毎日がプリンセスパーティー

「どうだ?ミルキー」
「バァブバァブ!!」
「そうか。ミルキーが言うなら大丈夫だな」

完成したチョコを妹に絶賛されたシェイドは満足そうに微笑むと残りのチョコを小さな黄色の箱の中に入れてラッピングした。
明日はホワイトデー、というにはあまりにも日にちを過ぎている、おひさまの国でお茶会が開かれる以外には何もない至って普通の日。
しかしそれも仕方のない事。
おひさまの恵みが衰え始めた事を端に発した騒動はやがて闇の力との戦いとなり、ふしぎ星が滅亡する一歩手前までに発展した。
ホワイトデーはその真っ最中にあった行事であり、しかし人々もシェイド達もそんなものにかまけてる余裕が全くなかった。
だがそれもおひさまの国のふたご姫によって全てが綺麗に丸く収まり、ふしぎ星はかつての平和を取り戻していた。
その平和をシェイドも享受しており、心に余裕が持てるようになった彼はかつてエクリプスと名乗って活動していた頃にファインから貰ったバレンタインのチョコのお返しをするべくこうしてチョコを作っていたのである。
お返しは期待するな、なんて冷たく突き放すような事を言っておきながら結局は作る事を元から決めていた彼はやはりプリンスであり律儀である。
プリンスとしてのスキルが高い彼は宝石の国の兄妹程ではないにせよ、お菓子作りも余裕でこなせていた。
しかし念には念を。
赤ん坊でありながらファインと同じくらい食いしん坊で舌が肥えている妹のミルキーに味見をしてもらい、花丸を貰えたので良しとする。
綺麗にリボンをかけたそれを見下ろしてシェイドは苦笑いするように息を吐くと大切な妹に尋ねた。

「これ、どうやって渡したらいいだろうな?」
「バブバブバブバ?」
「普通に、か・・・そうだよな、普通に渡せばいいよな」
「バブゥ?」
「いや、明日はお茶会だろう?どのタイミングで渡すか考えていたんだが帰り際でいいな。その方がタイミングも良いしファインも落ち着いて食べられるだろ」

そう語るシェイドの横顔はどこか複雑で曇っているようにミルキーには映った。








そして翌日。
おひさまの国の空中庭園で行われたお茶会はあのふたご姫が中心な事もあって騒がしくもかなり盛り上がった。
思えば各国のプリンス・プリンセスが一堂に会してお茶会をする事なんて今までになかった。
ふしぎ星を盛り上げる為のプリンセスパーティーに至ってはシェイドはエクリプスとして顔を出していた為に厳密な集合とは言い難い。
かと言って辛うじて全員が正式に出席したと言える最後のプリンセスパーティーはブライトが闇に堕ちていた事もあって平穏な集合とは言えないものであった。
けれど大変だったものが全て丸く収まって平和が戻り、みんなが仲良く笑顔で集まっている。
その中には勿論プリンスとしてのシェイドもいる。
こんな日が来るとは思ってもみなかった。
それもこれも、おひさまの国のファインとレインが命懸けでブラッククリスタルを浄化したから。
ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと呼ばれたふたご姫は使命を授かったおひさまの国のプリンセスとして最後まで諦める事なく星を救ってみせた。
全く大したものだと紅茶片手にファインを見つめているとシェイドの視線に気付いたファインが首を傾げた。

「シェイド?どうかしたの?」
「いや・・・」

シェイドは一瞬瞳を逸らしてからまたファインに戻して一言。

「さっき食べたクッキーが驚く程不味いと思ってな」
「うっ・・・それは・・・」
「私達が作ったクッキーでーす・・・」
「ええっ!?ちょっ、ファインレイン!どれが貴女達の作ったクッキーなんですの!?」
「これなんだけど・・・」
「キャメロット達と作った後に一緒に混ぜちゃったからどれが私達の作ったものか分からなくて・・・」
「はぁああっ!!?」
「だからプーモがあまりクッキーを食べない方が良いって言ってたのね・・・」
「仰る通りでプモ、リオーネ様・・・」
「全くもう!貴女達という人は!!」

アルテッサのお小言が始まって「ごめんなさ~い」と涙目になりながら謝罪するファインとレイン。
今ではすっかり見慣れた光景だ。
ブライトを元に戻す為に旅に同行していた事もあってアルテッサはファインとレインと打ち解けるようになり、今では息がぴったりなトリオとなっている。
アルテッサの二人を見る目も最初の頃の見下すようなものから気を許した良き友を見る目に変わっている。
けれどそれはシェイドもそうだった。
特にファインに関しては―――。

(本当に人生は何が起こるか分からないな)

最初は能天気で何も考えていない大食いの無鉄砲な奴だと思っていた。
その癖怖がりでひとたび暗がりに足を踏み入れたらレインからくっついて離れなくなる。
これはプリンセスらしくないプリンセスと言われるのも納得だと思った。
けれど母親のムーンマリアの為に満月草を取りに行った時にその考えは少し変わった。
思ったような成果が上げられず焦るシェイド達を労わって休憩しようと提案し、サニードロップを出して気分転換を図ろうとしてくれた。
他にもシェイドが亀の激突を受け止めたり、ブライトのブラックプロミネンスの力を受けた時も心から心配したような顔を向けて来て、それまで騒がしいイメージが一番にあったが周りをよく見て気遣えるのだと気付いた。
その後のブライトからの招待状に関連した騒動については落ち込むレインの為に、そして孤独なブライトを心配して飛び出すという驚きの行動力を見せた。
周りを気遣い、その者の為に危険を顧みず飛び出す事が出来ると知ったあの事件はシェイドのファインに対する考えを大きく変える出来事であった。

(とはいえ、あの時は生きた心地がしなかったがな)

プロミネンスはふしぎ星を救えるたった一つの手段。
それはファインとレインが揃っていないと使えない力であり、どちらかが欠けてはいけない。
もっとも、それ以上にシェイドが心配したのはやはりファイン自身の事だった。
あのおひさまのような笑顔が失われてしまうのではないかとあの時は本当に焦ったものである。

(俺がファインの心配をな・・・)

最初は苦手だった。
予測不能なその行動にどう対処すれば良いか分からなかった。
けれどふしぎ星を救う為の旅を共にする事でファインという人間を知るようになって気付けばそれら苦手意識はなくなり、今は反対の気持ちを持つようになっていた。
そそっかしくて手がかかる奴で、いつ誰の為にその身を犠牲にして飛び出すか分からなくて心配で目が離せない。
そして妹のミルキーを見守るようなそれと同じようで異なるこの気持ちは何だろうか。
思考するのに疲れてマカロンを一つ食べてみたが答えが出る事はなかった。






やがて時間は過ぎて行き、楽しいお茶会も賑やかに幕を閉じた。
各国の気球が空の彼方に飛んで行く中、シェイドはチョコを渡そうと見送るファインに声をかけようとする。
ところが―――

「ファ―――」
「バブー!」

シェイドを遮ってミルキーがファインに声をかけた。

「ミルキー?どうしたの?」
「バブ!バブバブバ~ブ!」
「え?もっと庭園を見たいの?」
「バァブ!」
「それは全然いいけど・・・シェイドは?大丈夫?」
「いや、まぁ―――」
「バブバブ、バブバブブ~!」
「シェイドが?アタシに?なぁに?」

時間をあげるからしっかりお話をしてチョコを渡して下さい、と半目で睨んでくるミルキーの瞳はそのように雄弁に語っていた。
ミルキーはこう見えて頑固な所がある。
従わなければ絶対に帰らないって言うだろうし帰らせてもくれないだろう。
シェイドは溜息を吐くとファインとレインに言った。

「・・・ファイン、少しだけ二人で話したい事がある」
「うん?いいよ?」
「レイン、悪いがその間ミルキーと庭園で遊んでてくれないか」
「ええ、いいけど?行きましょう、ミルキー」
「バァブ!」
「僕もお供しますでプモ」

ミルキーは元気良く返事をするとレインやプーモと一緒に庭園の散歩に出かけた。
残されたファインはシェイドの様子を窺いながら尋ねる。

「大丈夫?話って何?」
「いや、そんな大した事じゃない・・・が、立ち話もなんだ、どこか座れる所はあるか?」
「あっちにベンチがあるよ。ついてきて」

促されてシェイドは素直に従ってベンチのある方へ移動する。
ベンチはおひさまの国らしい木製の柔らか味と優しさのあるデザインで座り心地も良く、シェイドはすぐに気に入った。
こういうのがおひさまの国の特徴なのか、見ていて和やかな気持ちになるデザインの物がこの国には多い。
それに加えてあんなにも寛大で優しい両親や教育係に囲まれて育ったのだからファインとレインが笑顔いっぱいのお転婆姫になるのもなんとなく頷ける気がした。

「それで?話ってなーに?」

隣に座ったファインがシェイドの顔を覗き込むようにして尋ねて来る。
普通に渡してそれで終わらせればいい、と自分に何度も言い聞かせて来たものの、いざその場面に直面すると何故か少し緊張してしまう。
鋭いファインの事なので悟られる可能性の方が高いがそれでもシェイドはその気持ちを隠して懐からラッピングしたチョコを取り出して渡す。

「これを・・・お前に渡そうと思ってな」
「何これ?」
「少し遅れたがホワイトデーのチョコだ」
「ホワイトデー?」
「バレンタインにチョコをくれただろ?」
「え?・・・あー!そういえばそうだったね」
「忘れてたのか?」
「だってほら、色々それどこじゃなかったし。それに日頃のお世話になってるからって言って渡した物だしシェイドもお返しは期待するなって言ってたじゃない」
「あのまま知らない者同士で居続けたらな」
「そうかな?知らない者同士でいたとしてもなんだかんだ言ってお返しくれてたような気がするな~」

相変わらず鋭いな、と動揺しかけたが得意のポーカーフェイスでなんとか表には出さないようにした。

「中開けてもいい?」
「ああ。なんなら食べてもいいぞ」
「やった~!」

ファインは感激したような声を上げるとリボンを解いて蓋をそっと開けた。
開いた瞬間、バナナのまろやかで甘い香りが漂ってファインの顔がこれ以上ない程蕩けそうになる。
そして蓋を完全に開ききると月や星の形をした可愛らしいチョコレートの粒が綺麗に並べられていてファインは「わぁ・・・!」と感嘆の声を漏らした。

「これってもしかしてシェイドの手作り?」
「そうだ。ミルキーお墨付きのバナナチョコだ」
「ミルキーのお墨付き!?じゃあすっごく美味しいんだ!?シェイドすごーい!」
「俺からしてみれば見た目はまともなのに味は壊滅的なお前達ふたごの腕前の方が凄いと思うぞ」
「うっ・・・アタシ達としてはちゃんとやってるつもりなんだけどな~」
「駄目だからあの有様なんだろ。だがその壊滅的な腕前でモンモンゴーレムが目覚めたと考えれば逆に貴重だがな」
「それ貶してるよね?」
「貶してると同時に褒めてるぞ」
「もう、何でそんな意地悪な方面で器用かな~・・・」

はぁ、としょんぼりしながら溜息を吐いてファインは静かにチョコレートの蓋を閉める。
てっきりそのまま食べると思っていただけに予想外の行動にシェイドは僅かに目を見開いた。

「食べないのか?」
「うん。シェイドから貰ったチョコだから後でゆっくり食べたいなーって思って」
「・・・そうか」

赤く色づく頬を掻きながら照れたように理由を述べるファインを見てシェイドも突然胸に沸き起こったむずがゆさに落ち着かなくなって静かに視線を逸らす。
本当に予想外の事しかしない。
顔が熱くなっているのは気のせいだと思いたい。

「・・・いつもその場で食べるお前が珍しいな」
「アタシだってゆっくり味わって食べたい時だってあるよ」

そこで言葉は切れて微妙な沈黙が流れる。
何か話題はないだろうかとシェイドがあれこれ考えているとファインの方が先に見つけたらしく、少し焦ったように話題を振った。

「そ、そーいえばアタシがバレンタインにあげたチョコは美味しかった!?」
「ああ、まぁな。食いしん坊なお前のお墨付きなだけあって中々良い味だった」

ビターなのに凄く甘く感じた、などとは口が裂けても言えなかったが。

「本当!?良かった~。アタシはシェイドが取らなかった方のチョコ食べたんだけどやっぱりすっごく美味しくてさ~!シェイドも美味しく食べてるかな~ってちょっと心配してたんだよね!」

良かったぁ、と一人安心するファインの横顔を見て、シェイドは兼ねてより抱えていた疑問をぶつけてみようと思った。
なんとなく、今のこの流れなら聞けると思った。

「・・・お前は」
「うん?」
「エクリプスの正体が俺だって分かった時はどう思ったんだ?」
「どうって・・・うーん、安心したかな。やっぱり悪い人じゃなかったって」

フワリと柔らかく微笑むファインを見てシェイドの胸の内が春の気候のように温かくなる。
ちょっと嬉しかった。

「そういえばお前は俺に対する温度差が他と違ったな」
「だって嫌な事してくる訳じゃないしアタシ達の事助けてくれてたもん。そんな人が本当に悪い人なのかなってずっと疑問だったんだ。だから分かった時は嬉しかったよ」
「いつから悪い奴じゃないって思ってたんだ?」
「最初からだよ」
「最初から?」
「うん、初めて会った時からずっとだよ。そりゃちょっとだけやっぱり悪い人なのかもって思った時もあったけど・・・でも、やっぱり最後はどうしても悪い人には思えなかったんだよね」

(相変わらずとんでもないな・・・)

勘に優れ、人の機微に聡い。
論理的思考が苦手で体力自慢な分、こうした勘でそれらを補っているのだろう。
しかし勘とは所詮は根拠のない直感的なものなので上手く説明出来ないが故にファインは自分の勘に半分自信が持てないでいる。
けれども生来の『他者を信じる』という気持ちの強さから己の感じた事に関しては強く拘る節もある。
先程から述べている『エクリプスは悪い人じゃない』が良い例だ。
悪い人間ではないと直感で見抜いてもその説明が出来ない。
それなのにそんな状態で無防備に近付いて接触を図ろうとするのだからその反動でレインとプーモが益々警戒してきたのも頷けるというもの。
現にシェイドも、こんな事で悪い奴に利用されたらどうするんだ、という心配する気持ちが出て来て益々放っておけないという気になった。

「お前なぁ、少しは・・・いや、いい。それがお前の長所だしな」
「何が?」
「気にするな」
「でもちょっとビックリもしたかな。ブライトみたいにプリンスのお手本のようなシェイドがあの意地悪なエクリプスだったなんてって」
「嫌味か?」
「だって本当の事だもん。シェイドってば意地悪ばっかりでさ。なのに王子として会った時はまるで別人のように優しくて丁寧だったし」
「俺の演技が上手くいっていたようで何よりだ」
「やっぱり演技だったんだ?」
「ガッカリしたか?」
「まさか。アタシは今の意地悪なシェイドの方が良いなって思うよ。その方がシェイドらしくて親しみもあるし」
「・・・」

くすぐったそうに笑うファインにシェイドは照れ臭さから静かに視線を逸らす。
ガッカリされていなくて良かったと内心でホッと安堵の息を吐くと同時に心の中でずっと引っ掛かっていたものが綺麗に取り除かれたのを感じた。
ファインがエクリプスに、と言って渡したチョコは『月の国のプリンスシェイド』が食べた。
エクリプスとシェイドは同一人物であったにせよ、その事実を知らなかったあの時のファインの気持ちを踏みにじった行為に違いはない。
けれどもファインはまるでそんな事を気にした風はなく、エクリプスの正体がシェイドで安心したと言ってくれた。
その事実がどうしようもなくシェイドの胸を温かく満たしていく。

(『プリンスの俺』が食べても良かったんだな)

シェイドは口の端に笑みを浮かべると今のこの気持ちを悟られまいと意地悪な口調で言った。

「・・・なら、これからはお前に対しては特に通常運転でいいな。何を言われても文句は言うなよ」
「えー?少しは優しくしてよ」
「文句は言うなと言ったばかりだぞ」

ツン、とファインの額を軽く弾くと「うぁっ」と呻いて軽く睨んできた。

「早速シェイドの意地悪!」
「意地悪な俺の方が親しみがあるんだろ?自分の言葉には責任を持つんだな」
「うぅ、言わなきゃ良かった・・・」
「不用意な発言はしない事だ。それよりそろそろ帰らせてもらう。もう十分話せたしな」
「うん、分かった。アタシも話せて楽しかったよ!またお話しようね!」

おひさまのよな笑顔でそう言い放つファインにシェイドは穏やかな笑みを浮かべて「ああ」と柔らかく頷いた。
そしてその後は空中庭園の離れた所でレインとプーモと遊んでいたミルキーを呼んでシェイドは月の国へ帰る事にした。
そんな移動中の気球の中での事。

「ミルキー」
「バブ?」
「ありがとうな」
「バブッ!」

スッキリとした笑顔を浮かべる大好きな兄にミルキーはとびきりの笑顔を返すのだった。







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