ピースフルパーティーと虹の蜜 第四章~タネタネの国~
「はぁ・・・」
おひさまの国の空中庭園で芽を出した虹の花を前にしゃがんでいるファインは落ち込んだように溜息を吐く。
人工的な風が吹いて芽を揺らし、それがまるで元気を出してと言っているように見えた。
しかしそれでもファインの心は晴れず、寂しそうに瞳を細めて虹の花の芽を見つめるのだった。
そんな様子のファインをエレベーター前の石段に腰かけたレインと傍を浮遊するプーモが心配そうに見つめる。
「シェイド様と喧嘩してからというもの、虹の花のお世話をする度にファイン様は辛そうにするでプモ」
「そりゃそうよ。好きな人の為にお世話してるのにその好きな人と大喧嘩しちゃったんだから」
眉を下げてレインが言う。
あれから時は流れたものの、ファインがシェイドと仲直りする機会は訪れる事はなかった。
あの時よりはいくらか冷静になれたファインだったが、だからと言って謝りに行こうとはしなかった。
タイミングとキッカケがないのと、何よりも意地が邪魔をしてそれが出来ないのである。
いつもは素直なファインでも譲れないものがあるのだ。
かと言って状況が好転する筈もなくこうして虹の花の芽を見ては溜息を吐く日々が続いていた。
折角アルテッサにパウンドケーキのレシピを書いてもらったのに喧嘩した事もあってファインはまだ一回も作る練習をしていなかった。
シェイドに関係するものがなければ普段通りの元気いっぱいでお転婆なファインになるのが唯一の救いだろうか。
だからと言ってレインとプーモの心配が尽きる事はないのだが。
レインは一つ溜息を吐くと立ち上がり、ファインの隣に歩み寄って同じようにしゃがんだ。
その後にプーモも続き、傍で二人を見守る。
「お世話、ちゃんとしてて偉いわね」
「あ、レイン・・・」
「今のファインは認めたくないでしょうけどそれはまだちゃんとシェイドへの気持ちがある証拠よ。ファインの恋は本物だわ」
レインにシェイドへ胸に秘めている想いを打ち明けた時、ファインはそれが恋と呼んでいいものかどうか分からなかった。
けれどそれを恋だと肯定してもらった時は胸をくすぐる温かいこの想いが『恋』なのだと名前がついて嬉しく思った。
しかし先日のピースフルパーティーでシェイドと大喧嘩した事でファインは恋という名前がついたこの想いが本当に恋なのだろうかと戸惑った。
やはり恋とは名ばかりで本当はただの憧れだったのではないかと。
しかしみんなが協力してくれて育てている虹の花を捨て置ける事も出来ず、この想いを憧れと片付けるには納得のいかない自分がいてモヤモヤとしていた。
それを見透かしてレインは励まして背中を押してくれているのだろう。
少しだけ胸は痛むけれどそれでもファインはレインのその優しさが嬉しく、同時に改めてこの胸を痛める想いがやはり恋なのであると肯定してあげる事で漸くもう一人の自分を納得させる事が出来た。
「恋って甘いばかりじゃないんだね」
「そうよ。それが恋なんだから」
「アタシ、何でシェイドの事好きになったんだろう」
「優しくてほっとけないからでしょ?」
「うん・・・」
「それともシェイドを諦めて他に好きな人見つける?今からでも遅くないわよ?」
「それは・・・出来ないよ」
「好きだから?」
「・・・うん。悔しいなぁ」
苦笑いを浮かべるファインにレインは柔らかく微笑む。
同時にファインの初恋が終わっていない事、簡単なものではないと知れて内心喜んだ。
やはり今でもシェイドにファインを取られるのは悔しいという気持ちはあるが、それ以上にファインの恋が苦くて悲しい終わり方をしなくて良かったという安心の方が大きかった。
「もう一度気持ちを整理しましょう。ファインはどうしてシェイドがあんなに怒ってたか分かってる?」
「・・・アタシがシェイドを助けようとして悪い人に飛び掛かって怪我をしそうになったから」
「そうよ。シェイドはファインの事を凄く心配して怒ったのよ。ここまではいいわね?」
「うん」
「それじゃあ次にどうしてファインはシェイドに言い返して怒ったの?」
「・・・自分を大切にしないだとかもっと頭を働かせろって頭にくる事言われたから」
「貴方がそれ言うの?っていうセリフよね。後はシェイドお得意の嫌味。カチンと来るのも仕方ないわ」
「だよねだよね?」
「それから一方的に捲し立ててファインの気持ちを知ろうとしてくれなかったから、でしょ?」
「それは・・・」
「シェイドの事だわ、ファインの話も聞かないで一方的に怒鳴ったんでしょう?目に浮かぶわ」
「・・・うん」
シェイドがファインの事を心配して怒ったのを最初は頭だけは理解出来ていたが、時間の経過と共に冷静になったファインは漸く心で理解する事が出来た。
同時にそれだけ心配してくれたという事実はとても嬉しかった。
しかしファインのシェイドを守りたいという気持ちは伝えていないし伝えられていない。
伝えた所で小言なり嫌味なりを言われるのが簡単に予想出来る上にまた喧嘩になりそうだと思ったからだ。
ファインは俯いて溜息を吐くとポツポツと胸の内を語り始める。
「・・・アタシね、ミルキーと約束したんだ。今まで守ってもらった分、シェイドを二人で守ろうって」
「そうなの?」
「うん。でも、約束してなかったとしてもアタシはシェイドを守る為に走ったと思う。シェイドにはもう、怪我して欲しくなかったから」
「そう思う程にシェイドの事が好きなのね」
「えへへ。それとね、シェイドが言ったの。体鍛えてるから多少怪我をしても平気とか、怪我をしたところで大した事ないとか。でもアタシからしてみればそういう問題じゃないんだ。怪我の程度の話じゃなくてそもそも怪我をして欲しくないの。シェイドが怪我をする事で悲しむ人がいるんだよって知ってほしかったんだ。シェイドが怪我をしたらアタシは悲しいし、ミルキーだってムーンマリア様だって凄く悲しむよ」
「ファイン・・・」
「そりゃ確かにアタシも自分の事を大切にしてなかったと思う。だからシェイドはアタシにもっと自分の事を大切にしろって怒ったんだから。でもアタシはそれと同じくらいシェイドに自分の事をもっと大切にしてほしかったんだ。シェイドが怪我をする事で悲しむ人がいるよって。シェイドの事を大切に想ってる人がいるのを忘れないでって」
複雑そうな色を称える瞳を伏せてファインはそこで言葉を切る。
まだまだ落ち込んでいる様子であったがそんなファインに対してレインは青空のような晴れやかな笑顔で明るく言い放った。
「それで十分だわ、ファイン。いいえ、十分過ぎてむしろシェイドには勿体ないくらいよ!」
「え?何が?」
「ファイン、今すぐにとは言わないわ。機会があったらでいいの。さっき言った事をシェイドにしっかり伝えるのよ」
「ええっ!?そ、そんなの恥ずかしくて言えないよ~!」
「それでも!ファインは今とっても大切な事を言ったのよ!それをちゃんと伝えないとこれからもシェイドは無茶をするしファインがそれを庇って無茶してシェイドがまた怒っての鼬ごっこになるわ!だから恥ずかしくても言うの!」
「でも~・・・」
「恥ずかしいなら私とプーモが一緒にいてあげるから。ね?」
「代わりに言ってくれないの?」
「それはダメよ。ねぇ?プーモ」
「はいでプモ。ファイン様の口から直接シェイド様に伝える事にこそ意味がありますでプモ」
「うぅ・・・分かったぁ・・・でも本当に機会があったらね・・・」
「絶対よ!約束よ!はい、ゆびきり!」
レインに小指を差し出され、ファインはノロノロと同じように小指を出して絡め合う。
「「ゆーびきーりげんまんうーそついたらはーりせんぼんのーます!ゆびきった!」」
「うぅ、きっちゃったぁ・・・」
「メソメソしないの!それよりも早く城下町に行くわよ。今日出されたキャメロットからの宿題を終わらせないと」
「そーだね。確か宿題の内容はおひさまの国で盛んな産業を知る為の街の観察だっけ」
「おひさまの国と言えば春服のデザインが豊富で有名よね!」
「他にもピクニックにピッタリなお弁当やサンドイッチの種類がいっぱいあるよね!」
「あの、お二人共?」
「春を意識したデコールも沢山あるし!」
「大きくて可愛いお弁当も沢山あるし!」
「「早速城下町にレッツゴー!!」」
「ちゃんと観察をするでプモよー!!」
走ってエレベーターに向かう二人を追ってプーモが叫ぶ。
ちなみにその日、ファインとレインが提出した宿題の内容がそれぞれの好きなお店の観察レポートで終始しており、悪くもないが良くもないという事で三角の評価が下されるのだった。
それからまた時は流れ、ピースフル『スポーツ』パーティー開催の日が訪れる。
当初はサッカーを予定していたのだが前日に雪が降ってしまい、サッカーは取りやめて急遽雪合戦をする事となった。
サッカーの練習の成果を発揮する事は叶わなかったが雪合戦はそれはそれで楽しいので各国のプリンセス・プリンスから異論が出る事はなかった。
さて、虹の花を育てる為にパーティーが始まる一時間前にタネタネの国に訪れたファインとレインだったが一面白銀の世界に染まったタネタネの国におおはしゃぎして大暴れした為、例の如く気球はアクロバット飛行をした後にまたもや胴体着陸した。
気球の中でファインとレインとプーモはひっくり返っていたが虹の花だけは全くの無事であったのが不幸中の幸いだったと言えよう。
「ファイン、レイン、大丈夫?」
大木にのしかかるようにして動きを止めている気球の窓を覗き込みながらイシェルが二人を心配する。
「「な、なんとか・・・」」
「毎度毎度お恥ずかしい限りでプモ・・・」
起き上がった二人はコートとマフラーと手袋という完璧な防寒対策の服を着こむと気球から降りて柔らかな初雪を踏みしめた。
「わぁ!いっぱい降ったね~!」
「本当ね!これなら雪合戦も楽しめそうね!」
「でもその前に虹の花を育てなくちゃ」
「ついて来て、私達が栄養のある木の実のある場所まで案内してあげる」
「「ありがとう!!」」
ゴーチェルやハーニィに促され、二人は森の中を案内される事となった。
森の中も白銀の世界に染まっており、雪が積もる枝や葉っぱはまさに雪化粧と呼ぶべき美しさを披露していた。
途中で見かけた池や水たまりは氷が張っており、こちらも綺麗であったもののファインがうっかり氷の張ったみずたまりを踏んで滑りそうになって笑いを買った。
そうして自然が織り成す美しさと面白さにファインとレイン達が心を弾ませていると一つの大木の前に到着した。
「到着よ。あそこに実ってるのがこの国で一番栄養のある木の実よ」
ゴーチェルが大木の上の方に実っている真っ赤な木の実を指して説明する。
同じように木の実を見上げながらファインが尋ねる。
「登って取っちゃって大丈夫なの?」
「ええ、勿論よ。でも気を付けてね?」
「へーきへーき!まっかせてよ!」
イシェルが心配するがファインはドンッと自分の胸を叩いて助走をつけるとジャンプして大木にしがみついた。
こうして大木にしがみつくと思い出されるのがマザーツリーの怒りを買って呪いで猿にされ、ウッキーたちに仲間と勘違いされて連れて行かれたあの事件だ。
木登りなんてした事がなくて中々上手く登れずウッキー達に笑われた。
けれどやり方を教えてくれて応援されて登りきれた時は凄く嬉しかったのを覚えている。
それ以来木登りは得意中の得意になってかざぐるまの国でルーチェを取り戻そうと森の中で木に登り、木から木へ飛び移って行った時は状況は別としてとても楽しかった。
なんだか鳥や妖精になった気分で軽やかに体を動かせたのだ。
やはり体を動かすのは楽しい。
もっとも、キャメロットがいる前では到底木登りなんて披露は出来ないが。
ファインは手足を器用に動かしてスルスルと木の幹を登っていくと木のてっぺんに近い所に実っている赤い木の実の所まで到着してみせるのだった。
「よいしょ・・・っと!取れた~!」
懸命に腕を伸ばして木の実を採り、地面にいるレイン達に向かって手を振ると「流石ねファイン!」「気を付けて降りるでプモ!」という称賛や心配する声が届いた。
自分ももう一人前のプリンセスだ、ヘマはしない。
木の幹の上を今度はスルスルと降りていくと途中でファインは手と足をついて飛び上がった。
「とうっ!」
体を丸めながら空中を回転して綺麗にポーズをとって地面に着地するファイン。
その華麗なる着地芸に皆が感嘆の声を上げて拍手を送る。
嬉しくて得意気に鼻を鳴らすファインだったが―――
「うわぁっ!!?」
直後に大木の枝に積もっていた雪が落ちて来て雪を浴びる事になるのだった。
「調子に乗るなと大木が言っているでプモ」
「いいじゃんちょっとくらい!」
「大丈夫、ファイン?」
「ありがとう、レイン。プーモと違ってレインは優しいな~?」
「僕もお二人の教育係でプモ。厳しくいかせてもらうでプモ」
「ふーんだ」
「それよりファイン、その赤い木の実はとっても固いの。これを使って穴を開けるといいわ」
「分かった。ありがとう、ハーニィ」
ハーニィが小さなピックを差し出してきてファインは確認の為にポケットに入れた木の実を取り出す。
言われてみれば赤い木の実の表面は硬く、軽く指で挟んでみても潰れる気配は全くなかった。
むしろ実の詰まったどんぐりかそれ以上の硬さに驚く。
確かにこれはちょっとやそっとでは割れないだろうし下手な事をして蜜が飛び散って虹の花にあげるどころの話ではなくなる。
ファインはハーニィからピックを受け取るとそれを木の実に当て、慎重に穴を開けていった。
「あ、開いた!」
「早速の虹の花にあげましょう」
「うん!」
三十秒程の時間をかけて穴は開き、それをレインが持っていてくれた虹の花の根元に向けて傾ける。
小さな穴からチロチロと蜜が流れ出て根元の土を濡らす中、ゴーチェルが心配そうにしながらファインを見上げる。
「ファイン、アルテッサから聞いたんだけどこの間のパーティーでシェイド様と喧嘩したって本当?」
「・・・うん、ちょっと色々あってね。でも大丈夫、ちゃんと仲直りするからさ・・・そのうち、ね」
心配させまいと笑うファインだがその表情には寂しさなどが滲んでおり、ゴーチェルたちの顔が晴れる事はなかった。
「今日のパーティーでまた顔を合わせる事になるけど大丈夫?」
「へーきへーき!チーム違うからそんなに話す事なんてないだろうしさ」
イシェルの質問にファインはあっけらかんと答えるが一体何が平気なのか。
話す事はあまりない、という事はとりあえず今回のパーティーで仲直りする気はないという事ではないだろうか。
そう思ってハーニィがレインを見上げるがレインは呆れたように溜息を吐いて言う。
「とりあえず今は見守ってあげて。ファインもシェイドも意固地になってるだけだから」
「ならいいんだけど・・・」
「それにこうやって虹の花を育てているのはつまりそういう事だから」
「ま、まぁ、他のみんなが手伝ってくれてるんだから一応は最後まで育てようと思ってるだけだし?」
「本当だわ、レインの言う通り意固地になってるのね」
ゴーチェルの鋭いツッコミに一同は笑い、ファインは顔を赤くしながら不満そうに呻くのだった。
さて、そんな風に雑談をしていると虹の花の芽がピクリと揺れてそのまま魔法にかけられたかのようにニョキニョキと茎を伸ばし始めた。
茎の途中からはまるで羽を生やすかのように葉がいくつも横に伸びていく。
その神秘的な光景に一同は魅入った。
「「すご~い!!」」
「一気に成長したでプモ!」
「木の実の蜜をあげただけでこんな急成長するなんて不思議なお花ね」
「しかも種は貝殻なんでしょう?」
「何もかもが不思議ね」
イシェル、ゴーチェル、ハーニィが感想を呟き、他のタネタネプリンセス達も口々に不思議だと驚いた。
こうしてタネタネの国で行う工程を終えたファインは桐の箱に植木鉢をしまうとタネタネプリンセス達を見下ろしながらお礼を言った。
「みんな、協力してくれてありがとうね」
「いいえ、いいのよ」
「シェイド様と仲直り出来るといいわね」
「みんなで応援してるわ」
「うん、ありがとう」
タネタネプリンセス達の気遣いと優しさにファインは嬉しそうに微笑むのだった。
続く
おひさまの国の空中庭園で芽を出した虹の花を前にしゃがんでいるファインは落ち込んだように溜息を吐く。
人工的な風が吹いて芽を揺らし、それがまるで元気を出してと言っているように見えた。
しかしそれでもファインの心は晴れず、寂しそうに瞳を細めて虹の花の芽を見つめるのだった。
そんな様子のファインをエレベーター前の石段に腰かけたレインと傍を浮遊するプーモが心配そうに見つめる。
「シェイド様と喧嘩してからというもの、虹の花のお世話をする度にファイン様は辛そうにするでプモ」
「そりゃそうよ。好きな人の為にお世話してるのにその好きな人と大喧嘩しちゃったんだから」
眉を下げてレインが言う。
あれから時は流れたものの、ファインがシェイドと仲直りする機会は訪れる事はなかった。
あの時よりはいくらか冷静になれたファインだったが、だからと言って謝りに行こうとはしなかった。
タイミングとキッカケがないのと、何よりも意地が邪魔をしてそれが出来ないのである。
いつもは素直なファインでも譲れないものがあるのだ。
かと言って状況が好転する筈もなくこうして虹の花の芽を見ては溜息を吐く日々が続いていた。
折角アルテッサにパウンドケーキのレシピを書いてもらったのに喧嘩した事もあってファインはまだ一回も作る練習をしていなかった。
シェイドに関係するものがなければ普段通りの元気いっぱいでお転婆なファインになるのが唯一の救いだろうか。
だからと言ってレインとプーモの心配が尽きる事はないのだが。
レインは一つ溜息を吐くと立ち上がり、ファインの隣に歩み寄って同じようにしゃがんだ。
その後にプーモも続き、傍で二人を見守る。
「お世話、ちゃんとしてて偉いわね」
「あ、レイン・・・」
「今のファインは認めたくないでしょうけどそれはまだちゃんとシェイドへの気持ちがある証拠よ。ファインの恋は本物だわ」
レインにシェイドへ胸に秘めている想いを打ち明けた時、ファインはそれが恋と呼んでいいものかどうか分からなかった。
けれどそれを恋だと肯定してもらった時は胸をくすぐる温かいこの想いが『恋』なのだと名前がついて嬉しく思った。
しかし先日のピースフルパーティーでシェイドと大喧嘩した事でファインは恋という名前がついたこの想いが本当に恋なのだろうかと戸惑った。
やはり恋とは名ばかりで本当はただの憧れだったのではないかと。
しかしみんなが協力してくれて育てている虹の花を捨て置ける事も出来ず、この想いを憧れと片付けるには納得のいかない自分がいてモヤモヤとしていた。
それを見透かしてレインは励まして背中を押してくれているのだろう。
少しだけ胸は痛むけれどそれでもファインはレインのその優しさが嬉しく、同時に改めてこの胸を痛める想いがやはり恋なのであると肯定してあげる事で漸くもう一人の自分を納得させる事が出来た。
「恋って甘いばかりじゃないんだね」
「そうよ。それが恋なんだから」
「アタシ、何でシェイドの事好きになったんだろう」
「優しくてほっとけないからでしょ?」
「うん・・・」
「それともシェイドを諦めて他に好きな人見つける?今からでも遅くないわよ?」
「それは・・・出来ないよ」
「好きだから?」
「・・・うん。悔しいなぁ」
苦笑いを浮かべるファインにレインは柔らかく微笑む。
同時にファインの初恋が終わっていない事、簡単なものではないと知れて内心喜んだ。
やはり今でもシェイドにファインを取られるのは悔しいという気持ちはあるが、それ以上にファインの恋が苦くて悲しい終わり方をしなくて良かったという安心の方が大きかった。
「もう一度気持ちを整理しましょう。ファインはどうしてシェイドがあんなに怒ってたか分かってる?」
「・・・アタシがシェイドを助けようとして悪い人に飛び掛かって怪我をしそうになったから」
「そうよ。シェイドはファインの事を凄く心配して怒ったのよ。ここまではいいわね?」
「うん」
「それじゃあ次にどうしてファインはシェイドに言い返して怒ったの?」
「・・・自分を大切にしないだとかもっと頭を働かせろって頭にくる事言われたから」
「貴方がそれ言うの?っていうセリフよね。後はシェイドお得意の嫌味。カチンと来るのも仕方ないわ」
「だよねだよね?」
「それから一方的に捲し立ててファインの気持ちを知ろうとしてくれなかったから、でしょ?」
「それは・・・」
「シェイドの事だわ、ファインの話も聞かないで一方的に怒鳴ったんでしょう?目に浮かぶわ」
「・・・うん」
シェイドがファインの事を心配して怒ったのを最初は頭だけは理解出来ていたが、時間の経過と共に冷静になったファインは漸く心で理解する事が出来た。
同時にそれだけ心配してくれたという事実はとても嬉しかった。
しかしファインのシェイドを守りたいという気持ちは伝えていないし伝えられていない。
伝えた所で小言なり嫌味なりを言われるのが簡単に予想出来る上にまた喧嘩になりそうだと思ったからだ。
ファインは俯いて溜息を吐くとポツポツと胸の内を語り始める。
「・・・アタシね、ミルキーと約束したんだ。今まで守ってもらった分、シェイドを二人で守ろうって」
「そうなの?」
「うん。でも、約束してなかったとしてもアタシはシェイドを守る為に走ったと思う。シェイドにはもう、怪我して欲しくなかったから」
「そう思う程にシェイドの事が好きなのね」
「えへへ。それとね、シェイドが言ったの。体鍛えてるから多少怪我をしても平気とか、怪我をしたところで大した事ないとか。でもアタシからしてみればそういう問題じゃないんだ。怪我の程度の話じゃなくてそもそも怪我をして欲しくないの。シェイドが怪我をする事で悲しむ人がいるんだよって知ってほしかったんだ。シェイドが怪我をしたらアタシは悲しいし、ミルキーだってムーンマリア様だって凄く悲しむよ」
「ファイン・・・」
「そりゃ確かにアタシも自分の事を大切にしてなかったと思う。だからシェイドはアタシにもっと自分の事を大切にしろって怒ったんだから。でもアタシはそれと同じくらいシェイドに自分の事をもっと大切にしてほしかったんだ。シェイドが怪我をする事で悲しむ人がいるよって。シェイドの事を大切に想ってる人がいるのを忘れないでって」
複雑そうな色を称える瞳を伏せてファインはそこで言葉を切る。
まだまだ落ち込んでいる様子であったがそんなファインに対してレインは青空のような晴れやかな笑顔で明るく言い放った。
「それで十分だわ、ファイン。いいえ、十分過ぎてむしろシェイドには勿体ないくらいよ!」
「え?何が?」
「ファイン、今すぐにとは言わないわ。機会があったらでいいの。さっき言った事をシェイドにしっかり伝えるのよ」
「ええっ!?そ、そんなの恥ずかしくて言えないよ~!」
「それでも!ファインは今とっても大切な事を言ったのよ!それをちゃんと伝えないとこれからもシェイドは無茶をするしファインがそれを庇って無茶してシェイドがまた怒っての鼬ごっこになるわ!だから恥ずかしくても言うの!」
「でも~・・・」
「恥ずかしいなら私とプーモが一緒にいてあげるから。ね?」
「代わりに言ってくれないの?」
「それはダメよ。ねぇ?プーモ」
「はいでプモ。ファイン様の口から直接シェイド様に伝える事にこそ意味がありますでプモ」
「うぅ・・・分かったぁ・・・でも本当に機会があったらね・・・」
「絶対よ!約束よ!はい、ゆびきり!」
レインに小指を差し出され、ファインはノロノロと同じように小指を出して絡め合う。
「「ゆーびきーりげんまんうーそついたらはーりせんぼんのーます!ゆびきった!」」
「うぅ、きっちゃったぁ・・・」
「メソメソしないの!それよりも早く城下町に行くわよ。今日出されたキャメロットからの宿題を終わらせないと」
「そーだね。確か宿題の内容はおひさまの国で盛んな産業を知る為の街の観察だっけ」
「おひさまの国と言えば春服のデザインが豊富で有名よね!」
「他にもピクニックにピッタリなお弁当やサンドイッチの種類がいっぱいあるよね!」
「あの、お二人共?」
「春を意識したデコールも沢山あるし!」
「大きくて可愛いお弁当も沢山あるし!」
「「早速城下町にレッツゴー!!」」
「ちゃんと観察をするでプモよー!!」
走ってエレベーターに向かう二人を追ってプーモが叫ぶ。
ちなみにその日、ファインとレインが提出した宿題の内容がそれぞれの好きなお店の観察レポートで終始しており、悪くもないが良くもないという事で三角の評価が下されるのだった。
それからまた時は流れ、ピースフル『スポーツ』パーティー開催の日が訪れる。
当初はサッカーを予定していたのだが前日に雪が降ってしまい、サッカーは取りやめて急遽雪合戦をする事となった。
サッカーの練習の成果を発揮する事は叶わなかったが雪合戦はそれはそれで楽しいので各国のプリンセス・プリンスから異論が出る事はなかった。
さて、虹の花を育てる為にパーティーが始まる一時間前にタネタネの国に訪れたファインとレインだったが一面白銀の世界に染まったタネタネの国におおはしゃぎして大暴れした為、例の如く気球はアクロバット飛行をした後にまたもや胴体着陸した。
気球の中でファインとレインとプーモはひっくり返っていたが虹の花だけは全くの無事であったのが不幸中の幸いだったと言えよう。
「ファイン、レイン、大丈夫?」
大木にのしかかるようにして動きを止めている気球の窓を覗き込みながらイシェルが二人を心配する。
「「な、なんとか・・・」」
「毎度毎度お恥ずかしい限りでプモ・・・」
起き上がった二人はコートとマフラーと手袋という完璧な防寒対策の服を着こむと気球から降りて柔らかな初雪を踏みしめた。
「わぁ!いっぱい降ったね~!」
「本当ね!これなら雪合戦も楽しめそうね!」
「でもその前に虹の花を育てなくちゃ」
「ついて来て、私達が栄養のある木の実のある場所まで案内してあげる」
「「ありがとう!!」」
ゴーチェルやハーニィに促され、二人は森の中を案内される事となった。
森の中も白銀の世界に染まっており、雪が積もる枝や葉っぱはまさに雪化粧と呼ぶべき美しさを披露していた。
途中で見かけた池や水たまりは氷が張っており、こちらも綺麗であったもののファインがうっかり氷の張ったみずたまりを踏んで滑りそうになって笑いを買った。
そうして自然が織り成す美しさと面白さにファインとレイン達が心を弾ませていると一つの大木の前に到着した。
「到着よ。あそこに実ってるのがこの国で一番栄養のある木の実よ」
ゴーチェルが大木の上の方に実っている真っ赤な木の実を指して説明する。
同じように木の実を見上げながらファインが尋ねる。
「登って取っちゃって大丈夫なの?」
「ええ、勿論よ。でも気を付けてね?」
「へーきへーき!まっかせてよ!」
イシェルが心配するがファインはドンッと自分の胸を叩いて助走をつけるとジャンプして大木にしがみついた。
こうして大木にしがみつくと思い出されるのがマザーツリーの怒りを買って呪いで猿にされ、ウッキーたちに仲間と勘違いされて連れて行かれたあの事件だ。
木登りなんてした事がなくて中々上手く登れずウッキー達に笑われた。
けれどやり方を教えてくれて応援されて登りきれた時は凄く嬉しかったのを覚えている。
それ以来木登りは得意中の得意になってかざぐるまの国でルーチェを取り戻そうと森の中で木に登り、木から木へ飛び移って行った時は状況は別としてとても楽しかった。
なんだか鳥や妖精になった気分で軽やかに体を動かせたのだ。
やはり体を動かすのは楽しい。
もっとも、キャメロットがいる前では到底木登りなんて披露は出来ないが。
ファインは手足を器用に動かしてスルスルと木の幹を登っていくと木のてっぺんに近い所に実っている赤い木の実の所まで到着してみせるのだった。
「よいしょ・・・っと!取れた~!」
懸命に腕を伸ばして木の実を採り、地面にいるレイン達に向かって手を振ると「流石ねファイン!」「気を付けて降りるでプモ!」という称賛や心配する声が届いた。
自分ももう一人前のプリンセスだ、ヘマはしない。
木の幹の上を今度はスルスルと降りていくと途中でファインは手と足をついて飛び上がった。
「とうっ!」
体を丸めながら空中を回転して綺麗にポーズをとって地面に着地するファイン。
その華麗なる着地芸に皆が感嘆の声を上げて拍手を送る。
嬉しくて得意気に鼻を鳴らすファインだったが―――
「うわぁっ!!?」
直後に大木の枝に積もっていた雪が落ちて来て雪を浴びる事になるのだった。
「調子に乗るなと大木が言っているでプモ」
「いいじゃんちょっとくらい!」
「大丈夫、ファイン?」
「ありがとう、レイン。プーモと違ってレインは優しいな~?」
「僕もお二人の教育係でプモ。厳しくいかせてもらうでプモ」
「ふーんだ」
「それよりファイン、その赤い木の実はとっても固いの。これを使って穴を開けるといいわ」
「分かった。ありがとう、ハーニィ」
ハーニィが小さなピックを差し出してきてファインは確認の為にポケットに入れた木の実を取り出す。
言われてみれば赤い木の実の表面は硬く、軽く指で挟んでみても潰れる気配は全くなかった。
むしろ実の詰まったどんぐりかそれ以上の硬さに驚く。
確かにこれはちょっとやそっとでは割れないだろうし下手な事をして蜜が飛び散って虹の花にあげるどころの話ではなくなる。
ファインはハーニィからピックを受け取るとそれを木の実に当て、慎重に穴を開けていった。
「あ、開いた!」
「早速の虹の花にあげましょう」
「うん!」
三十秒程の時間をかけて穴は開き、それをレインが持っていてくれた虹の花の根元に向けて傾ける。
小さな穴からチロチロと蜜が流れ出て根元の土を濡らす中、ゴーチェルが心配そうにしながらファインを見上げる。
「ファイン、アルテッサから聞いたんだけどこの間のパーティーでシェイド様と喧嘩したって本当?」
「・・・うん、ちょっと色々あってね。でも大丈夫、ちゃんと仲直りするからさ・・・そのうち、ね」
心配させまいと笑うファインだがその表情には寂しさなどが滲んでおり、ゴーチェルたちの顔が晴れる事はなかった。
「今日のパーティーでまた顔を合わせる事になるけど大丈夫?」
「へーきへーき!チーム違うからそんなに話す事なんてないだろうしさ」
イシェルの質問にファインはあっけらかんと答えるが一体何が平気なのか。
話す事はあまりない、という事はとりあえず今回のパーティーで仲直りする気はないという事ではないだろうか。
そう思ってハーニィがレインを見上げるがレインは呆れたように溜息を吐いて言う。
「とりあえず今は見守ってあげて。ファインもシェイドも意固地になってるだけだから」
「ならいいんだけど・・・」
「それにこうやって虹の花を育てているのはつまりそういう事だから」
「ま、まぁ、他のみんなが手伝ってくれてるんだから一応は最後まで育てようと思ってるだけだし?」
「本当だわ、レインの言う通り意固地になってるのね」
ゴーチェルの鋭いツッコミに一同は笑い、ファインは顔を赤くしながら不満そうに呻くのだった。
さて、そんな風に雑談をしていると虹の花の芽がピクリと揺れてそのまま魔法にかけられたかのようにニョキニョキと茎を伸ばし始めた。
茎の途中からはまるで羽を生やすかのように葉がいくつも横に伸びていく。
その神秘的な光景に一同は魅入った。
「「すご~い!!」」
「一気に成長したでプモ!」
「木の実の蜜をあげただけでこんな急成長するなんて不思議なお花ね」
「しかも種は貝殻なんでしょう?」
「何もかもが不思議ね」
イシェル、ゴーチェル、ハーニィが感想を呟き、他のタネタネプリンセス達も口々に不思議だと驚いた。
こうしてタネタネの国で行う工程を終えたファインは桐の箱に植木鉢をしまうとタネタネプリンセス達を見下ろしながらお礼を言った。
「みんな、協力してくれてありがとうね」
「いいえ、いいのよ」
「シェイド様と仲直り出来るといいわね」
「みんなで応援してるわ」
「うん、ありがとう」
タネタネプリンセス達の気遣いと優しさにファインは嬉しそうに微笑むのだった。
続く