毎日がプリンセスパーティー
「それでサプライズにレインへの愛を綴った花火を打ち上げたんだ」
「相変わらずお前は恥知らずだな」
ここは宝石の国の庭園。
お茶をしていたシェイドはブライトの惚気に冷たいツッコミを入れながら紅茶を一口飲んだ。
宝石の国なだけあって紅茶も一級品の茶葉を使っていてとても美味しいのだがブライトの惚気で一気に台無しになった気がする。
「そうは言うけどシェイドの方はどうなんだい?レインが仕事ばっかりでファインをほったらかしてるって愚痴を溢してたけど」
シェイドの嫌味と皮肉のこもったツッコミに慣れているブライトはそれをサラリと軽く流すとシェイドの恋愛事情を突っついてみた。
するとシェイドは分かりやすくムスッとした顔付きになると忌々し気に語った。
「何とか時間を作って会ってるのにそのレインの入れ知恵の所為で台無しになりつつある」
「それ多分絶対シェイドが悪いと思うんだけど何があったの?」
「ファインがプーモを連れて来る上に外に行こうって提案ばかりしてくるんだ」
「ん?プーモはともかくとして外に行こうっていうのは?普段は城の植物園や応接室とかで話をしてるのかい?」
「俺の部屋で話してる」
「いやぁ、やっぱりレインが正しいなぁ」
「言っておくがファインが勝手に入って来るだけで俺が率先して招き入れてる訳じゃないぞ」
「でも外に連れ出さないでそのまま部屋で話し込んでるんだろう?」
「その方がゆっくり出来る上にキスをしようとすると恥ずかしがって逃げ回るファインを追い詰める楽しさが待ってるからな」
「相変わらずシェイドは性格悪いね。天罰が降らなかっただけマシと思いなよ」
むしろプーモを同行させたりファインに外でデートするように勧めるだけに留めたレインが女神のように思える。
というよりも月の国のプリンスの部屋でこのような事態が繰り広げられているのをムーンマリアは知らないのだろうか。
いや、知らないからこそシェイドが今までしれっとファインを部屋に招いて追いかけっこをしていられたのだろう。
ミルキー辺りは知っていそうな気もするが頭の良い子なので空気を読んで放っておいてる可能性が高い。
そこまで考えて何だかファインが可哀想になってブライトは内心同情するのであった。
「ファインに意地悪をしてきたツケだと思ってこれを機に心を入れ替えてその捻くれた性格を矯正する事だね」
「その結果がお前みたいな恥ずかしい人間になるなら謹んで断るよ」
「シェイド、相当鬱憤溜まってるでしょ?いつにもまして嫌味と皮肉が酷いんだけど」
「俺の身になって考えてみろ。頑張って作った時間を有意義に過ごそうとしても出来ないんだぞ。監視を付けられたり入れ知恵をされたりして嫌がらせされてるんだよ」
「単純にレインはファインを守りたいだけだと思うよ。シェイドが暴走してファインを傷付けないようにって」
「お前達は俺を何だと思ってるんだ」
「猫被りが上手なムッツリ腹黒プリンス」
「覚えてろよブライト。この借りはキッチリ返してやるからな」
「じょ、冗談じゃないか!やだなぁシェイドは!」
顔に暗い影を落とし、夜空色の瞳を鋭く光らせた時のシェイドは本気で怒っている証拠なのでブライトは慌てて取り繕った。
もしもこのまま放っておいたら確実に何かしらの報復をされるのは間違いなかった。
つくづく恐ろしいプリンスである。
とりあえず怒りは収めてくれたのか、シェイドはまた紅茶を一口飲むと、はぁ、と拗ねたように息を吐いた。
「漸く慣れて来た所だっていうのに無駄にされる訳にはいかない・・・」
「え?慣れて来たって?キスが?」
「ん?あぁ・・・まぁ、そうだな」
シェイドはチラリとブライトを見たものの、すぐに視線を逸らして曖昧に笑った。
なんだか腑に落ちない反応だがキスなどの男女の深いあれこれが絡むものに首を突っ込み過ぎるのは無粋だと判断してブライトはそれ以上の事は何も聞かなかった。
「僕がレインを説得してプーモの監視は緩めるようにしてもらおうか?」
「いや、大丈夫だ。何とかする。それに言われてみれば気分を変えて外も悪くないしな」
ニヤリと上がった口角にブライトは嫌な予感がして、今度のデートでレインにこの事を報告しようと思った。
対するシェイドはブライトがレインに報告するのを見越して帰りに宝石の国のお菓子のお店で沢山のお菓子を購入するのだった。
それから数日後の宝石の国の庭園。
今日も今日とてレインはブライトとお茶を楽しんでいた。
しかしその内容はあまり穏やかものではなかった。
「シェイドが外出に納得してたんですか?」
ブライトの淹れたダージリンを楽しんでいたレインはブライトが先日シェイドとしたやり取りの内容について聞かされていた。
意外そうに驚くレインに「ああ」と頷いてブライトは眉根を寄せながら続ける。
「気分を変えて外も悪くないってニヤリと笑ってたんだ」
「それ絶対ロクな事考えてないわ!」
「しかもその前の会話の時に『漸く慣れて来た所なのに』とかなんかとかブツブツ呟いてたんだ」
「慣れて来たって何がですか?キスがですか?」
「僕もそう思ったんだけど何か引っかかるんだよね・・・」
「凄く意味がありそうですよね。『漸く慣れて来た』『外も悪くない』・・・って、もしかして!!?」
「いや、まさかそんな―――」
「でももしもって事があるわ!ブライト様、今すぐ月の国に行きましょう!!」
「あっ!待つんだレイン!走ると危ないよ!」
慌てて立ち上がって気球発着場へ走り出すレインをブライトも急いで追いかけるのだった。
一方その頃、月の国の植物園では・・・。
「今日は頼んだぞ、ミルキー。妄想の激しい奴らが人聞きの悪い事を喚き散らしてやってくるかもしれないからな」
「お兄様一体どんな嘘をついたの?」
ブライトとお茶をした帰りにシェイドが宝石の国で買ったお菓子はミルキーに協力してもらう為の報酬として購入したものだった。
勿論ミルキーは大好きな兄の頼み、引いては大好きなお菓子の為にその申し出を快く引き受けた。
とはいえ、穏やかになりそうにない状況にクッキーを食べながら怪訝そうに自分と同じ夜空色の瞳を覗き込む。
しかしシェイドは一切動揺する事なくサラリと答える。
「嘘なんかついてないぞ。ただ事実を曖昧にぼかしてそれっぽく言っただけで」
「そんな事をしてもレインに接近禁止令を突きつけられるだけど思いますけど」
「今その一歩手前の事をされてるんだ。こうなったら何をしようが同じだ」
「だからってわざわざ勘違いされるような事を言わなくてもいいのに」
「人を振り回す時は自分も振り回されるという事を身をもって知る良い機会だ」
「お兄様って相変わらず容赦ないですよね。まぁいいですけど」
言ってミルキーはまた一枚クッキーをパクッと食べる。
宝石の国で作られたそれはとても美味しくてほっぺたが落ちそうだ。
「でも意地悪な性格も程々にして下さいね?でないとファインに嫌われますよ?」
「そこは十分気を付けてるから問題はない」
「ならいいですけど」
「シェイドー!ミルキー!」
元気いっぱいの声が植物園に響く。
振り返ればプーモを伴ったファインがやって来ていてミルキーはパッと笑顔になり、シェイドも表情を綻ばせた。
「ファイン!」
「来たか」
「お待たせ!・・・って、もしかしてお話中だった?」
「ぜ~んぜんへーき!それよりもファインもクッキー食べる?」
「食べる食べるー!」
ファインはにんまりと笑顔を浮かべると早速クッキーを一枚頬張った。
その幸せそうな顔は自分といる時よりも幸せなんじゃないだろうかとシェイドは一瞬自信を失いそうになる。
いや、そんな事はないとかぶりを振ると静かに立ち上がった。
「ファイン、今日も外か?」
「うん!」
「ならオアシスなんてどうだ?良い所を知ってるんだ」
「行く行く~!」
「じゃあ決まりだな」
「いってらっしゃい、お兄様、ファイン!」
「後は頼んだぞ、ミルキー」
「はーい!」
「ん?何を頼んだの?」
「いや、こっちの話だ。それより行くぞ」
「うん?」
「それではミルキー様、ご機嫌よう―――」
「プーモ!一緒に遊びましょう!」
恭しくお辞儀をしてファインとシェイドに同行しようとするプーモの尻尾を掴むとミルキーは勢いよく引っ張った。
「プモォッ!?」というプーモの悲鳴にファインはチラリと振り返るがシェイドが先を促したので声をかける事はせずにそのまま植物園を出て行ってしまった。
ファインがシェイドと二人きりで出て行ってしまった事、そしてミルキーが同行を阻害してきた事にプーモは自分の尻尾を引っ張りながら声を荒げて抗議をする。
「な、何をするのでプモかミルキー様!?ファイン様がシェイド様と二人きりで行ってしまわれたでプモ!」
「二人きりで行かせる為にプーモを引き止めたんじゃない。お兄様に殺されたいの?」
「ですが僕の優先順位はレイン様の言い付けでプモ!」
「ファインの幸せとどっちが優先順位は高い?」
「それは・・・」
「安心して、レインには私から言っておくから。ね?」
「プモ・・・」
プーモは何度か視線を泳がせて悩む素振りを見せたものの観念したのか、疲れたように息を吐いて項垂れる。
これでファインを追いかける事はしないだろうと悟ったミルキーは優しくプーモの尻尾を放してあげた。
「大丈夫よ。お兄様はぶっきらぼうで素直じゃない所があるけどファインの事は凄く大切にしてるわ。というよりもレインは何が気に入らないのかしら?」
「そもそもが気に入ってないでプモ。シェイド様が将来レイン様からファイン様を取り上げる事そのものが」
「レインはファインとずっと一緒だったものね~」
「それにもしもの事が起きてファイン様が傷付いてシェイド様を嫌いになったりしないかと心配しておられますでプモ」
「成る程ね~。でも大丈夫よ、確かにお兄様は手が早いけどファインの事は凄く丁寧に扱ってるから!」
「その手の早さが心配なんでプモ・・・」
ファインとシェイドが付き合うまでかなりの時間がかかった。
対するレインとブライトは二人よりもかなり早い時期に付き合い始めて随分経つ。
しかしその進展具合は遅々としたもので、レインがブライトとキスをするようになったのは本当に極々最近の事。
それなのにファインとシェイドが付き合い始めたのも極々最近の事で、キスをしたというのも極々最近の事であった。
最近付き合い始めたにも関わらずもうキスまで発展したのかと聞いた時はプーモもレインも目が飛び出しそうになった。
シェイドの手の早さに心配と危機感を覚えるのも無理はないというもの。
「心配しなくても平気よ!結婚するまではお兄様も大人のキスで我慢するわ、きっと!」
「だといいのでプモが・・・って、へ?ミルキー様、今、大人のキスって・・・?」
「あっ」
しまった、と言わんばかりにミルキーは自分の口元を抑えるが時既に遅し。
目を大きく見開いたまま固まるプーモに、その後激しく問い詰められるのにそう時間はかからないのであった。
その頃、ファインはシェイドの操縦するサンドヨットでオアシスに訪れていた。
ヤシの実が囲う大きくて美しいオアシスはまるで楽園のようにファインの瞳に映る。
自分達以外の人とプーモがいないのが気になるが外だから問題ないだろう。
「綺麗なオアシスだね。最近出来たの?」
「いや、随分昔からある。ただ街や村からは遠いから使用する者はあまりいないんだ」
「ふ~ん。まぁ確かに結構遠いもんね」
「そういう事だ。それよりこっちだ」
「へ?」
手を掴まれて引っ張られる。
遅れて踏み出した為に一瞬足がもつれそうになったが持ち前の運動神経で何とか踏ん張ってシェイドの後に続いて歩いた。
「シェ、シェイド・・・?」
「外だから大丈夫だと思ってるだろ」
「えっ!?何で分かったの!?」
「顔に書いてある」
「て、ていうか待って!?まさか外でするの!!?」
「外に行くって言ったのはお前だろ。自分の発言には責任を持つんだな」
「だからって―――わぁっ!?」
急に立ち止まったかと思うと振り返ってファインを軽々と抱き上げるシェイド。
驚き慌てるファインなど無視してさっさとヤシの木の陰に腰を下ろして木に背を預けてしまう。
「あ、あの・・・シェイド・・・?」
シェイドの腕の中、しっかり抱きかかえられた体。
自分達以外誰もいない静かなオアシス。
部屋で追い詰められる以上の逃げ場のなさと危機感にファインはじっとりと汗をかいて顔を引き攣らせる。
しかしシェイドからは逃がしてくれるような雰囲気は微塵もなく。
「キャンディーの味は何がいい?」
「ほ、本当にするの!!?」
「しつこいぞ。やると言ったらやるんだ」
「そんな~!」
「お前がやらないなら俺がやるぞ」
「だ、ダメ!シェイド手加減してくれないもん!」
「ならさっさとするんだな。それで味はどうするんだ?」
「うぅ・・・イチゴで・・・」
「イチゴだな」
ポケットの中に忍ばせていたキャンディーの袋に手を入れるとシェイドはイチゴ味を探った。
それは然程の時間を要せず、時間稼ぎにもならない程の短さでもってシェイドの手に掴まれ、ファインの心をあっという間に追い詰める。
ほら、と言われて手渡されたイチゴのキャンディーを震える手で受け取ると、そっと透明な袋を破いた。
チラリと一縷の望みをかけて夜空色の瞳を見上げても容赦してくれる気配は一切なく。
ファインは覚悟を決めるとパクッとキャンディーを口の中に放り込み、それからシェイドに唇を重ねた。
「ん・・・」
ちろり、と熱い舌がファインの唇の上を滑る。
開けろという合図だ。
唇を震わせながら開くとぬるりと熱い舌が入ってきてファインの体は僅かに揺れた。
「んんっ・・・!」
きゅっ、とシェイドの服を掴む手に力を込めてキャンディーを巡った攻防を繰り広げる。
初めて舌を交わした時はびっくりして思わずシェイドの舌を噛んでしまい、シェイドの眉間に皺を作ってしまった。
それ以降噛みはしなかったものの、恥ずかしくてファインはすぐにギブアップしたり逃げ出してしまう事が多々あった。
そこでシェイドが考えたのがキャンディーを舐めながらキスをするというもの。
ファインは食べ物が大好きだから、これを食べながらキスをすればいくらか気も紛れてキスも長く続くだろうというものである。
キスするだけでもオーバーヒート寸前のファインからしてみれば味は半分分からないものの、気が紛れるのは確かだったのでとりあえず承諾した。
しかしキャンディーが舐め終わるまでかなり長く続くこの行為に「もしや嵌められたのでは?」と気付いた時には既に何もかもが手遅れだった。
やんわり拒んでみるも代替案を出せと言われ、それが思いつかずに罰としてベッドに押し倒されて容赦のない激しいキスをされた。
代替案が出ない以上この状況が打開される事はなく、ファインはただシェイドとの大人のキスに溺れるしかなかった。
唯一の救いはファインの方からキスをすればある程度優しくしてくれるという事だろうか。
「ん・・・ぅ・・・」
そろそろ息が苦しくなってきたという合図でシェイドの胸元をそっと押し返す。
「・・・」
しかしファインの要求が呑まれる事はなく、逆に深く口付けられてしまった。
「んーんー!」
ドンドン、と胸元を叩いても解放はされず、深く甘く口付けられてしまう。
次第にファインの瞳がとろんと蕩けていき、抵抗が止んだ所でシェイドは銀色の糸を引きながらキャンディーを奪ってファインを解放した。
「はぁ・・・はぁ・・・シェイ、ドぉ・・・」
呼吸を乱して蕩けて濡れている瞳で説明を求めるように見上げる。
何故、手加減をしてくれなかったのかと。
夜空色の瞳は涼やかに細められると意地悪く口角を上げた。
「レインの入れ知恵を聞いた罰だ」
「ふぇ・・・?」
「本気で嫌なら言えって言っただろ」
「だって・・・嫌じゃないもん・・・恥ずかしいだけで・・・」
「なら、慣れるように今日はとことんやるしかないな」
「えっ?と、とことんって・・・」
「覚悟しろ、出来なかった分を今日は取り戻すからな。イチゴが終わったら次はレモンだ」
「ままま待ってシェイド!まっ―――」
わたわたと制止をかけようとするファインの唇をイチゴのキャンディーと共にシェイドは塞いだ。
城の方ではファインがシェイドに襲われると騒ぎながらレインとブライトがやってきたがミルキーが上手く収めてくれたのでシェイドは事無きを得るのだった。
しかしレインによってしばらくの間、ファインへの接近禁止令を突きつけられたのは言うまでもない。
END
「相変わらずお前は恥知らずだな」
ここは宝石の国の庭園。
お茶をしていたシェイドはブライトの惚気に冷たいツッコミを入れながら紅茶を一口飲んだ。
宝石の国なだけあって紅茶も一級品の茶葉を使っていてとても美味しいのだがブライトの惚気で一気に台無しになった気がする。
「そうは言うけどシェイドの方はどうなんだい?レインが仕事ばっかりでファインをほったらかしてるって愚痴を溢してたけど」
シェイドの嫌味と皮肉のこもったツッコミに慣れているブライトはそれをサラリと軽く流すとシェイドの恋愛事情を突っついてみた。
するとシェイドは分かりやすくムスッとした顔付きになると忌々し気に語った。
「何とか時間を作って会ってるのにそのレインの入れ知恵の所為で台無しになりつつある」
「それ多分絶対シェイドが悪いと思うんだけど何があったの?」
「ファインがプーモを連れて来る上に外に行こうって提案ばかりしてくるんだ」
「ん?プーモはともかくとして外に行こうっていうのは?普段は城の植物園や応接室とかで話をしてるのかい?」
「俺の部屋で話してる」
「いやぁ、やっぱりレインが正しいなぁ」
「言っておくがファインが勝手に入って来るだけで俺が率先して招き入れてる訳じゃないぞ」
「でも外に連れ出さないでそのまま部屋で話し込んでるんだろう?」
「その方がゆっくり出来る上にキスをしようとすると恥ずかしがって逃げ回るファインを追い詰める楽しさが待ってるからな」
「相変わらずシェイドは性格悪いね。天罰が降らなかっただけマシと思いなよ」
むしろプーモを同行させたりファインに外でデートするように勧めるだけに留めたレインが女神のように思える。
というよりも月の国のプリンスの部屋でこのような事態が繰り広げられているのをムーンマリアは知らないのだろうか。
いや、知らないからこそシェイドが今までしれっとファインを部屋に招いて追いかけっこをしていられたのだろう。
ミルキー辺りは知っていそうな気もするが頭の良い子なので空気を読んで放っておいてる可能性が高い。
そこまで考えて何だかファインが可哀想になってブライトは内心同情するのであった。
「ファインに意地悪をしてきたツケだと思ってこれを機に心を入れ替えてその捻くれた性格を矯正する事だね」
「その結果がお前みたいな恥ずかしい人間になるなら謹んで断るよ」
「シェイド、相当鬱憤溜まってるでしょ?いつにもまして嫌味と皮肉が酷いんだけど」
「俺の身になって考えてみろ。頑張って作った時間を有意義に過ごそうとしても出来ないんだぞ。監視を付けられたり入れ知恵をされたりして嫌がらせされてるんだよ」
「単純にレインはファインを守りたいだけだと思うよ。シェイドが暴走してファインを傷付けないようにって」
「お前達は俺を何だと思ってるんだ」
「猫被りが上手なムッツリ腹黒プリンス」
「覚えてろよブライト。この借りはキッチリ返してやるからな」
「じょ、冗談じゃないか!やだなぁシェイドは!」
顔に暗い影を落とし、夜空色の瞳を鋭く光らせた時のシェイドは本気で怒っている証拠なのでブライトは慌てて取り繕った。
もしもこのまま放っておいたら確実に何かしらの報復をされるのは間違いなかった。
つくづく恐ろしいプリンスである。
とりあえず怒りは収めてくれたのか、シェイドはまた紅茶を一口飲むと、はぁ、と拗ねたように息を吐いた。
「漸く慣れて来た所だっていうのに無駄にされる訳にはいかない・・・」
「え?慣れて来たって?キスが?」
「ん?あぁ・・・まぁ、そうだな」
シェイドはチラリとブライトを見たものの、すぐに視線を逸らして曖昧に笑った。
なんだか腑に落ちない反応だがキスなどの男女の深いあれこれが絡むものに首を突っ込み過ぎるのは無粋だと判断してブライトはそれ以上の事は何も聞かなかった。
「僕がレインを説得してプーモの監視は緩めるようにしてもらおうか?」
「いや、大丈夫だ。何とかする。それに言われてみれば気分を変えて外も悪くないしな」
ニヤリと上がった口角にブライトは嫌な予感がして、今度のデートでレインにこの事を報告しようと思った。
対するシェイドはブライトがレインに報告するのを見越して帰りに宝石の国のお菓子のお店で沢山のお菓子を購入するのだった。
それから数日後の宝石の国の庭園。
今日も今日とてレインはブライトとお茶を楽しんでいた。
しかしその内容はあまり穏やかものではなかった。
「シェイドが外出に納得してたんですか?」
ブライトの淹れたダージリンを楽しんでいたレインはブライトが先日シェイドとしたやり取りの内容について聞かされていた。
意外そうに驚くレインに「ああ」と頷いてブライトは眉根を寄せながら続ける。
「気分を変えて外も悪くないってニヤリと笑ってたんだ」
「それ絶対ロクな事考えてないわ!」
「しかもその前の会話の時に『漸く慣れて来た所なのに』とかなんかとかブツブツ呟いてたんだ」
「慣れて来たって何がですか?キスがですか?」
「僕もそう思ったんだけど何か引っかかるんだよね・・・」
「凄く意味がありそうですよね。『漸く慣れて来た』『外も悪くない』・・・って、もしかして!!?」
「いや、まさかそんな―――」
「でももしもって事があるわ!ブライト様、今すぐ月の国に行きましょう!!」
「あっ!待つんだレイン!走ると危ないよ!」
慌てて立ち上がって気球発着場へ走り出すレインをブライトも急いで追いかけるのだった。
一方その頃、月の国の植物園では・・・。
「今日は頼んだぞ、ミルキー。妄想の激しい奴らが人聞きの悪い事を喚き散らしてやってくるかもしれないからな」
「お兄様一体どんな嘘をついたの?」
ブライトとお茶をした帰りにシェイドが宝石の国で買ったお菓子はミルキーに協力してもらう為の報酬として購入したものだった。
勿論ミルキーは大好きな兄の頼み、引いては大好きなお菓子の為にその申し出を快く引き受けた。
とはいえ、穏やかになりそうにない状況にクッキーを食べながら怪訝そうに自分と同じ夜空色の瞳を覗き込む。
しかしシェイドは一切動揺する事なくサラリと答える。
「嘘なんかついてないぞ。ただ事実を曖昧にぼかしてそれっぽく言っただけで」
「そんな事をしてもレインに接近禁止令を突きつけられるだけど思いますけど」
「今その一歩手前の事をされてるんだ。こうなったら何をしようが同じだ」
「だからってわざわざ勘違いされるような事を言わなくてもいいのに」
「人を振り回す時は自分も振り回されるという事を身をもって知る良い機会だ」
「お兄様って相変わらず容赦ないですよね。まぁいいですけど」
言ってミルキーはまた一枚クッキーをパクッと食べる。
宝石の国で作られたそれはとても美味しくてほっぺたが落ちそうだ。
「でも意地悪な性格も程々にして下さいね?でないとファインに嫌われますよ?」
「そこは十分気を付けてるから問題はない」
「ならいいですけど」
「シェイドー!ミルキー!」
元気いっぱいの声が植物園に響く。
振り返ればプーモを伴ったファインがやって来ていてミルキーはパッと笑顔になり、シェイドも表情を綻ばせた。
「ファイン!」
「来たか」
「お待たせ!・・・って、もしかしてお話中だった?」
「ぜ~んぜんへーき!それよりもファインもクッキー食べる?」
「食べる食べるー!」
ファインはにんまりと笑顔を浮かべると早速クッキーを一枚頬張った。
その幸せそうな顔は自分といる時よりも幸せなんじゃないだろうかとシェイドは一瞬自信を失いそうになる。
いや、そんな事はないとかぶりを振ると静かに立ち上がった。
「ファイン、今日も外か?」
「うん!」
「ならオアシスなんてどうだ?良い所を知ってるんだ」
「行く行く~!」
「じゃあ決まりだな」
「いってらっしゃい、お兄様、ファイン!」
「後は頼んだぞ、ミルキー」
「はーい!」
「ん?何を頼んだの?」
「いや、こっちの話だ。それより行くぞ」
「うん?」
「それではミルキー様、ご機嫌よう―――」
「プーモ!一緒に遊びましょう!」
恭しくお辞儀をしてファインとシェイドに同行しようとするプーモの尻尾を掴むとミルキーは勢いよく引っ張った。
「プモォッ!?」というプーモの悲鳴にファインはチラリと振り返るがシェイドが先を促したので声をかける事はせずにそのまま植物園を出て行ってしまった。
ファインがシェイドと二人きりで出て行ってしまった事、そしてミルキーが同行を阻害してきた事にプーモは自分の尻尾を引っ張りながら声を荒げて抗議をする。
「な、何をするのでプモかミルキー様!?ファイン様がシェイド様と二人きりで行ってしまわれたでプモ!」
「二人きりで行かせる為にプーモを引き止めたんじゃない。お兄様に殺されたいの?」
「ですが僕の優先順位はレイン様の言い付けでプモ!」
「ファインの幸せとどっちが優先順位は高い?」
「それは・・・」
「安心して、レインには私から言っておくから。ね?」
「プモ・・・」
プーモは何度か視線を泳がせて悩む素振りを見せたものの観念したのか、疲れたように息を吐いて項垂れる。
これでファインを追いかける事はしないだろうと悟ったミルキーは優しくプーモの尻尾を放してあげた。
「大丈夫よ。お兄様はぶっきらぼうで素直じゃない所があるけどファインの事は凄く大切にしてるわ。というよりもレインは何が気に入らないのかしら?」
「そもそもが気に入ってないでプモ。シェイド様が将来レイン様からファイン様を取り上げる事そのものが」
「レインはファインとずっと一緒だったものね~」
「それにもしもの事が起きてファイン様が傷付いてシェイド様を嫌いになったりしないかと心配しておられますでプモ」
「成る程ね~。でも大丈夫よ、確かにお兄様は手が早いけどファインの事は凄く丁寧に扱ってるから!」
「その手の早さが心配なんでプモ・・・」
ファインとシェイドが付き合うまでかなりの時間がかかった。
対するレインとブライトは二人よりもかなり早い時期に付き合い始めて随分経つ。
しかしその進展具合は遅々としたもので、レインがブライトとキスをするようになったのは本当に極々最近の事。
それなのにファインとシェイドが付き合い始めたのも極々最近の事で、キスをしたというのも極々最近の事であった。
最近付き合い始めたにも関わらずもうキスまで発展したのかと聞いた時はプーモもレインも目が飛び出しそうになった。
シェイドの手の早さに心配と危機感を覚えるのも無理はないというもの。
「心配しなくても平気よ!結婚するまではお兄様も大人のキスで我慢するわ、きっと!」
「だといいのでプモが・・・って、へ?ミルキー様、今、大人のキスって・・・?」
「あっ」
しまった、と言わんばかりにミルキーは自分の口元を抑えるが時既に遅し。
目を大きく見開いたまま固まるプーモに、その後激しく問い詰められるのにそう時間はかからないのであった。
その頃、ファインはシェイドの操縦するサンドヨットでオアシスに訪れていた。
ヤシの実が囲う大きくて美しいオアシスはまるで楽園のようにファインの瞳に映る。
自分達以外の人とプーモがいないのが気になるが外だから問題ないだろう。
「綺麗なオアシスだね。最近出来たの?」
「いや、随分昔からある。ただ街や村からは遠いから使用する者はあまりいないんだ」
「ふ~ん。まぁ確かに結構遠いもんね」
「そういう事だ。それよりこっちだ」
「へ?」
手を掴まれて引っ張られる。
遅れて踏み出した為に一瞬足がもつれそうになったが持ち前の運動神経で何とか踏ん張ってシェイドの後に続いて歩いた。
「シェ、シェイド・・・?」
「外だから大丈夫だと思ってるだろ」
「えっ!?何で分かったの!?」
「顔に書いてある」
「て、ていうか待って!?まさか外でするの!!?」
「外に行くって言ったのはお前だろ。自分の発言には責任を持つんだな」
「だからって―――わぁっ!?」
急に立ち止まったかと思うと振り返ってファインを軽々と抱き上げるシェイド。
驚き慌てるファインなど無視してさっさとヤシの木の陰に腰を下ろして木に背を預けてしまう。
「あ、あの・・・シェイド・・・?」
シェイドの腕の中、しっかり抱きかかえられた体。
自分達以外誰もいない静かなオアシス。
部屋で追い詰められる以上の逃げ場のなさと危機感にファインはじっとりと汗をかいて顔を引き攣らせる。
しかしシェイドからは逃がしてくれるような雰囲気は微塵もなく。
「キャンディーの味は何がいい?」
「ほ、本当にするの!!?」
「しつこいぞ。やると言ったらやるんだ」
「そんな~!」
「お前がやらないなら俺がやるぞ」
「だ、ダメ!シェイド手加減してくれないもん!」
「ならさっさとするんだな。それで味はどうするんだ?」
「うぅ・・・イチゴで・・・」
「イチゴだな」
ポケットの中に忍ばせていたキャンディーの袋に手を入れるとシェイドはイチゴ味を探った。
それは然程の時間を要せず、時間稼ぎにもならない程の短さでもってシェイドの手に掴まれ、ファインの心をあっという間に追い詰める。
ほら、と言われて手渡されたイチゴのキャンディーを震える手で受け取ると、そっと透明な袋を破いた。
チラリと一縷の望みをかけて夜空色の瞳を見上げても容赦してくれる気配は一切なく。
ファインは覚悟を決めるとパクッとキャンディーを口の中に放り込み、それからシェイドに唇を重ねた。
「ん・・・」
ちろり、と熱い舌がファインの唇の上を滑る。
開けろという合図だ。
唇を震わせながら開くとぬるりと熱い舌が入ってきてファインの体は僅かに揺れた。
「んんっ・・・!」
きゅっ、とシェイドの服を掴む手に力を込めてキャンディーを巡った攻防を繰り広げる。
初めて舌を交わした時はびっくりして思わずシェイドの舌を噛んでしまい、シェイドの眉間に皺を作ってしまった。
それ以降噛みはしなかったものの、恥ずかしくてファインはすぐにギブアップしたり逃げ出してしまう事が多々あった。
そこでシェイドが考えたのがキャンディーを舐めながらキスをするというもの。
ファインは食べ物が大好きだから、これを食べながらキスをすればいくらか気も紛れてキスも長く続くだろうというものである。
キスするだけでもオーバーヒート寸前のファインからしてみれば味は半分分からないものの、気が紛れるのは確かだったのでとりあえず承諾した。
しかしキャンディーが舐め終わるまでかなり長く続くこの行為に「もしや嵌められたのでは?」と気付いた時には既に何もかもが手遅れだった。
やんわり拒んでみるも代替案を出せと言われ、それが思いつかずに罰としてベッドに押し倒されて容赦のない激しいキスをされた。
代替案が出ない以上この状況が打開される事はなく、ファインはただシェイドとの大人のキスに溺れるしかなかった。
唯一の救いはファインの方からキスをすればある程度優しくしてくれるという事だろうか。
「ん・・・ぅ・・・」
そろそろ息が苦しくなってきたという合図でシェイドの胸元をそっと押し返す。
「・・・」
しかしファインの要求が呑まれる事はなく、逆に深く口付けられてしまった。
「んーんー!」
ドンドン、と胸元を叩いても解放はされず、深く甘く口付けられてしまう。
次第にファインの瞳がとろんと蕩けていき、抵抗が止んだ所でシェイドは銀色の糸を引きながらキャンディーを奪ってファインを解放した。
「はぁ・・・はぁ・・・シェイ、ドぉ・・・」
呼吸を乱して蕩けて濡れている瞳で説明を求めるように見上げる。
何故、手加減をしてくれなかったのかと。
夜空色の瞳は涼やかに細められると意地悪く口角を上げた。
「レインの入れ知恵を聞いた罰だ」
「ふぇ・・・?」
「本気で嫌なら言えって言っただろ」
「だって・・・嫌じゃないもん・・・恥ずかしいだけで・・・」
「なら、慣れるように今日はとことんやるしかないな」
「えっ?と、とことんって・・・」
「覚悟しろ、出来なかった分を今日は取り戻すからな。イチゴが終わったら次はレモンだ」
「ままま待ってシェイド!まっ―――」
わたわたと制止をかけようとするファインの唇をイチゴのキャンディーと共にシェイドは塞いだ。
城の方ではファインがシェイドに襲われると騒ぎながらレインとブライトがやってきたがミルキーが上手く収めてくれたのでシェイドは事無きを得るのだった。
しかしレインによってしばらくの間、ファインへの接近禁止令を突きつけられたのは言うまでもない。
END