ピースフルパーティーと虹の蜜 第五章~月の国~

月の国で行われるピースフルパーティーのテーマは『花』。
いつかのプリンセスパーティーでファインとレイン、リオーネとタネタネプリンセスでパーティーで使う花を育てようと集まってドリームシードを植えて育てた事がある。
それを今度はプリンセス全員で育てようという事になり、プリンセス達はおひさまの国の空中庭園に揃っていた。
ちなみに今回もナルロはプリンスとして特別参加である。
もっとも、プリンセスだけで育てようという事になったのには別の理由もあるのだが。

「お兄様もアウラー達も急にフラワーアレンジメントで勝負だなんてどういうつもりなのかしら?」

少し不満そうにしながらアルテッサが小さく溢す。
今回も例によってプリンス・プリンセス全員集合で育てるものだとばかり思っていたので、ブライトやアウラーからプリンスとプリンセスの美的センスを競い合う勝負を強引に持ち込まれた時は寝耳に水だった。
平和を祝うパーティーで花がテーマなのに競い合うとは何事か。
ただでさえ先月のスポーツで醜態を晒したというのに今回のフラワーアレンジメントでまた醜態を晒したいのだろうか。
読めぬ兄と思いを通じ合わせたプリンスとその友人達にアルテッサは頭を悩ませる。

「別にいいんじゃない?たまにはこうやって女の子だけで楽しむのもさ」
「貴女はプリンスシェイドに会いたくないだけでしょう」
「あっちが会いたくないだけなんだよ」
「全くもう、相変わらずですわね」
「大丈夫よアルテッサ、口ではこう言ってるけど虹の花はしっかり丹念にお世話してるから」
「れ、レイン!!」

唇を尖らせるファインにアルテッサが呆れているとレインが真実を暴露し、ファインが顔を赤くして慌てる。
素直じゃないところもまた可愛らしく、プリンセスの面々はニヤニヤと生温かい視線を向ける。
そんな中、ミルロが「そうだわ」と手を叩いてある提案をする。

「折角だから虹の花の途中経過を見るのはどうかしら?どんな風になっているか見てみたいわ」
「名案ねミルロ!みんなで鑑賞しましょう!」
「ちょちょちょミルロ!?ソフィー!?み、見たってなんにも面白くないよ!?茎が伸びてる所で止まってるから大した事ないよ!!?」
「茎が伸びるところまで育ったのね?」
「そうよ、リオーネ。しかも毎日数分は必ず眺めてるのよ」
「だからレイン~!」
「ファインったら乙女~!」
「バブ~!」
「タネタネプリンセス!ミルキー!!」

姉妹11人揃って朱色の頬を両手で抑えてファインを冷やかし、ミルキーがその真似をする。
可愛いけど全力でやめて欲しかった。

「さぁさぁ、ドリームシードは植え終わって芽も出た所ですし。レイン、案内してもらえないかしら?」
「ええ、勿論よ!」

愉快そうな笑みを浮かべるアルテッサにレインが快く頷く。
全力で冷やかしてくる友人達にファインは顔を真っ赤にしながら必死に引き留めようとする。

「芽が出たってまだアタシのドリームシードの芽出てないよ!?」
「ファイン、もしかしてまたあの時のような大きなひまわりを育てようとしてない?」
「うん、実は。やっぱりひまわり好きだからさぁ」
「じゃあ大丈夫ね。あの時と同じでもう少し待ってればすぐに芽が出るわ。さぁみんな、行きましょう」
「わぁ~!レインの薄情者~!!」

虹の花のある場所へさっさと行こうとするレインの腕を涙目になりながら引っ張るもレインは一切動じる事なく全員を誘導してしまうのであった。
そうして呆気なく辿り着いてしまったファインが育てている虹の花がある垣根の囲い。
既に花の水やりは終えている為に植木鉢の下からはあげた水が流れ出ていて花壇の石の縁を濡らしていた。
しかしその石を濡らしていた水すらも乾いてきているので水をあげたのも随分前、恐らく朝の事なのだろう。
虹の花の茎は綺麗な形の葉っぱを人口の風に揺らせて気持ち良さそうにしている。
枯れている様子は全くなく、むしろ至って健康そうな様子からかなり大事に世話をされているのが分かった。

「あらあら、随分成長したのね」
「タネタネの国で一番栄養のある木の実の蜜をあげたらにょきにょき~って成長したのよ」
「まぁそうなの?相変わらず不思議な植物ですこと」

ゴーチェルが説明してあげるとアルテッサは素直に驚き、それから不思議そうな瞳で虹の花を眺める。
元の種と呼ぶべきものが貝である為、植物と呼んでいいか微妙な所であるがもうこの際植物でいいだろう。
ドリームシードといい、七色貝といい、ふしぎ星にはまだまだ不思議な植物は溢れていそうだ。
今度自分も図鑑などを読んで探して育ててみようか。
そんな風に思考を巡らせているアルテッサの隣ではリオーネとソフィーとミルロが頬を赤くしながら微笑ましそうに話す。

「一目で分かるくらい大切に育てられてるのが分かるわね」
「ええ!たっぷり愛情を注がれていてこっちが照れてしまうくらいだわ!」
「好きな人の為に育てるお花って素敵・・・!」
「うぅ~・・・アタシ、あっちにいるから・・・!」
「分かったわ、後でみんなと一緒に行くわね」
「バブバブ~!」

羞恥心で顔を真っ赤にしていたファインはとうとう耐えられなくなり、レインにそう言い残して芝生エリアに逃げる事にした。
その背中をミルキーがご機嫌な様子で追いかけていく。
未だ冷戦の最中であるものの、ファインがシェイドの為に虹の花を丹精込めて育てているのが分かって嬉しいらしい。
芝生エリアに到着してファインが腰を下ろすとミルキーが腕枕をせがんできたのでファインは快くそれに応じてミルキーを歩行器から芝生の上に降ろした。
それからミルキーが横になるだけでよくなるように位置を調整して腕を広げて寝転がるとミルキーは嬉しそうに腕にころんと頭を乗せて寝転がってきた。
寝転がって見上げる空は人工の空だがこの空もファインは好きだった。
いつ見ても青空で綺麗に澄んでいる。
自分の心もこうだったらいいのに、生憎今はどこかのプリンスの所為で煮え切らない曇り空だ。
ファインは一つ息を吸ってゆっくり吐き出すとミルキーに語り掛ける。

「ねぇミルキー」
「バブ?」
「その・・・ミルキー達は元気にしてた?」

やっぱりまだ素直になれないファインは敢えて言外にシェイドを含める形でそう尋ねる。
赤ん坊ながらに聡明なミルキーはそれを察すると元気いっぱいに頷く。

「バブ!バブバブバブ、バブブバ!」
「へー、サンドヨットレースっていうのがあるんだ?面白そうだね!」
「バブババブバブバブー!」
「へ、へー?優勝したんだ?ま、まぁ、凄いんじゃない?」

月の国で行われたサンドヨットレースでシェイドが優勝した事を自慢気に語るミルキーにファインは微かに頬を赤らめながらも興味の無いフリをする。
しかし頭の中ではレースに集中する姿や優勝してトロフィーを手にする凛々しい姿が自然と思い浮かんでしまう。
何とかして片隅に追いやろうと頑張るがしようとすればする程それらの想像はどんどん強くなっていく。
顔が熱くなってる自分がどうしよもなく悔しい。

「バーブバブ〜!」
「あああ赤くなってなんかないよ!ちょっと暑いだけだってば!!」
「バ〜?バーブブ〜?」
「本当だってば〜!!」
「どうしたの?ファイン」

慌てているとレインがみんなを引き連れてやってきた。
ファインは「何でもない!」と叫ぶと必死に顔を背ける。

「バ〜ブ〜、バブバブバブバ!」
「ファイン、ミルキーは何て言ってるの?」
「教えない!」
「アブッ」
「教えないもーん!」

半目のミルキーが唇を尖らせて通訳するように言い咎めてもファインは頑として今回のばっかりは通訳しようとしなかった。
ちなみにミルキーがレイン達に言ったセリフは「あのねあのね、お兄様の話してたらファインが顔を赤くして嬉しそうにしてたの!」である。
確かにファインからしてみれば口が裂けても通訳出来る内容ではないが乙女の勘が鋭いレインや他のプリンセス達は通訳してもらわなくても何となく察してしまった。
というのも髪の隙間から覗くファインの耳が地毛とはまた違った種類の赤さに染まっていたからだ。
しかもミルキーと一緒にいたとなれば答えはほぼ決まったようなもの。
レイン達は全てを察するとそれ以上の追及はせずにニヤニヤと笑いながら同じように輪になって芝生の上に寝転がり始めた。

「ねぇ、みんな何でニヤニヤしてるの・・・?」
「なんでもないわよ~。ねぇ?ミルロ」
「ええ、気にしないで」

何て言いながらニヤニヤとした顔を崩さずにレインとミルロがファインの両隣に寝転がる。
ミルロが寝転がって腕を伸ばすとその先にはファイン腕があり、その上にはミルキーが寝転がっている。
それを分かっていて伸ばしたのだろう、ナルロがミルロの伸ばした腕に寝転がると目の前で寝転がっているミルキーと顔を合わせて「ガビーン!」と嬉しそうに笑い合った。

「一つ言える事があるとすればミルキーがプリンスシェイドにファインが寂しそうにしてたって報告する事かしら」
「あ、ソフィー言っちゃったわね」
「うふふ!言っちゃった~!」

ミルロの隣にソフィーが寝転がり、更にその隣にリオーネが寝転がる。
楽しそうに喋る二人とは反対にファインは慌ててミルキーの口止めにかかった。

「み、ミルキー!シェイドには変な事言わないでね!?」
「バーブー?」
「だ、だからアタシが寂しがってたとか仲直りしたがってたとかそういうの!全然そんな事ないんだからね!?」
「・・・ZZZ・・・」
「こらー!寝るなー!」
「そっとしてあげなさいよ」
「アルテッサの言う通りだわ」
「静かにしてあげましょう」
「うぅ・・・みんな意地悪だぁ・・・」

これまたニヤニヤ笑いながらアルテッサがリオーネの隣に寝転がり、ゴーチェルやイシェルのタネタネプリンセスがアルテッサとレインの間に寝転がり、プリンセスの輪が出来上がる。
他人の不幸は蜜の味というが、ならば他人の恋はそれを凌駕する砂糖の塊か甘い甘いお菓子だ。
いつもはそうして他人の恋に興味津々で甘いお菓子を食べたような気分でいるファインも味わわれる側になるといじけて涙目になるのだった。
自分の恋を冷やかされるというのは恥ずかしくてしょっぱい味がするようだ。
それなのに頭の中には想いを馳せる相手の顔が浮かび、胸がいっぱいになるのだからやっぱり恋は分からない。
これが喧嘩してて胸が痛んでなかったら、それでも甘い気持ちになれたというのに。

(仲直り・・・どうすればいいんだろう・・・)

レインと喧嘩した時はお互いにごめんねと言って仲直りした。
アルテッサと喧嘩した時は素直にごめんねが言えなかったけれど時間が解決してくれた。
しかしシェイドとの仲直りはどちらが正解なのだろう。
勿論、素直にごめんなさいと言うのが一番だが面と向かって言える自信がない。
かと言って時間が解決してくれるとも思えなかった。
少なくとも喧嘩してからおよそ二ヵ月の時が流れているのだ、膠着状態となっていてむしろ悪化しているようにも思える。

(このままずっと喧嘩したままだったらどうしよう・・・)

そう考えると胸の奥がズキンと痛んで瞳に涙が浮かび上がりそうになる。
不安で指先が震えそうになったその時、柔らかくて温かい手が優しくファインの手を握った。
見ればレインがこちらの方を向いて優しく微笑みかけていた。

「レイン・・・!」
「大丈夫大丈夫!」
「・・・うん!」

安心して、心が温かくなるのを感じてファインはレインの手を握り返す。
やっぱりレインの『大丈夫』は魔法の呪文で、何でも分かってくれるレインがファインは大好きだった。





「皆様〜!お茶の用意が・・・プモ?」

乙女の園に男は不要(ただしナルロは特別)と自ら言い張ってキャメロットやルルと共にお茶の為のお菓子作りをしていたプーモ。
出来上がりを知らせようとして飛んできたのだが、ドリームシードを植えていたエリアにプリンセス達の姿がないのを知る。
耳を澄ましても楽しそうなお喋りは聞こえず、もしやと思ってプーモは芝生エリアへと浮遊して行く。
すると―――

「プモォ・・・」

そこでプーモが見た光景は輪になって眠るプリンセス達の姿。
皆それぞれに心地良さそうな寝顔を浮かべており、ファインとレインに至っては仲良く手を繋いで眠っていた。
少し前までのブラッククリスタルによってふしぎ星が滅びに向かおうとしていた時のような必死な雰囲気はそこになく、あるのは平和を享受する尊い寝姿。
この平和を体現したような空間を崩すまいとプーモは背を向ける。

「キャメロット様達にブランケットを持って来ていただくでプモ」

お茶はそのもっと後に、と心の中で付け足してプーモは飛び去るのだった。










一方その頃、宝石の国ではナルロを除いた各国のプリンス達が庭園に集い、お茶会を開いていた。
こちらもドリームシードを使ったフラワーアレンジメントをしようという事になり、種を植え終えたばかりである。
まだ小さな芽が出たばかりでどのような花が咲くかは分からないが優秀なプリンス達が育てる花はきっと美しい事だろう。
宝石の国らしい宝石をあしらったティーセットを用意し終えたブライトは爽やかな笑顔で席に着いた面々を見回しながら口を開く。

「たまにはこうやってプリンス達だけでお茶会を開くってのもいいものだね」
「そうですね。これからも定期的に開くのはどうでしょうか?」
「賛成!次はかざぐるまの国で開くのはどうかな?ソフィーに鍛えてもらったお菓子の腕を披露するよ!」
「それは楽しみですな!しかし、ナルロ殿がいないのが残念でございますな」
「仕方ないよ、ナルロはまだ赤ん坊だから。もう少し大きくなってミルロの手から離れられたら参加出来るようになるだろうからそれまで待とうか。ね、シェイド?」
「無駄話するなら俺は帰るぞ」

シェイドに話を振ったブライトの言葉はあっさりと斬られてしまう。
相変わらずつれない男である。
降参の溜息を吐くとブライトは続けた。

「ちょっとした前置きだよ。キミはせっかちだなぁ」
「無駄が嫌いなだけだ。俺も暇じゃないんだから早くしろ」
「悪かったよ。それじゃあ本題に入ろうか」

ブライトは一呼吸置くとルビーの瞳を細めてプリンスの面々の顔を見ながら口を開いた。

「みんな、既にシェイドから話は聞いていると思うけど二ヶ月前、この宝石の国で行われたピースフルパーティーの最中に忍び入った賊・・・アレは今、ふしぎ星で指名手配されてる強盗団『マッカロン』の一味だ」

強盗団の名を聞いてアウラー達の顔つきもそれまでの和やかなものから真剣なものに切り替わる。
先程ティオはこの場にプリンスとしてナルロがいないのは寂しいと言っていたが、少なくともこの話をする場合においてはいなくて良かったと誰もが思っていた。
プリンスと言えどまだ赤ん坊、こんな物騒な話は出来ない。

「強盗団『マッカロン』は七人のメンバーから成り立つ強盗集団。この間シェイドが捕まえてくれた三人はその七人の内の三人だった。そして彼らを尋問した結果、得られた情報は次の標的はタネタネの国であった事、しかしメンバーが捕まった事で残りは警戒してタネタネの国での計画を見送ってあちこちに身を隠していた。ここまではいいね?」

ブライトの確認にそれぞれは強く真剣に頷く。
ちなみに尋問の結果が得られたのはピースフルスポーツパーティーが終わった直後であった。
捕まえた強盗達は中々口を割らず、長期戦になったのである。
しかしブライトとしては丁度シェイドと絆を深められたのである意味タイミングは良かった。

「そして各国で警戒を強めてくれたお陰で強盗団は潜伏が難しくなり、とある国で身を潜める事になった。それが―――月の国」

皆が一斉にシェイドに視線を向けるとシェイドは静かに頷き、ブライトの言葉を引き継いで話し始める。

「かつて月の国の乗っ取りを、ふしぎ星の支配を企んでいた月の国の元大臣は各国の国内事情や小細工の為の侵入経路を知ろうとマッカロンと通じ合っていた事が奴の残していた資料で分かった。有益な情報を得る為に秘密の潜伏場所を提供していたらしい・・・恥ずかしい話ですまない」
「そんな事はありませぬ!師匠やムーンマリア様を支える立場でありながらそのような事を企む元大臣が悪いのです!」
「ティオ・・・」
「ティオの言う通りだよ。それに立場を弁えなかったからこそ身を滅ぼしたんだ、良い手本になったくらいに思って気にしない事だよ。大切なのはこれからなんだし」
「アウラー・・・」
「そういう事ですからプリンスシェイド、そちらの方で分かった事を話していただけますか?」

ティオもアウラーもソロも、何故シェイドがエクリプスとして活動していたかの理由は知らされている。
その上で理解を示し、シェイドを責める事もそんな感情も一切なかった。
彼らはむしろシェイドの国と家族を守らんとするプリンスとしての責務と孤独の戦いを高く評価し、また同じような事があれば力になりたいと思っていた。
当時は状況が状況なだけに焦燥と混乱の中にいたブライトは一国の王子が身分と名前を隠して活動していたなど嘆かわしいと非難したが色々落ち着いて視野が広くなった今となっては皆と同じ気持ちだった。
その空気を肌に感じてシェイドは胸が詰まる思いに駆られる。
だからこそ自国の汚点を自分でなんとかしなければと思う反面、この問題を自分一人で対処する事はここにいる友人達を裏切る行為だと直感してシェイドは強盗団の潜伏場所について語る事を決めた。

「月の国の砂漠に長期間砂嵐に包まれている廃墟の街がある。廃墟に向かう複数の怪しい人間の目撃情報があったんだが恐らくそいつらがマッカロンの残党で間違いないだろう。だが、そこに入るには砂嵐が止む時期を待つか地下の抜け道を使うしかない」
「ならば、その抜け道を―――」
「残念だが既に塞がれている」

ティオの言葉を遮ってシェイドは首を横に振る。
己の目で足で調査してきた時の事を思い出しながらシェイドは続ける。

「大臣の残した資料と照らし合わせて確認しに行ったら塞がれていたんだ」
「無策で退路を断った・・・という訳ではなさそうですね」
「ああ。追い詰められているのは奴らも理解している筈だ。だからこそ捨て身の覚悟で打って出て来るだろう。そして俺の推測が正しければあの廃墟にいるのはマッカロンだけではない。恐らくは大臣の元手下たちもいる筈だ」
「え?大臣ってそんなに手下いたの?」
「いるよ。僕が闇に堕ちていた時に接触した事があるんだけど結構な数の部下がいたんだ。でもシェイド、その部下たちがマッカロンに協力しているっていうのかい?」

小さく驚くアウラーに説明しながらブライトがシェイドに尋ねるとシェイドは真面目な表情で頷きながら続ける。

「奴の日記に何人かの部下がマッカロン側に寝返ろうとする気配があるという記述があった。しかし何人が寝返ろうとしていたのか、本当に寝返ったのかどうかまでは書かれていなかったから実際はどうなっているのかは分からない。だがこちらも万全の準備をするに越した事はない」
「勿論だよ。相手はふしぎ星を騒がせる強盗集団。何をしてくるか分からないんだから生半可な準備は死ぬも同然だ」
「アウラー殿の言う通りです!我々も全力をもって成敗致しましょうぞ!」
「ちなみに月の国の兵は連れてこれますか?」
「連れてこれない事もないが万一を考えて多くは城に残しておきたい。母上やミルキー、他のプリンセス達やパーティー会場が狙われる可能性も大いに有り得る。だからあまり期待はしないでくれ」
「大丈夫だよ。僕達ふしぎ星のプリンス全員が力を合わせれば勝てないものなんてないさ。それに沢山の兵を動かしたらそれこそ会場の人達が不安に陥ると思うからマッカロンとの戦いでは必要最低限の兵力でいいと思うんだ」
「俺も同じ事を考えていた。母上には俺の方から説明しておく。みんなは万全の準備をして臨んでくれ」
「あ、シェイド。ムーンマリア様に説明するのはいいけど流石にミルキーには内緒だよ」
「どうしてだ、アウラー?」
「『男の子の秘密』だからさ」

そう言ってアウラーは悪戯っぽく笑い、それの意味する事を知ったシェイド達は一瞬呆気に取られたがすぐに心得たと笑みを返すのだった。











それから夕方になってお茶会と称した秘密の作戦会議を終えたプリンス達はそれぞれのプリンセス達を迎えにおひさまの国へと気球を飛ばしていた。

「じゃあねみんな!」
「パーティーで会いましょう!」

気球停泊所でファインとレインは笑顔で手を振って皆を見送る。
が、そんな中でミルキーはファインの腕の中で未だ眠りこけていた。
まだ赤ん坊である為、起こすのも可哀想だからギリギリまで寝かせてあげようという事になったのだ。
しかし月の国の気球も見えて来たのでファインはミルキーを優しく起こす。

「起きて、ミルキー。お迎えが来たよ」
「ンバァ・・・バブバブ・・・バブ?」
「残念だけどチョコレートパンケーキはここにはないよ」
「ブゥ・・・」
「起こしてごめんね。でも帰る時間だよ」
「はい、ミルキーの歩行器よ」

レインが持ってきた歩行器をミルキーのお尻の下に移動させ、ファインがそっとミルキーをその上に下ろす。
両腕をぐっと空に向けで体ごと伸ばすとミルキーは大きく口を開けて欠伸をする。

「バブバブバ~?」
「うん、植木鉢ならここにあるよ」
「気球に乗るまで持って行ってあげるわ」
「バブ~!」

笑顔で両手を挙げるその姿はファインに通訳してもらわなくても「ありがとう!」と言っているのがレインでも分かった。
そうしてプーモも交えて月の国の気球まで四人で移動し、乗降口に到着した所でレインがミルキーに植木鉢を渡した。

「はい、ミルキー。落とさないようにね」
「バブ!」
「バイバイミルキー!また今度ね!」
「バブ!」

ファインが手を振ってミルキーに別れの挨拶をし、ミルキーも同じように手を振って挨拶を返す。
その時に気球の奥の方にいるシェイドと目が合ってしまった。

「・・・」

途端に無言になり、気まずさからファインは視線を逸らし、シェイドもふいっと顔を逸らす。
そんな二人の様子にレイン達はまた溜息を吐くが何も言う事はしなかった。
月の国の気球が最後に飛び立ったのを見送ってファイン達はそのまま城の中へと戻って行く。

「ファイン様もファイン様でプモがシェイド様も大概でプモ。いい加減仲直りしたらどうでプモか?」
「だって・・・」
「そっとしておきましょう、プーモ。夫婦喧嘩は犬も食わないっていうのと一緒で未来のカップルの喧嘩も構ったってなにも良い事はないわ」
「かか、カップルって・・・!ま、まだそんなんじゃないし!」
「でもいつかはそうなりたいんでしょう?」
「それは・・・その・・・」
「それに今の喧嘩だって恋のスパイスとして重要よ!喧嘩した分だけ甘~い展開が訪れるんだから!」
「あ、甘い展開って!?」
「そりゃあ例えば―――」

「ねぇねぇ、チェリーグレイスロードの噂って知ってる?」
「勿論!恋愛成就の効果があるっていうアレでしょう?」

「恋愛成就の効果!?」

ランドリールームの前を通りがかった時、中で二人のメイドが話している内容を聞きつけたレインは瞳を輝かせて目にも止まらぬ速さで駆け寄った。
話を中断してメイドの元に走ったレインにファインとプーモは呆気に取られ、二人のメイドも驚いた様子でレインの方を振り返る。

「ぷ、プリンセス様?」
「お仕事中ごめんなさい!チェリーグレイスロードの恋愛成就の効果って何かしら!?」
「ええっと、城下の東地区にあるサニーパークっていう公園でチェリーグレイスの木が植えられた『チェリーグレイスロード』と呼ばれる道があるのですがそこで恋愛に関するとある噂があるんです」
「その噂というのがチェリーグレイスが咲く時期に好きな人とチェリーグレイスロードを歩くとカップルになれるというもので、今女性の間で流行ってるんです」
「そんな素敵な噂があるの!?知らなかったわ!!」
「プリンセス様もお好きな方がいらっしゃったら如何でしょうか?」
「もう少ししたらチェリーグレイスが咲く時期ですし、サンドイッチなどお弁当を持参してお花見を楽しむ事も出来ますよ」
「いいわね、それ!最高だわ!耳寄りな情報を教えてくれてありがとう!お仕事頑張ってね!」

立ち去るレインにメイド達は一礼をし、レインはランドリールームを出ると一目散に自室に向けて走った。

「さぁこんな事してる場合じゃないわ!今すぐ準備しないと!!」
「あ、待ってよレイン!」
「走ると危ないでプモよ!」

自室に駆け込むレインをファインとプーモが慌てて追いかける。
恋愛関連の話になるとすぐこれである。
二人が追い付いた頃にはレインは既に部屋の中をあちこち駆け回っており、クローゼットとデコールをしまってる棚とドレッサーの三箇所を何度も巡っていた。
服やデコールを取り出してはあーでもないこーでもないとレインは悩んでいたがそれでもその顔はとても楽しそうでファインはクスッと笑みを溢す。

「まだ先の話なのに張り切ってるね、レイン」
「何言ってるの!こういうのは事前にしっかり準備しておかないと後で恥をかくのはこっちなのよ!」
「あはは、そっか。ねぇプーモ、チェリーグレイスっていつ頃満開になるのかな?」
「そうでプモね。僕の見立てだと今度のピースフルパーティーが終わった後くらいが見頃でプモ」
「じゃあ丁度良いね。レイン、今度のパーティーでブライトを誘ってみなよ。きっといいよって言ってくれるよ!」

ファインが半ば冷やかすように言い放つと、ドレスを掛けているハンガーを手に取っていたレインの動きはピタッと止まり、それからゆっくりと下ろすのと同時に小さく俯いた。

「・・・ファインは・・・嫌じゃない?」
「え?何が?」
「私が・・・ブライト様とデートに行くの・・・」

ドレスを抱えたまま振り返ったレインの表情は寂しさのある複雑そうなものだった。
それを見てファインはぎょっと驚き、慌ててレインに駆け寄る。

「ど、どーしたのレイン!?アタシは別に何も嫌じゃないよ!?」
「でもファインがシェイドと喧嘩してる時に私がブライト様とデートに行くなんて浮かれた話、聞きたくないでしょ?」
「え?何で?全然そんな事ないよ?」
「本当?」
「だってアタシとシェイドの喧嘩にレインは関係ないじゃない。レインが気にする事なんてないんだよ?」
「そう・・・?」
「もうやだな〜レイン。アタシ達の仲じゃない!アタシの事は気にしないでブライトとデートしてきなよ!アタシ、応援してるからさ!」

そう明るく言い放つファインからは我慢したり気を遣った様子はなく、心から言っているのだと感じるとレインは漸く安心したように笑顔を浮かべた。
恋愛関係となれば周りが見えなくなるレインとて全くの盲目になる訳ではない。
いくらファインとシェイドの長期に渡る意地の張り合いに呆れ気味でいると言えどそれでも心の底では心配していた。
そんな時に自分がブライトとの恋愛に浮かれるなどファインに申し訳ないと思うのと同時に後ろめたさがあったのだ。
だからファインが全く気にしていないのを知って安心したのである。

「ありがとう、ファイン!私もファインがシェイドと仲直り出来るように応援してるわね!」
「うん、ありがとう!」

無邪気に笑い合うファインとレインを見てプーモは心の中で「仲良き事は美しきかな」と呟く。
そして陰ながら二人の恋路が上手くいくよう祈るのだった。






続く
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