毎日がプリンセスパーティー

「観念しろ、ファイン」
「うぅ・・・」

ここは月の国の王宮・シェイドの部屋。
今この部屋には久し振りに会う事が叶ったシェイドの恋人であり、おひさまの国のプリンセスであるファインが訪れていた。
つい先程までは会えなかった時間を埋めるように楽しくお喋りをしていた二人だったが、なんやかんやあって今は追いかけっこのようなものをしている。
ようなもの、というのはそれが正真正銘の遊びではないからだ。

「いつになったら慣れるんだ」
「だってぇ・・・」

シェイドと一定の距離を保ちながらジリジリと後退していくファイン。
しかし、トン、と背中が壁に当たって驚いて振り返る。
見ればそこは部屋の角。
慌てて別経路からの逃走を試みようとするが、ドン、と顔の両側の壁に手を突かれて完璧に退路を断たれてしまう。

「これでもう逃げられないぞ」
「まままま待って~!」

悲鳴にも近いファインの懇願が聞き入れられる事はなかった。







それから数日後のおひさまの国のふたごのプリンセスの部屋では・・・。

「それでねそれでね!ブライト様と湖をお散歩してその後にキスをね!キャーキャー!もうどうしましょう~!!」
「お、落ち着いて、レイン・・・」

赤くなっている顔を両手で覆いながらベッドの上でゴロゴロと転がって興奮するレインを顔を引き攣らせながらファインは宥める。
成長してもレインのこうした所は治るどころか悪化の一途を辿っているのであった。

「そういえばファインの方はどう?シェイドとは上手くいってる?」

ひとしきり興奮し終えたレインはベッドの縁に座り直すとファインと向き合い、シェイドとの仲を聞いた。
やはり聞いてきたかと内心構えていたファインは途端に頬を朱色に染めると俯きながら恥ずかしそうに答える。

「その・・・この間会って沢山お喋りして・・・それで・・・」
「キスしたの?」
「・・・・・・うん・・・」
「フフ、ファインったら相変わらずこの手の話になるともじもじするわね」
「だってぇ・・・」
「それで?どこでしたの?オアシスとか?」
「シェイドの部屋に決まってるじゃん!外とか恥ずかしくて無理だよ~!」
「ええっ!?部屋の方が大胆過ぎるわよ!?」
「そ、そうなの!!?」
「だって男の人の部屋よ!?どういう意味か分かってる!?」
「でも外で誰かに見られるよりはプライバシーが守られるよ!!」

レインは一瞬、眩暈がしそうになった。
ファインが奥手で慎重なのは知っていたがまさか誰かに見られるのを恐れてシェイドと二人きりで部屋にいたとは。
今まで話の中で『部屋』というワードは出てこなかったので、てっきり自分と同じように外でデートをしてその流れでキスをしているのだと思っていたがまさかシェイドの部屋でしていたとはまるで知らなかった。
どうりでシェイドにファインの事で突っついたり焚き付けたりしても余裕な態度を返されると思ったら真実はこういう訳だったのか。
これで何も間違いが起きていないのは偏にシェイドが『プリンス』でファインが『プリンセス』だからだろう。
素っ気なくてぶっきらぼうでムッツリな彼にもプリンスとしての矜持があったという訳だ。
相手がおひさまの国の『プリンセス』であるファインならば尚更。
しかし念には念を。
レインは大きく深呼吸を数回するとファインに質問をした。

「ファイン、正直に答えてね。シェイドとはまだキスしかしてないのよね?」
「う、うん」
「他に変な事とかされてない?」
「変な事って?」
「ファインが嫌だなって思うような事よ」
「うーん、と・・・ない、かな?」

素直に答える様子から見て嘘はついていないようだ。
という事は本当にまだキス止まりなのだろう。
これでもしもキス以上の関係まで突き進んでいたら今すぐにでもシェイドに怒鳴り込んでいた所だ。
繊細で恋愛には超の付く奥手のファインを守る為にもレインは今度は忠告をする。

「いい?ファイン。今度からシェイドと会う時は外で会いなさい。それからキスも外でするのよ」
「え~!?」
「え~じゃないの。これもファインの為なのよ!」
「で、でも外でキスだなんてそんな・・・!」
「考えてもみなさい。いつか結婚する時は大勢の人の前で誓いのキスをするのよ?そんな時になっても逃げるつもり?」
「それは・・・」
「その時に備えて今のうちに練習しておくのよ。そしたらファインも恥をかかなくて済むわ」

それにシェイドの毒牙にかかる事もないし、という言葉は心の中で呟いた。

「う~・・・でも確かにレインの言う通りだよね。ちゃんと慣れておかないとシェイドに迷惑かけちゃうもんね」
「そうそう」
「それに外なら追い詰められる事もないしね!」
「そう・・・え?」
「あのね、その・・・き、キスする時にアタシってば恥ずかしくなってすぐに逃げちゃうんだけどさ・・・その度に壁に追い詰められてるんだ。それがまた、その・・・凄く緊張して恥ずかしくて・・・」
「・・・ねぇファイン、どんな風に追い詰められてるの?」
「こう、アタシの顔の両側にドンッて手を突かれるんだ」
「あらぁ、そう・・・それは世間で言う所の壁ドンねぇ・・・」
「レイン・・・?何で怒ってるの・・・?」
「怒ってなんかないわよぉ?」
「う、嘘だ!だって拳握り締めてるもん!!」

プルプルと青筋を立てて震えるレインの拳を指差してファインは怯える。
しかしそんなファインには構わずレインはシェイドへの怒りを募らせた。
部屋の中で追いかけっこをしてじりじりとファインを追い詰めて楽しむシェイドの姿が容易に目に浮かぶ。
ファインが逃げるから、という大義名分があるから尚更楽しんでいた事だろう。
自分のように清くて絵本やドラマのようなロマンチックな恋愛をして欲しいと願っていただけに、恐らくは毎回キスの度にそうしているのだと思うと腹立たしいなんてものではなかった。

(私だってまだブライト様とした事ないのに!)

自分やブライトですら、まだ触れるだけのキスしかしていないのにそれをシェイドが自分からファインを奪うついでにちょっと危険な香りのする行為をしていたなんて負けたような気がして益々許せなかった。
勿論、シェイドがその辺の事を考慮する義理など全くない上に勝ち負けの話ではないのだが、何となくシェイドに「まだその程度か」って鼻で笑われているような気がしてならなかった。

「ファイン、これからしばらくシェイドに会っちゃ駄目よ」
「ええっ!?何で!!?」
「な ん で も」
「で、でも・・・」
「じゃあプーモと行きなさい」
「プモッ!?」

それまで二人のやり取りを静かに眺めていたプーモは突如として己に立った白羽の矢に驚いて肩を跳ね上がらせる。

「で、ですがレイン様、プリンス様とプリンセス様の逢瀬に立ち会うなどいくらなんでも無粋―――」
「何か言った?」

底冷えするような声音と瞳に睨まれてプーモは「何でもありませんでプモ!」と滝のような汗をかいて首を振った。
こんなにも恐ろしいレイン見たのはいつか昔、星の泉の恋占いでブライトとの相性が0%だったのを笑って睨まれた時以来である。

「・・・レインはやっぱりアタシがシェイドと付き合うのは嫌?」

怒られた子犬のように不安そうに上目遣いにファインが見上げて来る。
レインは一旦クールダウンを図る為に大きくを深呼吸をするとファインの隣に座って両手を握ってあげながら胸の内を語った。

「正直に言うとね、私は今でもシェイドの事が気に入らないわ。たとえシェイドじゃなくても不満はあったけどシェイドは断トツで気に入らないわ。ぶっきらぼうだし意地悪だしクール気取ってるし」
「物凄く言うね・・・」
「仕事ばっかりでファインと会う時間は少ないし」
「それはしょうがないよ。政務の他にお医者さんの仕事もしてるし、アタシはそこに全然不満はないよ」
「ファインにはなくても私にはあるの。だってそうでしょう?私の大好きなファインをほったらかすなんて許せないわ!」
「レイン・・・!」
「それにね、それ以上にファインが怖い思いをしてシェイドを嫌いになってほしくないの。あれだけ時間をかけて実らせた恋を悲しい形で壊すなんて絶対にあっちゃ駄目なんだから」

ファインの恋の道のりはそれはそれはとても長いものであった。
元々のファインが奥手で慎重で鈍感なのと、意外にもシェイドも慎重に距離を詰めていた事もあってかなりの時間がかかった。
傍でずっと見守っていたレインは長い時間をかけて実らせる事に成功したファインの初恋とその後が悲しい結末を迎えるのを見たくなかったのだ。
そんなレインの無限に大きく温かくて優しい愛情がくすぐったくて、でも凄く嬉しくてファインは笑顔を溢さずにはいられなかった。

「えへへ、ありがとう、レイン!心配してくれて嬉しいよ。でも大丈夫、シェイドは優しいから」
「そうやって油断してると大変な目に遭うんだから気を付けるのよ」
「分かってるって」
「プーモ、シェイドがファインにおかしな事をしようとしたら噛みついたり引っ掻いたりして追い払うのよ。私が許可するわ」
「私が許可するってレイン様・・・」
「さ、今日はこの辺にしてもう寝ましょうか」
「うん!」

プーモの呆れを含んだツッコミをスルーしてレインはファインと共に就寝の準備を始めた。



後日、ファインとプーモがレインの言い付けをしっかり守っている事に対してシェイドがレインに不満と怒りを募らせたのは言うまでもない。






END
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