毎日がプリンセスパーティー

医学の参考書を求めて本屋に赴いた時の事。
本なんて物とはまるで無縁の筈の人物がそこにいてシェイドは首を傾げた。

「ファイン?」

呼ばれた人物はビクリと肩を震わせるとぎこちなくこちらを振り返って驚きの表情を見せた。

「シェ・・・シェイド・・・?」
「お前が本屋のそれも医学のコーナーにいるなんて珍しいな。明日は雪でも降るんじゃないか?」
「そ、そそそそそーだね!雪降っちゃうね!」
「どうした?様子がおかしいぞ。具合が悪いなら寮まで送ってやるぞ」
「だだだ大丈夫!全然へーきだから!じゃ、アタシはこれで!!」

いつもだったらシェイドの憎まれ口に反発するのに今日に限っては挙動不審におかしな言葉を返してファインは立ち去ってしまう。
むしろいつもと違うその反応の方が雪が降る前兆なのではとシェイドは半ば本気で外の天気を気にするのだった。





「お、お待たせ!」

本屋を飛び出したファインは斜め向かいのデコールショップのショーウィンドウを眺めていたレインの元に駆け寄った。
レインがいつもの柔らかい笑顔でもってファインを迎えて尋ねる。

「どう?目当ての本は買えた?」
「それが途中でシェイドが来ちゃって・・・」
「あら、タイミング悪いわね」
「うん・・・しかも医学のコーナーにいるなんて明日は雪が降るだの気分が悪いなら送って行くだの言われちゃってさぁ」
「まぁ、失礼ね」
「本とは無縁のファイン様がいたら誰だってそう言いたくなるでプモ」
「どーいう意味よ!」

プーモが両手を肩の所まで上げてに首を横に振ると天使達もその仕草を真似た。
否定の出来ない事実とはいえ、失礼この上ない話である。

「それにしてもシェイドの為に本を買いに来たのにシェイドが来たから逃げるだなんておかしな話ね」
「だって~・・・」

ファインは頬を朱色に染めると恥ずかしそうに俯いた。
おひさまの恵みを元に戻す使命から始まったプリンセス修業は気付けばふしぎ星を覆う闇との戦いとなり、闇を打ち払う為にとファイン、レイン、アルテッサ、シェイド、ティオはふしぎ星中を旅した。
この中でもシェイドはファインとレインが使命を授かっておひさまの国を飛び出した時からずっと影で暗躍し、プロミネンスが自分では使えないと知ると二人をサポートする為に何度も体を張って守ってくれていた。
それはロイヤルワンダー学園に入学しても変わらず、危険を顧みずブライト達と共に何度も二人をサポートしてくれた。
しかしいつも無事だった訳ではない。
ある時はエドワルドの放った使い魔に囲まれて倒れてしまった事もある。
また、それに関係なく荒らされた花壇を修復しようとして足を挫いた時などは平気だと言って誤魔化そうとした事さえある。
ファインはそんなシェイドを心配して、彼が無茶をした時に少しでも何か出来る事はないかと考えて応急処置の本を読もうと思った。
応急処置が出来れば彼が怪我を誤魔化す必要もなくなるし、痛みを和らげて癒してあげる事も出来るようになる。
不器用な自分の事、そう上手くはいかないかもしれないがそれでもシェイドを助けたかった。
いつも自分達にそうしてくれたように、ファインもそうしたかった。
そう決意してレインについて来てもらったのにまさかその相手と運が良くも悪くも出くわしてしまうとは喜べばいいのか悲しめばいいのか。
未だ俯いて沈黙するファインを気遣ってレインはファインの両手を握って顔を覗き込んだ。

「ねぇファイン、私が買ってきてあげようか?」
「え?いいの?」
「勿論!その代わり、お願いがあるんだけど・・・」
「何々?アタシに出来る事なら何でも言って!」
「その・・・私も真似していい?」
「へ?真似?」

ファインはパチパチと瞬きすると小さく首を傾げた。

「真似って?」
「私も一緒に応急処置の本を読んでいい?」
「勿論だよ!遠慮する事なんてないよ!レインはもしかしてブライトの為?」
「そうよ。ブライト様もああ見えて結構怪我する方だから・・・」
「あー、女の子とか友達とか庇って怪我する事あるもんね」
「でもファインがシェイドの為にしようとしてる事を私も真似したら台無しかなって思って・・・」
「全然台無しなんかじゃないよ!むしろアタシはレインが真似してくれて嬉しいな。レインと一緒なのはアタシは何でも嬉しいから」
「そう言ってくれると私も嬉しいわ。ありがとう、ファイン!」
「えへへ」
「じゃあ待っててね。すぐに買って来るから!」
「うん!お願いね!」

ファインが手を振って送り出すとレインは真っ直ぐに本屋へと向かった。
そうして本屋の医学のコーナーに足を踏み入れると本棚の前にはまだシェイドが佇んでいた。
彼はレインの存在に気付くと今度は有り得ないものを見るような目で一言。

「明日は竜巻が起きるな」
「失礼ね!!」

レインが頬を膨らませて怒ってみせるがシェイドは今度は心配するような目を向けて来た。

「おい大丈夫か?ちゃんとここが何のコーナーか分かってるのか?」
「分かってるから来てるのよ!」
「熱でもあるんじゃないか?さっさと寮に帰って寝たらどうだ」
「もう!さっきから―――」

何なのよ、と怒鳴りかけてレインは言葉を切り、シェイドをジロジロと見つめた。
急に大人しくなったレインをシェイドは訝しむ。

「何だ?」
「・・・私には帰れって言うのね」
「それがどうした」
「・・・実はファインがね、熱を出したの」
「はぁっ!?アイツが!?いや、アイツもここに来てたからやはりそうなのか・・・薬は飲んだのか?何だったらハーブを調合して持って行くぞ」
「嘘よ」
「は?」
「シェイドったらファインの事になると慌てちゃって・・・やっぱりそういう事なのね~」
「なっ、お前・・・!」
「心配しなくてもファインは元気よ。誰かさんの所為で出鼻挫かれてちょっと落ち込んでたけど」
「はぁ?」
「あんまりファインに心配かけないでよね。それじゃあね」

レインは『図解付き!プリンセスらしくないプリンセスでも分かりやすい応急処置!』と書かれたタイトルの本を手に取るとそのままレジに行って会計を済ませて店を出て行くのだった。

「何なんだ・・・?」

冷やかされたと思ったら釘を刺されるようなものを言われて訳が分からずシェイドはただただ首を傾げるのだった。






「ファイン!お待たせ!」

紙袋に入れられた本を両手に抱えるレインを見てファインは花が咲いたような笑顔でレインを迎える。

「レイン!買えたんだね!」
「ええ!シェイドはまだいたけどファインが熱で倒れたわーって嘘付いたら慌ててたわよ」
「ええっ!?ぬな、何でそんな嘘付くの!?」
「だってファインには寮まで送ろうかなんて言って私には早く帰れって言ったのよ?だからもしかしてって思ってカマをかけたらあっさり引っかかって。ファインったら愛されてるわね」
「ちちちち違うよ!シェイドは本当に単純に心配してくれてただけで・・・!」
「あらそうかしら?プーモはどう思う?」
「僕もシェイド様はファイン様の事をとても大切にしていると思うでプモ」
「プーモまで何言ってんのさ!?」
「ピュピュ〜!」
「キュキュ〜!」
「も〜!ピュピュとキュキュまで〜!」

二人の天使が冷やかすようにファインの周りを飛び回るとファインは顔を真っ赤にして怒る。
しかしそれは逆効果にしかならず、益々からかわれるのだった。
そろそろ止めてやらないとファインが拗ねてしまうと思い、レインが話題切り替えの為に袋から本を取り出してファインが読みやすいように横に並んで広げた。

「それよりもほら見て。これなら私達でも分かりやすいんじゃないかしら?」
「あ、うん、そうだね。いざっていう時はプーモに実験台になってもらおっか」
「そうね」
「絶対嫌でプモ!!」
「へ~、携帯用救急セットかぁ」
「そういえば私達、絆創膏くらいしか持ってなかったわね」
「ほんの一時の応急処置なら大体それで十分でプモ」
「でもシェイドとブライトの怪我の処置をするなら」
「もう少し備えておいた方がいいわね」
「そうと決まったら薬局に行くでプモ!」
「「おー!」」

拳を振りあげてふたごのプリンセスは早速薬局に向かった。
ロイヤルワンダープラネットに立地する薬局なだけあって建物もそれなりの大きさがあり、また品揃えも豊富であった。
困った事にお菓子も売っているものだからそれにつられようとするファインの軌道修正に時間がかかったのはここだけの話である。
そうして漸くお目当てのコーナーに来た二人だったが、可愛らしい絆創膏を前にはしゃいでいた。

「見て!可愛いお花柄の絆創膏よ!」
「こっちは食べ物の絵が描いてある〜!」
「食べちゃダメよ?」
「なっ!?流石のアタシでも食べないよ!でも見てるとお腹空いちゃうな〜」
「もう、ファインったら」
「もしもし、お二人共」

きゃいきゃいと盛り上がる二人のうちファインの方の肩をプーモが尻尾でちょんちょんとつつく。
呼ばれた二人はキョトンとした表情でプーモを振り返った。

「なーにプーモ?」
「可愛い絆創膏を見るのもいいでプモが貼る相手をお忘れでないでプモか?」
「「あ・・・」」
「シェイド様もブライト様も文句は言わないと思うでプモがあまり子供っぽいのや可愛らしすぎるのは控えた方が良いでプモ」
「そっか~」
「でもこの猫のとか可愛いのよね~」
「でしたらお二人の好みの柄の絆創膏と普通の絆創膏を半分ずつお持ちしておくのはどうでプモか?シェイド様やブライト様以外にもお友達の手当をする機会もあるかもしれないでプモ」
「「それだ!!」」
「流石プーモ!」
「そうと決まれば両方買いましょう!」
「うん!」

そんな訳でレインはデフォルメされた可愛らしい猫の絆創膏を、ファインはその絆創膏の犬バージョンを買った。
この他に普通の絆創膏や消毒液やテープ包帯など必要最低限の救急キットを買い、色だけが違うお揃いのポーチにセットした。
ちなみにポーチのファスナーには帰りに二人でお揃いで買った星のストラップを付けてある。
携帯用ミニ救急セットの完成に二人は寮の自室で喜びのダンスを踊った。

「「できたーできたーできたったっ!ミニ救急セットできたったー!これでいつでもどこでも安心イェイ!」」
「とはいえ、落ち着きがなくていつも何かに激突したり転んだりしてるお二人が一番消費しそうでプモ」
「そんな事ないもん!」
「いつも怪我を最小限にするように心がけてるわ!」
「そもそも怪我をするようなシチュエーションにならないように心がけるでプモ」
「「う・・・」」

ド正論を言われて二人は言葉に詰まる。
減点を恐れて校内で走ったりする事は控えてるものの、そそっかしかったりドジを踏んだりしては倒れて来た備品の下敷きになったり盛大に転んだりは日常茶飯事。
普通のごく一般のプリンセスのようなお淑やかさを身に付けられるのはいつになるやら。
好きな人の為に応急処置を学ぼうとしたり携帯用ミニ救急セットを用意する心構えは立派な成長の一歩と言えるものの、それで落ち着きが身に着いたかと言われれば話は別だ。
プーモの苦労はまだまだ続きそうである。
さて、そんな耳に痛いプーモの小言をさりげなく流しながらレインがファインにある提案をする。

「ねぇ、ファイン」
「なーに?レイン」
「私のこの猫の絆創膏とファインの犬の絆創膏、一枚交換しない?私、ファインの絆創膏が一枚欲しいわ」
「いいよ!アタシもレインの絆創膏欲しいから交換しよう!」

二人はそれぞれの箱の中から絆創膏を一枚取り出すとそれを差し出し合った。

「「はい!ありがとう!」」

ファインとレインは交換しあった絆創膏をポーチの内ポケットに大事にしまう。

「ちょっとしたお守り代わりね」
「アタシ、絶対に大切な時にしか使わないよ!」
「大切な時って例えば?」
「え~っと・・・何だろう?」
「フフ、まぁ何でもいいわね。私もここ一番って時にしか使わないわ!」

どんな怪我をした時が大切な時でここ一番になるのかさっぱりだが、可愛らしい姉妹のやり取りを前にプーモは無粋なツッコミを入れるのを控えるのであった。







二人が携帯用ミニ救急セットを所持するようになってから数日後。
それが活躍する日がとうとうやって来た。

「ってぇ・・・」

放課後、部活の助っ人はなく、しかしレインが放送委員の活動で不在の為ファインは温室に訪れていた。
シェイドの育てているハーブや薬草の様子をシェイドと二人で見ていると突然シェイドが眉根を寄せて呻き声を上げた。

「どうしたの?」
「鉢が欠けてたらしい。それで指を切った」

ほら、と言ってシェイドは先程触っていた鉢の縁をファインに見せる。
鉢の縁は一部が小さく欠けており、欠けた部分は鋭く尖っていた。
そしてそれに触れて皮膚を切ってしまったシェイドの親指からはぷっくりと血の粒が滲み出てきていた。

「大変大変!血が出ちゃってるよ!」
「ん?ああ、そうだな。まぁ大した事は―――」
「アタシ、消毒液と絆創膏持ってるよ!貼ってあげるから水で洗い流してきなよ」

ふふん、と得意気にポケットから携帯用ミニ救急セットを取り出すファインにシェイドは一瞬呆気に取られる。
それからフッと笑うと「分かった」と頷いて温室を出て行った。

「えへへ、早速活躍だね」
「ピュピュピュ〜?」
「こ、こら!冷やかさないの!」

ピュピュが顔をにやけさせながら囁くとファインは顔を赤らめた。
それから程なくしてシェイドが戻ってくるとピュピュはサッとファインの帽子の上に寝転がった。
空気を読んで傍観しつつ楽しむつもりなのだろう。
赤ん坊の癖に何故こんな所はませているのか。

「洗って来たぞ」
「う、うん!じゃ、早速貼ってあげるね」

ファインはポケットティッシュを一枚取り出すとそれでシェイドの親指を包み、傷口に消毒液を垂らした。
消毒液はシェイドの傷口の上を滑ると指の腹の形に沿ってたらりと垂れ流れ、ティッシュに吸収されていった。
最後にティッシュの濡れていない部分で傷口の周りの消毒液を優しく拭ってティッシュをポケットにしまい、代わりにポーチから絆創膏を取り出す。

「じゃーん!ワンちゃんの絆創膏!普通のもあるけどシェイドはアタシがミニ救急セットで応急処置した記念すべき第一号だからワンちゃんの貼っちゃおうかな〜?」
「いいぞ」
「・・・へ?」

ほんの冗談で言ったつもりなのに返ってきたのは溜息でも呆れた声でもなく、真っ直ぐな了承だった。
思わずファインはシェイドを見返したがシェイドは優しく穏やかな笑みを浮かべていた。

「え、や、あの・・・」
「早く貼ってくれ。消毒液が乾くだろ」
「で、でも・・・」
「貼ってくれないなら俺が自分で貼る」
「だだ、ダメ!アタシが貼る!!」

ぶんぶんと首を横に振ってファインは絆創膏の粘着面のフィルムを剥がし、それをシェイドの指に綺麗に巻いた。
あのクールなシェイドの指を可愛らしく彩る犬の絆創膏。
シェイドはそれを満足気に眺めるとファインに礼を述べた。

「ありがとう、ファイン。助かった」
「えへへ、どういたしまして」
「それにしてもお前にしては用意が良いな」
「まーね!アタシだって色々成長してるんだから!」
「しょっちゅう転んだり激突してるから自分で応急処置出来る様にその類の本を読み始めるのは確かに成長だな」
「うっ、プーモと同じ事を・・・っていうか何でアタシが応急処置の本を読み始めたの知ってるの!?」
「この間本屋に来てただろ。あの場で何で買わなかったのかは知らんがその後レインが買ってただろ」
「うぁ、そっか・・・で、でもアタシが読むとは限ら―――」
「お前らふたごはいつも一緒で何でも共有してるだろ。ましてレインが一人だけで読むとは思えない本だ、お前も読んでてもおかしくない」
「も~!何でシェイドは全部分かっちゃうの~!?」
「お前が驚く程分かり易いだけだ」

呆れ半分、勝ち誇り半分といった様子の目で見降ろされてファインは「ぐぬぬ・・・」と口籠る。
けれどシェイドの為に用意したという本音までは見通せていないようなのでそれで我慢した。
流石にこの本音まで知られてしまっては恥ずかしくてしばらく顔を合わせられなくなるだろう。
ファインにはそう断言出来るだけの自信があった。

「ポーチの中、見せてもらっていいか?」
「うん、いいよ」

チャラ、とレインとお揃いの星のストラップを揺らせてレインと色違いのお揃いのポーチをシェイドに差し出す。
シェイドはポーチの中身を確認すると「へぇ」と言葉を漏らした。

「それなりに用意したんだな」
「まーね!これで何が起きてもバッチリだよ!」
「ちゃんと応急処置の本を読んでたらな」
「うっ・・・も、勿論読んで勉強するよ!」
「一応は期待しておくか」
「一応は余計だよ!」
「ん?この猫の絆創膏は?」

頬を膨らませて抗議するファインを華麗にスルーしてポーチの内ポケットを覗いていたシェイドは一枚の猫の絆創膏を発見する。

「あ、それはレインと交換した奴だよ。お守り代わりみたいなものでここぞって時に使う予定なんだ~」
「怪我にここぞなんてあるのか?」
「まぁまぁ、細かい事は気にしない気にしない」
「・・・それもそうだな。これに関してはお前の好きにするといい」

とは言ったものの、シェイドの心の中では悔しいという言葉が浮かんでいた。
それというのもレインがファインと絆創膏を交換してファインがそれを特別な一枚にしていたから。
言うなれば先を越された感。
ファインとレインが携帯用ミニ救急セットを持つ事なんて全く知らなかったので先を越されたも何もないのだがそれでもレインに一歩先を行かれたのが納得いかなかった。
後追いは癪だが宣戦布告には丁度良い。

「ファイン」
「なぁに?」
「俺とも交換してくれないか?」
「え?絆創膏を?」
「そうだ。ダメか?」
「う、ううん!そんな事ないよ!はい、これ!」

ファインは胸の鼓動がシェイドに聞こえやしないかと内心焦りながらも犬の絆創膏を一枚シェイドに渡した。
それを受け取ったシェイドはポケットから小さなケースを取り出すと同じように普通の絆創膏を取り出してファインに渡した。
一般によく使われるごく普通の絆創膏なのが悔やまれるがファインの中で特別になればそれで良いだろう。
しかしファインの方はシェイドの持つケースを見て目を飛び出させていた。
ケースにはファインと同じかそれ以上の救急セットが入っていたのだ。

「ああ!シェイドもミニ救急セット持ってる!?」
「医者を目指してるんだからこのくらいの用意は当然だろ」
「うぅ、そっか~・・・」
「だがお前に手当してもらったのは本当に嬉しかった。感謝してる」
「・・・えへへ、そっか。ならいいや」

結局自分は役立たずになるのではないかと落ち込みかけたファインだったがシェイドの嘘偽りのない心の籠った言葉にフワリと照れたように笑顔を浮かべるのだった。







一方その頃、その日の放送委員としての活動を終えたレインは帰り支度をしていた。
そんな時の事。

「やぁ、レイン」
「ブライト様!?」

思ってもみなかったブライトの登場にレインのその日一日の疲れは瞬時に吹き飛ぶ。
その疲れの塊が豪速球で空の彼方に飛んで行くのをキュキュは見たとか見なかったとか。

「今から帰りかい?」
「そうです!」
「じゃあ一緒に帰ろうか」
「はい!是非・・・って、あ」
「ん?どうしたんだい?」
「ブライト様、指が・・・」

心配そうにレインが視線を送る方に目をやるとブライトの右手の人差し指の腹は何かで切りつけたように鋭い切り傷があった。
傷口からは血が滲み出ており、それを見つけたブライトは「あぁ」と呟くと思い出すようにして言った。

「そういえばさっき、プリントで切ったっけ」
「えぇっ!?凄く痛い奴じゃないですか!」
「痛かったけど大丈夫だよ、このくらい―――」
「あ、あの!私、絆創膏持ってます!それと消毒液も!だから・・その・・・て、手当、してもいいですか・・・?」

最初はブライトの顔を見て、けれど段々顔を赤くしてもじもじしながら俯いて尋ねるレインにブライトはぱちぱちと瞬きをする。
それから優しく微笑んで「じゃあ、お願いしようかな」と頷いた。

「あ、ありがとうございます!じゃ、じゃあまずは水で傷口を洗い流さなくちゃ!」

手当をお願いしたのにお礼を言われるのは変な感じもするがそれがレインの可愛らしい所だとブライトは内心思う。
それから水で傷口を軽く流した後、レインがポーチから消毒液を出してそれを傷口に垂らしてくれた。
少し染みたが持ち前の王子スキルで何とか耐えてみせる。
消毒液はあらかじめ指を包んでいたティッシュによって吸い込まれていった。

「携帯用の救急セットを持っているだなんてレインは偉いね。僕も見習わないと」
「偉いだなんてそんな・・・!それに私のはファインのを真似しただけですし」
「ファインの真似?」
「ファインが、シェイドはよく怪我をするからすぐに手当て出来るようにって応急処置の本を読み始めたんです。それを私も一緒に読ませてもらって、そこにミニ救急セットの事が書いてあったからファインと一緒に揃えたんです」
「へぇ、そうなんだ。でも、真似だったとしても凄く大切な事を真似したんだからその心がけはとても素晴らしいと思うよ。現にこうして僕が助けられてる訳だし」
「ぶ、ブライト様にそう言ってもらえると嬉しいです・・・!」

恥じらいながらも花が咲いたようにレインが笑うとブライトの頬も自然と緩むのだった。
真似をしたのは事実でも、それがブライトの為だと言ったら目の前の彼はどんな顔をするだろう。
とてもそんな事を言える勇気はないが。
それよりも手当の続きを、という事でレインが普通の絆創膏を取り出そうとポーチの口を開いた時にブライトの目に猫の柄の絆創膏が映った。

「その猫の絆創膏、可愛いね」
「は、はい!薬局屋さんで売ってて可愛いから買ったんです。でもブライト様はこっちよりも普通の絆創膏の方がいいですよね」
「ううん、こっちの猫の絆創膏でお願いしようかな」
「えっ!?で、でも・・・」
「この猫の絆創膏を使うのって初めて?」
「そうです!ていうよりも、このミニ救急セットを使うのはブライト様が初めてです!」
「本当かい?嬉しいなぁ、レインの用意した救急セットで手当をしてもらった第一号だなんて」
「わ、私も・・・ブライト様が最初で・・・うれ、しい・・・です・・・!」
「そうなると尚更その記念として猫の絆創膏を貼って欲しいな」
「はぃ・・・!」
「キュキュ~?」

顔から湯気が出そうな程舞い上がるレインを帽子の上で傍観していたキュキュが心配する。
とりあえず緊張と興奮で倒れる所まではきていないようだ。

「そ、それじゃあ猫の絆創膏貼りますね?」
「うん、お願いするよ」

快く頷かれ、レインは緊張からゴクリと固唾を飲む。
失敗しないようにと絆創膏を紙の包装から取り出して慎重にフィルムを剥がし、丁寧にブライトの指に巻き付ける。
思ったよりも上手に出来たそれにレインは内心胸を撫で下ろしながら太陽のようにニコリと笑った。

「出来ました!」
「ありがとう、レイン。助かったよ」
「いえ!ブライト様の為だったら何度でも手当するのでいつでも言って下さい!」
「だったら僕専用の天使になってもらおうかな」
「へっ!?あ、えっ!!?」
「ところで参考までにポーチの中身を見せてもらっていいかい?」
「ろ、ろーろ・・・」

ブライトの流れるようなさりげない衝撃の発言にレインのドキドキメーターは限界突破し、顔を真っ赤にしてとうとう呂律が怪しくなる。
辛うじてポーチを渡す事が出来たのはそれでも意識を保とうと頑張った結果である。

「凄いね、ちゃんとガーゼなんかも用意しててしっかりしてる・・・って、あれ?この犬の絆創膏は?」

ポーチの内ポケットに一枚だけ入っていた犬の絆創膏を見つけたブライトはそれを指で挟んで眺める。
我に返ったレインは嬉しそうに微笑むとその絆創膏について説明した。

「それはファインと交換した絆創膏です。お守り代わりで、大切な時に使おうと思ってるんです」
「素敵な交換だね。僕としてはお守りでい続ける事を願ってるよ」
「怪我をしないのが一番ですものね」
「そうだよ。でも、ファインが羨ましいな」
「え?」
「ねぇレイン、僕とも絆創膏を交換してくれないか?」
「ええっ!?」
「やっぱりダメかな?」
「そそそ、そんな事ないです!是非お願いします!」

レインは何度も顔を縦に振ると緊張で震える手でブライトと絆創膏を交換した。
ブライトの持つ絆創膏は一般的な普通の絆創膏だったがレインには何物にも変え難い宝物のように輝いて見えた。
そしてそれを大事そうにファインと交換した絆創膏と一緒に内ポケットにしまう。

「フフ、お守りがもう一つ増えました」
「これでレインの事をもっと守ってくれるね」
「はい!」

大好きなファインとブライトに守られる心地良さ。
けれどいつか使って自分の傷を癒やしてもらいたい。
そんな幸せのジレンマにレインは楽しそうに悩まされるのだった。








オマケ


「おや?プリンスシェイド」
「何だ?ソロ」
「可愛らしい絆創膏ですね。ですが貴方がそんな可愛い絆創膏を使うなんて意外ですね」
「これか?これはファインに貼ってもらった絆創膏なんだ」
「なるほど、プリンセスファインですか。良かったですね」
「ああ」



「あらお兄様、その指どうしましたの?」
「ああ、これかい?プリントで指を切ったんだけどレインが手当してくれだんだ」
「まぁ、そうですの?道理で可愛らしい絆創膏をしていると思ったら」
「僕が手当した人の第一号だったみたいだから記念に可愛い方の絆創膏を貼ってもらったんだ」
「まぁまぁまぁ・・・フフフ」





「とまぁそんな感じでみんな噂してるみたいよ」
「「ウソ〜!!?」」
「でもファインはシェイドの為に、レインはブライトの為に用意したんでしょう?だったら別に何の問題もないじゃない。なのに慌てるだなんてふしぎふしぎ~」
「それとこれとは別だよ!」
「そうよ!噂になったら流石に恥ずかしいわ!」
「あと、確かに二人の為に用意したけど!」
「ちゃんと他のみんなが怪我した時にも使うつもりよ!」
「絆創膏なんか2種類あるから!」
「柄物と普通のやつよ!」
「多分みんな普通の方を貼ってって言うと思うわよ」
「「何で〜!!?」」
「そりゃあ柄物はもうシェイドとブライト専用だもの。使ってもらったら二人に悪いわ」
「「せ、専用・・・!」」
「あぁ、ファイン様とレイン様がショートしてしまったでプモ」
「ピュピュ〜」
「キュキュ〜」

その後、柄物の絆創膏は本当にシェイドとブライト専用になるのであった。









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