毎日がプリンセスパーティー

「・・・と、こうした経緯で戦争に発展した訳です。そしてこの戦争の勝者は第一王子であり、第二王子は処刑は免れたものの王位継承権の剥奪を余儀なくされ、辺境の星へ流されました」

「・・・」

午後の眠たい歴史の授業の時間。
窓から差し込む日差しは柔らかく、赤ん坊の天使達は瞬く間に眠りに誘われてプーモに寄りかかって夢の世界へ旅立っていた。
自分も同じように昼寝をしたいがそれをしては減点を喰らってしまうので必死に眠い目をこすりながら黒板に書かれる文字を書きとっていたファイン。
しかし先程の教師の説明でパチッと目は開き、ペンを止めて開いている歴史の教科書に目を通した。
それから教師の語る内容にも真剣に耳を傾けて重要と思った事柄についてはしっかりとノートにメモを書き留めた。
いつになく真剣な様子のファインを横目にレインも眠りかけていた目が開いて軽く疑問に思い、シフォンも心の中で「ふしぎふしぎ~」と不思議がるのだった。






そして授業は終わり放課後の時間。
レインは放送部の活動に行き、ファインは部活の助っ人の予定がなかった為に図書室を訪れていた。
広い図書室ではあるがきちんとジャンルごとに棚訳されており、すぐに目当ての『歴史』ジャンルの棚に辿り着く事が出来た。
それから自分の目の高さの棚や下段の棚、それより上の棚を眺めているとピュピュが棚の一番上にある灰色の背表紙のやや分厚い本を叩いた。

「ピュ~ピュ?」
「あ、それそれ。ありがとう、ピュピュ」

いつもであれば元気な声でお礼を述べるのだがここは図書室。
大きな声を出せばすぐにどこからともなくマーチが現れて減点カードを切ってくる。
なので声を潜めるとファインは脚立を運んでその上に登った。
そして探していた本の角に指を引っ掛けて取り出そうとするが棚にギチギチに詰められているらしく、中々引っ張りだす事が出来ない。

「あ、あれ?こ、の・・・!」

ぐぐっと指に力を込めて何とか引っ張ろうとする。
しかしそれをすればする程、体は後ろに傾き、知らずの内にファインの体勢は不安定なものになっていく。
結果―――

「よし!・・・って!?」

勢いよく本を引っ張りだす事に成功したものの、反動で体は大きく後ろに傾き、ファインはとうとうバランスを崩してしまう。

「わ、わわっ―――!?」

空中で手をバタつかせるがその努力も虚しく体は素直に重力に従って落下していく。
痛みと衝撃を予測してファインは強く目を瞑ったが、それらがファインを襲う事はなかった。
むしろ誰かに抱き留められる心地がして恐る恐る目を開けば見知った顔が目の前にあって驚く。

「あ、シェ―――」
「しっ」

シェイドは素早くファインを降ろすと自分の口の前に人差し指を立てた。
そして視線でファインの背後を示してきたので気になって振り返ってみると、棚の影からマーチが眼鏡を光らせて赤い減点カードをチラつかせて笑っていた。

「あ・・・」
「ここだと減点を喰らうから場所を変えるぞ」
「うん」

小さな声で耳打ちしてきたシェイドに頷いてファインは本を借りると共に外に出て行った。








場所は変わってお喋りや遊びで賑わう中庭のベンチ。
ブラッククリスタルキングが誕生した原因、そして何よりホワイト学園と姉妹校の締結を交わしてすっかりホワイト学園長に鼻の下を伸ばしてる教頭改め学園長見習いによって幾分か校則は緩くなり、放課後になると中庭は常に活気が溢れるようになった。
元々ファインとレインの『学園仲良し計画』でその基礎は出来上がっており、そこに校則が緩くなった所で更に笑顔溢れる中庭になったといった所である。
しかしその『学園仲良し計画』の中心人物の一人であったファインはいつになく複雑な表情で彼女には似合わない歴史の本を開いてそこに視線を落としていた。

「図書室でそんな本を借りて来るなんて珍しいな。頭でもぶつけたか?」
「そんなんじゃないよ!もう!」

からかってくるシェイドにファインは唇を尖らせて不満を漏らす。
どうやら頭を打って人が変わったり熱を出しておかしな行動に出た訳ではないらしい。
かなり失礼な思考ではあるがシェイドはそう判断すると素直に質問をした。

「じゃあどうしたんだ?」
「うん・・・今日の歴史の授業でシシャモウォーの話があったでしょ?」
「ああ、あのウロコ星の兄弟喧嘩がキッカケで起きた戦争か」
「あれ聞いて思ったんだよね。アタシもレインもそんな風になっちゃったりするのかなって」

意外にも深く考えさせられるものがあったらしい。
シェイドは数回瞬きすると腕を組んで真面目に話を返した。

「お前もレインも普段から仲は良いだろ?喧嘩したら面倒だとプーモから聞いた事はあるが」
「うん・・・でも、もしも喧嘩したら今日の歴史の授業やこの本に書かれてるみたいに戦争になっちゃうのかなって。戦争で沢山の人を悲しませて、アタシもレインも仲直り出来ないまま終わっちゃったら嫌だなぁって」

ファインが軽く目を通している本は王族の兄弟が起こした戦争に纏わる出来事をまとめたもので、その詳細が分かりやすく記されていた。
しかもそのどれもこれもが王位継承権を巡った争いが多く、悲惨な結末ばかりで内容はあまり明るくはない。
中には一人の王子の嫁の座を巡って醜い姉妹争いを繰り広げた他国の王女の話もあり、それがファインの心に影を落とす。
ファインと付き合いの長いシェイドはすぐにそれに気付くと少しからかい交じりに意見を述べる。

「確かにその手の戦争のキッカケとなる火種は些細なものが多い。だがお前とレインの場合は果てしなくどうでもいい内容の喧嘩で逆に戦争に発展するとは思えないな」
「そ、そんな事ないもん!」
「声が震えてるぞ」
「ぐぅ・・・」
「それにたとえ喧嘩しても周りが仲直りするように促すだろ。プーモ然り、教育係然り、トゥルース王やエルザ王妃だってお前達の喧嘩を望まない筈だ」
「だ、だよね?」
「ああ。そもそもおひさまの国はそういう穏やかな人間が多い。俺の中では一番戦争が起こりにくい国だと思っている」
「えへへ~それほどでも~」

先程までの憂いを帯びた表情はどこへやら、一転して照れたように表情を緩めるファインにシェイドはホッとしたように息を吐く。
おひさまの国のプリンセスなだけにやはり太陽のような笑顔がよく似合う。

「それとその手の兄弟喧嘩がキッカケで起きる戦争っていうのは元々の兄弟仲が不仲で起きる場合が多い。血を分けた兄弟であるにも関わらず互いを兄弟と思わず、常に出し抜いて蹴落とし合う事しか考えていない。更にそこに付け込んで地位向上、或いは漁夫の利で玉座を狙っている家臣がワザとスレ違いや行き違いを起こして対立させるケースも少なくない」
「ふ~ん。悲しいなぁ、そういうの。元々仲良しじゃないっていうのも悲しいけど信頼してる家臣の人がそういうのを企んでるっていうのも凄く悲しいな」
「ま、さっきも言ったがおひさまの国は温和な人間が多い。そういった不穏因子は現れにくいだろうし、出たとしてもお前達お騒がせプリンセスに振り回されてそれどこじゃなくなるだろうな」
「それ褒めてる?貶してる?」
「褒めてるぞ、一応な」
「嘘だ!絶対嘘だ~!」

フッと鼻で笑うシェイドにファインは頬を膨らませる。
シェイドはいつだって意地悪だ。
けれどそんな風にからかって来るという事は、やはりシェイドから見てもおひさまの国に不穏な影はなく平和であるのだろうと思う。
それだけでもかなり安心する事が出来た。

「とにかく良好な姉妹関係を保って家臣の意見にも流され過ぎないでいればとりあえずは問題ない。お前達の事だから家臣の意見を聞く前に直接お互いにぶつかり合う可能性の方が高いがな」
「むぅ・・・シェイドは相変わらず意地悪なんだから。ま、いいや。その辺の問題は大丈夫として、アタシもう一つ悩みがあるんだよねぇ」
「あるのが驚きだな」
「もう!シェイド!!」
「悪かった。それで悩みってなんだ?」
「将来おひさまの国を継ぐってなった時に一番最初にその権利があるのってレインだよね?」
「そうだな。レインが先に生まれたんだろ?」
「うん」
「なら王位継承権第一位はレインにある。だがレインはブライトと結婚するっていう野望を掲げてるんだろう?どのみち継ぐのはお前になるんじゃないか?」
「ブライトがすぐにレインを迎えに来てくれると思う?」
「あぁ・・・それは、なぁ・・・」
「アタシもレインには悪いけどなんとなく時間がかかると思うんだよねぇ・・・」

ファインとシェイドは遠い目をしながら揃って澄み渡る青い空を見上げる。
ブラッククリスタルキングとの決着以降、レインとブライトの距離は縮まった。
しかし縮まっただけでまだそれ以上の進展はない。
というのもブライトが真面目且つ生粋の紳士気質であるが為にかなり丁寧で慎重な順序を踏んでいるからだ。
加えてシェイドはブライトが「立派な王になるまでレインを迎える事なんてとても出来ないよ」と照れつつも真剣に溢していたのを耳にしていた為に尚更レインの野望が結実する日は遠いと確信していた。
とはいえ、自分も似たようなものなのでブライトの事は笑えないのだが。

「レインがクイーンとしてお仕事をする間、アタシは何をすればいいのかなぁって」
「普通にレインの手伝いだろ」
「でもお手伝いって言ってもレインの為に何が出来るんだろう?」
「それはその時にならないと分からん。だがお前はいつだってレインの為なら一生懸命になれるから何だって出来るだろ?」
「えへへ、まぁね~」

言いながらファインは得意気に笑う。
否定せず、むしろ肯定する辺りレインへの愛情とレインの為に何でもしたいという強い気持ちが窺える。
レインには悪い・・・とは微塵も思わず、シェイドはファインのレインに対する気持ちに乗っかってある事を提案した。

「だが、今からでもレインの為に出来る事があるぞ」
「え?何々!?」
「ハーブを育てるのはどうだ?」
「ハーブ?」
「疲れがとれるハーブや気分を落ち着けられるハーブをお前が育てて仕事で忙しくするレインに淹れてやるんだ。そしたらレインも笑顔になるだろ?」
「確かに!レイン、ハーブティー好きだからそれなら今からでも出来るね!」
「後はお前にその気があればだが、薬草の知識もあると尚良いと思うぞ。レインが病気で倒れた時、或いはレインに代わって家臣の様子や城下の視察に行っていざという時に役に立つ」
「確かに確かに~!レインを元気にしてあげられるしお城の人達やおひさまの国の人達を助けられるね!」
「お前にそのやる気があればだがな」
「あるよ!腕の良い先生もいる事だし」

頬を赤く染めて上目遣いに見上げて来るファインに満足してシェイドはフッと笑うとベンチから立ち上がった。

「そうと決まったらさっさと本を片付けて温室に行くぞ」
「うん!」

ファインは元気よく頷くと同じように立ち上がってシェイドと並んで図書室に本を返しに行くのだった。










オマケ


「聞いて下さい、ブライト様」

「どうしたんだい?レイン」

「ファインが私の為にってハーブや薬草の勉強を始めたんです」

「そうなのかい?ファインはレインの事が本当に大好きなんだね」

「シェイドの温室で」

「あっ」

「シェイドに唆されて」

「あっ・・・」

「も〜腹立つわ!!私を使って自分の分野に引き込むなんて本っ当に性格悪いんだから!!」

「シェイドは腹黒だからね。悪びれもせずにレインを建前に使ったのが目に浮かぶよ」

「何とかやり返せないないかしら」

「うーん・・・あ、そうだ。レイン、僕と宝石のデザインについて勉強しないかい?」

「宝石のデザインの勉強ですか?」

「そう。それでレインがファインに似合う宝石をデザインして実際に着けてもらうんだよ。勿論ドレスとかの衣装もコーディネートしてあげてね。それでそんなファインを色んな人にお披露目してシェイド以外の異性の気を引くんだよ。そしたらシェイドが拗ねると思うんだ」

「それいいです!流石ブライト様!!」

「そうと決まったら善は急げ。早速勉強を始めようか」

「はい!」




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