掘り分けて地中に潜っていった。
迫っていた危機は去り、騒動の連続の中で突如として訪れた静寂と安全にファインは呆然としながらシェイドを見上げて気の抜けたような事を聞く。
「・・・法螺貝?」
「お前達がプロミネンスで出した楽器を使って女王サソリを追い払った事があるだろ。あの教訓から誰でも使えて持ち運びが楽で大きな音を出せる物として法螺貝を採用して全てのサンドヨットに積み込むように義務付けたんだ」
「そうなんだ・・・」
「立てるか?」
女王サソリの気配が完全になくなったのを確認してからシェイドはファインの方を振り返り、手を差し出す。
ファインは未だ呆然としながらも差し出された手を掴んで立ち上がる。
数時間前に酷い喧嘩をしたばかりだというのに何のしこりもなく真っ直ぐシェイドを見つめられる自分が何だか不思議だった。
「怪我は?」
「へーき」
「巻き込んですまなかった」
「え?巻き込んだって?」
「ファイン!」
「ファイン様!」
聞き返した所でレインとプーモの呼ぶ声に弾かれたようにファインは振り向き、駆け寄ってくる二人に自身もすぐに駆け寄った。
「レイン!プーモ!」
スルリと自分の手を抜けて駆けて行く後ろ姿が、いつかのふしぎ星の平和を祝うパーティーの時と重なる。
相変わらずすり抜けるのが上手いし、それを許す自分もなんだかんだ甘いとシェイドは苦笑せずにはいられなかった。
「レイン、プーモ、大丈夫だった?怪我は?」
「私は平気。ブライト様が助けてくれたから」
「僕もでプモ!」
「そっか、良かったぁ」
「それよりファインも大丈夫だった?怪我はしてない?」
「アタシもへーき!その・・・シェイドが助けてくれたから・・・」
そう語るファインからは気まずい空気は感じられず、代わりに頬を赤く染めて乙女な雰囲気を僅かに醸していたのを見てレインは「そう、良かったわ」とニッコリと微笑むのだった。
「二人共、話はサンドヨットでするから急いでパーティーに戻ろう」
「「うん!!」」
ブライトに促され、二人はブライトとシェイドが乗って来たサンドヨットに乗って城へ帰還する事にした。
マッカロンのメンバーは同行していた月の国の兵士に任せて二人はシェイドの操縦するサンドヨットでブライトからこれまでの経緯について説明を受ける。
プリンス達だけでマッカロンを捕まえようとしていた事、『男の子の秘密』はマッカロン討伐作戦であったという事、パーティーを抜けたのはその討伐作戦を実行する為であった事など。
それらを聞かされる度にファインとレインとプーモは驚いたり頷いたりして、見ていて説明するのが少し面白かった。
「じゃあ、ブライト達はあの強盗団を捕まえる為に動いてたんだ?」
「ああ。でも肝心のメンバーの方を取り逃してしまったんだ。それがまさかと言うかやはりと言うか、パーティーに紛れ込むなんてね」
「そうだったんだ・・・」
(じゃあ、さっきの巻き込んですまなかったっていうのはそういう・・・)
呆然と呟きながらファインはサンドヨットを操縦するシェイドの横顔を盗み見る。
最初に言われた時はどういう意味か分からなかったがブライトの説明で合点がいった。
それだけではなく、今日のパーティーの前半で席を外した事、そしてもしかしたら今朝の喧嘩もそういう事だったのではないかと。
思い至りそうになってシェイドが視線に気付いたのか、こちらを振り返りそうになったのでファインは慌てて顔を伏せた。
今は何だか色んな意味で顔を合わせられそうにない。
「でもレイン達はどうして彼らがマッカロンのメンバーだと分かったんだい?」
「ミルロとリオーネとミルキーがフラワーアレンジメントに使う材料を取りに行ったら床下から出て来たって」
「それでミルロが似顔絵を描いてみんなでそれを覚えてやっつける事にしたの」
「そうだっのか」
「・・・あの資材室か。クソッ、大臣め。資料には残してない秘密の抜け道を作ってたのか」
険しい顔つきで怒りを滲ませて呟くシェイドにファインもレインもブライトも苦笑いを溢す。
この件については深くツッコまない方が良さそうだ。
そう判断してブライトは話題転換も兼ねて申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当は裏で全てを片付けるつもりだったんだけどみんなを、そして二人を危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳ない」
「謝らないで、ブライト様」
「アタシ達はプリンセスとしてやるべき事をやったまでだよ」
「だから巻き込まれただなんて思ってないわ」
「レイン、ファイン・・・」
「それにプーモが助けてくれたしね!」
「そうそう!プーモ、あの時は助けてくれてありがとう!とっても助かったわ!」
「お二人を守るナイトとして当然の務めを果たしたまででプモ!」
誇らし気に胸を張るプーモにファインとレインは笑い合う。
巻き込んでしまった事への申し訳なさと己の不甲斐なさから来る悔しさは僅かに残ったものの、大切なふたごのプリンセスが笑顔なのだからいいかとブライトは納得する事にした。
そしてそれはシェイドも同じで、花のように笑う二人を見て密かに笑みをうかべるのだった。
「あ!ファインとレインよ!」
「ブライト様とシェイド様も一緒だわ!」
会場に戻った四人は正面扉からではなく、脇の扉から何事もなかった風を装って入場するとその姿をリオーネとソフィーが見つけた。
他の面々も四人の存在に気付くと急いで駆け寄って四人を囲んだ。
「ファイン!レイン!お帰り!!」
「二人が無事で本当に良かった・・・!」
涙ぐみながらファインとレインの無事を心の底から喜ぶリオーネとミルロ。
「全く、油断するなんて本っ当にお間抜けですこと!」
「そうよ!アルテッサがどれだけ心細そうにしたり泣きそうになった事か!」
「ちょっソフィー!?変な嘘を言わないでちょうだい!!」
「どうしたのアルテッサ?本当の事でしょう?ね、タネタネプリンセス?」
「ええ」
「私達何度も励ましたわ」
「その度にアルテッサは『そうよね』って言って顔を上げてたわ」
「イシェル!ゴーチェル!ハーニィ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアルテッサとニコニコ微笑むソフィーとタネタネプリンセス。
「バブー!バブバブイ!!」
「ガビーン!」
歩行器に乗ったミルキーとナルロがファインとレインの無事を笑顔と身振り手振りで喜ぶ。
「バブバブ!バブブバブバブバッ!ババブイバブイ!」
「え?そうなの?」
「ミルキーはなんて?」
「シェイドとブライトにアタシとレインがピンチなのを伝えてくれたのはミルキーとナルロなんだって。ナルロがシェイド達が帰って来る方向を教えてミルキーがこの歩行器に乗って伝えに行ったって」
「そうだったのね。ありがとう、ミルキー、ナルロ」
「お陰で助かったよ」
「バブ!」
「ガビーン!」
「みんなも心配かけてごめんね」
「この通り私達は無事よ」
「そしてプリンセスの皆様もパーティーも何事もないようで安心しましたでプモ!」
「当然よ!何てったって私達はプリンセスなんですから!」
アルテッサが皆を代表して胸を張って言い放ち、他のプリンセス達もプリンセスとして誇り高い微笑みを浮かべる。
頼もしき友人達とパーティーを守れた事に、そしてプリンセスとしての務めを共に果たせた事にファインとレインは胸がいっぱいになる。
そうやってプリンセス一同が誇りと達成感に包まれている後ろでプリンス達も同じように得意気に報告し合った。
「お帰り!ブライト、シェイド!」
「怪我が無いようで何よりです!」
「しかもプリンセスファインとプリンセスレインをお救いして戻ってくるとは流石です!」
「しっ!ティオ、声が大きいよ」
「見た感じ、招待客には上手い事誤魔化しているんだろう?軽はずみな事は言うな」
「し、失礼しました・・・」
「だがパーティーを守ってくれた事、感謝する」
「プリンスとして当然の役目を果たしたまでであります!」
「ただ、プリンセスの皆様方には全てバレてしまいまして・・・」
「ムーンマリア様への報告の時に説明してって迫られちゃって・・・」
「という事は―――」
もしやと思い、ブライト達がプリンセス達の方を振り返ると―――プリンセス達は半目になってニヤニヤしながらヒソヒソ話をするように寄り集まりながらこちらを見ていた。
「『男の子の秘密』とか言ってさぁ」
「女の子の干渉は禁止だなんて言ってたけど」
「要はカッコつけて悪者退治に行きたかっただけって事ですわね」
「仕方ないわ。男は面子を大事にする生き物だってお父様が仰ってたもの」
「でも取り逃がして私達が捕まえた上に秘密が全部バレたから面子もへったくれもあったものじゃないわね!」
「それを言ったらおしまいよ、ソフィー」
「可哀想だからなるべくそっとしておいてあげましょう」
「バブゥ」
ファイン、レイン、アルテッサ、ミルロ、満面の笑顔のソフィー、イシェル、リオーネ、ミルキーの言葉の刃が容赦なくプリンス達の心にグサグサと突き刺さる。
ちなみにミルキーの隣に座っているナルロも『男の子の秘密』を共有していた側なので気まずそうに冷や汗をかいて目を逸らしていた。
「・・・お前ら、何が言いたい」
「男の子ったら」
『やーねー』
アルテッサの言葉の後にプリンセス一同が重ねた言葉に、勇敢にも前に進み出て尋ねたシェイドは気まずそうに顔を逸らし、他のプリンス一同も顔を下に向ける他なかった。
穴があったら入りたいとはこの事だろうか。
大義の為だ、平和の為だ、冷やかされようとも胸を張ればいい。
と、自分に言い聞かせれば言い聞かせる程込み上げてくるこの羞恥心はなんだろうか。
それもこれもやはり秘密がバレてしまった事に尽きるだろう。
何も反論出来ずただただ羞恥心に耐えるプリンス一同を救うように澄んだ声がプリンス達とプリンセス達の間に差し込む。
「プリンセスファイン、プリンセスレイン」
「「ムーンマリア様!!」」
ムーンマリアに呼ばれてファインとレインはすぐに駆け寄る。
思えば自分達はマッカロンのメンバーに連れて行かれてバルコニーから出て行った身だ。
無事を報告せねばなるまいとファインが最初に口を開き、その後にレインも続く。
「あの、ご心配をお掛けしてすいませんでした!」
「私達の所為でパーティーが混乱しなかったでしょうか?」
「いいえ、プリンセスの皆が機転を利かせてくれたお陰で混乱が起きる事はありませんでした」
「みんなが!?」
「まぁ・・・!」
驚いてファインとレインはプリンセスのみんなを振り返る。
みんなは得意気に微笑んでいた。
ファインとレインが連れ去られてアルテッサが叱咤した後、残ったプリンセス達で何でもない風を装ってパーティーを円滑に進めたのだ。
招待客に何があったのか聞かれる事があっても皆で上手く誤魔化し、フラワーアレンジメントを披露する事で騒動の空気を流していたのである。
友人達の機転にファインとレインは心からの感謝と敬意と称賛の眼差しを送った。
「表向きは貴女達がお客様を星の泉へご案内しようとバルコニーから飛び出して行ったという事になっています」
「ええっ!?」
「そんなので通じたんですか!?」
「ええ。お客様の殆どが『おひさまの国のプリンセスなら納得だ』と口々に言っていました」
「「〜!!」」
「まさか普段の行いがこんな所で役に立つとは良くも悪くも思わなかったでプモ」
恥ずかしさから顔を真っ赤にしてる二人の傍で事の成り行きを見守っていたプーモが肩を落としながら呟く。
喜んでいいのやら悲しんでいいのやら悩む所である。
そんなプーモのコメントに小さく笑いながらムーンマリアは月の如き優しい微笑みでもってファインとレインを気遣った。
「それよりも二人は怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です!」
「ブライト様とシェイドが助けてくれたので平気です!」
「そう、それは良かった。シェイド」
「はい」
「プリンスブライト」
「はい」
「プリンスアウラー」
「はい」
「プリンスソロ」
「はい」
「プリンスティオ」
「はい!」
「プリンスナルロ」
「ガビーン!」
「そしてプリンセスの皆さん」
『はい!』
「皆々、ご苦労様でした。お陰でパーティーの平穏は守られました、どうもありがとうございます。あなた方の働きは必ず各国の王並びに王妃殿達にお伝えします。本当にお疲れ様でした」
ムーンマリアの各国を代表した労いにプリンセスとプリンス一同は誇らしげに胸を張る。
色々ハプニングはあったものの平和を祝うパーティーが守られ、世を乱す強盗団を捕まえる事が出来てみんなは満足だった。
そして何よりも、各国のプリンセスとプリンス一同が手を取り合って平和を守れたのが嬉しく、より一層絆と一体感が深まるのを皆それぞれに感じた。
「さぁ、パーティーはそろそろ後半に入ります。控え室に花束の籠を用意してありますので引き続きおもてなしをお願いしますね」
『はい!』
プリンスとプリンセス一同は頷き、一斉に控室へと足を運ぶ。
「シェイド」
その中でムーンマリアは愛息子の名を呼ぶ。
シェイドは呼ばれるのが分かっていたのか、一同が控え室に向かっている時でもそこで立ち止まっていた為、すぐにムーンマリアの方を振り返った。
「はい、母上」
「お務めご苦労様です。貴方とプリンスの皆が怪我も無く無事に帰ってきて本当に良かった」
「背中を預けられる友人がいたからこそです」
そう語り、穏やかに笑みを浮かべるシェイドにムーンマリアは心からの安堵を覚える。
普通よりも大人びた振る舞いをする事から何でも自分一人で解決しようとする息子が友と呼べる存在を作り、頼りにするようになるなどこれほど嬉しい事はない。
自分が病弱である為に今まで沢山の負担を背負わせてきた。
しかしシェイドはその不満を一切口にする事なく一人で黙々と全てを背負って歩み、これからもそうしようとしていた。
けれど友が出来た事で弱音を吐きたい時や支えて欲しい時に頼りにする事が出来る。
勿論、女王として自分がしっかりしなければならないのだが、それでもまた自分に何かあった時にシェイドは一人で抱え込む事なく周りを頼りにする事が出来るだろう。
あのお転婆なふたご姫を始め、各国の頼もしきプリンセスとプリンス達ならばきっと力になってくれるに違いない。
ムーンマリアはプリンセスとプリンス達の存在に、そしてシェイドと友人になってくれた事に心から感謝した。
「ミルキーからマッカロンがパーティー会場に侵入したと聞いた時に何もしないようにと止めようとしたのですけどプリンセス達はどんどん行動を開始してしまって・・・全力で止めると約束をしたのに守れなくてごめんなさい」
「いえ、母上が謝る必要はありません。元はと言えばメンバーを取り逃した僕達の責任です。それにプリンセス達の行動力を少し見くびっていました。思った以上に皆お転婆でしたね」
「そんな事を口にしてしまってはプリンセス達に怒られてしまいますよ」
「ご心配なく。あしらい方はもう慣れているので。それにおひさまの国のふたごのプリンセスに比べればまだ可愛い方だと言えばいくらか留飲を下げてくれるかと」
「そうしたら今度はプリンセスファインとプリンセスレインが怒りますよ」
「それこそ慣れているので問題ありません。長い付き合いですから」
「フフ、けれど親しき仲にも礼儀ありという言葉があります。喧嘩になったら後が大変ですよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと仲直りしますから」
それとなくファインとの喧嘩についてまた言及してみたが、今度は顔を逸らす事なくシェイドはムーンマリアの意図を汲み取って柔らかく答える。
どうやらいらぬ心配だったようだ。
これで心置きなくパーティーを進められる事にムーンマリアは気持ちが軽くなるのを感じるのであった。
全ての憂いが取り払われて幕を開けたピースフル『フラワー』パーティー後半。
そのスタートはプリンセスとプリンスそれぞれによる完成したフラワーアレンジメント作品の披露だったが色々な意味で招待客を賑わせたのは言うまでもない。
まず、プリンスサイドは城の形のトピアリーにプリンスそれぞれがドリームシードで育てた花を飾り付けるという中々に洒落た趣だった。
しかも城の窓辺や庭や屋根には木製の人形や鳥の置物が飾られているという凝ったデザインであった。
対するプリンセスサイドは圧巻の一言に尽きる。
まず最初にアルテッサの頭を悩ませたファインの巨大ひまわりがとにかく目を引く。
他のプリンセス達が育てた慎ましやかで可憐な花が霞んでしまう程の圧倒的存在感を放つひまわりのインパクトが良くも悪くも強かった。
そこで巨大ひまわりを中心に花を飾り、ミルロの提案でリボンも付けようとなったのだがむしろインパクトを強めるだけになってしまった。
それからファインとレインが連れて行かれてしまった事もあってプリンセス達はあまり集中する事が出来ず、けれどもフラワーアレンジメントをしている態を装わなければならなかったので半分適当な飾り付けをしてしまった結果、美的センスや調和性というものを通り越して一種の未知なるジャンルの芸術に昇華されたのは果たして良い事なのか悪い事なのか。
巨大なひまわりに巻き付く花と色とりどりの大量のリボンは人々を圧倒させ、また隠されたメッセージがあるに違いないと考察する者まで出て来る始末。
勿論そんなメッセージ性など皆無であるが。
どうせなら苦労を汲み取って欲しい所だが、アルテッサ達がなんとか完成させた作品を前にファインとレインが凄い凄いと言ってはしゃいでいたのでアルテッサ達はもうそれでいいという事にするのであった。
さて、作品の披露が終わり、花束の配布と歓談時間は各々思い思いの時間を過ごしていた。
美しい花々とそこから放たれる芳しい香りにレインが癒されていた時の事。
「ブライト様!ブライト様の花束をいただけないでしょうか?」
「私も!」
「私にも下さい!」
数人の貴族の女性がブライトに群がって花束を欲しがった。
これで何回目だろうか。
やはりブライトは人気だ。
勿論他のプリンス達も人気だがブライトは群を抜いていると思うのは自分が惚れているからか、それとも優しく人当たりが良いが故に応対時間が長くてそう見えるだけか。
例えばシェイドなんかは複数人の女性に囲まれてもそういった応対は好まない為、軽く言葉を交わしたら上手い具合に話を切り上げてさっさと次に行ってしまう。
対するブライトの方は話しかけてきた女性達が満足するまで応対するし、なんなら加わったらその分だけ上手に会話を捌いて楽しませようとする。
ブライトのそういう紳士的で優しい所が素敵で益々惚れてしまう反面、やはり嫉妬する気持ちも大きい。
(私だってブライト様といっぱいお話ししたいのに・・・ブライト様の配るお花、欲しいなぁ)
レインは花束を配ったり歓談する中、何度もブライトから手渡される花束を見ては羨ましそうにそれを眺めていた。
花束といっても数本の花をセロファンで包んでリボンで留めただけの簡単なものだがブライトの手から渡されるものであればそれは百本の薔薇の花束にも劣らない素敵な花束だ。
(でもブライト様をデートに誘うんだもの。それを考えたら花束を貰えないくらいチャラになるどころかお釣りが来るわ)
チェリーグレイスロードを共に歩く野望をレインは忘れていなかった。
後で隙を見て誘いをかけるつもりだ。
そうしたらブライトはきっと笑顔で快諾して結婚式のヴァージンロードを歩く練習が出来るねと言ってくれて・・・と、レインが妄想に耽ろうとした時だった。
「ねぇブライト様、今週の予定は空いていまして?おひさまの国のチェリーグレイスが見頃らしいんですの。一緒に観に行きませんこと?」
(っ!!?)
突然のライバル登場にレインは弾かれたようにブライトを囲む女性達を振り返る。
すると誘いかけた女性とはまた別の女性達が我も我もとブライトにお誘いをかけていく。
(わ、私が最初に誘おうとしてたのに・・・!!)
急いで自分も誘いに行かなければという本能と今はおもてなしの最中なのだからとストップをかける理性がレインの中でせめぎ合う。
しかし本能の方がやや優勢で、レインの手がギギギと軋む音を立てそうな動きでもって伸ばされ、口がパクパクと動く。
頑張って音に乗せて言うのだ、私とチェリーグレイスロードを歩きませんか、と。
しかし―――
「申し訳ないのですが今週は用事が立て込んでいてご一緒する事が出来ないんです。本当にすいません」
「あらぁ、そうなのぉ」
「残念ねぇ」
(・・・)
パタリ、と伸ばされたレインの手が力なく下ろされる。
それまで頭の中で繰り広げられていた妄想は静かに消え去り、虚無がレインの思考を支配する。
更にレインの中で渦巻いていた嫉妬や羨望、未来への希望などといった感情は一切消え失せていた。
そうして呆然と立ち尽くすレインの傍にアルテッサがやってくる。
「どうしましたの?レイン」
「・・・ねぇ、アルテッサ。ブライト様、今週は忙しいのって本当?」
「あら、よく知ってますわね。そうなの、お兄様しばらく忙しいのよ」
「そう・・・」
「まぁこの時期はよくある事ですわ。色々な所にお呼ばれされる事が多くて―――」
「ご機嫌よう、プリンセスアルテッサ。少し宜しいかしら?」
「ええ、勿論ですわ。後でね、レイン」
招待客の婦人がアルテッサに声をかけてきた事でアルテッサは会話を切り上げ、レインから離れて行く。
一方のレインは事実の裏付けを受けてエメラルドグリーンの瞳が残念そうに深く沈む。
(・・・悲しい事なんてないわ。断られるよりマシじゃない)
そう自分に言い聞かせるも気持ちはどんどん暗くなって行く。
自分の恋が報われないのは今に始まった事ではない。
空回るのなんていつもの事だ。
なのにこんなにもガッカリしてしまうのはきっと自分でも知らずのうちに大きな期待をかけていたからだろう。
何度も夢に見たブライトと共にチェリーグレイスロードを歩く光景が呆気なく崩れ去ったのはやはり悲しい。
それがよりにもよって貴族の女性達に先を越されて無理だと知ったのだから尚更。
悔しいやら情けないやらでレインはがっくりと項垂れながら足元を見つめていると今度はファインがはしゃぎながら傍に駆け寄ってきた。
「レイン!ブライト達が用意した香水がとっても綺麗で良い香りなんだよ!ただの口実だったのにそれでも後半の準備ちゃんとしてたなんて流石だよね。今から二人で・・・レイン?」
いつもだったら同じようにはしゃいで喜んで見に行こうと言う筈のレインから反応が返ってこないのを不思議に思ってファインはレインの顔を覗き込む。
そこでレインの落ち込んだような表情を見てファインは慌てた。
「レ、レイン!?どうしたの?何か嫌な事でもあったの?」
「・・・ブライト様ね、しばらく予定が立て込んでるんですって」
「え?それって・・・一緒にチェリーグレイス見に行けないって事?」
「そうなの・・・残念だわぁ」
大きく溜息を吐いてレインは自分の中で溜まり込んでいた負の感情を吐き出す。
全て吐き出せた訳では無いが俯いていた顔が持ち上がるくらいには軽くなったように思う。
レインは苦笑いを浮かべると続けた。
「仕方ないから今回は諦める事にするわ。予定が立て込んでちゃ仕方ないものね」
「でも・・・」
「いいのよ、気にしないで。心配してくれてありがとう。ファインが心配してくれたお陰で元気が出たわ。さ、香水を見に行きましょう」
辛さを振り切るようにしてレインは足早に香水の置かれたテーブルへ向かう。
「レイン・・・」
寂しそうな背中を見つめながらファインはレインの名を呟く。
レインはいつもそうだ、辛くても落ち込んでも心配かけさせまいと気丈に振る舞って無理矢理笑顔を見せようとする。
ふたごと言えど姉だからか、それともいつも甘えている自分がそうさせてしまっているからか。
もしも後者だったら申し訳なくて仕方ない。
でも申し訳なく思うだけではダメだ。
レインの為に出来る事をしようとファインは踵を返して真っ直ぐ歩き始める。
望み通りにしてあげられないのは残念だが少しでもレインが喜んでくれる事を願ってファインは口を開く。
「ブライト、ちょっといい?」
続く