ピースフルパーティーと虹の蜜 第五章~月の国~
おひさまの恵みが復活して以来、ムーンマリアの体はすこぶる快調だった。
悪夢に魘される事はなくなり、毎日を穏やかに過ごしている。
そんなムーンマリアの最近の楽しみはおひさまの国のエルザとの文通。
自身が昏睡状態にあった最中におひさまの国が乗っ取られてシェイドが先頭に立って避難誘導をしてくれていたらしい。
そんな非常事態ですらも息子に任せきりで申し訳ないと思う反面、プリンスとして立派に役目を果たしたシェイドをムーンマリアは誇りに思った。
避難して来た中には勿論トゥルースとエルザもいて、二人は闇に蝕まれるおひさまの恵みをどうにか出来ないかと対策を練りつつ、避難している身だからとかなり気を遣ってくれていたらしい。
深い眠りに就く自分の看病をし、城の皆を励ましてくれていたのだとか。
娘のミルキーやメイド達の話によれば特にエルザはミルキーの面倒や城の者達を元気付けようと料理まで振る舞ってくれていたそうだ。
その時の深い感謝を込めて手紙を送ったのがキッカケでエルザとの文通が始まったのである。
評判通り心優しく穏やかな女性で手紙の内容も読んでいて和やかな気分になるものばかり。
今度時間を作ってお茶会に誘って直接話してみようか、なんて考えていると不意に部屋の扉を叩く音がした。
「どうぞ、お入りになって」
許可を出すと「失礼します」という丁寧な声が扉越しに聞こえた。
息子のシェイドだ。
ゆっくりと開かれた扉の向こうから登場した愛息子の姿にムーンマリアは月の光の如き微笑みを向ける。
「どうしました、シェイド」
「母上、大切なお話があります」
「大切な話?」
聞き返すとシェイドは部屋をぐるりと見回し、廊下の向こうに誰もいないのを確認すると扉を閉めて傍まで歩み寄って来た。
端正な顔はどこか緊張で張り詰めており、切れ長の目も真剣味を帯びていて強い意志が宿っている。
只事ではない何かを感じるとムーンマリアは途端に不安の表情を浮かべて尋ねた。
「何かあったのですか?」
「母上は強盗団マッカロンをご存知ですか?」
「ふしぎ星中で指名手配されている七人の強盗の?」
「そうです」
「確か宝石の国で貴方が偶然見つけて退治したと聞きましたが・・・」
宝石の国で行われたピースフルパーティーの翌日、アーロンとカメリア直筆の感謝の手紙が届いた時は驚いたものである。
パーティーの隙を狙って強盗が宝石の国の王宮に忍び入っていた事、そしてそれに気付いたシェイドが退治した事。
悪人のそれも強盗を恐れる事なく勇敢に立ち向かって退治したシェイドをまた強く誇りに思ったものである。
しかしそれがどうしたのだろうと首を傾げるとシェイドが説明を始めた。
「僕が退治したのは七人の内の三人です。残りの四人について調査した所、この月の国の砂漠の西にある砂嵐の廃墟に身を潜めている事が分かりました」
「あの廃墟に?」
「はい。砂嵐が次に止むのは今度ここで行われるピースフルパーティーの日・・・僕は他の国のプリンス達と協力して強盗団の残党の討伐に当たります」
「貴方達が討伐に!?」
驚くムーンマリアにシェイドは静かに真剣な顔で頷く。
「そこで母上にお頼みしたいのが必要最低限の兵士を同行させる許可をいただきたいのです。お願い出来ますか?」
「勿論それは構いませんが・・・どのくらいの人員が必要なのですか?」
「多くても10人から15人くらい。僕達がメインで討伐して兵士達には捕縛と連行を任せるつもりです」
「そんなに少ない人数で大丈夫なのですか?もう少し兵を出してもいいのですよ?」
「兵達の訓練の為にもこの程度の人数で十分です。僕は王宮の兵士達を信じていますし、何かあったら僕が責任を取ります」
「私も兵士の方達の事は信頼しています。けれどその事ではなくてシェイド、貴方達は大丈夫なのですか?貴方に何かあれば私は・・・」
「心配は無用です、母上」
そう口にするシェイドの声はとても柔らかかった。
表情も先程の真剣なものとは打って変わってひどく穏やかなものになっている。
「僕には頼れる仲間がいます。その仲間達と共に必ずや賊を打ち倒し、そして戻って来ます。ですからどうか僕の事を―――僕達の事を信じてください」
柔らかくて真っ直ぐな眼差し。
確かな意思のこもった声音。
少し前までは他国のプリンセスなどに興味はないと言い、それは他国のプリンスに対してもそうだったシェイド。
パーティーやお茶会には興味がなく、出席しても愛想笑いや当たり障りのない会話をして適当にやり過ごして面倒そうにしていた。
そんなものよりも国や星の事だと度々天体観測所やどこかへ外出する息子の事を頼もしいとは思うものの心配する気持ちの方が強かった。
将来は国を背負って立つのだから政務に対する姿勢は立派だが他人に興味がないのは如何なものか。
本人にそれとなく言ってみても「問題ない」の一言で済ますものだから頭を悩ませたものである。
けれどおひさまの恵みを巡る騒動がシェイドを変えたようで、今ではすっかり他国のプリンセスやプリンス達に心を開いているようで安心した。
パーティーやお茶会への興味の無さは相変わらずだが以前ほどめんどくさがってはいないようであるし、本人は気付いていないかもしれないが楽しみにしている節も見受けられるようになった。
おひさまの恵みを取り戻す旅は決して楽ではなかったし苦労をかけたが、それでもそれがシェイドを変えたのであれば結果的に良かったのかもしれない。
ムーンマリアはフッと柔らかく息を吐くと慈愛に満ちた顔でシェイドの意思を尊重した。
「分かりました。貴方達の事を信じます。必ず無事に帰って来るのですよ」
「勿論です、ありがとうございます。それからもう一つお願いしたい事があるのですが」
「何ですか?」
「プリンセス達がこの件を嗅ぎ付けておかしな事をしないか見張っていてくれませんか?何かやらかそうとしたら全力で阻止して下さい」
「守るのではなく見張るのですか?」
「はい。どの国のプリンセスも事件とあらば大人しくしているようなタマじゃないので。かざぐるまの国のプリンセスパーティーでグレイスストーンの情報が流れた時に全員で探しに行くと言い出して聞かなかったくらいですから」
「まぁ」
「全く、一体どこの国のプリンセスに影響されたのか。これではふしぎ星のプリンセス全員がプリンセスらしくないプリンセスの仲間入りをしてしまいますよ」
セリフだけ聞けば呆れているように見えるが、語っているシェイドの表情は限りなく穏やかでおかしそうだった。
リラックスしている状態とでも言おうか。
ムーンマリアが思っている以上にシェイドは各国のプリンセス達に対して心を開いているようである。
そういえば闇に堕ちたブライトを救う為にみんなで力を合わせてふたご姫をサポートしようと提案したのもシェイドだったと聞く。
本当に良き方向に変わったものだとムーンマリアはシェイドの成長を心から喜んだ。
「フフフ、逞しい方が国を支える者にとっても民にとっても心強いものですよ」
「だからといって逞し過ぎるのも考えものです。信頼しているとはいえ、心配しているのに変わりはないのですから」
「例えばプリンセスファインとかがですか?」
「プリンセスファインは・・・別に・・・」
途端に気まずそうにしてシェイドが緩やかに顔を逸らしたのを見てムーンマリアは内心で「ああ、やっぱり」と呟く。
宝石の国のピースフルパーティーから帰ってきて以来、シェイドの様子が少しおかしかった。
理性のある子なので誰かに当たり散らす事はなかったがどこか腹を立てているような、それでいて傷付いているような表情を度々浮かべているのだ。
それだけでなく鍛錬に打ち込む姿なんかは何かを忘れようと必死になっているようにも見える。
或いは己を不甲斐なく感じてもっと強くなろうと身が入り過ぎているのか、その両方か。
ミルキーに聞いても曖昧にしか答えてくれず、とりあえずはおひさまの国のプリンセスファインと喧嘩したという事だけはこっそり教えてくれた。
あまりその事に触れると機嫌が悪くなるからと口止めされていたのだがそれだけでムーンマリアは大体を察して、そして今回確信に至るのだった。
恐らく強盗を退治する過程でファインに関わる何かがあったのだろう。
ファインに関する重大ニュースはなく、つい先日のピースフルパーティーも何事もなく出席していたと聞いたのでファインは無事なのだろう。
けれどシェイドと喧嘩して今現在も不仲でいる辺り、相当の何かがあったに違いない。
喧嘩は当事者同士で解決するのが一番だと心得ているムーンマリアは事態を静観する事にしている。
シェイドは少々不器用な所がある。
これを機にその部分を少しは治すべきだ。
でなければいつか好きになってくれる女性が苦労するだろう。
(或いはもう、既に苦労しているのかもしれませんね)
ムーンマリアも女性だ、ふしぎ星の平和を祝うパーティーでファインが恋する少女のような顔つきでシェイドと踊っていたのを知っている。
ファインはきっと、シェイドに特別な想いを寄せているのだろう。
それから、いつか他国のプリンセスに興味は無いと言い切ったあのシェイドが転んだファインに真っ先に手を差し出したのが驚きだった。
何やら気さくな様子で話していたのを見るに社交辞令やそういった表面的なものではなく、シェイドがそうしたくてしたという風に見えた。
更にファインと喧嘩して長期間不仲でいるのを見るに、女性の中でも意地を張り合える特別の相手なのだろう。
あのシェイドが女性と喧嘩して意地を張り続けるなど今までなかった。
理知的な子なので喧嘩しても譲歩したり、口論になっても理路整然と並び立てて言い負かす事が殆どだ。
だから一人のプリンセスと子供みたいに意地を張り合うのが新鮮で、どんな風に仲直りするのか見てみたくてムーンマリアは静かにその時を待つ。
ファインに苦労をかけて申し訳ないが息子の新たな面を見たいという気持ちが勝っていた。
「とにかくパーティーの日、僕達プリンス一同は強盗団討伐の為に席を外します。パーティーが終わる前までには戻って来る予定です」
「分かりました。貴方達が席を外している理由は私の方で上手く取り繕っておきます。頑張って下さいね、シェイド」
「はい。それから念を押させていただきますがくれぐれもこの事はミルキーにも他のプリンセス達にも内密に」
「他のプリンセス達はともかく、何故ミルキーにも?月の国で起きる事ですからプリンセスとして知る権利はある筈ですよ?」
「それは―――『男の子の秘密』だからです」
人差し指を自分の口元に立てて言い放つシェイドの顔は年相応の悪戯っ子のような表情だった。
「さて・・・」
ムーンマリアとの会話を終えたシェイドは植物園に足を運んでいた。
シャベルを片手に持ち、空いてるスペースを見つけて土を掘るとポケットからある種を取り出す。
ソロからこっそり貰ったもう一つのドリームシードだ。
受け取る時に「どなたかへプレゼントされるのですか?」と聞かれたが適当にはぐらかした。
流石にこれを話すのも知られるのも恥ずかしいし何よりもプライドが許さなかった。
ファインと仲直りする為に育てるなど―――。
「バブバブ〜!」
不意に植物園の入り口から入浴を終えたミルキーが石鹸の香りを漂わせながらやって来た。
可愛い妹の登場にシェイドは表情を和らげて快く迎える。
「お風呂は気持ちよかったか?」
「バブ!バブ?バブバブバブバ?」
シェイドが手に持っているドリームシードに気付いてミルキーか尋ねるとシェイドは「ああ、これか」と呟いてそれをポトッと掘った小さな穴に落とす。
それから土をかけるとあらかじめ用意していたジョウロを傾けて水をあげた。
「これはドリームシードだ」
「バブバブ」
「見れば分かるならそれ以上の意味なんてないぞ」
「バブバブ、バブバブバブバブ?」
「でもお兄様、ブライト様達と植えて持って帰って来たのあるよね?」と詰め寄るミルキー。
やはり聞いて来たかと予想通りの質問にシェイドは事前に用意していた言葉を口にする。
「ドリームシードがどういう仕組みで育つのか気になるからその研究だ」
「バーブゥ?」
「ふーん?」と呟くミルキーの顔は半目でシェイドの言っている事をまるで信じていない様子だった。
むしろ「嘘くさい」といった雰囲気全開だ。
視線が痛いがシェイドは態度を崩さなかった。
「バブバーブ。バブバブ、バァブバブバブバブバブ、バブブ」
「・・・そうか。だが俺には関係ないな」
ファインが寂しそうにしていた事を伝えても素っ気なく返すシェイドにミルキーはこれ見よがしに溜息を吐く。
やれやれ、いつまで意地を張っているのやら。
帰りの気球で互いに視線を逸らした事を含めてミルキーはシェイドを咎める。
「バブバブバブ、アブブッ」
「顔を逸らしたっていうのはつまりそういう事だろ。それに言った筈だ、お兄様とファインの事は放っておいてくれとな」
「バァブ・・・」
「全くもう・・・」と呆れるミルキーにしかしシェイドは耳を貸さない。
否、貸す訳にはいかなかった。
そろそろ仲直りしようと考えているものの、やはり気まずさ等が先行して顔を逸らしたのは事実。
しかしそれ以上にシェイド達プリンス一同が計画してる強盗団討伐作戦に気付かれる訳にはいかなかった。
ファインは勘が鋭い、下手したらシェイド達の隠し事に気付くかもしれない。
そうなれば自分達も協力すると言い出してまた無茶をするに違いなかった。
(アイツ絶対にまたやらかすからな・・・)
脳裏に強盗の足にしがみつくファインが警棒で頭を叩かれそうになる映像が浮かび上がる。
それは勝手に再生され、振り下ろされる所まできて強制的に打ち切った。
そんな未来は訪れていない。
自分がすぐに退治したからファインも無事だ。
それでもあの映像が度々頭の中で再生されてしまうのは、それは自分への戒めに違いないからである。
あの日、自分を庇って大怪我しそうになったファインにどうして自分を大切にしないのかと腹を立てた。
ファインを心配した気持ちに嘘はない。
でもそれと同じくらいか或いはそれ以上に腹が立ったのは油断して他にも敵が隠れているかもしれないという可能性が頭からすっかり抜け落ちていた愚かな自分だった。
あの時自分が油断せずにしっかり対処していればファインが無茶をする必要もなかったし喧嘩になる事もなかった。
思えばあの喧嘩には自分の不甲斐なさを隠す為の八つ当たりも含まれていたのかもしれない。
そう思うとあまりの情けなさに溜息がでる。
それなのに素直に謝る事が出来ず意地を張って喧嘩し続けるなど子供っぽいにも程がある。
しかしその長く続いてる喧嘩のお陰で強盗団討伐作戦の話に近付かせな良い口実が出来てしまっているのだから何とも皮肉な話である。
(全部終わったらちゃんと謝らないとな)
喧嘩した事、そして手首を強く握ってしまった事。
あの時は色々な事があり過ぎて情けなくも状況を上手く整理出来ず頭の中がぐちゃぐちゃだった。
だからつい力加減を忘れて、後になって落ち着いた頃にミルキーにファインの手首の事で強く怒られた時はやり過ぎたと反省した。
そんな風に傷付けるつもりはなかったのにやらかした自分がまた嫌になる。
シェイドは溜息を一つ吐くとジョウロとシャベルを片付けてミルキーの方を振り返って言った。
「ミルキー、お兄様はこれから一時間ほど鍛錬をしてから入浴をして寝るよ。ミルキーは一人で部屋に戻れるか?」
「バブ!」
「そうか、良い子だ。じゃあお休み、ミルキー」
「バブブ〜!」
手を振るミルキーとそこで別れてシェイドは鍛錬場に向かう。
自己嫌悪に陥ったり色々な事をうだうだ考えて思考に疲れた時は思いっきり体を動かすに限る。
そうすればあの映像も思い出さなくなるし、討伐作戦に向けての鍛錬を積む事が出来て一石二鳥だ。
シェイドは気持ちを切り替えると鍛錬場の扉を開くのだった。
続く
悪夢に魘される事はなくなり、毎日を穏やかに過ごしている。
そんなムーンマリアの最近の楽しみはおひさまの国のエルザとの文通。
自身が昏睡状態にあった最中におひさまの国が乗っ取られてシェイドが先頭に立って避難誘導をしてくれていたらしい。
そんな非常事態ですらも息子に任せきりで申し訳ないと思う反面、プリンスとして立派に役目を果たしたシェイドをムーンマリアは誇りに思った。
避難して来た中には勿論トゥルースとエルザもいて、二人は闇に蝕まれるおひさまの恵みをどうにか出来ないかと対策を練りつつ、避難している身だからとかなり気を遣ってくれていたらしい。
深い眠りに就く自分の看病をし、城の皆を励ましてくれていたのだとか。
娘のミルキーやメイド達の話によれば特にエルザはミルキーの面倒や城の者達を元気付けようと料理まで振る舞ってくれていたそうだ。
その時の深い感謝を込めて手紙を送ったのがキッカケでエルザとの文通が始まったのである。
評判通り心優しく穏やかな女性で手紙の内容も読んでいて和やかな気分になるものばかり。
今度時間を作ってお茶会に誘って直接話してみようか、なんて考えていると不意に部屋の扉を叩く音がした。
「どうぞ、お入りになって」
許可を出すと「失礼します」という丁寧な声が扉越しに聞こえた。
息子のシェイドだ。
ゆっくりと開かれた扉の向こうから登場した愛息子の姿にムーンマリアは月の光の如き微笑みを向ける。
「どうしました、シェイド」
「母上、大切なお話があります」
「大切な話?」
聞き返すとシェイドは部屋をぐるりと見回し、廊下の向こうに誰もいないのを確認すると扉を閉めて傍まで歩み寄って来た。
端正な顔はどこか緊張で張り詰めており、切れ長の目も真剣味を帯びていて強い意志が宿っている。
只事ではない何かを感じるとムーンマリアは途端に不安の表情を浮かべて尋ねた。
「何かあったのですか?」
「母上は強盗団マッカロンをご存知ですか?」
「ふしぎ星中で指名手配されている七人の強盗の?」
「そうです」
「確か宝石の国で貴方が偶然見つけて退治したと聞きましたが・・・」
宝石の国で行われたピースフルパーティーの翌日、アーロンとカメリア直筆の感謝の手紙が届いた時は驚いたものである。
パーティーの隙を狙って強盗が宝石の国の王宮に忍び入っていた事、そしてそれに気付いたシェイドが退治した事。
悪人のそれも強盗を恐れる事なく勇敢に立ち向かって退治したシェイドをまた強く誇りに思ったものである。
しかしそれがどうしたのだろうと首を傾げるとシェイドが説明を始めた。
「僕が退治したのは七人の内の三人です。残りの四人について調査した所、この月の国の砂漠の西にある砂嵐の廃墟に身を潜めている事が分かりました」
「あの廃墟に?」
「はい。砂嵐が次に止むのは今度ここで行われるピースフルパーティーの日・・・僕は他の国のプリンス達と協力して強盗団の残党の討伐に当たります」
「貴方達が討伐に!?」
驚くムーンマリアにシェイドは静かに真剣な顔で頷く。
「そこで母上にお頼みしたいのが必要最低限の兵士を同行させる許可をいただきたいのです。お願い出来ますか?」
「勿論それは構いませんが・・・どのくらいの人員が必要なのですか?」
「多くても10人から15人くらい。僕達がメインで討伐して兵士達には捕縛と連行を任せるつもりです」
「そんなに少ない人数で大丈夫なのですか?もう少し兵を出してもいいのですよ?」
「兵達の訓練の為にもこの程度の人数で十分です。僕は王宮の兵士達を信じていますし、何かあったら僕が責任を取ります」
「私も兵士の方達の事は信頼しています。けれどその事ではなくてシェイド、貴方達は大丈夫なのですか?貴方に何かあれば私は・・・」
「心配は無用です、母上」
そう口にするシェイドの声はとても柔らかかった。
表情も先程の真剣なものとは打って変わってひどく穏やかなものになっている。
「僕には頼れる仲間がいます。その仲間達と共に必ずや賊を打ち倒し、そして戻って来ます。ですからどうか僕の事を―――僕達の事を信じてください」
柔らかくて真っ直ぐな眼差し。
確かな意思のこもった声音。
少し前までは他国のプリンセスなどに興味はないと言い、それは他国のプリンスに対してもそうだったシェイド。
パーティーやお茶会には興味がなく、出席しても愛想笑いや当たり障りのない会話をして適当にやり過ごして面倒そうにしていた。
そんなものよりも国や星の事だと度々天体観測所やどこかへ外出する息子の事を頼もしいとは思うものの心配する気持ちの方が強かった。
将来は国を背負って立つのだから政務に対する姿勢は立派だが他人に興味がないのは如何なものか。
本人にそれとなく言ってみても「問題ない」の一言で済ますものだから頭を悩ませたものである。
けれどおひさまの恵みを巡る騒動がシェイドを変えたようで、今ではすっかり他国のプリンセスやプリンス達に心を開いているようで安心した。
パーティーやお茶会への興味の無さは相変わらずだが以前ほどめんどくさがってはいないようであるし、本人は気付いていないかもしれないが楽しみにしている節も見受けられるようになった。
おひさまの恵みを取り戻す旅は決して楽ではなかったし苦労をかけたが、それでもそれがシェイドを変えたのであれば結果的に良かったのかもしれない。
ムーンマリアはフッと柔らかく息を吐くと慈愛に満ちた顔でシェイドの意思を尊重した。
「分かりました。貴方達の事を信じます。必ず無事に帰って来るのですよ」
「勿論です、ありがとうございます。それからもう一つお願いしたい事があるのですが」
「何ですか?」
「プリンセス達がこの件を嗅ぎ付けておかしな事をしないか見張っていてくれませんか?何かやらかそうとしたら全力で阻止して下さい」
「守るのではなく見張るのですか?」
「はい。どの国のプリンセスも事件とあらば大人しくしているようなタマじゃないので。かざぐるまの国のプリンセスパーティーでグレイスストーンの情報が流れた時に全員で探しに行くと言い出して聞かなかったくらいですから」
「まぁ」
「全く、一体どこの国のプリンセスに影響されたのか。これではふしぎ星のプリンセス全員がプリンセスらしくないプリンセスの仲間入りをしてしまいますよ」
セリフだけ聞けば呆れているように見えるが、語っているシェイドの表情は限りなく穏やかでおかしそうだった。
リラックスしている状態とでも言おうか。
ムーンマリアが思っている以上にシェイドは各国のプリンセス達に対して心を開いているようである。
そういえば闇に堕ちたブライトを救う為にみんなで力を合わせてふたご姫をサポートしようと提案したのもシェイドだったと聞く。
本当に良き方向に変わったものだとムーンマリアはシェイドの成長を心から喜んだ。
「フフフ、逞しい方が国を支える者にとっても民にとっても心強いものですよ」
「だからといって逞し過ぎるのも考えものです。信頼しているとはいえ、心配しているのに変わりはないのですから」
「例えばプリンセスファインとかがですか?」
「プリンセスファインは・・・別に・・・」
途端に気まずそうにしてシェイドが緩やかに顔を逸らしたのを見てムーンマリアは内心で「ああ、やっぱり」と呟く。
宝石の国のピースフルパーティーから帰ってきて以来、シェイドの様子が少しおかしかった。
理性のある子なので誰かに当たり散らす事はなかったがどこか腹を立てているような、それでいて傷付いているような表情を度々浮かべているのだ。
それだけでなく鍛錬に打ち込む姿なんかは何かを忘れようと必死になっているようにも見える。
或いは己を不甲斐なく感じてもっと強くなろうと身が入り過ぎているのか、その両方か。
ミルキーに聞いても曖昧にしか答えてくれず、とりあえずはおひさまの国のプリンセスファインと喧嘩したという事だけはこっそり教えてくれた。
あまりその事に触れると機嫌が悪くなるからと口止めされていたのだがそれだけでムーンマリアは大体を察して、そして今回確信に至るのだった。
恐らく強盗を退治する過程でファインに関わる何かがあったのだろう。
ファインに関する重大ニュースはなく、つい先日のピースフルパーティーも何事もなく出席していたと聞いたのでファインは無事なのだろう。
けれどシェイドと喧嘩して今現在も不仲でいる辺り、相当の何かがあったに違いない。
喧嘩は当事者同士で解決するのが一番だと心得ているムーンマリアは事態を静観する事にしている。
シェイドは少々不器用な所がある。
これを機にその部分を少しは治すべきだ。
でなければいつか好きになってくれる女性が苦労するだろう。
(或いはもう、既に苦労しているのかもしれませんね)
ムーンマリアも女性だ、ふしぎ星の平和を祝うパーティーでファインが恋する少女のような顔つきでシェイドと踊っていたのを知っている。
ファインはきっと、シェイドに特別な想いを寄せているのだろう。
それから、いつか他国のプリンセスに興味は無いと言い切ったあのシェイドが転んだファインに真っ先に手を差し出したのが驚きだった。
何やら気さくな様子で話していたのを見るに社交辞令やそういった表面的なものではなく、シェイドがそうしたくてしたという風に見えた。
更にファインと喧嘩して長期間不仲でいるのを見るに、女性の中でも意地を張り合える特別の相手なのだろう。
あのシェイドが女性と喧嘩して意地を張り続けるなど今までなかった。
理知的な子なので喧嘩しても譲歩したり、口論になっても理路整然と並び立てて言い負かす事が殆どだ。
だから一人のプリンセスと子供みたいに意地を張り合うのが新鮮で、どんな風に仲直りするのか見てみたくてムーンマリアは静かにその時を待つ。
ファインに苦労をかけて申し訳ないが息子の新たな面を見たいという気持ちが勝っていた。
「とにかくパーティーの日、僕達プリンス一同は強盗団討伐の為に席を外します。パーティーが終わる前までには戻って来る予定です」
「分かりました。貴方達が席を外している理由は私の方で上手く取り繕っておきます。頑張って下さいね、シェイド」
「はい。それから念を押させていただきますがくれぐれもこの事はミルキーにも他のプリンセス達にも内密に」
「他のプリンセス達はともかく、何故ミルキーにも?月の国で起きる事ですからプリンセスとして知る権利はある筈ですよ?」
「それは―――『男の子の秘密』だからです」
人差し指を自分の口元に立てて言い放つシェイドの顔は年相応の悪戯っ子のような表情だった。
「さて・・・」
ムーンマリアとの会話を終えたシェイドは植物園に足を運んでいた。
シャベルを片手に持ち、空いてるスペースを見つけて土を掘るとポケットからある種を取り出す。
ソロからこっそり貰ったもう一つのドリームシードだ。
受け取る時に「どなたかへプレゼントされるのですか?」と聞かれたが適当にはぐらかした。
流石にこれを話すのも知られるのも恥ずかしいし何よりもプライドが許さなかった。
ファインと仲直りする為に育てるなど―――。
「バブバブ〜!」
不意に植物園の入り口から入浴を終えたミルキーが石鹸の香りを漂わせながらやって来た。
可愛い妹の登場にシェイドは表情を和らげて快く迎える。
「お風呂は気持ちよかったか?」
「バブ!バブ?バブバブバブバ?」
シェイドが手に持っているドリームシードに気付いてミルキーか尋ねるとシェイドは「ああ、これか」と呟いてそれをポトッと掘った小さな穴に落とす。
それから土をかけるとあらかじめ用意していたジョウロを傾けて水をあげた。
「これはドリームシードだ」
「バブバブ」
「見れば分かるならそれ以上の意味なんてないぞ」
「バブバブ、バブバブバブバブ?」
「でもお兄様、ブライト様達と植えて持って帰って来たのあるよね?」と詰め寄るミルキー。
やはり聞いて来たかと予想通りの質問にシェイドは事前に用意していた言葉を口にする。
「ドリームシードがどういう仕組みで育つのか気になるからその研究だ」
「バーブゥ?」
「ふーん?」と呟くミルキーの顔は半目でシェイドの言っている事をまるで信じていない様子だった。
むしろ「嘘くさい」といった雰囲気全開だ。
視線が痛いがシェイドは態度を崩さなかった。
「バブバーブ。バブバブ、バァブバブバブバブバブ、バブブ」
「・・・そうか。だが俺には関係ないな」
ファインが寂しそうにしていた事を伝えても素っ気なく返すシェイドにミルキーはこれ見よがしに溜息を吐く。
やれやれ、いつまで意地を張っているのやら。
帰りの気球で互いに視線を逸らした事を含めてミルキーはシェイドを咎める。
「バブバブバブ、アブブッ」
「顔を逸らしたっていうのはつまりそういう事だろ。それに言った筈だ、お兄様とファインの事は放っておいてくれとな」
「バァブ・・・」
「全くもう・・・」と呆れるミルキーにしかしシェイドは耳を貸さない。
否、貸す訳にはいかなかった。
そろそろ仲直りしようと考えているものの、やはり気まずさ等が先行して顔を逸らしたのは事実。
しかしそれ以上にシェイド達プリンス一同が計画してる強盗団討伐作戦に気付かれる訳にはいかなかった。
ファインは勘が鋭い、下手したらシェイド達の隠し事に気付くかもしれない。
そうなれば自分達も協力すると言い出してまた無茶をするに違いなかった。
(アイツ絶対にまたやらかすからな・・・)
脳裏に強盗の足にしがみつくファインが警棒で頭を叩かれそうになる映像が浮かび上がる。
それは勝手に再生され、振り下ろされる所まできて強制的に打ち切った。
そんな未来は訪れていない。
自分がすぐに退治したからファインも無事だ。
それでもあの映像が度々頭の中で再生されてしまうのは、それは自分への戒めに違いないからである。
あの日、自分を庇って大怪我しそうになったファインにどうして自分を大切にしないのかと腹を立てた。
ファインを心配した気持ちに嘘はない。
でもそれと同じくらいか或いはそれ以上に腹が立ったのは油断して他にも敵が隠れているかもしれないという可能性が頭からすっかり抜け落ちていた愚かな自分だった。
あの時自分が油断せずにしっかり対処していればファインが無茶をする必要もなかったし喧嘩になる事もなかった。
思えばあの喧嘩には自分の不甲斐なさを隠す為の八つ当たりも含まれていたのかもしれない。
そう思うとあまりの情けなさに溜息がでる。
それなのに素直に謝る事が出来ず意地を張って喧嘩し続けるなど子供っぽいにも程がある。
しかしその長く続いてる喧嘩のお陰で強盗団討伐作戦の話に近付かせな良い口実が出来てしまっているのだから何とも皮肉な話である。
(全部終わったらちゃんと謝らないとな)
喧嘩した事、そして手首を強く握ってしまった事。
あの時は色々な事があり過ぎて情けなくも状況を上手く整理出来ず頭の中がぐちゃぐちゃだった。
だからつい力加減を忘れて、後になって落ち着いた頃にミルキーにファインの手首の事で強く怒られた時はやり過ぎたと反省した。
そんな風に傷付けるつもりはなかったのにやらかした自分がまた嫌になる。
シェイドは溜息を一つ吐くとジョウロとシャベルを片付けてミルキーの方を振り返って言った。
「ミルキー、お兄様はこれから一時間ほど鍛錬をしてから入浴をして寝るよ。ミルキーは一人で部屋に戻れるか?」
「バブ!」
「そうか、良い子だ。じゃあお休み、ミルキー」
「バブブ〜!」
手を振るミルキーとそこで別れてシェイドは鍛錬場に向かう。
自己嫌悪に陥ったり色々な事をうだうだ考えて思考に疲れた時は思いっきり体を動かすに限る。
そうすればあの映像も思い出さなくなるし、討伐作戦に向けての鍛錬を積む事が出来て一石二鳥だ。
シェイドは気持ちを切り替えると鍛錬場の扉を開くのだった。
続く