ピースフルパーティーと虹の蜜 第五章~月の国~
砂漠の西にある廃墟の街を包む砂嵐は徐々にその威力が弱まりつつあった。
大昔、この街は月の国の城下に次いで大いに栄えていた。
しかしある時を境に住民はどんどん離れていき、街は瞬く間に廃墟となっていったという。
何が起こったのかどうしてそうなったのかその原因は未だ解明されていない。
一つ言える事があるとすればそれは砂嵐が原因ではないということ。
砂嵐は街が出来た頃に発生したものであり、街はその砂嵐の中心で長きにわたって栄えていたのだ。
であるからして街が廃墟になった理由は他に何か原因があるに違いなかったがその謎を解ける者は未だおらず、これはふしぎ星に住む学者たちの間では定番となっている議論の話題でもあった。
「俺は何回か調査隊と同行してこの廃墟の街に来た事がある。そこで分かったのが当時から宝石の国の技術力は高かった事、かざぐるまの国と盛んに交流があった事、しずくの国とメラメラの国がふしぎ星で剣術を二分していた事、タネタネの国とおひさまの国と共同で月の国でも育つ植物の研究をしていた事・・・他にも色んな沢山の事が発覚したが全てを発掘しきれた訳じゃない。この廃墟には歴史がまだまだ眠っているんだ」
「まさにロマンですな!」
「それがしかも砂に埋もれているっていうのが堪らないなぁ」
「砂の下に眠る過去の宝物・・・うん、胸が躍るね」
「その宝物が眠る場所を踏みにじる悪党を我々で成敗しましょう」
「ああ。過去も、現在も、未来も―――俺達の手で守るぞ!」
『おう!!』
砂嵐の止んだ廃墟の街にふしぎ星のプリンス達が剣を片手に降り立つ。
照り付けるおひさまの恵み、乾いた空気、砂で僅かに埋もれている石畳を踏みつける足音・・・それだけが今、この砂漠の廃墟の街に響いていた。
砂嵐の名残の風がからかうように先頭を歩くシェイドの前に吹いて砂を悪戯に舞い上がらせるが彼は揺らがない。
前だけを見据える彼は、そしてその友であるプリンス達は惑わされない。
廃墟を包む異様な静けさにも、殺しきれていない気配にも―――。
「強盗団マッカロン並びに元大臣の手下ども、よく聞け。お前らは完全に包囲されている。怪我をしたくなかったら大人しく投降しろ」
廃墟の街の中央にシェイドの最終通告が響き渡る。
しかしというかやはりというか、大人しく従う気配は全くない。
刹那、建物の二階と思われる屋上―――殆どの建物の一階部分は砂に埋もれているので恐らく元は三階建てだったのであろう―――から黒装束に身を包んだ一人の男が躍り出て、おひさまの恵みに照らされてギラリと輝く鋭い矢をクロスボウから放つ。
空気を切り裂いて真っ直ぐにシェイド目掛けて剛進してくるそれはアウラーの剣によって叩くようにして強く斬られる。
矢は真っ二つになって地面に虚しく墜落した。
「交渉・・・決裂だね」
いつも明るく前向きな彼からは考えられない程冷たく落ち着いた声音で放たれる言葉にシェイドは静かに頷く。
「みんな、遠慮はいらない。まとめて全員ねじ伏せるぞ!」
シェイドの号令でブライト達は一斉に剣を構えて戦闘態勢に入る。
「王宮暮らしの坊ちゃんどもが粋がるなよ!」
「世の中の厳しさってのを思い知らせてやる!」
「野郎共かかれ!!」
「数で押し潰せ!!」
強盗団マッカロンの残党四人が姿を現して号令をかけると元大臣の手下達が建物の中や影からワラワラと登場して姿を現す。
シェイド達は囲まれる形となるがそれも想定内の事。
互いに円になって背中を預け合い、武器を手に襲い来る敵を見据えながら地面を蹴って果敢に迎え撃った。
「大臣と接触した事あるって言ったし部下も見た事あるけどこんなにも多かった記憶はないんだけど!」
敵の太刀筋を読んで躱し、華麗な剣捌きで敵の刃を弾き返して次々と斬り伏せながら問いかけるブライト。
「腐っても大臣やってたからな。部下を誑し込むノウハウを生かして犯罪者やならず者、地位や権力や金を求める欲に塗れた奴らを上手い事言いくるめて部下にする方法をマッカロンどもも真似して増やしたんだろ!」
風と共に走り抜け、素早い一閃を叩きこんで敵を沈めながら答えるシェイド。
「悪い奴らがこれだけいるのにも驚くけど、でも一気に捕まえる事が出来て丁度良いね!」
力強い一振りで敵の持つ武器を押し返して圧倒させていくアウラー。
「ですな!こやつらを成敗してプリンセスファインとプリンセスレインが作ったこの平和を守り抜きましょうぞ!」
火が舞い踊る様を思い起こさせる流れるような剣技をお見舞いするティオ。
のように見えたがその刃は敵に届いてはおらず、演舞を披露しているだけだった。
しかし剣を振るっているので敵も迂闊に近づく事が出来ずに戸惑っている様子。
「ティオ、敵に当たってないぞ・・・」
「僕としてはこのまま続けて欲しい所ですけどね」
明るい声が聞こえたと思ったその瞬間、ティオの周りで戸惑っていた敵が次々と「ふあ・・・」だの「いだっ」だの間の抜けた声や痛がるような声を上げてその場に倒れていく。
一体何事かとシェイドが目を凝らすといつの間にやらソロが敵の肩の上に乗っていて、タネタネ人用の針のような小さな剣でプスッと首筋を刺す姿が目に映った。
恐ろしいものを見るような目でシェイドはソロを見ながら慄く。
「ソロ、お前・・・」
「安心して下さい。鞘の底に強力な睡眠薬の液体が入っていてそれに剣を浸して刺しているだけですから」
「このふしぎ星で一番敵に回してはいけないのはタネタネ人だな・・・」
「さ、流石大きさの問題を知恵でもって解決する種族だね・・・」
「ティオが敵を惑わせてる隙にソロが忍び寄って強襲する作戦かぁ。素晴らしい戦法だね!」
「おお!私の剣技がこのように役立つとは・・・!このティオ、ソロ殿の為にも更に舞い踊ってみせますぞ!」
ソロの戦術に感激したティオは言葉通り更なる剣技を見せつけて敵を動揺させる。
途中でいつものようにドジを発揮して転んでしまったがそれに油断した敵をソロが眠らせた為にピンチに陥る事はなかった。
シェイド達は気を取り直すと剣を構え直し、再び敵と対峙した。
その最中、アウラーがシェイドの素早い剣術を見て素直に称賛の言葉を送る。
「シェイドって剣の扱いも得意なんだな。戦い方も月の国らしく速くて凄い」
「褒めてくれるのは有難いが俺はやっぱりこっちの方がやりやすいな」
数十人の男達が立ちはだかるとシェイドは剣を収めて素早く愛用の鞭を取り出し、慣れた動きで男達を薙ぎ払う。
吹き飛ぶ男達を見てアウラーは更に瞳を輝かせて興奮する。
「うわぁ、凄い!これが話に聞いたあのシェイドの鞭か!」
「誰に聞いたんだ?」
「え?ファインからだけど?」
「・・・そうか」
何となく照れ臭くなってふいっと顔を逸らして鞭を振るう。
自然と頭にシェイドの鞭による戦い方を自慢気に語るファインの姿が浮かび、すぐにその考えを取り消すように鞭を握る手に力を込めて敵に叩きこむ。
ファインとはまだ喧嘩中だし何より今は戦いの真っ最中なのだからそんな事を考えては命取りになる。
そう言い聞かせながらシェイドはどんどん敵をねじ伏せていく。
「そうだ、折角だから今度剣術大会を開くのはどうかな?きっと盛り上がると思うんだ!」
「それいいね、ブライト!やろうよ!」
「僕も賛成です!」
「このティオも賛成でございます!」
「シェイドもいいよね?」
「仕方ない」
「相変わらず素直じゃないなぁ。タネタネの国で行われたプリンセスパーティーの決闘の決着を着けようじゃないか」
「月の国のグレイスストーンの奪い合いでお前が勝ったからそれでいいだろ」
「キミあの時鞭を使ってたじゃないか。僕は主にブーメランを使っててブウモのアシストもあったし。あれはノーカンだよ」
「めんどくさい奴だな・・・」
「ベラベラとお喋りして調子乗りやがって!」
「ここを何だと思ってるんだクソガキども!」
二人の大男が両手に大きな剣を持ってシェイド達目掛けて力任せに振り下ろす。
それをシェイド、ブライト、アウラー、ティオが鉄と鉄がぶつかり合う大きな音を響かせながらそれぞれ一本ずつ受け止め、風圧で砂が舞う。
彼らは瞳に誇りと強い意志を宿して二人の大男を眼光鋭く射抜く。
「お前達こそ今この時この瞬間を何だと思っている!」
シェイドは憤っていた。
どんな時でも諦めず笑顔を忘れなかったファインとレインが危険を承知でファイナルプロミネンスに挑み、そして全身全霊を賭けて掴んだこの平和な時間を悪事に消費する賊が存在する事が。
「この平和な時間は僕達なんかよりもずっとか弱くて強いふたごのプリンセスが作ってくれたかけがえのない尊い時間だ!」
ブライトは悔しかった。
数えきれない罪を犯し、ふたご姫の悪評を立てた自分を許し、そして再び迎え入れてくれたファインとレインが築いた平穏で幸せに満ちた時間を踏みにじるこの男達の行いが。
「それをつまらない悪事を働いて台無しにするなんて絶対に許さない!」
アウラーは決意する。
それまで繋がりの薄かった輪を強めて絆に昇華し、沢山の大切な事を教えてくれたふたご姫が守ったこの星を乱す悪人を必ず捕らえると。
「覚悟するがいい悪人共!其方達に平和を享受する時間は訪れないと思え!」
ティオは誓う。
旅の苦楽を共にし、何度もメラメラの国を救い、そしてリオーネの大切な友人であるファインとレインが守ったこの星を自分達で守るのだと。
悪人の力だけに任せた剣の圧力に誇り高きプリンス達が負ける筈もなく、彼らは見事にそれを押し返した。
「ぐおっ!?」
「ぐうっ!!」
両手に持っていた大きな剣を弾かれて二人の男は同時によろめいて後退する。
そんな二人の男の肩にソロがシュタッと舞い降りる。
「貴重な平穏の日々を牢獄で過ごすのが貴方達にはお似合いです!」
ソロは躊躇わなかった。
可愛がってくれる姉達をいつも助けてくれていたファインとレインが守り抜いたこの星を守る為にどんな敵とも戦う事を。
睡眠薬をたっぷり浸した剣を首筋に刺すとソロは軽やかに空中を一回転しながらもう片方の大男の肩に着地して同じように剣を首筋に刺す。
さしもの大男達と言えど薬の力には勝てず呆気なくその場に眠り伏すのだった。
「な、なんだコイツら!?思ったよりもつぇえ!!」
「こうなりゃ退却だ!」
プリンス達の強く鮮やかな戦いぶりにマッカロンとその一味は恐れ慄き、退却しようと背中を向けてそれぞれに街の外に逃げようとする。
しかし―――
「新月隊!前へ!」
シェイドの号令で月の国の兵士達が街を囲むようにして姿を現し、マッカロンとその一味の逃げ道を阻む。
圧倒的な力を見せつけてくるシェイド達プリンス勢と街を囲うようにして構える王宮騎士団の新月隊を前に八方塞がり状態となって一味は混乱する。
そんな中、マッカロンのメンバーは諦め悪く最後の手段に臨む。
「くそ!こうなりゃアレを使って逃げるぞ!」
「お前達、後は任せたぞ!!」
メンバーの一人が叫び、他の三人も頷いてとある煉瓦造りの廃屋の壁の一部に手を当てる。
すると煉瓦の一部はズズズという引き摺るような音と共に引っ込んで行き、何か仕掛けが作動したのか大きな音が地面から響いた。
「こ、これは一体!?」
目の前の光景にブライトは驚きに目を見開く。
地面の一部が大きな長方形を描くようにして左右に分かれて開いていく。
サラサラと流れるように砂が開かれた穴の中に流れて空洞を作る。
それから鈍い機械音が轟き、何かが上昇してくる気配がする。
兵器が出てくるのか或いは武器が出てくるのか、あらゆる事態を想定して皆それぞれに武器を構える。
しかし姿を現したのは一般で使われるサンドヨットだった。
マッカロンのメンバー四人はすぐさま乗り込むと急発進を開始する。
「避けろ!!」
危険を察知してシェイドは叫ぶと同時に横に飛び退き、ブライト達も咄嗟に地面を蹴ってそれぞれ左右に退避する。
避けた直後にサンドヨットが一秒前までブライト達が立っていた所を猛スピードで走り抜け、その際にマントが僅かに掠れる。
これがもしも直撃だったらと思うと肝が冷える思いがした。
しかし一般のサンドヨットにしてはかなりのスピードが出ており、アウラーが愕然としながら叫ぶ。
「サンドヨットってあんなにスピード出たっけ!?」
「恐らく違法改造した奴だろうな。あんなものまで隠していたとはな」
「おのれ悪党ども!逃がしはせぬぞ〜!!」
ティオが顔を真っ赤にしながら追いかけようとするも手下達が行く手を阻む。
しかしその手下達をブライトとシェイドが素早く排除して再び道を開けた。
「ここは僕とシェイドが引き受ける!アウラー達はアイツらをすぐに追うんだ!」
「分かった!行こう、ティオ、ソロ!」
「承知しました!」
「後をお願いします!」
アウラー達は頷くと振り返らずに迷いなくサンドヨットに乗ってマッカロンのメンバーを追った。
「待ちやがれ!!」
手下達がアウラー達を追いかけようとするがその行く手を今度はシェイドの鋭い鞭が伸びてきて阻んだ。
男の背中を叩きつける乾いた音が廃墟の街に響く。
「ぐあっ!」
「俺達に背中を見せるとは良い度胸たな」
「彼らを追いたいなら僕達を倒してからにしてもらおうか」
一歩も引かぬ強い瞳と隙のない構えで見据えてくるシェイドとブライトを前に手下達は冷や汗をかく。
アウラー達が抜けて主戦力のプリンスが二人だけになったとはいえ、油断は出来ない。
手下達は覚悟を決めると武器を握り締めて一斉に飛びかかった。
『うぉーーー!!!』
押し寄せる悪党の波に二人のプリンスは冷徹な表情で怯む事なく立ち向かった。
同じ頃、月の国の城では・・・。
「付き合ってくれてありがとう、リオーネ、ミルキー」
「いいのよ、気にしないでミルロ」
「バブ!」
静かな廊下を三人のプリンセスが並んで歩く。
ミルロとリオーネとミルキーだ。
彼女達はフラワーアレンジメントに使う資材を求めてミルキーの案内の元、資材置き場を目指していた。
ムーンマリアが気を遣ってメイドに持って来させようとしたが急な提案をしたのは自分達なのだから自分達で取りに行くと申し出て三人で来た次第である。
ミルロが少し申し訳なさそうに眉を下げながら続ける。
「でも、リボンを付けましょうって言ったのも取ってくるって言ったのも私なのに何だか悪いわ」
「ミルキーが言うにはリボンは沢山ある訳でしょう?一人で運ぶのは大変よ。それに丁度ワイヤーも足りなくなっちゃったし。ね、ミルキー?」
「バブバブ!」
「ほら、だからミルロが気にする事ないわ。それよりもリボンを付けるってアイディアはとっても素敵だと思うの!」
「バブ!」
「フフ、ありがとう、二人共。そう言ってくれてとっても嬉しいわ」
「さぁ急ぎましょう。ブライト様達が戻ってくる前に完成させて驚かせなくちゃ!」
「そうね」
「バブー!」
三人で笑い合い、そしてミルキーがすいーっと先頭に躍り出ると資材を置いている部屋の扉の前で止まって両腕を広げながら「バブバブ!」と呼びかける。
ここがそうだよ、と言いたいのだろう。
ミルロとリオーネは顔を見合わせると小走りに駆け寄って部屋の扉を開けた。
部屋の中の資材は箱や棚にキチンと収められており、また、資材置き場特有の埃っぽさなどは一切なく、王宮なだけあって整理整頓や掃除がよく行き届いている。
その中でミルキーは棚の二段目にある箱を手あたり次第開けては中身を確認し、違っていたら蓋を閉めてを繰り返して四回目に開いた箱の中にリボンが入っているのを確認するとリオーネとミルロを呼んだ。
「バブ~!」
「あ、リボンだわ!」
「種類が沢山あるわね」
「これだけあれば色々な飾り付けが出来そうね!」
「ええ」
「バブバブ!」
「あ、ワイヤーも!ありがとう、ミルキー」
「早速これを持って―――」
行きましょうか、と言いかけてミルロは何かの音を聞きつけてピクリとフサフサの耳を揺らして動きを止める。
「ミルロ?どうしたの?」
「・・・微かに誰かの声が聞こえた気がして・・・」
「声?メイドさんじゃなくて?」
「いいえ、違うわ。男の人よ。それも複数の」
「男の人?」
リオーネは首を傾げると同じように耳を澄ませた。
リオーネもミルロも動物系の種族とのハーフである為、人間よりもいくらか音には敏感だ。
数秒程意識を集中させるとミルロの言う通り複数の男の声と騒がしい足音が聞こえて来た。
しかもそれらはどんどん大きくなってくる。
「・・・本当だわ、どこからか男の人達が走ってくる音がするわ。でもどこから・・・?」
「ここ・・・じゃないかしら・・・」
不安そうな表情で胸の前で手を重ねながらミルロは部屋の突き当りの壁の前の床を見下ろす。
床は大きな青色のタイルで溝は黒いがそれ以外は一見すると何の変哲も無いただの床。
それなのにこの床の下から聞こえてくる音と声がどんどん大きくなっていき、言いようのない胸騒ぎにミルロの体は震えて足が竦みそうになる。
それはリオーネも同じで物凄く嫌な予感がしていた。
(逃げる・・・?でも、それをしたらこの声の正体が分からないまま・・・それがもしもパーティー会場に来てメチャクチャにしたら・・・?)
防衛本能からくる退避がリオーネの頭の中に浮かぶがプリンセスとしての使命がその選択肢を抹消させる。
これがもしもファインとレインだったら逃げずに正体を突き止めて立ち向かうだろう。
お転婆で元気で賑やかでふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと呼ばれる彼女たちはとても正義感が強くてどんな危機を前にしても逃げたりしない。
毅然と、凛とした佇まいで脅威に立ち向かい、人々の笑顔を守るその姿はプリンセスそのもので。
友人として同じプリンセスとしてリオーネは二人の隣に立ちたかった。
だから彼女は急いで部屋の中を見回して大きなロッカーを見つけるとすぐさまそれを開けて中を確認した。
ロッカーの中は期待通り掃除用具入れで、箒やバケツが綺麗に並べて入れられており、人が入るだけの余裕と隙間がある。
他にも扉にはロッカー内の通気性をよくする為か、横線の隙間が縦に三本並んでいた。
これならロッカーの中に入っていても外の様子が伺える筈。
そう確信してリオーネは叫んだ。
「ミルロ、ミルキー!今すぐこの中に隠れて!」
しかし二人の返事を待たずにリオーネはミルロとミルキーの手を引っ張ってロッカーの中に入って扉を閉めた。
「リ、リオーネ・・・」
「ゥゥ・・・」
「大丈夫、大丈夫よ・・・ほら、手を繋ぎましょう?そうすれば怖くないわ。だから二人共、絶対に音を立てちゃダメよ」
いつかレインがファインを安心させる為にそうしていたように、リオーネもレインの「大丈夫大丈夫」を真似してミルロとミルキーの手を握って二人の不安を和らげようとする。
本当はリオーネも不安と恐怖で胸がいっぱいで今すぐにも泣き叫びたかったが、それをするなどプリンセスとしての矜持が許さず、何よりもミルロとミルキーを更に不安にさせてしまう。
だから自分の為にも二人の為にもリオーネは繋いだ手に力を込めた。
それから息を潜めること数分。
音と声はミルキーにもハッキリ聞こえる程に大きくなり、くぐもった話し声がミルロが見下ろしていた床下から届くようになる。
細い隙間から三人揃って目を凝らして見守ること数分、石と石が擦り合うような鈍い音を立てて床が動いた。
「「「っ!」」」
三人は驚きに目を見開き、それでも声を上げそうになるのをぐっと堪えて目の前の事態を静かに見守る。
床が僅かに持ち上げられて数秒経過すると次にそれは完全に持ち上げられてゴトッという重量のある音を立てて隣の床の上に置かれた。
恐らく持ち上げられて数秒経過していたのは部屋の中に誰かいないか様子を探っていたのだろう。
もしも三人が悪人であったならばそうするだろうと思った。
だから持ち上げられた床の下から出て来た四人の男達もそうしたのだろう、そうでなければ他に説明がつかない。
男達は軽く埃を払う動きをするとひそひそと会話を始めた。
「なんとか逃げ込めたな」
「だが悠長にしてる暇はないぞ。多分あのプリンスどもがすぐにここを嗅ぎ付けて追ってくる筈だ、油断は出来ない」
(プリンス・・・ブライト様達の事かしら・・・?)
ふしぎ星のプリンスと言えば六人しかいない。
その内の一人はナルロで彼はまだ赤ん坊であり、今はパーティー会場にいる。
そうなると必然的に『男の子の秘密』と称して会場から出て行ったブライト達が該当する事になる。
ブライト達は一体何と関わっているのだろうとリオーネは内心疑問符を浮かべ、ミルロとミルキーも音もなく首を傾げる。
と、そこで男達が次なる動きを見せた。
「とにかく着替えるぞ。このままの姿でいたら不味い。おい、風呂敷」
「おうよ」
緑の布地に白の唐草模様がプリントされた風呂敷を担いだ男が仲間の男に促されてそれを床に置き、結び目を解く。
中身はパーティー用のスーツ一式だった。
男達はそれぞれに着ていた服を脱ぐとスーツに着替え始める。
普段であれば男性の着替えを前にしたらリオーネ達は手で顔を覆い隠すが今は恥じらっている場合などではない。
何を企んでいるのかは不明だがこれからパーティーに紛れ込むのだろう事だけは窺える。
だからしっかり顔を覚えておかなければと三人は男達の顔を記憶に刻み込む。
「こんなもんでいいか?」
「お前ネクタイ曲がってるぞ」
「なぁ、本当にこれで大丈夫か?」
「へーきへーき。ちょっと手洗いに行ってましたーって感じでしれっと会場に入ればいいんだ。後はパーティーが終わるまでなるべく目立たないようにして招待客に紛れて逃げりゃいいんだ」
一人の男が身なりを整え、もう一人の男は外した床を元の位置に嵌め込み、別の男が不安そうに尋ね、尋ねられた男が今後の流れを説明する。
尋ねた男は「だ、だよな」と未だ不安そうにしながらも仕上げとばかりに付け髭を付けた。
残りの三人も口髭や眼鏡などをかけて変装を終える。
と、そこで最初に身なりを気にしていた男がリオーネ達が入っているロッカーの方を振り返った。
「あのロッカーの内側に鏡とか付いてねーかな?俺の髭曲がってないかよく確認しないと・・・」
((イケない・・・!!))
(バブッ・・・!!)
鏡を求めてロッカーの扉に手をかけようとする男に三人は目を見開いてそれぞれ無意識に握っている手に力を込める。
緊張から掌には汗が滲んでおり、顔にも滝のような汗が浮かぶ。
リオーネはロッカーの中にある箒を手に戦うのだと己を奮い立たせようとするが足の震えを抑えるので精一杯だった。
ミルロは運動の出来ない自分が果たしてどこまで出来るか分からなかったがそれでも自分に出来る事を全力でするのだと覚悟を決める。
ミルキーはこんな時、兄のシェイドならどうするだろうと必死に頭を働かせて打開策を巡らせた。
ところが―――
「おい、余計な事すんな。音に気付かれてメイドや衛兵が来たらどうする。いくら招待客装ってもこんな所にいるの見られたら怪しまれるだろうが」
床を戻していた男が身なりを気にしていた男の肩を掴んで行動を阻止した。
「でも俺、変じゃないか?」
「心配すんな。どこもおかしかねーよ」
「ならいいけどよ・・・」
「なぁ、それよりも早く行こうぜ」
「コイツの言う通りだ。ここからあのプリンス達が来るかもしれねーし早く会場に逃げようぜ」
「だな」
男達は自分達が着ていた服を風呂敷に包んで乱雑に部屋の隅に投げ出すとそのまま出て行った。
それからたっぷり3分間警戒して男達が戻ってこないのを確認するとリオーネは静かに扉を開いた。
「行った・・・わよね・・・?」
「ええ・・・」
「よ、良かったぁ!一時はどうなるかと・・・」
「バブィ・・・」
額に浮かんだ汗を拭いながらリオーネとミルキーはロッカーから脱出する。
緊張の糸が解けてリオーネが床に座り込む横でミルロもロッカーから出るが、ミルキーの方を見て尋ねる。
「ねぇミルキー。紙とペン、今すぐ用意出来ないかしら?」
「バブ?」
「ミルロ?」
「お願い早く!何でもいいから!」
「バ、バブ!」
ミルロにしては珍しく急かすような強い口調にミルキーは驚き、慌てて部屋の中を探し回った。
未だ緊張から力が抜けているリオーネは不思議そうにミルロを見上げる。
「何をするの?」
「絵を描くの」
「絵?」
「バブ!」
「ありがとう、ミルキー」
ミルキーが用意したボールペンと色画用紙セットを受け取るとミルロはボールペンを握り締め、棚の空いているスペースを机代わりにピンクの画用紙を置いて流れるような動きで線を描き始めた。
漸く落ち着いたリオーネは立ち上がるとミルロの横に立って手元を覗き込み、ミルキーも上から見下ろすようにして作業を見守る。
しばらくミルロは無言で手を動かし、ピンク・水色・黄緑・オレンジの色画用紙に絵を描いた。
出来上がっていく絵を見てリオーネが驚きの声を上げる。
「これ・・・!さっきの人達の似顔絵!?」
「そう。忘れない内にと思って」
「流石だわミルロ!しかも完璧に再現出来てるわ!」
「ブブ~イ!」
リオーネもミルキーも男達の顔を覚えるのに必死でそれをどうやって他人に伝えるかまでは考えていなかった。
だからそれを絵に描き起こすというミルロの機転を素直に称賛した。
ミルロは最後の一枚を描き終えると二人を振り返って相談をする。
「私、あの顔に見覚えがあるのだけど・・・」
「私もよ!思ったんだけどあれ、指名手配されてる強盗団マッカロンじゃないかしら?」
「多分・・・そうだと思うわ」
「バブ!」
「プリンスって言ってたし、もしかしてブライト様達は強盗団を捕えようとしてたんじゃないかしら?」
「確証はないけど・・・席を外したブライト様達が何かしら関わっているのは間違いないわ。リオーネやミルキーは何か心当たりはある?」
「バブブ」
「・・・そういえばここ最近のティオの挙動がおかしかったような・・・」
首を横に振るミルキーと顎に指を当ててここ最近のティオの行動を振り返るリオーネ。
嘘を付くのが下手なティオの事だから口には出さずともやはり行動には出ていたのだろう。
リオーネがそれを気にせず追及しなかったのは、ティオにも隠し事の一つや二つくらいあるのだと配慮した為である。
しかしその情報だけで十分で、ミルロは真剣な面持ちになると二人を見ながら言った。
「ファインやレイン達にも伝えてこの人達を捕まえましょう」
「ええ!」
「バブ!」
「でも、なるべくこっそり対処しましょう?折角の平和を祝うパーティーで混乱を起こす訳にはいかないわ」
「勿論よ!ミルキー、ムーンマリア様にはミルキーから説明出来る?」
「バブィ!」
リオーネに尋ねられてグッと親指を立てるミルキーの姿はとても頼もしい。
三人は頷き合うと廊下に男達がいないか様子を窺ってから足早にパーティー会場に戻るのだった。
「あ、ミルキー達が戻って来たよ」
作品を前にあれこれ話していたプリンセス達。
その中でファインが戻って来たミルキー達の存在に気付いて振り返り、それを聞いたアルテッサが一歩前に出る。
「待ってましたわよ。リボンとワイヤーは見つかりまして?」
「え、ええ!見つかったわ!」
「沢山あるから・・・みんな近くに来て見てくれないかしら?」
息を切らせるリオーネとミルロの様子を訝しみながらもファイン達プリンセス一同は言われた通りにリオーネとミルロの周りに集まる。
その間にミルキーはムーンマリアの元に飛び去った。
「みんな、もっと近くに寄って」
「どうしたの、リオーネ?なんだか様子がおかしいわよ?」
焦った様子のリオーネにレインが心配そうに首を傾げるが、それには構わずにミルロは持ってきた箱の蓋を開ける。
箱の中には手で綺麗に切ったであろうメモサイズの色画用紙が何枚か入っており、綺麗な字で文章が書かれていた。
一番上の水色の画用紙には『声を出さないでこれを読んで』と書かれている。
「「え?」」
しかしここは素直なファインとレイン。
思わず声を漏らしてしまったがそれをアルテッサとリオーネが咄嗟に手で口を塞ぐ。
アルテッサが牽制するような視線を送ると二人は心得たとばかりに頷いたので解放してあげた。
それを確認してミルロは数十秒おきに画用紙のメモを捲っていった。
『落ち着いて聞いて欲しいの』
『私とリオーネとミルキーでリボンとワイヤーを取りに行ったら』
『床下から指名手配されてる強盗団マッカロンが出て来たの』
「「ええ~っ!?」」
またもや声を上げたファインとレインの口をリオーネとアルテッサが再度塞ぐ。
その際にアルテッサが叱責するように目を釣り上げて二人を睨むと二人は謝るように目で頷き、解放されると今度は自分の手で口を塞いだ。
ミルロは苦笑をすると最後のメモを捲る。
『今から変装したマッカロンの似顔絵を見せるからみんなで見つけてこっそり捕まえましょう!』
ミルロが皆に視線を配ると一同は真剣な表情で頷き、ミルロが箱から取り出した似顔絵を食い入るように見つめて記憶した。
「ああ、ミルキー!待ちなさい!」
同じタイミングでムーンマリアの引き止めるような声が響き、皆で一斉に振り返れば同じように真剣な顔をしたミルキーがプリンセスの輪に戻って来た。
「バブバブブバブ!」
「ムーンマリア様には説明してきたから大丈夫だよって。何を説明してきたの?」
「私達がマッカロンのメンバーを捕まえる事よ」
「ムーンマリア様には心配しないでってミルキーに伝えてもらってたの」
ミルキーの言葉を通訳したファインが尋ねるとリオーネとミルロが順番に答えた。
それを受けてソフィーが確認するようにミルロとリオーネに質問をする。
「ねぇミルロ、リオーネ。その強盗団は全員このパーティー会場にいるの?」
「ええ、間違いないわ」
「パーティーが終わったら招待客に紛れて逃げるって言ってたわ」
「まぁ!まさに悪人のセリフって感じね!」
「何を企んでるのか分からないけどとにかく捕まえよう!」
「みんなでこのパーティー会場を守るのよ!」
『おー!』
ファインとレインの言葉にプリンセス一同は頷いて一致団結する。
そんな中、早速イシェルが男を一人見つける。
「見て、あそこに一人いるわ」
一人の男は招待客を装って誰もいない二階の立見席を歩いていた。
堂々としていればバレないとでも思っているのだろう、男からは楽観的な雰囲気が見て取れた。
恐らく床を動かしていた男と見て間違いないだろう。
「ねぇ、あれ」
次にリオーネが花を飾る大きな銀の鉢植えの前にいる男を見つける。
男は反射する部分を鏡代わりに髭やネクタイを弄り、しきりに見た目を気にする。
身なりを気にしていた男で相違ないだろう。
「バブッ」
ミルキーが壁を背に立つ男を見つける。
男はワイングラスを片手にしきりにキョロキョロと辺りを見回しており、明らかに挙動不審だった。
こちらは不安そうにしていた男で間違いないだろう。
「あ、あの人」
最後にファインが人混みの中に紛れる男を見つける。
男は愛想良く招待客と会話を嗜んでおり、違和感なく紛れ込んでいた。
不安そうにしていた男に今後の流れを説明していた男に違いなかった。
全ての男達の確認が出来た所でアルテッサが堂々とした強気な口調で言い放つ。
「招待客を誤魔化せても私達の目は誤魔化せなくってよ。各々出来るやり方で捕えますわよ!」
『うん!』
「ま、私と言いましたらこれですけど」
アルテッサは手に三本の真っ赤な薔薇を持つとニヤリと笑う。
「アルテッサの薔薇投げ、楽しみだわ」
「フフ、特別に披露して差し上げましてよ―――キェエーーーー!!」
手を合わせてニコニコとリクエストするミルロの期待に応えてアルテッサは奇声を上げると鋭く薔薇を投げた。
薔薇は矢の如く空を切り裂きながら二階の立見席の柱目掛けて飛んで行く。
「ひぃっ!?」
カカカッ!と目の前で柱に突き刺さる三本の薔薇に男は驚いて後退る。
当たっていたら大怪我は避けられなかっただろう。
しかし安心していたのも束の間、次の瞬間男は強烈な眠気に襲われるのだった。
「ふぁっ・・・」
「探しやすいようにと二階に来て正解でした」
倒れた男の首元には剣を携えたソロが立っていた。
彼は今より少し前にアウラーとティオと共にこの会場に戻ってきてマッカロンのメンバーを探していたのである。
そこで二階の立見席に一人しかいない男、加えてあのアルテッサが何の躊躇いもなく男を足止めするように薔薇を投げたのを見てマッカロンのメンバーだと確信して刃を向けたのだ。
ソロは衛兵を呼ぶと静かに回収するようにと依頼した。
「あ!ナルロ、ミルキー。悪戯しちゃダメよ」
一方、階下のホールではミルロの咎める声が響く。
何事だろうとソロが覗き見るとミルキーの歩行器にナルロが相席し、手に水の入ったバケツを持っていた。
二人の表情は悪戯っ子のそれで、これから悪戯をするというのが見て分かった。
それをミルロは咎めたのだろうがその顔は怒っているものではなく、優しく見守るものに近い。
「バブ!バブバブ!」
「ガビン!」
ミルキーが壁際に立つ挙動不審な男を指差し、ナルロが敬礼のポーズを取る。
そして―――
「ガビーン!」
元気な掛け声と共にナルロは男の頭の上でバケツをひっくり返した。
「おわぁっ!?」
突然の水攻めに男は驚きに飛び上がる。
綺麗に被せるようにして水を掛けられたものだから頭は当然びしょ濡れで、スーツの上半身もぐっしょりと濡れていて水が滴っていた。
「あ、あぁ・・・!」
「大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「ごめんなさい、弟とプリンセスミルキーが悪戯をしてしまって」
「いぃいやいや!だ、大丈夫だ!です!」
接近してきたミルロに男は慌てる。
ミルロの何者にも臆さぬと言った雰囲気の笑顔が男には恐ろしく映り、本能に従って離れようとする。
しかしそんな男の腕をティオが強く掴んだ。
「大丈夫でございますか!?お怪我は!?」
「えっ!?いや―――」
「プリンスティオ、丁度良い所に。衛兵の方達と一緒にこの方をお連れしていただけないかしら?」
「勿論でございます!このティオにお任せを!」
「ありがとう。くれぐれも衛兵の方達と離れないようにお願いするわね。あと、お顔が凄く濡れてるみたいだからよく拭いて差し上げて」
「はい!では御仁、こちらへ!ささ!」
「あぁちょっと!!」
純粋で一生懸命なティオは男の制止も聞かずにぐいぐいと会場の外に引っ張って行く。
この様子からして男がマッカロンの一味だとは分かっていないだろう。
しかしミルロが衛兵と一緒に顔を拭くようにと念押しをしたから問題ない。
もっとも、会場の外で衛兵達と共に待ち構えていたソロが「その人、マッカロンのメンバーですよ」と教えてくれたので事なきを得たのだが。
その時にティオは驚きに慌てて男を押さえつけたので軽く騒ぎになったのだが、重厚な扉はパーティー会場にその騒ぎの音を通す事はしないのであった。
(おいおい、どうなってやがんだ!プリンスどもも戻ってきやがってるしよぉ!)
身だしなみを気にしていた男は仲間が次々と捕まって行く様子を見て焦り始める。
その所為か、足元をタネタネプリンセスが囲んでいるのに気付いていなかった。
「リオーネ、こっちこっち!」
「ここなら丁度良いと思うわ」
「早くこの方にも会場の方達にも披露しましょう」
「なっ、いつの間に・・・!?」
タネタネプリンセスの存在に漸く気付いた男だが他の招待客の視線が集まっていたのと、ファイアバトンを持ったリオーネが近付いて来た為に逃げる事はかなわなかった。
「せーの!」
「はい!」
イシェル達がオレンジ色の小さな玉を空中に投げ出し、リオーネがファイアバトンを操ってそれらに火をつけていく。
するとオレンジ色の玉はパッと開花し、中から細々と小さな花火が飛び出した。
「タネタネの国名物の『ファイアフラワー』です」
「火をつけると花が開いて中から花火が飛び出します」
「花の色によって花火の色も変わりまーす」
説明をしながらゴーチェル達は次々に小さな玉を飛ばし、リオーネがそれに火を点ける。
色とりどりの花火を見上げて招待客は感嘆の声を上げ、男は戸惑いに言葉を失う。
そこに―――
「きゃあ!」
黄色の花束を持ったソフィーが男にぶつかってきた。
その瞬間にブラッと黄色の粉が溢れて男を包み、男の顔やスーツは黄色の粉塗れになった。
「申し訳ございません!急いでいたものでして!」
「い、いやぁ別に・・・」
「まぁ大変!リンリン花の粉が付いてしまいましたわ!リンリン花の粉は中々落ちない事で有名なんですの!それをスーツに思いっきりつけちゃうなんて困ったわ~!」
ワザとらしく大袈裟にソフィーは慌てる。
勿論演技だ。
そこからソフィーはリオーネやタネタネプリンセス達と一緒にファインとレイン由来の困ったダンスを踊って困惑を表現する。
周りからしてみれば困惑しているようにはとても見えないが。
男の方も怒涛の流れに呆気に取れていたが、別の人間に強く手首を掴まれてハッと我に返った。
「大変だ、今すぐクリーニングルームに行かないと」
「っ!!」
男の手を掴んだのはアウラーだった。
「お兄様!」
「駄目だろう、ソフィー。お客様に失礼な事をしちゃ」
「はーい、反省してまーす」
ソフィーの笑顔に反省の色は一ミリも浮かんでいなかった。
「申し訳ございません、妹がとんだご無礼を。今すぐ会場の外へお連れ致します」
「け、結構だ!自分で何とかす―――」
「従え」
耳元で囁かれる地の底から響くような声に男は「ひっ・・・!」と怯えて震え上がる。
見ればアウラーの瞳は底冷えするほど冷徹に細められており、手首を握る手に込められる力も強さを増していく。
「こんな粗末な変装で誤魔化せると思っていたのか?アルテッサにもソフィーにも、そしてこの会場にいる全ての人達に手を出させやしない・・・!」
「・・・っ!」
男を威圧し、有無を言わせぬ握力でもってアウラーは男を強引に会場の外に連れ出す。
一瞬だけ空気が凍り付いたような気がしたが、ニコニコと手を振るソフィーの雰囲気がそれを和らげるのだった。
「ま、マズい。このままじゃ俺も・・・!」
「イヤイヤダンス」
「花の舞」
「は?」
「「イヤイヤイヤ~ン!イヤイヤ~ン!イヤイヤイヤ~ン!イヤイヤ~ン!」」
突然目の前に現れて両手に花を持ってイヤイヤダンスを踊り始めたファインとレインに男は目を点にして口を大きく開け、呆気に取られる。
色々な意味で頭が真っ白になったのは言うまでもない。
「あのぅ、ファイン様レイン様?どうしてイヤイヤダンスを踊るでプモ?」
「これが私達の出来るやり方よ!」
「イヤイヤダンスの凄さを見せつけてやるんだから!」
呆れていたプーモだったが、レインとファインの返答に益々呆れ返るのだった。
一方、我に返った男は少し戸惑いながらも移動してファインとレインを撒こうとする。
しかし男の動きに合わせてイヤイヤダンスを踊りながら二人は追従してくる。
二人のダンスの所為で男は段々と悪目立ちを始め、注目を浴びるようになる。
羞恥心に耐える事くらい訳ないが、視線を集める事ほど男にとって都合の悪いものはなかった。
周りは大勢の招待客、会場の外には捕まっている仲間とそれを囲む衛兵、目の前にはおかしな踊りを披露するふたごのプリンセス。
男は混乱と焦りからやけくその行動に出た。
「くそ!こうなりゃ・・・!」
「え?―――きゃっ!!」
レインの手首を掴み、男はバルコニーに向かって走り出す。
「レイン!」
「レイン様!」
男の行動に驚いてファインとプーモは慌てて連れ去られたレインを追いかける。
「うぉおおおおおお!!!」
「きゃああああああ!!?」
バルコニーまで来ると男は手すりを踏み、砂の海へと飛び降りる。
思ってもみなかった展開に流石のレインも驚いて悲鳴を上げた。
「大変大変!!」
「プァッ!?ファイン様!!」
ドレスの裾を摘まみながら同じようにしてファインもバルコニーから飛び降り、その後をプーモが慌てて追いかける。
「ファイン!レイン!」
ファインとレインの異変に気付いたアルテッサ達が慌ててバルコニーにやって来るが既にファイン達の姿はなく、代わりにファインのレインを呼ぶ声が聞こえてくる。
見下ろせば偶然止めてあったサンドヨットに男によってレインが乱暴に乗せられており、ファインが縁に掴まって乗り込もうとしていた。
しかし男がサンドヨットを急発進させた事でファインが乗り込む事は叶わず、縁に掴まったまま風圧に晒される事になった。
その光景にリオーネが目を見開いて狼狽える。
「大変!ファインが!!」
「バ、バブィ・・・」
「ガビッ・・・ガビーン!!」
ファインとレインの危機にミルキーが震えていると隣に座っていたナルロがある事を思いつき、そして頼もしい声音で声をかけて来た。
「バブ・・・?」
「ガビーン!ガビガビ、ガビーンガビーン!」
「バブバ?」
「ガビーン!」
「バブ・・・ブブイ!!」
ナルロの提案にミルキーは頷くと歩行器を動かして砂漠の西の方角へと飛び去って行く。
「ナルロ!ミルキー!」
「二人共どこに行くの!?」
二人の突然の行動にミルロとソフィーは慌てるが二人は振り返らずに行ってしまう。
連れ去られたレインとそれを追いかけて危険な状態のファイン、そしてどこかへ飛び去ってしまったミルキーとナルロ。
予想外の展開に動揺が走る中、一同を叱咤したのはアルテッサだった。
「みんな落ち着いて!こんな時こそ冷静に対処するのよ!!」
「アルテッサ・・・」
皆を奮い立たせるようなアルテッサの力強い声にリオーネはいくらか落ち着いて彼女の方を見る。
「とにかく私達は一旦戻って何でもない風を装うの。それからムーンマリア様に報告してどうするか考えましょう!大丈夫よ、みんなで考えればきっとなんとかなる筈だわ!」
強く凛とした態度にこの場の誰もが勇気づけられ、落ち着きを取り戻し、気持ちを固める。
その中でハーニィが強い意思を宿した表情でアルテッサの意見に賛同する。
「アルテッサの意見に賛成よ!早くみんなで会場に戻りましょう!」
『うん!』
一同は頷くとまずは笑顔を浮かべて何事もない風を装ってホールに戻るのだった。
続く
大昔、この街は月の国の城下に次いで大いに栄えていた。
しかしある時を境に住民はどんどん離れていき、街は瞬く間に廃墟となっていったという。
何が起こったのかどうしてそうなったのかその原因は未だ解明されていない。
一つ言える事があるとすればそれは砂嵐が原因ではないということ。
砂嵐は街が出来た頃に発生したものであり、街はその砂嵐の中心で長きにわたって栄えていたのだ。
であるからして街が廃墟になった理由は他に何か原因があるに違いなかったがその謎を解ける者は未だおらず、これはふしぎ星に住む学者たちの間では定番となっている議論の話題でもあった。
「俺は何回か調査隊と同行してこの廃墟の街に来た事がある。そこで分かったのが当時から宝石の国の技術力は高かった事、かざぐるまの国と盛んに交流があった事、しずくの国とメラメラの国がふしぎ星で剣術を二分していた事、タネタネの国とおひさまの国と共同で月の国でも育つ植物の研究をしていた事・・・他にも色んな沢山の事が発覚したが全てを発掘しきれた訳じゃない。この廃墟には歴史がまだまだ眠っているんだ」
「まさにロマンですな!」
「それがしかも砂に埋もれているっていうのが堪らないなぁ」
「砂の下に眠る過去の宝物・・・うん、胸が躍るね」
「その宝物が眠る場所を踏みにじる悪党を我々で成敗しましょう」
「ああ。過去も、現在も、未来も―――俺達の手で守るぞ!」
『おう!!』
砂嵐の止んだ廃墟の街にふしぎ星のプリンス達が剣を片手に降り立つ。
照り付けるおひさまの恵み、乾いた空気、砂で僅かに埋もれている石畳を踏みつける足音・・・それだけが今、この砂漠の廃墟の街に響いていた。
砂嵐の名残の風がからかうように先頭を歩くシェイドの前に吹いて砂を悪戯に舞い上がらせるが彼は揺らがない。
前だけを見据える彼は、そしてその友であるプリンス達は惑わされない。
廃墟を包む異様な静けさにも、殺しきれていない気配にも―――。
「強盗団マッカロン並びに元大臣の手下ども、よく聞け。お前らは完全に包囲されている。怪我をしたくなかったら大人しく投降しろ」
廃墟の街の中央にシェイドの最終通告が響き渡る。
しかしというかやはりというか、大人しく従う気配は全くない。
刹那、建物の二階と思われる屋上―――殆どの建物の一階部分は砂に埋もれているので恐らく元は三階建てだったのであろう―――から黒装束に身を包んだ一人の男が躍り出て、おひさまの恵みに照らされてギラリと輝く鋭い矢をクロスボウから放つ。
空気を切り裂いて真っ直ぐにシェイド目掛けて剛進してくるそれはアウラーの剣によって叩くようにして強く斬られる。
矢は真っ二つになって地面に虚しく墜落した。
「交渉・・・決裂だね」
いつも明るく前向きな彼からは考えられない程冷たく落ち着いた声音で放たれる言葉にシェイドは静かに頷く。
「みんな、遠慮はいらない。まとめて全員ねじ伏せるぞ!」
シェイドの号令でブライト達は一斉に剣を構えて戦闘態勢に入る。
「王宮暮らしの坊ちゃんどもが粋がるなよ!」
「世の中の厳しさってのを思い知らせてやる!」
「野郎共かかれ!!」
「数で押し潰せ!!」
強盗団マッカロンの残党四人が姿を現して号令をかけると元大臣の手下達が建物の中や影からワラワラと登場して姿を現す。
シェイド達は囲まれる形となるがそれも想定内の事。
互いに円になって背中を預け合い、武器を手に襲い来る敵を見据えながら地面を蹴って果敢に迎え撃った。
「大臣と接触した事あるって言ったし部下も見た事あるけどこんなにも多かった記憶はないんだけど!」
敵の太刀筋を読んで躱し、華麗な剣捌きで敵の刃を弾き返して次々と斬り伏せながら問いかけるブライト。
「腐っても大臣やってたからな。部下を誑し込むノウハウを生かして犯罪者やならず者、地位や権力や金を求める欲に塗れた奴らを上手い事言いくるめて部下にする方法をマッカロンどもも真似して増やしたんだろ!」
風と共に走り抜け、素早い一閃を叩きこんで敵を沈めながら答えるシェイド。
「悪い奴らがこれだけいるのにも驚くけど、でも一気に捕まえる事が出来て丁度良いね!」
力強い一振りで敵の持つ武器を押し返して圧倒させていくアウラー。
「ですな!こやつらを成敗してプリンセスファインとプリンセスレインが作ったこの平和を守り抜きましょうぞ!」
火が舞い踊る様を思い起こさせる流れるような剣技をお見舞いするティオ。
のように見えたがその刃は敵に届いてはおらず、演舞を披露しているだけだった。
しかし剣を振るっているので敵も迂闊に近づく事が出来ずに戸惑っている様子。
「ティオ、敵に当たってないぞ・・・」
「僕としてはこのまま続けて欲しい所ですけどね」
明るい声が聞こえたと思ったその瞬間、ティオの周りで戸惑っていた敵が次々と「ふあ・・・」だの「いだっ」だの間の抜けた声や痛がるような声を上げてその場に倒れていく。
一体何事かとシェイドが目を凝らすといつの間にやらソロが敵の肩の上に乗っていて、タネタネ人用の針のような小さな剣でプスッと首筋を刺す姿が目に映った。
恐ろしいものを見るような目でシェイドはソロを見ながら慄く。
「ソロ、お前・・・」
「安心して下さい。鞘の底に強力な睡眠薬の液体が入っていてそれに剣を浸して刺しているだけですから」
「このふしぎ星で一番敵に回してはいけないのはタネタネ人だな・・・」
「さ、流石大きさの問題を知恵でもって解決する種族だね・・・」
「ティオが敵を惑わせてる隙にソロが忍び寄って強襲する作戦かぁ。素晴らしい戦法だね!」
「おお!私の剣技がこのように役立つとは・・・!このティオ、ソロ殿の為にも更に舞い踊ってみせますぞ!」
ソロの戦術に感激したティオは言葉通り更なる剣技を見せつけて敵を動揺させる。
途中でいつものようにドジを発揮して転んでしまったがそれに油断した敵をソロが眠らせた為にピンチに陥る事はなかった。
シェイド達は気を取り直すと剣を構え直し、再び敵と対峙した。
その最中、アウラーがシェイドの素早い剣術を見て素直に称賛の言葉を送る。
「シェイドって剣の扱いも得意なんだな。戦い方も月の国らしく速くて凄い」
「褒めてくれるのは有難いが俺はやっぱりこっちの方がやりやすいな」
数十人の男達が立ちはだかるとシェイドは剣を収めて素早く愛用の鞭を取り出し、慣れた動きで男達を薙ぎ払う。
吹き飛ぶ男達を見てアウラーは更に瞳を輝かせて興奮する。
「うわぁ、凄い!これが話に聞いたあのシェイドの鞭か!」
「誰に聞いたんだ?」
「え?ファインからだけど?」
「・・・そうか」
何となく照れ臭くなってふいっと顔を逸らして鞭を振るう。
自然と頭にシェイドの鞭による戦い方を自慢気に語るファインの姿が浮かび、すぐにその考えを取り消すように鞭を握る手に力を込めて敵に叩きこむ。
ファインとはまだ喧嘩中だし何より今は戦いの真っ最中なのだからそんな事を考えては命取りになる。
そう言い聞かせながらシェイドはどんどん敵をねじ伏せていく。
「そうだ、折角だから今度剣術大会を開くのはどうかな?きっと盛り上がると思うんだ!」
「それいいね、ブライト!やろうよ!」
「僕も賛成です!」
「このティオも賛成でございます!」
「シェイドもいいよね?」
「仕方ない」
「相変わらず素直じゃないなぁ。タネタネの国で行われたプリンセスパーティーの決闘の決着を着けようじゃないか」
「月の国のグレイスストーンの奪い合いでお前が勝ったからそれでいいだろ」
「キミあの時鞭を使ってたじゃないか。僕は主にブーメランを使っててブウモのアシストもあったし。あれはノーカンだよ」
「めんどくさい奴だな・・・」
「ベラベラとお喋りして調子乗りやがって!」
「ここを何だと思ってるんだクソガキども!」
二人の大男が両手に大きな剣を持ってシェイド達目掛けて力任せに振り下ろす。
それをシェイド、ブライト、アウラー、ティオが鉄と鉄がぶつかり合う大きな音を響かせながらそれぞれ一本ずつ受け止め、風圧で砂が舞う。
彼らは瞳に誇りと強い意志を宿して二人の大男を眼光鋭く射抜く。
「お前達こそ今この時この瞬間を何だと思っている!」
シェイドは憤っていた。
どんな時でも諦めず笑顔を忘れなかったファインとレインが危険を承知でファイナルプロミネンスに挑み、そして全身全霊を賭けて掴んだこの平和な時間を悪事に消費する賊が存在する事が。
「この平和な時間は僕達なんかよりもずっとか弱くて強いふたごのプリンセスが作ってくれたかけがえのない尊い時間だ!」
ブライトは悔しかった。
数えきれない罪を犯し、ふたご姫の悪評を立てた自分を許し、そして再び迎え入れてくれたファインとレインが築いた平穏で幸せに満ちた時間を踏みにじるこの男達の行いが。
「それをつまらない悪事を働いて台無しにするなんて絶対に許さない!」
アウラーは決意する。
それまで繋がりの薄かった輪を強めて絆に昇華し、沢山の大切な事を教えてくれたふたご姫が守ったこの星を乱す悪人を必ず捕らえると。
「覚悟するがいい悪人共!其方達に平和を享受する時間は訪れないと思え!」
ティオは誓う。
旅の苦楽を共にし、何度もメラメラの国を救い、そしてリオーネの大切な友人であるファインとレインが守ったこの星を自分達で守るのだと。
悪人の力だけに任せた剣の圧力に誇り高きプリンス達が負ける筈もなく、彼らは見事にそれを押し返した。
「ぐおっ!?」
「ぐうっ!!」
両手に持っていた大きな剣を弾かれて二人の男は同時によろめいて後退する。
そんな二人の男の肩にソロがシュタッと舞い降りる。
「貴重な平穏の日々を牢獄で過ごすのが貴方達にはお似合いです!」
ソロは躊躇わなかった。
可愛がってくれる姉達をいつも助けてくれていたファインとレインが守り抜いたこの星を守る為にどんな敵とも戦う事を。
睡眠薬をたっぷり浸した剣を首筋に刺すとソロは軽やかに空中を一回転しながらもう片方の大男の肩に着地して同じように剣を首筋に刺す。
さしもの大男達と言えど薬の力には勝てず呆気なくその場に眠り伏すのだった。
「な、なんだコイツら!?思ったよりもつぇえ!!」
「こうなりゃ退却だ!」
プリンス達の強く鮮やかな戦いぶりにマッカロンとその一味は恐れ慄き、退却しようと背中を向けてそれぞれに街の外に逃げようとする。
しかし―――
「新月隊!前へ!」
シェイドの号令で月の国の兵士達が街を囲むようにして姿を現し、マッカロンとその一味の逃げ道を阻む。
圧倒的な力を見せつけてくるシェイド達プリンス勢と街を囲うようにして構える王宮騎士団の新月隊を前に八方塞がり状態となって一味は混乱する。
そんな中、マッカロンのメンバーは諦め悪く最後の手段に臨む。
「くそ!こうなりゃアレを使って逃げるぞ!」
「お前達、後は任せたぞ!!」
メンバーの一人が叫び、他の三人も頷いてとある煉瓦造りの廃屋の壁の一部に手を当てる。
すると煉瓦の一部はズズズという引き摺るような音と共に引っ込んで行き、何か仕掛けが作動したのか大きな音が地面から響いた。
「こ、これは一体!?」
目の前の光景にブライトは驚きに目を見開く。
地面の一部が大きな長方形を描くようにして左右に分かれて開いていく。
サラサラと流れるように砂が開かれた穴の中に流れて空洞を作る。
それから鈍い機械音が轟き、何かが上昇してくる気配がする。
兵器が出てくるのか或いは武器が出てくるのか、あらゆる事態を想定して皆それぞれに武器を構える。
しかし姿を現したのは一般で使われるサンドヨットだった。
マッカロンのメンバー四人はすぐさま乗り込むと急発進を開始する。
「避けろ!!」
危険を察知してシェイドは叫ぶと同時に横に飛び退き、ブライト達も咄嗟に地面を蹴ってそれぞれ左右に退避する。
避けた直後にサンドヨットが一秒前までブライト達が立っていた所を猛スピードで走り抜け、その際にマントが僅かに掠れる。
これがもしも直撃だったらと思うと肝が冷える思いがした。
しかし一般のサンドヨットにしてはかなりのスピードが出ており、アウラーが愕然としながら叫ぶ。
「サンドヨットってあんなにスピード出たっけ!?」
「恐らく違法改造した奴だろうな。あんなものまで隠していたとはな」
「おのれ悪党ども!逃がしはせぬぞ〜!!」
ティオが顔を真っ赤にしながら追いかけようとするも手下達が行く手を阻む。
しかしその手下達をブライトとシェイドが素早く排除して再び道を開けた。
「ここは僕とシェイドが引き受ける!アウラー達はアイツらをすぐに追うんだ!」
「分かった!行こう、ティオ、ソロ!」
「承知しました!」
「後をお願いします!」
アウラー達は頷くと振り返らずに迷いなくサンドヨットに乗ってマッカロンのメンバーを追った。
「待ちやがれ!!」
手下達がアウラー達を追いかけようとするがその行く手を今度はシェイドの鋭い鞭が伸びてきて阻んだ。
男の背中を叩きつける乾いた音が廃墟の街に響く。
「ぐあっ!」
「俺達に背中を見せるとは良い度胸たな」
「彼らを追いたいなら僕達を倒してからにしてもらおうか」
一歩も引かぬ強い瞳と隙のない構えで見据えてくるシェイドとブライトを前に手下達は冷や汗をかく。
アウラー達が抜けて主戦力のプリンスが二人だけになったとはいえ、油断は出来ない。
手下達は覚悟を決めると武器を握り締めて一斉に飛びかかった。
『うぉーーー!!!』
押し寄せる悪党の波に二人のプリンスは冷徹な表情で怯む事なく立ち向かった。
同じ頃、月の国の城では・・・。
「付き合ってくれてありがとう、リオーネ、ミルキー」
「いいのよ、気にしないでミルロ」
「バブ!」
静かな廊下を三人のプリンセスが並んで歩く。
ミルロとリオーネとミルキーだ。
彼女達はフラワーアレンジメントに使う資材を求めてミルキーの案内の元、資材置き場を目指していた。
ムーンマリアが気を遣ってメイドに持って来させようとしたが急な提案をしたのは自分達なのだから自分達で取りに行くと申し出て三人で来た次第である。
ミルロが少し申し訳なさそうに眉を下げながら続ける。
「でも、リボンを付けましょうって言ったのも取ってくるって言ったのも私なのに何だか悪いわ」
「ミルキーが言うにはリボンは沢山ある訳でしょう?一人で運ぶのは大変よ。それに丁度ワイヤーも足りなくなっちゃったし。ね、ミルキー?」
「バブバブ!」
「ほら、だからミルロが気にする事ないわ。それよりもリボンを付けるってアイディアはとっても素敵だと思うの!」
「バブ!」
「フフ、ありがとう、二人共。そう言ってくれてとっても嬉しいわ」
「さぁ急ぎましょう。ブライト様達が戻ってくる前に完成させて驚かせなくちゃ!」
「そうね」
「バブー!」
三人で笑い合い、そしてミルキーがすいーっと先頭に躍り出ると資材を置いている部屋の扉の前で止まって両腕を広げながら「バブバブ!」と呼びかける。
ここがそうだよ、と言いたいのだろう。
ミルロとリオーネは顔を見合わせると小走りに駆け寄って部屋の扉を開けた。
部屋の中の資材は箱や棚にキチンと収められており、また、資材置き場特有の埃っぽさなどは一切なく、王宮なだけあって整理整頓や掃除がよく行き届いている。
その中でミルキーは棚の二段目にある箱を手あたり次第開けては中身を確認し、違っていたら蓋を閉めてを繰り返して四回目に開いた箱の中にリボンが入っているのを確認するとリオーネとミルロを呼んだ。
「バブ~!」
「あ、リボンだわ!」
「種類が沢山あるわね」
「これだけあれば色々な飾り付けが出来そうね!」
「ええ」
「バブバブ!」
「あ、ワイヤーも!ありがとう、ミルキー」
「早速これを持って―――」
行きましょうか、と言いかけてミルロは何かの音を聞きつけてピクリとフサフサの耳を揺らして動きを止める。
「ミルロ?どうしたの?」
「・・・微かに誰かの声が聞こえた気がして・・・」
「声?メイドさんじゃなくて?」
「いいえ、違うわ。男の人よ。それも複数の」
「男の人?」
リオーネは首を傾げると同じように耳を澄ませた。
リオーネもミルロも動物系の種族とのハーフである為、人間よりもいくらか音には敏感だ。
数秒程意識を集中させるとミルロの言う通り複数の男の声と騒がしい足音が聞こえて来た。
しかもそれらはどんどん大きくなってくる。
「・・・本当だわ、どこからか男の人達が走ってくる音がするわ。でもどこから・・・?」
「ここ・・・じゃないかしら・・・」
不安そうな表情で胸の前で手を重ねながらミルロは部屋の突き当りの壁の前の床を見下ろす。
床は大きな青色のタイルで溝は黒いがそれ以外は一見すると何の変哲も無いただの床。
それなのにこの床の下から聞こえてくる音と声がどんどん大きくなっていき、言いようのない胸騒ぎにミルロの体は震えて足が竦みそうになる。
それはリオーネも同じで物凄く嫌な予感がしていた。
(逃げる・・・?でも、それをしたらこの声の正体が分からないまま・・・それがもしもパーティー会場に来てメチャクチャにしたら・・・?)
防衛本能からくる退避がリオーネの頭の中に浮かぶがプリンセスとしての使命がその選択肢を抹消させる。
これがもしもファインとレインだったら逃げずに正体を突き止めて立ち向かうだろう。
お転婆で元気で賑やかでふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと呼ばれる彼女たちはとても正義感が強くてどんな危機を前にしても逃げたりしない。
毅然と、凛とした佇まいで脅威に立ち向かい、人々の笑顔を守るその姿はプリンセスそのもので。
友人として同じプリンセスとしてリオーネは二人の隣に立ちたかった。
だから彼女は急いで部屋の中を見回して大きなロッカーを見つけるとすぐさまそれを開けて中を確認した。
ロッカーの中は期待通り掃除用具入れで、箒やバケツが綺麗に並べて入れられており、人が入るだけの余裕と隙間がある。
他にも扉にはロッカー内の通気性をよくする為か、横線の隙間が縦に三本並んでいた。
これならロッカーの中に入っていても外の様子が伺える筈。
そう確信してリオーネは叫んだ。
「ミルロ、ミルキー!今すぐこの中に隠れて!」
しかし二人の返事を待たずにリオーネはミルロとミルキーの手を引っ張ってロッカーの中に入って扉を閉めた。
「リ、リオーネ・・・」
「ゥゥ・・・」
「大丈夫、大丈夫よ・・・ほら、手を繋ぎましょう?そうすれば怖くないわ。だから二人共、絶対に音を立てちゃダメよ」
いつかレインがファインを安心させる為にそうしていたように、リオーネもレインの「大丈夫大丈夫」を真似してミルロとミルキーの手を握って二人の不安を和らげようとする。
本当はリオーネも不安と恐怖で胸がいっぱいで今すぐにも泣き叫びたかったが、それをするなどプリンセスとしての矜持が許さず、何よりもミルロとミルキーを更に不安にさせてしまう。
だから自分の為にも二人の為にもリオーネは繋いだ手に力を込めた。
それから息を潜めること数分。
音と声はミルキーにもハッキリ聞こえる程に大きくなり、くぐもった話し声がミルロが見下ろしていた床下から届くようになる。
細い隙間から三人揃って目を凝らして見守ること数分、石と石が擦り合うような鈍い音を立てて床が動いた。
「「「っ!」」」
三人は驚きに目を見開き、それでも声を上げそうになるのをぐっと堪えて目の前の事態を静かに見守る。
床が僅かに持ち上げられて数秒経過すると次にそれは完全に持ち上げられてゴトッという重量のある音を立てて隣の床の上に置かれた。
恐らく持ち上げられて数秒経過していたのは部屋の中に誰かいないか様子を探っていたのだろう。
もしも三人が悪人であったならばそうするだろうと思った。
だから持ち上げられた床の下から出て来た四人の男達もそうしたのだろう、そうでなければ他に説明がつかない。
男達は軽く埃を払う動きをするとひそひそと会話を始めた。
「なんとか逃げ込めたな」
「だが悠長にしてる暇はないぞ。多分あのプリンスどもがすぐにここを嗅ぎ付けて追ってくる筈だ、油断は出来ない」
(プリンス・・・ブライト様達の事かしら・・・?)
ふしぎ星のプリンスと言えば六人しかいない。
その内の一人はナルロで彼はまだ赤ん坊であり、今はパーティー会場にいる。
そうなると必然的に『男の子の秘密』と称して会場から出て行ったブライト達が該当する事になる。
ブライト達は一体何と関わっているのだろうとリオーネは内心疑問符を浮かべ、ミルロとミルキーも音もなく首を傾げる。
と、そこで男達が次なる動きを見せた。
「とにかく着替えるぞ。このままの姿でいたら不味い。おい、風呂敷」
「おうよ」
緑の布地に白の唐草模様がプリントされた風呂敷を担いだ男が仲間の男に促されてそれを床に置き、結び目を解く。
中身はパーティー用のスーツ一式だった。
男達はそれぞれに着ていた服を脱ぐとスーツに着替え始める。
普段であれば男性の着替えを前にしたらリオーネ達は手で顔を覆い隠すが今は恥じらっている場合などではない。
何を企んでいるのかは不明だがこれからパーティーに紛れ込むのだろう事だけは窺える。
だからしっかり顔を覚えておかなければと三人は男達の顔を記憶に刻み込む。
「こんなもんでいいか?」
「お前ネクタイ曲がってるぞ」
「なぁ、本当にこれで大丈夫か?」
「へーきへーき。ちょっと手洗いに行ってましたーって感じでしれっと会場に入ればいいんだ。後はパーティーが終わるまでなるべく目立たないようにして招待客に紛れて逃げりゃいいんだ」
一人の男が身なりを整え、もう一人の男は外した床を元の位置に嵌め込み、別の男が不安そうに尋ね、尋ねられた男が今後の流れを説明する。
尋ねた男は「だ、だよな」と未だ不安そうにしながらも仕上げとばかりに付け髭を付けた。
残りの三人も口髭や眼鏡などをかけて変装を終える。
と、そこで最初に身なりを気にしていた男がリオーネ達が入っているロッカーの方を振り返った。
「あのロッカーの内側に鏡とか付いてねーかな?俺の髭曲がってないかよく確認しないと・・・」
((イケない・・・!!))
(バブッ・・・!!)
鏡を求めてロッカーの扉に手をかけようとする男に三人は目を見開いてそれぞれ無意識に握っている手に力を込める。
緊張から掌には汗が滲んでおり、顔にも滝のような汗が浮かぶ。
リオーネはロッカーの中にある箒を手に戦うのだと己を奮い立たせようとするが足の震えを抑えるので精一杯だった。
ミルロは運動の出来ない自分が果たしてどこまで出来るか分からなかったがそれでも自分に出来る事を全力でするのだと覚悟を決める。
ミルキーはこんな時、兄のシェイドならどうするだろうと必死に頭を働かせて打開策を巡らせた。
ところが―――
「おい、余計な事すんな。音に気付かれてメイドや衛兵が来たらどうする。いくら招待客装ってもこんな所にいるの見られたら怪しまれるだろうが」
床を戻していた男が身なりを気にしていた男の肩を掴んで行動を阻止した。
「でも俺、変じゃないか?」
「心配すんな。どこもおかしかねーよ」
「ならいいけどよ・・・」
「なぁ、それよりも早く行こうぜ」
「コイツの言う通りだ。ここからあのプリンス達が来るかもしれねーし早く会場に逃げようぜ」
「だな」
男達は自分達が着ていた服を風呂敷に包んで乱雑に部屋の隅に投げ出すとそのまま出て行った。
それからたっぷり3分間警戒して男達が戻ってこないのを確認するとリオーネは静かに扉を開いた。
「行った・・・わよね・・・?」
「ええ・・・」
「よ、良かったぁ!一時はどうなるかと・・・」
「バブィ・・・」
額に浮かんだ汗を拭いながらリオーネとミルキーはロッカーから脱出する。
緊張の糸が解けてリオーネが床に座り込む横でミルロもロッカーから出るが、ミルキーの方を見て尋ねる。
「ねぇミルキー。紙とペン、今すぐ用意出来ないかしら?」
「バブ?」
「ミルロ?」
「お願い早く!何でもいいから!」
「バ、バブ!」
ミルロにしては珍しく急かすような強い口調にミルキーは驚き、慌てて部屋の中を探し回った。
未だ緊張から力が抜けているリオーネは不思議そうにミルロを見上げる。
「何をするの?」
「絵を描くの」
「絵?」
「バブ!」
「ありがとう、ミルキー」
ミルキーが用意したボールペンと色画用紙セットを受け取るとミルロはボールペンを握り締め、棚の空いているスペースを机代わりにピンクの画用紙を置いて流れるような動きで線を描き始めた。
漸く落ち着いたリオーネは立ち上がるとミルロの横に立って手元を覗き込み、ミルキーも上から見下ろすようにして作業を見守る。
しばらくミルロは無言で手を動かし、ピンク・水色・黄緑・オレンジの色画用紙に絵を描いた。
出来上がっていく絵を見てリオーネが驚きの声を上げる。
「これ・・・!さっきの人達の似顔絵!?」
「そう。忘れない内にと思って」
「流石だわミルロ!しかも完璧に再現出来てるわ!」
「ブブ~イ!」
リオーネもミルキーも男達の顔を覚えるのに必死でそれをどうやって他人に伝えるかまでは考えていなかった。
だからそれを絵に描き起こすというミルロの機転を素直に称賛した。
ミルロは最後の一枚を描き終えると二人を振り返って相談をする。
「私、あの顔に見覚えがあるのだけど・・・」
「私もよ!思ったんだけどあれ、指名手配されてる強盗団マッカロンじゃないかしら?」
「多分・・・そうだと思うわ」
「バブ!」
「プリンスって言ってたし、もしかしてブライト様達は強盗団を捕えようとしてたんじゃないかしら?」
「確証はないけど・・・席を外したブライト様達が何かしら関わっているのは間違いないわ。リオーネやミルキーは何か心当たりはある?」
「バブブ」
「・・・そういえばここ最近のティオの挙動がおかしかったような・・・」
首を横に振るミルキーと顎に指を当ててここ最近のティオの行動を振り返るリオーネ。
嘘を付くのが下手なティオの事だから口には出さずともやはり行動には出ていたのだろう。
リオーネがそれを気にせず追及しなかったのは、ティオにも隠し事の一つや二つくらいあるのだと配慮した為である。
しかしその情報だけで十分で、ミルロは真剣な面持ちになると二人を見ながら言った。
「ファインやレイン達にも伝えてこの人達を捕まえましょう」
「ええ!」
「バブ!」
「でも、なるべくこっそり対処しましょう?折角の平和を祝うパーティーで混乱を起こす訳にはいかないわ」
「勿論よ!ミルキー、ムーンマリア様にはミルキーから説明出来る?」
「バブィ!」
リオーネに尋ねられてグッと親指を立てるミルキーの姿はとても頼もしい。
三人は頷き合うと廊下に男達がいないか様子を窺ってから足早にパーティー会場に戻るのだった。
「あ、ミルキー達が戻って来たよ」
作品を前にあれこれ話していたプリンセス達。
その中でファインが戻って来たミルキー達の存在に気付いて振り返り、それを聞いたアルテッサが一歩前に出る。
「待ってましたわよ。リボンとワイヤーは見つかりまして?」
「え、ええ!見つかったわ!」
「沢山あるから・・・みんな近くに来て見てくれないかしら?」
息を切らせるリオーネとミルロの様子を訝しみながらもファイン達プリンセス一同は言われた通りにリオーネとミルロの周りに集まる。
その間にミルキーはムーンマリアの元に飛び去った。
「みんな、もっと近くに寄って」
「どうしたの、リオーネ?なんだか様子がおかしいわよ?」
焦った様子のリオーネにレインが心配そうに首を傾げるが、それには構わずにミルロは持ってきた箱の蓋を開ける。
箱の中には手で綺麗に切ったであろうメモサイズの色画用紙が何枚か入っており、綺麗な字で文章が書かれていた。
一番上の水色の画用紙には『声を出さないでこれを読んで』と書かれている。
「「え?」」
しかしここは素直なファインとレイン。
思わず声を漏らしてしまったがそれをアルテッサとリオーネが咄嗟に手で口を塞ぐ。
アルテッサが牽制するような視線を送ると二人は心得たとばかりに頷いたので解放してあげた。
それを確認してミルロは数十秒おきに画用紙のメモを捲っていった。
『落ち着いて聞いて欲しいの』
『私とリオーネとミルキーでリボンとワイヤーを取りに行ったら』
『床下から指名手配されてる強盗団マッカロンが出て来たの』
「「ええ~っ!?」」
またもや声を上げたファインとレインの口をリオーネとアルテッサが再度塞ぐ。
その際にアルテッサが叱責するように目を釣り上げて二人を睨むと二人は謝るように目で頷き、解放されると今度は自分の手で口を塞いだ。
ミルロは苦笑をすると最後のメモを捲る。
『今から変装したマッカロンの似顔絵を見せるからみんなで見つけてこっそり捕まえましょう!』
ミルロが皆に視線を配ると一同は真剣な表情で頷き、ミルロが箱から取り出した似顔絵を食い入るように見つめて記憶した。
「ああ、ミルキー!待ちなさい!」
同じタイミングでムーンマリアの引き止めるような声が響き、皆で一斉に振り返れば同じように真剣な顔をしたミルキーがプリンセスの輪に戻って来た。
「バブバブブバブ!」
「ムーンマリア様には説明してきたから大丈夫だよって。何を説明してきたの?」
「私達がマッカロンのメンバーを捕まえる事よ」
「ムーンマリア様には心配しないでってミルキーに伝えてもらってたの」
ミルキーの言葉を通訳したファインが尋ねるとリオーネとミルロが順番に答えた。
それを受けてソフィーが確認するようにミルロとリオーネに質問をする。
「ねぇミルロ、リオーネ。その強盗団は全員このパーティー会場にいるの?」
「ええ、間違いないわ」
「パーティーが終わったら招待客に紛れて逃げるって言ってたわ」
「まぁ!まさに悪人のセリフって感じね!」
「何を企んでるのか分からないけどとにかく捕まえよう!」
「みんなでこのパーティー会場を守るのよ!」
『おー!』
ファインとレインの言葉にプリンセス一同は頷いて一致団結する。
そんな中、早速イシェルが男を一人見つける。
「見て、あそこに一人いるわ」
一人の男は招待客を装って誰もいない二階の立見席を歩いていた。
堂々としていればバレないとでも思っているのだろう、男からは楽観的な雰囲気が見て取れた。
恐らく床を動かしていた男と見て間違いないだろう。
「ねぇ、あれ」
次にリオーネが花を飾る大きな銀の鉢植えの前にいる男を見つける。
男は反射する部分を鏡代わりに髭やネクタイを弄り、しきりに見た目を気にする。
身なりを気にしていた男で相違ないだろう。
「バブッ」
ミルキーが壁を背に立つ男を見つける。
男はワイングラスを片手にしきりにキョロキョロと辺りを見回しており、明らかに挙動不審だった。
こちらは不安そうにしていた男で間違いないだろう。
「あ、あの人」
最後にファインが人混みの中に紛れる男を見つける。
男は愛想良く招待客と会話を嗜んでおり、違和感なく紛れ込んでいた。
不安そうにしていた男に今後の流れを説明していた男に違いなかった。
全ての男達の確認が出来た所でアルテッサが堂々とした強気な口調で言い放つ。
「招待客を誤魔化せても私達の目は誤魔化せなくってよ。各々出来るやり方で捕えますわよ!」
『うん!』
「ま、私と言いましたらこれですけど」
アルテッサは手に三本の真っ赤な薔薇を持つとニヤリと笑う。
「アルテッサの薔薇投げ、楽しみだわ」
「フフ、特別に披露して差し上げましてよ―――キェエーーーー!!」
手を合わせてニコニコとリクエストするミルロの期待に応えてアルテッサは奇声を上げると鋭く薔薇を投げた。
薔薇は矢の如く空を切り裂きながら二階の立見席の柱目掛けて飛んで行く。
「ひぃっ!?」
カカカッ!と目の前で柱に突き刺さる三本の薔薇に男は驚いて後退る。
当たっていたら大怪我は避けられなかっただろう。
しかし安心していたのも束の間、次の瞬間男は強烈な眠気に襲われるのだった。
「ふぁっ・・・」
「探しやすいようにと二階に来て正解でした」
倒れた男の首元には剣を携えたソロが立っていた。
彼は今より少し前にアウラーとティオと共にこの会場に戻ってきてマッカロンのメンバーを探していたのである。
そこで二階の立見席に一人しかいない男、加えてあのアルテッサが何の躊躇いもなく男を足止めするように薔薇を投げたのを見てマッカロンのメンバーだと確信して刃を向けたのだ。
ソロは衛兵を呼ぶと静かに回収するようにと依頼した。
「あ!ナルロ、ミルキー。悪戯しちゃダメよ」
一方、階下のホールではミルロの咎める声が響く。
何事だろうとソロが覗き見るとミルキーの歩行器にナルロが相席し、手に水の入ったバケツを持っていた。
二人の表情は悪戯っ子のそれで、これから悪戯をするというのが見て分かった。
それをミルロは咎めたのだろうがその顔は怒っているものではなく、優しく見守るものに近い。
「バブ!バブバブ!」
「ガビン!」
ミルキーが壁際に立つ挙動不審な男を指差し、ナルロが敬礼のポーズを取る。
そして―――
「ガビーン!」
元気な掛け声と共にナルロは男の頭の上でバケツをひっくり返した。
「おわぁっ!?」
突然の水攻めに男は驚きに飛び上がる。
綺麗に被せるようにして水を掛けられたものだから頭は当然びしょ濡れで、スーツの上半身もぐっしょりと濡れていて水が滴っていた。
「あ、あぁ・・・!」
「大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「ごめんなさい、弟とプリンセスミルキーが悪戯をしてしまって」
「いぃいやいや!だ、大丈夫だ!です!」
接近してきたミルロに男は慌てる。
ミルロの何者にも臆さぬと言った雰囲気の笑顔が男には恐ろしく映り、本能に従って離れようとする。
しかしそんな男の腕をティオが強く掴んだ。
「大丈夫でございますか!?お怪我は!?」
「えっ!?いや―――」
「プリンスティオ、丁度良い所に。衛兵の方達と一緒にこの方をお連れしていただけないかしら?」
「勿論でございます!このティオにお任せを!」
「ありがとう。くれぐれも衛兵の方達と離れないようにお願いするわね。あと、お顔が凄く濡れてるみたいだからよく拭いて差し上げて」
「はい!では御仁、こちらへ!ささ!」
「あぁちょっと!!」
純粋で一生懸命なティオは男の制止も聞かずにぐいぐいと会場の外に引っ張って行く。
この様子からして男がマッカロンの一味だとは分かっていないだろう。
しかしミルロが衛兵と一緒に顔を拭くようにと念押しをしたから問題ない。
もっとも、会場の外で衛兵達と共に待ち構えていたソロが「その人、マッカロンのメンバーですよ」と教えてくれたので事なきを得たのだが。
その時にティオは驚きに慌てて男を押さえつけたので軽く騒ぎになったのだが、重厚な扉はパーティー会場にその騒ぎの音を通す事はしないのであった。
(おいおい、どうなってやがんだ!プリンスどもも戻ってきやがってるしよぉ!)
身だしなみを気にしていた男は仲間が次々と捕まって行く様子を見て焦り始める。
その所為か、足元をタネタネプリンセスが囲んでいるのに気付いていなかった。
「リオーネ、こっちこっち!」
「ここなら丁度良いと思うわ」
「早くこの方にも会場の方達にも披露しましょう」
「なっ、いつの間に・・・!?」
タネタネプリンセスの存在に漸く気付いた男だが他の招待客の視線が集まっていたのと、ファイアバトンを持ったリオーネが近付いて来た為に逃げる事はかなわなかった。
「せーの!」
「はい!」
イシェル達がオレンジ色の小さな玉を空中に投げ出し、リオーネがファイアバトンを操ってそれらに火をつけていく。
するとオレンジ色の玉はパッと開花し、中から細々と小さな花火が飛び出した。
「タネタネの国名物の『ファイアフラワー』です」
「火をつけると花が開いて中から花火が飛び出します」
「花の色によって花火の色も変わりまーす」
説明をしながらゴーチェル達は次々に小さな玉を飛ばし、リオーネがそれに火を点ける。
色とりどりの花火を見上げて招待客は感嘆の声を上げ、男は戸惑いに言葉を失う。
そこに―――
「きゃあ!」
黄色の花束を持ったソフィーが男にぶつかってきた。
その瞬間にブラッと黄色の粉が溢れて男を包み、男の顔やスーツは黄色の粉塗れになった。
「申し訳ございません!急いでいたものでして!」
「い、いやぁ別に・・・」
「まぁ大変!リンリン花の粉が付いてしまいましたわ!リンリン花の粉は中々落ちない事で有名なんですの!それをスーツに思いっきりつけちゃうなんて困ったわ~!」
ワザとらしく大袈裟にソフィーは慌てる。
勿論演技だ。
そこからソフィーはリオーネやタネタネプリンセス達と一緒にファインとレイン由来の困ったダンスを踊って困惑を表現する。
周りからしてみれば困惑しているようにはとても見えないが。
男の方も怒涛の流れに呆気に取れていたが、別の人間に強く手首を掴まれてハッと我に返った。
「大変だ、今すぐクリーニングルームに行かないと」
「っ!!」
男の手を掴んだのはアウラーだった。
「お兄様!」
「駄目だろう、ソフィー。お客様に失礼な事をしちゃ」
「はーい、反省してまーす」
ソフィーの笑顔に反省の色は一ミリも浮かんでいなかった。
「申し訳ございません、妹がとんだご無礼を。今すぐ会場の外へお連れ致します」
「け、結構だ!自分で何とかす―――」
「従え」
耳元で囁かれる地の底から響くような声に男は「ひっ・・・!」と怯えて震え上がる。
見ればアウラーの瞳は底冷えするほど冷徹に細められており、手首を握る手に込められる力も強さを増していく。
「こんな粗末な変装で誤魔化せると思っていたのか?アルテッサにもソフィーにも、そしてこの会場にいる全ての人達に手を出させやしない・・・!」
「・・・っ!」
男を威圧し、有無を言わせぬ握力でもってアウラーは男を強引に会場の外に連れ出す。
一瞬だけ空気が凍り付いたような気がしたが、ニコニコと手を振るソフィーの雰囲気がそれを和らげるのだった。
「ま、マズい。このままじゃ俺も・・・!」
「イヤイヤダンス」
「花の舞」
「は?」
「「イヤイヤイヤ~ン!イヤイヤ~ン!イヤイヤイヤ~ン!イヤイヤ~ン!」」
突然目の前に現れて両手に花を持ってイヤイヤダンスを踊り始めたファインとレインに男は目を点にして口を大きく開け、呆気に取られる。
色々な意味で頭が真っ白になったのは言うまでもない。
「あのぅ、ファイン様レイン様?どうしてイヤイヤダンスを踊るでプモ?」
「これが私達の出来るやり方よ!」
「イヤイヤダンスの凄さを見せつけてやるんだから!」
呆れていたプーモだったが、レインとファインの返答に益々呆れ返るのだった。
一方、我に返った男は少し戸惑いながらも移動してファインとレインを撒こうとする。
しかし男の動きに合わせてイヤイヤダンスを踊りながら二人は追従してくる。
二人のダンスの所為で男は段々と悪目立ちを始め、注目を浴びるようになる。
羞恥心に耐える事くらい訳ないが、視線を集める事ほど男にとって都合の悪いものはなかった。
周りは大勢の招待客、会場の外には捕まっている仲間とそれを囲む衛兵、目の前にはおかしな踊りを披露するふたごのプリンセス。
男は混乱と焦りからやけくその行動に出た。
「くそ!こうなりゃ・・・!」
「え?―――きゃっ!!」
レインの手首を掴み、男はバルコニーに向かって走り出す。
「レイン!」
「レイン様!」
男の行動に驚いてファインとプーモは慌てて連れ去られたレインを追いかける。
「うぉおおおおおお!!!」
「きゃああああああ!!?」
バルコニーまで来ると男は手すりを踏み、砂の海へと飛び降りる。
思ってもみなかった展開に流石のレインも驚いて悲鳴を上げた。
「大変大変!!」
「プァッ!?ファイン様!!」
ドレスの裾を摘まみながら同じようにしてファインもバルコニーから飛び降り、その後をプーモが慌てて追いかける。
「ファイン!レイン!」
ファインとレインの異変に気付いたアルテッサ達が慌ててバルコニーにやって来るが既にファイン達の姿はなく、代わりにファインのレインを呼ぶ声が聞こえてくる。
見下ろせば偶然止めてあったサンドヨットに男によってレインが乱暴に乗せられており、ファインが縁に掴まって乗り込もうとしていた。
しかし男がサンドヨットを急発進させた事でファインが乗り込む事は叶わず、縁に掴まったまま風圧に晒される事になった。
その光景にリオーネが目を見開いて狼狽える。
「大変!ファインが!!」
「バ、バブィ・・・」
「ガビッ・・・ガビーン!!」
ファインとレインの危機にミルキーが震えていると隣に座っていたナルロがある事を思いつき、そして頼もしい声音で声をかけて来た。
「バブ・・・?」
「ガビーン!ガビガビ、ガビーンガビーン!」
「バブバ?」
「ガビーン!」
「バブ・・・ブブイ!!」
ナルロの提案にミルキーは頷くと歩行器を動かして砂漠の西の方角へと飛び去って行く。
「ナルロ!ミルキー!」
「二人共どこに行くの!?」
二人の突然の行動にミルロとソフィーは慌てるが二人は振り返らずに行ってしまう。
連れ去られたレインとそれを追いかけて危険な状態のファイン、そしてどこかへ飛び去ってしまったミルキーとナルロ。
予想外の展開に動揺が走る中、一同を叱咤したのはアルテッサだった。
「みんな落ち着いて!こんな時こそ冷静に対処するのよ!!」
「アルテッサ・・・」
皆を奮い立たせるようなアルテッサの力強い声にリオーネはいくらか落ち着いて彼女の方を見る。
「とにかく私達は一旦戻って何でもない風を装うの。それからムーンマリア様に報告してどうするか考えましょう!大丈夫よ、みんなで考えればきっとなんとかなる筈だわ!」
強く凛とした態度にこの場の誰もが勇気づけられ、落ち着きを取り戻し、気持ちを固める。
その中でハーニィが強い意思を宿した表情でアルテッサの意見に賛同する。
「アルテッサの意見に賛成よ!早くみんなで会場に戻りましょう!」
『うん!』
一同は頷くとまずは笑顔を浮かべて何事もない風を装ってホールに戻るのだった。
続く