ピースフルパーティーと虹の蜜 第四章~タネタネの国~
「それではこれにてピースフル『スポーツ』パーティーを終了するダネ!解散ダネ!」
せっかちなキングは戦績発表も閉会宣言の前置きもせず速攻でパーティーを終了にしたがフラウアも誰もそれを止めようとしなかった。
むしろ今回ばかりはそのせっかちな性格に感謝していた。
もうみんな、こんな不毛に次ぐ不毛な空気を終わらせてほしかったのだ。
仮にもいい年した若きプリンス二人が子供っぽくも情けない悪口合戦をしながら雪玉を投げ合っていたなんて誰もが今すぐにでも流したい事柄だった。
それがしかもあの人気の高い宝石の国のプリンスブライトと月の国のプリンスシェイドとなると尚更の事だった。
ちなみに二人は試合終了後、フラウアに呼び出されて注意を受けている。
それもそうだろう、一国のプリンスともあろう二人が人目も憚らず大声でウンコだのケーキだのブライトサンバなど罵り合いをしていたのだ、受けて当然である。
『・・・』
閉会式で横一列に並んでいた各国のプリンス・プリンセス一同はただただ無言・無表情で前だけを向いてキングの閉会宣言に対する拍手を送る。
ソフィーだけは相変わらず笑顔でご機嫌であるが。
拍手は十秒程続いた後、静かに鳴り止んだ。
しかし微妙な空気は続いたままで誰も動こうとも喋ろうともせずただただ無言でその場に留まる。
三十秒程経過した所で最初に口を開いたのはリオーネだった。
「ね、ねぇ!雪合戦で体も冷えた事だし、これからボー温泉にみんなで行くのはどうかしら!?」
「い、いいわね、それ!」
「さ、さんせーさんせー!」
レインとファインが賛同し、それにミルロとタネタネプリンセスとミルキーが続く。
「またみんなで仲良く入りましょうか」
「温泉から上がった後はみんなでフルーツ牛乳を飲みましょう」
「そうね」
「楽しみだわ」
「バブ~!」
「温泉で汗と醜い争いを洗い流しましょう!」
「しっ!ソフィー!余計な事言わないの!!」
ソフィーの相変わらずの悪意無き天然発言をアルテッサが咎める。
ちなみにこの発言でピタリと動きが止まったのがブライトとシェイドだったのは言うまでもない。
そんな二人を横目で呆れたように眺めてアウラーは軽く溜息を吐く。
フォローをしなかったのは二人に深く反省して欲しいが為だった。
こうしてリオーネの機転とプリンセス達の連携によって微妙な空気は強引に流され、プリンセス・プリンス一同はメラメラ温泉に向けて移動を開始するのだった。
「全くもう、お兄様ときたら・・・私がどれだけ恥ずかしい思いをした事か」
「あはは、ごめんよ」
気球に乗り込んだアルテッサの第一声にブライトは苦笑いで謝罪する。
確かに子供っぽくて大人気ない口喧嘩をしたと思う。
それでもブライトの心の中はとても晴れやかだった。
これまでシェイドとの距離感や接し方に悩んでいたブライトだったが、今回の雪合戦で何となく自分の中で抱えていた蟠りがなくなったように思う。
言いたい事を思いっきりシェイドに言えたし、シェイドにも痛い所を思いっきり言われた。
でもそれで良かった。
内容の程度の低さはともかくとして、自分もシェイドもお互いに腹の内をとことんみせられた気がする。
レインの言う通り、シェイドに遠慮なんていらなかったのだ。
本音のままをぶつけたら彼も本音をぶつけてくる。
ストレートに投げればストレートに返してくる。
それが知れてとても嬉しかった。
(それにしてもシェイドも子供っぽい所があるんだな)
まさか最初の軽い挑発に乗ってくるとは思わなかった。
アルテッサから強盗事件が原因でファインと喧嘩した事を聞いたので自分がファインの肩を持つような事を言ったから癇に障ったのだろう。
そこからはまぁ、ブライト的に心の傷を抉る発言をグサグサと言われて精神的ダメージが凄まじかったが悪口合戦に持ち込めたのは運が良かった。
シェイドもあんな風に言い返してくるし、実はファインとのダンスがケーキによって中断されたのを気にしていたというのが分かって微笑ましい気持ちになった。
自分なんかよりも完璧でクールで大人で何でも出来て・・・遠くの存在のように感じていた。
それがまさか一人の女の子とのダンスが食べ物で中断されてしまった事を地味に気にしている等身大の男の子だと知って急に身近な存在に感じられたのだ。
自分だってシェイドの言う通りファインにダンスを申し込んでも断られ続けられたのは地味に気にしていたし、もしもシェイドのようにダンスの最中にケーキを理由に中断されてしまったら地味に落ち込んでいただろう。
そう考えるとやはりファインは中々手強い。
それなのにケーキで中断されたとはいえダンスに誘って一発OKもらったシェイドは色々な意味で凄いし、今現在ファインと喧嘩をしているのは凄く勿体ないと思った。
(確かにファインは危険な事をしたけど何も怒鳴る事ないのに・・・案外不器用なんだな)
シェイドが素直じゃないのは知っている。
けれどまさかこんなにも不器用とは思わなかった。
いつもみたいに冷静に論理的に強めの口調で諭すのかと思っていたが意外にも感情的になって怒鳴ってしまうきらいがあるようだ。
それも親しい間柄の相手にやったのだと思うと実は中身は熱い男なのかもしれない。
また一つシェイドの事が分かった気がしてブライトは嬉しくなった。
間違いなくシェイドと友達になれると。
「ねぇ、アルテッサ」
「何ですの?お兄様」
「雪合戦、楽しかったね」
まるで子供のように屈託なく純粋な笑顔でそう言い放つブライト。
「ええ、そうですわね」
アルテッサも同じく純粋な笑顔で頷くのだった。
「ブゥ」
「悪かった・・・反省してる」
一方、月の国の気球の中ではミルキーがジト目でシェイドを睨みながら説教をしていた。
シェイドは疲れたように溜息を吐くと先程の雪合戦の事を思い返す。
ただでさえファインと喧嘩していて今回も睨み合いながら雪玉を投げ合っていたのにそこにブライトがファインの肩を持つような発言をしたのが癇に障り、それだけでなく自分をやっつけると言ってきたのがなんだか無性に腹が立った。
だからとことん嫌味を言ってやった。
少し前までのブライトだったら焦って動揺してちっぽけな自分の世界が壊れないようにと必死に取り繕っていただろう。
けれどそうはせず、むしろ自信満々で真っ向から言い返してきてほんの少し驚いたし、見直しもした。
少し前からよそよしいような窺って来るような態度で接して来るのが不可解で様子を見ていたが、また闇に惑わされた訳ではないようで安心した。
折角ファインとレインが全力で闇の中から救ってくれたというのにまたそんな状態になろうものなら躊躇いなく殴るつもりだった。
(世間知らずのお坊ちゃんは卒業したみたいだな)
真面目過ぎる故か純粋であるが故か表面的な『プリンスとしてあるべき姿』に拘り過ぎて自分の事しか見えてない奴だと見る度に思ってた。
世の中を表面通りにしか読み取れず、誰の目にも良いように映る理想のプリンスを演じるのに必死で生きるのが窮屈そうだとこっちが溜息を吐いたくらいだ。
気にしているであろう部分を真正面から突いてやったらこの世の終わりを見たような目で分かり易く動揺していてこんなんでこの先大丈夫かと逆に心配してしまう程だった。
そう思っていた矢先に大臣に嵌められて闇に堕ちた時はあまり驚きはしなかった。
そうなっても仕方ない要素は十分にあったし、それよりもどうやって元に戻すかという事の方が重要で大変だった。
最終的にはファインとレインの案でパーティーを開き、励ます事で元に戻す事が出来た。
ついでに自信も身に着いたようで今日みたいにまた痛い部分を突いてやっても以前のように動揺する事はなくなったようである。
(ブライトサンバはまだまだ受け入れられていないみたいだがな)
メラメラファイアーカーニバルでブライトが披露したあのブライトサンバを思い出して心の中で意地悪く笑う。
腹立たしい事に実は自分が密かに気にしていた、ファインがケーキにつられてダンスを中断したのを突いてきたので連呼してやった。
その度に悔しそうな顔をしながらも反撃して来たので随分骨のある奴に成長したと思った。
そしてそんなブライトと真正面から子供っぽくも大声で口喧嘩をして雪合戦をしたのは実は案外楽しくてスッキリしていたりする。
こんな風に思いっきり遊んだのはいつ以来だろうか。
プリンスとしてはしたないとフラウアに注意を受けた時も恥ずかしいと思った反面、小さい頃にやんちゃをして母親のムーンマリアに叱られた時の事を思い出して懐かしくなった。
(・・・楽しかったな・・・)
柄にもなく子供っぽい感想が頭に浮かぶ。
今日は沢山動いてツッコミをして疲れたから仕方ないと心の中で笑いながら言い訳をする。
これでファインと喧嘩していなかったら最高だったのに、と思いかけて小さく頭を振る。
反省しているのかどうかは分からないが反抗的な態度で敵意を隠さなかった辺り、まだ話し合う気はないようである。
かつて大臣と水面下で長期にわたる攻防を繰り広げていた事もあってシェイドは長期戦には慣れていた。
なのでファインがその気になるまでこちらも今の態度を貫こうと意地を固める。
シェイドも大概意地っ張りだった。
「バブバブバブ、アブッ」
「あっちに話す気がないならこっちから言っても無駄だろう。悪いがお兄様とファインの事はほっといてくれ」
「バブゥ・・・」
今度は呆れた目で溜息を吐かれる。
いくら大切な妹の進言と言えどこれは自分達の問題だ。
冷戦の期間も仲直りの仕方も自分達で決める。
そう、シェイドは心に強く決めるのだった。
それから数十分の時間をかけて漸く到着したメラメラの国のボー温泉。
丁度貸し切りで利用する事が出来て一般の目を気にする事なくのびのび使えて皆は大喜びだった。
そしてこちら男湯の方ではプリンスたちが縦に一列に椅子を置いて一方向を向き、背中の流し合いをしていた。
順番はソロ、ティオ、ブライト、シェイド、アウラーの順だ。
シェイドがブライトの背中を泡の付いたタオルで流しながら眉根を寄せて呟く。
「俺、この順番嫌なんだが・・・」
「え?どうして?シェイド?」
後ろで背中を流してくれているアウラーが首を傾げて聞き返す。
「雪合戦の仕返しでコイツに引っ掻かれそうだからだ」
「やだな~シェイド。僕はキミほど性格悪くないからそんな事しないよ」
「そうか。じゃあ俺は性格が悪いからとことん嫌がらせさせてもらうぞ」
宣言をしてスパァンッ!と気持ちの良いくらい乾いた音を響かせてシェイドはタオルでブライトの背中を叩く。
音の大きさとダメージは比例していて、風呂とメラメラの国の元々の温度の高さもあってブライトの白い背中は瞬く間に赤く染まった。
その光景にアウラーは耐えられなくなって顔を逸らして噴き出し、ブライトは爽やかな笑顔に青筋を立てて振り返るとタオルで同じようにシェイドに攻撃を仕掛けようとした。
しかしその動きを読んだシェイドは先程のタオルでブライトのタオルを弾く。
タオルによる攻撃が無駄だと悟ったブライトは拳で語る道を選び、シェイドと取っ組み合いになる。
「くっ、この・・・!」
「お前は性格がいいから暴力は振るわないんじゃなかったのか?」
「正当防衛だ!」
「やや、また喧嘩が始まったようですぞ」
「あはは、もう気の済むまでやらせてあげましょう」
小さく慌てるティオにソロが呆れを含んだ乾いた笑いを漏らす。
ちなみにシェイドとブライトを抜いた三人で背中を流し終わっても喧嘩は続いていたので強引に仲裁をする事で第二ラウンドは終了した。
そうして背中を流し終わって露天風呂に移動したプリンス達。
ボー温泉の男湯は狭くはない。
が、女湯と比べたら圧倒的に面積は小さい。
その小ささたるやお情けで用意してもらったんじゃないかと思われるレベルだ。
ボー温泉の見取り図が頭に入っているシェイドは侘しい広さの男湯を前に何とも言えない気持ちでティオに尋ねる。
「なぁ、ティオ」
「何でしょうか?師匠」
「前々から聞きたかったんだがボー温泉の女湯はどうしてあんなにも広いんだ?」
「昔、この温泉を造った当時の王が広くしておけば沢山の女性が入れる上に泳げるからとおっしゃって女湯を広くしたそうです」
「清々しいくらい下心丸出しだな」
「ちなみに理由を知った当時の王妃が強烈なお仕置きビンタとお説教をしたと記録に残っております」
「そんな記録まで残っているのか」
「後世に戒めとして残しておく為でしょうね」
ソロが苦笑いしながら言う。
きっと怒った王妃が記録を残させたのだろうなとシェイドが予測していると背後にブライトが立ってきた。
「まぁまぁ、細かい事は気にしないで入ろうよ」
両手でシェイドの背中を思いきり突き飛ばそうとしたブライトの手はしかし避けられてしまい、空を切る。
お返しと言わんばかりにシェイドがブライトの肩を掴んで温泉に突き落とそうとするがブライトは両足を踏ん張り、シェイドの肩を掴み返して再び取っ組み合いを始める。
「おいどうした、入れよ」
「シェイドからお先にどうぞっ」
「一番風呂はお坊ちゃんに譲ってやるよ」
「ケーキ以下で可哀想なキミにこそ相応しいよ」
「ていっ」
醜い争いを始めた二人の肩をアウラーが思いっきり突き飛ばす。
予想外の方向から加えられた力に二人は抗えず、呆気なく温泉に落ちて盛大に飛沫をあげた。
その様子をティオとソロは呆然とした様子で眺め、アウラーは腰に両手を当てて溜息を吐きながら沈んでいる二人を呆れ気味に見下ろす。
「いい加減にしなよ二人共。フラウア様に怒られたばっかりだろう?全く・・・って、うわぁ!!?」
ザブッ、と温泉の中から伸びて来た二本の腕に両腕を掴まれ、引きずり込まれたアウラーは盛大に飛沫を上げて突っ伏す。
代わりに沈んでいたシェイドとブライトが起き上がってアウラーの背中をぺちぃんっ!ぺちぃんっ!と叩き合いながら怒りをぶつける。
「俺に不意打ちを喰らわせるとはいい度胸だな!」
「アウラーさっき僕がシェイドにタオルで叩かれた時笑ってたよね!?僕知ってるんだからね!!」
「だからって叩く事ないじゃないかぁ!すっごく痛いよ!!」
起き上がったアウラーは赤く腫れてじんじんと痛む背中に涙目になりながら二人に反撃する。
勿論それに甘んじる二人ではなく、負けじと反撃しあう。
「おお!盛り上がって参りましたなぁ!」
「僕達も参加しちゃいましょうか!」
ワクワクとした雰囲気でティオとソロも加わり、男湯は大いに盛り上がるのであった。
「なんだか男湯の方が騒がしいわね」
ナルロを抱っこしていたミルロが男湯の騒がしさを聞きつけて丸みのある獣耳をぴくぴくと揺り動かす。
同じく音を聞きつけたアルテッサが溜息を吐く。
「お兄様とプリンスシェイドったらまた喧嘩してるのかしら?もう、仕方ないんだから」
「アルテッサ、こういう時は『男の子ったらやーねー』って言うそうよ」
「そうなんですの?」
「ええ!それからこういう温泉では頑張って岩や仕切りをよじ登って男湯を覗くのも定番だそうよ」
「はい・・・?」
前半はともかく後半は絶対に違うと思い、ソフィーの言う事に眉を顰めるアルテッサだった。
「バブバブババブ~!バブィ~!」
「リオーネ、ミルキーが後でおすすめの温泉の素とお土産を教えて欲しいって。ムーンマリア様にあげるみたい」
「ミルキーは優しいのね。そういう事だったら喜んで教えてあげるわ!」
「バブ~!バブバブバブブ?」
「『ありがとう!ついでに買い食いしたいからおススメのお店を教えて?』だって」
「それならファインの方が私よりも詳しいわよ」
「ミルキーには悪いけどアタシはついてってあげられないからさ~。リオーネ、お願いしていい?」
「え?あ、ああ、そういう事ね・・・」
ファインとシェイドが喧嘩した事はプリンセス達の間で瞬く間に広がり、問題となった。
みんなで仲直りを提案するもののファインが頑として聞き入れない為に皆は頭を悩ませていた。
これには流石のレインも頭を抱えて溜息を吐く。
「もう、ファインってば意地張っちゃって・・・」
「こうなったらとことん意地を張ってやるんだから!」
「ごめんね、ミルキー。色々辛いでしょう?」
「バブバ、バブブイ」
「『へーき、気にしないで』だって」
「ミルキーの方がファインやシェイドよりもずっと大人ね」
「なによそれ~!」
「ところでファイン、ミルキーの言葉ってどうやって分かるの?」
「ちょっと興味があるわ」
「コツとかあるの?」
温泉に浮く程度のお湯を入れた桶に入ったゴーチェル、イシェル、ハーニィがファインに尋ねる。
その話題に興味を示してアルテッサとミルロとソフィーも寄ってくる。
「私も知りたいですわ。前々からどうして言葉が分かるのか不思議に思ってたの」
「一言一言に何か違いとかあるの?」
「それとも微妙にニュアンスが違うとか?」
「いいよ、教えてあげる!まずは『あいうえお』からね!ミルキー!」
「バブ!」
「いくよ~!」
「バ・バ・バ・バ・バ!」
「あ・い・う・え・お!」
ミルキーの発声の後にファインが通訳する。
しかしソフィー以外の一同は眉根を寄せて首を傾ける。
「全く違いが分からないわ・・・」
「大丈夫よリオーネ、私もさっぱりだわ!」
「前向きにさっぱりだなんて言えるのはソフィーだけですわね・・・」
「やっぱり家族以外では食いしん坊同士じゃないと分からないみたいね・・・」
レインが苦笑いを溢す。
と、そこでミルロに抱っこされていたナルロが顔を赤くして身じろいだ。
「うぅ・・・ガ、ビ~ン・・・」
「あ、ナルロのこのガビーンは熱いからもう出たいっていう意味よ」
「凄いねミルロ!ナルロのガビーン通訳が出来るんだ!?」
「ええ、ファインのミルキーの通訳程じゃないけど。でも、良ければガビーンの通訳講座をやりましょうか?」
「しなくていいですわよそんなの!!」
驚くファインにミルロが笑顔で通訳講座を提案するとアルテッサが真っ青な顔でそれを止めた。
そんなやり取りに女湯では可愛らしい笑いの渦が巻き起こるのであった。
「「それじゃあみんな、かんぱ~い!!」」
『かんぱーい!』
入浴後の待合室でファインとレインが乾杯の音頭を取るとそれに続いてプリンス・プリンセスのみんなが声を合わせてフルーツ牛乳の瓶を掲げる。
最初の一口をぐいっと飲んで皆は一斉にぷはっと息を吐いた。
「美味しい〜!」
「お風呂上がりのフルーツ牛乳は最高ね!」
満面の笑顔で感想を述べるファインにレインも同じように笑って頷く。
「アウラー、涙目になってどうしましたの?」
「ブライト達に背中を叩かれ過ぎた所為で凄く痛いんだ・・・」
「まぁお兄様!お風呂でそんな楽しそうな事をしてたなんてズルいですわ!今からでもいいから私も混ぜて下さい!」
ソフィーが無遠慮に思いっきりアウラーの背中を叩くとアウラーは「いだぁっ!!」と悲鳴を上げて撃沈するのだった。
「ねぇリオーネ、メラメラの国に『願いの石切り』っていう観光名所のパワースポットがあるって聞いたんだけど本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、これからみんなでそこに行くのはどうかしら?」
「『願いの石切り?』」
「何々!?それってもしかして恋が叶うとか上手くいくとかそういうの!!?」
ミルロの質問にリオーネが答えて提案するとファインが反応し、レインが瞳を輝かせてリオーネに迫る。
その勢いにリオーネは押されつつも苦笑いしながら説明してあげる。
「べ、別に恋愛だけに特化したパワースポットではないけど石で囲った大きくて広い池があって、ボードラゴンの石像が建つ対岸まで石が飛んで行ったら願いが叶うっていう噂があるの」
「何それ素敵今からみんなで行きましょう!!」
早口に一言で言い切るレインにリオーネは困惑気味に「え、ええ、そうね」と答える。
これにはファインとアルテッサとプーモは呆れたように溜息を吐き、周りは苦笑いをするのだった。
そして場所は移って『願いの石切り』。
横に大きく長いその池はリオーネの説明通り対岸にボードラゴンの石像が建っており、深くはない池の底にはいくつもの石が沈んでいた。
それらの石は途中で沈んでいるものもあればきちんと対岸まで到達して沈んだもの、果てはあと一歩という所で沈んだものまである。
沈んだ石に込められているのは願いか、それともただの遊びか。
池の縁には『ご自由にどうぞ』という看板が掲げられた石切り用の石を入れた箱が置いてあり、リオーネはその中から一つ石を手に取ると皆に手本を見せた。
「こんな風に反対側に目掛けて投げるのよ」
ヒュッという音と共に投げられた石はステップを踏むようにぴちゃん、ぴちゃん、と水面を跳ねてボードラゴンの石像が建つ池の縁にぶつかって沈む。
その見事な石切りに一同は感嘆の声を漏らして拍手を送る。
少し照れ臭くなって顔を赤くしながら「た、大した事ないわよ!」と慌てるリオーネをアウラーが褒める。
「リオーネは凄いなぁ。石切りはよくやってるのかい?」
「ええ、家族でよく国の行事の成功を願ってこの池でやってるの。お母様がとっても上手でやり方とかコツを教えてもらってからは得意中の得意よ」
「ちなみにこのティオ、情けない事に一度も向こう岸まで到達させた事がありませぬ・・・」
「ああ、うん・・・ティオはお父様に教えてもらっちゃったものね・・・」
「え?ウォル王ってどんな教え方してるの?」
「いつもの通り『気合いだー!』って言って斜めの鋭い角度から叩きつけてるの・・・ティオもその投げ方が癖になっちゃって・・・」
「あぁ・・・」
「でも気合いで石で水面割りそうだよね」
「だな」
ブライトがボソッと呟き、シェイドが同意するように頷く。
喧嘩しない時もあるようだ。
「さ、みんなも一緒に石切りをやって楽しみましょう!」
リオーネの呼びかけに皆は頷き、意気揚々として石を掴んで池の縁に立つ。
思い思いのタイミングで石が投げられ、水の上を石が跳ねたり志半ばで途中で沈んだりと池は大きな賑わいを見せる。
「それっ!」
ファインが石を投げるとそれは軽やかに水面を走って先程のリオーネと同じようにボードラゴンの石像の足元の縁にぶつかって水底に沈んだ。
「やったー!明日のおやつはイチゴたっぷりのケーキだー!」
「凄いわ、ファイン!ファインも石切り得意なの?」
「うん!前にお父様に教えてもらって覚えたんだ~」
ファインの見事な石切りをリオーネが褒める。
その横でレインとミルロが石切りをするが一度も跳ねる事なくポチャンと水底に沈んでいく。
その光景に二人は眉を下げて苦笑する。
「中々難しいわね~」
「そうね。一見すると簡単そうに見えるのに」
「こうなったらプロに教えてもらいましょう。ファイン、リオーネ、コツを教えてもらっていい?」
「いいよ~!」
「任せて!」
ファインとリオーネがマンツーマンになってレインとミルロに石切りのコツを伝授する。
更にその隣ではタネタネプリンセスがタネタネ人用の石を手に持って一列に並び、石切りをしていた。
11人姉妹と言えどやはりそれぞれに違いがあり、遠くまで跳ねたり途中で沈んだり最初から飛ばなかったりとまばらで個性が出ていた。
しかしそんな中、星型の歩行器に乗ったミルキーとナルロが歩行器でボードラゴンの石像の元まで飛び、その足元の水底目掛けて二人で石を投げ込むという不正をゴーチェルが目撃する。
「あ、ミルキーとナルロ、それはダメよ!」
「それは石切りって言わないわ」
「こっちにおいで?私達と一緒にここから投げましょう?やり方を教えるわ」
「バーブ!」
「ガビーン!」
ゴーチェルに続き、ハーニィとイシェルが優しく諭すとミルキーとナルロは素直に頷いてタネタネプリンセスと並んで石切りを始める。
また更にその隣ではアルテッサとソフィーが石切りをしていた。
「はぁ~~~せいっ!」
アルテッサ渾身の石切り。
薔薇投げの必殺技を持っているのできっといける筈!と思って投げてみたものの、石は水飛沫を上げて鈍くボチャンと音を立てて沈むだけだった。
「あっ・・・」
「凄いわアルテッサ!あれだけカッコつけて投げたのに一回も跳ねないで沈ませるなんて!」
「べ、別にカッコつけてなんかいませんわよ!」
「私なんてホラ、普通に向こう岸まで跳んで行ってしまうからちっとも面白みがないわ」
「嫌味かしら!?」
「ねぇアルテッサ、さっきの投げるポーズまたやって?とっても面白いポーズだったからかざぐるまの国で広めたいの!!」
「何を広めようとしていますの貴女は!!?」
ソフィーとアルテッサはどこまでも通常運転だった。
一方のプリンスサイドはと言うと・・・。
「せいや〜!!」
ティオが先程のアルテッサ宜しく渾身の力を込めて鋭角に石を投げる。
が、当然の如く石は跳ねる事なく一発で沈んだ。
「くぬぅ、今回も跳ねず・・・!」
「うん、そりゃ跳ねないと思うよ・・・」
拳を握って悔し涙を流すティオにアウラーが顔を引き攣らせてツッコミを入れる。
それからアウラーは一回だけ深呼吸をすると石をグッと握り、手首のスナップを効かせて石を投げた。
「はっ!」
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、と水面を蹴って跳ね飛ぶアウラーの石。
しかしそれは縁に辿り着く少し前に力尽きて水底に沈んでしまう。
「あぁ〜!!?あ、アルテッサと・・・お茶会する願いがぁ・・・」
まるでこの世の絶望を背負ったかのような暗いオーラを纏って両手と膝を着くアウラー。
「・・・普通にお誘いすればプリンセスアルテッサも応じてくれるのでは?そうですよね、プリンスブライト?」
「うん・・・ていうかこの間お茶会したばっかりだしね」
「え・・・」
もうそれ以上は何を返していいか分からず、とりあえずは放置しておく事にしてソロとブライトは石切りを再開した。
「えいっ!」
「よっ!」
二つの石は軽やかに水面を跳ねていくがやはり途中で沈んでしまう。
ちなみにこれで三回目だ。
どうしたら途中で沈まないだろうかと二人が思案してる横でシェイドが石切りをする。
「・・・」
クールな彼らしく石は無言で投げられ、駆けるように石は水の上を跳ねていく。
そしてそれは途中で沈む事なく最後までゴール地点に到達して沈むのだった。
ちなみにこれで連続三回目である。
その実績を隣で見ていたブライト達が驚きの声を上げる。
「凄いねシェイド、三回目じゃないか!」
「良ければコツを教えていただけませんか?」
「僕にも教えてくれないか!?アルテッサとお茶会をしたいんだ!!」
「師匠の石切りをこのティオめにも是非伝授してくだされ!!」
「まぁ、なんだ・・・アウラーのは直接本人にアタックした方が早いと思うぞ」
優秀なプリンスはツッコミも忘れなかった。
少し照れ臭かったがシェイドは石を手に掴むと教えてあげる事にした。
「まず、投げ方のコツとしてはだな―――」
さて、その少し距離を空けた所ではファインがレインに石切りのやり方を教えていた。
「あのね、レイン。石切りする時はこういう風に構えて―――」
「「こうだ(よ)」」
ファインとシェイドの言葉が重なり、同時に石が投げられる。
シェイドの投げた石は一定間隔に綺麗に跳ねて行き、ファインの投げた石はまるでハミングするかのように対岸目指して跳ねて行く。
だが二人の投げた石は微妙に方向が斜めを向いており、石が跳ねれば跳ねるほど二人の投げた石はどんどんお互いの距離を縮めて行った。
そして―――
『あ』
対岸に到着する直前で二人の石は偶然にもカチンという音を鳴らしてぶつかり合い、共に沈んでしまう。
その光景に一同は一斉に声を漏らし、何とも言えない沈黙が流れる。
「・・・」
「・・・」
何するんだ、お前のせいだ、と言わんばかりに無言で睨み合うファインとシェイド。
最初に顔を逸らしたのはファインだった。
「ふんっ!レイン、リオーネ、ミルロ、あっちで練習しよ」
「はいはい・・・」
「そ、そういう事なので・・・」
「失礼します」
レインはファインに手を引っ張られて呆れたように息を吐き、リオーネとミルロは焦りながらも一礼すると慌ててファインの後を追った。
残されたシェイドはムスッとした表情でブライト達の方を向き直り、仕切り直しにと新しい石を掴む。
「悪いな、邪魔が入った」
「どうでもいいけど仲直りしたらどうだい?僕達も大変なんだけど」
「俺達の問題だ。放っておいてくれ」
「好きにさせてあげようよ、ブライト。頑固な人間ってのは気の済むまで意地を張らせてあげて疲れさせるのが一番なんだ」
「おお、まるで経験者のようなセリフですな、アウラー殿!」
「父上がそうだからね。ただまぁ、母上と喧嘩したら圧倒的に母上が勝つけど」
「確かしつこい性格だとプリンセスソフィーがおっしゃってましたね」
「よく覚えてたね、ソロ。そうなんだ、母上はしつこい性格だから父上が謝るまでどこまでも責めて突っついてくるんだ。で、父上も最初は意地張って謝らないでいるんだけど段々耐えられなくなって責められるのにも意地張るのにも疲れて謝るんだ」
「あのランダ王が・・・」
「だが容易に想像がつくな・・・」
普段はかざぐるまの国の王らしく強気に毅然とした態度で振る舞うランダ王。
いつどんな時に謁見をしても威厳ある王なので情けない姿とは無縁だと思っていたが妻であり王妃であるエレナに責められている姿が驚く程すんなりと想像出来してしまった。
どんな王であろうと敵わない存在はいるようである。
しかしその相手が最愛の妻であるとなると微笑ましい限りである。
「アウラーが言うなら仕方ないね。みんなでシェイドの意地っ張りに付き合ってあげようか」
「無理に付き合ってもらわなくていいぞ」
「別に無理なんかしてないさ。面白いし。それに友達として横で眺めて笑わせてもらうだけだよ」
「お前も大概性格悪いな」
「どっかの誰かさんの影響かもね」
ニッコリと笑うブライトと不敵に笑うシェイドはお互いにどちらからともなく手を出し合ってハイタッチを交わす。
乾いて響く音は明るく、二人の友としての気兼ねの無い距離を現す。
ブライトもシェイドももう、友達だった。
「プモ・・・ファイン様にもシェイド様にも困ったものでプモ」
ファインとシェイドのやり取りを少し離れていた所から眺めていたプーモはやれやれと溜息を吐く。
ほんの少しだけ仲直りを期待したのだがやはり儚い夢に終わったようだ。
冷戦はまだまだ続きそうである。
これでは虹の花も不憫というもの。
「せめて僕がファイン様とシェイド様の仲直りを願うでプモ」
一人呟いてプーモはピャッと石を投げ込む。
石は最後まで向こう岸に到達し、なるべく早く仲直り出来るようにとプーモは祈るのであった。
第四章~タネタネの国~ END
せっかちなキングは戦績発表も閉会宣言の前置きもせず速攻でパーティーを終了にしたがフラウアも誰もそれを止めようとしなかった。
むしろ今回ばかりはそのせっかちな性格に感謝していた。
もうみんな、こんな不毛に次ぐ不毛な空気を終わらせてほしかったのだ。
仮にもいい年した若きプリンス二人が子供っぽくも情けない悪口合戦をしながら雪玉を投げ合っていたなんて誰もが今すぐにでも流したい事柄だった。
それがしかもあの人気の高い宝石の国のプリンスブライトと月の国のプリンスシェイドとなると尚更の事だった。
ちなみに二人は試合終了後、フラウアに呼び出されて注意を受けている。
それもそうだろう、一国のプリンスともあろう二人が人目も憚らず大声でウンコだのケーキだのブライトサンバなど罵り合いをしていたのだ、受けて当然である。
『・・・』
閉会式で横一列に並んでいた各国のプリンス・プリンセス一同はただただ無言・無表情で前だけを向いてキングの閉会宣言に対する拍手を送る。
ソフィーだけは相変わらず笑顔でご機嫌であるが。
拍手は十秒程続いた後、静かに鳴り止んだ。
しかし微妙な空気は続いたままで誰も動こうとも喋ろうともせずただただ無言でその場に留まる。
三十秒程経過した所で最初に口を開いたのはリオーネだった。
「ね、ねぇ!雪合戦で体も冷えた事だし、これからボー温泉にみんなで行くのはどうかしら!?」
「い、いいわね、それ!」
「さ、さんせーさんせー!」
レインとファインが賛同し、それにミルロとタネタネプリンセスとミルキーが続く。
「またみんなで仲良く入りましょうか」
「温泉から上がった後はみんなでフルーツ牛乳を飲みましょう」
「そうね」
「楽しみだわ」
「バブ~!」
「温泉で汗と醜い争いを洗い流しましょう!」
「しっ!ソフィー!余計な事言わないの!!」
ソフィーの相変わらずの悪意無き天然発言をアルテッサが咎める。
ちなみにこの発言でピタリと動きが止まったのがブライトとシェイドだったのは言うまでもない。
そんな二人を横目で呆れたように眺めてアウラーは軽く溜息を吐く。
フォローをしなかったのは二人に深く反省して欲しいが為だった。
こうしてリオーネの機転とプリンセス達の連携によって微妙な空気は強引に流され、プリンセス・プリンス一同はメラメラ温泉に向けて移動を開始するのだった。
「全くもう、お兄様ときたら・・・私がどれだけ恥ずかしい思いをした事か」
「あはは、ごめんよ」
気球に乗り込んだアルテッサの第一声にブライトは苦笑いで謝罪する。
確かに子供っぽくて大人気ない口喧嘩をしたと思う。
それでもブライトの心の中はとても晴れやかだった。
これまでシェイドとの距離感や接し方に悩んでいたブライトだったが、今回の雪合戦で何となく自分の中で抱えていた蟠りがなくなったように思う。
言いたい事を思いっきりシェイドに言えたし、シェイドにも痛い所を思いっきり言われた。
でもそれで良かった。
内容の程度の低さはともかくとして、自分もシェイドもお互いに腹の内をとことんみせられた気がする。
レインの言う通り、シェイドに遠慮なんていらなかったのだ。
本音のままをぶつけたら彼も本音をぶつけてくる。
ストレートに投げればストレートに返してくる。
それが知れてとても嬉しかった。
(それにしてもシェイドも子供っぽい所があるんだな)
まさか最初の軽い挑発に乗ってくるとは思わなかった。
アルテッサから強盗事件が原因でファインと喧嘩した事を聞いたので自分がファインの肩を持つような事を言ったから癇に障ったのだろう。
そこからはまぁ、ブライト的に心の傷を抉る発言をグサグサと言われて精神的ダメージが凄まじかったが悪口合戦に持ち込めたのは運が良かった。
シェイドもあんな風に言い返してくるし、実はファインとのダンスがケーキによって中断されたのを気にしていたというのが分かって微笑ましい気持ちになった。
自分なんかよりも完璧でクールで大人で何でも出来て・・・遠くの存在のように感じていた。
それがまさか一人の女の子とのダンスが食べ物で中断されてしまった事を地味に気にしている等身大の男の子だと知って急に身近な存在に感じられたのだ。
自分だってシェイドの言う通りファインにダンスを申し込んでも断られ続けられたのは地味に気にしていたし、もしもシェイドのようにダンスの最中にケーキを理由に中断されてしまったら地味に落ち込んでいただろう。
そう考えるとやはりファインは中々手強い。
それなのにケーキで中断されたとはいえダンスに誘って一発OKもらったシェイドは色々な意味で凄いし、今現在ファインと喧嘩をしているのは凄く勿体ないと思った。
(確かにファインは危険な事をしたけど何も怒鳴る事ないのに・・・案外不器用なんだな)
シェイドが素直じゃないのは知っている。
けれどまさかこんなにも不器用とは思わなかった。
いつもみたいに冷静に論理的に強めの口調で諭すのかと思っていたが意外にも感情的になって怒鳴ってしまうきらいがあるようだ。
それも親しい間柄の相手にやったのだと思うと実は中身は熱い男なのかもしれない。
また一つシェイドの事が分かった気がしてブライトは嬉しくなった。
間違いなくシェイドと友達になれると。
「ねぇ、アルテッサ」
「何ですの?お兄様」
「雪合戦、楽しかったね」
まるで子供のように屈託なく純粋な笑顔でそう言い放つブライト。
「ええ、そうですわね」
アルテッサも同じく純粋な笑顔で頷くのだった。
「ブゥ」
「悪かった・・・反省してる」
一方、月の国の気球の中ではミルキーがジト目でシェイドを睨みながら説教をしていた。
シェイドは疲れたように溜息を吐くと先程の雪合戦の事を思い返す。
ただでさえファインと喧嘩していて今回も睨み合いながら雪玉を投げ合っていたのにそこにブライトがファインの肩を持つような発言をしたのが癇に障り、それだけでなく自分をやっつけると言ってきたのがなんだか無性に腹が立った。
だからとことん嫌味を言ってやった。
少し前までのブライトだったら焦って動揺してちっぽけな自分の世界が壊れないようにと必死に取り繕っていただろう。
けれどそうはせず、むしろ自信満々で真っ向から言い返してきてほんの少し驚いたし、見直しもした。
少し前からよそよしいような窺って来るような態度で接して来るのが不可解で様子を見ていたが、また闇に惑わされた訳ではないようで安心した。
折角ファインとレインが全力で闇の中から救ってくれたというのにまたそんな状態になろうものなら躊躇いなく殴るつもりだった。
(世間知らずのお坊ちゃんは卒業したみたいだな)
真面目過ぎる故か純粋であるが故か表面的な『プリンスとしてあるべき姿』に拘り過ぎて自分の事しか見えてない奴だと見る度に思ってた。
世の中を表面通りにしか読み取れず、誰の目にも良いように映る理想のプリンスを演じるのに必死で生きるのが窮屈そうだとこっちが溜息を吐いたくらいだ。
気にしているであろう部分を真正面から突いてやったらこの世の終わりを見たような目で分かり易く動揺していてこんなんでこの先大丈夫かと逆に心配してしまう程だった。
そう思っていた矢先に大臣に嵌められて闇に堕ちた時はあまり驚きはしなかった。
そうなっても仕方ない要素は十分にあったし、それよりもどうやって元に戻すかという事の方が重要で大変だった。
最終的にはファインとレインの案でパーティーを開き、励ます事で元に戻す事が出来た。
ついでに自信も身に着いたようで今日みたいにまた痛い部分を突いてやっても以前のように動揺する事はなくなったようである。
(ブライトサンバはまだまだ受け入れられていないみたいだがな)
メラメラファイアーカーニバルでブライトが披露したあのブライトサンバを思い出して心の中で意地悪く笑う。
腹立たしい事に実は自分が密かに気にしていた、ファインがケーキにつられてダンスを中断したのを突いてきたので連呼してやった。
その度に悔しそうな顔をしながらも反撃して来たので随分骨のある奴に成長したと思った。
そしてそんなブライトと真正面から子供っぽくも大声で口喧嘩をして雪合戦をしたのは実は案外楽しくてスッキリしていたりする。
こんな風に思いっきり遊んだのはいつ以来だろうか。
プリンスとしてはしたないとフラウアに注意を受けた時も恥ずかしいと思った反面、小さい頃にやんちゃをして母親のムーンマリアに叱られた時の事を思い出して懐かしくなった。
(・・・楽しかったな・・・)
柄にもなく子供っぽい感想が頭に浮かぶ。
今日は沢山動いてツッコミをして疲れたから仕方ないと心の中で笑いながら言い訳をする。
これでファインと喧嘩していなかったら最高だったのに、と思いかけて小さく頭を振る。
反省しているのかどうかは分からないが反抗的な態度で敵意を隠さなかった辺り、まだ話し合う気はないようである。
かつて大臣と水面下で長期にわたる攻防を繰り広げていた事もあってシェイドは長期戦には慣れていた。
なのでファインがその気になるまでこちらも今の態度を貫こうと意地を固める。
シェイドも大概意地っ張りだった。
「バブバブバブ、アブッ」
「あっちに話す気がないならこっちから言っても無駄だろう。悪いがお兄様とファインの事はほっといてくれ」
「バブゥ・・・」
今度は呆れた目で溜息を吐かれる。
いくら大切な妹の進言と言えどこれは自分達の問題だ。
冷戦の期間も仲直りの仕方も自分達で決める。
そう、シェイドは心に強く決めるのだった。
それから数十分の時間をかけて漸く到着したメラメラの国のボー温泉。
丁度貸し切りで利用する事が出来て一般の目を気にする事なくのびのび使えて皆は大喜びだった。
そしてこちら男湯の方ではプリンスたちが縦に一列に椅子を置いて一方向を向き、背中の流し合いをしていた。
順番はソロ、ティオ、ブライト、シェイド、アウラーの順だ。
シェイドがブライトの背中を泡の付いたタオルで流しながら眉根を寄せて呟く。
「俺、この順番嫌なんだが・・・」
「え?どうして?シェイド?」
後ろで背中を流してくれているアウラーが首を傾げて聞き返す。
「雪合戦の仕返しでコイツに引っ掻かれそうだからだ」
「やだな~シェイド。僕はキミほど性格悪くないからそんな事しないよ」
「そうか。じゃあ俺は性格が悪いからとことん嫌がらせさせてもらうぞ」
宣言をしてスパァンッ!と気持ちの良いくらい乾いた音を響かせてシェイドはタオルでブライトの背中を叩く。
音の大きさとダメージは比例していて、風呂とメラメラの国の元々の温度の高さもあってブライトの白い背中は瞬く間に赤く染まった。
その光景にアウラーは耐えられなくなって顔を逸らして噴き出し、ブライトは爽やかな笑顔に青筋を立てて振り返るとタオルで同じようにシェイドに攻撃を仕掛けようとした。
しかしその動きを読んだシェイドは先程のタオルでブライトのタオルを弾く。
タオルによる攻撃が無駄だと悟ったブライトは拳で語る道を選び、シェイドと取っ組み合いになる。
「くっ、この・・・!」
「お前は性格がいいから暴力は振るわないんじゃなかったのか?」
「正当防衛だ!」
「やや、また喧嘩が始まったようですぞ」
「あはは、もう気の済むまでやらせてあげましょう」
小さく慌てるティオにソロが呆れを含んだ乾いた笑いを漏らす。
ちなみにシェイドとブライトを抜いた三人で背中を流し終わっても喧嘩は続いていたので強引に仲裁をする事で第二ラウンドは終了した。
そうして背中を流し終わって露天風呂に移動したプリンス達。
ボー温泉の男湯は狭くはない。
が、女湯と比べたら圧倒的に面積は小さい。
その小ささたるやお情けで用意してもらったんじゃないかと思われるレベルだ。
ボー温泉の見取り図が頭に入っているシェイドは侘しい広さの男湯を前に何とも言えない気持ちでティオに尋ねる。
「なぁ、ティオ」
「何でしょうか?師匠」
「前々から聞きたかったんだがボー温泉の女湯はどうしてあんなにも広いんだ?」
「昔、この温泉を造った当時の王が広くしておけば沢山の女性が入れる上に泳げるからとおっしゃって女湯を広くしたそうです」
「清々しいくらい下心丸出しだな」
「ちなみに理由を知った当時の王妃が強烈なお仕置きビンタとお説教をしたと記録に残っております」
「そんな記録まで残っているのか」
「後世に戒めとして残しておく為でしょうね」
ソロが苦笑いしながら言う。
きっと怒った王妃が記録を残させたのだろうなとシェイドが予測していると背後にブライトが立ってきた。
「まぁまぁ、細かい事は気にしないで入ろうよ」
両手でシェイドの背中を思いきり突き飛ばそうとしたブライトの手はしかし避けられてしまい、空を切る。
お返しと言わんばかりにシェイドがブライトの肩を掴んで温泉に突き落とそうとするがブライトは両足を踏ん張り、シェイドの肩を掴み返して再び取っ組み合いを始める。
「おいどうした、入れよ」
「シェイドからお先にどうぞっ」
「一番風呂はお坊ちゃんに譲ってやるよ」
「ケーキ以下で可哀想なキミにこそ相応しいよ」
「ていっ」
醜い争いを始めた二人の肩をアウラーが思いっきり突き飛ばす。
予想外の方向から加えられた力に二人は抗えず、呆気なく温泉に落ちて盛大に飛沫をあげた。
その様子をティオとソロは呆然とした様子で眺め、アウラーは腰に両手を当てて溜息を吐きながら沈んでいる二人を呆れ気味に見下ろす。
「いい加減にしなよ二人共。フラウア様に怒られたばっかりだろう?全く・・・って、うわぁ!!?」
ザブッ、と温泉の中から伸びて来た二本の腕に両腕を掴まれ、引きずり込まれたアウラーは盛大に飛沫を上げて突っ伏す。
代わりに沈んでいたシェイドとブライトが起き上がってアウラーの背中をぺちぃんっ!ぺちぃんっ!と叩き合いながら怒りをぶつける。
「俺に不意打ちを喰らわせるとはいい度胸だな!」
「アウラーさっき僕がシェイドにタオルで叩かれた時笑ってたよね!?僕知ってるんだからね!!」
「だからって叩く事ないじゃないかぁ!すっごく痛いよ!!」
起き上がったアウラーは赤く腫れてじんじんと痛む背中に涙目になりながら二人に反撃する。
勿論それに甘んじる二人ではなく、負けじと反撃しあう。
「おお!盛り上がって参りましたなぁ!」
「僕達も参加しちゃいましょうか!」
ワクワクとした雰囲気でティオとソロも加わり、男湯は大いに盛り上がるのであった。
「なんだか男湯の方が騒がしいわね」
ナルロを抱っこしていたミルロが男湯の騒がしさを聞きつけて丸みのある獣耳をぴくぴくと揺り動かす。
同じく音を聞きつけたアルテッサが溜息を吐く。
「お兄様とプリンスシェイドったらまた喧嘩してるのかしら?もう、仕方ないんだから」
「アルテッサ、こういう時は『男の子ったらやーねー』って言うそうよ」
「そうなんですの?」
「ええ!それからこういう温泉では頑張って岩や仕切りをよじ登って男湯を覗くのも定番だそうよ」
「はい・・・?」
前半はともかく後半は絶対に違うと思い、ソフィーの言う事に眉を顰めるアルテッサだった。
「バブバブババブ~!バブィ~!」
「リオーネ、ミルキーが後でおすすめの温泉の素とお土産を教えて欲しいって。ムーンマリア様にあげるみたい」
「ミルキーは優しいのね。そういう事だったら喜んで教えてあげるわ!」
「バブ~!バブバブバブブ?」
「『ありがとう!ついでに買い食いしたいからおススメのお店を教えて?』だって」
「それならファインの方が私よりも詳しいわよ」
「ミルキーには悪いけどアタシはついてってあげられないからさ~。リオーネ、お願いしていい?」
「え?あ、ああ、そういう事ね・・・」
ファインとシェイドが喧嘩した事はプリンセス達の間で瞬く間に広がり、問題となった。
みんなで仲直りを提案するもののファインが頑として聞き入れない為に皆は頭を悩ませていた。
これには流石のレインも頭を抱えて溜息を吐く。
「もう、ファインってば意地張っちゃって・・・」
「こうなったらとことん意地を張ってやるんだから!」
「ごめんね、ミルキー。色々辛いでしょう?」
「バブバ、バブブイ」
「『へーき、気にしないで』だって」
「ミルキーの方がファインやシェイドよりもずっと大人ね」
「なによそれ~!」
「ところでファイン、ミルキーの言葉ってどうやって分かるの?」
「ちょっと興味があるわ」
「コツとかあるの?」
温泉に浮く程度のお湯を入れた桶に入ったゴーチェル、イシェル、ハーニィがファインに尋ねる。
その話題に興味を示してアルテッサとミルロとソフィーも寄ってくる。
「私も知りたいですわ。前々からどうして言葉が分かるのか不思議に思ってたの」
「一言一言に何か違いとかあるの?」
「それとも微妙にニュアンスが違うとか?」
「いいよ、教えてあげる!まずは『あいうえお』からね!ミルキー!」
「バブ!」
「いくよ~!」
「バ・バ・バ・バ・バ!」
「あ・い・う・え・お!」
ミルキーの発声の後にファインが通訳する。
しかしソフィー以外の一同は眉根を寄せて首を傾ける。
「全く違いが分からないわ・・・」
「大丈夫よリオーネ、私もさっぱりだわ!」
「前向きにさっぱりだなんて言えるのはソフィーだけですわね・・・」
「やっぱり家族以外では食いしん坊同士じゃないと分からないみたいね・・・」
レインが苦笑いを溢す。
と、そこでミルロに抱っこされていたナルロが顔を赤くして身じろいだ。
「うぅ・・・ガ、ビ~ン・・・」
「あ、ナルロのこのガビーンは熱いからもう出たいっていう意味よ」
「凄いねミルロ!ナルロのガビーン通訳が出来るんだ!?」
「ええ、ファインのミルキーの通訳程じゃないけど。でも、良ければガビーンの通訳講座をやりましょうか?」
「しなくていいですわよそんなの!!」
驚くファインにミルロが笑顔で通訳講座を提案するとアルテッサが真っ青な顔でそれを止めた。
そんなやり取りに女湯では可愛らしい笑いの渦が巻き起こるのであった。
「「それじゃあみんな、かんぱ~い!!」」
『かんぱーい!』
入浴後の待合室でファインとレインが乾杯の音頭を取るとそれに続いてプリンス・プリンセスのみんなが声を合わせてフルーツ牛乳の瓶を掲げる。
最初の一口をぐいっと飲んで皆は一斉にぷはっと息を吐いた。
「美味しい〜!」
「お風呂上がりのフルーツ牛乳は最高ね!」
満面の笑顔で感想を述べるファインにレインも同じように笑って頷く。
「アウラー、涙目になってどうしましたの?」
「ブライト達に背中を叩かれ過ぎた所為で凄く痛いんだ・・・」
「まぁお兄様!お風呂でそんな楽しそうな事をしてたなんてズルいですわ!今からでもいいから私も混ぜて下さい!」
ソフィーが無遠慮に思いっきりアウラーの背中を叩くとアウラーは「いだぁっ!!」と悲鳴を上げて撃沈するのだった。
「ねぇリオーネ、メラメラの国に『願いの石切り』っていう観光名所のパワースポットがあるって聞いたんだけど本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、これからみんなでそこに行くのはどうかしら?」
「『願いの石切り?』」
「何々!?それってもしかして恋が叶うとか上手くいくとかそういうの!!?」
ミルロの質問にリオーネが答えて提案するとファインが反応し、レインが瞳を輝かせてリオーネに迫る。
その勢いにリオーネは押されつつも苦笑いしながら説明してあげる。
「べ、別に恋愛だけに特化したパワースポットではないけど石で囲った大きくて広い池があって、ボードラゴンの石像が建つ対岸まで石が飛んで行ったら願いが叶うっていう噂があるの」
「何それ素敵今からみんなで行きましょう!!」
早口に一言で言い切るレインにリオーネは困惑気味に「え、ええ、そうね」と答える。
これにはファインとアルテッサとプーモは呆れたように溜息を吐き、周りは苦笑いをするのだった。
そして場所は移って『願いの石切り』。
横に大きく長いその池はリオーネの説明通り対岸にボードラゴンの石像が建っており、深くはない池の底にはいくつもの石が沈んでいた。
それらの石は途中で沈んでいるものもあればきちんと対岸まで到達して沈んだもの、果てはあと一歩という所で沈んだものまである。
沈んだ石に込められているのは願いか、それともただの遊びか。
池の縁には『ご自由にどうぞ』という看板が掲げられた石切り用の石を入れた箱が置いてあり、リオーネはその中から一つ石を手に取ると皆に手本を見せた。
「こんな風に反対側に目掛けて投げるのよ」
ヒュッという音と共に投げられた石はステップを踏むようにぴちゃん、ぴちゃん、と水面を跳ねてボードラゴンの石像が建つ池の縁にぶつかって沈む。
その見事な石切りに一同は感嘆の声を漏らして拍手を送る。
少し照れ臭くなって顔を赤くしながら「た、大した事ないわよ!」と慌てるリオーネをアウラーが褒める。
「リオーネは凄いなぁ。石切りはよくやってるのかい?」
「ええ、家族でよく国の行事の成功を願ってこの池でやってるの。お母様がとっても上手でやり方とかコツを教えてもらってからは得意中の得意よ」
「ちなみにこのティオ、情けない事に一度も向こう岸まで到達させた事がありませぬ・・・」
「ああ、うん・・・ティオはお父様に教えてもらっちゃったものね・・・」
「え?ウォル王ってどんな教え方してるの?」
「いつもの通り『気合いだー!』って言って斜めの鋭い角度から叩きつけてるの・・・ティオもその投げ方が癖になっちゃって・・・」
「あぁ・・・」
「でも気合いで石で水面割りそうだよね」
「だな」
ブライトがボソッと呟き、シェイドが同意するように頷く。
喧嘩しない時もあるようだ。
「さ、みんなも一緒に石切りをやって楽しみましょう!」
リオーネの呼びかけに皆は頷き、意気揚々として石を掴んで池の縁に立つ。
思い思いのタイミングで石が投げられ、水の上を石が跳ねたり志半ばで途中で沈んだりと池は大きな賑わいを見せる。
「それっ!」
ファインが石を投げるとそれは軽やかに水面を走って先程のリオーネと同じようにボードラゴンの石像の足元の縁にぶつかって水底に沈んだ。
「やったー!明日のおやつはイチゴたっぷりのケーキだー!」
「凄いわ、ファイン!ファインも石切り得意なの?」
「うん!前にお父様に教えてもらって覚えたんだ~」
ファインの見事な石切りをリオーネが褒める。
その横でレインとミルロが石切りをするが一度も跳ねる事なくポチャンと水底に沈んでいく。
その光景に二人は眉を下げて苦笑する。
「中々難しいわね~」
「そうね。一見すると簡単そうに見えるのに」
「こうなったらプロに教えてもらいましょう。ファイン、リオーネ、コツを教えてもらっていい?」
「いいよ~!」
「任せて!」
ファインとリオーネがマンツーマンになってレインとミルロに石切りのコツを伝授する。
更にその隣ではタネタネプリンセスがタネタネ人用の石を手に持って一列に並び、石切りをしていた。
11人姉妹と言えどやはりそれぞれに違いがあり、遠くまで跳ねたり途中で沈んだり最初から飛ばなかったりとまばらで個性が出ていた。
しかしそんな中、星型の歩行器に乗ったミルキーとナルロが歩行器でボードラゴンの石像の元まで飛び、その足元の水底目掛けて二人で石を投げ込むという不正をゴーチェルが目撃する。
「あ、ミルキーとナルロ、それはダメよ!」
「それは石切りって言わないわ」
「こっちにおいで?私達と一緒にここから投げましょう?やり方を教えるわ」
「バーブ!」
「ガビーン!」
ゴーチェルに続き、ハーニィとイシェルが優しく諭すとミルキーとナルロは素直に頷いてタネタネプリンセスと並んで石切りを始める。
また更にその隣ではアルテッサとソフィーが石切りをしていた。
「はぁ~~~せいっ!」
アルテッサ渾身の石切り。
薔薇投げの必殺技を持っているのできっといける筈!と思って投げてみたものの、石は水飛沫を上げて鈍くボチャンと音を立てて沈むだけだった。
「あっ・・・」
「凄いわアルテッサ!あれだけカッコつけて投げたのに一回も跳ねないで沈ませるなんて!」
「べ、別にカッコつけてなんかいませんわよ!」
「私なんてホラ、普通に向こう岸まで跳んで行ってしまうからちっとも面白みがないわ」
「嫌味かしら!?」
「ねぇアルテッサ、さっきの投げるポーズまたやって?とっても面白いポーズだったからかざぐるまの国で広めたいの!!」
「何を広めようとしていますの貴女は!!?」
ソフィーとアルテッサはどこまでも通常運転だった。
一方のプリンスサイドはと言うと・・・。
「せいや〜!!」
ティオが先程のアルテッサ宜しく渾身の力を込めて鋭角に石を投げる。
が、当然の如く石は跳ねる事なく一発で沈んだ。
「くぬぅ、今回も跳ねず・・・!」
「うん、そりゃ跳ねないと思うよ・・・」
拳を握って悔し涙を流すティオにアウラーが顔を引き攣らせてツッコミを入れる。
それからアウラーは一回だけ深呼吸をすると石をグッと握り、手首のスナップを効かせて石を投げた。
「はっ!」
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、と水面を蹴って跳ね飛ぶアウラーの石。
しかしそれは縁に辿り着く少し前に力尽きて水底に沈んでしまう。
「あぁ〜!!?あ、アルテッサと・・・お茶会する願いがぁ・・・」
まるでこの世の絶望を背負ったかのような暗いオーラを纏って両手と膝を着くアウラー。
「・・・普通にお誘いすればプリンセスアルテッサも応じてくれるのでは?そうですよね、プリンスブライト?」
「うん・・・ていうかこの間お茶会したばっかりだしね」
「え・・・」
もうそれ以上は何を返していいか分からず、とりあえずは放置しておく事にしてソロとブライトは石切りを再開した。
「えいっ!」
「よっ!」
二つの石は軽やかに水面を跳ねていくがやはり途中で沈んでしまう。
ちなみにこれで三回目だ。
どうしたら途中で沈まないだろうかと二人が思案してる横でシェイドが石切りをする。
「・・・」
クールな彼らしく石は無言で投げられ、駆けるように石は水の上を跳ねていく。
そしてそれは途中で沈む事なく最後までゴール地点に到達して沈むのだった。
ちなみにこれで連続三回目である。
その実績を隣で見ていたブライト達が驚きの声を上げる。
「凄いねシェイド、三回目じゃないか!」
「良ければコツを教えていただけませんか?」
「僕にも教えてくれないか!?アルテッサとお茶会をしたいんだ!!」
「師匠の石切りをこのティオめにも是非伝授してくだされ!!」
「まぁ、なんだ・・・アウラーのは直接本人にアタックした方が早いと思うぞ」
優秀なプリンスはツッコミも忘れなかった。
少し照れ臭かったがシェイドは石を手に掴むと教えてあげる事にした。
「まず、投げ方のコツとしてはだな―――」
さて、その少し距離を空けた所ではファインがレインに石切りのやり方を教えていた。
「あのね、レイン。石切りする時はこういう風に構えて―――」
「「こうだ(よ)」」
ファインとシェイドの言葉が重なり、同時に石が投げられる。
シェイドの投げた石は一定間隔に綺麗に跳ねて行き、ファインの投げた石はまるでハミングするかのように対岸目指して跳ねて行く。
だが二人の投げた石は微妙に方向が斜めを向いており、石が跳ねれば跳ねるほど二人の投げた石はどんどんお互いの距離を縮めて行った。
そして―――
『あ』
対岸に到着する直前で二人の石は偶然にもカチンという音を鳴らしてぶつかり合い、共に沈んでしまう。
その光景に一同は一斉に声を漏らし、何とも言えない沈黙が流れる。
「・・・」
「・・・」
何するんだ、お前のせいだ、と言わんばかりに無言で睨み合うファインとシェイド。
最初に顔を逸らしたのはファインだった。
「ふんっ!レイン、リオーネ、ミルロ、あっちで練習しよ」
「はいはい・・・」
「そ、そういう事なので・・・」
「失礼します」
レインはファインに手を引っ張られて呆れたように息を吐き、リオーネとミルロは焦りながらも一礼すると慌ててファインの後を追った。
残されたシェイドはムスッとした表情でブライト達の方を向き直り、仕切り直しにと新しい石を掴む。
「悪いな、邪魔が入った」
「どうでもいいけど仲直りしたらどうだい?僕達も大変なんだけど」
「俺達の問題だ。放っておいてくれ」
「好きにさせてあげようよ、ブライト。頑固な人間ってのは気の済むまで意地を張らせてあげて疲れさせるのが一番なんだ」
「おお、まるで経験者のようなセリフですな、アウラー殿!」
「父上がそうだからね。ただまぁ、母上と喧嘩したら圧倒的に母上が勝つけど」
「確かしつこい性格だとプリンセスソフィーがおっしゃってましたね」
「よく覚えてたね、ソロ。そうなんだ、母上はしつこい性格だから父上が謝るまでどこまでも責めて突っついてくるんだ。で、父上も最初は意地張って謝らないでいるんだけど段々耐えられなくなって責められるのにも意地張るのにも疲れて謝るんだ」
「あのランダ王が・・・」
「だが容易に想像がつくな・・・」
普段はかざぐるまの国の王らしく強気に毅然とした態度で振る舞うランダ王。
いつどんな時に謁見をしても威厳ある王なので情けない姿とは無縁だと思っていたが妻であり王妃であるエレナに責められている姿が驚く程すんなりと想像出来してしまった。
どんな王であろうと敵わない存在はいるようである。
しかしその相手が最愛の妻であるとなると微笑ましい限りである。
「アウラーが言うなら仕方ないね。みんなでシェイドの意地っ張りに付き合ってあげようか」
「無理に付き合ってもらわなくていいぞ」
「別に無理なんかしてないさ。面白いし。それに友達として横で眺めて笑わせてもらうだけだよ」
「お前も大概性格悪いな」
「どっかの誰かさんの影響かもね」
ニッコリと笑うブライトと不敵に笑うシェイドはお互いにどちらからともなく手を出し合ってハイタッチを交わす。
乾いて響く音は明るく、二人の友としての気兼ねの無い距離を現す。
ブライトもシェイドももう、友達だった。
「プモ・・・ファイン様にもシェイド様にも困ったものでプモ」
ファインとシェイドのやり取りを少し離れていた所から眺めていたプーモはやれやれと溜息を吐く。
ほんの少しだけ仲直りを期待したのだがやはり儚い夢に終わったようだ。
冷戦はまだまだ続きそうである。
これでは虹の花も不憫というもの。
「せめて僕がファイン様とシェイド様の仲直りを願うでプモ」
一人呟いてプーモはピャッと石を投げ込む。
石は最後まで向こう岸に到達し、なるべく早く仲直り出来るようにとプーモは祈るのであった。
第四章~タネタネの国~ END