毎日がプリンセスパーティー

ここは月の国の植物園。
今日ここでは宝石の国の兄妹と月の国の兄妹がお茶会をしていた。
正確に言えばお茶会ではなくお説教会であるが。

「お兄様、レインと最後に踊ったのはいつですの?」
「半年前だね」

険しい顔つきのアルテッサに苦笑いしながらブライトは答える。

「お兄様は?ファインと最後に踊ったのはいつ?」
「同じく半年前だな」

ジト目で睨んでくるミルキーに若干気圧されながらシェイドは答える。

「では、レインと最後に会ったのはいつですの?」
「三ヶ月前のパーティーかな。ほら、他所の星の王子が訪問してきて急遽僕が対応する事になって途中退場しただろう?確かあの時が最後だったと思うけど」
「ではお話したのもそれが最後ですのね?」
「そう、なるね」
「お兄様は?」
「会ったのも話したのも半年前が最後だな。外せない用事が出来て三ヶ月前のパーティーには出席出来なかったのはミルキーも知っているだろ?」

平然と言い退ける大好きな兄に妹たちは盛大に溜息を吐く。
そしてそれから大きく息を吸って盛大に怒鳴った。

「「お兄様のおバカ!!!!」」

二人のプリンセスの咆哮は大地を揺らした。
月の国の場内で揺れる物は勿論、それは城下町にまで軽く及んだとか。
震源地であるが故に椅子からひっくり返りそうになったブライトとシェイドは机に捕まって何とかそれを凌いだ。

「お、落ち着くんだ、アルテッサ!!」
「声が大きいぞミルキー!」
「これが落ち着いていられますか!!」
「いくら忙しいからって半年も好きな人を放置するなんて見損ないました!!」
「放置って人聞きが悪いな」
「実際そうじゃないですか!お手紙も何も出さないで音信不通なんだから放置って言葉が抜群に合いますよ!!」
「抜群にってお前な・・・」
「大体お兄様たちはあの二人の一途な気持ちに甘え過ぎですわ!そんなんじゃいつか愛想尽かされても知りませんわよ!」
「甘えてるだなんてそんな―――」
「アウラーは上手く都合をつけて週に一度会える時間を作ってくれますわ!お兄様もそのくらいは出来るんじゃなくって!?」
「それは・・・そうかもしれないけど、他所は他所、ウチはウチって言葉が―――」
「通用すると思いまして!?」
「・・・ごめん」

可愛い妹の厳しい視線にブライトは項垂れて素直に謝る。
この流れはもしやと思ったが時既に遅し。
ミルキーもアルテッサと同じようにシェイドを睨んでいた。

「お兄様はどうなの?お母様のお手伝いや医学の勉強とかで忙しいのは重々承知してるけど少しくらいは時間が作れるんじゃないの?」
「・・・そうは言ってもだな―――」
「何ですか?」

一層厳しい目つきになった妹にシェイドは言葉を詰まらせて「・・・すまない」と零した。
情けない兄達の姿に二人の妹はまたしても呆れたように溜息を吐く。
アルテッサもミルキーも想い人が自分の為に時間を作ってくれるだけに半年も放ったらかされてるファインとレインを見ては胸を痛めていたのだ。
そうして今日思い切って二人を説教しようという事になったのである。
アルテッサが腰に両手を当てて呆れたようにブライトに言い放つ。

「あのねお兄様、あの二人は最近我慢というものを覚えましたのよ」
「え?」
「この間おひさまの国でプリンセスだけでお茶会した時にレインにお兄様に会いに来ないの?って聞いたらこう言ってましたのよ」

『ブライト様はお仕事で忙しいんでしょう?我慢我慢!』

「ファインもこう言ってましたよ」

『シェイド、お仕事で忙しいもんね。我慢我慢!』

「「極め付けにはこう言ってました」」

『ファインがシェイドに会えてないのに私だけがブライト様に会うなんて不公平だわ』
『レインがブライトに会えてないのにアタシだけがシェイドに会うなんてレインに悪いよ』
『『だから我慢我慢!!』』

残念そうにしながらも無理に笑顔を作る二人の顔が浮かんでブライトもシェイドも俯く。
幼い頃はお転婆でアポ無しで来る事なんて余裕だったあの二人が随分と聞き分けが良くなったものである。
シェイドとブライトにとってはあまり嬉しくない成長だが。
そんな二人の様子から何を考えているのか察してミルキーは確認するように尋ねた。

「もしかしてお兄様たち、ファインとレインがアポ無しで来るの期待してたの?」
「・・・まぁ、な」
「実を言うと・・・」
「前みたいにいきなり押しかけてくれても全然構わないんだけどな」
「仕事であまり構ってあげられないかもしれないけどそれでも来てくれるだけで嬉しいから」
「残念でしたわね。あの二人は成長して聞き分けが良くなってしまいましたわよ」
「そんな所は治らなくてもいいんだけどなぁ」
「むしろお兄様たちが学んだらどうかしら?ねぇ?プリンセスミルキー」
「ええ、プリンセスアルテッサ。お兄様たちは今まで優等生過ぎました。少しくらいやんちゃにならないと」
「でもやっぱりいくらあの二人相手でもアポ無しで行くのは―――」

バサッと豪華な装飾が施された扇子を広げてアルテッサはブライトの言葉を遮る。
そしてパーティーのマダム宜しく顔の下半分を覆い隠しながらミルキーと芝居がかったような口調である情報を語った。

「知っています?プリンセスミルキー」
「あら何かしら?プリンセスアルテッサ」
「来週の日曜日におひさまの国の城下町でお祭りがあるそうよ」
「まぁ、お祭りが?という事は美味しい屋台や可愛らしいアクセサリーを売る屋台が並ぶのでしょうね」
「そうでしょうねぇ。しかも聞いた所によるとそのお祭りにはあのプリンセスレインとプリンセスファインが毎回必ず参加しているそうよ」

ガタッとブライトとシェイドの座る椅子が揺れた。

「まぁそうなんですか?でしたらその日は確実にファインとレインに会えるという事になりますね」
「ええ。わたくし、会いに行こうかと思っていたのですが生憎と用事があって行けないんですのよ」
「それは残念ですね。そういえば私もその日は用事があって行けない事を思い出しました」
「揃って二人に会えないのは残念ですわねぇ」
「本当ですね。どこかの素敵なプリンスの方たちが代わりにサプライズで挨拶をしてくれればいいのに」

紅茶を片手にブライトとシェイドは固まる。
やりやれ手のかかる兄だ、とアルテッサもミルキーもまた一つ溜息を吐くのであった。






そして来る日曜日のおひさまの国。
ふたごの部屋ではレインがブラシで髪を梳かし、ファインがそれを急かしていた。

「早く早く!レイン早く~!」
「そんなに急がなくてもお店は逃げたりしないわよ」
「でも時間はどんどん過ぎちゃうよ!早く色んな屋台行きた~い!」
「ねぇファイン、私の髪、他に乱れてない?」
「ううん、とっても綺麗だよ」
「じゃあこのくらいでいいかしらね。城下町に行きましょー!」
「おー!」

二人で拳を上げて元気よく声をあげる。
と、そこで部屋をノックする音が鳴って「失礼します」という声の後にキャメロットが入って来た。

「ファイン様レイン様、お客様がお見えですよ」
「え?」
「お客様?」

二人揃って目をパチクリと瞬かせた後、顔を見合わせて首を傾げた。

「ファイン、今日は誰か来る用事なんてあったかしら?」
「ううん、なかったと思うよ」
「キャメロット、お客様ってだぁれ?」
「ウフフ、会えば分かりますわよ」

ニコニコと微笑みを浮かべながら答えるキャメロットに二人は更に首を傾げた。
それからお客様を待たせてはいけないと促されて二人はとりあえず訪問客に会いに行こうと応接室に足を運ぶ事にした。

「お客様って誰かしらね?」
「うーん、ミルキーとかリオーネとかかな?ほら、この間お茶会の時にお祭りがあるって話したし」
「その可能性はあるわね。ドレスに着替えなさいって言われなかったし」
「もしそうだとしたらみんなでお祭り行くの楽しみだね!」
「ええ!」
「「そんな訳でいらっしゃいませ!!」」

二人同時に応接室の扉を開け放って満面の笑顔で歓迎する。
しかしそこにいたのは―――

「って、シェイド!?」
「ぶ、ブライト様!!?」

いつもの王子らしい正装ではなく今のファインとレインと同じようなお忍び用の軽装をしたシェイドとブライトがソファに座っていた。
これにはファインとレインも驚きを隠せない。

「急に押しかけて悪いな」
「ご機嫌よう、プリンセスレイン、プリンセスファイン」
「二人共急にどうし―――」
「イヤーーーーーーーーー!!!!!!」

ファインのセリフを遮る形でレインの絶叫が響き渡り、同時に光の速さでレイン側の扉が勢いよく大きな音を立てて閉じられた。
そしてその場にしゃがみこんで両手で頭を抱えながら悲鳴にも近い声音で叫ぶ。

「どうしましょうどうしましょう!!?」
「れ、レイン!?どうしたの!?」
「お祭りに行くだけだからってかなりラフな格好をブライト様の前に晒してしまったわ!!どうしましょうどうしましょう!!?」
「だ、大丈夫だよレイン!レインはいつも通り綺麗だよ!?」
「本当!?ねぇファイン本当!!?私変じゃない!?おかしな格好してない!!?恥ずかしくない!!?」
「全然恥ずかしくないよ!大体アタシとレインはお揃いの服着てるんだからレインが恥ずかしかったらアタシも恥ずかしいって事になるよ!?」
「あ、そっか。じゃあ髪は!?乱れてない!!?寝癖は!?」
「さっき鏡見ながら散々梳かしてたじゃん!アタシから見ても大丈夫だったから大丈夫だよ!!」
「メイクは!?アクセサリーは!!?香水の香りは!!?それからそれから―――」
「とりあえず落ち着いてレイン!!」

「いくらなんでもパニックになり過ぎだろ・・・」
「それくらいビックリしたって事じゃないかな?なんにせよサプライズは大成功だね」

パニックになるレインとそれを宥めるファインを見てシェイドは呆れ、ブライトはにこやかに笑う。
しかし流石にそのままにしておいてはいつまでもレインは落ち着かないだろうと思い、ブライトはいつものように優しく声をかけた。

「大丈夫だよ、レイン。今日のキミもとっても素敵だよ」
「ほ・・・本当ですか・・・?」
「うん。だからドアの後ろに隠れてないで出て来ておいで」

ブライトの鶴の一声で途端にレインの慌てたような雰囲気が鎮まって静かになる。
そしてファインに視線を向けたのだろう、ファインはレインを見下ろして頷くと手を貸して立たせてあげた。
それから控え目にレイン側の閉じていた扉が開き、恥ずかしそうに顔を赤らめながらレインが体の半分を覗かせた。
ブライトに素敵だと言ってもらえたとはいえ、まだもじもじとしているレインの様子を察してファインが代わりに二人に尋ねる。

「二人共急にどーしたの?何かあった?」
「おひさまの国の城下町でお祭りがあるって聞いてな」
「それでお忍びで行こうって事で二人で来たんだ」
「ふーん。二人して事前連絡もしないで来るなんて珍しいね」
「たまにはこういうのもいいよねって話してね」
「昔のお前達がよくアポ無しで来てたから俺達もアポ無しで行く事にしたんだ」
「うっ・・・あはは、そっか」
「や、やだわ〜」

どうやら本当にふたご姫は聞き分けが良くなったようで、シェイドにアポ無しの話を持ち出されるとファインもレインも苦笑を浮かべた。
それを二人は内心寂しく思いつつもそんな考えを隠して話を続けた。

「よければ今日の城下町のお祭りの案内をお願いしてもいいかな?あまり参加した事がないから迷ってしまうんじゃないかと思うんだけど」
「うん、いいよ!」
「喜んで!!」
「決まりだな」
「早速行こうか」
「「おー!!」」

そんな訳で二人のプリンセスとプリンスによるおひさまの国の城下町のお祭りへお忍び参加が敢行されるのであった。










エレベーターを降りて到着した城下町はお祭りが始まったばかりで人々で賑わい、見ているだけでワクワクするような気持ちにさせた。
美味しい香りを漂わせて空腹を誘う食べ物の屋台や通る人々を魅了する小物やアクセサリーの店、はたまた占い屋やくじ引き屋など豊富な屋台が立ち並んでいて思わずあちこちにと目移りしそうだ。
しかしそんな中でもファインは食べ物の屋台に、レインは小物やアクセサリーの屋台に釘付けであった。
二人は目を輝かせながらはしゃぎ始める。

「たこ焼き美味しそう〜!」
「あの小物の屋台可愛いわ〜!」
「ねぇねぇレイン!たこ焼き食べよう!」
「あら、私はあっちの小物の屋台がいいわ」
「えー?たこ焼きがいいよぅ!」
「でも人が並んでるでしょ?待ってる時間が勿体無いからその間に小物の屋台を見ましょう?」
「うー・・・はぁい」

レインの言っている事は最もだと感じたファインは少し名残惜しそうにしながらもレインの提案に乗って小物の屋台に足を向けようとする。
が―――

「行くぞ、ファイン」

シェイドがファインの手を掴んでたこ焼き屋の方へ歩き出した。

「シェ、シェイド!?」
「今日は俺やブライトもいるんだ。二人組になって別行動すればいいだろ」
「え?シェイド、一緒に来てくれるの?」
「俺は小物やアクセサリーにはあまり興味がないからな。だったらお前の食い倒れの旅を見てた方がまだ楽しいだろ」
「そ、そう?」

シェイドはファインの方を見ないまま淡々とそう告げるが実はその顔が今のファインと同じくらい赤くなっているのをブライトは知っていた。
自分も遅れる訳にはいかないと思い、ブライトはレインに手を差し出す。

「という訳でレイン。僕はキミと一緒に屋台を見て回るよ」
「い、いいんですか?」
「勿論。おひさまの国のアクセサリーのデザインがどんなものか気になるし僕もそういうのを眺めるのは好きだからね」
「まぁ、嬉しいです!ありがとうございます!」
「シェイド、集合時間は12時頃にしようか」
「ああ、分かった」
「待ち合わせ場所は・・・」
「噴水広場がいいんじゃない?大きいし分かりやすいし」
「そうね。ブライト様、噴水広場にしましょう」
「ああ、いいよ。じゃあ噴水広場で待ち合わせだ」
「分かった。行くぞ」
「うん!」
「僕たちも行こうか」
「はい!」

そんな訳でシェイドとファイン、ブライトとレインの二人行動が始まるのであった。





「次はからあげ屋さん!」
「これで三軒目か・・・相変わらずだな」

一軒目はたこ焼き屋、二軒目は焼きそば屋、そして次なる三軒目がからあげ屋、と男のシェイドでも割と重いコースであるというのにファインはまだまだ始まったばかりだと言わんばかりに嬉々としてからあげ屋台に飛びつこうとしている。
ファインといい妹のミルキーといい、食いしん坊のプリンセスたちのお腹は胃もたれや胸焼けなどとは一生縁がないだろうなという考えがぼんやりと頭に過る。
しかし食を楽しむ事は悪い事ではないし、ファインにしてもミルキーにして幸せそうに食べる姿は見ているだけでこちらも幸せな気分になる。
時々シェイドか料理かってなった時に圧倒的に料理の方に采配が上がるのがいただけないが。

(俺が料理に勝てる日なんて来るのか)

「ねぇねぇ、シェイドも食べる?」
「お前が買ったのを一つくれないか?」
「いいよ!おじさん、からあげ5個入り一つお願いしまーす!」
「はいよ!今年も来てくださってありがとうございます、ファイン様!ウチも嬉しい限りですよ!」
「だってここのからあげはいつ食べても美味しいもん!」
「いや~ファイン様は上手だな~!ちなみにその隣の男の子は彼氏ですかい?」
「えぇっ!!?ちち、違うよ!!!」

まさか言われると思わなかった彼氏発言にファインは驚きで飛び上がり、慌てて首を横に振った。
隣に居たシェイドも突然の爆弾発言に小さく肩を跳ね上がらせ、すぐに顔を逸らした。
毎年レインと一緒に来ているから珍しいと思ったのだろう、そこまではいい。
だがいきなり「彼氏か?」と聞くのはあまりにも不躾ではないだろうか。
話し好きでほんの世間話程度に言っただけなのかもしれないがもう少し考えて発言して欲しい所である。

「あはは!そうですよね!なんたって噂によるとファイン様は月の―――」
「わーわーわー!!!おじさん、そのからあげもういいんじゃない!?早くちょうだい!!」
「お、そうですね!二個オマケしておくんでそこの男の子と仲良く食べて下さい!」

からあげ屋のオヤジは豪快にそういうと気前よくからあげを二個上乗せして爪楊枝を二本突き刺し、からあげの入ったカップをファインに渡した。
それを受け取るとファインはシェイドの手を引っ張って「こっち!」と言って人混みから外れた場所に移動した。

「ご、ごめんね、おじさんが変な事言って!」
「いや、まぁ、気にするな」

気恥ずかしそうに視線を逸らすが実は満更でもなかったりする。
「はい」とファインがからあげのカップを差し出して来たので爪楊枝の刺さっているからあげを一つ摘んで受け取る。
一方、ファインの方はカップを素早く下げると背中を向けて黙々と食べ始めた。
まだ照れているのだろう、その証拠に耳がまだ赤く閉まっていた。

「・・・この後はどうするんだ?まだもう少し時間があるが」

沈黙が気まずくて尋ねるとファインは頭の中で料理系の屋台を思い浮かべているようで、うーん、と唸った。

「フランクフルトのお店はー・・・さっきのからあげ屋さんの隣だからやめとこうかな。わたあめのお店はおばさんが話し好きだからまた似たような事言われそうだし・・・あ、ベビーカステラの屋台なら大丈夫かも!」
「それはどこにあるんだ?」
「噴水広場を少し過ぎたあたりにあるんだよ。レインも好きだから買ってってあげよっと!ブライトは食べるかな?」
「アイツは甘い物に抵抗はないから大丈夫だと思うぞ」
「じゃあブライトにも買って行こっと!ミルキーもベビーカステラ好きだからシェイドも買って行ってあげなよ」
「そうだな、帰りに買って行くとしよう」
「じゃ、決まりー!」

すっかりいつもの調子を取り戻したファインは足取り軽く前を歩いて行く。
そんなファインの手をシェイドはすかさず掴んでするりと指を絡めた。

「先に行くな。迷子になるだろ」
「う、うん・・・ごめん・・・」

折角引いた顔の熱がまた戻り、ファインはコクリと俯いてしまう。
握る手の力が心許ないので軽く力を入れてやればびくりと震えたものの、同じように力を込めてきたのでシェイドの口元は緩むのであった。






一方その頃、レインとブライトは四軒目の小物を売る屋台を覗いていた。
やはりどこの屋台も差別化やオリジナリティを出す為に様々な工夫を凝らしたアクセサリーや小物類が多く、二人を飽きさせる事なく楽しませる。
四軒目の屋台もそうで、こちらは植物をモチーフにした小さなガラス細工を売り出していた。

「まぁ可愛い!ガラスのお花だわ~!」
「これは凄いね。細部まで丁寧に作られてて拘りを感じるよ」
「おや、随分目利きの殿方がご一緒されているのですな、レイン様」

二人して商品をあれこれ物色していると屋台の主である髭のダンディな男性がにこやかな笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
どうやらレインがプリンセスである事を知っているらしい。
まぁ有名な二人の事だから特におひさまの国の城下においては知らない者などいないだろう。
ブライトが褒められて嬉しくなったレインは得意気に頷く。

「はい!今年はこちらの方と屋台を巡っているんです」
「ファイン様は如何なされたのですか?」
「ファインは今別の人と行動してるんです。同じ男性の方なんですけど」
「おやおや、デートという訳ですか」
「なっ!?」
「でででででででデート!!!??」

穏やかな笑顔で爆弾を投下されてレインは見事に一瞬で顔を赤らめて動揺した。
これには流石のブライトも驚き、慌てて笑顔を浮かべて誤魔化したがその頬は少し赤く、笑顔もどこかぎこちなかった。

「おや、違いましたかな?」
「ちちちち違いますよ!・・・そうであってほしいけど・・・でも違います!」

そうであってほしい、という発言はとても小さな声で呟いた為、ブライトの耳には届かなかった。

「それは残念ですな。折角宝石の国のプリンスブライト様とお出掛けなさっているのに」
「え?僕の事、気付いてるんですか?」
「ええ、勿論ですとも。そのような軽装をして一般の方々に紛れ込んでも私の目は誤魔化せませぬぞ」
「あはは、参ったな」
「ですがご安心を。お忍びを言いふらすような無粋な真似は致しません。どうかレイン様とのお買い物をお楽しみください」
「はい、ありがとうございます」
「さてレイン様、お気に召す物はありましたでしょうか?」
「そうねぇ、この青と赤のお花のクリップにしようかしら」
「ご購入いただきありがとうございます。すぐにお包み致しますので少々をお待ちを」

紳士は恭しく頭を下げるとレインが選んだガラスの花のクリップの包みに取り掛かった。
待っている間、ブライトがレインに質問をする。

「赤い方はもしかしてファインの分かい?」
「そうです。ファインはオシャレとかは興味なくてもこうやってお揃いの物を買ってあげると喜んでくれるんです。私もファインとお揃いの物が出来ると凄く嬉しいから」
「なるほど。キミたちは本当に仲が良いね」
「ええ!」
「お待たせ致しました、レイン様。こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」

屋台の脇から出て来た紳士は包みをレインに渡すと二人が人混みに紛れて見えなくなるまで頭を下げて見送った。

「そろそろ集合の時間も近いし噴水広場に行こうか」
「はい!」

時計を確認したブライトがそう告げるとレインは気持ち良く返事をして噴水広場の方向へ足を向けようとする。
が、目の前に差し出された手に足が止まった。

「お手をどうぞ、プリンセスレイン」

それはブライトがいつもやるエスコートでレインの胸は高鳴る。
たったこれだけの事で胸がドキドキしてしまうのだから自分は本当にこの人の事が好きなのだと改めて自覚した。
レインは幸せいっぱいに返事をするとブライトの手に己の手を重ねて指を絡め合ってゆっくりと歩き始めた。

「ねぇ、レイン」
「何ですか?ブライト様」
「近い内に宝石の国の城下町で同じようなお祭りがあるんだ。良かったら来てくれないかい?出来れば一人で」
「えっ!?ひ、一人で!!?」
「レインと二人きりで回りたいんだが・・・やはりファインと一緒じゃないとダメかい?」
「だだ、大丈夫です!ファインには私の方から説明しておきますし絶対に分かってくれるので!」
「それは良かった。しばらく会えてなかっただろう?だからそのお詫びの穴埋めをしたいんだ」
「そんな、気にしなくていいのに・・・」
「気にするよ。大切なレインとの時間を過ごせなかったんだから」
「た、い・・・せ、つ・・・!」

好きな人にこんな事を言われて頭がパンクしない女の子などいるのだろうか?
こうして久しぶりにサプライズで会えてしかもお祭りデートが出来るだけでも凄く嬉しいのにまさか次のデートの約束まで取り付けてくれた上に自分の事を大切だなんて言ってくれるとは。
舞い上がりそうな気持ちから繋ぐ手の力が緩みそうになったが、まるで離すまいとブライトがその分だけ強く握る手に力を込めてきた。

「はぅっ!?」
「離れたら危ないよ、レイン」

優しく熱い眼差しで囁かれてレインの思考はとうとう麻痺する。
けれど離れるもんか、という一心でブライトの手を僅かに握り返すのだった。




それから十分後、噴水広場に来てみれば既にファインとシェイドが噴水の縁に腰かけて待っていた。
流石に手を繋いでいる姿など見せられず、二人は人が前を通った瞬間を見計らってどちらからともなく自然と握っていた手を離した。
名残惜しかったけれど手に残った熱がお互いの胸を慰めてくれた。

「二人共お待たせ」
「あ、レイン!」

レインがファインの隣に腰かけるとファインはいつもの太陽のような笑顔で迎えてくれた。

「レインの分のベビーカステラ買っておいたよ!」
「本当?ありがとう、ファイン!」
「こっちはブライトの分ね!」
「ありがとう、ファイン」

ファインは持っていたベビーカステラの入ったカップをそれぞれに渡す。
ベビーカステラの甘い香りが鼻腔をくすぐり、空腹を誘った。

「私もファインに良い物買ってきたわ」
「え?何々?」
「お花のクリップよ。綺麗でしょ?」

そう言ってレインは包みを丁寧に解くと先程購入したガラスの花のクリップをファインに見せてあげた。
赤い花のガラスのクリップは光の反射を受けてキラリと光を放ち、ファインを魅了する。

「わぁ~可愛い!ありがとうレイン!」
「お城に戻ったら渡してあげるからね」
「うん!」
「それからね、ファイン。ちょっと話があるんだけど・・・」
「え?なぁに?」
「近い内に宝石の国の城下町で今日みたいなお祭りがあるんですって」
「へ~、そうなんだ?」
「それでその・・・何て言うか・・・」
「その日一日、レインを借りてもいいかい?」

何と言ったものかともじもじするレインに変わってブライトが助け船を出す。
デートに誘いたい、と言えなかったのはやはり気恥ずかしさの方が勝ったからである。
ファインは目をぱちぱちと瞬かせてしばし沈黙すると納得したように頷いて「いいよ」と笑顔で返事をした。

「レインの事、お願いね」
「勿論だよ。ありがとう、ファイン」
「お土産買って来るからね」
「やったー!アタシ宝石グミがいい!」
「はいはい、沢山買って来るからね」
「やったやったー!レイン大好き!!」

お土産のおやつを沢山買ってきてもらえる喜びからファインはレインに勢いよく抱き付いた。
レインは「苦しいわよファイン~!」なんて言いながらも笑顔が浮かんでおり、満更でもなさそうだ。
そんな風に微笑ましい姉妹のやり取りを繰り広げている横でブライトがシェイドに話の水を向ける。

「折角だしシェイドもファインとどこか出掛けてきたらどうだい?気兼ねなくファインを誘える良い機会だと思うけど」

暗に「デートのチャンス逃すなよ」という促しにシェイドは「余計なお世話だ」と言わんばかりにバツが悪そうな顔をして一瞬だけ目を逸らす。
言われなくてもそのつもりだ。

「・・・そうだな。ファイン、どこか行きたい所はあるか?」
「えーっと・・・あれ?ねぇブライト、近い内って大体いつくらいか分かる?」
「確か二週間後の土曜日だったと思うけど」
「ねぇレイン、二週間後の土曜日って展覧会がある日じゃなかったっけ?」
「あら、そういえばそうねぇ」
「展覧会?」

シェイドが尋ねるとファインは「うん」と頷いてベビーカステラを一つ食べると説明を始めた。

「おひさまの国と古くから付き合いのあるレビィストっていう貴族が毎年この時期になると開いてる展覧会でね、色んな星で見つけた珍しい物を展示してるんだよ」
「へぇ、面白そうだな」
「シェイドも来る?」
「行っていいのか?」
「確か他の国の王族の参加もOKだったよね?レイン」
「ええ、だって去年は絵を描くヒントが欲しいっていうミルロを連れて三人で行ったもの」
「レインは行かなくて大丈夫なのかい?」
「古い付き合いがあるって言ってもそこまで厳格なものでもないし少なくともファインが参加してくれれば角は立たないと思うので」
「任せてよ!」
「ごめんね、ファイン。押し付けちゃって」
「ううん、レインはブライトとお祭り楽しんで来なよ」
「ありがとう。お土産いっばい買ってくるからね」
「わーい!」

かくしてファインとシェイドの次回のデート(?)の日程は決まった。
しかしこの展覧会で一悶着起きるのだがそれはまた別のお話。







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