毎日がプリンセスパーティー

シェイドとブライトによるお忍びサプライズから二週間後の土曜日。
レインはお忍びでお祭りに参加という事で先週に引き続きラフな格好で(しかしそれでも気合は全力で入ってる)、ファインは王族として展覧会に出席という事でドレスを着ていた。
そして宝石の国の気球に乗ってお祭りに行くレインを見送ったファインは自国の気球に乗ると月の国にいるシェイドを迎えに行き、その後シェイドと共に列車に乗って展覧会が行われるテンラン星に向かった。
その道中、ファインがやや申し訳なさそうな表情をしながらシェイドに話しかける。

「ごめんね、シェイド。付き合ってもらって」
「気にするな。面白そうだから行くって言ったのは俺だ。それにつまらない訳ではないんだろ?」
「うん。レビィスト家の一族はコレクター好きばかりで自らトレジャーハントしに行く程なんだ。珍しいお宝とか歴史的に価値ある物とかいっぱい飾られてるからとっても面白いんだよ」
「ふぅん」
「それからね!お昼になるとビュッフェが出るんだよ!色んな星の郷土料理が出るんだけどこれがもうどれもこれもすっごく美味しいんだよ!!」
「お前のメインはそれか」

ファインらしいと言えばらしい。
苦笑混じりに息を吐くとその直後に列車のアナウンスでテンラン星に間もなく到着する旨が流れた。

「あ、そろそろ着くみたい」

ファインはワクワクしながら窓の向こうを見る。
宇宙の海だった景色は段々と一つの星の空の色へと変わり、最後には緑に囲まれた自然豊かな美しい景色へとその様を変えていく。
窓の向こうには荘厳な建物が聳え立っており、なるほどここで展覧会を開催するのかとシェイドは思った。
ファインとシェイドは王族としての出席という事で特別車両に乗車しており、降車口は一般と異なる。
そうなると必然的に降車やその出迎えは王族待遇のものとなるので対応が豪華だった。
列車の扉が開くと同時にレッドカーペットが敷かれ、レビィスト家の使いの者であろう男性が降りる為の手を貸してくれた。
そして建物からレビィスト家の人間が執事や部下を伴って挨拶に来る。

「ご機嫌麗しゅう、プリンセスファイン様、プリンスシェイド様。長旅お疲れ様でした」

歳の頃はシェイドと同じくらいか、プラチナブロンドの青年が綺麗な角度でお辞儀をする。
そんな青年にファインは気さくに挨拶を返した。

「久しぶり、アークス。元気にしてた?」
「はい、お陰様で。ファイン様もお元気そうで何よりです。レイン様は如何でございましょうか?」
「アタシと同じくらい元気だよ!でも今日はレインが参加出来なくてごめんね。ちょっと大切な用事が出来ちゃったからさ」
「いえ、ファイン様が謝る必要などございません。所詮は我ら一族の小さな展覧会。プリンセス様達のご用事を最優先されて当然です」
「ありがとう、アークス。それから改めて紹介するね。同じふしぎ星の月の国のプリンスシェイドだよ」
「初めまして、月の国のシェイドです。この度は急な参加を許容いただき感謝します」
「こちらこそ、ご参加いただき恐悦至極に存じます。レビィスト家長男にして次期当主のアークス・レビィストと申します。以後、お見知りおきを。ところで失礼ですがファイン様とはどのようなご関係でございましょうか?」
「どうって・・・」
「何て言えばいいかな?」
「俺に聞くな」
「ご友人という解釈で宜しいでしょうか?それともそれ程の仲ではないと?」
「ううん、友達・・・だよ?」

少しの間の後に疑問系を付けてファインが答えるがそれが二人の関係性を物語っていた。
ファインにとってシェイドは苦楽を共にした仲間であり友でもあるがそれ以上に好きな人でもある。
しかしその想いは未だ伝えておらず、またそういう仲でもないのでそうとは言えなかった。
かと言って友人と断言するには胸が痛む思いがする。
だから疑問系で答えるしかなかったし、シェイドもそれについては否定しなかった。
しかしそれをどう思ったか、アークスと呼ばれた青年は鋭く目を細めると少し攻撃的な冷たさを含んだ雰囲気を纏いながらまた綺麗な角度で頭を下げた。

「左様でございますか。ファイン様の”ご友人”でありましたか。ふしぎ星のプリンス並びにプリンセス様方は親交が深く大変仲が良いと耳にしていましたので興味本位から質問してしまいました。どうかお許しを」

『友人』という言葉を強調して、つい、と顔を上げたアークスの瞳は冷たく、シェイドに対して明らかな敵意と僅かな余裕を見せていた。

「いえ・・・」

しかしそれに怯むシェイドではなく、むしろ瞳を鋭く細めてその冷たい瞳を真っ向から睨み返した。

「あ、あの、二人共・・・?」

二人の間で火花が飛び散っていそうな一触即発の雰囲気にファインはたじろぐ。
その後、アークスお付きの執事が間に入るまで二人の睨み合いは続くのであった。










「あ」

一方その頃、ブライトとカフェのテラス席でアイスコーヒーを飲んでいたレインは何かを思い出したようにポツリと言葉を漏らした。
その言葉を拾ってブライトが首を傾げる。

「どうしたんだい?レイン」
「いえ、一つ思い出した事があって・・・」
「思い出した事?」
「今日ファインとシェイドが行った展覧会なんですけど、開催者の貴族の御子息がファインの事を好きなんです」
「へぇ、ファインの事を?」
「でもファインはあの通り鈍感だし御子息には全く興味無いしで望み薄だわーなんて思ってたんですけど御子息には全然諦めた様子がなくて毎回熱心にアピールしてるんです」
「じゃあ今回も例外ではないって事?」
「ええ、多分。今頃シェイド、喧嘩売られてるわねぇ。彼、誰が相手だろうとライバル認定した人には容赦なく敵意を剥き出しにするから」
「確か身分は貴族なんだよね?王族相手に怖いもの知らずだね」
「トレジャーハンターやってるからその所為で変な度胸がついてるのかも」
「シェイドが帰ってきたらきっと機嫌悪くなってるだろうなぁ。愚痴を聞いてあげないと」
「私もファインをめいっぱい労わってあげなくっちゃ。多分へとへとになって帰ってくると思うし」
「そうと決まったら休憩はここまでにして次のお店に行こうか」
「はい!」

ブライトとレインのお祭りデートは再開されるのであった。





場面は戻って展覧会会場ではアークスがファインとシェイドを案内していた。
会場にはレビィスト家が様々な星で集めたお宝や珍品が展示されており、それらは全て透明なケースで覆われている。
ルビーの中で燃える炎、時間を刻むごとに崩れては再生していく砂の城が小窓から見える時計、複数の星の人間が彫ったと思われる古代の石版など目を奪う物ばかりだ。
これにはファインもはしゃぎ、シェイドも関心を向ける。

「わぁ~!今年も珍しい物がい~っぱい!」
「凄いな」
「どうぞお近くでご覧下さい。今年も珍しいお宝が沢山手に入ったんですよ。こちらのブローチなんかはとある遺跡の奥に眠っていた秘宝で持って帰るのにそれなりの苦労がありました」

そう言ってアークスが最初に紹介したのは美しい蝶を模した繊細なガラス細工のブローチだった。
見るからにお宝と言った雰囲気のそれにファインは「わぁ」と感嘆の声を漏らし、シェイドも「へぇ」と感心の声を漏らす。

「それなりの苦労って何があったの?」
「実は仕掛けが作動したみたいで遺跡内部の構造が変わってしまったんです。幸いどの部屋も大した事はなかったのですが最後の入り口に続く部屋の足場がぽっかりとなくなっていまして。部屋の中間に壁の端から端へかかっていた棒に鞭を引っ掛けて渡る事で何とか脱出に成功しました」
「へ~そうなんだ。そういえばアークスも鞭が使えたんだよね」
「も、と言いますと?」
「シェイドも鞭が使えるんだよ!他にも剣の扱いも上手でとっても器用なんだよ!」
「・・・なるほど。流石プリンス様は多彩でいらっしゃる」

舌打ちが聞こえてきそうな声の低いお世辞に、露骨過ぎていっそ清々しいとさえシェイドは思ったとか。

「次はこちらをご覧ください。こちらはゼータク星の辺境の地で見つかった1000年前の鉢です。ゼータク星は1000年も前からこうして金銀と宝石を使って贅沢な暮らしをしていた事が分かります」
「わぁ、すっごい贅沢・・・」
「鉢でこれなら日用品なんかはとんでもない装飾になっているだろうな」

鉢全体は金、縁は銀、装飾は散りばめられた様々な種類の宝石、と贅沢の象徴のような鉢をファインはぼんやりと眺め、シェイドは皮肉を漏らす。
いつものファインならすぐに興味を失って次の展示物を見るのだが今は心ここに在らずといった様子で鉢に視線を注いでいた。
その様子を不思議に思ってアークスがファインに声をかける。

「ファイン様?如何なさいましたか?」
「あ、ううん、ちょっとね。デザインはともかく新しいハーブの苗を植えるには丁度良い大きさだなーって」
「ハーブ?ああ、そういえばファイン様は最近ハーブをお育てになっているとお聞きしましたがその事ですか?」
「そうそう、それでちょっと新しいのを育ててみようかなーって思っててさ。ねぇシェイド、この鉢って大きさ的には丁度良いと思わない?」
「そうだな、確かに丁度良い大きさだと思うぞ」
「・・・失礼ですがシェイド様もハーブの育成を嗜んでいらっしゃるのですか?」
「むしろアタシにとっては先生だよ!学園時代にシェイドは温室でハーブを育ててね、アタシもそれをよく手伝ってたんだ~。それでその影響でアタシも育ててみたくなったって訳!」
「・・・左様ですか」
「そういえばこの間言ってた中々育たないハーブはどうなったんだ?」
「あ、あれね、シェイドに言われた通り肥料を変えたらあっという間に大きくなったんだよ。びっくりしちゃった」
「そうか、それは良かったな」
「えへへ、シェイドのお陰だよ」
「ファイン様!!」

照れたように笑ってファインがお礼を述べた直後、アークスが大きな声でファインの名前を呼んだ。
驚いたファインがアークスの方を見るとアークスはどこか刺々しいオーラを放ちながら次の展示物へ案内しようとしていた。

「時間も推してますので次の展示をご覧ください」
「あ、うん?」

戸惑いながらもファインは頷いて次の展示物の前へ移動する。
その際、アークスはファインの目を盗んでシェイドを鋭く睨んだ。
先程の親しい会話や雰囲気が気に入らなかったのだろう、アークスの顔にはそう書いてあったがシェイドはそれを鼻で笑ってやった。
まるでお前なんか目じゃないとでも言うようなその態度にアークスは怒りで打ち震える。

「アークス?シェイド?どーしたの?」
「いえ、何でもありません。こちらの展示物についてですが―――」

怒りのオーラを瞬時に収めるとアークスはシェイドからファインを隠すようにして隣に立ち、展示物についてファインに説明を始めた。
しかしそんな行為もシェイドの前では大した煽りにもならない、むしろ子供っぽいとさえ思う。
それ程までにシェイドにとってアークスは大した脅威ではなかった。
それから次々と展示物を眺めて行く中で紫色の大きな布に覆われた展示物の前に差し掛かった。
ファインが首を傾げてアークスに尋ねる。

「アークス、これは?」
「ああ、それはファイン様の為に敢えて布をかけさせていただいたお宝でして」
「アタシの為に?そんなに凄いお宝なの!?」
「いえ、そうではなく―――」
「わーい!何だろう!!」
「あ」

アークスの話を最後まで聞かず布を捲ってしまうファイン。
しかしその下から出てきたのは三つに繋がった真っ黒なドクロに絡みつく蛇の装飾が施された蝋燭立てだった。

「わぁーーーーーーーー!!!!??」

大きな悲鳴を上げて涙目になりながらファインは光の速さでシェイドの後ろに隠れてしがみつく。
シェイドは呆れたように溜息を吐いた。

「バカかお前は。最後まで人の話を聞け」
「だってぇ・・・」
「ホラ、布掛けて来るから渡せ」
「はい・・・」

震える手で差し出される布を受け取るとシェイドはそれをドクロの展示ケースに綺麗に掛けた。

「隠したぞ」
「ありがとう、シェイド」
「次からは迂闊に捲らないようにな」
「うん!」
「ファイン様!!」

シェイドから離れたファインが頬を染めて頷き、また甘い空気が流れそうになった所でアークスが横やりを入れて来た。
見ればアークスは今にも炎が燃え上がりそうな勢いでこちらに厳しい視線を送っていた。
これには流石のファインもたじろいで慌てる。

「な、何!?アークス、どーしたの?」
「私の説明が遅かった為にファイン様に恐ろしい思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「い、いいよ、気にしないで!シェイドの言う通り最後まで人の話を聞かなかったアタシが悪いんだし―――」
「ですが!気心の知れたプリンス様が相手とは言え、殿方に密着するとは何事でございますか!?それではシェイド様が勘違いをされてしまいますよ!」

(俺を何だと思ってるんだ・・・)

「そう言われても・・・怖いものは怖いもん。それに怖くなってシェイドにしがみつくのはこれが初めてじゃないし」
「なっ・・・!?」
「あと学園時代にノーチェの曲作りの手伝いの為にお化け屋敷入って怖くてノーチェにしがみついたけどノーチェは何も勘違いしなかったよ?」
「はぁっ!?」

これにはシェイドが驚きの声を上げる。
ここにきてまさかの衝撃の事実。

「お前・・・それ本当か?」
「え?うん?」
「それ・・・いつの話だ?」
「大分前だよ?ノーチェが曲作りに悩んでたからハッピーな気持ちになれば作れるかもしれないって事でみんなにどんな時にハッピーを感じるか聞いて回ったんだ。そしたらその中にお化け屋敷があったからノーチェと一緒に遊園地に行ってお化け屋敷に入ったんだよ」
「・・・」
「でも別に何もなかったしノーチェも普段通りだったし大丈夫だったよ?」

本当に何でもないかのように平然と言いのけるファインにシェイドは片手で額を抑えて重く長い溜息を吐いた。
一体どこから何をどう言ってやればいいのか。
しかし一つ言える事とがあるとすればファインが鈍感だったのが唯一の救いだとうい事だ。
思えば確かにノーチェが曲作りに悩んでた時期があったように思う。
何か力になってやれないかと考えている矢先に悩みが吹っ切れたみたいなので安心した覚えがある。
けれどどこか妙に浮かれているような節があって疑問に感じた覚えもある。
しかしまさかそれが裏でファインの活躍、それもデートがあったからだったとは。

「・・・お前、もう二度とそういう事するなよ」
「え?そういう事って?」
「そりゃぁ―――」
「ファイン様!そろそろご昼食の準備が出来ます!一足早くホールへ向かうのは如何でしょうか!?そろそろビュッフェのお時間です!」

またしてもアークスが大きな声で妨害してくる。
しかもある意味切り札とも言える手段を使って。
昼食という言葉を聞いてファインが大人しくしている筈もなく。

「行く行く!ビュッフェ食べる~!」

ファインは瞳を輝かせてアークスの後に着いて行こうとする。
するとアークスは無駄に勝ち誇ったような笑みをシェイドに向けて尋ねる。

「シェイド様は?如何致しますか?」
「もう少し展示物を見てから行く」
「かしこまりました。終わりましたらシェイド様もホールへいらっしゃって下さい」
「分かった」
「では、ごゆっくり」

軽く会釈をしてアークスはファインを伴ってホールへと向かうのだった。






「あ」

一方その頃、ブライトとお祭りを楽しんでいたレインはある事を思い出して足を止めた。

「どうしたんだい?レイン」
「また思い出した事があって・・・」
「展覧会を開催してる貴族の御子息についてかい?」
「そうです。多分彼、今日シェイドに打ちのめされると思うんです」
「というと?」
「レビィスト家の展覧会名物に『恋占いのかまど』っていうのがあるんです。石を手に持って好きな人の名前を口にしてそれをかまどに置くと好きな人が自分の事を好きだった場合に鍋に張った水が沸騰するんです」
「それは凄いね」
「逆になんとも思っていなかったら鍋の水は沸騰しないんです。それから沸騰具合でどれだけ好きかっていうのも分かるんです」
「中々ロマンチックな話だけどもしかしてその御子息は毎回ファインが来る度にその恋占いを・・・?」
「ええ」
「結果は?」
「それこそ火を見るよりも明らかっていうか・・・」
「あー・・・」
「さぁブライト様、次のお店に行きましょう」
「そうだね」

ブライトはまだ見ぬアークスに同情の念を送ると思考を切り替えてレインとの買い物に没頭するのであった。





一通り展示物を眺め終えたシェイドはホールへ足を運んでいた。
珍しいお宝と言うだけあってどれも興味を引く物ばかりでつい時間がかかってしまった。
しかし何て事はない、ファインならきっと夢中になって料理を堪能しているだろう。
そう思って何の構えもなしにホールの扉を開けると―――

「・・・ん?」

「お上手ですよ、ファイン様」
「でしょ~?」

ホールの中央でスポットライトを浴びながら優雅な音楽と共に二人きりで踊るアークスとファインがそこにいた。
ホールの壁沿いに置いてあるテーブルには料理などは全くなく、恐らくまだ出来上がっていないのだろう。
つまりアークスは用意出来ていないのを分かっていながらファインを誘い、ビュッフェが出来るまでの間にダンスをして時間を潰そうと提案したのだろう。
レビィスト家とは長い付き合いだと言っていたから当然踊る事もあった筈だろうからファインも気軽にその誘いに乗ったに違いない。
そこまで想像が付いてシェイドは音を立てずに溜息を吐いた。
少し、どころか全く面白くないが乱入して邪魔するほどシェイドも子供ではないしアークスのような真似をする気もない。
そんな事をせずともハッキリと示してやれば良いだけなのだから。

「踊っていただきありがとうございます、ファイン様。素晴らしいお時間を頂きこのアークス、感激の極みでございます」
「アタシもアークスと久しぶりに踊れて楽しかったよ」
「しかしファイン様、失礼ながら本当にお上手になられましたね。前はもう少したどたどしかったように思いますが」
「ふふん、それはね、シェイドのお陰なんだ」
「・・・シェイド様の?」
「そ!シェイドってダンスが上手だし悪い癖とか直すべき欠点とか見つけて教えてくれるの。オマケにリードも上手でさ〜」

「そんなに褒めても何も出ないぞ」

ホールの扉が開き、ニヤリと笑いながらシェイドが中に入ってくる。

「うわぁっ!?シェ、シェイドぉ!!?」

まさかの本人登場にファインは肩を大きく跳ね上がらせて頬を赤くする。
聞かれていないと思って油断していたのだろう。

(チッ、もう来たのか)
(チッ、もう来たのかって顔をしてるな)

ファインが見てないのを良い事にアークスが露骨に顔を顰めるとシェイドはその表情からアークスの思考を綺麗に読み取った。
寸分違わない辺り、もしかしたらこの二人はどこか似ている所があるのかもしれない。

「足は踏まなかったか?」
「踏んでないよ!」
「慌てて適当なステップを踏んだりは?」
「しーてーなーいー!」
「ならいい」

シェイドはフッと笑みを溢すとファインに手を差し出した。

「次は僕と踊っていただけますか?プリンセスファイン」
「はい!喜んで!」

わざとかしこまったセリフにファインはおかしそうに笑いながらも嬉しそうにその手を取る。
スポットライトは二人を照らし、美しい音楽と共に煌びやかに踊る二人を中心に捉えようと細かく動く。
二人の邪魔にならないようにと距離を取ったアークスは暗闇の中、ギリっと奥歯を噛んだ。
ファインの言っていた通り上手にリードしながらファインを踊らせるシェイド。
瞳を潤ませながら頬を赤く染め、軽やかなステップを踏むファイン。
お互いだけを見つめ合うその姿は二人だけの世界に浸っているのが分かる。
先程の自分とのダンスでは全くそんな事はなく、ファインから醸し出される雰囲気は「友人と踊っている」に過ぎなかった。
それがシェイド相手だと「恋人と踊っている」という雰囲気が全力で醸し出されていた。

(まだ恋人未満のようですがね・・・!)

おひさまの国の特にファイン関係のニュースや情報は逐一チェックしてるアークスはファインの婚約発表をまだ聞いていないので内心で悔し紛れにそう吐き捨てた。
それから時は緩やかに流れ、紡ぎ出される淡い想いを乗せたステップは音楽と共に終わりを告げる。
最後のポーズを綺麗に決めた所で会場から大きな拍手が巻き起こった。

「あ、あれ!?いつの間にこんなに沢山いたの!?」
「時間的にそろそろ昼食だからこんなにいても不思議ではないな」

ホールに飾られてる大きな掛け時計を見てシェイドが呟く。
彼もまた、拍手を聴くまで会場に人が集まっている事に気付かなかったが別段驚きはしなかった。

「昼食の時間って事はビュッフェだよね!?やったー!ビュッフェ―――」
「ファイン様!!」

ファインの言葉を遮ってアークスが声を荒げる。
見ればアークスは怒りでその端正な顔を引き攣らせていた。

「あ、アークス・・・?」
「御昼食の前にいつもの占いをしましょう」
「ええっ!?あれやるの!?で、でもさ、それよりビュッフェを―――」
「し!ま!しょう!」

一言一言を強く発してアークスはファインの発言をねじ伏せる。
有無を言わさぬその迫力にファインは押されて「は、はい!」と答え、シェイドは「こいつ貴族だよな?」と呆れたような視線をアークスに送った。
これがファインとシェイドが相手だったから良かったものの、もしも気難しい王家だったら面倒な事になっていただろう。
たとえそうなったとしてもこの男はなんやかんや上手くやりそうではあるが。
アークスは強引にファインとシェイドを案内するとかまどのある別室に通した。

「こちらへどうぞ」
「かまど?」
「え、えっとね、シェイド・・・このかまどはそのー、何て言うか・・・」
「こちらのかまどは我がレビィスト家が誇る人気の展示物『恋占いのかまど』になります」
「『恋占いのかまど』?」
「石を手に持って好意を寄せてる方の名前を口にし、かまどの中に入れます。すると好意を寄せてる方が自分にも好意を寄せていた場合に上に置いてある鍋に張った水が沸騰します。また、沸騰具合でどれだけ愛されているかが分かります」
「なるほど、それは確かに人気がありそうだ」

主に女性に、という言葉を言外に含んでシェイドは感想を口にする。
それからファインを見下ろして尋ねた。

「お前はやった事はあるのか?」
「な、ないよ・・・アタシは別にそういうのは・・・」
「何をおっしゃますかファイン様!ファイン様は訪れる度に何度も私の名前を口にして石を入れているではありませんか!!」
「あ、うん・・・アークスがやってって言うからやってるだけだけどね・・・」
「今回もやりますよ!さぁ、まずは私とからです!」
「はいはい・・・」
「その後はシェイド様とやっていただきますよ!」
「はいは・・・って、えーーーっ!!?」

危うく返事をしそうになってファインは顔を赤くして絶叫する。
しかし対するシェイドは平然とした表情で一言。

「嫌なのか?」
「べべ、別に・・・嫌、じゃ、ない、けど・・・シェイドはどうなの・・・?」
「別に」
「あ、そう・・・?」
「さぁファイン様!こちらに来て石を持って下さい!」

アークスが苛立たしげにファインを呼ぶ。
勿論この苛立ちはシェイドとの微妙な空気に向けたもので決してファイン本人に対するものではない。
ファインは小さく溜息を吐くとカゴの中から石を一つ掴んでアークスと並んでかまどの前に立った。

「では、ファイン様からどうぞ」
「うん・・・アークス」

ファインは頷くとアークスの名前を呟いて慣れた手つきでそれをかまどの中に入れた。
すると鍋の中で鏡のように静かだった水が突然ボコボコと大きな音を立てて沸騰し、湯気を立ち上らせる。
それが意味する所を嫌という程知っているファインは苦笑いを浮かべ、アークスは何故かキリッと得意げな表情を浮かべた。
この謎に自信の満ちた表情は何なのかシェイドには分からなかったし特段興味もなかった。

「では、次は私が・・・ファイン様」

アークスは大切な物を口にするかの如くファインの名前を呟いて石をかまどに入れる。
しかし鍋の水は全く何の反応も示さず、波一つ立ちやしなかった。

「えっと・・・なんか、ごめんね・・・?」
「いえ、良いのです。むしろその方が燃えますので」
「何が燃えるの・・・?」
「・・・フンッ」
「シェイド様!次は貴方様の番ですよ!?」

分かり易くシェイドが鼻で笑うとアークスは睨みながらかまどの前に来るように促した。

「いいだろう。最初は俺からだ」
「えぇっ!?ちょっ、シェイド待っ―――」
「ファイン」

シェイドはファインが止める声も聞く事なく石を手に取ってファインの名前を呟く。
そしてそれをかまどに入れると瞬く間にかまどの湯は先程のアークスに負けないくらいぐつぐつと大きく沸騰した。
それと共にファインの顔も茹蛸のように真っ赤になって固まってしまう。

「次はファインの番だ」

ニヤリと笑ってシェイドは新しい石をファインの手に握らせる。
恥ずかしさや照れ臭さなどで頭の中が混乱しててショート寸前のファインはなんとか言われた通りに「シェ・・・イ・・・・・ド・・・」と名前を呟く。
しかし動く気配が全くしないのでシェイドはファインの手から石を取り上げるとそれをかまどの中に放り込んだ。
すると鍋の水はあっという間に沸騰し、ガタガタと音を立てて揺れた。

「・・・・・・ぇ?」

小さく声を漏らし、顔から湯気が出そうな程これ以上ないくらい全身を赤くしたファインはその場にへなへなと座り込んだ。
思考回路は完全にショートしてしまい、ファインは何を言うべきなのか、どういうリアクションを取るべきなのかが分からなくなっていた。

「これは大変だ、プリンセスファインはお疲れのようだ。彼女は僕が介抱しますのでアークス殿はどうぞパーティーへお戻りください」

余裕の笑みでわざとらしくかしこまった口調で喋りながらシェイドはファインを抱き上げる。
まさしくお姫様抱っこ状態な訳だがファインの思考はまともに機能していないので騒いだり喚いたりする事なく大人しくしており、シェイドは手間取られる事なくファインを連れて部屋の外に出られた。
部屋の扉が閉まる間際、通りがかりのメイドに「休憩出来る部屋はありますか?」と尋ねる声がアークスが最後に聞いたシェイドの声だった。
一人取り残されたアークスはそのまま呆然と立ち尽くし、まるで部屋の一部になるかのように沈黙する。
それからしばらくして漸く事態を飲み込んだのか、全速力で部屋を飛び出した。

「ファイン様は渡しません!!!!」

その日、レビィスト家長男と月の国のプリンスのゲーム対決が開かれたとかなんとか。






オマケ


「お疲れ様、ファイン。展覧会はどうだった?」
「その・・・色々あって・・・・・・とりあえずビュッフェは食べられなかった・・・」
「あら、顔真っ赤よ?何か良い事あった?」
「あ、後で・・・聞いて欲しいな・・・」

「やぁシェイド、展覧会はどうだった?」
「開催者の貴族の息子の心をへし折って来た」
「展覧会で何をしてきてるんだキミは」




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