ピースフルパーティーと虹の蜜 第三章~宝石の国~
「お集まりの紳士淑女の皆様、大変お待たせして致しました。これよりピースフル『スイーツ』パーティーを開催します」
アーロン王の開催宣言と共に音楽と拍手がホールに木霊する。
「今回は各国のプリンス・プリンセス達が協力をして様々なスイーツを作りました。どうぞご堪能ください」
スイーツを覆い隠していた布が外されて驚きと感動の声がホールにひしめく。
大小様々な形の宝石のような輝きと煌めきを放つケーキやゼリーやババロアなどのスイーツ群、香ばしく可愛らしい見た目の焼き菓子の数々。
まるで宝の山のようなその光景に誰もが目を奪われ魅了された。
予想以上の反響にアルテッサは勿論、他のプリンセスやプリンス達も大満足だった。
さて、ここからプリンセスとプリンス達は来賓をもてなしつつ歓談となり、自分達で用意したスイーツも食べられない事はないのだがあくまでメインで食べるのは参加者達であってプリンセスとプリンス達はあまり食べない方向となっている。
しかしそうは言っても食欲旺盛な二人のプリンセスには我慢出来ないものがある訳で。
「ケーキ・・・」
「バーブ・・・」
「クッキー・・・」
「バブブー・・・」
「マカロン・・・」
「バブブン・・・」
参加者達の持つ皿に次々と盛られていくスイーツを穴が開くほど見つめるファインとミルキー。
二人は両手をぐっと握ってスイーツに飛びつくのを我慢していたが果たしてこの我慢はいつまで持つのやら。
相変わらずな妹達に姉であり兄であるレインとシェイドは呆れたように溜息を吐く。
プーモもレインの隣で項垂れて全身で呆れを表現した。
「呆れましたわ。やっぱりスイーツに釘付けになってるのね」
「あ、アルテッサ」
同じく溜息を吐きながらアルテッサがやってきてレインの隣に立つ。
にも関わらずファインとミルキーはスイーツの並ぶテーブルに熱視線を注いでいる。
夢中になり過ぎて気付いていないのだろうその姿にアルテッサは「全く・・・」と呟くとステージ中央から見て右手にある扉の横のカーテンを指差して言った。
「こんな事もあろうかとさっきのお菓子作りで余った材料をあのカーテンの裏に用意しておきましたわ。それでも食べてお腹を満たしておもてなしに参加なさい」
「本当!?アルテッサ!!?」
「バブブイ!!?」
光の速さで反応して迫って来たファインとミルキーにアルテッサはたじろぎながらも「え、ええ・・・」と頷く。
「ワゴンに乗せてあるから好きなだけ食べなさい。食べ終わったらワゴンは扉の外のどこか適当な所に置いてくれて構いませんわ」
「ありがとうアルテッサ!!」
「バブバブー!!」
ぶんぶんとアルテッサの手を強く握って上下に振るとファインとミルキーは残像が見えそうな程の速さでカーテンの裏に隠れた。
それを見てレインは苦笑いを浮かべ、プーモとシェイドはまた溜息を吐く。
「ありがとう、アルテッサ。助かるわ」
「余り物が片付く上に食いしん坊のはしたない姿を晒すのを防げて一石二鳥ですわ」
「僕はファイン様とミルキー様が暴走しないように見張って来るでプモ」
「あの二人相手じゃ手が余るだろうから俺も行こう」
「かたじけないでプモ」
「頼みましたわよ。レイン、私達はお兄様達のお手伝いをしましょう」
「ええ、そうね」
そこで四人は別れ、プーモとシェイドはカーテンの裏に、レインとアルテッサはブライト達の元に移動するのだった。
プーモとシェイドが真っ赤なベロアのカーテンの端から中に入るとそこには小さいながらも数人が屯ろする余裕のある空間があり、二台置かれたワゴンの前でファインとミルキーが一心不乱に果物やクッキーを食べていた。
「美味しい~!やっぱり宝石の国で用意される果物は最高だね~!」
「バブバブ~!」
「ほらほら、静かにするでプモ。他の人に聞かれたら恥ずかしいでプモよ」
「あ、プーモにシェイド。アタシ達の事は心配しないでお話して来ていいよ?」
「口の端にチョコレート付けてる奴に言われても説得力ないな」
「うそっ!?付いてる!?」
「バブブ!?」
手鏡などはなく、ならばとファインとミルキーはお互いの顔を見ると声を上げてチョコが付着している箇所を指差した。
すると二人は慌てて懐からハンカチを取り出し、お互いの口の端を拭った。
チョコは見事に拭き取られ、二人は安心すると再び食べ物に手を伸ばしていく。
そんな中、ファインはイチゴをパクっと一口で食べながらシェイドを見て小さく笑いながらからかう。
「シェイド、もしかしてまた応対するのが面倒でこっちきた?」
「否定はしないが一番はお前達二人が何かやらかさないか見張りに来たんだ。それより生意気な事言っていないで早く食べろ」
「はーい」
能天気な返事をしてファインはバナナにチョコを付けて一口で食べる。
ミルキーと一緒になって頬を抑えながら甘い幸せに浸る姿は見ていていっそこちらが感心してしまうほど。
たったこれだけの果物やお菓子でこんなにも幸せを感じられるのは小さくも大切な事だろう。
『幸せ』というのは人の心を豊かにし、豊かな心は前向きで懐の広い思考をもたらす。
案外、ふしぎ星が闇に包まれそうになっても最後まで諦めなかった心があったのはファインとレインがそうした一つ一つの事に幸せを感じて心が豊かだったからなのかもしれない。
(だからと言って能天気なのは困るがな)
シェイドは苦笑すると「ごちそうさまでした!」とファインと一緒に手を合わせてごちそうさまの挨拶をしたミルキーの傍に寄り、口元のチョコやクリームをハンカチで拭ってあげた。
「食べ終わったなら片付けてさっさと戻るぞ。パーティーの最初から最後まで離席は流石にマズいからな」
「はーい」
ファインもハンカチで自分の口周りを拭うとワゴンの把手を掴んで片付ける用意をした。
「ミルキーはどうする?会場に残っててもいいぞ」
「バブバブバァ~!」
「そうか、お兄様達と一緒に片付けをするか。いい子だ」
「みんなで一緒に行くでプモ」
「うん!」
ファインとシェイドがワゴンをそれぞれ一台ずつ押し、その後ろをプーモとミルキーが着いて行く。
四人は人知れずこっそりとすぐ近くの扉から会場を出ると静かな廊下をワゴンを押して歩いた。
アルテッサは適当な所に置いていいとは言ったが流石に入り口出てすぐの所に放置しておく訳にもいかず、結局厨房まで運ぼうという事になった。
そうして四人がレッドカーペットの上を歩いて分かれ道に差し掛かった時のこと。
「あれ?」
ファインは視界の端に一瞬だけ蠢いた影を捉えるとピタッと足を止め、進行方向の左手側に伸びる廊下を見つめる。
廊下には半円状で柱が一定間隔に突き出しており、その柱の間にはいくつかの扉があった。
しかし廊下はしんと静まり返っていて人の影はない。
一歩先を進みかけたシェイドはファインが足を止めたのに気付くと同じように己も足を止め、ファインの方を見て尋ねた。
「どうした?」
「今なんか、誰かいたような・・・」
「誰か?」
「うん。一瞬で分かんなかったけど」
「気のせいじゃないでプモか?」
「・・・」
プーモの意見を肯定せず、シェイドはじっとファインを見つめる。
ファインは勘が良い。
第一回目のプリンセスパーティーで物陰に隠れていたシェイドの視線に唯一気が付いたのがファインだ。
他にも何か物を目敏く見つけたり気付いたりもしていて、レイン曰く野生の勘が鋭いらしい。
普段の言動が能天気であるが故にレイン以外にはあまり信用されていないのだが実はシェイドも密かにファインの勘の良さに信頼を寄せていた。
何故ならそういった勘の良さや気配などといったものをシェイドも持ち合わせており、それは大体ファインと一致する事が多いからだ。
今もそう、ファインの見ている左手側の廊下に視線を送ると何故だか胸騒ぎのような居心地の悪さを覚える。
シェイドは小さな声でファイン達に「ここにいろ」と指示すると左手側の廊下の一番手前にある扉を音を立てずに開けた。
扉の向こうは簡単な執務スペースとなっており、執務用の机とそれの前に二つのソファを挟んで小さなテーブルが置かれているだけだった。
シェイドは警戒しながらその中に入ると怪しい人間がいないかチェックをする。
(異常は・・・ないな)
簡単に人が隠れられるスペースなどを見て誰もいないのを確認するとシェイドは扉から顔を出し、片手で口元に人差し指を立てるともう片方の手でファイン達を手招きした。
それが静かにこっちへ来い、という意味だと察するとファイン達は用心するように口元を手で覆いながらなるべく足音を立てずにシェイドが確認した部屋に入って行った。
シェイドは全員が部屋に入ったのを確認すると僅かに扉を閉めて―――
「よし、ワゴンはこの辺に置いてそろそろ会場に戻るか」
と、わざとらしく廊下に向かって言葉を放った。
それから素早く音を立てないように外を窺える隙間が出来るギリギリまで扉を閉める。
「シェイド・・・?」
「しっ、静かに・・・」
先程と同じように口元に人差し指を立てて鋭い瞳でシェイドが牽制するとファインは大人しく頷いてシェイドと同じように扉の隙間から廊下を窺った。
すると―――
(あ・・・!)
斜め向かいの扉に黒い服を着た怪しい二人の男が周囲を警戒しながら入って行くの見てファインは心の中で声を上げる。
それはプーモとミルキーも同様で、驚いたように静かに瞳を見開く。
一方でシェイドは心の中で「当たったか」と呟いてファインの勘の良さにまた一つ信頼を寄せた。
平和になったとはいえ、いつ何が起こるか分からない。
緊急時に備えて携帯しておいて良かったと内心自分を褒めながらシェイドは懐から愛用の鞭を取り出し、ファイン達を見て言う。
「俺はあいつらを仕留めて来る。お前達はそれまでここに隠れてろ。もしも何かあったら大声を出して逃げるんだ。いいな?」
「分かった」
「バブ」
「プーモ、ファインとミルキーを頼んだぞ」
「お任せください!ファイン様とミルキー様はこのプーモが命に代えてもお守りしますでプモ!」
胸を張ってドンと叩くプーモに頷いてシェイドは扉の外を警戒するように一度見やってから素早く廊下に出るとなるべく足音を立てずに怪しい男達が入って行った部屋に向かった。
その様子をファインとミルキーとプーモが扉の隙間から見守る。
「そこまでだ!ここで何をしている!」
間を置かずしてシェイドの厳しい声が斜め向かいの部屋から響き渡る。
男達の同様する声も微かに聞こえたがその直後に空を切る音と男達を弾くような音が耳に届いた。
恐らくシェイドが鞭を振るったのだろう。
シェイドは強いので簡単に片付いただろうとプーモとミルキーが安堵の息を漏らしかけたその時―――
「大変大変!」
ファインがいつもの口癖を叫んで飛び出して行ってしまった。
「ファイン様!?」
「バブ!?」
「大した事はなかったな」
スイッチを押して鞭を収縮させて懐にしまうとシェイドは沈めた男達が被っている黒のマスクを乱暴に引き抜いた。
「コイツらは・・・!」
「おらぁああああああ!!!」
「何っ!?」
倒れた男達に気を取られて背後にもう一人敵が迫っている事に気付かずシェイドは不意を突かれてしまう。
しまった、と思った時には何もかもが遅く、鞭を取り出すにしても男が振り上げた警棒のような物が振り下ろされる方が速い。
本能で咄嗟に両腕でガードの体勢を取ったその時―――
「ダメーーー!!」
突然、ファインが絶叫を部屋中に響かせながら男に飛びついて来た。
「ファイン!?」
シェイドが驚きに目を見開くと同時に突然飛びつかれて体勢を崩した男はファインと共に床に盛大に倒れた。
体を強く地面に叩きつけて男は呻いたが何とか上半身を起き上がらせる。
立ち上がろうともしたが片足にファインがしがみついててそれは適わなかった。
「シェイドを傷付けないで!!」
「クソッ、離れろ!!」
振り払おうと足を動かしてもファインはがっちりしがみついたまま離れないので男は手に握っていた警棒をファインの頭めがけて勢いよく振り下ろそうとする。
「ハッ!」
しかしその直前でシェイドの重たい蹴りが思いっきり男の顔面に入り、真後ろの本棚に頭を打ち付けた男はそのまま気を失ってゴロンと警棒を取りこぼした。
男が動かなくなったのを察したファインは恐る恐る必死に閉じていた目を開けて男の様子を確認するとゆっくりと男の足から離れた。
「ふぅ、良かったぁ。シェイド、だいじょう―――」
「何を考えているんだお前は!!」
座り込んでホッと一息吐こうとしたファインにシェイドが城中に響き渡るのではないかと思うくらい腹の底から怒鳴り声を上げた。
その怒声に驚きの表情でファインは固まるが構わずにシェイドは続ける。
「自分が何をしたか分かっているのか!?どれだけ危険な事をしたと思っているんだ!!」
「・・・だって・・・悪い人がもう一人隠れてて・・・シェイドが危ないと思ったから・・・」
「だからってもっと他に方法はあっただろ!お前はいつもそうだ!他人の事ばかり気にして危険に飛び込んで自分を大切にしない!もう少し頭を働かせたらどうだ!!」
「・・・・・・シェイドに言われたくないよ・・・」
僅かに俯いてファインは体を震わせると拳を握り、勢いよく顔を上げてキッとシェイドを睨み上げた。
それはシェイドが今までに見た事のない強くて厳しく責めるような険しい表情だったがそれでシェイドが怯む事はなかった。
ファインは立ち上がると真っ直ぐにシェイドを射抜きながら負けじと捲し立てる。
「シェイドだっていつも自分の事大切にしてないじゃん!怪我しても隠したり何でもないって言って誤魔化してさ!そんな人に自分を大切にしろとか頭を働かせろとか言われたくないよ!!」
「俺は体を鍛えている上に危険な事には慣れている!多少の怪我なんて大した事はない!さっきのも腕を痛める程度で済んだ筈だ!!」
「さっきのが!?絶対そんな事ないよ!大怪我してたに決まってるよ!!」
「大怪我をしてたのはお前だろ!頭に直撃する所だったんだぞ!?」
「それはシェイドだってそうだよ!!」
「俺は腕を痛める程度だった!!」
「絶対にそうだって言える!?100%大丈夫だったって言える!?」
「言えるぞ!これで気は済んだか!?」
「シェイドのバカ!!」
「バカはお前だろ!!」
「な、何事でプモ!?」
「バブ!?」
二人の怒号の応酬を聞きつけてプーモとミルキーが慌てて駆け付ける。
部屋の中では黒い服を着た三人の男が気を失って倒れており、その男達の傍で怒りに満ちた表情のシェイドと瞳に涙を溜めて今にも泣きだしそうなファインが互いに睨み合っていた。
まさに修羅場と言うに相応しい状況にプーモとミルキーがオロオロしていると廊下の方から騒々しい足音が聞こえて来た。
「何事でございますか!?」
「こ、これは一体・・・!?」
やって来たのは騒ぎを聞きつけた衛兵達だった。
部屋の惨状を目の当たりにして戸惑う彼らにシェイドは王子としての立ち振る舞いに空気を切り替えると状況説明を始める。
「ここに倒れている者達は賊だ。パーティーに乗じて盗みを働こうとしていた」
「何と!?」
「今すぐこの者達の捕縛とアーロン王への報告を。だが、今は大事なパーティーの最中なのでなるべく騒ぎ立てないように。プリンスブライトとプリンセスアルテッサには僕達の方から伝える」
「ハッ、かしこまりました。シェイド様、賊の討伐、感謝致します」
「いえ。では、僕達は会場に戻ります―――行くぞ」
最後の言葉はファインの耳元で、先程の衛兵達と話していたような落ち着いた声音ではなく、地の底から響くような低い声で囁いた。
それと同時にファインは右手首を強く握られて殆ど引っ張られるようにして部屋の外に連れ出される。
「ミルキー達もおいで」
シェイドに促され、ミルキーとプーモはハラハラした様子で二人の後ろを着いて行く。
ピリピリと張り詰めた空気にミルキーもプーモも何と言っていいか分からず、ただただ見ている事しか出来ない。
そんな中、沈黙を破ったのはファインの抵抗する声だった。
「ねぇ!放してよ!痛いってば!」
振り解こうとしてもシェイドの手が放される事は決してなかった。
「放して!!」
「少し黙ってろ」
ドスの効いた声と共にファインの手首がいっそう強く握られる。
骨が折れるんじゃないかと思うくらい強いその握力にファインは苦痛で顔を歪め、目の端に涙を溜めるとそっぽを向いてそれきり喋らなくなった。
シェイドの暴力的ともとれる振る舞いにミルキーとプーモは諌めようかと思ったがあまりにもシェイドの機嫌が悪く、下手に刺激してはまたファインに被弾し兼ねると判断して沈黙するほかなかった。
気不味い空気の中、漸く賑やかな会場に到着して一番安心したのはミルキーとプーモだった。
「ファイン?」
アルテッサやミルロと談笑していたレインは誰よりも早くファインの気配に気付くとそちらに目を向けた。
しかしファインは今にも泣き出しそうな顔で俯いており、レインは目の色を変えるとすぐさまファインの元に駆け出した。
「ファイン!!」
手首を解放してファインから離れて行くシェイドには目もくれずレインはファインの傍に走り寄り、シェイドも何も言わずただ黙ってブライトの傍に歩み寄る。
「ブライト」
「あ、シェイド。どうしたの?怖い顔してるけど・・・」
「話がある」
明らかに不機嫌そうな表情のシェイドに、内心「何かしただろうか?」と焦りながらブライトは事の顛末を聞かされるのだった。
一方でレインは俯いたままのファインの顔を心配そうに覗き込みながら尋ねる。
「どうしたの、ファイン?何かあったの?」
「・・・」
「ファイン?」
ファインは震える両の拳をグッと握り締めて沈黙する。
真っ赤な瞳からは涙が今にも零れ落ちそうで、拳を握り締めたのは泣くのを我慢していたからだと察する。
そんなファインを慰めるようにミルキーが頭をポンポンと撫でるように叩き、見かねたプーモが代わって説明をした。
「実は先程、ファイン様はシェイド様と喧嘩をされたのでプモ」
「喧嘩?シェイドと?何があったの?」
「それが僕達も途中から見たので詳細はなんとも・・・」
「・・・・・・レイン」
それまで黙っていたファインが俯いたまま固い声で口を開く。
「なぁに?ファイン?」
「・・・アルテッサを呼んできて・・・大切な事、話さなくちゃいけないの・・・」
「大切な事?」
「うん・・・そこで喧嘩した訳も話すから・・・」
それだけ言うとファインは背を向けてミルキーと一緒に余り物を食べていたカーテンの裏に歩いて行ってしまう。
「あ、ファイン!」
レインの呼び止める声にも反応せず、ファインはその身をカーテンの裏に隠した。
「ファイン様は僕とミルキー様が見ているでプモ。レイン様、アルテッサ様をお呼びいただけないでプモか?」
「分かったわ。すぐに呼んで来るからファインの事頼むわね」
ただならぬ事態だと理解したレインは真面目な顔で頷くとすぐにアルテッサを呼んでカーテンの裏に連れて行くのだった。
「それで?大切な話って何ですの?」
レインに呼ばれたアルテッサはカーテンの裏にやって来たものの、ファインの様子が明らかにおかしい事に驚いた。
いつもの元気溌剌な姿とは打って変わって、今にも泣き出しそうな頼りない姿。
何があったのかとレインに目で聞いてもレインも分からないと言った様子で首を横に振るだけ。
これでは埒があかないと思い、アルテッサはとりあえず本題を尋ねた次第である。
ファインは一回グスッと鼻を啜るとポツポツと語り始めた。
「・・・ワゴン、片付けに行ったら・・・怪しい人影を見たの・・・」
「怪しい人影?」
「それで・・・シェイド達と隠れて見てたら泥棒が二人いて、近くの部屋に入って行ったの・・・」
「まぁ、泥棒ですって!?」
「それでどうなったの?」
「・・・シェイドがやっつけた・・・でも、泥棒はもう一人いて・・・武器を持ってて・・・アタシ、慌ててシェイドを助けに行ったんだ・・・」
あの時、ファイン達が部屋に隠れて様子を窺っていた時、廊下の奥か別の部屋に潜んでいたのだろう、三人目の泥棒がシェイドの後に入って行ったのだ。
手に持たれていた警棒を見逃さなかったファインはシェイドに危機が迫っているのを察知するといてもたってもいられず部屋を飛び出した。
そしてシェイドを守ろうと無我夢中で男に飛びついたのである。
その時の光景が目に浮かんでレインとアルテッサの顔が青くなる。
「そ、それでどうなりましたの?」
「ファインもシェイドも大丈夫だったの?怪我はしてない?」
「・・・シェイドが三人目の泥棒もやっつけてくれたから大丈夫だったよ・・・でも、シェイドが何してるんだって怒鳴って・・・」
「「あ・・・」」
「それでアタシ・・・頭にきて・・・つい、喧嘩になっちゃって・・・」
その時の状況を語るファインの声に涙が滲んで来て泣き出しそうなのを悟ったレインはそっとファインを抱き寄せると震える背中をあやすように優しくポンポンと叩いた。
「シェイドがまた怒鳴ったのね・・・」
レイン達の脳裏に、レインの為に、孤独なブライトの為に単身ブライトに会いに行ったファインを怒鳴ったシェイドの姿が思い出される。
普段がクールなだけに怒りで感情が爆発した時の勢いと気迫は凄まじいものがある。
今回もきっとあの時と同じ勢いで怒鳴ったのだろうし、怒る理由も気持ちも分かる。
それでもやっぱり怒鳴る事はないだろうとレインは溜息を吐く。
勿論ファインの爆発ポイントはそこではないのだろうが、威力を高める火薬にはなっただろう。
内心でシェイドに呆れていると今度は悔しさの色も滲ませながらファインが続ける。
「それから・・・強く手首を引っ張られて・・・凄く痛かった・・・」
「手首を?ちょっと見せてみて?」
ファインは無言で頷くとレインから離れ、右腕の薄っすらと赤みがかったパーティーグローブをそっと外した。
途中まで白い肌が続いていたが手首に差し掛かった所で真っ赤な肌が姿を現し、強く痕として残っていてレイン達は驚きに目を見開く。
「大変!真っ赤よ!」
「プリンスシェイドったら・・・何もここまでする事ありませんのに・・・」
「バブバブバブ・・・バブゥ・・・」
「ううん、ミルキーが謝る事ないよ。アタシは大丈夫だから気にしないで。それよりごめんね?ミルキーは赤ちゃんだからアタシもミルキーを守らなきゃいけないのに離れて」
「バブバブバブバ、バブブ」
「そっか・・・そうだよね、アタシ達はプリンセスだから対等だよね。でもプーモがいたから怖くなかったでしょ?プーモはいざという時は凄いんだよ」
弱々しく必死に笑顔を浮かべようとするファインの姿にミルキーは胸を痛める。
プーモはプーモで全身でしょげてみせながらレインに謝罪をする。
「レイン様、申し訳ないでプモ。ファイン様を追いかけたかったのですがミルキー様をお守りせねばならなかった故・・・」
「いいのよ、プーモ。それよりミルキーの傍を離れず守ったのはとても立派よ。流石はプーモね」
「お褒めの言葉、痛み入るでプモ・・・」
「ファイン、メイドに頼んで湿布や氷嚢を持ってこさせましょうか?まだ痛むでしょう?」
「ありがとう、アルテッサ。でもいいよ。そんな事したらまたシェイドが不機嫌になるだろうし」
泣きそうな声は滲まなくなったものの、代わりに少し拗ねたような声色が顔を出して来た。
レイン達と話して少し落ち着きを取り戻したのだろうが代わりに面倒な方向に行きそうだと誰もが予想した。
とはいえ、ファインが落ち着いてきた事に変わりはなく、レインはファインから視線を外すとアルテッサを見て言った。
「アルテッサ、ファインは私が見ておくわ。だからアルテッサはブライト様と泥棒が入った事について話してきて?ブライト様もきっとシェイドから話を聞いてると思うから」
「ええ、分かりましたわ。宜しく頼みますわよ。それからファイン」
「なぁに?」
「危険を冒した事は感心しないけど、それでも泥棒を退治してくれてありがとう。心から感謝しますわ」
ニッコリと素直に感謝の言葉を述べるアルテッサにファインは小さく笑って「どういたしまして」と言葉を返した。
それからアルテッサは「それじゃあ失礼しますわね」と言葉を残してカーテンの向こうに出て行った。
残されたファインがパーティーグローブを嵌め直しているとレインがやんわりと咎めるようにして口を開く。
「ファイン、シェイドを守りたかったのは分かるけど自分がどれだけ危険な事をしたかは分かっているわよね?」
「うん・・・ごめんなさい。でも―――」
「この間も言ったけどファインが無茶をして怪我をしてもシェイドは笑顔にならないのよ」
「じゃあ見捨てれば良かったの?」
「そうは言ってないでしょ?要はやり方を変えればいいのよ。敵の隙を作るならイヤイヤダンスを踊って注意を逸らすとか!」
「あのー、レイン様?」
「そっか!突然のイヤイヤダンスで相手を驚かせればいいんだね!?流石レイン!」
「ファイン様?何を納得してるでプモ?」
「やっぱりイヤイヤダンスは無敵だね!」
「当然よ!なんてったって私達が生れて初めて踊った最初のダンスなんだから!」
「あんなダンスが生れて初めて最初に踊ったダンスとは情けない限りでプモ・・・」
「バブバブ~!」
イヤイヤダンスで盛り上がるふたご姫にプーモは痛む頭を抑え、明るくなった空気にミルキーは嬉しそうにはしゃぐ。
そこで漸くファインがいつものを笑顔を取り戻したのに気付いてレインは安心したように笑う。
「やっと笑顔になったわね、ファイン。泣いたらどうしようかと思ったわ」
「えへへ、ありがとう、レイン。もう大丈夫だよ」
「どうする?シェイドの所に行って改めて話をする?」
「・・・いい。アタシまだ怒ってるもん・・・手首もまだ痛いし・・・」
シェイドの名前を出すと途端にファインは笑顔を引っ込め、また小さく俯いてしまう。
イヤイヤダンスの話で一時的に気が紛れただけでどうやら怒りはまだ健在のようだ。
これは長期戦が予想されるだろう。
「バァブ・・・」
「ごめんね、ミルキー。これはアタシとシェイドの問題だから。それよりもミルキーは大丈夫?アタシの所為でシェイドと気まずくならない?」
「バブバブ、バブバブバブ」
「そっか、平気ならいいんだ。シェイドはミルキーには優しいもんね。勿論これは嫌味じゃないよ」
言ってファインは複雑そうに笑う。
その表情に何と返していいか分からず、ミルキーは「ゥゥ・・・」と小さく言葉にならない言葉を漏らすしか出来なかった。
「痛いならやっぱりメイドさんにお願いして冷やせる物を用意してもらう?」
「ううん、いいよ。それよりもレインに手を握って欲しいなぁ」
「こう?」
レインはいつもそうするようにファインの右手をぎゅっと優しく握った。
するとファインは春が訪れたように柔らかく微笑んだ。
「えへへ、アタシ、レインに手を握ってもらうの好きなんだよねぇ。レインの手はね、あったかくて柔らかくて嬉しくて安心するんだぁ」
「私もファインの手を握るの好きよ。あったかくて優しくて元気が出て何でも出来るっていう気持ちになれるの」
「「えへへ!!」」
ファインとレインはお互いに笑い合うと強く手を握り合った。
レインの手の温かさにファインは右手首の痛みが和らいで紛れていくのを感じるのだった。
続く
アーロン王の開催宣言と共に音楽と拍手がホールに木霊する。
「今回は各国のプリンス・プリンセス達が協力をして様々なスイーツを作りました。どうぞご堪能ください」
スイーツを覆い隠していた布が外されて驚きと感動の声がホールにひしめく。
大小様々な形の宝石のような輝きと煌めきを放つケーキやゼリーやババロアなどのスイーツ群、香ばしく可愛らしい見た目の焼き菓子の数々。
まるで宝の山のようなその光景に誰もが目を奪われ魅了された。
予想以上の反響にアルテッサは勿論、他のプリンセスやプリンス達も大満足だった。
さて、ここからプリンセスとプリンス達は来賓をもてなしつつ歓談となり、自分達で用意したスイーツも食べられない事はないのだがあくまでメインで食べるのは参加者達であってプリンセスとプリンス達はあまり食べない方向となっている。
しかしそうは言っても食欲旺盛な二人のプリンセスには我慢出来ないものがある訳で。
「ケーキ・・・」
「バーブ・・・」
「クッキー・・・」
「バブブー・・・」
「マカロン・・・」
「バブブン・・・」
参加者達の持つ皿に次々と盛られていくスイーツを穴が開くほど見つめるファインとミルキー。
二人は両手をぐっと握ってスイーツに飛びつくのを我慢していたが果たしてこの我慢はいつまで持つのやら。
相変わらずな妹達に姉であり兄であるレインとシェイドは呆れたように溜息を吐く。
プーモもレインの隣で項垂れて全身で呆れを表現した。
「呆れましたわ。やっぱりスイーツに釘付けになってるのね」
「あ、アルテッサ」
同じく溜息を吐きながらアルテッサがやってきてレインの隣に立つ。
にも関わらずファインとミルキーはスイーツの並ぶテーブルに熱視線を注いでいる。
夢中になり過ぎて気付いていないのだろうその姿にアルテッサは「全く・・・」と呟くとステージ中央から見て右手にある扉の横のカーテンを指差して言った。
「こんな事もあろうかとさっきのお菓子作りで余った材料をあのカーテンの裏に用意しておきましたわ。それでも食べてお腹を満たしておもてなしに参加なさい」
「本当!?アルテッサ!!?」
「バブブイ!!?」
光の速さで反応して迫って来たファインとミルキーにアルテッサはたじろぎながらも「え、ええ・・・」と頷く。
「ワゴンに乗せてあるから好きなだけ食べなさい。食べ終わったらワゴンは扉の外のどこか適当な所に置いてくれて構いませんわ」
「ありがとうアルテッサ!!」
「バブバブー!!」
ぶんぶんとアルテッサの手を強く握って上下に振るとファインとミルキーは残像が見えそうな程の速さでカーテンの裏に隠れた。
それを見てレインは苦笑いを浮かべ、プーモとシェイドはまた溜息を吐く。
「ありがとう、アルテッサ。助かるわ」
「余り物が片付く上に食いしん坊のはしたない姿を晒すのを防げて一石二鳥ですわ」
「僕はファイン様とミルキー様が暴走しないように見張って来るでプモ」
「あの二人相手じゃ手が余るだろうから俺も行こう」
「かたじけないでプモ」
「頼みましたわよ。レイン、私達はお兄様達のお手伝いをしましょう」
「ええ、そうね」
そこで四人は別れ、プーモとシェイドはカーテンの裏に、レインとアルテッサはブライト達の元に移動するのだった。
プーモとシェイドが真っ赤なベロアのカーテンの端から中に入るとそこには小さいながらも数人が屯ろする余裕のある空間があり、二台置かれたワゴンの前でファインとミルキーが一心不乱に果物やクッキーを食べていた。
「美味しい~!やっぱり宝石の国で用意される果物は最高だね~!」
「バブバブ~!」
「ほらほら、静かにするでプモ。他の人に聞かれたら恥ずかしいでプモよ」
「あ、プーモにシェイド。アタシ達の事は心配しないでお話して来ていいよ?」
「口の端にチョコレート付けてる奴に言われても説得力ないな」
「うそっ!?付いてる!?」
「バブブ!?」
手鏡などはなく、ならばとファインとミルキーはお互いの顔を見ると声を上げてチョコが付着している箇所を指差した。
すると二人は慌てて懐からハンカチを取り出し、お互いの口の端を拭った。
チョコは見事に拭き取られ、二人は安心すると再び食べ物に手を伸ばしていく。
そんな中、ファインはイチゴをパクっと一口で食べながらシェイドを見て小さく笑いながらからかう。
「シェイド、もしかしてまた応対するのが面倒でこっちきた?」
「否定はしないが一番はお前達二人が何かやらかさないか見張りに来たんだ。それより生意気な事言っていないで早く食べろ」
「はーい」
能天気な返事をしてファインはバナナにチョコを付けて一口で食べる。
ミルキーと一緒になって頬を抑えながら甘い幸せに浸る姿は見ていていっそこちらが感心してしまうほど。
たったこれだけの果物やお菓子でこんなにも幸せを感じられるのは小さくも大切な事だろう。
『幸せ』というのは人の心を豊かにし、豊かな心は前向きで懐の広い思考をもたらす。
案外、ふしぎ星が闇に包まれそうになっても最後まで諦めなかった心があったのはファインとレインがそうした一つ一つの事に幸せを感じて心が豊かだったからなのかもしれない。
(だからと言って能天気なのは困るがな)
シェイドは苦笑すると「ごちそうさまでした!」とファインと一緒に手を合わせてごちそうさまの挨拶をしたミルキーの傍に寄り、口元のチョコやクリームをハンカチで拭ってあげた。
「食べ終わったなら片付けてさっさと戻るぞ。パーティーの最初から最後まで離席は流石にマズいからな」
「はーい」
ファインもハンカチで自分の口周りを拭うとワゴンの把手を掴んで片付ける用意をした。
「ミルキーはどうする?会場に残っててもいいぞ」
「バブバブバァ~!」
「そうか、お兄様達と一緒に片付けをするか。いい子だ」
「みんなで一緒に行くでプモ」
「うん!」
ファインとシェイドがワゴンをそれぞれ一台ずつ押し、その後ろをプーモとミルキーが着いて行く。
四人は人知れずこっそりとすぐ近くの扉から会場を出ると静かな廊下をワゴンを押して歩いた。
アルテッサは適当な所に置いていいとは言ったが流石に入り口出てすぐの所に放置しておく訳にもいかず、結局厨房まで運ぼうという事になった。
そうして四人がレッドカーペットの上を歩いて分かれ道に差し掛かった時のこと。
「あれ?」
ファインは視界の端に一瞬だけ蠢いた影を捉えるとピタッと足を止め、進行方向の左手側に伸びる廊下を見つめる。
廊下には半円状で柱が一定間隔に突き出しており、その柱の間にはいくつかの扉があった。
しかし廊下はしんと静まり返っていて人の影はない。
一歩先を進みかけたシェイドはファインが足を止めたのに気付くと同じように己も足を止め、ファインの方を見て尋ねた。
「どうした?」
「今なんか、誰かいたような・・・」
「誰か?」
「うん。一瞬で分かんなかったけど」
「気のせいじゃないでプモか?」
「・・・」
プーモの意見を肯定せず、シェイドはじっとファインを見つめる。
ファインは勘が良い。
第一回目のプリンセスパーティーで物陰に隠れていたシェイドの視線に唯一気が付いたのがファインだ。
他にも何か物を目敏く見つけたり気付いたりもしていて、レイン曰く野生の勘が鋭いらしい。
普段の言動が能天気であるが故にレイン以外にはあまり信用されていないのだが実はシェイドも密かにファインの勘の良さに信頼を寄せていた。
何故ならそういった勘の良さや気配などといったものをシェイドも持ち合わせており、それは大体ファインと一致する事が多いからだ。
今もそう、ファインの見ている左手側の廊下に視線を送ると何故だか胸騒ぎのような居心地の悪さを覚える。
シェイドは小さな声でファイン達に「ここにいろ」と指示すると左手側の廊下の一番手前にある扉を音を立てずに開けた。
扉の向こうは簡単な執務スペースとなっており、執務用の机とそれの前に二つのソファを挟んで小さなテーブルが置かれているだけだった。
シェイドは警戒しながらその中に入ると怪しい人間がいないかチェックをする。
(異常は・・・ないな)
簡単に人が隠れられるスペースなどを見て誰もいないのを確認するとシェイドは扉から顔を出し、片手で口元に人差し指を立てるともう片方の手でファイン達を手招きした。
それが静かにこっちへ来い、という意味だと察するとファイン達は用心するように口元を手で覆いながらなるべく足音を立てずにシェイドが確認した部屋に入って行った。
シェイドは全員が部屋に入ったのを確認すると僅かに扉を閉めて―――
「よし、ワゴンはこの辺に置いてそろそろ会場に戻るか」
と、わざとらしく廊下に向かって言葉を放った。
それから素早く音を立てないように外を窺える隙間が出来るギリギリまで扉を閉める。
「シェイド・・・?」
「しっ、静かに・・・」
先程と同じように口元に人差し指を立てて鋭い瞳でシェイドが牽制するとファインは大人しく頷いてシェイドと同じように扉の隙間から廊下を窺った。
すると―――
(あ・・・!)
斜め向かいの扉に黒い服を着た怪しい二人の男が周囲を警戒しながら入って行くの見てファインは心の中で声を上げる。
それはプーモとミルキーも同様で、驚いたように静かに瞳を見開く。
一方でシェイドは心の中で「当たったか」と呟いてファインの勘の良さにまた一つ信頼を寄せた。
平和になったとはいえ、いつ何が起こるか分からない。
緊急時に備えて携帯しておいて良かったと内心自分を褒めながらシェイドは懐から愛用の鞭を取り出し、ファイン達を見て言う。
「俺はあいつらを仕留めて来る。お前達はそれまでここに隠れてろ。もしも何かあったら大声を出して逃げるんだ。いいな?」
「分かった」
「バブ」
「プーモ、ファインとミルキーを頼んだぞ」
「お任せください!ファイン様とミルキー様はこのプーモが命に代えてもお守りしますでプモ!」
胸を張ってドンと叩くプーモに頷いてシェイドは扉の外を警戒するように一度見やってから素早く廊下に出るとなるべく足音を立てずに怪しい男達が入って行った部屋に向かった。
その様子をファインとミルキーとプーモが扉の隙間から見守る。
「そこまでだ!ここで何をしている!」
間を置かずしてシェイドの厳しい声が斜め向かいの部屋から響き渡る。
男達の同様する声も微かに聞こえたがその直後に空を切る音と男達を弾くような音が耳に届いた。
恐らくシェイドが鞭を振るったのだろう。
シェイドは強いので簡単に片付いただろうとプーモとミルキーが安堵の息を漏らしかけたその時―――
「大変大変!」
ファインがいつもの口癖を叫んで飛び出して行ってしまった。
「ファイン様!?」
「バブ!?」
「大した事はなかったな」
スイッチを押して鞭を収縮させて懐にしまうとシェイドは沈めた男達が被っている黒のマスクを乱暴に引き抜いた。
「コイツらは・・・!」
「おらぁああああああ!!!」
「何っ!?」
倒れた男達に気を取られて背後にもう一人敵が迫っている事に気付かずシェイドは不意を突かれてしまう。
しまった、と思った時には何もかもが遅く、鞭を取り出すにしても男が振り上げた警棒のような物が振り下ろされる方が速い。
本能で咄嗟に両腕でガードの体勢を取ったその時―――
「ダメーーー!!」
突然、ファインが絶叫を部屋中に響かせながら男に飛びついて来た。
「ファイン!?」
シェイドが驚きに目を見開くと同時に突然飛びつかれて体勢を崩した男はファインと共に床に盛大に倒れた。
体を強く地面に叩きつけて男は呻いたが何とか上半身を起き上がらせる。
立ち上がろうともしたが片足にファインがしがみついててそれは適わなかった。
「シェイドを傷付けないで!!」
「クソッ、離れろ!!」
振り払おうと足を動かしてもファインはがっちりしがみついたまま離れないので男は手に握っていた警棒をファインの頭めがけて勢いよく振り下ろそうとする。
「ハッ!」
しかしその直前でシェイドの重たい蹴りが思いっきり男の顔面に入り、真後ろの本棚に頭を打ち付けた男はそのまま気を失ってゴロンと警棒を取りこぼした。
男が動かなくなったのを察したファインは恐る恐る必死に閉じていた目を開けて男の様子を確認するとゆっくりと男の足から離れた。
「ふぅ、良かったぁ。シェイド、だいじょう―――」
「何を考えているんだお前は!!」
座り込んでホッと一息吐こうとしたファインにシェイドが城中に響き渡るのではないかと思うくらい腹の底から怒鳴り声を上げた。
その怒声に驚きの表情でファインは固まるが構わずにシェイドは続ける。
「自分が何をしたか分かっているのか!?どれだけ危険な事をしたと思っているんだ!!」
「・・・だって・・・悪い人がもう一人隠れてて・・・シェイドが危ないと思ったから・・・」
「だからってもっと他に方法はあっただろ!お前はいつもそうだ!他人の事ばかり気にして危険に飛び込んで自分を大切にしない!もう少し頭を働かせたらどうだ!!」
「・・・・・・シェイドに言われたくないよ・・・」
僅かに俯いてファインは体を震わせると拳を握り、勢いよく顔を上げてキッとシェイドを睨み上げた。
それはシェイドが今までに見た事のない強くて厳しく責めるような険しい表情だったがそれでシェイドが怯む事はなかった。
ファインは立ち上がると真っ直ぐにシェイドを射抜きながら負けじと捲し立てる。
「シェイドだっていつも自分の事大切にしてないじゃん!怪我しても隠したり何でもないって言って誤魔化してさ!そんな人に自分を大切にしろとか頭を働かせろとか言われたくないよ!!」
「俺は体を鍛えている上に危険な事には慣れている!多少の怪我なんて大した事はない!さっきのも腕を痛める程度で済んだ筈だ!!」
「さっきのが!?絶対そんな事ないよ!大怪我してたに決まってるよ!!」
「大怪我をしてたのはお前だろ!頭に直撃する所だったんだぞ!?」
「それはシェイドだってそうだよ!!」
「俺は腕を痛める程度だった!!」
「絶対にそうだって言える!?100%大丈夫だったって言える!?」
「言えるぞ!これで気は済んだか!?」
「シェイドのバカ!!」
「バカはお前だろ!!」
「な、何事でプモ!?」
「バブ!?」
二人の怒号の応酬を聞きつけてプーモとミルキーが慌てて駆け付ける。
部屋の中では黒い服を着た三人の男が気を失って倒れており、その男達の傍で怒りに満ちた表情のシェイドと瞳に涙を溜めて今にも泣きだしそうなファインが互いに睨み合っていた。
まさに修羅場と言うに相応しい状況にプーモとミルキーがオロオロしていると廊下の方から騒々しい足音が聞こえて来た。
「何事でございますか!?」
「こ、これは一体・・・!?」
やって来たのは騒ぎを聞きつけた衛兵達だった。
部屋の惨状を目の当たりにして戸惑う彼らにシェイドは王子としての立ち振る舞いに空気を切り替えると状況説明を始める。
「ここに倒れている者達は賊だ。パーティーに乗じて盗みを働こうとしていた」
「何と!?」
「今すぐこの者達の捕縛とアーロン王への報告を。だが、今は大事なパーティーの最中なのでなるべく騒ぎ立てないように。プリンスブライトとプリンセスアルテッサには僕達の方から伝える」
「ハッ、かしこまりました。シェイド様、賊の討伐、感謝致します」
「いえ。では、僕達は会場に戻ります―――行くぞ」
最後の言葉はファインの耳元で、先程の衛兵達と話していたような落ち着いた声音ではなく、地の底から響くような低い声で囁いた。
それと同時にファインは右手首を強く握られて殆ど引っ張られるようにして部屋の外に連れ出される。
「ミルキー達もおいで」
シェイドに促され、ミルキーとプーモはハラハラした様子で二人の後ろを着いて行く。
ピリピリと張り詰めた空気にミルキーもプーモも何と言っていいか分からず、ただただ見ている事しか出来ない。
そんな中、沈黙を破ったのはファインの抵抗する声だった。
「ねぇ!放してよ!痛いってば!」
振り解こうとしてもシェイドの手が放される事は決してなかった。
「放して!!」
「少し黙ってろ」
ドスの効いた声と共にファインの手首がいっそう強く握られる。
骨が折れるんじゃないかと思うくらい強いその握力にファインは苦痛で顔を歪め、目の端に涙を溜めるとそっぽを向いてそれきり喋らなくなった。
シェイドの暴力的ともとれる振る舞いにミルキーとプーモは諌めようかと思ったがあまりにもシェイドの機嫌が悪く、下手に刺激してはまたファインに被弾し兼ねると判断して沈黙するほかなかった。
気不味い空気の中、漸く賑やかな会場に到着して一番安心したのはミルキーとプーモだった。
「ファイン?」
アルテッサやミルロと談笑していたレインは誰よりも早くファインの気配に気付くとそちらに目を向けた。
しかしファインは今にも泣き出しそうな顔で俯いており、レインは目の色を変えるとすぐさまファインの元に駆け出した。
「ファイン!!」
手首を解放してファインから離れて行くシェイドには目もくれずレインはファインの傍に走り寄り、シェイドも何も言わずただ黙ってブライトの傍に歩み寄る。
「ブライト」
「あ、シェイド。どうしたの?怖い顔してるけど・・・」
「話がある」
明らかに不機嫌そうな表情のシェイドに、内心「何かしただろうか?」と焦りながらブライトは事の顛末を聞かされるのだった。
一方でレインは俯いたままのファインの顔を心配そうに覗き込みながら尋ねる。
「どうしたの、ファイン?何かあったの?」
「・・・」
「ファイン?」
ファインは震える両の拳をグッと握り締めて沈黙する。
真っ赤な瞳からは涙が今にも零れ落ちそうで、拳を握り締めたのは泣くのを我慢していたからだと察する。
そんなファインを慰めるようにミルキーが頭をポンポンと撫でるように叩き、見かねたプーモが代わって説明をした。
「実は先程、ファイン様はシェイド様と喧嘩をされたのでプモ」
「喧嘩?シェイドと?何があったの?」
「それが僕達も途中から見たので詳細はなんとも・・・」
「・・・・・・レイン」
それまで黙っていたファインが俯いたまま固い声で口を開く。
「なぁに?ファイン?」
「・・・アルテッサを呼んできて・・・大切な事、話さなくちゃいけないの・・・」
「大切な事?」
「うん・・・そこで喧嘩した訳も話すから・・・」
それだけ言うとファインは背を向けてミルキーと一緒に余り物を食べていたカーテンの裏に歩いて行ってしまう。
「あ、ファイン!」
レインの呼び止める声にも反応せず、ファインはその身をカーテンの裏に隠した。
「ファイン様は僕とミルキー様が見ているでプモ。レイン様、アルテッサ様をお呼びいただけないでプモか?」
「分かったわ。すぐに呼んで来るからファインの事頼むわね」
ただならぬ事態だと理解したレインは真面目な顔で頷くとすぐにアルテッサを呼んでカーテンの裏に連れて行くのだった。
「それで?大切な話って何ですの?」
レインに呼ばれたアルテッサはカーテンの裏にやって来たものの、ファインの様子が明らかにおかしい事に驚いた。
いつもの元気溌剌な姿とは打って変わって、今にも泣き出しそうな頼りない姿。
何があったのかとレインに目で聞いてもレインも分からないと言った様子で首を横に振るだけ。
これでは埒があかないと思い、アルテッサはとりあえず本題を尋ねた次第である。
ファインは一回グスッと鼻を啜るとポツポツと語り始めた。
「・・・ワゴン、片付けに行ったら・・・怪しい人影を見たの・・・」
「怪しい人影?」
「それで・・・シェイド達と隠れて見てたら泥棒が二人いて、近くの部屋に入って行ったの・・・」
「まぁ、泥棒ですって!?」
「それでどうなったの?」
「・・・シェイドがやっつけた・・・でも、泥棒はもう一人いて・・・武器を持ってて・・・アタシ、慌ててシェイドを助けに行ったんだ・・・」
あの時、ファイン達が部屋に隠れて様子を窺っていた時、廊下の奥か別の部屋に潜んでいたのだろう、三人目の泥棒がシェイドの後に入って行ったのだ。
手に持たれていた警棒を見逃さなかったファインはシェイドに危機が迫っているのを察知するといてもたってもいられず部屋を飛び出した。
そしてシェイドを守ろうと無我夢中で男に飛びついたのである。
その時の光景が目に浮かんでレインとアルテッサの顔が青くなる。
「そ、それでどうなりましたの?」
「ファインもシェイドも大丈夫だったの?怪我はしてない?」
「・・・シェイドが三人目の泥棒もやっつけてくれたから大丈夫だったよ・・・でも、シェイドが何してるんだって怒鳴って・・・」
「「あ・・・」」
「それでアタシ・・・頭にきて・・・つい、喧嘩になっちゃって・・・」
その時の状況を語るファインの声に涙が滲んで来て泣き出しそうなのを悟ったレインはそっとファインを抱き寄せると震える背中をあやすように優しくポンポンと叩いた。
「シェイドがまた怒鳴ったのね・・・」
レイン達の脳裏に、レインの為に、孤独なブライトの為に単身ブライトに会いに行ったファインを怒鳴ったシェイドの姿が思い出される。
普段がクールなだけに怒りで感情が爆発した時の勢いと気迫は凄まじいものがある。
今回もきっとあの時と同じ勢いで怒鳴ったのだろうし、怒る理由も気持ちも分かる。
それでもやっぱり怒鳴る事はないだろうとレインは溜息を吐く。
勿論ファインの爆発ポイントはそこではないのだろうが、威力を高める火薬にはなっただろう。
内心でシェイドに呆れていると今度は悔しさの色も滲ませながらファインが続ける。
「それから・・・強く手首を引っ張られて・・・凄く痛かった・・・」
「手首を?ちょっと見せてみて?」
ファインは無言で頷くとレインから離れ、右腕の薄っすらと赤みがかったパーティーグローブをそっと外した。
途中まで白い肌が続いていたが手首に差し掛かった所で真っ赤な肌が姿を現し、強く痕として残っていてレイン達は驚きに目を見開く。
「大変!真っ赤よ!」
「プリンスシェイドったら・・・何もここまでする事ありませんのに・・・」
「バブバブバブ・・・バブゥ・・・」
「ううん、ミルキーが謝る事ないよ。アタシは大丈夫だから気にしないで。それよりごめんね?ミルキーは赤ちゃんだからアタシもミルキーを守らなきゃいけないのに離れて」
「バブバブバブバ、バブブ」
「そっか・・・そうだよね、アタシ達はプリンセスだから対等だよね。でもプーモがいたから怖くなかったでしょ?プーモはいざという時は凄いんだよ」
弱々しく必死に笑顔を浮かべようとするファインの姿にミルキーは胸を痛める。
プーモはプーモで全身でしょげてみせながらレインに謝罪をする。
「レイン様、申し訳ないでプモ。ファイン様を追いかけたかったのですがミルキー様をお守りせねばならなかった故・・・」
「いいのよ、プーモ。それよりミルキーの傍を離れず守ったのはとても立派よ。流石はプーモね」
「お褒めの言葉、痛み入るでプモ・・・」
「ファイン、メイドに頼んで湿布や氷嚢を持ってこさせましょうか?まだ痛むでしょう?」
「ありがとう、アルテッサ。でもいいよ。そんな事したらまたシェイドが不機嫌になるだろうし」
泣きそうな声は滲まなくなったものの、代わりに少し拗ねたような声色が顔を出して来た。
レイン達と話して少し落ち着きを取り戻したのだろうが代わりに面倒な方向に行きそうだと誰もが予想した。
とはいえ、ファインが落ち着いてきた事に変わりはなく、レインはファインから視線を外すとアルテッサを見て言った。
「アルテッサ、ファインは私が見ておくわ。だからアルテッサはブライト様と泥棒が入った事について話してきて?ブライト様もきっとシェイドから話を聞いてると思うから」
「ええ、分かりましたわ。宜しく頼みますわよ。それからファイン」
「なぁに?」
「危険を冒した事は感心しないけど、それでも泥棒を退治してくれてありがとう。心から感謝しますわ」
ニッコリと素直に感謝の言葉を述べるアルテッサにファインは小さく笑って「どういたしまして」と言葉を返した。
それからアルテッサは「それじゃあ失礼しますわね」と言葉を残してカーテンの向こうに出て行った。
残されたファインがパーティーグローブを嵌め直しているとレインがやんわりと咎めるようにして口を開く。
「ファイン、シェイドを守りたかったのは分かるけど自分がどれだけ危険な事をしたかは分かっているわよね?」
「うん・・・ごめんなさい。でも―――」
「この間も言ったけどファインが無茶をして怪我をしてもシェイドは笑顔にならないのよ」
「じゃあ見捨てれば良かったの?」
「そうは言ってないでしょ?要はやり方を変えればいいのよ。敵の隙を作るならイヤイヤダンスを踊って注意を逸らすとか!」
「あのー、レイン様?」
「そっか!突然のイヤイヤダンスで相手を驚かせればいいんだね!?流石レイン!」
「ファイン様?何を納得してるでプモ?」
「やっぱりイヤイヤダンスは無敵だね!」
「当然よ!なんてったって私達が生れて初めて踊った最初のダンスなんだから!」
「あんなダンスが生れて初めて最初に踊ったダンスとは情けない限りでプモ・・・」
「バブバブ~!」
イヤイヤダンスで盛り上がるふたご姫にプーモは痛む頭を抑え、明るくなった空気にミルキーは嬉しそうにはしゃぐ。
そこで漸くファインがいつものを笑顔を取り戻したのに気付いてレインは安心したように笑う。
「やっと笑顔になったわね、ファイン。泣いたらどうしようかと思ったわ」
「えへへ、ありがとう、レイン。もう大丈夫だよ」
「どうする?シェイドの所に行って改めて話をする?」
「・・・いい。アタシまだ怒ってるもん・・・手首もまだ痛いし・・・」
シェイドの名前を出すと途端にファインは笑顔を引っ込め、また小さく俯いてしまう。
イヤイヤダンスの話で一時的に気が紛れただけでどうやら怒りはまだ健在のようだ。
これは長期戦が予想されるだろう。
「バァブ・・・」
「ごめんね、ミルキー。これはアタシとシェイドの問題だから。それよりもミルキーは大丈夫?アタシの所為でシェイドと気まずくならない?」
「バブバブ、バブバブバブ」
「そっか、平気ならいいんだ。シェイドはミルキーには優しいもんね。勿論これは嫌味じゃないよ」
言ってファインは複雑そうに笑う。
その表情に何と返していいか分からず、ミルキーは「ゥゥ・・・」と小さく言葉にならない言葉を漏らすしか出来なかった。
「痛いならやっぱりメイドさんにお願いして冷やせる物を用意してもらう?」
「ううん、いいよ。それよりもレインに手を握って欲しいなぁ」
「こう?」
レインはいつもそうするようにファインの右手をぎゅっと優しく握った。
するとファインは春が訪れたように柔らかく微笑んだ。
「えへへ、アタシ、レインに手を握ってもらうの好きなんだよねぇ。レインの手はね、あったかくて柔らかくて嬉しくて安心するんだぁ」
「私もファインの手を握るの好きよ。あったかくて優しくて元気が出て何でも出来るっていう気持ちになれるの」
「「えへへ!!」」
ファインとレインはお互いに笑い合うと強く手を握り合った。
レインの手の温かさにファインは右手首の痛みが和らいで紛れていくのを感じるのだった。
続く