ピースフルパーティーと虹の蜜 第三章~宝石の国~
それからピースフル『スイーツ』パーティーは何事もなく閉会式が執り行われ、平和的に幕を閉じた。
賊の侵入にアーロンもカメリアも動揺がない訳ではなかったが一国の王と王妃である彼らはそれを表に出さず見事に平静を装ってパーティーの参加者達に楽しいひと時のみを送り届けるのに成功するのだった。
閉会式の最中、プリンス並びにプリンセス一同は一箇所に固まってそれを聞いていた訳だが、その中でもファインとレインはなるべくシェイドから遠い位置にいた。
というのもカーテン裏から出てシェイドが視界に入った途端にファインが露骨に顔を俯かせた為、それに配慮してレインが極力シェイドが視界に入らない位置を取ったからである。
ちなみにミルキーはシェイドの様子を見るのも兼ねてシェイドの傍に寄っている。
怒りっぽいとはいえ、分別はあるのでミルキーに対しては比較的穏やかな雰囲気でいたのでファインはそこだけは安心を覚えるのだった。
そして閉会式終了後、ブライトがプリンセス・プリンス一同を朝みんなで使った厨房に呼び出した。
しかし神妙な顔つきにただならぬ雰囲気を感じ、皆は心の中で少しばかり身構える。
「みんな、今日はお疲れ様。お陰でパーティーは大成功だ。本当はこのまま気持ち良くみんなの見送りをしたいんだけど一応、みんなにも知らせておきたい事があるんだ。気持ちの良いパーティーの後に本当にすまない」
「気にするなよ、ブライト。それより知らせておきたい事って何だ?」
アウラーが気さくに尋ねるとブライトは頷いて真剣な顔で言い放った。
「実は今日のパーティーの最中にこの城に泥棒が入ったんだ」
「泥棒!?」
「まぁ・・・!」
リオーネは驚愕し、不安そうにするミルロと顔を合わせた。
その衝撃は他のプリンスやプリンセス達にも走っており、小さなどよめきが起きた。
唯一動揺していないのはファインとレインとプーモ、そしてシェイドとミルキーの当事者だけだった。
もっとも、その当事者達は別の意味で気不味そうにしているが。
「幸い、泥棒の存在に気付いたシェイドが退治してくれたお陰で大事には至らなかった。でもこうしてパーティーの最中を狙って悪事を働く輩もいる事が残念ながら分かってしまった。だからどうかみんなも気をつけて欲しい」
「平和を記念するパーティーの最中に酷いわ」
「本当、悲しい話ね」
ゴーチェルとソフィーが寂しい表情で話し合う。
それは皆も同じ気持ちだった。
「くぬぅ〜!許せませぬ!こんなにも早く平和を乱す者が現れようとは!」
「全くです!それも王宮に堂々と盗みを働くとは良い度胸です!」
ティオが顔を真っ赤にして怒りを露わにし、ソロも厳しい顔付きで泥棒達の行いを非難する。
「これからパーティーを行う国はどうか気を付けて欲しい。僕からは以上だ。それからアルテッサがみんなに渡したい物があるそうだ。アルテッサ」
「ええ、お兄様」
呼ばれてアルテッサは近くに置いてあったワゴンを押して皆の前に見せた。
ワゴンの上には真っ赤なリボンで口を縛られた白い包みがいくつも並べられていた。
その中には一際小さな袋が12個並んでおり、こちらはタネタネプリンセスとソロの分であろう事が一目で分かった。
それら一つ一つを手に取りながらアルテッサは全員に手渡していく。
勿論、プーモにも。
「みんな、今日はお疲れ様。これは私からの心ばかりのプレゼントですわ。どうぞ遠慮なく受け取って」
「ぼ、僕にもいただけるのでプモか!?」
「当然よ。プーモも今日はよく手伝ってくれましたからね」
パチッとウィンクを飛ばせばプーモが感動したように「あ、アルテッサ様・・・!」と瞳に涙を浮かべた。
「わぁ、すっごく良い匂いがする~!アルテッサ、開けていい!?」
「フフ、仕方ないですわね。開けて少しくらいは食べていいですわよ」
食いしん坊なファインは袋から微かに香る匂いを鋭く嗅ぎ付けて興奮したようにアルテッサに尋ねるとアルテッサは苦笑しながらも許可をくれた。
カーテン裏で泥棒の話をしていた時のような悲しい表情はもうしていなかったので内心ホッとしていたのはここだけの話である。
許可を貰えたファインが早速袋を開けると、そこには見知ったお菓子が詰まっていて思わず大きな声をだした。
「あ!サニードロップだ!」
「本当だわ!」
隣で覗いていたレインも声を上げると同じように自分の袋を開けて中身の確認を始めた。
それに他の皆も続き、次々と袋を開けてその中に詰まっている宝石のようなサニードロップに嬉しそうな声を漏らす。
ファインは早速食べて「美味しい~!」とほっぺたを抑えながら感動を漏らし、他の皆もそれに続いて同じように美味しいと口々に感想を言った。
好感触の反応に内心良かった、とアルテッサが安心しているとファインがサニードロップを次々と食べながら尋ねる。
「これアルテッサの手作り?」
「そうですわよ。疲れた時には美味しい物を食べると元気が出る、そう言ったのは貴女でしたわね」
「えへへ、そういえばそうだったね」
満月亀捕獲作戦の際に中々目当てのサイズの満月亀が捕まえられなくて気分が落ち込みそうになった時、ファインがハンカチの上にサニードロップを置いて休憩しようと提案した。
作戦は始まったばかりだというのにもう休憩とは根性がないと叱ったものの、実際の所アルテッサも少し疲労は感じていたのだ。
足が取られやすく思うように歩けない広大な砂漠で立派に成長した満月亀を見つけるのは困難を極めた。
しかしこれも倒れたムーンマリアの為だと自分に言い聞かせて何とか頑張ろうと思った矢先にファインが休憩を持ち出したのである。
呆れつつもサニードロップの誘惑に勝てなかったアルテッサはティオと共にそれを口にし、その甘さと美味しさに感動して疲れが和らいだのを今でも覚えている。
あの時の美味しさと感動をみんなにも知って欲しくてアルテッサは前日の夜にせっせと一人でサニードロップを作って用意をしていたのだ。
「おひさまの国のシェフに作り方を教えてもらって作ったのだけどやっぱりおひさまの国で作られた味には敵いませんわね」
「そう?同じくらい美味しいと思うけど?」
「私にとっては少し違うんですの」
言ってアルテッサは曖昧に笑う。
味の再現の為にとおひさまの国から取り寄せたサニードロップはとても美味しかった。
おひさまの国のシェフに教えてもらったレシピ通りに作った自分のサニードロップも味見をしてその出来栄えに満足はしつつも少し物足りないと感じたのも事実だった。
何度か作って味見しても少し違うと思い、何故だろうと考えてすぐに答えは出た。
足りなくて、でもどうしても加えられない調味料、それは『思い出』なのだと。
あの時、苦しむムーンマリアの為に頑張ろうと皆で団結し、思ったような成果が上げられず士気が下がりつつあった自分達に休憩をしようと気遣ってくれたファイン。
その時に食べたからこその味であり美味しさだった。
この答えに至ったアルテッサはきっと自分には一生おひさまの国のサニードロップの味を再現する事は出来ないと思ったがそれでいいとも思った。
思い出のお菓子はその思い出を作ってくれた友が住む国にしか作れない。
でもそれがあるというのはとても尊くかけがえのない事なのだと。
辛くて悲しい事が多かった旅だが、それでもこうして胸を温かくするような思い出もあった。
そう考えるとアルテッサはファインとレイン達と旅をして本当に良かったと心から思うのだった。
「私達の為にも一つ一つ作ってくれてありがとう、アルテッサ」
「大きい袋でまとめてくれて良かったのに」
「小さい袋を用意するの大変じゃなかった?」
「私、小物を作るのも得意なんですの。だから気にする事なんてありませんわ」
勝気に、けれどニッコリと微笑んでタネタネプリンセス達に答えれば一同は口々にお礼を言った。
実際、小さなサニードロップや小さな袋を作るのは楽しかった。
それにメラメラの国で行われたプリンセスパーティーで犯人扱いをしてしまった事への密かな詫びも込めてあったりする。
「わぁ、このドロップ可愛い!ハートに羽が付いてるわ!」
「おめでとう、リオーネ。それは当たりよ。貴女の袋に入っていたみたいね」
「そうなの?嬉しい!」
リオーネは花が咲いたように笑顔になると羽の付いたハートをパクリと食べて幸せを滲ませた。
偶然のような口ぶりで説明したアルテッサだったが本当は意図的に入れた物だ。
これもプリンセスパーティーで塩を送るという意地悪をした密かな詫びだったりする。
幸いな事にそれに気付く者はいなかった。
「「ありがとう、アルテッサ!!」」
『ありがとう、アルテッサ』
ファインとレインが口を揃えてお礼を述べ、その後に全員が揃ってお礼の言葉を述べる。
アルテッサは一瞬言葉を詰まらせたものの照れ臭さから頬を赤らめて一言。
「どういたしまして!」
それからしばしの歓談の後、解散する事となった。
外はすっかり夕焼け色に染まっており、宝石の国の街並みは夕日を反射して黄昏の輝きを放っていた。
簡単な別れの挨拶を交わして各国のプリンセスとプリンス達はそれぞれの気球に乗り込んでオレンジ色の空に飛び立っていく。
「シェイド」
そんな中、己の名を呼び止める声がしてシェイドは振り返る。
振り返った先には怒っているような悲しんでいるような二つの感情を混ぜた複雑な表情のレインが夕日に照らされて佇んでいた。
「ファインから話は聞いたわ。ファインの事、守ってくれてありがとう」
「言いたい事はそれだけじゃないんだろ」
「分かってるなら話は早いわ。また怒鳴ったらしいわね。確かにファインは危ない事をしたと思うけどあの子も一生懸命だったのよ、それは分かってあげて。それから心配したのも分かるけど怒鳴るのはあんまりだわ。もっと他に言い方があるでしょう?」
「そうやってお前が甘やかすからアイツが飛び出すのをやめないんだろ」
「甘やかしてなんかいないわ!私もちゃんと注意してるし、でもそれ以上に理解してるもの!ファインがどうして飛び出したのかって!」
「理解してるんだったら尚更強く言い聞かせないとダメだろ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!」
「だとしてもよ!怒鳴るのは良くないわ!貴方の悪い癖よ!」
「お前のやり方で言い聞かせてもダメなんだぞ!他にどんな言い方がある!?」
「それは―――」
「もうやめて!!」
背中から聞こえた叫び声にレインが驚いて振り返るとそこには両の拳を握って強くシェイドを睨みつけるファインがいた。
傍には困り気味に悲しそうな表情を浮かべているプーモが控えている。
「ファイン・・・」
レインが呆然とファインの名を呟くとファインは無言でレインの隣に並び立ち、シェイドを見据えながら強い口調で言い放つ。
「レインに当たらないでよ!!」
怒った口調とその視線をシェイドは真っ向から睨み返す。
お互いに無言の主張をしあい、そして一歩も譲ろうとしない。
ピリピリと怒りで張り詰めた空気にレインもプーモも何も言えず動けなかった。
それから少しばかりの時が流れ、おひさまがほんの少し傾いてオレンジ色に夜の暗闇が加わって深い色になるとファインはレインの手を握って踵を返した。
「行こう、レイン」
「あ、ファイン!」
急に引っ張られた事で一瞬足をもつれさせそうになったがファインがその分だけ止まってくれたのと強く手を握って支えてくれたお陰で何とか体勢を直し、レインは引っ張られるままに気球へ歩き出す。
プーモはシェイドに一礼すると同じくファインとレインを追いかけて気球に向かった。
残されたシェイドは三人が気球に乗り込むのを見届けると無言で己も自国の気球に乗り込むのだった。
「私、余計な事しちゃったね。ごめんね」
気球に乗り込んでファインとレインは隣り合ってソファに座った。
操縦は変わらずプーモで、心配そうに二人を振り返りながら気球を動かしている。
レインが申し訳なさそうに顔を覗き込みながら謝るとファインは寂しそうにしながらも笑って首を横に振った。
「ううん、レインが謝る事ないよ。アタシの為に怒ってくれたんでしょ?」
「でもシェイドと益々喧嘩する事になっちゃったし・・・」
「いいんだよ。シェイドが分からず屋なのが悪いんだよ」
唇を尖らせながらもファインは寂しそうな表情で俯く。
口でそうは言いながらもやはり心に引っ掛かるものはあるのだろう。
それが分かるレインはせめてもの罪滅ぼしにとファインの肩を優しく抱き寄せて囁いた。
「ファイン、今日はお城に帰ったら美味しいご飯をいっぱい食べてお風呂にゆっくり入って温かいベッドで寝ましょう。それでシェイドの件は明日から一緒に考えるの。ね?」
「・・・うん」
肩に頭を預けて甘えて来るファインを愛しく思いながらレインはファインの肩を抱き寄せる腕に力を込める。
レインの広い優しさと大きな愛情に包まれてファインの寂しさ一色だった表情が和らいでいくのに安心してプーモは前を向いておひさまの国を目指すのだった。
第三章~宝石の国~ END
賊の侵入にアーロンもカメリアも動揺がない訳ではなかったが一国の王と王妃である彼らはそれを表に出さず見事に平静を装ってパーティーの参加者達に楽しいひと時のみを送り届けるのに成功するのだった。
閉会式の最中、プリンス並びにプリンセス一同は一箇所に固まってそれを聞いていた訳だが、その中でもファインとレインはなるべくシェイドから遠い位置にいた。
というのもカーテン裏から出てシェイドが視界に入った途端にファインが露骨に顔を俯かせた為、それに配慮してレインが極力シェイドが視界に入らない位置を取ったからである。
ちなみにミルキーはシェイドの様子を見るのも兼ねてシェイドの傍に寄っている。
怒りっぽいとはいえ、分別はあるのでミルキーに対しては比較的穏やかな雰囲気でいたのでファインはそこだけは安心を覚えるのだった。
そして閉会式終了後、ブライトがプリンセス・プリンス一同を朝みんなで使った厨房に呼び出した。
しかし神妙な顔つきにただならぬ雰囲気を感じ、皆は心の中で少しばかり身構える。
「みんな、今日はお疲れ様。お陰でパーティーは大成功だ。本当はこのまま気持ち良くみんなの見送りをしたいんだけど一応、みんなにも知らせておきたい事があるんだ。気持ちの良いパーティーの後に本当にすまない」
「気にするなよ、ブライト。それより知らせておきたい事って何だ?」
アウラーが気さくに尋ねるとブライトは頷いて真剣な顔で言い放った。
「実は今日のパーティーの最中にこの城に泥棒が入ったんだ」
「泥棒!?」
「まぁ・・・!」
リオーネは驚愕し、不安そうにするミルロと顔を合わせた。
その衝撃は他のプリンスやプリンセス達にも走っており、小さなどよめきが起きた。
唯一動揺していないのはファインとレインとプーモ、そしてシェイドとミルキーの当事者だけだった。
もっとも、その当事者達は別の意味で気不味そうにしているが。
「幸い、泥棒の存在に気付いたシェイドが退治してくれたお陰で大事には至らなかった。でもこうしてパーティーの最中を狙って悪事を働く輩もいる事が残念ながら分かってしまった。だからどうかみんなも気をつけて欲しい」
「平和を記念するパーティーの最中に酷いわ」
「本当、悲しい話ね」
ゴーチェルとソフィーが寂しい表情で話し合う。
それは皆も同じ気持ちだった。
「くぬぅ〜!許せませぬ!こんなにも早く平和を乱す者が現れようとは!」
「全くです!それも王宮に堂々と盗みを働くとは良い度胸です!」
ティオが顔を真っ赤にして怒りを露わにし、ソロも厳しい顔付きで泥棒達の行いを非難する。
「これからパーティーを行う国はどうか気を付けて欲しい。僕からは以上だ。それからアルテッサがみんなに渡したい物があるそうだ。アルテッサ」
「ええ、お兄様」
呼ばれてアルテッサは近くに置いてあったワゴンを押して皆の前に見せた。
ワゴンの上には真っ赤なリボンで口を縛られた白い包みがいくつも並べられていた。
その中には一際小さな袋が12個並んでおり、こちらはタネタネプリンセスとソロの分であろう事が一目で分かった。
それら一つ一つを手に取りながらアルテッサは全員に手渡していく。
勿論、プーモにも。
「みんな、今日はお疲れ様。これは私からの心ばかりのプレゼントですわ。どうぞ遠慮なく受け取って」
「ぼ、僕にもいただけるのでプモか!?」
「当然よ。プーモも今日はよく手伝ってくれましたからね」
パチッとウィンクを飛ばせばプーモが感動したように「あ、アルテッサ様・・・!」と瞳に涙を浮かべた。
「わぁ、すっごく良い匂いがする~!アルテッサ、開けていい!?」
「フフ、仕方ないですわね。開けて少しくらいは食べていいですわよ」
食いしん坊なファインは袋から微かに香る匂いを鋭く嗅ぎ付けて興奮したようにアルテッサに尋ねるとアルテッサは苦笑しながらも許可をくれた。
カーテン裏で泥棒の話をしていた時のような悲しい表情はもうしていなかったので内心ホッとしていたのはここだけの話である。
許可を貰えたファインが早速袋を開けると、そこには見知ったお菓子が詰まっていて思わず大きな声をだした。
「あ!サニードロップだ!」
「本当だわ!」
隣で覗いていたレインも声を上げると同じように自分の袋を開けて中身の確認を始めた。
それに他の皆も続き、次々と袋を開けてその中に詰まっている宝石のようなサニードロップに嬉しそうな声を漏らす。
ファインは早速食べて「美味しい~!」とほっぺたを抑えながら感動を漏らし、他の皆もそれに続いて同じように美味しいと口々に感想を言った。
好感触の反応に内心良かった、とアルテッサが安心しているとファインがサニードロップを次々と食べながら尋ねる。
「これアルテッサの手作り?」
「そうですわよ。疲れた時には美味しい物を食べると元気が出る、そう言ったのは貴女でしたわね」
「えへへ、そういえばそうだったね」
満月亀捕獲作戦の際に中々目当てのサイズの満月亀が捕まえられなくて気分が落ち込みそうになった時、ファインがハンカチの上にサニードロップを置いて休憩しようと提案した。
作戦は始まったばかりだというのにもう休憩とは根性がないと叱ったものの、実際の所アルテッサも少し疲労は感じていたのだ。
足が取られやすく思うように歩けない広大な砂漠で立派に成長した満月亀を見つけるのは困難を極めた。
しかしこれも倒れたムーンマリアの為だと自分に言い聞かせて何とか頑張ろうと思った矢先にファインが休憩を持ち出したのである。
呆れつつもサニードロップの誘惑に勝てなかったアルテッサはティオと共にそれを口にし、その甘さと美味しさに感動して疲れが和らいだのを今でも覚えている。
あの時の美味しさと感動をみんなにも知って欲しくてアルテッサは前日の夜にせっせと一人でサニードロップを作って用意をしていたのだ。
「おひさまの国のシェフに作り方を教えてもらって作ったのだけどやっぱりおひさまの国で作られた味には敵いませんわね」
「そう?同じくらい美味しいと思うけど?」
「私にとっては少し違うんですの」
言ってアルテッサは曖昧に笑う。
味の再現の為にとおひさまの国から取り寄せたサニードロップはとても美味しかった。
おひさまの国のシェフに教えてもらったレシピ通りに作った自分のサニードロップも味見をしてその出来栄えに満足はしつつも少し物足りないと感じたのも事実だった。
何度か作って味見しても少し違うと思い、何故だろうと考えてすぐに答えは出た。
足りなくて、でもどうしても加えられない調味料、それは『思い出』なのだと。
あの時、苦しむムーンマリアの為に頑張ろうと皆で団結し、思ったような成果が上げられず士気が下がりつつあった自分達に休憩をしようと気遣ってくれたファイン。
その時に食べたからこその味であり美味しさだった。
この答えに至ったアルテッサはきっと自分には一生おひさまの国のサニードロップの味を再現する事は出来ないと思ったがそれでいいとも思った。
思い出のお菓子はその思い出を作ってくれた友が住む国にしか作れない。
でもそれがあるというのはとても尊くかけがえのない事なのだと。
辛くて悲しい事が多かった旅だが、それでもこうして胸を温かくするような思い出もあった。
そう考えるとアルテッサはファインとレイン達と旅をして本当に良かったと心から思うのだった。
「私達の為にも一つ一つ作ってくれてありがとう、アルテッサ」
「大きい袋でまとめてくれて良かったのに」
「小さい袋を用意するの大変じゃなかった?」
「私、小物を作るのも得意なんですの。だから気にする事なんてありませんわ」
勝気に、けれどニッコリと微笑んでタネタネプリンセス達に答えれば一同は口々にお礼を言った。
実際、小さなサニードロップや小さな袋を作るのは楽しかった。
それにメラメラの国で行われたプリンセスパーティーで犯人扱いをしてしまった事への密かな詫びも込めてあったりする。
「わぁ、このドロップ可愛い!ハートに羽が付いてるわ!」
「おめでとう、リオーネ。それは当たりよ。貴女の袋に入っていたみたいね」
「そうなの?嬉しい!」
リオーネは花が咲いたように笑顔になると羽の付いたハートをパクリと食べて幸せを滲ませた。
偶然のような口ぶりで説明したアルテッサだったが本当は意図的に入れた物だ。
これもプリンセスパーティーで塩を送るという意地悪をした密かな詫びだったりする。
幸いな事にそれに気付く者はいなかった。
「「ありがとう、アルテッサ!!」」
『ありがとう、アルテッサ』
ファインとレインが口を揃えてお礼を述べ、その後に全員が揃ってお礼の言葉を述べる。
アルテッサは一瞬言葉を詰まらせたものの照れ臭さから頬を赤らめて一言。
「どういたしまして!」
それからしばしの歓談の後、解散する事となった。
外はすっかり夕焼け色に染まっており、宝石の国の街並みは夕日を反射して黄昏の輝きを放っていた。
簡単な別れの挨拶を交わして各国のプリンセスとプリンス達はそれぞれの気球に乗り込んでオレンジ色の空に飛び立っていく。
「シェイド」
そんな中、己の名を呼び止める声がしてシェイドは振り返る。
振り返った先には怒っているような悲しんでいるような二つの感情を混ぜた複雑な表情のレインが夕日に照らされて佇んでいた。
「ファインから話は聞いたわ。ファインの事、守ってくれてありがとう」
「言いたい事はそれだけじゃないんだろ」
「分かってるなら話は早いわ。また怒鳴ったらしいわね。確かにファインは危ない事をしたと思うけどあの子も一生懸命だったのよ、それは分かってあげて。それから心配したのも分かるけど怒鳴るのはあんまりだわ。もっと他に言い方があるでしょう?」
「そうやってお前が甘やかすからアイツが飛び出すのをやめないんだろ」
「甘やかしてなんかいないわ!私もちゃんと注意してるし、でもそれ以上に理解してるもの!ファインがどうして飛び出したのかって!」
「理解してるんだったら尚更強く言い聞かせないとダメだろ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!」
「だとしてもよ!怒鳴るのは良くないわ!貴方の悪い癖よ!」
「お前のやり方で言い聞かせてもダメなんだぞ!他にどんな言い方がある!?」
「それは―――」
「もうやめて!!」
背中から聞こえた叫び声にレインが驚いて振り返るとそこには両の拳を握って強くシェイドを睨みつけるファインがいた。
傍には困り気味に悲しそうな表情を浮かべているプーモが控えている。
「ファイン・・・」
レインが呆然とファインの名を呟くとファインは無言でレインの隣に並び立ち、シェイドを見据えながら強い口調で言い放つ。
「レインに当たらないでよ!!」
怒った口調とその視線をシェイドは真っ向から睨み返す。
お互いに無言の主張をしあい、そして一歩も譲ろうとしない。
ピリピリと怒りで張り詰めた空気にレインもプーモも何も言えず動けなかった。
それから少しばかりの時が流れ、おひさまがほんの少し傾いてオレンジ色に夜の暗闇が加わって深い色になるとファインはレインの手を握って踵を返した。
「行こう、レイン」
「あ、ファイン!」
急に引っ張られた事で一瞬足をもつれさせそうになったがファインがその分だけ止まってくれたのと強く手を握って支えてくれたお陰で何とか体勢を直し、レインは引っ張られるままに気球へ歩き出す。
プーモはシェイドに一礼すると同じくファインとレインを追いかけて気球に向かった。
残されたシェイドは三人が気球に乗り込むのを見届けると無言で己も自国の気球に乗り込むのだった。
「私、余計な事しちゃったね。ごめんね」
気球に乗り込んでファインとレインは隣り合ってソファに座った。
操縦は変わらずプーモで、心配そうに二人を振り返りながら気球を動かしている。
レインが申し訳なさそうに顔を覗き込みながら謝るとファインは寂しそうにしながらも笑って首を横に振った。
「ううん、レインが謝る事ないよ。アタシの為に怒ってくれたんでしょ?」
「でもシェイドと益々喧嘩する事になっちゃったし・・・」
「いいんだよ。シェイドが分からず屋なのが悪いんだよ」
唇を尖らせながらもファインは寂しそうな表情で俯く。
口でそうは言いながらもやはり心に引っ掛かるものはあるのだろう。
それが分かるレインはせめてもの罪滅ぼしにとファインの肩を優しく抱き寄せて囁いた。
「ファイン、今日はお城に帰ったら美味しいご飯をいっぱい食べてお風呂にゆっくり入って温かいベッドで寝ましょう。それでシェイドの件は明日から一緒に考えるの。ね?」
「・・・うん」
肩に頭を預けて甘えて来るファインを愛しく思いながらレインはファインの肩を抱き寄せる腕に力を込める。
レインの広い優しさと大きな愛情に包まれてファインの寂しさ一色だった表情が和らいでいくのに安心してプーモは前を向いておひさまの国を目指すのだった。
第三章~宝石の国~ END