ピースフルパーティーと虹の蜜 第一章~おひさまの国~
第一回目のピースフルパーティーはおひさまの国で開催される。
最初のプリンセスパーティーのテーマになぞらえてパーティー名はピースフル『スマイル』パーティーであり、以降のパーティーの名前も同じようなものとなる。
さて、ピースフル『スマイル』パーティーにおいてはプリンス・プリンセス一同が好きな物・笑顔になれる物を用意して参加者たちを笑顔にさせるというものだ。
各プリンス・プリンセスたちが何を用意するかは当日のお楽しみ。
なのでファインとレインもみんなが何を用意するかは知らないし、みんなもファインとレインが何を用意するかは知らない。
が、あのファインとレインの事なので何を用意するかなんてのは大体予想がついていた一同。
その証拠に準備の為に早くから会場入りをしていた一同は会場に飾られている物を見てあのふたご姫らしいと笑みを溢していた。
「ファイン!そのケーキはあっちのテーブルに置いた方が見栄えがいいわ!」
「レイン!こっちの花はそっちに置いた方がいいよ!」
摘んで来た花や用意された料理の皿を持って会場のあちこちを忙しなく駆け回るふたご姫。
もうすぐパーティーが始まるというのに慌ただしい所は相変わらずである。
そんな二人に溜息を吐きながらプーモが一同の前に来て頭と肩を下げる。
「ふしぎ星を救ってもこんな調子なのは変わらずで恥ずかしい限りでプモ」
「ふしぎ星の平和を祝うパーティーで遅刻して盛大に転んでみせたのですから今更ですわ」
仕方ない、といった風にアルテッサが溜息を吐く。
共にブライトを元に戻す為、そしてふしぎ星を救う為に旅をした彼女はもう嫌という程ファインとレインの事を熟知しており、またその振る舞いにも扱いにも慣れていた。
もっとも、それを満更でもないと思っているのは旅を通して二人と強い絆を育んだからだろう。
色々辛い旅ではあったが得る物は沢山あった。
いっぱい振り回されてきたがその分だけ何度も二人には励まされて支えられた。
二人と旅をして良かったと思うと同時にこの旅の記憶や思い出はアルテッサにとってかけがえいのない宝物となっていた。
アルテッサは腰に両手を当てるといつもの強気の表情で口を開く。
「ファイン、レイン!もうすぐパーティーが始まりますわよ!準備はまだ終わらないの?」
「「もう少し~!!」」
「もう、仕方ありませんわね。手伝ってあげるから間に合わせますわよ」
「「ありがとうアルテッサ!!」」
「私達も手伝うわ!」
「何をすればいい?」
「飾りつけなら任せて!」
「バブバブ~!」
アルテッサに続いてリオーネ、ミルロ、タネタネプリンセス、ミルキーが手伝いを名乗り出る。
「じゃあ私はアルテッサを見習って第二の仕切り屋をするわね!」
「誰が知仕切り屋ですって!?」
ソフィーはどこまでいっても通常運転だった。
「僕達も手伝おうか」
「そうだね」
アウラーの言葉にブライトも頷き、プリンス一同もふたご姫の飾り付けを手伝う事にした。
そんな時の事。
「ファイン、お庭からお花を追加で持って来て!」
「うん!分かった!・・・って、わぁ!?」
レインに花の追加を頼まれて急いでエレベーターに向かって走ろうとするファイン。
しかしいつものように足を躓かせて転倒してしまいそうになる。
誰もがファインの盛大に転ぶ姿を想像して目を覆うとしたその時だった。
「おっと」
盛大に転びそうになったファインをシェイドが抱き留めたのだ。
「シェイド!」
「相変わらずお前はそそっかしいな」
呆れたように、けれども苦笑交じりにそう言われてファインも同じように苦笑を返す。
「あはは、ごめ~ん。でもありがとう!」
「花を取りに行くのか?」
「うん。ちょっと足りなくてさ~」
「俺も行こう」
「本当?ありがとう!早く行こう!」
「走るとまた転ぶぞ」
嬉しそうにニッコリと笑って駆けだそうとするファインに注意しながらシェイドがその後ろをついて歩いて行く。
まるで兄妹のような微笑ましいやり取りに周りはホッと息を吐き、そのまま何事もなかったかのように作業に戻る。
そんな中、ブライトだけはファインとシェイドがエレベーターの向こうに消えるのを最後まで見届けるとニッコリと微笑んでレインの元に歩み寄った。
「レイン、僕に手伝える事はあるかい?」
「ブライト様!あ、あの、だったらこのお花を飾り付けるのを手伝ってもらっていいですか?」
「ああ、勿論さ」
頬を色付かせるレインから数本の花を受け取り、指示通りの位置に花を飾り付ける。
そんなブライトの心は至って穏やかで晴れ晴れとしていた。
その頃、庭園に到着したファインは軽く絶望しかけていた。
あろう事かレインにお願いされた花は最短距離だとファインが育てている七色貝の植木鉢が置かれているスペースの前を通る必要があったのだ。
まだ植えたばかりであり、必要な工程も踏んでいないので見られた所で何を育てているか知られる事はないのだが植木鉢には小さなプラカードを挿しており、そこには『ファイン』という自分が育てているのだという目印をご丁寧に示してしまっている。
シェイドの事だ、目敏く見つけるだろうし見られたら何を育てているのか聞かれるのは避けられないだろう。
適当な花の名前を答えればいい話なのだがファインは嘘をつくのが下手だ。
そしてファインも花は好きだがレイン程の知識はない。
答えた所で墓穴を掘る未来しか見えていなかった。
「それで目的の花はどこにあるんだ?」
「こ、こっち・・・」
絶対にツッコまれる事を覚悟の上でファインは遠回りする道を選ぶ。
パーティーが始まるまで時間がないのは百も承知だがシェイドに内緒で行っているサプライズ計画を知られる訳にはいかない。
内心冷や汗をダラダラとかいていると右隣を歩くシェイドが早速ツッコミを入れて来た。
「あの黄色の花を持って行くのか?」
「う、うん・・・」
「だったらこっちは回り道になるだろ。真っ直ぐ行った方が早かったんじゃないか?」
「あ、そ、こ、は・・・ダメッ」
「何でだ」
「えっと・・・その、落とし穴掘ったから!」
「はぁ?」
訳が分からないと言った視線を向けられる。
しかし今のファインに思いつける精一杯の嘘はそれしかなかった。
「ほ、ほら、前にプリンセスパーティーに備えてアタシとレインがタネタネプリンセスとリオーネと一緒にお花育ててた時に大臣の手下が来たでしょ!?二度とあんな事がないようにってレインと一緒に罠を作ったんだよ!!」
「断言する、一番に引っ掛かるのはお前とレインだ」
「そ、そんな事ないよ!自分で掘っておきながら引っ掛かるなんて流石のアタシ達でも―――」
「有り得る。絶対に有り得ると言い切れる。何だったら俺の命を賭けてもいい」
「そこまで言わなくてもいいじゃん!」
「お前達はもっと自分という人間を把握しろ」
「シェイドこそ自分の事もっと考えなよ!あの時だってアタシ達やお花を守ろうとして怪我を―――」
言葉を最後まで続けようとしたものの、背後に気配を感じてファインとシェイドはハッと後ろを振り返る。
するとそこには星型の歩行器に乗ってついて来ていたジト目のミルキーが浮遊していた。
「み、ミルキー!?」
ファインが目を白黒させて驚いている内にミルキーは宙返りしながら二人の前に回り込む。
表情から察するに怒っているようだ。
「バブバブ?」
「怪我って何の話って・・・いや、えっと、何でもない・・・よ?」
シェイドが怪我した話をファインは隠そうとした。
大好きな人が怪我をした話なんて聞いていて気持ちの良いものではない。
ましてやミルキーはまだ赤子だ、あまり物騒な話や痛ましい話を聞かせるのは気が引ける。
それはシェイドも同じ気持ちのようで少し目を細めてミルキーの行いを咎めて話を逸らそうとする。
「ミルキー、盗み聞きするなんて行儀が悪いぞ」
「バブバブバッ!」
「話をはぐらかすなだって」
「大した話じゃない。もう昔の話だから気にするな、ミルキー」
「ブー」
詳細を話してもらえずミルキーは頬を膨らませると「バッ!」と声を上げて歩行器から飛び上がり、左手でシェイドの左腕に、右手でファインの右腕にしがみついた。
「わぁっ!?」
「うおっ!?」
突然飛びついて来たミルキーに驚いてファインもシェイドも一瞬体勢を崩しそうになるが持ち前の運動神経で何とか踏み留まる。
しかしこのままではいずれ落ちてしまう事を察してファインは咄嗟にもう片方の手でミルキーのお尻を支えようと手を差し入れる。
ところがその直後にシェイドの手が重ねられてファインの胸はドクリと大きく脈打った。
「・・・っ!」
「何をしているんだミルキー!突然降りたら危ないだろう!?」
「ブゥ」
「ブゥじゃない」
「まぁまぁ」
「バブバブバブ、アブッ」
「詳しく話してくれるまで離れないって。どーする?」
「はぁっ・・・ファイン、話してやってくれ。こうなったらもう絶対に譲らないんだ」
大きな溜息を吐くシェイドに小さく笑いを漏らす。
幼い妹の頑固な面には流石のシェイドも敵わないようだ。
ファインから話してもらえると分かったミルキーはジト目のまま視線をファインに向けるとファインは笑顔で自慢気に語る事にした。
こうなったら暗く話をするよりも明るくシェイドがカッコ良く活躍したと話す方が良いだろう。
「あのね、アタシとレインとタネタネプリンセスとリオーネでドリームシードっていう種を植えてお花を育てようってなったの。そしたらそこに悪い人達が来て大きな木槌で花壇を壊そうとしたの」
「バブ」
「そしたらシェイドがその花壇を守る為に悪い人の木槌の一振りを腕で受け止めてくれたんだよ。丁度ミルキーが掴んでる方の腕なんだけど」
「バブ!?」
ミルキーは驚きで大きな瞳を更に大きく見開くと恐る恐るといった様子で自分が掴んでいるシェイドの腕を見上げた。
ローブの下に覆い隠された腕の様子は分からない。
そもそもシェイドが「昔の話だ」と言っていたので仮に痣などがあったとしてもとっくに消えている事だろう。
大好きな兄がその身を挺してファイン達の大切な物を守り、そして怪我をした事を想ってミルキーは悲しそうに瞳に涙を溜め始めた。
「バァブ・・・」
「大丈夫だ、ミルキー。もう治ってるし痛くもない」
シェイドは表情を和らげると優しい声でミルキーの頭をそっと撫でる。
それでもミルキーの表情は悲痛に満ちたままでシェイドの左腕を掴んでいる事に罪悪感を覚えたのか、パッと手を離してファインにしがみついた。
「おっとっと!」
ミルキーの全体重が自分にかかってきてバランスが崩れ、ファインはよろめきながらもミルキーをしっかりと抱き直す。
その時に重なっていたシェイドの手が離れてしまったが気にする事はなかった。
それから赤ちゃん言葉で「お兄様痛かったね」と言って手を伸ばすミルキーの動作を察してファインがシェイドとの距離を詰めるとミルキーはシェイドの腕を撫で始めた。
ミルキーなりの労わりにシェイドの表情は益々柔らかくなる。
「ありがとう、ミルキー」
「プロミネンスで悪い人達を追い出してって言ったらその悪い人達だけが追い出されてシェイドは追い出されなかったんだよ。当然だよね、だって自分を犠牲にしてまでアタシ達の事を守ろうとしてくれたんだもん。そんな人が悪い人の筈がないよね。ミルキーのお兄様はとっても立派でカッコいいプリンスだよ!」
「バブバブー!」
ファインが笑顔で心からシェイドの事を褒めるとそれがミルキーにも伝わったようでミルキーは両手を挙げて喜びを表現した。
しかし言われた本人からしてみれば照れ臭い事この上ない話な訳で頬を掻きながら瞳を逸らしてぶっきらぼうに言い放つ。
「・・・この話はもういいだろ。それよりも早く花を持って行かないとパーティーが始まるぞ」
「バブバブバブ!バブー!」
「はぁっ!?」
「いいねそれ!今まで守ってもらった分、今度はアタシ達がシェイドの事を守ろうか!隊長はミルキーね!」
「バブッ!」
「アタシは隊員一号って事で!」
「あのなぁ・・・」
「バブバブ!バブバーブ!」
「了解であります、隊長!シェイドの見張りを宜しくお願いするであります!」
ビシッと敬礼しておどけるように言うとファインとミルキーはクスクスと笑った。
そしてファインはミルキーを歩行器に乗せると「ちょっと待っててね!」と言って一人花を取りに行ってしまう。
残されたシェイドは呆然とした後、苦笑交じりに息を吐くとミルキーを見て言った。
「気持ちは嬉しいがあまり無茶はするなよ?でないと―――」
「取って来たよー!これだけあれば十分―――って、うわわっ!?」
沢山の花束を抱えていた事もあり、足元の小石が見えずファインがまたしても躓く。
シェイドは素早く駆け寄るとまたファインを抱き留めた。
「こうなる」
「え?何が?」
「こっちの話だ。半分持つからゆっくり歩いて行くぞ」
「うん!」
「バブバァブ!」
「なら、ミルキーには三本程持ってもらおうか」
「バブ!」
ファインの手から花を三本取るとシェイドはそれをミルキーに渡してファイン達と共に並んで歩きだした。
仲良く並んで歩く三人を庭園の花々が風に揺られながら微笑むように見守るのだった。
さて、各国のプリンス・プリンセスたちの手伝いもあってファインとレインの準備は終わり、何とかパーティーに間に合わせる事に成功した。
会場は美しい花々と美味しそうな料理に彩られていてこれはファインとレインでなくとも誰もが笑顔になるものだった。
愛娘達の用意した物を満足そうに眺めながらエルザと共に並んだトゥルースが会場を見渡しながらパーティーの開会を宣言する。
「お集まりの皆様、大変お待たせ致しました。これよりピースフル『スマイル』パーティーの開会を宣言します」
音楽隊の演奏が始まり、会場から拍手が巻き起こる。
パーティーの始まりだ。
トゥルースはファインとレインの方に視線を向けると最初に二人が用意した物を紹介する。
「まずは我がおひさまの国のプリンセスであるファインとレインによる催し物の紹介です」
「はーい!アタシ達はお料理とお花をたっくさん用意しました!」
「食べて良し!眺めて良し!お花も気に入ったのがあれば持って帰っちゃってください!」
ファインとレインは手を合わせ、もう片方の手を広げながら会場中の花や料理を披露する。
皆の手伝いもあって綺麗に飾り付けられたそれらは参加者たちの関心を集めた。
しかし懸念事項が一つ。
「お花はともかくお料理は大丈夫なの?」
「それなら心配ご無用でプモ。キャメロット様がお二人の厨房への立ち入りを固く禁じたでプモ。なのでお二人は料理に関してはメニューの案を出しただけで一切作っていないでプモ」
「それを聞いて心から安心しましたわ」
アルテッサが心からの安堵の息を吐くと周りの皆も苦笑いを溢す。
ファインとレインの見た目は出来ているけど味が壊滅的な料理の腕を知っている一同としては最重要事項だった為、二人が一切料理に関わっていない事に安心するのだった。
一同は気を取り直すとそれぞれに催し物の披露の準備を始める。
次はリオーネとティオの番だ。
「次はメラメラの国のプリンセスリオーネとプリンスティオの催し物です」
「私とティオでバルーンアートをします」
「犬でも猫でも作ってみせますぞ!」
「「じゃあボードラゴン作って!!」」
「お前らが真っ先にリクエストしてどうする」
もてなす側だというのにいの一番にリクエストをするファインとレインにシェイドがすかさずツッコミを入れる。
しかしリオーネもティオも優しいので二人のリクエストに答えて可愛らしいボードラゴンの風船を作り上げ、会場に驚きと笑顔を湧かすのだった。
「次はしずくの国のプリンセスミルロとプリンスナルロの催し物です」
「私達は風景画の展示と似顔絵を描きます。弟のナルロは絵葉書を配ってますので宜しければお手にお取り下さい。ナルロ、出来るわね?」
「ガビーン!」
椅子に座ってスケッチブックを持ったミルロが隣のベビーカーから顔を出すナルロに問いかけるとナルロは元気よく手を挙げて答える。
相変わらず「ガビーン」としか言えていないようでそれはアルテッサのトラウマを密かに刺激するのだった。
「次は宝石の国のプリンスブライトとプリンセスアルテッサ、かざぐるまの国のプリンスアウラーとプリンセスソフィーによる共同合作です」
「僕達は色んな形を作るシャボン玉の装置を作りました」
「シャボン玉には香りも付いているので色々楽しめると思います」
「いきますわよ、ソフィー」
「ええ、アルテッサ!」
アルテッサが装置の裏にある注ぎ口に液体を注ぎ、その後にソフィーがボタンを押す。
すると装置の中で扇風機が回ってコポコポという泡立つ音が鳴り、風に乗ってシャボン玉が宙を舞った。
シャボン玉の形は花やクマ、星やリボンといった様々な形を成しており、会場の者たちはシャボン玉を見上げて感嘆の声を上げる。
加えてアロマのような心落ち着く香りが鼻腔をくすぐり、人々の心を和ませて穏やかな表情にさせる。
そんな人達の顔を眺めてブライトも穏やかな笑みを浮かべるのだった。
「ブライト様、嬉しそう」
「良かったね、レイン」
「ええ!」
ブライトは無力で情けない自分が嫌で闇の力に縋ってしまった。
ふしぎ星を救いたいという想い自体は本物であったものの、やっている事はその真逆をいくもので沢山の人達を傷付けてきた。
闇の力から解放された後のブライトはそれまでの事を酷く悔やんで落ち込んでいたがファインとレインとアルテッサを始め、沢山の人がブライトを許し、励まし、そして支えた。
そのかいもあって漸くブライトは立ち直る事が出来たのだがそれでもレインはブライトの事を気にかけていたのだ。
元が生真面目で考え過ぎる節があるから思い詰めていなければいいのだが、と心配していたのだがどうやらそれも杞憂に終わりそうだ。
催し物が成功して心から喜ぶブライトの笑顔を見てレインは本当に頑張って良かったと嬉しさで胸がいっぱいになるのを感じた。
「次はタネタネの国のプリンセス一同とプリンスソロによる催し物です」
「私達は新鮮なフルーツをミキサーにかけてジュースを作ります」
「沢山のフルーツを取り寄せてありますのでお好きな物をどうぞご遠慮なく申し付けて下さい」
「美味しい食べ物には美味しいジュースが付きものだよね~!」
「バブ~!」
「ファイン、ケーキで我慢するって約束したでしょ」
「ミルキー、次は俺達の番だぞ」
参加者の誰よりも一番にジュースの注文をしに行こうとする妹達の腕を掴んでレインとシェイドが溜息交じりに窘める。
食いしん坊なだけじゃなく甘い飲み物にも目がない妹を持つと苦労するものである。
「最後は月の国のプリンセスミルキーとプリンスシェイドの催し物です」
「僕はハープの演奏を、ミルキーは星の指揮をします。ミルキーはまだ幼いので一通り指揮を終えたらそこで終了となりますが僕は演奏を続けていますのでお時間がありましたらお聴きいただけると幸いです」
プリンスらしく丁寧な説明を終えるとシェイドはハープの真横に置かれた椅子に座り、指揮棒を持ったミルキーと目を合わせる。
そしてお互いに頷き始めるとシェイドはハープの弦を指で弾き、ミルキーがクルクルと指揮棒を振るうとテーブルの上に置かれた黄色の箱の蓋が開き、色とりどりの七つの星が流れるように飛び出して宙に浮いて来た。
ミルキーはシェイドの演奏に合わせて満面の笑顔で指揮棒を操ると七つの星はそれに合わせて踊り始める。
まるで夢のような光景に参加者達は見惚れるのだった。
演奏の妨げにならないようにレインを声を潜めながら隣のファインに話しかける。
「ミルキー凄いわね。シェイドもハープの演奏が出来るなんて意外だわ」
「・・・」
「ファイン?」
返事がなく無言のファインに疑問を覚えてレインがファインの顔を横から覗き見る。
我慢出来ずにケーキを皿に乗せて美味しそうに食べていた手は止まっており、真っ赤な瞳は熱を帯びながら真っ直ぐ一直線にシェイドに注がれていた。
(あのファインがケーキを食べるのも忘れるなんて・・・)
ファインの一番の興味は食べ物で夢中になるのも食べ物だ。
他人の恋愛に興味はあるけど自分に関係する恋愛なんて全く興味がなかったから男の子に対する態度も同性や友人と接する時のものと差はなかった。
でもそんなファインが食べ物の中でも特に大好きなケーキを食べるのを忘れてしまう程夢中になる姿を見れる日がこようとは。
しかもその相手がシェイドだとは。
(よりにもよってって感じだけど)
忌々し気にレインは小さく溜息を吐く。
シェイドには癪だがあのファインがケーキを食べ忘れる程の相手を見つけるだなんてこの先あるかどうか分からないくらい珍しい事だ。
それに初恋は応援してあげたい。
レインは腹を括る事にした。
「ねぇプーモ」
「プモ?」
「ファインの事、応援してあげましょうね」
「勿論でプモ」
「私の事も応援してくれる?」
「当然でプモ!僕はファイン様とレイン様が大切な人と結ばれて幸せになれるようにどこまで応援しますでプモ!」
「ありがとう、プーモ」
レインは柔らかく微笑むとファインがうっかりして皿やフォークを落とさないように優しく見守るのだった。
続く
最初のプリンセスパーティーのテーマになぞらえてパーティー名はピースフル『スマイル』パーティーであり、以降のパーティーの名前も同じようなものとなる。
さて、ピースフル『スマイル』パーティーにおいてはプリンス・プリンセス一同が好きな物・笑顔になれる物を用意して参加者たちを笑顔にさせるというものだ。
各プリンス・プリンセスたちが何を用意するかは当日のお楽しみ。
なのでファインとレインもみんなが何を用意するかは知らないし、みんなもファインとレインが何を用意するかは知らない。
が、あのファインとレインの事なので何を用意するかなんてのは大体予想がついていた一同。
その証拠に準備の為に早くから会場入りをしていた一同は会場に飾られている物を見てあのふたご姫らしいと笑みを溢していた。
「ファイン!そのケーキはあっちのテーブルに置いた方が見栄えがいいわ!」
「レイン!こっちの花はそっちに置いた方がいいよ!」
摘んで来た花や用意された料理の皿を持って会場のあちこちを忙しなく駆け回るふたご姫。
もうすぐパーティーが始まるというのに慌ただしい所は相変わらずである。
そんな二人に溜息を吐きながらプーモが一同の前に来て頭と肩を下げる。
「ふしぎ星を救ってもこんな調子なのは変わらずで恥ずかしい限りでプモ」
「ふしぎ星の平和を祝うパーティーで遅刻して盛大に転んでみせたのですから今更ですわ」
仕方ない、といった風にアルテッサが溜息を吐く。
共にブライトを元に戻す為、そしてふしぎ星を救う為に旅をした彼女はもう嫌という程ファインとレインの事を熟知しており、またその振る舞いにも扱いにも慣れていた。
もっとも、それを満更でもないと思っているのは旅を通して二人と強い絆を育んだからだろう。
色々辛い旅ではあったが得る物は沢山あった。
いっぱい振り回されてきたがその分だけ何度も二人には励まされて支えられた。
二人と旅をして良かったと思うと同時にこの旅の記憶や思い出はアルテッサにとってかけがえいのない宝物となっていた。
アルテッサは腰に両手を当てるといつもの強気の表情で口を開く。
「ファイン、レイン!もうすぐパーティーが始まりますわよ!準備はまだ終わらないの?」
「「もう少し~!!」」
「もう、仕方ありませんわね。手伝ってあげるから間に合わせますわよ」
「「ありがとうアルテッサ!!」」
「私達も手伝うわ!」
「何をすればいい?」
「飾りつけなら任せて!」
「バブバブ~!」
アルテッサに続いてリオーネ、ミルロ、タネタネプリンセス、ミルキーが手伝いを名乗り出る。
「じゃあ私はアルテッサを見習って第二の仕切り屋をするわね!」
「誰が知仕切り屋ですって!?」
ソフィーはどこまでいっても通常運転だった。
「僕達も手伝おうか」
「そうだね」
アウラーの言葉にブライトも頷き、プリンス一同もふたご姫の飾り付けを手伝う事にした。
そんな時の事。
「ファイン、お庭からお花を追加で持って来て!」
「うん!分かった!・・・って、わぁ!?」
レインに花の追加を頼まれて急いでエレベーターに向かって走ろうとするファイン。
しかしいつものように足を躓かせて転倒してしまいそうになる。
誰もがファインの盛大に転ぶ姿を想像して目を覆うとしたその時だった。
「おっと」
盛大に転びそうになったファインをシェイドが抱き留めたのだ。
「シェイド!」
「相変わらずお前はそそっかしいな」
呆れたように、けれども苦笑交じりにそう言われてファインも同じように苦笑を返す。
「あはは、ごめ~ん。でもありがとう!」
「花を取りに行くのか?」
「うん。ちょっと足りなくてさ~」
「俺も行こう」
「本当?ありがとう!早く行こう!」
「走るとまた転ぶぞ」
嬉しそうにニッコリと笑って駆けだそうとするファインに注意しながらシェイドがその後ろをついて歩いて行く。
まるで兄妹のような微笑ましいやり取りに周りはホッと息を吐き、そのまま何事もなかったかのように作業に戻る。
そんな中、ブライトだけはファインとシェイドがエレベーターの向こうに消えるのを最後まで見届けるとニッコリと微笑んでレインの元に歩み寄った。
「レイン、僕に手伝える事はあるかい?」
「ブライト様!あ、あの、だったらこのお花を飾り付けるのを手伝ってもらっていいですか?」
「ああ、勿論さ」
頬を色付かせるレインから数本の花を受け取り、指示通りの位置に花を飾り付ける。
そんなブライトの心は至って穏やかで晴れ晴れとしていた。
その頃、庭園に到着したファインは軽く絶望しかけていた。
あろう事かレインにお願いされた花は最短距離だとファインが育てている七色貝の植木鉢が置かれているスペースの前を通る必要があったのだ。
まだ植えたばかりであり、必要な工程も踏んでいないので見られた所で何を育てているか知られる事はないのだが植木鉢には小さなプラカードを挿しており、そこには『ファイン』という自分が育てているのだという目印をご丁寧に示してしまっている。
シェイドの事だ、目敏く見つけるだろうし見られたら何を育てているのか聞かれるのは避けられないだろう。
適当な花の名前を答えればいい話なのだがファインは嘘をつくのが下手だ。
そしてファインも花は好きだがレイン程の知識はない。
答えた所で墓穴を掘る未来しか見えていなかった。
「それで目的の花はどこにあるんだ?」
「こ、こっち・・・」
絶対にツッコまれる事を覚悟の上でファインは遠回りする道を選ぶ。
パーティーが始まるまで時間がないのは百も承知だがシェイドに内緒で行っているサプライズ計画を知られる訳にはいかない。
内心冷や汗をダラダラとかいていると右隣を歩くシェイドが早速ツッコミを入れて来た。
「あの黄色の花を持って行くのか?」
「う、うん・・・」
「だったらこっちは回り道になるだろ。真っ直ぐ行った方が早かったんじゃないか?」
「あ、そ、こ、は・・・ダメッ」
「何でだ」
「えっと・・・その、落とし穴掘ったから!」
「はぁ?」
訳が分からないと言った視線を向けられる。
しかし今のファインに思いつける精一杯の嘘はそれしかなかった。
「ほ、ほら、前にプリンセスパーティーに備えてアタシとレインがタネタネプリンセスとリオーネと一緒にお花育ててた時に大臣の手下が来たでしょ!?二度とあんな事がないようにってレインと一緒に罠を作ったんだよ!!」
「断言する、一番に引っ掛かるのはお前とレインだ」
「そ、そんな事ないよ!自分で掘っておきながら引っ掛かるなんて流石のアタシ達でも―――」
「有り得る。絶対に有り得ると言い切れる。何だったら俺の命を賭けてもいい」
「そこまで言わなくてもいいじゃん!」
「お前達はもっと自分という人間を把握しろ」
「シェイドこそ自分の事もっと考えなよ!あの時だってアタシ達やお花を守ろうとして怪我を―――」
言葉を最後まで続けようとしたものの、背後に気配を感じてファインとシェイドはハッと後ろを振り返る。
するとそこには星型の歩行器に乗ってついて来ていたジト目のミルキーが浮遊していた。
「み、ミルキー!?」
ファインが目を白黒させて驚いている内にミルキーは宙返りしながら二人の前に回り込む。
表情から察するに怒っているようだ。
「バブバブ?」
「怪我って何の話って・・・いや、えっと、何でもない・・・よ?」
シェイドが怪我した話をファインは隠そうとした。
大好きな人が怪我をした話なんて聞いていて気持ちの良いものではない。
ましてやミルキーはまだ赤子だ、あまり物騒な話や痛ましい話を聞かせるのは気が引ける。
それはシェイドも同じ気持ちのようで少し目を細めてミルキーの行いを咎めて話を逸らそうとする。
「ミルキー、盗み聞きするなんて行儀が悪いぞ」
「バブバブバッ!」
「話をはぐらかすなだって」
「大した話じゃない。もう昔の話だから気にするな、ミルキー」
「ブー」
詳細を話してもらえずミルキーは頬を膨らませると「バッ!」と声を上げて歩行器から飛び上がり、左手でシェイドの左腕に、右手でファインの右腕にしがみついた。
「わぁっ!?」
「うおっ!?」
突然飛びついて来たミルキーに驚いてファインもシェイドも一瞬体勢を崩しそうになるが持ち前の運動神経で何とか踏み留まる。
しかしこのままではいずれ落ちてしまう事を察してファインは咄嗟にもう片方の手でミルキーのお尻を支えようと手を差し入れる。
ところがその直後にシェイドの手が重ねられてファインの胸はドクリと大きく脈打った。
「・・・っ!」
「何をしているんだミルキー!突然降りたら危ないだろう!?」
「ブゥ」
「ブゥじゃない」
「まぁまぁ」
「バブバブバブ、アブッ」
「詳しく話してくれるまで離れないって。どーする?」
「はぁっ・・・ファイン、話してやってくれ。こうなったらもう絶対に譲らないんだ」
大きな溜息を吐くシェイドに小さく笑いを漏らす。
幼い妹の頑固な面には流石のシェイドも敵わないようだ。
ファインから話してもらえると分かったミルキーはジト目のまま視線をファインに向けるとファインは笑顔で自慢気に語る事にした。
こうなったら暗く話をするよりも明るくシェイドがカッコ良く活躍したと話す方が良いだろう。
「あのね、アタシとレインとタネタネプリンセスとリオーネでドリームシードっていう種を植えてお花を育てようってなったの。そしたらそこに悪い人達が来て大きな木槌で花壇を壊そうとしたの」
「バブ」
「そしたらシェイドがその花壇を守る為に悪い人の木槌の一振りを腕で受け止めてくれたんだよ。丁度ミルキーが掴んでる方の腕なんだけど」
「バブ!?」
ミルキーは驚きで大きな瞳を更に大きく見開くと恐る恐るといった様子で自分が掴んでいるシェイドの腕を見上げた。
ローブの下に覆い隠された腕の様子は分からない。
そもそもシェイドが「昔の話だ」と言っていたので仮に痣などがあったとしてもとっくに消えている事だろう。
大好きな兄がその身を挺してファイン達の大切な物を守り、そして怪我をした事を想ってミルキーは悲しそうに瞳に涙を溜め始めた。
「バァブ・・・」
「大丈夫だ、ミルキー。もう治ってるし痛くもない」
シェイドは表情を和らげると優しい声でミルキーの頭をそっと撫でる。
それでもミルキーの表情は悲痛に満ちたままでシェイドの左腕を掴んでいる事に罪悪感を覚えたのか、パッと手を離してファインにしがみついた。
「おっとっと!」
ミルキーの全体重が自分にかかってきてバランスが崩れ、ファインはよろめきながらもミルキーをしっかりと抱き直す。
その時に重なっていたシェイドの手が離れてしまったが気にする事はなかった。
それから赤ちゃん言葉で「お兄様痛かったね」と言って手を伸ばすミルキーの動作を察してファインがシェイドとの距離を詰めるとミルキーはシェイドの腕を撫で始めた。
ミルキーなりの労わりにシェイドの表情は益々柔らかくなる。
「ありがとう、ミルキー」
「プロミネンスで悪い人達を追い出してって言ったらその悪い人達だけが追い出されてシェイドは追い出されなかったんだよ。当然だよね、だって自分を犠牲にしてまでアタシ達の事を守ろうとしてくれたんだもん。そんな人が悪い人の筈がないよね。ミルキーのお兄様はとっても立派でカッコいいプリンスだよ!」
「バブバブー!」
ファインが笑顔で心からシェイドの事を褒めるとそれがミルキーにも伝わったようでミルキーは両手を挙げて喜びを表現した。
しかし言われた本人からしてみれば照れ臭い事この上ない話な訳で頬を掻きながら瞳を逸らしてぶっきらぼうに言い放つ。
「・・・この話はもういいだろ。それよりも早く花を持って行かないとパーティーが始まるぞ」
「バブバブバブ!バブー!」
「はぁっ!?」
「いいねそれ!今まで守ってもらった分、今度はアタシ達がシェイドの事を守ろうか!隊長はミルキーね!」
「バブッ!」
「アタシは隊員一号って事で!」
「あのなぁ・・・」
「バブバブ!バブバーブ!」
「了解であります、隊長!シェイドの見張りを宜しくお願いするであります!」
ビシッと敬礼しておどけるように言うとファインとミルキーはクスクスと笑った。
そしてファインはミルキーを歩行器に乗せると「ちょっと待っててね!」と言って一人花を取りに行ってしまう。
残されたシェイドは呆然とした後、苦笑交じりに息を吐くとミルキーを見て言った。
「気持ちは嬉しいがあまり無茶はするなよ?でないと―――」
「取って来たよー!これだけあれば十分―――って、うわわっ!?」
沢山の花束を抱えていた事もあり、足元の小石が見えずファインがまたしても躓く。
シェイドは素早く駆け寄るとまたファインを抱き留めた。
「こうなる」
「え?何が?」
「こっちの話だ。半分持つからゆっくり歩いて行くぞ」
「うん!」
「バブバァブ!」
「なら、ミルキーには三本程持ってもらおうか」
「バブ!」
ファインの手から花を三本取るとシェイドはそれをミルキーに渡してファイン達と共に並んで歩きだした。
仲良く並んで歩く三人を庭園の花々が風に揺られながら微笑むように見守るのだった。
さて、各国のプリンス・プリンセスたちの手伝いもあってファインとレインの準備は終わり、何とかパーティーに間に合わせる事に成功した。
会場は美しい花々と美味しそうな料理に彩られていてこれはファインとレインでなくとも誰もが笑顔になるものだった。
愛娘達の用意した物を満足そうに眺めながらエルザと共に並んだトゥルースが会場を見渡しながらパーティーの開会を宣言する。
「お集まりの皆様、大変お待たせ致しました。これよりピースフル『スマイル』パーティーの開会を宣言します」
音楽隊の演奏が始まり、会場から拍手が巻き起こる。
パーティーの始まりだ。
トゥルースはファインとレインの方に視線を向けると最初に二人が用意した物を紹介する。
「まずは我がおひさまの国のプリンセスであるファインとレインによる催し物の紹介です」
「はーい!アタシ達はお料理とお花をたっくさん用意しました!」
「食べて良し!眺めて良し!お花も気に入ったのがあれば持って帰っちゃってください!」
ファインとレインは手を合わせ、もう片方の手を広げながら会場中の花や料理を披露する。
皆の手伝いもあって綺麗に飾り付けられたそれらは参加者たちの関心を集めた。
しかし懸念事項が一つ。
「お花はともかくお料理は大丈夫なの?」
「それなら心配ご無用でプモ。キャメロット様がお二人の厨房への立ち入りを固く禁じたでプモ。なのでお二人は料理に関してはメニューの案を出しただけで一切作っていないでプモ」
「それを聞いて心から安心しましたわ」
アルテッサが心からの安堵の息を吐くと周りの皆も苦笑いを溢す。
ファインとレインの見た目は出来ているけど味が壊滅的な料理の腕を知っている一同としては最重要事項だった為、二人が一切料理に関わっていない事に安心するのだった。
一同は気を取り直すとそれぞれに催し物の披露の準備を始める。
次はリオーネとティオの番だ。
「次はメラメラの国のプリンセスリオーネとプリンスティオの催し物です」
「私とティオでバルーンアートをします」
「犬でも猫でも作ってみせますぞ!」
「「じゃあボードラゴン作って!!」」
「お前らが真っ先にリクエストしてどうする」
もてなす側だというのにいの一番にリクエストをするファインとレインにシェイドがすかさずツッコミを入れる。
しかしリオーネもティオも優しいので二人のリクエストに答えて可愛らしいボードラゴンの風船を作り上げ、会場に驚きと笑顔を湧かすのだった。
「次はしずくの国のプリンセスミルロとプリンスナルロの催し物です」
「私達は風景画の展示と似顔絵を描きます。弟のナルロは絵葉書を配ってますので宜しければお手にお取り下さい。ナルロ、出来るわね?」
「ガビーン!」
椅子に座ってスケッチブックを持ったミルロが隣のベビーカーから顔を出すナルロに問いかけるとナルロは元気よく手を挙げて答える。
相変わらず「ガビーン」としか言えていないようでそれはアルテッサのトラウマを密かに刺激するのだった。
「次は宝石の国のプリンスブライトとプリンセスアルテッサ、かざぐるまの国のプリンスアウラーとプリンセスソフィーによる共同合作です」
「僕達は色んな形を作るシャボン玉の装置を作りました」
「シャボン玉には香りも付いているので色々楽しめると思います」
「いきますわよ、ソフィー」
「ええ、アルテッサ!」
アルテッサが装置の裏にある注ぎ口に液体を注ぎ、その後にソフィーがボタンを押す。
すると装置の中で扇風機が回ってコポコポという泡立つ音が鳴り、風に乗ってシャボン玉が宙を舞った。
シャボン玉の形は花やクマ、星やリボンといった様々な形を成しており、会場の者たちはシャボン玉を見上げて感嘆の声を上げる。
加えてアロマのような心落ち着く香りが鼻腔をくすぐり、人々の心を和ませて穏やかな表情にさせる。
そんな人達の顔を眺めてブライトも穏やかな笑みを浮かべるのだった。
「ブライト様、嬉しそう」
「良かったね、レイン」
「ええ!」
ブライトは無力で情けない自分が嫌で闇の力に縋ってしまった。
ふしぎ星を救いたいという想い自体は本物であったものの、やっている事はその真逆をいくもので沢山の人達を傷付けてきた。
闇の力から解放された後のブライトはそれまでの事を酷く悔やんで落ち込んでいたがファインとレインとアルテッサを始め、沢山の人がブライトを許し、励まし、そして支えた。
そのかいもあって漸くブライトは立ち直る事が出来たのだがそれでもレインはブライトの事を気にかけていたのだ。
元が生真面目で考え過ぎる節があるから思い詰めていなければいいのだが、と心配していたのだがどうやらそれも杞憂に終わりそうだ。
催し物が成功して心から喜ぶブライトの笑顔を見てレインは本当に頑張って良かったと嬉しさで胸がいっぱいになるのを感じた。
「次はタネタネの国のプリンセス一同とプリンスソロによる催し物です」
「私達は新鮮なフルーツをミキサーにかけてジュースを作ります」
「沢山のフルーツを取り寄せてありますのでお好きな物をどうぞご遠慮なく申し付けて下さい」
「美味しい食べ物には美味しいジュースが付きものだよね~!」
「バブ~!」
「ファイン、ケーキで我慢するって約束したでしょ」
「ミルキー、次は俺達の番だぞ」
参加者の誰よりも一番にジュースの注文をしに行こうとする妹達の腕を掴んでレインとシェイドが溜息交じりに窘める。
食いしん坊なだけじゃなく甘い飲み物にも目がない妹を持つと苦労するものである。
「最後は月の国のプリンセスミルキーとプリンスシェイドの催し物です」
「僕はハープの演奏を、ミルキーは星の指揮をします。ミルキーはまだ幼いので一通り指揮を終えたらそこで終了となりますが僕は演奏を続けていますのでお時間がありましたらお聴きいただけると幸いです」
プリンスらしく丁寧な説明を終えるとシェイドはハープの真横に置かれた椅子に座り、指揮棒を持ったミルキーと目を合わせる。
そしてお互いに頷き始めるとシェイドはハープの弦を指で弾き、ミルキーがクルクルと指揮棒を振るうとテーブルの上に置かれた黄色の箱の蓋が開き、色とりどりの七つの星が流れるように飛び出して宙に浮いて来た。
ミルキーはシェイドの演奏に合わせて満面の笑顔で指揮棒を操ると七つの星はそれに合わせて踊り始める。
まるで夢のような光景に参加者達は見惚れるのだった。
演奏の妨げにならないようにレインを声を潜めながら隣のファインに話しかける。
「ミルキー凄いわね。シェイドもハープの演奏が出来るなんて意外だわ」
「・・・」
「ファイン?」
返事がなく無言のファインに疑問を覚えてレインがファインの顔を横から覗き見る。
我慢出来ずにケーキを皿に乗せて美味しそうに食べていた手は止まっており、真っ赤な瞳は熱を帯びながら真っ直ぐ一直線にシェイドに注がれていた。
(あのファインがケーキを食べるのも忘れるなんて・・・)
ファインの一番の興味は食べ物で夢中になるのも食べ物だ。
他人の恋愛に興味はあるけど自分に関係する恋愛なんて全く興味がなかったから男の子に対する態度も同性や友人と接する時のものと差はなかった。
でもそんなファインが食べ物の中でも特に大好きなケーキを食べるのを忘れてしまう程夢中になる姿を見れる日がこようとは。
しかもその相手がシェイドだとは。
(よりにもよってって感じだけど)
忌々し気にレインは小さく溜息を吐く。
シェイドには癪だがあのファインがケーキを食べ忘れる程の相手を見つけるだなんてこの先あるかどうか分からないくらい珍しい事だ。
それに初恋は応援してあげたい。
レインは腹を括る事にした。
「ねぇプーモ」
「プモ?」
「ファインの事、応援してあげましょうね」
「勿論でプモ」
「私の事も応援してくれる?」
「当然でプモ!僕はファイン様とレイン様が大切な人と結ばれて幸せになれるようにどこまで応援しますでプモ!」
「ありがとう、プーモ」
レインは柔らかく微笑むとファインがうっかりして皿やフォークを落とさないように優しく見守るのだった。
続く
