毎日がプリンセスパーティー
ブラッククリスタルキングとの対決から数年。
闇の支配から解放されたブラック学園はホワイト学園に戻り、冷徹だったブラック学園長も優しいホワイト学園長へと戻った。
そんなホワイト学園長の下で立派で素敵なクイーンになるべく卒業した後も学びについているビビンであったが、本日はお休みの日という事で久しぶりにロイヤルワンダー学園に遊びに来ていた。
教頭もとい学園長見習いの方針で以前まではギスギスしていたこの学園もかのグランドユニバーサルプリンセスことふたご姫の掲げた『学園仲良し計画』によって徐々に笑顔溢れる学園へと変わり、ブラッククリスタルキングとの決戦を機に本当の『仲良し学園』へと変わった。
ロイヤルワンダー学園ではこれを『ふたご革命』と密かに呼ぶ者も少なくない。
さて、そんな学園の屋内プールの二階の空席でビビンはホワイト学園水泳部とロイヤルワンダー学園水泳部の練習試合を眺めていた。
ふたごの片割れがここで助っ人をしていると聞いて見に来たのだが偶然にも母校との練習試合があるとは知らなかった。
どちらの学園の生徒もざばざばと魚のように泳いでいてなんと速い事か。
しかしその中でも群を抜いて速く泳ぐ真っ赤な魚がいた。
(プリンセスだし人魚姫って呼んだ方がそれっぽいかもだけど中身がまだアレだから魚で十分ね)
心の中でも意地悪に悪戯っぽく呟いてビビンは苦笑を溢す。
あれで中身も成長してプリンセス然とした言動であったならば素直に人魚姫と呼んでいたが、いつ会っても相変わらずな性格なので苦笑が浮かぶのも仕方ない。
けれど、絵に描いたようなしおらしいプリンセスになるよりは元気でお転婆なプリンセスの方が断然安心するし、いつまでもそうあってほしいとビビンは密かに願っているのであった。
「ゴール!!」
ぼんやりとビビンが物思いに耽っていると大きなブザーのような音と審判の声が屋内プールいっぱいに響き渡った。
見れば赤い魚が一番最初にプールの壁にタッチしており、呼吸を整えていた。
それから数秒置いて他の生徒達も漸く全員ゴールし、試合終了となった。
全員揃ってプールから上がると学園ごとに別れて互いに挨拶をする。
「ありがとうございました!」
その時にビビンは赤い魚―――ファインの抜群なスタイルを見逃さなかった。
運動が得意で色んな部活の助っ人として活躍したり普段から元気に動き回ってる事もあってファインの体は綺麗に締まっており、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるという一種の理想の体型をしていた。
数年前までは同じ平原だった筈なのに今ではファインの胸には立派で滑らかな山が出来上がっている。
対する自分の方はというと・・・軽く胸に手を当てた所で比較するのをやめた。
「一生魚で十分よ」
ビビンは唇を尖らせると席を立った。
屋内プールを出たビビンはもう一人のふたごの片割れを探す道すがら、講堂に立ち寄った。
ブラッククリスタルキングとの決戦でボロボロに崩壊した講堂はセレブ星のプリンセスエリザベータの厚意によって元の姿に建て直された。
ちなみにブラッククリスタルキングを倒したお祝いと記念のダンスホールは場所を移してロイヤルワンダー学園の敷地内に置かれている。
処分するのは勿体無いのでそのまま行事でも何でも好きなように使って良いというこれまたエリザベータの厚意と少しズレた質素の精神にかかるものによる。
ダンスホールの件はまた別の話にするとして、ビビンは歩き慣れた講堂の中を真っ直ぐに突き進んでいた。
この講堂でふたご姫がユニバーサルプリンセスに選ばれ、ロイヤルワンダー学園とホワイト学園の姉妹校が締結され、ブラッククリスタルキングが現れ、それをグランドユニバーサルプリンセスへと成長したふたご姫が倒して・・・と様々な出来事や思い出を蓄積している講堂。
誰にとっても特別な講堂であり、ビビンにとってもとりわけ大きくて深くて意味のある講堂。
静かに扉を開けばその先の真正面にある檀上の壁に掲げられている一枚の大きな男女の絵。
相変わらずの仲睦まじい絵はこちらが火傷してしまいそうだった。
「相変わらず元気そうね、エドちん」
『幸せを呼ぶ絵』と呼ばれているエドワルドとスワンの絵画。
大昔に離れ離れになった二枚の絵はその引き裂かれた悲しみをブラッククリスタルキングに利用され、闇の力を注がれて憎しみの感情を膨らませていた。
その中でもエドワルドはトーマを始め、学園の生徒に取り憑いてはふたご姫を退学させようと画策をするも敗北し、ビビンの闇の魔法でブタのような姿になってしまった。
ブラッククリスタルキングとの決戦を終えるまでは尻に敷いてこき使っていたものの、それでもビビンにとってエドワルドは相棒であり友であった。
そのエドワルドは漸く最愛の恋人であるプリンセススワンと再会を果たし、二対の絵ではなく一枚の絵となって学園の愛と平和を見守り続ける存在となった。
なのでもう二度と引き裂かれる事はないのだがそれでもという心配と友への挨拶を兼ねてビビンはロイヤルワンダー学園に訪れる度にこうしてエドワルドとスワンの絵を見に来ていた。
「そういえばアンタたちって恋の守り神って呼ばれてるのよね?ちゃんと見守れてんの?どう見ても将来どころか今目の前で危なそうなカップルが二組もいるんだけど?」
腕を組んで眉根を寄せながらビビンは言い放つ。
屋内プールを出る際に離れた席でファインの活躍に興奮して騒ぐ沢山の男子生徒がいた。
その中にはホワイト学園の男子生徒もいて、これからファインに告白しに行くのだとラブレターやら花束を持って我先にと外に出て待ち伏せを始めたのだ。
しかし相手はあのファイン。
フラグクラッシャーで有名な彼女にアタックした所で無惨にも砕け散るだけだというのによくやるものである。
とはいえ、ここは宇宙の様々な星から数多くのプリンスやプリンセスが学びに来るロイヤルワンダー学園。
一人や二人、ファインのハートを偶然にも射止めるプリンスが現れてもおかしくない。
そしてそれはもう一人の片割れとて例外ではない。
別にビビンとしてはふたご姫が誰と結婚しようが幸せであるなら禄でもない奴でない限り誰だっていいと思っている。
ただ、ここまで来てある二人のプリンスがフラれる所を見るのは忍びないものがあったし、爆笑してしまう自信もあった。
そんな未来が訪れないようにこうしてエドワルドに語り掛けているのである。
「まぁアタシとしてはふたご姫が幸せなら他の人と結ばれてもいいしその方が面白いんだけど、あの二人がフラれる所を見て笑・・・泣きたくないし~?一応友達だしね~?」
寄せられていた眉は離れ、尖っていた唇もいつの間にやら愉快そうに弧を描いている。
数年経ってもこういう所は相変わらずのようである。
そんなビビンに呆れるエドワルドの気持ちを代弁するかのように窓の外で一枚の葉っぱがしおしおと力なく舞い落ちた。
ビビンがそれに気付いた様子はない。
「ま、からかいついでに発破をかけてくるわ。アンタも気が向いたら愛のパワーでも発揮してやんなさいよ」
口では捻くれた言葉を述べるものの、その本心は優しいもので素直じゃないのも相変わらずのようである。
エドワルドの苦笑を代弁するかのように窓の外で四葉のクローバーを咥えた青い鳥が飛んだが、やはりビビンがそれに気付いた様子はなかった。
講堂を出たビビンはふたご姫のもう一人の片割れを探して居場所を誰かに聞こうとしたがすぐにその必要はなくなった。
「見ろよ、レイン先輩の学園ほのぼのニュースが始まるぞ!」
「レイン先輩綺麗~!」
校舎の廊下を歩いている途中、大勢の男女の集団を見つけた。
そこからふたご姫のもう一人の片割れ―――レインの名前を聞きつけてビビンはすぐに足を止めて柱の影から様子を窺った。
話し声から察するに学園ほのぼのニュースの活動をしているようである。
「皆さんこんにちは!レインです!今日はソウルソング星のプリンセスヴェーンにインタビューしたいと思います!」
元気よくはきはきとした声が離れた場所にいるビビンの所にまで届く。
群衆の隙間から見たレインはいつもと変わらない学生服を着ていながらも溢れ出るオーラは輝いていて、まさにアナウンサーと呼ぶに相応しい要素を兼ね備えていた。
加えてサファイアのような美しいロングヘアが彼女を美人で綺麗なプリンセスへと引き立てる。
体型もスレンダーでプロポーションは抜群だ。
胸はファインよりもやや小さめであるものの、ビビンよりは確実に大きくて美しい滑らかな丘が出来ているものだからビビンはまた唇を尖らせる。
(ふーんだ!中身は相変わらずヘッポコプリンセスの癖に!)
つまらぬ嫉妬から思わず心の中で悪態を吐く。
ロイヤルワンダー学園のアナウンサーを務めるレインは話し上手聞き上手に加え、成長と共に磨きのかかった美貌もあってファインと同じく学園では絶大な人気を誇っていた。
今でもインタビューを見に来ている男子生徒が鼻の下を伸ばすというプリンスにあるまじき失態を晒している。
更にその殆どが花束がラブレターを後ろに隠し持っていてインタビュー終了後に詰め寄って告白しようとスタンバイしているがこちらも無駄な事だと思う。
友達として触れ合う内に分かったのが、レインはミーハーな部分があるものの一途でブレない恋心を持っている。
以前、宇宙一のセレブ・プリンスヒルズがレインを花嫁にと求婚してきた時もレインは丁重にお断りをした。
単純に異性としてヒルズに興味がなかったのと普通にお友達でいたかったこと、そして何より一途に恋心を寄せているプリンスがいたから。
折角の玉の輿なのに勿体無いと当時は思ったがレインの事をよく知るようになった今ではそのお断りにも頷けるものがある。
とはいえ、ファインの時にも記述したがここは数多のプリンス・プリンセスが集うロイヤルワンダー学園。
いくら一途な彼女と言えどその魂を震わせる事の出来るプリンスがいつ現れるかも分からない。
もしそうなったとしてもそれはレインが悪いのではなく、いつまでももたもたしているプリンスが悪いのだとビビンは思っている。
彼女はいつだってファインとレインの味方だった。
(さ~て、そろそろ時間だし行こうかしらね)
ビビンは時計を確認すると静かにその場を立ち去るのだった。
「アタシさ~、ファインとレインはグランドユニバーサルプリンセスっていう肩書があって初めてアンタ達に釣り合うと思ってたのよ。でも本当はそうじゃなくて、学園の人気を二分する優秀でカッコいいプリンスっていう肩書があって初めてアンタ達がギリギリ釣り合うって気付いたのよね~」
「急に呼び出したかと思えば嫌味を言いに来たのか、お前は」
「まぁまぁ、シェイド」
ここはロイヤルワンダー学園の学生寮にある中央サロン。
放課後という事もあって生徒の数もそこそこある。
ビビンは部外者ではあるが手続きをしているのでサロンへの出入りを許されていた。
そして本日はふたご姫が想いを寄せる二人のプリンス―――シェイドとブライトと会う約束を取り付けていたのである。
内容は勿論、ただの冷やかしと発破かけだ。
今はその出だしとなるセリフを肩肘ついて言い放ち、シェイドにツッコミを入れられ、ブライトがそれを宥めていた所である。
「だってそうでしょ?アンタ達みたいなタイプのプリンスなんてそれこそごまんといるんだから。そのくらいの肩書がないと簡単に埋もれちゃうわよ」
「余計な心配どうも」
「でも僕達はそんな事はないって信じてるから大丈夫だよ」
「あ~ら?随分自信満々ね?さっき二人の様子を見て来たけど告白のスタンバイをしてる男子が後を絶たなかったわよ?」
「とっくに見慣れた光景だ」
「また花束や手紙を抱えて寮に戻ってくるかもね」
少し拗ねたような態度を見せるシェイドと苦笑いを浮かべるブライト。
口では余裕ぶっていても多少の嫉妬や焦りはあるのだろう。
しかし多少では駄目だ、もっと存分に焦って慌てる所を見せて笑わせてもらわないと。
「お前今、凄く失礼な事を考えてただろ?」
「え?アンタ達が嫉妬して慌てる姿を大笑いしてやりたいって考えのどこが失礼なのよ?」
「潔いとはこの事か」
「もはや清々しいくらいだね」
「あわよくばフラれて玉砕して欲しいとすら思ってるわよ?爆笑間違い無しだから」
「お前もう帰れ」
「あはは、ビビンは相変わらず素直じゃないね」
「気を遣わないでストレートに意地悪って言ってくれていいのよ。分かってて言ってるとこあるから」
「尚性質が悪いな」
「でもビビンがこうやって冷やかしてくるって事は裏を返せば心配してくれてるって事だろう?ビビンは優しいね」
「・・・時々思うんだけどこれが素なのよね?」
「ああ、こいつはこういう奴だ」
「でもアンタも少しは見習ってクサいセリフの一つや二つ言ってみなさいよ。愛想尽かされても知らないわよ?」
「ブライトみたいな恥ずかしい奴になれってか?お断りだな」
「アタシの中で一番心配なのはアンタだわ。本気で愛想尽かされるわよ」
「でもね、ビビン。シェイドは今でこそこんな捻くれた態度を見せてるけど本人の前ではちゃんと素直だったり随分甘かったりするんだよ?」
「え~?うっそでしょ~?ありえな~い。新しい闇の勢力が化けて惑わしてる訳じゃなくて?」
「そこまで否定するか」
「けど、素直過ぎるそっちもそれはそれで心配よ。たまには振り回さないとつまんない男って思われるわよ?」
「そうかな?シェイドはどう思う?」
「普段から他のプリンセスにも同じような対応してるからそういう意味では十分振り回せてると思うぞ」
「えっ?そうなの?あ~あ、こっちも同じくらい心配になってきたわ」
はぁっ、とこれ見よがしにビビンは大きな溜息を吐いてみせる。
これは笑うどころか慰めのパーティーを開く準備をした方が良さそうである。
「また失礼な事考えてただろ。それもかなり失礼な部類の」
「アンタ達が上手くやればご破算になるから大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだ」
「これはビビンから別の意味での『大丈夫』を貰えるように努力しないといけないね」
そう言い放つブライトの言葉は呑気ともとれるし余裕ともとれる。
同じようにシェイドの態度は無関心ともとれるし余裕ともとれる。
前者はともかくとして共通する後者で考えた場合、この二人の余裕な態度は一体どこからやって来るのか。
同じ星の出身というのは大きな強みであるがだからと言って胡坐を掛ける程安定した地位でもない。
恋は命懸けの椅子取りゲームなのだ。
どうやってこの二人のプリンスを本気モードにさせてやろうかとビビンが画策していると、背中から元気な二つの声が嬉しそうに名前を呼んで来た。
「あ、ビビンだ!」
「本当だわ!来てたのね!」
振り返れば話題の中心となっていたふたご姫のファインとレインが軽い足取りで駆け寄ってきていた。
ファインの方からはプール特有の塩素ではなく、フワリとシャンプーの香りがしてきたのできっとシャワーを浴びたのだろう。
そして二人の傍には相変わらず小さなふたごの天使と精霊のプーモが浮遊していた。
「久しぶり!ビビン!」
「いつからここに?」
「ついちょっと前よ。アホ・・・優秀なプリンス様を拝んでおこうと思ってね」
「おい、今アホつったろ」
「訂正してあげたじゃない」
「嫌味付きでな」
「シェイドとブライトに用があったんだ?」
「この三人ってなんだか珍しい組み合わせね」
「アタシもいつか素敵な王子様を見つけて結婚とかしなきゃな~と思って参考までに話をしに来たのよ」
「それでどうだった?」
「参考になったかしら?」
「そりゃあもうこれでもかってくらいにはね」
「俺達も十分参考になったぞ。如何に素直な性格の奴が一番かってな」
「ビビンは今のままでも十分素敵だと思うけどもう少し素直になった方がより良いと思うよ」
「嫌味とご忠告ありがとうございます~」
「ビビンの捻くれた態度はここまでにするとして。ところでファイン、薬草の事で相談があるって言ってたよな?」
「あ、そうだった!あのね、おひさまの国の薬草図鑑を読んでたんだけど―――」
「レイン、今度の休日は空いてるかい?シルバー星でカトラリー展覧会があって見に行こうと思うんだけど」
「行きます行きます!是非一緒に行かせて下さい!あとそれから、この間ブライト様が紹介してくださった映画を見たんですけど―――」
特定の分野で盛り上がり始める二組。
しかもその特定の分野というのがシェイドとブライトの興味のある分野なものだからビビンは半ば呆然とする。
アンテナのように上向きに結っている髪で天使達が遊んでいるのには構わずビビンはプーモの方を向いてボソリと尋ねる。
「もしかしてファインとレインってもうアホ王子の色に染まってるの?」
「はいでプモ」
「いつから?」
「随分前からでプモ」
「え?嘘?そうだったの?」
「シェイド様もブライト様も少しず~つ少しず~つお二人を自分の分野に引き込んでいったでプモ」
「うわぁ~腹黒っ。アタシよりも腹黒でしょ」
「はいでプモ」
「ちょっと!アタシが腹黒な所は否定しなさいよ!!」
目を吊り上げて抗議をして、それからビビンはもう一度二組を見やる。
あの勉強が苦手なファインが薬草という小難しい分野について興味津々にシェイドと話をしており、対するシェイドもブライトが言っていた通り、随分と素直で優しい受け答えをしている。
一方でレインの方は相変わらず瞳を輝かせて憧れの眼差しでブライトを見ているがそこからは幸せと安心感が漂っており、ブライトの方も紳士的で優しいは優しいが、ビビンにしていたような対応とはまた違った特別な優しさがレインに向けられていた。
上手い事自分の分野に引き込んで尚且つ特別な雰囲気を醸している辺り、どうやらビビンの心配は杞憂に終わりそうである。
「エドちーん、この四人に恋の加護は勿体無いから他の人に与えてやんなさーい」
言われなくてもそうしている、というエドワルドの気持ちを代弁するように窓の外でカップルの鳥が飛び去って行くのであった。
END
闇の支配から解放されたブラック学園はホワイト学園に戻り、冷徹だったブラック学園長も優しいホワイト学園長へと戻った。
そんなホワイト学園長の下で立派で素敵なクイーンになるべく卒業した後も学びについているビビンであったが、本日はお休みの日という事で久しぶりにロイヤルワンダー学園に遊びに来ていた。
教頭もとい学園長見習いの方針で以前まではギスギスしていたこの学園もかのグランドユニバーサルプリンセスことふたご姫の掲げた『学園仲良し計画』によって徐々に笑顔溢れる学園へと変わり、ブラッククリスタルキングとの決戦を機に本当の『仲良し学園』へと変わった。
ロイヤルワンダー学園ではこれを『ふたご革命』と密かに呼ぶ者も少なくない。
さて、そんな学園の屋内プールの二階の空席でビビンはホワイト学園水泳部とロイヤルワンダー学園水泳部の練習試合を眺めていた。
ふたごの片割れがここで助っ人をしていると聞いて見に来たのだが偶然にも母校との練習試合があるとは知らなかった。
どちらの学園の生徒もざばざばと魚のように泳いでいてなんと速い事か。
しかしその中でも群を抜いて速く泳ぐ真っ赤な魚がいた。
(プリンセスだし人魚姫って呼んだ方がそれっぽいかもだけど中身がまだアレだから魚で十分ね)
心の中でも意地悪に悪戯っぽく呟いてビビンは苦笑を溢す。
あれで中身も成長してプリンセス然とした言動であったならば素直に人魚姫と呼んでいたが、いつ会っても相変わらずな性格なので苦笑が浮かぶのも仕方ない。
けれど、絵に描いたようなしおらしいプリンセスになるよりは元気でお転婆なプリンセスの方が断然安心するし、いつまでもそうあってほしいとビビンは密かに願っているのであった。
「ゴール!!」
ぼんやりとビビンが物思いに耽っていると大きなブザーのような音と審判の声が屋内プールいっぱいに響き渡った。
見れば赤い魚が一番最初にプールの壁にタッチしており、呼吸を整えていた。
それから数秒置いて他の生徒達も漸く全員ゴールし、試合終了となった。
全員揃ってプールから上がると学園ごとに別れて互いに挨拶をする。
「ありがとうございました!」
その時にビビンは赤い魚―――ファインの抜群なスタイルを見逃さなかった。
運動が得意で色んな部活の助っ人として活躍したり普段から元気に動き回ってる事もあってファインの体は綺麗に締まっており、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるという一種の理想の体型をしていた。
数年前までは同じ平原だった筈なのに今ではファインの胸には立派で滑らかな山が出来上がっている。
対する自分の方はというと・・・軽く胸に手を当てた所で比較するのをやめた。
「一生魚で十分よ」
ビビンは唇を尖らせると席を立った。
屋内プールを出たビビンはもう一人のふたごの片割れを探す道すがら、講堂に立ち寄った。
ブラッククリスタルキングとの決戦でボロボロに崩壊した講堂はセレブ星のプリンセスエリザベータの厚意によって元の姿に建て直された。
ちなみにブラッククリスタルキングを倒したお祝いと記念のダンスホールは場所を移してロイヤルワンダー学園の敷地内に置かれている。
処分するのは勿体無いのでそのまま行事でも何でも好きなように使って良いというこれまたエリザベータの厚意と少しズレた質素の精神にかかるものによる。
ダンスホールの件はまた別の話にするとして、ビビンは歩き慣れた講堂の中を真っ直ぐに突き進んでいた。
この講堂でふたご姫がユニバーサルプリンセスに選ばれ、ロイヤルワンダー学園とホワイト学園の姉妹校が締結され、ブラッククリスタルキングが現れ、それをグランドユニバーサルプリンセスへと成長したふたご姫が倒して・・・と様々な出来事や思い出を蓄積している講堂。
誰にとっても特別な講堂であり、ビビンにとってもとりわけ大きくて深くて意味のある講堂。
静かに扉を開けばその先の真正面にある檀上の壁に掲げられている一枚の大きな男女の絵。
相変わらずの仲睦まじい絵はこちらが火傷してしまいそうだった。
「相変わらず元気そうね、エドちん」
『幸せを呼ぶ絵』と呼ばれているエドワルドとスワンの絵画。
大昔に離れ離れになった二枚の絵はその引き裂かれた悲しみをブラッククリスタルキングに利用され、闇の力を注がれて憎しみの感情を膨らませていた。
その中でもエドワルドはトーマを始め、学園の生徒に取り憑いてはふたご姫を退学させようと画策をするも敗北し、ビビンの闇の魔法でブタのような姿になってしまった。
ブラッククリスタルキングとの決戦を終えるまでは尻に敷いてこき使っていたものの、それでもビビンにとってエドワルドは相棒であり友であった。
そのエドワルドは漸く最愛の恋人であるプリンセススワンと再会を果たし、二対の絵ではなく一枚の絵となって学園の愛と平和を見守り続ける存在となった。
なのでもう二度と引き裂かれる事はないのだがそれでもという心配と友への挨拶を兼ねてビビンはロイヤルワンダー学園に訪れる度にこうしてエドワルドとスワンの絵を見に来ていた。
「そういえばアンタたちって恋の守り神って呼ばれてるのよね?ちゃんと見守れてんの?どう見ても将来どころか今目の前で危なそうなカップルが二組もいるんだけど?」
腕を組んで眉根を寄せながらビビンは言い放つ。
屋内プールを出る際に離れた席でファインの活躍に興奮して騒ぐ沢山の男子生徒がいた。
その中にはホワイト学園の男子生徒もいて、これからファインに告白しに行くのだとラブレターやら花束を持って我先にと外に出て待ち伏せを始めたのだ。
しかし相手はあのファイン。
フラグクラッシャーで有名な彼女にアタックした所で無惨にも砕け散るだけだというのによくやるものである。
とはいえ、ここは宇宙の様々な星から数多くのプリンスやプリンセスが学びに来るロイヤルワンダー学園。
一人や二人、ファインのハートを偶然にも射止めるプリンスが現れてもおかしくない。
そしてそれはもう一人の片割れとて例外ではない。
別にビビンとしてはふたご姫が誰と結婚しようが幸せであるなら禄でもない奴でない限り誰だっていいと思っている。
ただ、ここまで来てある二人のプリンスがフラれる所を見るのは忍びないものがあったし、爆笑してしまう自信もあった。
そんな未来が訪れないようにこうしてエドワルドに語り掛けているのである。
「まぁアタシとしてはふたご姫が幸せなら他の人と結ばれてもいいしその方が面白いんだけど、あの二人がフラれる所を見て笑・・・泣きたくないし~?一応友達だしね~?」
寄せられていた眉は離れ、尖っていた唇もいつの間にやら愉快そうに弧を描いている。
数年経ってもこういう所は相変わらずのようである。
そんなビビンに呆れるエドワルドの気持ちを代弁するかのように窓の外で一枚の葉っぱがしおしおと力なく舞い落ちた。
ビビンがそれに気付いた様子はない。
「ま、からかいついでに発破をかけてくるわ。アンタも気が向いたら愛のパワーでも発揮してやんなさいよ」
口では捻くれた言葉を述べるものの、その本心は優しいもので素直じゃないのも相変わらずのようである。
エドワルドの苦笑を代弁するかのように窓の外で四葉のクローバーを咥えた青い鳥が飛んだが、やはりビビンがそれに気付いた様子はなかった。
講堂を出たビビンはふたご姫のもう一人の片割れを探して居場所を誰かに聞こうとしたがすぐにその必要はなくなった。
「見ろよ、レイン先輩の学園ほのぼのニュースが始まるぞ!」
「レイン先輩綺麗~!」
校舎の廊下を歩いている途中、大勢の男女の集団を見つけた。
そこからふたご姫のもう一人の片割れ―――レインの名前を聞きつけてビビンはすぐに足を止めて柱の影から様子を窺った。
話し声から察するに学園ほのぼのニュースの活動をしているようである。
「皆さんこんにちは!レインです!今日はソウルソング星のプリンセスヴェーンにインタビューしたいと思います!」
元気よくはきはきとした声が離れた場所にいるビビンの所にまで届く。
群衆の隙間から見たレインはいつもと変わらない学生服を着ていながらも溢れ出るオーラは輝いていて、まさにアナウンサーと呼ぶに相応しい要素を兼ね備えていた。
加えてサファイアのような美しいロングヘアが彼女を美人で綺麗なプリンセスへと引き立てる。
体型もスレンダーでプロポーションは抜群だ。
胸はファインよりもやや小さめであるものの、ビビンよりは確実に大きくて美しい滑らかな丘が出来ているものだからビビンはまた唇を尖らせる。
(ふーんだ!中身は相変わらずヘッポコプリンセスの癖に!)
つまらぬ嫉妬から思わず心の中で悪態を吐く。
ロイヤルワンダー学園のアナウンサーを務めるレインは話し上手聞き上手に加え、成長と共に磨きのかかった美貌もあってファインと同じく学園では絶大な人気を誇っていた。
今でもインタビューを見に来ている男子生徒が鼻の下を伸ばすというプリンスにあるまじき失態を晒している。
更にその殆どが花束がラブレターを後ろに隠し持っていてインタビュー終了後に詰め寄って告白しようとスタンバイしているがこちらも無駄な事だと思う。
友達として触れ合う内に分かったのが、レインはミーハーな部分があるものの一途でブレない恋心を持っている。
以前、宇宙一のセレブ・プリンスヒルズがレインを花嫁にと求婚してきた時もレインは丁重にお断りをした。
単純に異性としてヒルズに興味がなかったのと普通にお友達でいたかったこと、そして何より一途に恋心を寄せているプリンスがいたから。
折角の玉の輿なのに勿体無いと当時は思ったがレインの事をよく知るようになった今ではそのお断りにも頷けるものがある。
とはいえ、ファインの時にも記述したがここは数多のプリンス・プリンセスが集うロイヤルワンダー学園。
いくら一途な彼女と言えどその魂を震わせる事の出来るプリンスがいつ現れるかも分からない。
もしそうなったとしてもそれはレインが悪いのではなく、いつまでももたもたしているプリンスが悪いのだとビビンは思っている。
彼女はいつだってファインとレインの味方だった。
(さ~て、そろそろ時間だし行こうかしらね)
ビビンは時計を確認すると静かにその場を立ち去るのだった。
「アタシさ~、ファインとレインはグランドユニバーサルプリンセスっていう肩書があって初めてアンタ達に釣り合うと思ってたのよ。でも本当はそうじゃなくて、学園の人気を二分する優秀でカッコいいプリンスっていう肩書があって初めてアンタ達がギリギリ釣り合うって気付いたのよね~」
「急に呼び出したかと思えば嫌味を言いに来たのか、お前は」
「まぁまぁ、シェイド」
ここはロイヤルワンダー学園の学生寮にある中央サロン。
放課後という事もあって生徒の数もそこそこある。
ビビンは部外者ではあるが手続きをしているのでサロンへの出入りを許されていた。
そして本日はふたご姫が想いを寄せる二人のプリンス―――シェイドとブライトと会う約束を取り付けていたのである。
内容は勿論、ただの冷やかしと発破かけだ。
今はその出だしとなるセリフを肩肘ついて言い放ち、シェイドにツッコミを入れられ、ブライトがそれを宥めていた所である。
「だってそうでしょ?アンタ達みたいなタイプのプリンスなんてそれこそごまんといるんだから。そのくらいの肩書がないと簡単に埋もれちゃうわよ」
「余計な心配どうも」
「でも僕達はそんな事はないって信じてるから大丈夫だよ」
「あ~ら?随分自信満々ね?さっき二人の様子を見て来たけど告白のスタンバイをしてる男子が後を絶たなかったわよ?」
「とっくに見慣れた光景だ」
「また花束や手紙を抱えて寮に戻ってくるかもね」
少し拗ねたような態度を見せるシェイドと苦笑いを浮かべるブライト。
口では余裕ぶっていても多少の嫉妬や焦りはあるのだろう。
しかし多少では駄目だ、もっと存分に焦って慌てる所を見せて笑わせてもらわないと。
「お前今、凄く失礼な事を考えてただろ?」
「え?アンタ達が嫉妬して慌てる姿を大笑いしてやりたいって考えのどこが失礼なのよ?」
「潔いとはこの事か」
「もはや清々しいくらいだね」
「あわよくばフラれて玉砕して欲しいとすら思ってるわよ?爆笑間違い無しだから」
「お前もう帰れ」
「あはは、ビビンは相変わらず素直じゃないね」
「気を遣わないでストレートに意地悪って言ってくれていいのよ。分かってて言ってるとこあるから」
「尚性質が悪いな」
「でもビビンがこうやって冷やかしてくるって事は裏を返せば心配してくれてるって事だろう?ビビンは優しいね」
「・・・時々思うんだけどこれが素なのよね?」
「ああ、こいつはこういう奴だ」
「でもアンタも少しは見習ってクサいセリフの一つや二つ言ってみなさいよ。愛想尽かされても知らないわよ?」
「ブライトみたいな恥ずかしい奴になれってか?お断りだな」
「アタシの中で一番心配なのはアンタだわ。本気で愛想尽かされるわよ」
「でもね、ビビン。シェイドは今でこそこんな捻くれた態度を見せてるけど本人の前ではちゃんと素直だったり随分甘かったりするんだよ?」
「え~?うっそでしょ~?ありえな~い。新しい闇の勢力が化けて惑わしてる訳じゃなくて?」
「そこまで否定するか」
「けど、素直過ぎるそっちもそれはそれで心配よ。たまには振り回さないとつまんない男って思われるわよ?」
「そうかな?シェイドはどう思う?」
「普段から他のプリンセスにも同じような対応してるからそういう意味では十分振り回せてると思うぞ」
「えっ?そうなの?あ~あ、こっちも同じくらい心配になってきたわ」
はぁっ、とこれ見よがしにビビンは大きな溜息を吐いてみせる。
これは笑うどころか慰めのパーティーを開く準備をした方が良さそうである。
「また失礼な事考えてただろ。それもかなり失礼な部類の」
「アンタ達が上手くやればご破算になるから大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだ」
「これはビビンから別の意味での『大丈夫』を貰えるように努力しないといけないね」
そう言い放つブライトの言葉は呑気ともとれるし余裕ともとれる。
同じようにシェイドの態度は無関心ともとれるし余裕ともとれる。
前者はともかくとして共通する後者で考えた場合、この二人の余裕な態度は一体どこからやって来るのか。
同じ星の出身というのは大きな強みであるがだからと言って胡坐を掛ける程安定した地位でもない。
恋は命懸けの椅子取りゲームなのだ。
どうやってこの二人のプリンスを本気モードにさせてやろうかとビビンが画策していると、背中から元気な二つの声が嬉しそうに名前を呼んで来た。
「あ、ビビンだ!」
「本当だわ!来てたのね!」
振り返れば話題の中心となっていたふたご姫のファインとレインが軽い足取りで駆け寄ってきていた。
ファインの方からはプール特有の塩素ではなく、フワリとシャンプーの香りがしてきたのできっとシャワーを浴びたのだろう。
そして二人の傍には相変わらず小さなふたごの天使と精霊のプーモが浮遊していた。
「久しぶり!ビビン!」
「いつからここに?」
「ついちょっと前よ。アホ・・・優秀なプリンス様を拝んでおこうと思ってね」
「おい、今アホつったろ」
「訂正してあげたじゃない」
「嫌味付きでな」
「シェイドとブライトに用があったんだ?」
「この三人ってなんだか珍しい組み合わせね」
「アタシもいつか素敵な王子様を見つけて結婚とかしなきゃな~と思って参考までに話をしに来たのよ」
「それでどうだった?」
「参考になったかしら?」
「そりゃあもうこれでもかってくらいにはね」
「俺達も十分参考になったぞ。如何に素直な性格の奴が一番かってな」
「ビビンは今のままでも十分素敵だと思うけどもう少し素直になった方がより良いと思うよ」
「嫌味とご忠告ありがとうございます~」
「ビビンの捻くれた態度はここまでにするとして。ところでファイン、薬草の事で相談があるって言ってたよな?」
「あ、そうだった!あのね、おひさまの国の薬草図鑑を読んでたんだけど―――」
「レイン、今度の休日は空いてるかい?シルバー星でカトラリー展覧会があって見に行こうと思うんだけど」
「行きます行きます!是非一緒に行かせて下さい!あとそれから、この間ブライト様が紹介してくださった映画を見たんですけど―――」
特定の分野で盛り上がり始める二組。
しかもその特定の分野というのがシェイドとブライトの興味のある分野なものだからビビンは半ば呆然とする。
アンテナのように上向きに結っている髪で天使達が遊んでいるのには構わずビビンはプーモの方を向いてボソリと尋ねる。
「もしかしてファインとレインってもうアホ王子の色に染まってるの?」
「はいでプモ」
「いつから?」
「随分前からでプモ」
「え?嘘?そうだったの?」
「シェイド様もブライト様も少しず~つ少しず~つお二人を自分の分野に引き込んでいったでプモ」
「うわぁ~腹黒っ。アタシよりも腹黒でしょ」
「はいでプモ」
「ちょっと!アタシが腹黒な所は否定しなさいよ!!」
目を吊り上げて抗議をして、それからビビンはもう一度二組を見やる。
あの勉強が苦手なファインが薬草という小難しい分野について興味津々にシェイドと話をしており、対するシェイドもブライトが言っていた通り、随分と素直で優しい受け答えをしている。
一方でレインの方は相変わらず瞳を輝かせて憧れの眼差しでブライトを見ているがそこからは幸せと安心感が漂っており、ブライトの方も紳士的で優しいは優しいが、ビビンにしていたような対応とはまた違った特別な優しさがレインに向けられていた。
上手い事自分の分野に引き込んで尚且つ特別な雰囲気を醸している辺り、どうやらビビンの心配は杞憂に終わりそうである。
「エドちーん、この四人に恋の加護は勿体無いから他の人に与えてやんなさーい」
言われなくてもそうしている、というエドワルドの気持ちを代弁するように窓の外でカップルの鳥が飛び去って行くのであった。
END