かくれんぼの魔女

ちょっとした用事があってシェイドもブライトも外出をしていた。
二人がたまたま出会ったのは日も暮れて来た頃だった。

「今年も雪が降ったね」
「そうだな」
「沢山降ってくれたら明日みんなで雪合戦が出来るね」
「もしもお前が敵チームに回っても容赦はしないからな」
「それはこっちのセリフだよ。覚悟してよね、シェイド」
「負けないからな・・・―――ん?」

雪が降る中、シェイドの目を釘付けにする赤が目に入った。
その赤は片割れの青と共に何やら話し込んでいるようだった。

「あれは・・・ファインとレイン?」
「本当だ。何をしているんだろう?声をかけてみようか」
「ああ」

遠く離れているふたご姫に声をかけようと近付く二人。
だが次の瞬間、光と共に大きなカボチャの馬車がふたご姫の前に現れてシェイドもブライトも驚く。

「何だ!?」
「カボチャの・・・馬車・・・?」

二人が呆気に取られている間にふたご姫はカボチャの馬車に乗り込んでしまい、馬車を引く白馬が地面を叩いて動き始める。
白馬はパッカパッカと助走を付けて走り出し、二人の方へ向かってくる。
だが馬車はそのまま地面の上を走らず、まるでそこに透明な階段があるかのように宙を駆け上がり始めた。
そしてそのまま白馬は優雅に雄々しく天を駆けて行き、粉雪の如き銀色の光を振り撒きながら遠い夜空へと消えて行くのであった。

「なっ、馬車が空に・・・!?」
「待ってくれ、あの馬車にはレインとファインが乗っていた筈だろう!?」

「あぁ~~~!行ってしまったぁ~~~!!」

狼狽える二人とは別に男の嘆きが背中から大きく響いてきて驚いて振り返る。
二人の後ろには両手と両膝を地面に着けてガックリと項垂れる男がいた。
その姿は声をかけずにはいられない程の悲壮感と哀愁が漂っている。

「あの、どうかしましたか?」

ブライトが尋ねると男は勢いよく顔を上げて今にも泣きだしそうな表情を見せた。
その顔に二人はぎょっと驚く。

「な、泣いてる・・・?」
「いや、まだ泣いてないよ。まだ・・・」
「キミたちは・・・?」
「僕達はロイヤルワンダー学園の生徒です。僕はブライトでこっちはシェイドです」
「どうも」
「ブライト君にシェイド君だね。僕はナイティー星ミラード国の王子・アッド。一年前にロイヤルワンダー学園を卒業したOBだけど気を遣わなくていいよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ」
「じゃあアッド。キミはさっき『行ってしまった』と嘆いていたけど一体どうしたんだい?」
「そうだ、そうだった!聞いてくれ!さっきの馬車は僕が探しているとある女性が乗っている馬車なんだ!僕はその女性を求めてこのロイヤルワンダープラネットまで来てずっっっと探していたんだ!なのに・・・なのに・・・あんな木の下にいたなんて!盲点だった!!くそ~!もっとこっちを重点的に探していれば!!」

ドンドン!と地面を叩いて泣き叫ぶアッドに流石のブライトもシェイドも顔を引きつらせる。
捲し立てるように説明したかと思いきや男の悔し泣き。
相当癖の強い男だと思った。
そんなアッドに気を遣いつつシェイドは馬車の事について知っている事はないか尋ねた。

「まぁ、なんだ、とりあえず元気出せ。それよりもあの馬車について何か知ってるのか?実は俺達の知り合いのふたごのプリンセスがあの馬車に乗ってしまったんだ」
「えっ!?キミたちの知り合いが!?」
「もしもお前の探してる女性がミラード国の女性なら連れ戻したいんだが出来るか?」
「それは・・・すまない、出来ない。というよりも難しいな」

アッドがすまなそうな表情を見せるとブライトは首を傾げた。

「難しいって?どうして?」
「実は僕、彼女の名前も住んでいる場所も知らないんだ」
「はぁっ!?」
「何だって!?」
「分かっているのはミラード国に住む『かくれんぼの魔女』でとても美しいちょっと意地悪な女性という事だけだ」
「『かくれんぼの魔女』?」

シェイドが聞き返すとアッドは頷いて説明をしてくれた。

「ミラード国には『かくれんぼの魔女』という人の目を欺けたり気付かせにくくさせる魔法を使うのが得意な魔女がいてね。そんなもんだから誰もその魔女の事をよく知る人はいないんだ。稀に見つけられる人がいるんだけど見つけた人の中でも手記とか記録に残してる人は少なくてその中からある人は『かくれんぼの魔女』と呼んでいたから僕達の国でもそう呼んでいるっていう感じだ」
「なるほど。じゃあ、あの時ファインとレインが話していた相手はそのかくれんぼの魔女だったんだな」
「誰と話してるか全然分からなったけどどうりで」
「ちなみにかくれんぼの魔女は自分を見つけた人を遊びに誘うんだそうだ。だからキミたちの知り合いのプリンセスたちも遊びに誘われたんだと思うよ」
「その遊びが終わったら帰ってくるのか?」
「うーん、どうだろう。絶対とは言えないけど多分帰してくれると思うよ。いや、帰してくれる筈だ。あんな美しい彼女がそんなそこまでの意地悪をする筈がない!」

確信はないものの強く言い切るアッドにブライトとシェイドは思わず顔を見合わせる。
どこから出て来るのか分からないその自信の源についてブライトが尋ねた。

「どうしてそう言い切れるんだい?」
「実は僕、少し前に開いたパーティーでそのかくれんぼの魔女と踊った事があるんだ」
「かくれんぼの魔女がパーティーに参加してたのかい?」
「ああ、そうなんだ。偶然招待状が彼女にも届いたんだと思う。で、パーティーの時に一人で美味しそうに料理を頬張る彼女を見つけて不思議に思ったんだ。こんなにも美しい女性をどうして誰もダンスに誘わないのだろうって。それでダンスに誘ったら彼女は快く応じてくれてね。そこからはもう彼女の虜さ。彼女とのダンスはとても楽しくて時間を忘れそうになる程だった」

アッドはその時の事を思い出して照れたように頬を赤くしながらはにかむ。
美しく整えられた金色の髪、照明の光を反射する曇りなき宝石のアクセサリー、印象的な真っ赤な口紅を引いた唇。
軽やかなステップは躍っているこちらも楽しくなるほどだった。
ダンスが終わった後も話がしたくてバルコニーに誘って談笑をした。
お互いの会話は弾んでずっと話していられると思ったくらいだ。
しかし幸せな時間は永遠には続かないもので。

「ところが0時になった途端、彼女は大切な用事を思い出したと言って帰ってしまったんだ。衛兵に命令して急いで後を追わせたんだけど見失ってしまってどこに行ったか分からなくなったんだ」
「どうして名前は聞かなかったんだい?」
「いやぁ、話に夢中でつい聞きそびれちゃって・・・」
「何か手掛かりはなかったのか?急いで帰ったのなら落とし物をしたとか」
「それが全く何も・・・僅かな手掛かりは僕の記憶を頼りに描かせた似顔絵だけ。ちなみにこれがそうだ」

そう言ってアッドは懐から一枚の紙を取り出して二人に見せた。
紙にはアッドが絵師に描かせたであろう女性の似顔絵が描かれており、中々の美人である事が窺える。
とはいえ、相手は人の目を欺いたり気付きにくくさせる事が出来るかくれんぼの魔女。
これだけの美貌を持ち合わせながらも王子が声をかけるまで誰も気付かなかったくらいだ、この似顔絵をばら撒いた所でそう易々と見つかるとは到底思えなかった。
そしてシェイドとブライトの考えは見事に的中した。

「似顔絵をばら撒いてみたものの、目撃情報はゼロ。それどころか我こそがかくれんぼの魔女であると偽って名乗り出る女性が続出する始末・・・」
「まぁ妃になれるチャンスだからな」
「そこから色々調べていく内にかくれんぼの魔女である可能性が高いという判断に至ったって事かな?」
「ああ、そうだ。これだけ手を尽くして見つからないのは逆に不自然だったからね」
「そのかくれんぼの魔女について記した本に魔女の名前とか書いてなかったのかな?」
「あるものもあればないものもある。それに本によっては外見や性格が全く違うから多分魔女は世代交代してるか或いは何人かいるんだと思う。これも確定的な話ではないが」
「手強いな」
「でも共通している事が一つだけあって、どうやら魔女はこの時期になるとロイヤルワンダープラネットに遊びに来ているみたいなんだ。それで僕は遠路遥々ここまでやって来て探していたという訳だ」
「そして見つけられず見事に逃げられたと」
「そ〜なんだよ〜!」

シェイドにトドメを刺されてアッドは再び泣き崩れる。
ブライトが「シェイド」と名前を呼んで諫めるが彼にはどこ吹く風。
相変わらず他人に対しても容赦のない男である。
しかし男には不屈の精神があったようで、涙を拭くと立ち上がって言った。

「だが、ふたごのプリンセスを遊びに誘ったとなればもしかしたら明日開かれる舞踏会に参加するかもしれない」
「え?舞踏会?」
「明日開かれるのにこんな所でこんな事してていいのか?」
「舞踏会なんかよりも彼女を探す方が大事だよ!それに事前準備は済ませてあるからそこまで慌てなくても大丈夫だし。それよりもキミたちもどうだい?僕の友人として特別招待って事で舞踏会に参加させてあげられるよ。もしかしたら魔女さんもキミたちの知り合いを連れて参加するかもしれないし」
「可能性は半々といったところだが・・・」
「会える可能性があるならそれに賭けるに越した事はないね」
「じゃあ決まりだ。明日はお休みだよね?一応学園に外出申請を出してから行こう。キミたちの知り合いのプリンセスについても僕が急遽招待したって事で誤魔化すよ」
「助かる」
「早速行こうか」

三人は一旦学園に戻ると諸々の申請をしてからミラード星へと向かうのであった。
ちなみに事の次第を知ったプーモやキャメロットが大きな溜息を吐いていたのは言うまでもない。
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