ピースフルパーティーと虹の蜜 第三章~宝石の国~
七色貝の第二の工程を終えたファインはアルテッサにバナナパウンドケーキのレシピを書いてもらうべく、宝石の国の王宮に訪れていた。
宝石の国らしい宝石をふんだんにあしらった煌びやかな廊下を歩いていた時の事。
「やぁ、レイン、ファイン、アルテッサ」
用事を済まして帰って来たブライトとばったり出くわした。
「あら、お兄様」
「ブライト様!!」
「あ、ブライト」
「三人共揃ってどうしたんだい?ファインもその箱―――」
「こ、これは!何でもないよ!!」
「そうそう、何でもないの!」
「お兄様が気にする必要はありませんわ!」
「別に悪い事をしている訳ではないのでご安心下さいでプモ!」
ファインは抱えていた桐の箱を隠すように抱きしめ、その前にレインとアルテッサとプーモが立って完全に隠す。
どうやら余程知られたくない物らしい。
生まれながらにして紳士精神が身に着いているブライトは数度瞬きをすると柔らかい笑顔を浮かべて素直に引き下がった。
「それも『女の子の秘密』かい?」
「「「そうそう!」」」
「だったら仕方ないね。あ、でも僕、ファインに話があるんだけどいいかな?」
「え?アタシ?」
「ああ、ちょっと相談したい事があるんだ。二人だけで話がしたいんだけど出来るかな?」
「いいけど、でもこれ・・・」
「私が持ってるわ。だからブライト様の相談に乗ってあげて?」
「うん、分かった。お願いね、レイン」
ファインはレインに桐の箱を渡すとそのままブライトと共に反対方向へと歩いて行った。
それを見送ってアルテッサが「私達も行きましょう」と促し、レインも頷いて桐の箱をしっかりと抱えながらアルテッサの隣を歩いた。
「お兄様ったらファインに何を相談するのかしら?」
「今度のピースフルパーティーでお菓子について話を聞いて参考にしようとしてるんじゃないかしら?ファインは色んなお菓子を食べてて詳しいし」
「でも作る物はもう決めてるし・・・ていうか、レインは気になりませんの?」
「気になるって何が?」
「お兄様がファインと二人きりでいる事よ。何か思う所があるんじゃなくて?」
「思う所・・・」
言われてレインは数秒考えたものの、すぐに笑顔になって首を横に振った。
「そんなものないわ、平気よ」
「そうなの?」
「ええ!ファインはあの通りシェイドが好きだし、ブライト様も多分それを察しているわ。それにもう前みたいにファインを追いかけているようには見えないもの」
「それは確かにそうですけれど・・・」
アルテッサはレインがブライトに好意を持っているのを知っている。
あれだけ露骨にブライトを前にして目をハートにして浮かれているのを見れば誰だって察するだろう。
しかしブライトがファインに好意を持っていると気付くのには少し時間がかかったし、意外にも思った。
最初はいつもの社交辞令やプリンスとしての礼儀で優しくしているだけだと思っていたのだが、いつからかその振る舞いに執着にも似た好意が混じっているのを知った。
ふしぎ星を巡る旅の最中でもそれは変わらず、姉妹の絆にヒビが入るのではないかとヒヤヒヤしたがそんな事は起きる事もなく安心した覚えがある。
後でプーモにこっそり聞いた話だと随分前にレインが嫉妬してファインと喧嘩してしばらく仲が悪かったそうだが、レインは反省して二度とそんな気持ちをぶつけないと約束したし、ファインは元々ブライトに異性としての好意は持ち合わせていなかったのでブライトを巡っての喧嘩はなくなったそうだ。
そうは言っても意中の男が他の女、それもふたごの片割れと二人きりのシチュエーションというのはやはり気を揉むものがあるのではないだろうか。
アルテッサはこれが自分であれば間違いなくヤキモキする自信があった。
確かにレインの言う通り、ブライトは以前のようにファインに積極的に迫る事はなくなり、他と同じように友人として適度な距離を保っている。
むしろその視線は最近レインに向いているように思えるのだが、それを知っていてレインは言っているのだろうか。
「ファインも私がブライト様の事が好きだって知ってるし大丈夫大丈夫!」
「ならいいけど・・・」
「それよりもブライト様がファインを追いかけなくなった今、私を追いかけてもらうように頑張らなくっちゃ!だからアルテッサ、ブライト様の好きなお菓子のレシピを教えて!」
(あ、これ気付いてませんわね)
ファインよりも恋愛に興味はあれどレインも大概だとアルテッサは直感した。
なんだかんだ言ってもやはりふたごの姉妹なのだと改めて思い知ってやれやれとアルテッサは溜息を吐く。
しかしこれも乗りかかった船。
アルテッサは盛大に乗船する覚悟を決める。
「お兄様の好きなお菓子はとっても難しくってよ?覚悟は宜しくて?」
「勿論よ!」
「しばらくおひさまの国では爆発音が絶えないでプモね・・・」
煤だらけになるであろうファインとレインの姿が今から目に浮かんでプーモはハンカチの準備をしようと決めるのだった。
その頃、ファインはブライトに連れられて見晴らしの良いテラスに訪れていた。
テラスから眺める宝石の国の町はおひさまの恵みを受けてキラキラと輝いており、とても贅沢な眺めだった。
もっとも、花より団子なファインにはすぐにキラキラ光る飴のようだと脳内変換されているが。
気持ちの良い風を受けながら隣に立つブライトを見上げてファインが尋ねる。
「それで相談って何?」
「うん、その前に聞きたい事もあるんだけどいいかな?」
「いいよ!聞きたい事って?」
「ファインはシェイドの事好き?」
「ええっ!!?」
予想もしていなかったド直球な質問にファインは盛大に動揺し、二、三歩程後退った。
顔なんかは真っ赤だ。
ああ、やっぱり。なんて心の中で確信しながらもブライトは追及をやめなかった。
「すまない、ちょっとデリカシーのない聞き方だったね。質問の角度を変えようか。ファインはシェイドの事、どう思う?」
「ど、どうって・・・?」
「例えば単純に優しいとか一緒にいると楽しいとかそういうプラスの感情になるとか、逆に冷たいとか近寄りがたいとかそういうマイナスの感情になるとか、かな?」
「マイナスの感情はないよ。そりゃ冷たいなって思う事もあったけどそういう事は殆どなくなったし」
「じゃあプラスの感情しかないのかな?」
「そう、だね・・・うん。そう、かな・・・」
「じゃあやっぱり好きなんだね」
「ななな何でそーいう結論になるの!?」
からかい交じりにそう結論を下せばファインは顔を真っ赤にして慌てた。
ファインはどんな時でもありのままの自分でいて、誰に対しても同じ態度だった。
それはブライトに対しても同じで、けれど唯一違った所はブライトからのダンスの誘いなどの積極的なアプローチからは逃げていた点だ。
ふしぎ星中の女性の憧れともてはやされているブライトの噂は伊達ではなく、彼がひとたび女性に声を掛ければどんな女性も顔を赤らめ、もじもじとしおらしくなって伏し目がちになる。
けれどそんな中でファインは顔を赤らめる事なくただただ戸惑ったような表情を浮かべ、手を差し出してもレインにその手を取らせて自分はその後ろに隠れてしまう。
今までにない珍しい態度を取るファインだからこそ惹かれたし、意地になって夢中で追いかけた。
彼女の気を引ける物はなんだろうと色々考えたがやはり食べ物しかなく、それを越えられる存在になるにはどうしたらいいかと悩みもした。
紆余曲折あってファインを追いかける事はしなくなったものの、それでも一つの疑問として残り続けて半分興味本位で答えを考えていた時に現れたのがシェイドだ。
ふしぎ星が救われた事を祝うパーティーで転んだファインに彼は真っ先に手を差し伸べ、ファインはその手を嬉しそうに笑顔で握った。
その時に察するものはあったが半信半疑でもあった。
共にふしぎ星を駆け回った旅の仲間としての情かと思ったが、この間のピースフル『スマイル』パーティーでその考えは否定された。
パーティーの準備で転びそうになったファインをシェイドが受け止めた時、ファインの表情はとても嬉しそうで幸せに満ちていたのだ。
醸す雰囲気も少し特別感のある甘いものだったのは気の所為ではないだろう。
どちらもファイン本人は無意識だっかもしれないが少なくともブライトにはそう映った。
そこで漸くブライトの中でファインのシェイドに対する気持ちがどんなものか決定付けられ、納得に至ったのである。
けれどそれをどうしてもファイン本人の口から聞きたかった。
これまでの自分の初恋にケジメを着ける為にも、そして闇の中で見出した美しい青い光に抱く淡い想いに誠実に向き合う為にも中途半端で曖昧に片付けるのではなくしっかり整理をしておきたかったのだ。
「だってファイン、シェイドの事をよく熱心に見ているよ?気付かなかった?」
「ウソー!?」
「うん、嘘だよ」
「えっ!?どっち!?」
「嘘だよ」
「だからどっちの嘘!?」
「あはは!さぁ、どっちだろうね?」
「ブライトってこんなに意地悪だったっけ!?」
「さぁ?僕はこんなものだよ」
言ってまた笑う。
自分でも驚いてる。
少し前までの自分だったらプリンスらしく品行方正に優雅に振る舞ってこんな風に誰かをからかったりはしなかっただろう。
けれど自信が揺らいで、闇に堕ちて、ふたご姫に救われて、みんなに支えられてからは全部吹っ切れて自分らしく素直に振る舞おうと決めた。
これまではプリンスとしてあるべき姿でいなければという考えに囚われて知らず知らずのうちに色々なものを抑え込み、周囲が求めるプリンス像を必死に取り繕ってきた。
しかしそれで得られるのは人々からの『理想のプリンス』という自己満足と承認欲求を満たすだけの高くも薄っぺらい評価だけ。
そんなものには何の意味も価値もない。
けれどそれまでの自分はそういった評価を貰う事こそがプリンスとしての務めだと思い込んでいて、しかし全く持ってそんな事はなかった。
シェイドやティオやアルテッサはふたご姫と共に旅をし、ふしぎ星を救う為の手段を探るというプリンス・プリンセスとしての責務を全うした。
ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと言われたファインとレインは重圧に押し潰される事なく皆の期待と願いに応えて星を救うというおひさまの国のプリンセスとして授かった使命を立派に果たした。
他の国のプリンス・プリンセス達も最後まで諦める事なく、時には王の命令に逆らってまでグレイスストーン探しに協力してその務めを果たした。
これまでの型通りの『理想のプリンス』であるブライトだったら王の命令に逆らってまでグレイスストーン探しに協力出来ただろうか。
考えると答えは曖昧だったが今の自分なら喜んで協力するし命令にだって恐れる事なく逆らえるだろう。
そう思える程にブライトは己の変化を感じ、そして歓迎した。
型通りのプリンスでなくとも責務は果たせる、やれる事や出来る事はあると気付いて肩の力が抜けたのだ。
それもこれも、ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスの影響だろうと思うと笑いが込み上げてきた。
「今日のブライト、何か変だよ?」
「そう?まぁいいんじゃない?それよりもここからは本当に相談なんだけど・・・」
「う、うん?」
ファインは尚も顔を赤くさせながら警戒したように頷く。
少しからかい過ぎたと反省しながらブライトは少し困ったように首を傾げた。
「どうやったらシェイドと仲良くなれるかな?」
「へ?」
これまた予想していなかった質問にファインは今度はぱちぱちと瞬きをする。
それからゆっくり首を傾げて質問に質問を返してきた。
「どうって・・・ブライト、シェイドと喧嘩でもしたの?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ何となくシェイドと距離があるように感じているんだ。ファインはどう思う?」
「距離?別にないと思うよ?考え過ぎじゃない?」
「ならいいんだけど・・・」
「シェイドって普段クールで周りに関心がないように見えるけど、ああ見えて色んな人の事を心配したり気に掛けたりしてるんだよ。だからブライトがそう感じてるだけでシェイドは多分そんな事はないと思うよ」
「僕がそう感じてるだけ・・・」
「そ!だから普段通りのブライトでいいんだよ。シェイドも変に気を遣われるよりもその方が楽だと思うし」
ね?と笑顔で首を傾けるファインにブライトもつられて笑顔になる。
なるほど、気を遣い過ぎていただけか。
そう思うとまた肩に力を入れ過ぎていたのだと思い至って今度は苦笑する。
また一歩、シェイドとの関係に対する答えに近付いたように思う。
近付いただけで至ってはいないけれど。
でも焦らず地道に探して行こうと思う。
焦ってもいい事なんかないし、また空回りするだけだとブライトはこれまでのふしぎ星を巡る騒動で学んでいる。
分からなくなったらまたファインやレインやアルテッサ、他の人間に相談すればいい。
一人で抱え込んでも何の解決にも至らないのだ。
けれどこれから相談するもう一つの事はファインでなければ解決出来ない。
「・・・ありがとう、ファイン。ところでもう一つ相談をしてもいいかい?」
「うん、いいよ!なーに?」
胸の中の小さなくすぐったさと温かい気持ちを心地良く思いながら思い切って一言。
「レインの好きなスイーツって何かな?」
続く
宝石の国らしい宝石をふんだんにあしらった煌びやかな廊下を歩いていた時の事。
「やぁ、レイン、ファイン、アルテッサ」
用事を済まして帰って来たブライトとばったり出くわした。
「あら、お兄様」
「ブライト様!!」
「あ、ブライト」
「三人共揃ってどうしたんだい?ファインもその箱―――」
「こ、これは!何でもないよ!!」
「そうそう、何でもないの!」
「お兄様が気にする必要はありませんわ!」
「別に悪い事をしている訳ではないのでご安心下さいでプモ!」
ファインは抱えていた桐の箱を隠すように抱きしめ、その前にレインとアルテッサとプーモが立って完全に隠す。
どうやら余程知られたくない物らしい。
生まれながらにして紳士精神が身に着いているブライトは数度瞬きをすると柔らかい笑顔を浮かべて素直に引き下がった。
「それも『女の子の秘密』かい?」
「「「そうそう!」」」
「だったら仕方ないね。あ、でも僕、ファインに話があるんだけどいいかな?」
「え?アタシ?」
「ああ、ちょっと相談したい事があるんだ。二人だけで話がしたいんだけど出来るかな?」
「いいけど、でもこれ・・・」
「私が持ってるわ。だからブライト様の相談に乗ってあげて?」
「うん、分かった。お願いね、レイン」
ファインはレインに桐の箱を渡すとそのままブライトと共に反対方向へと歩いて行った。
それを見送ってアルテッサが「私達も行きましょう」と促し、レインも頷いて桐の箱をしっかりと抱えながらアルテッサの隣を歩いた。
「お兄様ったらファインに何を相談するのかしら?」
「今度のピースフルパーティーでお菓子について話を聞いて参考にしようとしてるんじゃないかしら?ファインは色んなお菓子を食べてて詳しいし」
「でも作る物はもう決めてるし・・・ていうか、レインは気になりませんの?」
「気になるって何が?」
「お兄様がファインと二人きりでいる事よ。何か思う所があるんじゃなくて?」
「思う所・・・」
言われてレインは数秒考えたものの、すぐに笑顔になって首を横に振った。
「そんなものないわ、平気よ」
「そうなの?」
「ええ!ファインはあの通りシェイドが好きだし、ブライト様も多分それを察しているわ。それにもう前みたいにファインを追いかけているようには見えないもの」
「それは確かにそうですけれど・・・」
アルテッサはレインがブライトに好意を持っているのを知っている。
あれだけ露骨にブライトを前にして目をハートにして浮かれているのを見れば誰だって察するだろう。
しかしブライトがファインに好意を持っていると気付くのには少し時間がかかったし、意外にも思った。
最初はいつもの社交辞令やプリンスとしての礼儀で優しくしているだけだと思っていたのだが、いつからかその振る舞いに執着にも似た好意が混じっているのを知った。
ふしぎ星を巡る旅の最中でもそれは変わらず、姉妹の絆にヒビが入るのではないかとヒヤヒヤしたがそんな事は起きる事もなく安心した覚えがある。
後でプーモにこっそり聞いた話だと随分前にレインが嫉妬してファインと喧嘩してしばらく仲が悪かったそうだが、レインは反省して二度とそんな気持ちをぶつけないと約束したし、ファインは元々ブライトに異性としての好意は持ち合わせていなかったのでブライトを巡っての喧嘩はなくなったそうだ。
そうは言っても意中の男が他の女、それもふたごの片割れと二人きりのシチュエーションというのはやはり気を揉むものがあるのではないだろうか。
アルテッサはこれが自分であれば間違いなくヤキモキする自信があった。
確かにレインの言う通り、ブライトは以前のようにファインに積極的に迫る事はなくなり、他と同じように友人として適度な距離を保っている。
むしろその視線は最近レインに向いているように思えるのだが、それを知っていてレインは言っているのだろうか。
「ファインも私がブライト様の事が好きだって知ってるし大丈夫大丈夫!」
「ならいいけど・・・」
「それよりもブライト様がファインを追いかけなくなった今、私を追いかけてもらうように頑張らなくっちゃ!だからアルテッサ、ブライト様の好きなお菓子のレシピを教えて!」
(あ、これ気付いてませんわね)
ファインよりも恋愛に興味はあれどレインも大概だとアルテッサは直感した。
なんだかんだ言ってもやはりふたごの姉妹なのだと改めて思い知ってやれやれとアルテッサは溜息を吐く。
しかしこれも乗りかかった船。
アルテッサは盛大に乗船する覚悟を決める。
「お兄様の好きなお菓子はとっても難しくってよ?覚悟は宜しくて?」
「勿論よ!」
「しばらくおひさまの国では爆発音が絶えないでプモね・・・」
煤だらけになるであろうファインとレインの姿が今から目に浮かんでプーモはハンカチの準備をしようと決めるのだった。
その頃、ファインはブライトに連れられて見晴らしの良いテラスに訪れていた。
テラスから眺める宝石の国の町はおひさまの恵みを受けてキラキラと輝いており、とても贅沢な眺めだった。
もっとも、花より団子なファインにはすぐにキラキラ光る飴のようだと脳内変換されているが。
気持ちの良い風を受けながら隣に立つブライトを見上げてファインが尋ねる。
「それで相談って何?」
「うん、その前に聞きたい事もあるんだけどいいかな?」
「いいよ!聞きたい事って?」
「ファインはシェイドの事好き?」
「ええっ!!?」
予想もしていなかったド直球な質問にファインは盛大に動揺し、二、三歩程後退った。
顔なんかは真っ赤だ。
ああ、やっぱり。なんて心の中で確信しながらもブライトは追及をやめなかった。
「すまない、ちょっとデリカシーのない聞き方だったね。質問の角度を変えようか。ファインはシェイドの事、どう思う?」
「ど、どうって・・・?」
「例えば単純に優しいとか一緒にいると楽しいとかそういうプラスの感情になるとか、逆に冷たいとか近寄りがたいとかそういうマイナスの感情になるとか、かな?」
「マイナスの感情はないよ。そりゃ冷たいなって思う事もあったけどそういう事は殆どなくなったし」
「じゃあプラスの感情しかないのかな?」
「そう、だね・・・うん。そう、かな・・・」
「じゃあやっぱり好きなんだね」
「ななな何でそーいう結論になるの!?」
からかい交じりにそう結論を下せばファインは顔を真っ赤にして慌てた。
ファインはどんな時でもありのままの自分でいて、誰に対しても同じ態度だった。
それはブライトに対しても同じで、けれど唯一違った所はブライトからのダンスの誘いなどの積極的なアプローチからは逃げていた点だ。
ふしぎ星中の女性の憧れともてはやされているブライトの噂は伊達ではなく、彼がひとたび女性に声を掛ければどんな女性も顔を赤らめ、もじもじとしおらしくなって伏し目がちになる。
けれどそんな中でファインは顔を赤らめる事なくただただ戸惑ったような表情を浮かべ、手を差し出してもレインにその手を取らせて自分はその後ろに隠れてしまう。
今までにない珍しい態度を取るファインだからこそ惹かれたし、意地になって夢中で追いかけた。
彼女の気を引ける物はなんだろうと色々考えたがやはり食べ物しかなく、それを越えられる存在になるにはどうしたらいいかと悩みもした。
紆余曲折あってファインを追いかける事はしなくなったものの、それでも一つの疑問として残り続けて半分興味本位で答えを考えていた時に現れたのがシェイドだ。
ふしぎ星が救われた事を祝うパーティーで転んだファインに彼は真っ先に手を差し伸べ、ファインはその手を嬉しそうに笑顔で握った。
その時に察するものはあったが半信半疑でもあった。
共にふしぎ星を駆け回った旅の仲間としての情かと思ったが、この間のピースフル『スマイル』パーティーでその考えは否定された。
パーティーの準備で転びそうになったファインをシェイドが受け止めた時、ファインの表情はとても嬉しそうで幸せに満ちていたのだ。
醸す雰囲気も少し特別感のある甘いものだったのは気の所為ではないだろう。
どちらもファイン本人は無意識だっかもしれないが少なくともブライトにはそう映った。
そこで漸くブライトの中でファインのシェイドに対する気持ちがどんなものか決定付けられ、納得に至ったのである。
けれどそれをどうしてもファイン本人の口から聞きたかった。
これまでの自分の初恋にケジメを着ける為にも、そして闇の中で見出した美しい青い光に抱く淡い想いに誠実に向き合う為にも中途半端で曖昧に片付けるのではなくしっかり整理をしておきたかったのだ。
「だってファイン、シェイドの事をよく熱心に見ているよ?気付かなかった?」
「ウソー!?」
「うん、嘘だよ」
「えっ!?どっち!?」
「嘘だよ」
「だからどっちの嘘!?」
「あはは!さぁ、どっちだろうね?」
「ブライトってこんなに意地悪だったっけ!?」
「さぁ?僕はこんなものだよ」
言ってまた笑う。
自分でも驚いてる。
少し前までの自分だったらプリンスらしく品行方正に優雅に振る舞ってこんな風に誰かをからかったりはしなかっただろう。
けれど自信が揺らいで、闇に堕ちて、ふたご姫に救われて、みんなに支えられてからは全部吹っ切れて自分らしく素直に振る舞おうと決めた。
これまではプリンスとしてあるべき姿でいなければという考えに囚われて知らず知らずのうちに色々なものを抑え込み、周囲が求めるプリンス像を必死に取り繕ってきた。
しかしそれで得られるのは人々からの『理想のプリンス』という自己満足と承認欲求を満たすだけの高くも薄っぺらい評価だけ。
そんなものには何の意味も価値もない。
けれどそれまでの自分はそういった評価を貰う事こそがプリンスとしての務めだと思い込んでいて、しかし全く持ってそんな事はなかった。
シェイドやティオやアルテッサはふたご姫と共に旅をし、ふしぎ星を救う為の手段を探るというプリンス・プリンセスとしての責務を全うした。
ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと言われたファインとレインは重圧に押し潰される事なく皆の期待と願いに応えて星を救うというおひさまの国のプリンセスとして授かった使命を立派に果たした。
他の国のプリンス・プリンセス達も最後まで諦める事なく、時には王の命令に逆らってまでグレイスストーン探しに協力してその務めを果たした。
これまでの型通りの『理想のプリンス』であるブライトだったら王の命令に逆らってまでグレイスストーン探しに協力出来ただろうか。
考えると答えは曖昧だったが今の自分なら喜んで協力するし命令にだって恐れる事なく逆らえるだろう。
そう思える程にブライトは己の変化を感じ、そして歓迎した。
型通りのプリンスでなくとも責務は果たせる、やれる事や出来る事はあると気付いて肩の力が抜けたのだ。
それもこれも、ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスの影響だろうと思うと笑いが込み上げてきた。
「今日のブライト、何か変だよ?」
「そう?まぁいいんじゃない?それよりもここからは本当に相談なんだけど・・・」
「う、うん?」
ファインは尚も顔を赤くさせながら警戒したように頷く。
少しからかい過ぎたと反省しながらブライトは少し困ったように首を傾げた。
「どうやったらシェイドと仲良くなれるかな?」
「へ?」
これまた予想していなかった質問にファインは今度はぱちぱちと瞬きをする。
それからゆっくり首を傾げて質問に質問を返してきた。
「どうって・・・ブライト、シェイドと喧嘩でもしたの?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ何となくシェイドと距離があるように感じているんだ。ファインはどう思う?」
「距離?別にないと思うよ?考え過ぎじゃない?」
「ならいいんだけど・・・」
「シェイドって普段クールで周りに関心がないように見えるけど、ああ見えて色んな人の事を心配したり気に掛けたりしてるんだよ。だからブライトがそう感じてるだけでシェイドは多分そんな事はないと思うよ」
「僕がそう感じてるだけ・・・」
「そ!だから普段通りのブライトでいいんだよ。シェイドも変に気を遣われるよりもその方が楽だと思うし」
ね?と笑顔で首を傾けるファインにブライトもつられて笑顔になる。
なるほど、気を遣い過ぎていただけか。
そう思うとまた肩に力を入れ過ぎていたのだと思い至って今度は苦笑する。
また一歩、シェイドとの関係に対する答えに近付いたように思う。
近付いただけで至ってはいないけれど。
でも焦らず地道に探して行こうと思う。
焦ってもいい事なんかないし、また空回りするだけだとブライトはこれまでのふしぎ星を巡る騒動で学んでいる。
分からなくなったらまたファインやレインやアルテッサ、他の人間に相談すればいい。
一人で抱え込んでも何の解決にも至らないのだ。
けれどこれから相談するもう一つの事はファインでなければ解決出来ない。
「・・・ありがとう、ファイン。ところでもう一つ相談をしてもいいかい?」
「うん、いいよ!なーに?」
胸の中の小さなくすぐったさと温かい気持ちを心地良く思いながら思い切って一言。
「レインの好きなスイーツって何かな?」
続く